第二回戦【鍾乳洞】SSその1

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第二回戦【鍾乳洞】SSその1

579 :以下、名無しにかわりましてVIPが実況します:2020/05/18(土) 23:58:45.38 ID:KK5lK8sS0
次、例のアキカンだぜ

580 :以下、名無しにかわりましてVIPが実況します:2020/05/19(日) 00:00:08.44 ID:Nxy6w62R0
誰だよ「アキカンが出れるなら、俺でも出れた」とか言った奴wwwwww

581 :以下、名無しにかわりましてVIPが実況します:2020/05/19(日) 00:00:57.37 ID:S7HpbsHi0
おいおい、あいつならマジでアキカン優勝ありえるんじゃねwwwwwwwwwww

582 :以下、名無しにかわりましてVIPが実況します:2020/05/19(日) 00:01:28.02 ID:KK5lK8sS0
いや、一回戦は相手が迂闊だっただけだろ
俺ならアキカンとかワンパンだわ



掲示板を軽く眺めると彼は眼を擦りテレビを点ける。
第一回戦のあまりに予想外な展開の試合から
掲示板でのオーウェンの評価は一転した。
しかし彼にとってそれはさほど重要な物ではない。
彼は第一回戦のときと同じように
オーウェンが勝つ事を確信しながらも
それを確認する己に課した義務を開始した。


* * * * * * * * * * * * * * * *

「はい!それじゃ第二回戦の作戦会議を始めるよー!」

四つ目興信所の所有するパネルバンの中
一回戦と同じように山田達は作戦会議を始めようとしていた。

ます澄診が軽く咳払いをした後に早口で試合場の説明を行う

「取りあえず戦闘場所の鍾乳洞なんだけどここはA、B、C、Dの4つの広いエリアがあって
ABCは放射線マークの葉っぱみたいな感じの並び方でその中心がDエリアって感じみたいね
北を上に見て、Aが上の葉っぱ、Bが左下の葉っぱ、Cが右下の葉っぱって感じ!
実際はもっと長めで歪な形だし各エリア同士も近いんだけどね!
それぞれのエリアは別のエリアと細めの洞窟で繋がってるって感じ!
元々は観光用の施設として使われたりもしてたみたいでところどころ観光用の足場があったり
観光用の足場の周りは照明が多目についてたりするの。そしてところどころに
崖とかの高低差も結構あったりするみたいだから足元にキヲツケテネ!
でも逆に相手を突き落とす作戦なんてのも良いかもね!」

澄診が一息つくと山田が片手に運営から渡された地図を持ち
もう片方の手を少し上げて確認を行う

「えーと、俺のスタート地点がBで偽原がA、そしてオーウェンがCだね」

「Aエリアは崖等の高低差が激しい場所が多く、Bエリアは地面は比較的平坦だけど
鍾乳石が他のエリアに比べて沢山あるみたい。Cは鍾乳洞の出入り口があって
管理用の建物とかもここに幾つかあるようね、そしてDエリアの中央には
直径70m程の大きさの地底湖があって天井は2~3mくらいで他エリアに比べて低め
あと天井から地面に繋がった鍾乳石が多数あってちょっとした迷路みたいになってるみたいね」

「ま、試合場の確認は一先ずはこんなもんでいつも通り試合の立ち回りとかは
一度対戦相手について確認してから考えるとしようか、澄診ちゃんお願い」

「よし、待ってました!」

澄診は嬉しそうに立ち上がり対戦相手の説明を開始する。

「まずオーウェンの方から、能力について!
自身を核兵器と化し、核爆発を引き起こす能力を持ってる!
…んだけどまあ、その能力には使用するとアキカンになってしまう
という制約があって既に能力を使用してるんだよね」

「核爆発を起こした事があるって事か…」
「まあそれはあんまり関係ないかな、この能力は
アキカンになった後は使えないからね!」

「でも、それだけの事をする覚悟のある人間と言えるわね」
「まま!それよか重要なのはアキカンとしての能力を別に持ってるの!」

澄診がオーウェンの空き缶としての能力の説明を行う

「ふうん、一回戦では大量の空き缶を出して相手を驚かせて
頭上に隠れ潜んでアンブッシュって感じだったね
一見たいした事はできなさそうに思えるけど、ちょっとした事に
色々と応用が効きそうな能力だなあ」

