羽山莉子SS(第一回戦)

最終更新:

dangerousss

- view
管理者のみ編集可

第一回戦第二試合 羽山莉子

名前 魔人能力
灰堂四空 ステルスアイ
羽山莉子 メルティーボム
沢木惣右衛門直保 (菌を見る能力)

採用する幕間SS
なし

試合内容

「さて、と。んっ。」
ポニーテールを結びなおし、気を引き締める。
試合前に行う、いわゆる一つのゲン担ぎだ。
両腕にリストバンド、足元はバスケットシューズ。
ユニフォームの代わりに制服を着ているという点を除けば、
いつものバスケの試合と同じ格好だ。
さすがに、今日はスパッツも履いておこう。

「えーと、ここは……」
周囲を見回すと、複数のデスクと椅子。デスクにはそれぞれパソコンが設置されている。
また、壁一面には窓ガラスが敷き詰められている。
とりあえず、外の風景を見てみよう……って高っ!
遠くに感じられる地面。
高さは大体126メートルかな。
昔から、目測で距離を測ったり、建物の構造を把握したりするのは得意なのだ。空間把握力には自信がある。
この目測もそれほど外れてはいないだろう。
(茉奈だったら、ビックリして腰を抜かしちゃうかなー)
柏木 茉奈が高い所を苦手としていることを思い出し、自然と笑みがこぼれる。
「しかし……」
視線を地面から戻すと、周りには自分が居る場所と同じかそれ以上に高いビル群。
その中でも、400メートル程先には、一際大きくそびえ立つ黄緑色のビルが建っていた。
「本当に、こんな場所でバトルするの?」
ふう、と大きなため息が漏れるのを感じた。

窓から離れ、デスクの方に目を向ける。
デスク8個で一つの区画を作っており、それぞれの区画はパーテションで仕切られている。
部屋の広さは大体40メートル×40メートル。
教室4つ分と言ったところか。
デスクの後ろには所狭しと並べられたロッカー。
恐らくここは、高層ビルの一角、何処かのオフィススペースなのだろう。
万人がイメージするようなテンプレートなオフィススペースだ。
唯一つ、普通のオフィスと違う点は、天井には次元の歪みが渦巻いていることだ。
「……あそこから出てきたんだー」
確か……控え室で待っていたら、突然次元の歪みが出てきたんだっけ。
で、歪みに入ったと思ったら、ここに居た、と。
ここは高層ビル群の中の一つで、その一角にあるオフィススペース。
……よし、現状把握は大丈夫。
「しかし、これからどうすれば良いのかな。」
「はーい!それじゃ、全員スタート地点に着きましたねー?あ、私、今回ダンジョンを作った女神でーす!」
突然、元気な声が響いた。
脳に直接語りかけられる感覚。
恐らく、魔人能力だろう。
耳元で大声を上げられてるようだ。ちょっとボリュームを抑えてほしい。
「今回皆さんに戦ってもらうフィールドは、フィールドNo10.摩天楼群でーす!」
「巨大な高層ビルが立ち並ぶ、無人のオフィス街のMAPです。縦にも横にも広いので、スケールの大きな戦闘を期待しちゃいまーす。」
「1km四方にある立ち入り禁止の表示を超えちゃうと失格ですよー!気をつけてくださいねー!あ、ちなみにスタート位置はランダムですからねー!頑張って探してくださいねー!」
矢継ぎ早にまくし立てられ、耳が痛い。
もう少しゆっくり、静かに話してほしいんだけどな。
「それと、全員窓の外に注目ー!フィールドのちょうど真ん中に、大っきな黄緑色の素敵な建物が見えるでしょー?」
女神が言っているのは、先ほど見た、あの一際大きな建物の事だろう。
「何を隠そう、あれが新・結昨日本社ビルでーす!どうです?素敵でしょ?」
「旧本社ビルは、とある事情により壊されちゃったんですけど、その代わり、犯人一味の方にはトーナメントに参加してもらえました。結果オーライですねー!」
「新本社ビルは、ちょっとやそっとじゃ壊れない安全設計!勿論エレベータも耐震!中でお相撲とってもビクともしません!さらにさらに、1階正面玄関には噴水も設置してあって、来訪者を癒してくれますー!もちろん、冷暖房も完備で心地よい空間を演出していまーす!カフェも用意してあるので待ち合わせにもぴったり!このカフェは結昨日グループ系列の喫茶店なんですけど、ケーキがすっごく美味しいの!特に私のおススメは大きないちごの乗ったショートケーキでモゴモゴ」
「はいはい、少し静かにしましょうねー」
「ムー!ムー!」
幼さの残った元気な声の代わりに、静かだがはっきりした、艶のある声が聞こえてきた。
……さっきの子は、多分口を手で押さえられているんだろう。想像してちょっと笑った。
「実況を担当します、斎藤窒素と申します。フィールドの説明はこれくらいにして、引き続きルールの説明をさせていただきます。」
「勝利条件は四つ。まず一つ目は対戦相手を戦闘不能にすること。これは審判にて判断します。」
「二つ目、三つ目は対戦相手を殺害することもしくは対戦相手にギブアップと言わせること。」
「最後の四つ目は、対戦相手が戦闘領域から離脱すること。禁止区域に一歩でも踏み込んだら敗北となります。……以上、何かご質問はございますでしょうか?」
うん、とっても聞き取りやすく、説明も丁寧だ。
この人の声は、何だかとても安らげる。
「……みなさま、特にご質問は無いようですね」
靴紐を結びなおし、屈伸をする。
ふう……
準備は万端
鼓動が少し早くなっている。緊張しているのか、それともワクワクしているのか。
さあ、試合開始だ!

