北アルプス4



後立山北部縦走

1986年
8/20(水)栂池平~白馬大池(キャンプサイト)
8/21(木)~白馬岳~杓子岳~遣ケ岳~天狗池(キャンプサイト)
8/22(金)~唐松岳~五竜岳山荘(キャンプサイト)
8/23(土)~五竜岳~鹿島槍ヶ岳~冷池山荘(キャンプサイト)
8/24(日)~爺が岳~種池山荘分岐~扇沢

8/20(水)晴れ 午後時々曇り
いつもの7時発のあずさ1号はやはり混雑。お盆ウィークは過ぎたというのに、子どもたち学生たちで大賑わい。若者の街らしい白馬駅前からバスに乗り、栂池へ向う。栂池終点には山小屋2件。ラーメン500円食う。
12時40分出発1時間ほどで天狗平。更に1時間で乗鞍岳山頂。1か月ぶりの山行なので重荷が応える。広々した乗鞍岳山頂はお花畑の庭園である。トウヤクリンドウ、イワグキョウ、ミヤマキンポウゲ・・・。ガスで白梅だけ方面が見えないのが残念。
16時少し前に白馬大池に着く。今夜のテントサイトだ。池畔は高山植物が豊富。南側の小高い山の斜面には残雪もある。テントの中に落ち着いて、その残雪を見ながら酒を味わう。例えようもない満ち足りた気分。小蓮華岳の方向に夕焼け雲が浮かんだ。風が少し冷たくなってきた。眼前に広々としたお花畑を見て、そしてそこを流れてくる雪解け水のきらめきを受けて、やがて瞑想し、かつ、明日の山行の幸せを祈るのである。

8/21(木)曇り 5時出発
風が肌に冷たい。買ったばかりの半袖シャツだけでは冷えて、握力もなくなってきた。明日あさっての岩稜歩きには余程注意しなければならない。3000mの稜線歩きにはやはり長袖シャツの方が良い。天気は曇って折角の視界がきかない。
8時少しすぎに白馬岳山頂着。中学生の一団が反対側の山荘側から登ってきた。山頂は大賑わい。しかし、残念ながらガスで視界はない。少し下った頂上山荘で、お汁粉一杯400円也。
杓子岳の登りがかなりきつく応えた。ザックの重さと、体の慣れの点で今日が一番厳しい条件なのかもしれない。杓子岳頂上で昼食中、ガスが時々晴れて白馬岳がその全容を現した。白馬岳頂上から村営白馬山荘にかけての稜線がなだらかなところが馬の背中のように見える。鑓が岳を苦しいが一息で登って天狗山荘に着く。残雪の斜面の一段下の所が幕営地。13時半の到着。
5時間50分の行程でも今日は疲れた。これからの行程がもっと長くなるのに大丈夫かと不安になる。明朝疲れが残っているようだったら鑓温泉に下ろう。

8/22(金)晴れ時々曇り午後雨
何としたことか!レインウェアを置き忘れてしまった。不帰の険を通り過ぎたところでホッと一息入れた時に注意力をなくしたようだ。軽く食事をするためザックの中身をかなりの分出したときに、レインウェアだけ入れ忘れたのだろう。五竜山荘で無線を使って唐松山荘に問い合わせてもらったが無駄だった。山でレインウェアを持たないということは生命の危険さえ意味する。疲労凍死だ。仕方なくレジャー用(1500円)のを小屋で買ったが、これではどうしようもない。無いよりは増しだが。
折から台風14号が台湾付近に近づいているとのこと。残念ながら、五竜から遠見尾根を下ることにした。鹿島槍までは遠すぎる。春に次いでまた敗北か!また来年来るか・・・。五竜~鹿島槍~針の木岳のコースでどうだ!鑓温泉に下りていたら、今頃は温泉に浸かってのんびりしていられたのに。

今朝起きた時、未だガスは濃かったのだが、一瞬、青空が見えたことで、もう少し体をいじめてみたいと言う気持ちが沸き、それで縦走を続けたのだった。

朝、5時のスタート。ガスが濃く、視界はきかない。
持参した遣い残しのガスカートリッジは未だ液体が残っているのに噴出しなくなった。仕方なく、それでも少し温まった湯でウドンを食べる。半分未だ堅い。しかも食欲なし。無理に腹に詰める。縦走登山の場合は必ず新品のカートリッジを持参すること。