「うん、じゃあオーウェンの経歴について説明しよっか!」
「確か元米軍のレンジャーだっけ?」
「詳しい事は穢璃ちゃんが調べてくれました!穢璃ちゃんどぞ!」

澄診が無駄にテンションを上げて拍手をすると
穢璃はオーウェンについて調査した資料を取り出し話を始める

「とはいっても実のところ彼についての情報は一部機密扱いを受けてるみたいで
精度の高い情報はあまり手に入れる事は出来なかったの、ごめんなさい」

穢璃は少し申し訳なさそうに言った。

「まあ、流石に米軍に対してハッキングとかする訳にもいきませんもんね
仕方ありませんよ、そんな謝らないでくださいよ!」
「すみません、ありがとうございます」

山田の励ましに穢璃は微笑みを返し、話を続けた。

「それで彼は米国陸軍の第75レンジャー連隊魔人部隊長をやっていて
数々の任務をこなしてきた正にプロの軍人と言ったところで―――」

穢璃はオーウェン・ハワードに関する様々な情報を
山田と澄診に伝える。

「成程ね…アキカンになったとはいえ元々が凄い軍人だったて訳か…」
「お、淀輝ちゃん弱気か?淀輝ちゃんだって元自衛官なんだからシャキッとせんかあ!」

澄診はそう言いながら山田の背中をバシバシと叩く

「いてて、やめてよ。いやほら俺は自衛隊時代はまあ実戦経験ない訳だしさ?」

そんな山田を見た穢璃が少し考え込むような素ぶりをし
山田に話しかける

「でも、山田さんは今まで強力な能力を持った凶悪な魔人犯罪者達を倒してきたでしょ
今回もその時と同じようにしっかり傾向と対策を練って油断さえしなければ
勝ち目はいくらでもあると私は思うわ」

「お、おお…!穢璃さんにそう言って貰ったらこれはガンバルしかないですね!」

「まあ取りあえずもう一人の対戦相手、偽原光義についてに移ろうか」

澄診は「こほん」と咳払いをして立ち上がり
再びその場を取り仕切り始めた

「えーと、こいつの能力は三秒以上映像を注視してる人間に対して
思念を飛ばすとその映像を世にもおぞましい見ただけで精神が崩壊して
生きる気力を根こそぎ奪ってしまう映画『ファントムルージュ』に
差し替えてしまうという能力ね、一回戦の対戦相手が突如
色情魔と化して精神崩壊してたのはこの能力が原因だったって訳ね!」

「ファントムルージュ?」

澄診の説明を聞いた山田は怪訝な顔をする

「ファントムルージュってあのファントムルージュか?」
「…そう、あのファントムルージュね」
「あのファントムルージュ?」

なんらかの意思を通じ合わせる澄診と山田に対して穢璃は良く分からずに聞き返す

「あー、穢璃さんはファントムルージュを観た事あります?」
「いえ、ないわ…というか観たら精神崩壊するんじゃないの?」

「うん、まあこの事については後で話そ!今大事なのは
映像を三秒以上注視した精神崩壊する映像を見せられるって事よ!
そしてこの映像についてだけど何もテレビの画面とかに限らずに
鏡に映った映像なんかも含まれるから注意してね!」
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ザ・キングオブトワイライトの出場者の為に用意された会場近くのホテルの一室
偽原光義は部屋の電気を消しひたすらテレビに映る画面をじっと見ていた

