意志乃鞘SS(第一回戦)

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dangerousss

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第一回戦第一試合 意志乃鞘

名前 魔人能力
白王みずき みずのはごろも
糺礼 この胸にキミを抱きしめたい
意志乃鞘 HERO DESTINY

採用する幕間SS
【白王みずき 幕間SS 平成野球娘。】
(みずきが野球のユニフォームを着ている理由)

試合内容


 希望崎学園のどこかにあるという、ヒーロー部部室。
 明かりはパソコンのモニターだけという薄暗い部屋の中で、ヒーロー部部長である意志乃鞘は腕組みをしながらモニターを眺めていた。
 ちなみに今の彼女はいつもの制服の上に白衣というスタイルである。やはり雰囲気重視で眼鏡をかけているが、それ以上の意味は無い。
「対戦相手は白王みずきと‥‥糺礼、か」
 モニターに映っている内容はこれから繰り広げられる1回戦の詳細である。対戦相手やフィールドである『野球場』について書かれていた。
 尤も、対戦相手に関しては名前と顔写真が載ってる以外はこれといった情報は殆ど書いていない。肝心要の魔人能力についても、だ。
「ま‥‥調査も戦いのうちといったところか」
 魔人能力は相手に内容を知られているかどうかで、有効に使えるかが決まる能力も多い。故に公平を期する為、運営の方からは情報を出さないのだろう。
「そうなると、問題は――」
 糺礼。彼女になる。
 白王みずきに関しては問題は無い。希望崎の生徒であり、かつ能力を使用する機会の多い風紀委員である為魔人能力は分かっている。「みずのはごろも」という水を操る能力だ。
 恐らくこちらの魔人能力も知っているだろうがお互い様だ。作戦を考える事ができるだけでも、十分戦いやすい。
 だが礼は別である。彼女は希望崎の人間ではない。写真を見る限り、大人の女性――社会人のようだ。
 外部の人間の魔人能力はさすがに分からない。尤も、外部の人間も同じく希望崎の生徒の能力を知る筈が無いので、やはり五分の筈ではあるのだが。
「作戦を立てられん、というのは少々厄介だな」
 一応、自分の能力は不意打ちや逆境という状況に強いものであることを、鞘は自覚している。
 だがそれでも何もかもが分からない魔人に無策で立ち向かうことの愚かさも理解していた。
 ――やはり情報が欲しいが、さて。
 パソコンの画面に表示された時計を見る。戦闘開始時間を考えると、今から調査をするのは無理だといえた。
「‥‥ま、出たとこ勝負もそれはそれでヒーローらしい、か」
 椅子から立ち上がると、うーんと伸びをして筋肉の凝りをほぐす。
「さて――往こう」
 白衣を翻せば、服は一瞬で制服からスーツへ。その上に再び白衣を羽織り、歩き出す。
 戦場へと。



 鞘が予定の場所で待機して数分後、戦闘開始時刻になると同時に戦場への転移が行われた。
 まるで落ちていくかのような感覚を得たと思うと、次の瞬間には鞘の足は地面を踏みしめている。
「ふむ。ここは‥‥スタンドか」
 彼女が立っている場所は、席が設置されたスタンド――それの一塁側であった。周囲を見渡してその事を素早く認識する。
 また、三塁側のスタンドに1人。本塁側のスタンドにも1人の女性が立っている姿が見える。間違いない、対戦相手の2人だ。
 三塁側に立っている人物は、セミロングの髪を二つに縛っている、真面目な印象を受ける少女――白王みずきだ。実際に見た目の印象だけでなく、性格も真面目なことを鞘は知っている。
 そして、今の彼女は何故か野球のユニフォームを身に纏っていた。別にこれから野球をするわけではないので、そのような格好をする必要は無い筈だが‥‥。
 ――雰囲気は重要、だものな。
 鞘は理由を推測し、自分1人でそれに納得していた。実際のところ彼女の推測は大体あっている。
 さて、問題は‥‥っと。
 次に視線を本塁側へと移す。そこに立っているのはスーツ姿の女性、糺礼だ。写真で見ただけでは分からなかったが、背はかなりある方だ。腰に何かを提げているのが見えるが、この位置からでは確認できない。
 また相手がどのような人物かを推し量るにはさすがに距離が遠い。
「――が、初期位置としては悪くないな」
 腕を組んで、ふむと思考を巡らせる。お互いの姿が確認でき、なおかつそれなりに遠い距離というのは鞘にとっても僥倖といえた。
 最悪のパターンはそれぞれが視認できない場所‥‥いや、それよりも誰かだけが一方的に位置を確認できる場所というパターンだ。この広いスタジアムで命を賭けたかくれんぼはさすがに精神への負担が大きい。
 そんなことを考えていると、鞘の頭に何者かの声が響いてきた。耳を通して聞こえるのでなく、直接頭に流してるような感覚だ。
『こちら、運営の斉藤窒素です。皆様、各自の状況は確認なされましたね?』
 声の主はイベントの連絡係のようだった。こちらから返事する方法が無い以上問いの意味はなく、窒素もそれを理解しているようでさっさと話を進めてしまった。
『――それでは。これより、一回戦第一試合の開始といたします』