不帰のキレット、不帰の険はかなり難所で重荷が不安だったが、会長にこなすことができた。先月の剣岳と併せてだいぶ自信がついた。

岩場の上下が連続してさすがに膝が笑い出したが、今回ステッキを持ってこなかったのが最大の原因のようだ。最近、重荷を背負った山行で膝が笑い出したことは一度もなし。ステッキの有難さがわかる。

8/23(土)午前中晴れ 午後くもり ときどき雨
何と鹿島槍の頂上にたったのだ!憧れの鹿島槍をとうとう制覇した。朝縦走する人たちのテント周りのざわめきを他人事のように聞きながら、うとうとしていたのだったが、テントの直ぐ後ろで「五竜に登っているうちにご来光でしょう」という声でハタッと飛び起きた。こうなると下山どころではない。時間は既に遅いが、大急ぎで準備して、れでも5時40分には出発とあいなった。今日は今回の山行のなかで最も長い時間を要する一日なのに、逆にいつもより40分も遅いとは!ただ、雨のない一日でありますようにと祈るだけだ。
五竜岳を登っている途中、何でもない岩場で滑落、かろうじて岩に捉まって助かった。下は深い谷である。集中力が足りなかったようだ。五竜からキレットまでは結構難しい岩場が連続する。きのうは快調だったのが今日は足の運びがスムーズではない。一歩一歩、スローアンドシュアで行こう。
キレット小屋は丁度改装工事中だった。裏のほうでコンクリートを流し込んでいた。これでは登山客に水を分けることが出来ないわけだ。唐松山荘での注意書きが納得出来た。缶ビール480円。

この後、八峰キレットは慎重に通過し、いよいよ鹿島槍のアタックだ。きのうはあれほど快調なペースを維持できたのに、今日のこの登りの辛さはどうだ!やっとの思いで稜線に出た。北峰を空身で往復する。この鞍部には残雪があり、他のパーティの中には雪を溶かして水をつくりコーヒーを沸かす人たちがいた。悠々然である。羨ましい。
南峰への登りは僅かに喘いでいるうちにいつの間にか到着した。春の雪辱を夏に果たした。ガスで見えない四方に向って感謝する。
冷池山荘までの下山の長いこと。疲れているせいでもあるが、この春、あの疲れを脱し切れていない体でアタックを断念したのは正解だった気がする。冷池山荘でビールx2=1100円、テント=400円、水=300円(1リッター100円)
昨夜は午後2時頃よりだいぶ遅くまで大雨が降り続いたが、今日はテントにくつろいだ3時ごろから少しパラついた程度。

布引岳から下山中、中年のオジサンが一人登ってきた。網シャツ1枚で、小屋泊まり程度のザックを背負っていた。午後2時頃で、ガスも随分湿気を含んでいる。たった一人で、雨の不安もものかは?キレット小屋には夕方到着だろう。難所もある。臆病な私とはずいぶん違う。グッドラック!




後立山南部縦走

柏原新道からブナダテ尾根へ 1993年7月

 扇沢のバスターミナルには、大型バスがひっきりなしに到着して観光客を吐き出していた。二階の食堂で団体客用の弁当を頼み、缶ビールとともに腹に詰め込んで出発。道路を少し戻って爺ケ岳登山口13時30分。昨日荒れ狂った台風が過ぎ去った後の青空を期待していたが、どうもすっきりしない天気である。それでも時々日が差してくる。久し振りに重いザックを背負って、もう汗びっしょり、暑い。今日は種池山荘までなので急ぐ事はない。三〇分毎に一休み。早くも下山してくるパーティが5~6組あった。

