鎌瀬 戌プロローグ

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dangerousss3

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鎌瀬戌プロローグSS

世界最強の魔人を決める大会、ザ・キングオブトワイライト。
その本会場であるコロッセオを模した巨大闘技場の周りはまだ大会参加者の受付が始まったばかりだというのに喧騒に包まれていた。
大会開催を告知するビラを配り回る者、大会当日に催す屋台の準備をする者、突如現れた巨大闘技場を一目見ようと集まった人々、さらには道行く人々に向かって大声で教団の教えを説く新興宗教の信者までもいた。

そんな雑多な人混みの中、周囲から奇異の目を向けられる者が一人。

犬の様な耳を黒髪の隙間から生やし、擦り切れ汚れたローブを羽織っている若い男。獣人であるという事実に加え浮浪者の様なその格好は、それなりにしっかりとした身なりをしている周囲の者の目には異様に映った。
その青年の名は鎌瀬戌。大会に参加するべくこの試合場にやってきたのだ。今は連れと思わしき男と会話している。

「ったく何処行っても人混み人混み・・どいつもこいつもジロジロと見てきやがって、なんだぁ?そんなに獣人が珍しいかー?」
「どっちかと言うとそのボロい服装のせいだろ。正直一緒に歩いてて恥ずかしいっつーの。」
肩身が狭そうに歩きながら返答する男。戌がスラム街で知り合った裏の世界で活躍する商人だった。
「うっせー一番この格好が戦いやすいんだよ。そんなに嫌ならさっさとブツ渡して帰ればいいだろ。」
「おーおーそれが車でここまで送ってきてくれた人に対する発言かね。ほらよ、これだって苦労して手に入れたんだ。感謝してもらいたいもんだ」
商人が懐から出したのははザ・キングオブトワイライトの招待状。どうやって手に入れたのかは不明だがおそらく非正規ルートを使ったのだろう。
戌は差し出されたそれを無造作に受け取る。その手の話に詳しい情報通によると、大会の主催者である財閥の首魁は自分の手足となる実力者を求めて開催したという。人脈もまた力なり。運営側にはすぐに正規に入手した招待状ではないとバレるだろうが、おそらく黙認されるはずだ。

「んじゃやることやったし、ナンパでもしにいくかねぇ」
戌が招待状を受けとったことを確認するとそこから立ち去ろうとする商人。
「あ、おいまてよ」
「ん、どした?」
引き止められ振り向いた商人に、戌は少し間を置いてから視線を逸らしながら呟く。
「・・・ありがとな」
「おうよ」
去り際に手を振りながら商人は人混みに紛れていく。その背を見送り、戌は大会参加選手の受付会場にもなっている闘技場を目指して歩いて行く。
「――っと」
途中、人とぶつかり首輪から繋がっている鎖が揺れた。ふと自身の首にかけられた首輪に意識が向かう。思い出したくない、精神を蝕む記憶が脳裏をよぎる。いつもなら意識を別のものに移し記憶の奥底に封印していたところだったが・・。
「そろそろ向き合わなきゃだよなぁ・・」
スラム街で生活していた時には思い出さないようにしていた記憶。忌々しいそれを傷を抉るように掘り起こしていく。大会に参加した目的は過去の清算。それを成し遂げるためには自身の弱さと向き合う必要があると思ったから。そして何よりこの記憶から目を逸らすことは、あの時最後まで愛ある行動をしてくれた『彼女』に失礼だと思ったから――――。