 戦闘開始の宣言。それと同時に動いたのは、礼。
 彼女は即座にスタンドの通路を通ると、その場から姿を消してしまった。



 応援席通路を走る礼は誰も追いかけてこないことを確認すると、己の背を壁に預け周囲への警戒を続ける。
「あれが希望崎の魔人‥‥!」
 鞘とみずきの姿を視認した瞬間、礼は拳銃を抜いて頭を撃ち抜きたい衝動に激しく駆られた。魔人に人生を狂わされ、魔人を憎悪する彼女にとってはごく当たり前の感情ではある。
 だが、そうしたいと思う心を必死に抑え、彼女は背を向けて逃げ出した。勝利の為に。
 ――この戦いにおいて、まず留意すべきは三つ巴の戦いであること‥‥!
 1対1の戦いならば敵を倒せばそれだけで勝利である。だが、三つ巴の場合はそうはいかない。勝利するには2人倒さなくてはいけないのだ。
 だが、だからといって2人ともを自分の手で倒す必要はない。自分以外の2人が勝手にやり合って倒れても、それはそれで勝利なのだ。ならば体力温存の為に、ここは逃げの一手を取るべきだというのが彼女の考えであった。
 それに――ここであいつらを殺しても、どうせ蘇生される。なら、勝ち進んでその蘇生魔人ごと結昨日家を潰した方が――
 そこまで考えたところで、礼は頭を軽く振ってその思考を追い出した。戦場において余計な思考は障害にしかならない事を知っているからだ。
 だから、思考をこの戦いのものへと切り替える。
「‥‥とりあえず考えるべきは、白王みずきと意志乃鞘、どちらが勝った方が望ましいか」
 魔人公安である彼女は2人の能力を把握していた。
 白王みずき――水を衣服とし、それを操る能力。残りの水が少ない程威力が上がる。
 意志乃鞘――『ヒーロー補正』を与え、熱く燃える状況ほど身体能力などが上がる能力。
「‥‥っ」
 どちらも能力者自身にこれといったデメリットを与える事はない綺麗な能力だ。礼の能力のようなおぞましさは、無い。女性の能力としては実に恵まれたものだろう。
 その事実が礼を余計に苛立たせる。どちらも勝たずに両方死ねばいいのに、という感情を何とか頭から追いだして思考を再開する。
「‥‥面倒なのは意志乃が勝った場合か」
 ヒーロー補正がかかる熱い状況などというものは、正直なところ礼には理解しがたいものである。それでも、逆境や窮地に追い込まれると強くなる能力ということは理解できた。
 つまり、白王みずきとの戦いで体力が大幅に削られていてもそれをカバーするだけの補正がかかるかもしれず、確実に勝利できるとは限らないのだ。
 対して白王みずきが勝利した場合、彼女は体力の低下などをカバーする手段を持たずに攻略が楽になる。
 一応、水の残量が減っていて『みずのはごろも』の威力がかなりのものになっている可能性はある‥‥が、礼にとってそれは些細なことと言えた。
「魔人を殺すのに――過剰な威力は必要ない」
 己の武器である拳銃――SIG SAUER P230JP――の安全装置を解除する。
 魔人を殺したければ、よっぽどの相手でなければ頭なり急所なりを銃で撃ちぬけば事足りる。殺すだけであれば、ミサイルは必要ないのだ。
 そしてお互いが必殺の一撃を持っている戦いであれば、礼が負けることはないだろう。
 何故なら彼女は魔人公安――戦闘のプロだからだ。