「知世……すみれ…………」

口にくわえていたタバコを灰皿に押し付け
ゆっくり煙を吐き試合の事を考え始めた


「相手は元軍人、そして元自衛官……」

そう呟くと偽原は僅かに口元を歪ませた

「ククク………なんだか似たような物同士の組み合わせだな…」

「まあいい…相手がなんであろうと俺は
この絶望に包まれた世界の真実を教えてやるだけだ…」

愛用のナイフやスマートフォン、そして
第二回戦の為に予め用意していた道具を手にすると
ファントムルージュの流れるテレビをそのままにし試合場へ向かった。



―――――――――――――――――――――――――


鍾乳洞のBエリア、山田は灰色の野戦服に身を包み
一回戦で使用した物と同じショットガンを背負い
二脚付きの汎用機関銃を地面に設置し、その横で腰を下ろしていた。

山田は今回の戦いでは待ちの戦法に出る事にした
あまり性分的に敵を待つの好きではないのだが
今回の対戦相手は両者ともに銃器の扱いに長けた人物であり
特に元レンジャーのオーウェンは罠にも精通していると思われる。
そんな奴らが相手でしかも場所が鍾乳洞となれば
いくら相手を500m先に察知できる山田といえど
迂闊に自分が動くのは危険と判断し機関銃を設置し
ひたすら相手が動くのを待つ作戦にでたのだ。

そしてそのまま試合開始から10分程経過した

「ああ、これ生中継で観戦してる奴はつまんないだろうね
まあ、もしかしたら残り二人は遠くで戦ってる可能性もあるけど」

と、山田がそんな事を呟いていると山田は2時の方向に
赤い小さな点が見える事に気づく

対戦相手であるオーウェン・ハワードが
山田の能力範囲内に入ってきたのだ

「あー、的が小さい方から来ちゃったか」

山田は特殊能力によりオーウェンを視認すると
機関銃をそちらに向けて構え、発砲を開始する。


 ダガダガダガダッガッ!ダガダガ!ダッガダダダッ!


先程まで静寂に包まれていた鍾乳洞に機関銃の放つ爆音が鳴り響く!

「うぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!!」

薄暗い鍾乳洞がマズルフラッシュと曳光弾によって照らされる!


 ダッガダガダダ!ダガダガダガ!ガガダガダガッ!


しかし山田の視界に映る小さな赤点は左右に素早く動き
時には小さく跳ねながら確実に山田の方へと近づいてくる。

「的が小さいとは言え、殆ど怯む様子も無く素早い動きで
遮蔽物間を移動するなんて、流石は陸軍の魔人レンジャーだねえ!畜生!」

機関銃の弾を撃ち尽くした山田は素早くマガジンを取りかえる。
その隙をついてオーウェンは驚異的スピードで山田の居る方向へ一直線に駆ける!


二人の距離が200mを切ったところで山田はリロードを完了させ
再び機関銃の射撃を再開する。


 ダガダガッ! ダガガガダガッ! ダダダガガッ!


相変わらず小さな赤点は素早く動き着実に山田へと近づきつつある

山田はオーウェンとの距離が100mに到達したところで
前方にスモークグレネードを放り投げ、機関銃の折り畳み式のストックを
広げて抱え上げ立ち上がり機関銃を肩撃ちの状態で構える。

射撃精度は落ちてしまうが、オーウェンが一回戦で何らかの毒物が仕込まれたであろう
パームピストルを使用していた事を考えると、ここまで距離を縮められたならば
こちらも何時でも動ける状態になっておかなければ相手の攻撃を受けてしまう。


 ダガガガッ!  ダガダダッ!  ダダダ!


山田は少し後ろに下がりながら煙幕越しにオーウェンを射撃する。
オーウェンは不規則に動き回り続ける

「うっわぁああ!全っ然!当たんないよチクショウ!」

山田は煙幕が消えぬうちに再び機関銃のマガジンを交換する。
これが機関銃の最後のマガジンだ。そして再び射撃!


 ダガガガダガガダッガ! ダガガッ! ダッダガガ!


オーウェンは80m程の距離を保ち動き回り続ける。
山田はオーウェンの動きに若干の変異があった事に気付く
オーウェンは徐々に山田から見て左の方向へと移動しつつあるのだ
恐らく煙幕を避け回り込むつもりなのだろう。当然の対策だ。

それに対して山田は煙幕の中へと入り射撃を続ける。
能力により山田はオーウェンの姿を一方的に確認できる!


 ダガダガッ! ダガダンッ! ダガガッ!