「それでは、一回戦Bブロック。灰堂四空、羽山莉子、沢木惣右衛門直保。『摩天楼の死闘』開始します。」



沢木惣右衛門直保は考えていた。
何故、自分はこの戦闘に参加しているのだろう、と。
チャラいキャンパスライフに憧れ上京し、某農大に入学した。
そのはずが……。
待っていたのは、某農大での過酷なカリキュラム。
そして、突如沸いてきたトーナメントの話。
「はぁ……」
頭を垂れ、ため息をつく。
昔から、周りに流されて生きてきた。
その性格が災いした。
こんな事になるなんて……。
「ただやすー」
「げんきだせよただやすー」
ふと視線を上げると、目の前には無数の菌が喋っている。
沢木惣右衛門直保にとっては、至極当たり前の光景。
「おれたちがついてるぞー」
「がんばろうぜただやすー」
無数の菌が沢木惣右衛門直保に励ましの言葉を投げかける。
【菌が見え、コミュニケーションを取れる】
これが、沢木惣右衛門直保が持つ魔人能力であった。
空気中には様々な菌が存在する。
生物である以上、菌に触れずに生活することは不可能である。
言い換えれば、生物は常に菌に監視されているのだ。
菌とコミュニケーションを取れる沢木惣右衛門直保は、目に見えないスパイを無数に従えているようなものである。
「……よし!」
暗い気持ちを払拭するよう、バンバン、と頬を叩く。
「やるきになったかー」
「そうだー、そのいきだただやすー」
「覚悟決めた。頑張ろうぜ!」
その一言で、菌たちは、ワー、と歓声を挙げた。
拍手喝采している菌も居る。
その喧騒を打ち破るよう、一つの菌が沢木惣右衛門直保に向かってきた。
「ただやすー。ひとがこっちにむかってきてるぞー」
ぴたりと止む歓声。
菌たちに緊張が走ったのが分かる。
「男?女?どっち?」
沢木惣右衛門直保の冷静な声で、報告に来た菌も落ち着きを取り戻す。
菌は、大きく息を吸い、呼吸を整えると、沢木惣右衛門直保に告げた。