 戦闘開始と同時に礼が姿を消したのを見て、鞘は「そうだろうな」と頷いていた。
 ――三つ巴の戦いで、馬鹿正直に2人を相手するのはそりゃ馬鹿らしいものな。
 鞘も、他の2人が潰し合ってから戦闘に介入した方が利口だという事は理解している。理解しているのだが、
 ――それができないのがヒーローだからな。
 彼女の能力『HERO DESTINY』で得られるヒーロー補正には、逆補正も存在する。ヒーローらしくない行為をすると、弱体化してしまうというものだ。
 鞘にとって、逃げて漁夫の利を待つという行為はアンヒーロー行為であり、故に逆補正がかかることを考えればその選択肢を選ぶことはできない。
「まったく、賢くないと理解していながらそうするしかないとは‥‥難儀なものだな」
 一応、彼女は三つ巴だから取れるもう1つの戦術を考えていた。が、これも現状ではヒーロー補正がどうなるか分かったものではないので選ぶことはできない。
 その為、今の鞘ができることはただ1つ。馬鹿正直に戦うことだけだ。
「‥‥ま、そんな苦境を乗り越えてこそのヒーローではあるし」
 ――そして、私はそんなヒーローが大好きだからな。
 鞘は軽くジャンプしてスタンドから跳び下り、グラウンドに着地。そのまま三塁側スタンドにいるみずきの元へと歩いていく。
 歩きながら白衣のポケットに突っ込んでいる改造ペンを確認。ビームも出せる優れものだが、携行性の問題で1発撃ったらバッテリーが空になる代物なので完全に信頼はできないだろう。
 一応、スーツの胸ポケットに予備バッテリーが数個あるが、戦闘中に交換する余裕があるかと考えれば‥‥否だ。
 結局頼りになるのは己の身体だけだな――ヒーロー補正を能力で得た鞘が、ピッチャーマウンドでみずきへと声をかける。

「ふむ、せっかくだから野球でもするか?」



「え、えぇっと‥‥野球、ですか?」
 攻撃が来るかと身構えてたみずきは、鞘からの唐突な提案の意図が分からず、戸惑い気味に問い返す。
「せっかくの野球場だし、みずき君の格好を見る限り随分とやる気があるようだしな?」
「あぅ、この格好はそういう意味では無いんですけど」
「ふむ。悪い提案では無いと思うが。野球勝負で決着をつければ、どちらが勝つにしても消耗はあまり無いだろう」
 そう言われて、みずきは状況を整理して考え始める。
 ‥‥確かに、それはそうかもです。もう1人の相手をしなくちゃいけませんし、でしたら――
 そこまで考えて、しかしある事に気付いて慌てて首を横に振る。
「だ、駄目ですよ!? よくよく考えれば、意思乃先輩の能力はフルカウントからホームラン打てるようなものじゃないですか!?」
「あちゃー、気付かれたかー」
 大仰に手を額に当てて残念そうな素振りをする鞘だが、声音からはそのような意志は感じ取れない。元より野球勝負をする気など無かったのだろう。
「ま、そういうわけで。普通に勝負するとしよう」
 鞘の周囲の空気が変わる。先ほどまでのどこか緩いものから、張り詰めたものへと。
 ――戦る気、ですねっ。
 みずきも馬鹿正直に戦いに応じるメリットはほとんど無く、漁夫の利を狙った方が賢いことは理解していた。
 だが、彼女は真面目な人間であり‥‥何より、大好きな兄に認められる立派な女性になるには、ここで背を向けてはいけないと考えていた。
「いくぞっ!」
 鞘が地を蹴る。