 ◆      ◆

生まれついた場所は、地獄だった。
幼い頃に知っていた風景は、機械だらけの研究室と檻のある薄暗い部屋だけ。
かませ犬派遣商会のかませ犬養成所と実験所を兼ねた研究施設。そこで戌は生まれた。
研究施設に響くのは少女の絶叫。声の主はその時々で違ったが、恒常的と言っていい程常に叫び声がこだましていた。
戌も研究室に入った際にみたことがあるが、電極を刺され痛みにのたうち回る少女の姿は凄惨の一言に尽きた。魔人能力や攻撃を引き寄せる「かませ犬の宿命」という能力。どういった攻撃を引き寄せることができるのか、他の有害物質を引き寄せることはできないのか・・etc。そんな研究者の興味本位で少女達は嬲られていく。
戌がその被害に合わなかったのは「初の男性かませ犬だったから」である。今までは年齢は様々ながらも全て女性のかませ犬だけが売りさばかれていた。だが少年のかませ犬を手に入れたいとの要望があり、それに応えるべく戌は造られた。初の試作品ということで比較的大事に扱われてきた。
もっとも、「かませ犬の宿命」を覚醒させるために処置を行う時とトイレ以外、ずっと檻で生活させるというのが果たして「大事に扱う」ことに該当するのかは甚だ疑問ではあるが。
ただ、狭い檻の中は窮屈であったが救いはあった。
鎌瀬白。今は亡きその存在はどれだけ当時の戌の心に癒しを与えてくれたか分からない。
基本的に研究施設の雑事は商会が開発したロボットによって行われていたが、戌の世話だけは白が行なっていた。
暖かい食事を作ったり、寝る前に本を読み聞かせたり、響き渡る被験体の少女の叫び声に怯える戌をそっと抱きしめたりと、身体的な世話だけでなく戌の精神の支柱にもなっていた。
特に戌の記憶に残っている白とのやり取り、それは戌が脱走する前の日の夜だった。

いつものように寝る前、本の読み聞かせが終わった時のこと。本の内容はヒーローが悪役を討ち果たすという、典型的な勧善懲悪の話だった。
「シロ姉、僕もヒーローになれるかな?」
当時8歳だった戌は目を輝かせて聞いた。外界との接触が少ない分、戌は年齢よりも精神的に幼かった。
「うん、なれるよ。戌は強くていい子だもん」
白はそんな戌を微笑ましく思いながら、優しく答える。
その名の通り、身体も髪の毛も白の容姿は真っ白だった。
「ほんと!やったー!あ、でも僕時々泣いちゃうから強くないかも・・」
「泣くのは決して悪いことじゃないのよ?でも、戌がまだ自分で強くないと思ってるならこれから強くなればいいの。戌はまだまだ先があるんだから。」
そう言って、白は愛おしげに戌の少し硬い髪の毛をくしゃっと撫でる。
「うんっ。僕がんばるよ!」
撫でられたことに素直に喜び、笑顔になる戌。だが、ふと何かに思いあたったように首を傾げた。
「シロ姉には、『先』がないの?」
「・・っ!」
無邪気な問いに白の表情が一瞬固まる。そう、白は自分には先がないと思っている。「かませ犬の宿命」を覚醒させる薬に体が異常反応を示し、常時発動ではなく意図的に切り替えられるように、つまりパッシブ能力ではなくアクティブ能力に変異してしまった。その影響で身体も白くなってしまったのだ。本人の意思で能力の使用を止められるのは商品として都合が悪いので、商会からは「不良品」と扱われ戌の世話役を充てがわれた。戌が成長してしまえば白はきっと用済みとして殺される。戌はそういった背景を知らずに聞いたのだろうが、白にとっては閉ざされた未来を再認識させられる結果となった。
「ごめんね。お姉ちゃんは不良品だから、もう、そんなに先はないのよ」
「フリョウヒン?」
言葉の意味がよく分からず、戌はキョトンとする。
「そう、不良品。お姉ちゃんは出来がよくないの」
「なんで?シロ姉はお料理できるよ?本だって読めるよ?僕よりもずっと凄いよ!」
「・・ありがとう。でもね、不良品だったこそ戌に出会えたんだよ。こうして今戌と話すことができてるの。だから私は不良品になって良かったと思う。戌に会えて良かった。」
ぎゅっと戌を抱きしめる。この無邪気で可愛い弟のような子が愛おしい。その暖かさを確かめるように強く、そして優しく抱きしめた。
「・・うん、僕もシロ姉に会えて良かったよ」
少し恥ずかしがりながらも白の愛情を素直に受け取る戌。
しばらく抱き合った状態で時間が過ぎた後、戌はあくびをした。
「ふぁ~あ。もう眠いや。」
「くすっ。そうね、もう寝ましょう。」
二人は薄い掛け布団をかけ、静かに眠りについた。