 東尾根の冬期取付き点まで50分。ガスが樹林の中を縫うように忍び寄ってくる。娘さんが二人休憩していた。それぞれ別々で、ひとりは京都からきた高校一年生、もうひとりは東京は荻窪在住の短大出て三年目のお嬢さん。彼女は新宿から私と同じあずさの同じ車両に乗っていた。山姿で背が高かったので見覚えがあった。高一の子は両親と一緒に京都を出て長野市内の親戚の家に立ち寄った後、彼女だけ別れて一人でこの山に来たのだという。山小屋で一ケ月間アルバイトして見たくて登ってきたけれども、うまく見つかるかどうか心配していた。もちろん、前もって下界で電話はしてみたが殆ど断られたそうだ。短大出のスリムな彼女もアルバイト志向で、今日は種池に泊って明日冷池で売り込むつもりである。山が好きなのかと聞いてみると、二人とも口を揃えてそれ程ではないという。短大出の彼女は尾瀬の長藏小屋でアルバイトしたことがあるほか、丹沢へ二度行っているだけとのこと。家にいても厄介者だしゴロゴロしていてもつまらないので出てきたとは、若い人にしてはちょっと寂しい話しである。それでも家を出て思い切り外の世界を経験するのもいいことだ。ふたりともうまくアルバイト先が見つかるようにと激励して、へばった彼女たちより先に腰を上げた。

 柏原新道で目についた花。シラネアオイ、コイワカガミ、ツマトリソウ、ニリンソウ、コバイケイソウ、ゴゼンタチバナ…。


種池山荘
 15時10分山荘着。早速、オレンジジュース、カレーライスを注文。テントサイトに行ってみると二〇張り位の先客でほぼ一杯。奥の方にわずかなスペースを見付けて我が仮の宿を設営。山荘の横に小さな池があり、これが種池なのかしら? 水際にミズバショウが一株だけ咲いていた。汚れていないところを見ると、開花してからそれ程たってないのだろう。その脇にはキヌガサソウの群生。これもまずまずきれいだ。時期を過ぎて枯れかかったり、砂埃にまみれていたりすると清純な花も見るに堪えなくなるものだ。山荘前からは針の木岳が黒々と見える。散歩ついでに爺ケ岳への稜線を少したどってみた。鹿島槍や剱岳の美しい山容はいつまでも見ていてあきない。時々真夏の暑い日差しが照りつけてきた。

爺が岳への稜線

鹿島槍ヶ岳

 翌朝は5時にスタート。

 ショウジョウバカマ、テガタチドリ、ミヤマキンバイなどが雪どけの湿地帯に見られた。キヌガサソウは小粒ながら群生。ミヤマクワガタが稜線上にひとつ、ふたつ風に揺れて可憐。

 新越山荘に8時着。山荘のお兄さんの話しでは昨夜は8人が宿泊したよし。缶ビールを買いベンチで暫く休憩。針の木峠がよく遠望できる。去年の5月に爺ケ岳から針の木岳への縦走を試みて悪天のため途中断念。それ以来、針の木峠は懸案の地であった。今こうして峠から落ち込んでいる急な雪渓の全容を見ていると、私の技術と体力で果して無事に下山できたかどうか疑問に思えてくる。むしろ無謀な登山と言われるような事になったかも知れなかった。冷池山荘に二日も閉じ込められた程の悪天だったからこそ、縦走は断念できたのであって、もし多少の風雨くらいだったら進んでいただろう。
針の木岳と針の木峠

 鳴沢岳の登りの途中、針の木峠の真上に槍の穂先がちょこんと見えたのが、信じられないような気持ちだった。すぐにピンとこないのだ。槍ヶ岳があんな所にある筈がない。でも頭の中に地図を広げて、槍から北へ双六岳、鷲羽岳、黒岳、野口五郎岳、…と、ひとつひとつ数えて行けば、なるほど位置的には十分考えられるはずだった。


 山頂にあがると5~6人の若いお兄さんたちが休んでいた。針の木小屋キャンプ場から早朝出て来て冷池までが今日の予定だとか。ところが一人が大バテで、もうダメだダメだと息も絶えだえの様子。しかし、そんな風でも何となくユーモラスに見えたのは、若い体にまだまだ余裕が残っているからだろう。

 赤沢岳からの立山、剱岳の眺めは圧巻だった。ここで朝食とする。ビーフシチューとゴハンそしてコーヒー。未明の雨に打たれたテントを広げる。水を含んだテントは1キロくらいは増量しているはずだ。黒部湖の水の色が緑色をしていた。船が白い波を蹴って航行しているのが見える。
黒部湖