 2人の戦いのキーポイントは『距離』であった。
 鞘の能力はあくまでも補正による能力強化であり、特別な攻撃手段が得られるわけではない。つまり近接攻撃が基本となる。
 対するみずきは水を銃弾のように撃ち出す遠距離攻撃が可能な能力である。
 故にみずきは鞘を近づけないように、鞘は距離を詰めるように立ち回るのであった。
「いち、にの、さん!」
 椅子の間を抜けるようにスタンドを走るみずきは真っ直ぐに伸ばした指から次々に水弾を放つ。
 1発は鞘のすぐ前を、1発は鞘の現在位置を、1発は鞘の横を狙うように。彼女の動きを予測した上での射撃だ。
 果たして鞘はみずきの予想通りに動き、ジャンプしようとしていた足を止め、飛来した水弾を避ける為に横に跳び、
「――おっと」
 更に回避した先に撃ちこまれた水弾を、裏拳で弾く。ぱぁんという破裂音が響くと、水飛沫が鞘の顔へと飛んだ。
 回避に手間取っている間に、また2人の距離が開いていた。それを詰める為に再び鞘が走り始める。
「しの、ごの、ろくっ!」
 やはり先ほどと同じく3発の弾丸を発射するみずき。さっきの射撃ではアンダーシャツの右袖が無くなっていたが、今度の射撃では左袖が無くなっている。
 鞘も同じく回避。今度はそのうち2発を拳で弾き落とす。
 水に濡れた黒髪が顔に貼り付いたのを鬱陶しそうに手でかき上げながら、鞘は手を軽く開閉させていた。恐らく、威力を確かめているのだろう。
 ‥‥確かに、今のところ大した威力は出ませんがっ!
 水の残量によって威力が上昇する「みずのはごろも」の威力を一番よく分かっているのはみずき本人だ。現在の威力ではヒーロー補正を得ている鞘が弾き落としても何も不思議ではない。
 次に放つ弾丸も、やはり打ち倒すには遠いだろう。その事は鞘も理解した筈。ならば――
「やっぱり、突っ込んできました!」
 みずきはこちらに向かって真っ直ぐ向かってくる鞘の姿を確認する。両腕を顔の前に交差していることから、被弾覚悟の上だろう。
「なな、はち、きゅっ!」
 今度はソックスを犠牲にした3発の弾丸。先の2回とは異なり回避先を考える必要は無く、ただただ正面に撃ちこむだけだ。
「この程度っ!」
 激しい破裂音と共に叩き込まれる水弾を、しかし意に介さず足を進める鞘。あと数歩で、彼女の間合いとなる――が。
「この距離は――私の間合いでもありますよっ!」
「な、に!?」
 みずきは右手を手刀の形に変え、腰溜めに構える。まるで刀を振りぬかんとする侍のように。
 上半身のユニフォームが水塊に姿を変え、構えられた手刀に移動する。
「九の銃撃を超えるは、十撃目の剣撃――全てを斬り裂く水の刃!」
 腕が、振りぬかれた。
「『おうじゃのつるぎ』!!」



 しまったと思うより先に、鞘はブレーキをかけて後ろに跳ぶ為に床を強く蹴る。
 人間にはとても無理な挙動でも、魔人の身体能力‥‥それに加えてヒーロー補正が現実に可能とさせていた。
 ただし、それでもそこまでだ。目の前に迫る高圧水流の刃を避けることは敵わない。
「っあああぁ!?」
 ――おうじゃのつるぎ。
 加圧された水を細く、超速度で発射するみずきの必殺技。所謂ウォータージェット、ウォーターカッターと言えば分かりやすいだろうか。
 工業製品のそれであれば、人体どころか鉄でも容易く切断する――とはいっても、みずきの『おうじゃのつるぎ』の場合、そこまでの威力は出ない。
 威力を出すのに重要な要素のうちの1つ、水流の細さは非常に小さい数字を求められ、さすがにみずきは工業レベルまで絞ることはできないからだ。
 もう1つの要素である勢いだが、こちらは単純に威力不足だ。だがみずきの水量が残り僅かであればある程度の威力は出せるだろう。
 また、集中して水をぶつけなければいけないという特性上、射程は水の銃弾に比べて遥かに短い。
 ――が。それでも、威力は水弾に比べて桁違いだ。故に、必殺技。
「どうです!?」
 上半身のユニフォームをこの技に使用した為、袖無しのアンダーシャツ姿となったみずき。水で濡れたシャツが彼女の胸に張り付き、肌の色を透けさせていた。
 仰向けに倒れた鞘だが、しかし彼女はふらつきながらもなんとか立ち上がる。
「‥‥っつぅ、まさかこんな技があるとは、な」
 後ろに跳んで、少しでも距離を取って威力を減衰させたのが幸を奏した。また首や顔といった素肌の部分ではなく、スーツの上から直撃したのも大きい。
「尤も、お陰で服はぼろぼろだが」
 やれやれといった様子で破れたスーツの腹部分を無理矢理引きちぎると、鞘の臍が外気に晒された。
 そして鞘が立ち上がった時点で、みずきは再度『おうじゃのつるぎ』の構えに入っていた。
「まだ、やります‥‥?」
「ふ、望むところだ。――ヒーローには同じ技は通用しないものだぞ?」
 一触即発。
 お互いの攻撃が届く距離、先に動いたのは――