「おんなのこだー」



「急がなくっちゃね」
バスケットシューズの紐を結びなおし、結昨日本社ビルへ向け走る。
走りながら、チョコボールのビニールを破り、1粒食べる。うん、甘くて美味しい。
(私の居たビルは……本社ビルから縦に390メートル、横に220メートルってとこかな)
(スタート地点はランダムみたいだから……私よりも近い位置でスタートした人が居るかもしれないなー。もう待ち伏せとかされてるのかなー)
それでも、本社ビルに向かわないわけにはいかない。
このフィールドで最も高い、結昨日本社ビルに。
高所から相手の動向を探れるというのは、非常に有効なアドバンテージを得られる。
もしも相手が狙撃手だったら。もしも相手が隠れている私の位置を把握できる能力だったら。
一方的に狙撃されて終わるだろう。
それだけは避けなくてはならない。
「灰堂四空……今のところ、能力が分からないしね。最悪の可能性も考えておかないと」
対戦相手の事を思う。
灰堂四空に関しては、何も情報が無いので分からない。同じ学校らしいけど……。
「それと……沢木惣右衛門直保って……」
その名を呟くと同時に、ため息が漏れる。
「どう考えても……某農大のあの人だよね……。さすがに同姓同名の別人って線は無い……かぁ」
某農大の存在を知らない魔人は居ないだろう。
沢木惣右衛門直保は、1年生ながら、某農大の有名人であった。
「この人の能力は……確か……『菌が見える』能力だったはず。狙撃手っていう線は消えたけど……あー、もう、強敵だなー」
はあ、と、いっそう大きなため息が漏れた。

結昨日本社ビル前。
高さは大体800メートルといったところか。
無駄に高い。
黄緑色のビルは目に優しいのかそうでないのか。
造った人のセンスについては触れないでおこう。
入り口前の茂みに身を隠し、中の様子を伺う。
中には、広々としたエントランスホール。
ホール最奥には受付口があり、その脇の通路がエレベータホールに続いている。
入り口左手には、大きな噴水と、壁際に無数の観葉植物。
右手には、喫茶店。
そういえば、喫茶店のケーキが美味しいと言っていたっけ。
今度、茉奈を誘って来てみようかな。
(……いけないいけない!集中しろ!)
ぶんぶん、と首を振り、中の様子を再び伺う。
エントランスホールに人影は無い。
噴水、観葉植物の傍には隠れるスペースは無い。
となると、怪しいのは――――――――
「そこ!」
エントランスホールに飛び込むや否や、喫茶店にチョコボールを6発投げ込む。
と、同時にフロアーに響く炸裂音。
そのまま、喫茶店に駆け込む。
客席、キッチン、トイレ、喫茶店の隠れそうなところを探したが、人の姿は無かった。
(……誰も居ない……かな?)
ふう、と安堵のため息をつく。
エントランスホールは、先ほどと変わらぬ静寂を保っていた。
(おかしいな……誰かいるとしたら、絶対入り口で待ち伏せしていると思ったんだけどな……)
高所が有利とは言え、待ち伏せに最も適しているのは入り口だと思う。
入り口こそ、最も効果的に先手を取れる場所ではないか。
高所から相手の動向を図り、入り口で待ち伏せをする。
それこそが、必勝パターンだと思う。
高所では、万が一の逃げ場が無い。
自分も含め、魔人能力ならばビルを倒壊することも可能だ。
いざとなれば、ビルごと破壊される恐れもある中、高所で待ち伏せするとは考えにくい。
……と、思っていたんだけど。
「となると、私が一番乗りかな?」
ペットボトルを取り出す。
水を一口飲み、噴水の脇を通り、受付口からエレベータホールへ向かう。
ぴちゃり
その音に気づき、後ろを振り返った時には、目前に革靴の底が迫っていた。

「っっ!」
反射的に、革靴の底を避けることが出来た。
それが蹴りだと認識できたのは、目の前に150cm程の小柄な男が立っていたからだ。
敵!?
チョコボールの箱を取り出すと、男は後方へ退がり、一定の距離を取った。
「あれー?完璧なタイミングだと思ったんスけど」
先ほどの奇襲の事を言っているのだろう。
事実、タイミングは完璧だった。
避けれたのは、運が良かったとしか言いようがない。
目の前に佇む小柄な男。
服はずぶ濡れで、濡れ犬のような印象を与える。
恐らく……この男が……
「沢木……惣右衛門……直保……」
小柄な男は、静かに笑顔を見せた。