 赤沢岳の下りとスバリ岳への登りが本日一番のアルバイト。ガレキの登りは余計疲れる。頂上に着くと残り少ない水をつかって紅茶をつくった。熱いものを飲むと元気が出てくる。ウイスキーかブランデーをちょっと垂らすともっと有効なのだが、今回も忘れてきてしまった。針の木岳頂上直下にイワギキョウ、イワオウギ、イワツメグサ、タカネスミレ、イワベンケイ、ハクサンチドリ等々。

 山頂には私と同年配位の人が一人、眺望を独占していた。明日黒部湖に下って五色ケ原に登るという。30年来のアルピニストを自称していた。何時か私も扇沢から峠越えで五色ケ原に登って見たい。渡船にも乗れ変化のある山行が期待できそうである。

 山頂から峠の小屋までの道がちょっと悪い。残雪が豊富だと方向を誤る恐れがある。山腹を左側から巻くようにして降りてゆく。ガスがかかって見通しがきかない時にはよほど注意が必要だ。小屋にキャンプの申し込みをし、夕食と朝食を頼んでおいた。

 キャンプ代500円。食事は二食で2,800円。

 針の木小屋の朝食を済ませて出発は六時。小雨がパラパラ落ちて来て、今日の天気はよくないようだ。年配の夫婦が小屋の前で空模様を案じていた。昨夜は星が輝いていたのに山の天気は分からないもんですね、と話しかけると、この状態ではちょっと心配なので暫く様子を見ると言う。私も無理することはないですヨと賛成した。針の木岳、スバリ岳と越えて行く稜線は風も厳しく油断はできない。たとえ出発を遅らせても、今晩種池泊りの予定ならば手前の新越山荘に切り替えればよい。そんなふうに思いながらも、私の方はご夫婦の、気をつけていくように、と言う言葉を背に敢えて小雨の中を歩き始めた。


 蓮華岳の頂上の一角に登り着くと、何とコマクサがあちこちで出迎えてくれた。驚いたことに、辺り一面に群生している。山全体がコマクサで埋め尽くされているかのようだ。こんな規模の群生はいまだかつて見た事もない。『蓮華の花』はここではコマクサであった。イワベンケイ、イワツメグサ、タカネスミレ…。ガスで眺望のない分、高山植物で慰められた。暫く写真家をきどっていろんな角度からシャッターを押し続ける。
コマクサ
イワベンケイ

 蓮華岳の下りは結構険しい。ハシゴが幾つも掛かっていて慎重に、かつ大胆に一つ一つ下りてゆく。下り立った所は休憩に良く、風も通ってきて快適だった。雨は既に上がって、時々太陽が顔を出している。寡黙な先客一人、食事中。

 北葛岳に登り着いて振り返ってみると、蓮華岳から一旦、かなり落ち込んで又ここまで上がり詰めているのが良く分かった。大変な高度差を上下してきたわけだ。この頂上からは針の木小屋が小さく見え、また行く手に船窪小屋も目に入った。ここは丁度、両者の中間に位置する。

 元気の良いお兄さんパーティ5人が蓮華岳目指して下りていった。七倉岳へ登ってしまうと今日の行程は終り。10分で船窪小屋に到着。小屋はカギがかかっていてドアに張り紙がしてあった。『作業で出ていますが、十三時ごろには戻ります。』

 ベンチでラーメンなど作ってのんびり食事していると若い管理人が帰ってきた。どこかで私の姿を見つけたのかも。水場のあるテントサイトまで往復40分もかかるというので、ひと思案した後宿泊を申し込むことにした。今回の山行では荷を軽くする為、食事は小屋任せの予定なのでテント泊りにすると、いちいち四〇分も往復しなければならない。相客は言葉少ない中年男性ひとり。暗くなってから前の管理人だった人がやって来ただけの静かな山小屋の夜だった。

 翌日は朝早くから真夏の暑い日差しが照りつけた。船窪岳の登りではずいぶん絞られた。重荷と暑い日差しには何時もこたえる。喉がかわいて水を飲む。ついガブガブやってしまって、今度は食欲がだんだん無くなっていく。不動岳へはガケの上を縁に沿って歩いたり、北側の斜面を巻いたりするやや荒れたコースだ。樹林帯を巻く時はいいが、ガケッぷちの道で大汗をかかされた。細い頂稜の一角に飛び出ると、また暑い日差しに苦しめられた。頂上への最後の登りは少々ヤブで太陽が容赦無く照り付けても、涼風が頬を撫でて快適である。大きな岩を見つけて大休憩とする。テントを広げて乾かしておくのも忘れない。水をいっぱい使ってラーメンを作る。東に七倉岳と七倉尾根が長く左右にひろがっている。船窪小屋も認めることができた。反対の西側には南沢岳がどっしりと構えている。あれを越せば今日の宿泊予定地烏帽子小屋は近い。もうひと踏ん張りだ。