 ――いつの間にか球団ベンチへと移動していた、糺礼!



 通路を通って、ベンチへと移動していた礼は拳銃を構え、狙い撃つ。
 ターゲットは背を見せている鞘である。
「――死ね」
 背中から心臓を貫くように放たれた弾丸は、しかし鞘が動いた為に左肩に直撃するに留まった。
「っつう!?」
 鞘は突然肩に走った激痛に顔を顰めながらも、第三者から攻撃を受けた事と立ち止まってる事の危険性を即座に理解して逃げるように走る。
 そんな彼女を追うように次々に放たれる銃弾。それを巧みなステップとバック転を混ぜた動きで鞘は回避する。
 銃撃を避けながら、射線の先を追った鞘は射手の姿と――拳銃を確認した。
「あれは‥‥シグ? ――待て」
 私の推測が正しければ――
「まずい!! みずき君、退くぞ!!」
「え、ふぇっ!?」
「何か適当な水玉を出してくれ!」
 あまりに唐突な展開に呆然としていたみずきは、鞘に呼びかけられたことでようやく意識を復帰させる‥‥が、混乱は収まらず、あたふたと周囲を見渡すだけだ。
 しかし相変わらず続く射撃音から危機が迫ってることは理解し、言われるままにキャップを水の塊に変換して、目の前の空間に浮かばせる。
「よし! 光の槍よ――クーゲルシュライバー!」
 水を確認した鞘は、それに向かってポケットから取り出した改造ペンからビームを放つ。
 高熱の光線で照らされた水の塊は一瞬で弾け、辺りを霧で包んだ。
「ちっ、小癪な――!」
 礼はわずかな視界を頼りに銃撃を続けるが、霧が晴れた時には既にそこに2人の姿は無かった。



 スタンドから通じる通路。そこにみずきを抱きかかえた鞘が入ってくる。
 ちなみに抱き方は、彼女にとって一番補正がかかるヒーローの抱き方‥‥お姫様抱っこだ。
「‥‥君はどうして下着をつけてないんだ?」
「えっ、えと、これはですね!?」
「――あぁ、すまない。人それぞれだものな、こういうのは。答えなくていいぞ」
「話を聞いてくださいよっ!?」
「そう、話だ。話し合わなければいけないことがある」
「――あれ、私の性癖誤解されたまま進んでますよ!?」
 みずきの弁解する間もなく、彼女を降ろした鞘が口を開く。
「いいか、率直に言おう。――糺礼、彼女には勝てない」
「なっ‥‥! どういうことです!?」
「理由は簡単。彼女が戦闘のプロだからだ」
「戦闘のプロ‥‥?」
 首を傾げてグレートなマジンガーを思い浮かべるみずきを無視して、鞘は話を続ける。
「彼女の使っていた拳銃だが‥‥私の見間違いでなければ、あれは警察が正式採用しているものだ」
「よ、よく分かりましたね‥‥?」
「奇襲された時は観察力が鋭くなるんでな。っと、話を戻そう」
 礼についての問題。それは銃だけではない。
「恐らく彼女は私達の魔人能力を知っている」
「何故‥‥そう思うんですか?」
「いいか。みずき君の能力は傍から見ても水を操るものだというのがよく分かる。それに強力な必殺技があることも、だ。対する私の場合は見ただけではせいぜい身体強化程度にしか判断できない」
「‥‥」
「この両者を比較して、『私の排除を優先する』時点でおかしいんだ。私の能力――消耗したり窮地に陥っても逆転するだけの力が出せる能力だと知っていれば話は別だがな」
「で、でもあの人は希望崎の外の人ですよ! なんで私達の能力を――」
 そこまで言って、みずきは口を開けたまま止まる。
「気付いたようだな。私達の能力を知ることができる立場、そして日本の警察が採用している拳銃。これらが導き出す答えは――」
「――魔人公安!?」
「そうだ。‥‥一介の学生である私達が敵う相手とは、とても言い切れないな。だから私に提案がある」
 みずきは無言で鞘を見上げることで、彼女の言葉を促す。
「私と手を組んで、彼女を倒そう」
 これが鞘の考えていた三つ巴の戦いでのもう1つの戦術。一番の強敵を2人がかりで倒し、残った2人で決着をつけるというものだ。
 鞘が最初からこれを提案しなかった理由は2つ。
 1つはヒーロー補正。仮に礼が同格の強さだった場合は卑怯な戦いになるので、逆補正がかかりかねない。だが、礼が強敵だということが分かった今、『強敵を倒すためにライバルと手を組む』熱いシチュエーションとなる為に逆補正はかからない。
 もう1つは、
「私は君を信頼している。‥‥君は裏切るような人物じゃない、とな」
 信頼関係。これが築けない場合はコンビを組むことなど決してできないだろう。魔人に憎悪を抱いている礼には決して取れない戦術、ということでもある。
 己の意志を伝えるように、鞘はみずきの目を真っ直ぐに見る。
 みずきは瞼を閉じ、少し考え込む素振りを見せてから、鞘の目を見つめ返す。
「――ヒーローは、裏切りませんよね?」
「あぁ、ヒーローだからな!」
 ここに、鞘とみずきのコンビが結成される!
「そういえば、さっき撃たれた肩は大丈夫ですか?」
「ん、まぁ、痛みはするが大した問題はない。弾が貫通してくれたお陰だな」
 鞘は白衣の裾を破り、被弾した肩に巻く。
 そうやって応急手当を終えると、みずきの方を向いて大胆不敵に笑う。