「君の能力、面白いッスね。チョコレートを爆発させるの?」
やはり見られていたんだな。
ずぶ濡れの格好からして、隠れていたのは多分噴水の中。
その可能性を考えていなかったのは私のミスだ。
沢木惣右衛門直保は、菌の声が聞こえるのだから、
噴水に潜っている間も、私の動向を菌に聞けばいい。
私が喫茶店に入っている間に、息継ぎもしたのだろう。
「そういう沢木さんこそ、菌が見えるなんて、面白い能力ですね」
私の一言に、沢木はため息をつく。
「あー……やっぱり、能力知られているんスね。某農大の知名度も考え物スね」
そう言いながら、沢木は右手を握り、開き、また握る、という動作を繰り返す。
「知られているんなら、隠す必要も無いッスよね。」
沢木の右手には、掌三つほどの大きさで、青い胞子上の塊が出来ている。
「行くッスよ!」
沢木は一瞬で間合いを詰め、蹴りを放つ。
(このスピードなら!避けられる!)
蹴りの軌道を見切り、体の向きを変える。
その瞬間、肺に激痛が走った。
「ゴホッ!ゴホッゴホッ!」
咽る私の目前には、蹴りが迫っていた。
避けることは出来ない。
瞬間、腕でガードする。
「くっ……」
「まだまだッスよー!」
沢木の拳と蹴りが矢継ぎ早に繰り出される。
避けようとすれば、先ほどと同じように肺に走る激痛。
バランスを崩し、ガードするのが精一杯だ。
肺の激痛、間違いなく青い塊が原因だろう。
その正体は恐らく―――――
「―――――青カビですね」
沢木は、ニヤリとした笑みを浮かべ答える。
「正解ッス。カビも菌の一種。何処にでも存在する青カビ菌を、右手に集めているんス。」
「攻撃の際、その青カビを私に吸わせている、と。」
「それも正解ッス。ただ―――――」
「―――――答えが分かっても、防ぐ手段は無いッス!」
沢木はまたも間合いを詰め、蹴りを放つ。
先ほどのシーンが再現される。
蹴りを避けようとした瞬間、青カビが私の肺に侵入しようとする。
先ほどと違うところと言えば。
ボン!
爆発音が鳴り響いていたことだ。
「あっ!?」
沢木の蹴りを避ける。
「青カビが正体ならば、話は簡単ですよね。菌は、とても小さく、人の目には見えない。でも、その分――――――」
「――――――軽いんですよ」
ボンボボン!
周囲に爆発音が響く。
沢木が気がついた時には、すでに遅かった。
二人に周りには、チョコボールが撒かれていた。
次々と爆発するチョコボール。
その爆風と熱気により、青カビは上空へと霧散していった。
「あっ……」
沢木は、霧散する青カビを見つめていた。
その隙は――――逃さない――――
「しまっ」
「遅いです!」
板チョコを一破片だけ空中に放り投げ、チョコごと沢木の顔面に蹴りを叩きつける。
「うぐっ!」
蹴り足を引き、そのまま――――

「BOMB!!」

――――沢木の顔面に叩き込まれたチョコレートが爆発する。

エレベータホールまで吹き飛ぶ沢木。
「うぅ……」
まだ意識はあるようだ。
「ひとまず……逃げるッス……」
エレベータの呼び出しボタンを押し、沢木はエレベータ扉にうなだれる。
「いけない!」
最初から殺すつもりは無い
ただ、このまま逃がすつもりも無い
沢木は強敵。それは重々承知している。
ここで逃がせば、やられるのはこちらかもしれない。
(間に合え……)
走り出す。
間に合え。間に合え。間に合え――――――――
エレベータホールまでは残り10メートル
(間に合えっ!!)
チン
エレベータが1Fに到着する音がした。
エレベータ扉がゆっくり開き始める。
その瞬間。
エレベータ扉ごと、蹴り飛ばされる沢木の姿が目に映った。
エレベータの中からは、私よりも大柄な男が降りてきた。
真っ黒な服と真っ黒なサングラスに身を包んだ男。
直感で理解した。
この男が、このフィールドに居る三人目の男。