オーウェンは銃弾の飛んでくる方向から
煙幕の中心部付近に山田が居ると想定し若干距離を縮めつつも
徐々に山田から見て左の方へと回り込もうと移動し続ける。

やがて徐々に煙幕が消え始める。
相変わらず山田は機関銃を射撃し、オーウェンも徐々に左へ回り込む動きをする。

そしてオーウェンが山田から見てAエリア方面の正反対方向、
方角にして西南西に位置した時山田はオーウェンの方向に銃を向けたまま
構えを腰だめ撃ちにかえ射撃しながらDエリアの方向へとやや速足で向かい始めた。

それに合わせてオーウェンも距離を離されないように
山田の後退に合わせて動き回りつつもジリジリと近づこうとし
尚且つ時折山田の目前に空き缶を召喚し山田の気を散らし
山田の背後に空き缶を召喚する事で山田が空き缶に躓くよう仕向ける。
(アルミ缶の中に時折スチールを混ぜる事により、転びやすくしてある)

しかしオーウェンの能力使用を想定していた山田は
それらを慎重に足で払いのけながら射撃と後退を続ける。
しかし山田は突如背中に妙な違和感を感じる。
背負ったショットガンが何かにぶつかったのだ
すばやく背後を確認するが一見そこには何も無いように見えるが
そこがオーウェンが一度移動を行った場所である事に気付くと
それがオーウェンがしかけた罠である事を瞬時に判断する

(まさか相手はこんな物を持ってきてたのか…!)

そこには単分子ワイヤーが張られていたのだ
もし迂闊に走ってこれにぶつかったりしたならば
肉を確実に裂かれていただろう。

無論、単分子ワイヤーといえどただ張っただけでは
余程の勢いでぶつからない限り骨を断たれると言った程の切断力は無い
しかしもしこれが運悪く頸動脈等を切り裂いてしまえば
ダメージは相当なものとなるであろうし
小さな傷を負うだけだったとしても戦闘中に移動を妨げられ
その上にダメージを受ければ大きな隙が生まれるだろう。

ほぼ視認不可能である事が精神的プレッシャーを生む。

オーウェンは素早く動きながら自分が遮蔽物として利用した
鍾乳石と鍾乳石の間にひたすら単分子ワイヤーをしかけていたのだ


山田は姿勢を低くし罠をやり過ごし、同じ物が他に近くに無いか確認しながら
機関銃の射撃を続ける。さっきの罠に気を取られていたせいで
かなりの接近を許してしまっていた。


(同じ罠があるとヤバイかもしれないけど…多分こっちの方向には
これ以上しかける余裕が無かったはず…ここはやるしかない…)


オーウェンに向けて機関銃の残りの弾を撃ち切ると山田は
背負っていたショットガンを素早く構えオーウェンに向けて
一発発射する。そして素早く身体を反対方向へ向けると
前方に跳躍しながら身体を右から左にへと大きく振り出した
そして着地と同時に再び大きく跳躍!今度は身体を左から右に大きく振る。


(あれはストレイフ走法…メカ!)

ストレイフ走法とは
1996年に米国の物理学者アイディ・ストレイフ博士が考案した独自の走法であり
跳躍しながら身体を大きく左、右と交互に振る事により
筋肉の伸縮と慣性を利用した爆発的スピードを得る事ができる走法。

実際にこの走法で加速を得るためには強靭な肉体と訓練が必要であり
尚且つ慣性を殺さずに加速を得る事が出来たたとしても、
肉体を正確に制御できなければコントロールを失い慣性により
あらぬ方向にすっ飛んで行きかねない危険な走法でもある。

本来、鍾乳洞の様な障害物が多く足場の不安定な場所での移動には
あまり適した走法とは言えないがオーウェンとの距離を取る為に
山田はどうしても突発爆速跳躍的速度が必要であり
この走法こそが現在の山田の持つ最も高速な移動方なのだ

とにかく彼は精神を研ぎ澄まし、跳躍ごとに次の足場を確認し
慣性のコントロール限界に若干余裕ができる程度のスピードで
身体を捻る様に振り回し超速跳躍を続ける。
僅かにでも躓いてしまえば壁や鍾乳石に激突するか
もしくは奈落の底へと真っ逆さまだ!