翌日。
戌と白は研究員に呼び出された。
機械だらけの研究室。そこにいるのは研究者3人。この施設内にいるかませ犬以外の人間はこれが全員で、他のかませ犬の管理や警備はロボットが担っている。
研究員の一人が戌の首輪から垂れている鎖を引っ張り、戌を拘束器具のついた椅子の前に連れて行く。
「さぁ、ここに座るんだ。お前がかませ犬になる準備はもうできた。あとは一本注射するだけでお前は商品になるんだ。光栄だろう?」
研究者は狂気を孕んだ目で、戌がかませ犬に覚醒するための最終段階になったことを告げる。
「え、やだ・・」
普段は文句を言ったりすると殴られるため静かに処置を受けている戌だったが、今回ばかりはこのままおとなしく処置を受けてしまったらもう引き返せないような、そんな直感があった。状況をはっきり理解してないながらも、それは的を射ている予感であった。
「やだ、やだやだやだぁああー!!!」
目に涙を浮かべながら抵抗し暴れる。
取り押さえようにもうまく業を煮やした研究者は懐から拳銃を取り出し、
「うるせぇっ!」
轟く銃声。
戌は思わず動きが止まり、自分が打たれたと思ったが。
「ぐっ、うぅ・・」
うめき声を挙げ、地面に倒れたのは白。
「シロ姉・・!」
「撃ったのは腹部だ。まだ死にや死ない。もっとも、早く手当しなきゃあ出血多量で死ぬがな。ほら、おとなしく椅子に座れ。じゃねえともう一発この女に撃つぞ」
悔しさで拳を強く握りしめながら、仕方なく椅子に座ろうとする戌。
それを傍目に別の研究員が白を見て呟く
「あーあ汚ねぇ血を溢しやがって・・こりゃ死なずに自分で床を舐めて掃除してもらいもんだな。くくっまぁこのまま死ぬのも不良品らしい死に方か。」
「・・・・おまえっ!」
激昂した。
その一言が、白を嘲る一言が戌には許せない。白を侮辱する言葉だけは認めない。
後先考えずに先の一言を発した研究員に飛びかかろうとするが、白に発泡した研究員に捕らえられ施設のロボットを統制する制御盤に叩きつけられてしまう。
「おとなしくしとけよガキが!椅子に括りつけずとも、今この場で注射打ってやるよ。」
「・・・!」
不思議なことに、注射をされることにもう恐れはない。もはや自分はどうなってもよかった。ただ、ここにいる研究員は殺したいほど憎かった。いっそ自分もろとも死んでもいいから、コイツらを殺せる力が欲しい。
―――そう願った瞬間、力が覚醒していくのを戌は確かに感じ取った。
ドクンと心臓が一度大きく跳ねた。
今自分の首を掴むこの男を殺せるだけの力を手に入れたと、根拠もなく確信する。
これはいわゆる魔人覚醒の瞬間。
「・・・ヒトヒニヒトカミ」
知らず、口から漏れる言葉。それは能力発動の宣誓だった。
「あ?何言ってやがる、トチ狂ったか?」
だが、忌まわしき研究員は未だ健在、能力の発動はしたはずなのに効果がない。
「くそっ・・!」
少しでも、一矢報いなければならない。そう思い、瞬時に首を掴む男の手をおもいっきり噛む。
「ぐっ、糞ガキがぁ!」
まだ子供で軽い戌の身体はあっさりと投げ飛ばされる。
飛ばされ、戌が床に叩きつけられた、その瞬間。