「――――灰堂四空――――」



沢木は気絶しているだろう。
それは確認するまでも無く明らかだった。
エレベータの扉ごと蹴り破るキックをもらっては、いくら某農大と言っても、無事では済まないだろう。
「んー?」
男は今しがた蹴り倒した沢木と、駆け寄ってきた私を交互に見比べる。
(っ……)
男から感じる威圧感で、言葉を発することが出来ない。
このプレッシャー、間違いなく沢木以上だ……。
沢木は強敵だった。
が、男からはそれ以上の暴を感じる。
「お姉ちゃん……」
(くっ……)
戦闘が始まる。
ポケットの中のチョコボール箱を持つ手に力が入る。
掌に汗をかいているのが分かる。
「こんなところで何してんだ?危ないから、帰った方がいいぜ?」
「はい?」

「ここは今から戦場になるからよー。危ないからお姉ちゃんみたいな女の子は早く帰った方がいいぜ?」
「いや……あの……」
「オッケー、この男は多分トーナメント参加者だから気にしなくていいんだ。っていきなりトーナメントとか言っても、意味わかんねーか」
「だから……私もトーナメントの……」
「な?安全な内に帰んな?しっかし、女神のヤロー、無人っていってたくせに、無関係な女の子が居るじゃねーか」
「私も!トーナメント参加者です!!」
つい大声を出してしまった。
男は驚いた顔をしている。
大声に驚いたのか、私がトーナメント参加者ということに驚いたのかは分からないが。
「じゃー……お姉ちゃんが、羽山莉子ちゃん?俺はてっきり、もっとゴツイ女だとばかり……。イメージと違って可愛いな」
「はい!」
何で私は元気に返事してるんだろう。
「あなたは……灰堂四空さん?」
「オッケー!その通りだぜ!」
第一印象とは何だったのか。
あの威圧感は何だったのだろうか。
元気に答える灰堂四空を見て、印象がガラリと変わる。
多分悪い人じゃないんだろうな。
少し可笑しかった。

「あー!そう言えば、聞いたことあるぜ!羽山莉子!同じ学校の有名人!だろ?確か、チョコレートを爆発させることができるんだよな!?」
そういえば、同じ学校でしたね……
私も忘れていました……
というか、私、有名人だったんですね……
「すいません、私はあなたのことを知りませんでした……」
「オッケー!俺はあんまり学校行ってないからな!しょうがないぜ!……さて、」
灰堂の纏う空気が変わったのが肌で感じられた。
「それじゃ……やるかい?」
「その前に……サングラス……外さないんですか?」
「心配してくれるのかい?オッケー!必要になったら外すから心配無用だぜ!」
(舐められてる……)
ちょっとムッとした。
「そんじゃ行くぜ!」
灰堂の蹴り。
その長い足を活かした蹴り技を得意としているのだろう。
風を切る音が聞こえる。
当たったら無事では済まないだろう。
だが。
私はその蹴りを紙一重で避ける。
「おっ?」
灰堂は嬉しそうに、蹴りを5発放ってくる。
が、私は先ほどと同様、それを紙一重で避ける。
「オッケー!莉子ちゃん!良い目してるじゃねーか!」
灰堂は凄く嬉しそうだ。
ねっからのバトルマニアなのだろう。
「だがよ……。『目』なら、俺も良いの持ってるんだぜ?」
そう言いながら、サングラスを胸ポケットにしまう灰堂。
ここからが本気という事だろう。
「オッケー!行くぜ!」
灰堂の蹴りが再び放たれる。
先ほどと違うことと言えば。
灰堂の姿が見えなくなっていたことだ。
「うぐっ!」
蹴られた。
どうにかその事実は分かる。
目の前に薄っすらと現れた灰堂が、私の脚に蹴りを突き刺していたのだから。
(今のは……)
「オッケー!見えなかったろ?まだまだ行くぜ!」
先ほど同様、蹴りを放つ灰堂。
1発目。見える
2発目。見える
3発目。見えない!
「うっ……」
お腹に鈍い感触が走る。
だが、今は痛みを気にしている場合じゃない。
恐らく、これが灰堂の能力……
原理は分からないけど、視認できなくなる能力だろう。
ならば……打てる手は……。
「えいっ!」
灰堂の目前にチョコレートを投げ、爆発させる。
その隙に――――
「てやぁー!」
体当たりを仕掛け、エレベータに灰堂を押し込む!
先ほど、灰堂が蹴破ったエレベータに!
「うおっ!?」
灰堂が仰け反っている隙に、屋上へのパネルを押す。
そして、それ以外のパネルはチョコレートで破壊する。
エレベータは、ゆっくりと上昇していった。
「……オッケー!ここなら俺が見えなくても、攻撃が当たるかもしれねーしな!楽しくなってきたぜ!」
途中下車不可。屋上までは3分ほどで着くだろうか。
戦場と呼ぶには余りにも小さい箱の中、灰堂は嬉しそうに笑った。