ちなみにこの走法は人体の絶妙な重心バランスと
筋肉の脈動が生み出した奇跡の走法であるためアキカンには使えない。

しかし、アキカンの体躯でありながら陸軍レンジャーの身体能力を持つ
オーウェン・ハワードは山田がストレイフ走法を始めた一瞬はかなりの距離を離されたものの
その後はほぼ同じ距離を維持したまま山田を追い続ける

(クソっ!せめて中央エリアまではなんとか辿り着かないと)

(やはりその速度は長くはもたないようだメカな)


当然ながら慣性を生かし続ける為に常に跳躍しなければ
いけないこの走法は体力を大いに消耗する。
そして先程も申したように、鍾乳洞でこの跳躍を続けるのは
相当な集中力を要し、精神の消耗も凄まじい!

山田とオーウェンの距離は現在130m程を維持している。
もしこの状態で距離が100m以内にまで縮まればオーウェンは能力を使用し
山田の前方や足元に空き缶を召喚し山田の跳躍の妨害を行うだろう

先程はただ慎重に足を運べば良かっただけだが
高速移動中の今の山田にとってはたった一個の空き缶が命取りになりかねない。

山田はそのままの速度を維持しBエリアから中央エリアへの細道へと侵入する。
これが最後の難関である!細い通路の壁や天井にぶつからず、それでいて
尚且つオーウェンに追いつかれないよう出来る得る限りの速度を維持する!
それが如何に困難な事であるか!

精神と体力の消耗、そしてコントロール調整の為に山田は少しずつだが
速度を落としていく、それによりオーウェンと山田の距離も徐々に縮まる。

129m……128m……126m…


124m……121m……115m……109m!!


その時!山田は跳躍と同時に身体を左に180°回転させ
両手に抱えたショットガンを二連射した!

「それで私を倒せると思ったメカ?」

オーウェンは山田が身体を反転させているのを見た瞬間
銃撃を予測し余裕の表情で1m程の高さに跳躍し
身体を斜めに傾け、更に全身を高速回転させていた!

散弾の一部がオーウェンにぶつかる!
しかし散弾の飛来する方向に対して
最も装甲が厚くなるよう角度調整し、さらに全身を
高速回転させたエネルギーにより散弾を弾いた!

これは戦車戦において、傾斜装甲を生かす事の出来る
1時半、4時半、7時半、10時半の方向を敵に向けて戦う戦法
『食事時の角度』の応用だ!
(詳しく知りたい者はドイツの戦車教本『ティーガーフィーベル』を参照せよ!)

「うわっ狭い通路ならいけると思ったのに!」

山田は後ろを向いたまま一度着地し
再び身体を左に180°回転させながら跳躍!

勢いをほぼ生かしたまま更に回転の力を加速に用い前進!

通路を抜けて山田はDエリアに到達した。


―――――――――――――――――――――――――


オーウェンと山田の追いかけっこはDエリア到達後も
引き続き行われていたがに少しその様相を変えていた

山田は湖の近くの少し大きめの鍾乳石が密集する地点で
それらの鍾乳石に隠れつつショットガンでけん制する

それに対してオーウェンは飛び跳ね攻撃をかわしたり
先程と同じように散弾を弾きながら山田の周りに
単分子ワイヤーのトラップ張り巡らせじわじわと追い詰める。

このままではショットガンの弾をじわじわ消耗し
罠を張られている山田の方が不利だろう


しかしそこで異変が起こった

「なんだお前達もうドンパチやってんのか…」

二人丁度中間地点から見て湖を挟んだ反対側の
迷路状になった鍾乳石の壁の奥から偽原が現れたのだ

二人は漁夫の利を狙った偽原の攻撃を警戒しながらも
戦闘を続ける。しかし偽原は次の瞬間とてつもない行動に出た



湖へとダイヴしたのだ!

「え?」
「メカ?」

山田とオーウェンはその状況に一瞬困惑するが両者共に
お互いの様子に注意を払いつつすぐさま、湖へ飛び込んだ偽原を
確認しようとする。そしてオーウェンは水面に
妙な点がある事に気付く、水面がキラキラと妙に光を反射している…

のは別段妙な事では無い、何故なら湖を照らす照明が多数設置されてるからだ
では何故、多数の照明で湖が照らされているのか…

それはも別段妙なことではない。
この鍾乳洞は元々観光用の施設として使われていたのだ
この湖の傍にも立て札が立てられ、この地底湖に関する伝承や
うんちく等が書かれている事からそういうライトアップなのだろう。

では何が妙なのか?
それは水面に妙に大きな白い四角い物体が映っているのだ、
その物体は天井に張り付けてあり、更に赤字で文字が書かれているようだ
湖に映った状態で正常に読めると言う事は元は鏡文字だったのだろう

オーウェンはその文字を読み上げる


「緋色の…幻…影……!?」


オーウェンがそれが偽原の仕掛けた罠であると気付いた時には
既にオーウェンは『それ』すなわち、水面に映された『映像』を
3秒以上注視していた。そう、偽原の能力の効果条件を満たしてしまったのだ!