「では、私に作戦がある――」



 ――早まったか。
 ベンチの陰に隠れながら、礼は舌打ちをした。
 先の射撃は確実にとどめをさせると判断したからのものであった。しかし、結果として狙いは外れこの場から逃がすことになってしまった。
「‥‥射撃タイミングと同時に動くとはな。『運のいい』やつだ」
 いや私の方の運が悪かったのかもしれない、と思わず己の境遇を嘆く礼――だが、戦闘のプロとして思考を素早く切り替える。これからの戦いへと。
「2人とも姿を隠したということは手を組む可能性が高い、か」
 面倒だ、と思う。しかし問題はない、とも思う。
 何故なら自分の魔人能力は相手にバレてない。それだけで圧倒的なアドバンテージがあるからだ。
「‥‥っ」
 無性にイライラし、気分転換に煙草を取り出しそうとしてやめる。さすがにそんな余裕は無い。
 ――あぁ、糞。こんなものに頼らなくてはいかんとは‥‥!
 憎かった。
 己の胸が。否、胸にあるものが。
 服の上からでは普通の胸にしか見えないよう偽装してある。だが、その下には――
「――来たか」
 ドス黒い感情に囚われそうになる直前、相手に動きがあったのを礼は見た。
 通路から飛び出すと、席を魔人の力で無理矢理剥がし、手持ちの武器とする鞘。彼女がこちらに向かって走ってきたのだ。
 そして、みずきも彼女の後を追っている。
「は、正面から来たか‥‥。ならば、迎撃するだけだ――!」
 リロードしたばかりの拳銃を構えた。