「オラっ!」
灰堂の蹴りと私の蹴り。
お互い蹴りを得意とするが、私と灰堂では大きな違いが有った。
灰堂の蹴りは、その長い足が災いし、エレベータ壁に当たることも少なくない。
一方、私には空間把握力が有る。
自分の足の長さと、エレベータ壁との距離を正確に測り、最適な攻撃が可能だった。
私が有利。
そのはずだった。
「オラァっ!」
「ぐっ……」
灰堂の蹴りは、エレベータ壁に当たっても、私にダメージを与えるには充分すぎた。
「エレベータに押し込むってのはいいアイデアだったがな!」
「うっ……」
灰堂の蹴りは、容赦なく私に突き刺さる。
「くっ!」
板チョコを取り出す。
右手と左手に2枚ずつ。
「それは……やらせねぇ!」
灰堂の跳び蹴りが、正確に私の両手首を撃ちぬく。
板チョコは、全て私の手から離れ、灰堂が蹴破った扉跡から、階下に落ちていった。
「自爆でもしようとしたか?」
そう言いながら、蹴りを放つ灰堂。
だんだんと……意識が朦朧としてきた……
「オッケー!あと30秒程で屋上に到着するかな。そろそろ終わりにするぜ!」
もう何度蹴られただろう。
腕はボロボロ、お腹も痛い。顔にも傷が付いちゃった。
(あー、これ、茉奈が泣くかなぁ……)
薄れゆく意識の中、そんな事を考える。
(私が傷つくと、泣くんだよなぁ……)
ボヤけた視界には、エレベータの階数表示ランプが見えた。
屋上まではあと3階
(でも、最後は笑ってくれるんだよなぁ)
灰堂の蹴りはなおも降り注がれる。
屋上まではあと2階
(茉奈が笑ってくれるなら、私は勝つことを諦めないよ)
「オッケー!決めるぜ!」
渾身の力を込めた、灰堂の蹴りが放たれる。
屋上まではあと1階
(だって……私は……)
「茉奈のヒーローになりたいんだ!!」
灰堂の蹴りが当たる刹那、エレベータは屋上に到着した。
瞬間、屋上へ避難する。
灰堂の蹴りは空をきった。



「エレベータでバトルするってーのは良いアイデアだが……賭けは失敗したみたいだな。どう考えても俺の方がダメージ少ないぜ?」
確かに。
私はすでに意識が朦朧しているし、視界もボヤケている。
一方、私は灰堂に致命的な一撃を与えていない。
でも。
灰堂は一つ勘違いしている。
「賭け……ですか?」
「ああ。広い場所だと不利だと踏んだから、エレベータでバトル仕掛けたんだろ?」
ふふふ
笑みがこぼれるのを抑えられなかった。
「私の賭けは……これからですよ?」
「!?何言って……」
灰堂の言葉を遮るように、屋上に轟音が響いた。
「な、何だ!?この音は!?」
すう、と大きく息を吸い、ゆっくりと述べた。
「あのエレベータホール、このビルの最端に位置しているんですよ」
「!?」
「それと、このビル、高さ800メートルもあるんですよ。凄いですよねー」
「オッケー!?それがどうしたってんだ!?」
「可笑しいと思いませんでしたか?私がエレベータで使おうとしたチョコレート。板チョコ4枚って、さすがに多すぎませんか?」
「………………」
「あのチョコレート、落とされたんじゃなくて、落としたんだとしたら?」
「…………ま、まさか……」
「賭けだったんですよ。屋上まで連れてくる。チョコレートを階下に落とす。そして―――――」
轟音は一際大きくなり――――
――――ビルが大きく傾き始めた