「メカァ、メカァアア!!」

ファントムルージュを見てしまったオーウェンは悶え苦しむ!!

「うぎゃらららぐぁああなんなんなんだぁこれうわああああ!!」

そしてオーウェンが苦しみだしたその直後に少し離れた場所からも悲鳴が!
山田がもがき苦しみながらよろよろ歩く
そして今一度湖を覗きこもうとして湖に落ちた!

「ぼごぼごが!ばぐぼぼぼぼごばば!ごぐぶぶぼぼぼぼば!」

湖に落ち、溺れゆく山田を確認しながら偽原は湖から上がり
びしょ濡れの上着を脱いで呟いた。

「まさか二人同時にこうもあっさりひっかかってくれるとはな」

偽原はそう言いながらポケットに入れたタバコを取り出す。
しかし湖に飛び込んだせいですっかりしけってしまった事に気付くと
煩わしいといった表情をした後タバコを投げ捨てその場を後にした。



―――――――――――――――――――――――――



「知世、すみれ……俺は…俺が間違っているのか…?」



試合終了から3時間後

偽原光義は試合会場から遥か離れた関西の地、伊丹空港に居た。
そして飛行機から降りるや否や一心不乱にタクシー乗り場へと走り
運転手を急かし自分が住んでいたアパートを目指した。

試合中のある出来事が心に引っ掛かり
どうしてもそれを確認する為にアパートへと
戻らずにはいられなかったのだ。

そしてタクシーの中で偽原は何度もノートPCや
スマートフォンを確認するが自分の探している物が見つからず焦っていた。

やがてタクシーがアパートの前に着くと偽原は
運転手に適当に掴んだ紙幣を全て渡し逃げ出すかのようにタクシーを降りた。
渡した料金は本来の5倍近い額だったが今の偽原にとってそんな事はどうでもよかった。


「俺は…お前たちに一体何を…俺が全て悪いのか……?俺がみたものは…?」


アパートの自室に着くなり偽原は扉を蹴破るかのような勢いで開ける―――


「こ、これは……一体…どういう事だ…!?」

そこにあったのは真っ黒な画面を表示させた
ごく普通の何の変哲もないテレビだった。


―――――――――――――――――――――――――


話は三時間ほど前に遡る。




「全く、ポイ捨てなんてマナーが悪いですよ」

偽原はその声を聞くと自分の身に何が起きたのかを理解した
自分の背後に立つこの男、山田に両手両足を撃たれたのだ

そして山田は素早く偽原に近づくと背中を蹴り
前のめりに倒れさせ両手に手錠を嵌め
背中に細い杭のような刃物を突き刺した

「ぐぅ…! な、何故だ…!?」

湖の底に沈んだと思われた男、山田は
嬉しそうににんまりと、したり顔をしてみせた

「ははっ俺の演技、中々良かったと思いません?」

そう言いながら山田は先程、偽原の背中に
突き刺した刃物を足で思いっきり押し込む

「うぐぁうっっ!!」

「警察関係者でしたら知ってますよね?対魔人用の道具の一つ
『電磁思考抑制杭』の事を」


『電磁思考抑制杭』とは特殊な合金でつくられ
先端に電気パルスを発する装置を埋め込まれた杭状の刃物であり
これを魔人の脊椎(胸椎が最も望ましいとされる)に差し込むとその魔人は
自分の認識に対しての自信を著しく失い、他人に認識を強制する為の力が弱くなる。
(個人差はあるが基本的に魔人能力そのものが弱体化する事は
殆ど無く、魔人能力の発動が極めて難しい状態になる)