 南沢岳の山頂は白砂と岩の荒れた山頂だった。足元にイワツメグサとコマクサが一株。ガスが下から押し寄せてきて山頂を包むと一瞬方向感覚を失った。ここは南西に稜線を少し下り、岩稜の手前から南に(左へと)降りて行く。砂礫の歩きにくい下りである。時間と体力が残っていたら、この山ではかなり遊べただろうに。南西の岩稜上にある飛び切り大きな岩の高まりは魅力的だ。下り切った砂礫にまた一株コマクサがピンク色を見せていた。
タカネスミレ
イワツメグサ

 烏帽子岳直下の東側には湿地帯が広がっていて、登山道はその真ん中を走っている。ここも乾燥傾向が強まっているようだ。芝草が生え揃って花の姿はない。所々に小さな池塘が水をたたえていた。高台に立って振りかえると南沢岳をバックにして湿地帯の広がりが事のほか素晴らしい。オバさん二人組と擦れ違った。ようこそこっちの方に足を踏み入れましたね、南沢岳まで素敵な散歩が楽しめますよ、と心の中で彼女たちに拍手したのであった。


 ニセ烏帽子からの烏帽子岳は久し振り二度目のご対面である。ガスがかかる前のほんのワンチャンスで写真に収めた。自然のたくみな造形物は人に感動を与える。背景の南沢岳はガスで見えなかったのは残念だ。烏帽子岳はやはり人気があり、ここからは人、人、人である。大勢の人が烏帽子に向かっている。みんな登るつもりなのだろうか? あの巌頭は一般の人だとよじ登るのに勇気がいる。しかし、鳳凰三山の地蔵岳のオベリスクとは違って、足場や手掛かりは十分にあるので気をつけさえすれば頭によじ登ることは可能である。

 前回、小屋の手前の荒れ地に群生していたコマクサは、今回一株も見られなかった。あの時はなだらかな斜面にびっしりと生えそろっていたのを見て興奮したのを覚えている。猿の群れにも出会わなかった。大勢かたまって私の様子をうかがうようにしていたのが気味悪く、背中を見せて逃げれば飛び掛かってきそうな気がして動くこともできず、ただただ恐ろしかった。そんな事を思いだしながら(ある程度期待していただけに)、ちょっと肩透かしをくわされた気持ちで小屋へと下りて行った。

 小屋の前は賑やかだった。例によって食事だけを頼むと、この小屋は宿泊者だけにしか食事は提供しないと、つれない返事。その代わり、カレーライスならば何時でもどうぞというので、テントを張ってから缶ビールと一緒に注文した。ずいぶんな大盛である。とりあえず夕食はこれでOK、満腹、満腹。

 テントは池の一段上の台地に張った。縦走路上だったにしてはそれ程喧しくはなかった。さすがに午後4時を過ぎると皆、小屋やテントに入って休息するのだろう。三ツ岳にガスが掛かってきて眺望がなくなると私もテントに入って横になった。夕方の冷気が気持ち良く、しばらくはシュラーフにも入らず目をつむったままで、いつまでも気怠さに身を任せていた。

 山の中の最後の朝を迎えた。今日は下山の日である。涼しいうちにと、まだ4時前、薄暗いうちからテントをたたんで出発。ブナ立尾根は下りだけにしても、樹林で展望のきかない長い長い辛い尾根だった。

 高瀬ダムで帰りのタクシーをうまくつかまえることができたのはラッキーだった。今年から高瀬ダムまでタクシーの乗り入れが許可されたことは山の雑誌で知っていた。お陰で長いトンネルを歩かないで済んだ。(1993年7月歩く)


  • 自分のなかの記憶ではついこの間でも、山で出会う人達のディテールは、時代を感じて感傷的になりますね。 -- 岬石 (2017-02-18 19:31:51)
名前:
コメント:




 戻る






































































































































最終更新:2017年02月18日 19:31