「―――――ビルが折れるっていう、全てをクリアーしなくちゃならなかったので」


結昨日本社ビルは、勢い良く倒れ始めた。
周囲のビルは、本社ビルに飲み込まれ、無残にも倒壊していく。
「クソッタレ!」
いくら灰堂と言えど、高さ800メートルのビルの倒壊に巻き込まれれば無事では済まないだろう。
まあ、それは自分にも同じ事が言えるのだが。
本社ビルはみるみる傾いていく。
70度
55度
40度
20度
15度
ここ!
私は、倒壊するビルから飛び降りた。
「チックショー!」
ビルはなおも傾き続けている。
地面に接触する!
その瞬間、灰堂は助走をつけ、ビルを飛び降りた。
投身自殺ではない。
目標は――――――
「そ・こ・だー!!」
倒壊する本社ビルよりも前方にある小さいビル。
その屋上に、灰堂は飛び降りた。
「痛っっっっっ!!!!!!だが―――――オッケー!!!!!」
私は、空中に投げ出された状態で、屋上に着地する灰堂を確認した。
(これが……最後の賭け!)
板チョコを一欠片ずつ、真下に放り投げる。
そして―――――起爆――――――
爆風で、落下スピードを相殺する!
地面までの距離、爆風のダメージを最小限にする距離、落下スピードを緩めるのに最適な起爆距離。
全てが完璧に揃わなければ、生還することは不可能だろう。
だが。
私には自信があった。
空間把握力。
距離を測ることは、昔っから得意なんだ!!
チョコレートの欠片は、すでに12枚使っている。
そのたびに、爆風を受けようと体を広げる。
灰堂との戦闘で受けたダメージに響くが、ここは頑張り所だ!!



「ど、どうにか……成功したみたい……かな?」
全身に激痛が走る。
命は助かったみたいだが、もう動くことが出来ない。
意識も途絶えそうだ。
相変わらず、視界がボヤけてきた。
「……ん?」
ボヤけた視界に突然、灰堂の顔が飛び込んできた。
「ああー、灰堂さん……」
「まさか、あんな無茶するなんてな……オッケー!続きと行こうぜ!」
灰堂は、まだ戦いを続けようとする。
本当、根っからのバトルマニアなんだなぁ
「残念ですけど……もう終わりです……だって……」

「私の勝ち、決まりましたから」

灰堂は怪訝な表情を浮かべる。
「勝ち?バカ言ってんじゃねーよ!俺の方はまだ戦えるぜ!?」
くすくす、と笑って、灰堂の顔を見る。
「ふふふ、良く見て下さいよ。灰堂さんが着地したビル。」
「ん……?あっ!?」
灰堂の視線の先には、自分が着地したビル。
ビルの前には「立入禁止」の表示が置かれている。
「にしし♪気づきました?」
私は、いたずらっ子のように笑顔を向ける。
「かぁ~~~~!最初から、リングアウト勝ちを狙ってたって事か!?屋上に連れてったのも、本社ビルを破壊したのも!全部、俺をあのビルに着地させるためだって事か!?」
私は、ペロ、と舌を出す。
「……大したもんだよ。莉子ちゃん。アンタの勝ちだ……」
(茉奈 ……ちゃんと見てた?かっこよかったでしょう?)
灰堂の顔を見ながら、そんな事を思う。

「一回戦Bブロック。『摩天楼の死闘』 勝者!!羽山莉子!!」


目安箱バナー