また他人の話を受け入れたり影響を受けやすい状態になる。
取り扱いには『第一種対魔人拘束具使用資格』が必要。


「くっ…なんだ……お前は、俺を洗脳でもするつもりか…?
一体何の目的があるのかは知らんが…俺はその程度の道具には屈さんぞ」

「ああ、ちょっと待って下さい!違うんですよ、ちょっと話したい事があるです!
それでちょっと能力を使われると怖いから念の為に打ち込んだだけですって!」

「話したい事だと?」

「そうそう!そうなんですよ!っていうかあれですね
気になりません?何であなたの能力が俺に効かなかったのか」

「ふん、どうせ事前に能力を事前に知っていて
湖に映った映像を見なかっただけなんだろう?」

「いやー違いますよ」

山田はニヤニヤしながら答えた


「実は俺、ファントムルージュを観た事があるんですよね」

「ふざけるな!!あれを見て正常で居られる人間なんて居るはずがない!!」

山田はやれやれと言った様子で話を続ける

「あの映画は確かに絶望的なものでした…俺も観たその日は頭痛が治まりませんでした。
でもですね、ただの漫画原作の映画でそこまで人が絶望するわけないでしょう?
いやまあ、確かにそんだけの作品を作る事は不可能ではないかもしんないですけど、
特に魔人が能力でそういった映画を作るなんて話は想像に難くないですね
あなたから言わせれば魔人がテロの為に作った作品なんでしたっけ」

山田はそこまで語ったところで悪寒を感じ固唾を飲んだ。

嘗て澄診から聞かされた【ML】と呼ばれる、とても素晴らしい作品でありながら
全てを知ると発狂してしまう映像作品の話を思い出したのだ。

「でもですね、仮にそこまでの映画が作られたとしても
関西だけで人気漫画原作の映画が公開されたなんて変な話だと思いませんか?
俺の知ってるファントムルージュ・クライシスってのはこれなんですね」

そう言って山田は懐から一枚の新聞の切り抜きを偽原に渡す

「なんだ…『お手柄!イケメンオットセイが事件を解決』………?」

「『関東にてファントムルージュという言葉をうめきながら倒れる人々が突如急増
これを当時希望崎学園に居合わせたイケメンオットセイと3人の魔人が解決』なんだこれは…」


「事件の顛末についての詳細はこれに書いてありますよ
割と長いんで今はとりあえずざっと見て、後で時間があるときにでも読んでくださいね」

そう言いながら山田はホチキスで止められた数枚の紙を渡す
http://dngdice.rosx.net/log166.html

偽原はその紙をパラパラと捲りざっと目を通す

「馬鹿な…ふざけるのもいい加減にしろ!あれはこんな生ぬるい物じゃない!」

「…あなたは、ファントムルージュ・クライシスまでは何のお仕事をしてましたっけ?」

「魔人公安だがそれがなんだ」

「魔人公安…ふんふん、つまりアナタはその時も自分が魔人だったと…
では一つお尋ねしますけど、あなたの魔人能力ってなんだったんですか?」

「それは……それは………それは…?」

「実は試合の前にあなたについて色々調べさせてもらいましてね
それによるとあなたが所属していたのは魔人公安ではなく刑事部、
それも魔人刑事部ではなく普通の刑事部という事になってるんですよねー。」

「刑事部……?」

「そして正義感が強く様々な事件に首を突っ込み真摯に取り組み
持ち前の捜査力とナイフ捌きにより見事に事件を次々解決!」

そう言いながら山田はナイフを素早く振り回してから
フェイシングの真似事をしてみせる

「やや強引ながらも素晴らしい仕事ぶりを見せ『魔人公安に匹敵する』
『非魔人の真野五郎』なんて呼ばれ目まぐるしい活躍を遂げるエリート刑事だったとか!」

「魔人公安に……匹敵…?…エリート刑事………?な、何を…」

偽原の身体中から汗が滲み出し、呼吸が荒くなっていく
出血の影響もあるだろうが山田の言葉に動揺しているのは明らかであった


「ま、ぶっちゃけるとあなたの奥さんだった知世さんも
娘のすみれさんも実は今も生きてるんですよね」

偽原の心の中で何かが崩れ去る

「確かに二人ともあなたと一緒にファントムルージュを観る約束をして
あなただけが仕事で観れなかった。それは真実なんです。
無論ファントムルージュが酷い作品で二人が絶望したっていうのも真実です。
しかしだからと言って二人は触手やモヒカンザコに襲われた訳では無かった
ファントムルージュの力はそこまで凶悪ではなかった」