光が、音が、奔流となって研究員を直撃した。

眩いばかりの光と轟音を奏でたそれは、雷であった。
その真芯に居た男はもはや息をしていなかった。近くの電子制御盤も火を吹いている。
「な、なにしやがった・・!」
傍で見ていた研究員二人が戌を狙い、発泡する。
例え新商品の試作品であろうと、ここまで被害を引き起こしたものは生かしておけないと、そう言わんばかりに連続する銃声。
銃口は確実に戌に向けられている。照準は間違いなく戌を狙っている。間違いなく数瞬後には戌は蜂の巣になっているはず、だった。
「当たらない・・?」
一発として、戌に当たらない。いや、正確には届いてすらない。放たれた銃弾の軌道は曲がり、ある一つの方向を目指して進んでいく。
その方向にいる者とは。
「シロ姉!?」
銃弾は全て白に向かい、そして的中していた。
攻撃が全て一点に向かっていくという不可解現象に、研究員は心当たりがあった
「かませ犬の宿命・・!!」
白の「かませ犬の宿命」は自分の意思で発動のオンオフを切り替えられる。つまり、意図的に使用を止めるだけでなく、意図的に発動することができる。
「不良品」と呼ばれてきたその能力は今、戌を守る避雷針として機能していた。
しかし、戌を守る一方で白は命を削っていた。ただでさえ腹部を打たれほとんど動きができない状態で次々と銃弾が刺さっていく。
もう死を免れないと悟った上で、白は切れ切れに言葉を紡ぐ。
「戌・・逃げて・・・」
「え・・でも・・」
「いい子だから・・お願い・・・今が、チャンス・・だから」
落雷によりロボットの制御装置は破壊された。警備のロボットも今は停止しているはず。研究員の銃撃も白が生きている限り戌には届かない。故に今こそ、この研究施設から脱走する絶好の機会。
戌もそれくらいは分かっている。頭では理解できている。できているが、感情が言うことを聞いてくれない。今まで感じたことのなかった別離の予感に涙ぐんでしまう。
「シロ姉を置いてくなんて・・できないよ!」
「お願い・・!」
血を吐きながら、白が叫んだ。
その様子で、戌は白の命がもうすぐ尽きてしまうと分かってしまった。せっかく白が開いてくれた血路が無駄になってしまう。
そして何より、いつでも優しくしてくれた大切な存在が消えてしまう。シロ姉がいなくなってしまう。シロ姉が。シロ姉が。シロ姉が。シロ姉がーーー!!

「うわあああああああああああああああああああああああああああ!!」

その場に背を向け、絶叫しながら走りだした。

「強く・・生きて・・!」
背後から、無理やりひねり出したかのような白の大声が聞こえる。
恐らく、白の人生で最期の言葉。
その言葉を背に受けて、噛み締め、心に刻んだ。涙で視界がぼやけ、何度も転びながら無我夢中で走った。
白が死んでしまったのは自分が弱いから。自分の弱さで死なせてしまった。だから強くならならなくてはいけない。
奥歯が欠けそうなほどに悔しさで歯を食い縛りながら、我武者羅に走り続けた。
別離の悲しみに、叫び、泣き喚きながら。


◆       ◆

回想から意識を戻すと既に受付会場の扉の前まで来ていた。
「・・俺は、強くなったことを証明するんだ。」
今ではもう当時の白と同じ年になっていた。一人称も「僕」から「俺」に変わっている。
行く宛もなくさまよってスラム街にたどり着いてからは、ひたすら強くなる為に研鑽した。
鎖鎌を扱う武術を自己流で習得し、発動からラグが長い能力も3秒の時間差で発動するまでに至った。
首輪の感触を手で確かめる。これはあの日逃げることしか出来なかった悔しさを忘れないための枷。この大会で優勝し、かませ犬派遣商会を潰したらこの首輪をはずすつもりである。そしてシロ姉の墓を立てよう。彼女を弔い、感謝の気持を伝えねばなるまい。
「・・・よし」
深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
本来の意味通りの「かませ犬」にはなりはしない、自分は勝つんだ。そう、強く決意して。
――――過去の清算の第一歩を踏み出すべく、扉をそっと押した。

【END】








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