「しかし当時幼かったすみれさんは絶望のあまり道頓堀からその身を投げ出した」

「あ……あ…ああああ!!」

偽原の中で崩れ去った何かが別の形へと変容していく

「すみれさんは救助活動により一命を取り留めたものの意識不明の重体となった
なんでも一応生命活動に支障こそないけれど今でも目を覚まさないとか…」

「そんな…ウソだ……俺は…真の絶望を観たんだ……」

「その後あなたはすみれさんの事で自分を必要以上に責め、知世さんとも離婚した」

「そして…」

「これは憶測に過ぎないんですが、あなたの様々な絶望や自分の責任を認めたくない気持ちと
それを認め自分は罰せられなければいけないという気持ちが混ざりあい
自分を絶望させ、他人を絶望させ、世界を絶望させる幻影を見せる能力に目覚めた…」


「う、ああ、あ、うわぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああ!!!!」

偽原の絶叫が木霊し、絶望が偽原の精神を蝕む
それは偽原の記憶にあるどんな絶望よりも大きく現実的であった

「まあ、その後どうするかはあなた次第ですね、俺としては一応
現実と向き合い直して真っ当な道を進む事をお勧めしますけど」


そう言いながら山田は偽原の首を
ナイフで切りつけ偽原の絶望に仮初の終りを与えた

―――――――――――――――――――――――――


「ファントムルージュを見た事があるから能力が効かないなんて
あんな嘘をついたのは説得の効果を上げるため?」

兎賀笈穢璃は試合を終え戻ってきた山田にタオルを渡しながら尋ねた

「お、ありがとう、まーそんな所だねー」

そう、山田が偽原の能力を受けなかったのは決して山田に
ファントムルージュへの耐性があった訳ではない

山田は映像を見なかった、ただそれだけなのだ

オーウェンは一回戦の偽原の戦いと偽原の経歴を調査する事により
偽原の能力が映像を注視した人間にファントムルージュの幻影を見せる事により
発狂させ、生きる気力を完全に奪う能力である事を予測していた。

しかしそれが水面に映った映像にも有効である事に気付いたのは
偽原の能力効果条件を満たしてしまった直後であった

それに対して澄診の能力により偽原の能力を完全に把握していた山田達は
中央の湖付近で戦闘を行えばやがて偽原がなんらかの方法で
湖を注視させて能力を使う事を予測していた

その為、山田は偽原が湖に飛び込んだ瞬間からずっと目を瞑っていた

山田の能力はありとあらゆる物を透過して
魔人を見る事が出来る例えそれが自分の瞼であろうと
能力によって常にオーウェンと偽原のみを注視しながら
山田は偽原の能力にかかった振りをして湖入り溺れた振りをしたのだ
(もし水中で偽原が襲い掛かってきた場合はナイフでの迎撃を予定していた)

「ま、その辺について他にも理由があるんだけどとりあえず休憩したいな」


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試合後、ホテルに戻った偽原が見たものは
電源が入ったまま何も映さないテレビだった

DVDプレイヤーを確認すると狂気じみた文字で
「ファントムルージュ」と書かれたDVDが入っている
押収して手に入れた海賊版DVDを焼いたものだ
しかしDVDを再生する事ができない。

一度ノートPCに入れて確認したが確かにデータは
あるはずなのだがどうやっても再生できない。

それはノートPCやスマートフォンに
入れていた動画データも同じであった。


そしてそれから三時間後、関西のアパートに戻った偽原は
テレビを確認した。ホテルのテレビと同じで電源は入った状態であり
入力モードはDVDになっており本来であれば
DVDの映像が流れているはずだった

しかしそのテレビに接続されたDVDプレイヤーは
ディスクトレイの内側から無理矢理力を加えたかのように破壊されており

そのすぐ傍には空のDVDケースが開いた状態で置かれていた

偽原には分からなくなった
今までの自分の人生のうち、何が真実で何が幻影だったのかを








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