 近づいてくる2人‥‥そのうち、前に出ている鞘を狙い、引き金を引く。
 糞のような魔人相手なのだから容赦をする必要はない。その全てが頭や心臓といった急所狙いだ。
 だが――
「これが補正か‥‥!」
 鞘が椅子を振るうと、それで銃弾が弾かれているようであった。通常、人間どころか魔人でも見切れないような銃撃だがヒーロー補正がそれを可能としているようだ。
 それでも礼は射撃を続ける。このような大道芸はいつまでも続くものではないし、椅子の耐久力の問題もあるからだ。
 ――それに、拳銃による射撃しか打つ手が無いと思わせる必要もある。
 魔人能力による奇襲は一度だけ。ならば、その一度の成功率を高める為にやれることは全てをやるだけだ。
 鞘とみずきがすぐそこまで迫る。
 しかし、構わず連射。やはり全て弾かれたが、鞘が椅子を捨てた姿が目に入った。
 距離は数歩分。
「食らえ、クーゲルシュライバー!」
「何がボールペンだ!」
 鞘が取り出したペンからビームが放たれる。回避には成功したが、拳銃を取り落とすことになってしまった。
 この場面で武器を落とすのは手痛いミスであり、相手にとってはまたとない好機といえる。
 事実、鞘はペンを投げ捨てると拳を握り締めて残り数歩を詰めに来た。
 ‥‥あぁ、勝ったと思うだろうな――
「――だが、切り札というのはいざという時まで隠しておくものだ」
 礼の服が、内側から破られた。
 服を破ったのは胸にある手。女性らしい胸があるべき場所に、2本の手が生えているのだ。
 これこそが礼の魔人能力『この胸にキミを抱きしめたい』――胸に生えた2本の手を自由に操ることができる能力。
 右胸はナイフを、左胸はデリンジャーと呼ばれる超小型の拳銃を持っている。
 当然、というべきか。これを見た鞘とみずきは驚愕し、目を見開いていた。
「そうだろうな――! 貴様らのように恵まれた能力者に、こんなものが想像できるわけない!」
 右胸のナイフは鞘に向けて投擲され、左胸のデリンジャーはみずきに向けて発砲された。
 回避を許さぬ必殺の距離で放たれたそれは、

「な、に‥‥?」
 射撃を避けたみずきが、ナイフを指で挟むことで受け止めたのであった。



「馬鹿な‥‥! どういうことだ、これは――!?」
 礼には当然、今の出来事が理解できない。
 何故なら白王みずきは水を操る事のできる魔人であり、身体能力に特に優れた魔人というわけではない。銃撃を避けてナイフを止めるなどという超人的な動きができる筈が無い――!
 その疑問に答えたのは、鞘だ。
「簡単なことだよ。今日のヒーローは私ではなく、みずき君ということだ」
 そう。
 彼女の能力『HERO DESTINY』はあくまでも対象の人物1人にヒーロー補正を与える能力。
 鞘は自分にかけたヒーロー補正を解除し、代わりにみずきにヒーロー補正を与えたのだ。
 鞘自身に能力をかけていると思い込ませることで、礼に隙を作るのが彼女の作戦だったのだ。
「補正の無い貴様が、銃弾を弾き落とすというのか!?」
「あぁ、あれは椅子を振り回すふりをしただけだ。実際は後ろのみずき君が極小の水弾で弾いてくれてたわけだな」
 その言葉が正しいことを示すように、みずきは今やシャツとストッキングだけという実に扇情的な格好になっていた。
「そしてみずき君のヒーローとしての特性――いや、バトルヒロインの方が正しいか。それは、『脱げば脱ぐ程強くなる』! うむ、実にぴったりでお約束だな!」
「そんなお約束嫌ですよっ!?」
「さぁ、『W.W』よ! とどめの一撃を放つのだ!」
「勝手にヒーロー名を作らないでください!!」
 歩を進めて近づいてくるみずきに向かって、礼は再度デリンジャーの引き金を引く――が、素手で掴むように銃弾をキャッチされてしまった。
 デリンジャーはその小型サイズ故に威力も小さいのだが、それでも通常素手でキャッチできるようなものではない。
「なんだか複雑ですけど、確かに自分が強くなっているのが分かります‥‥!」
 みずきが跳んだ。
 本来の彼女の脚力では考えられない高さへの跳躍。
 彼女の衣服が全て水の塊へと変わり、振り上げられた右手の手刀へと集まっていく。
「これこそ、天より降り注ぐ断罪の剣――!」
 剣が振り下ろされた。
「――『てんくうのつるぎ』!!」



 鞘が白衣を頭上へと放り投げる。
 全ての水を使った技を放ち全裸になったみずきは、顔を真っ赤にしながら空中で白衣をキャッチ。身体を隠すように白衣を纏いながら着地した。
 倒れた礼が起き上がる気配は‥‥無い。
 そんな彼女を見下ろし、鞘は己へとぶつけられた彼女の憎悪について思いを馳せる。
「‥‥ヒーローとして話したいことは無くは無いが、それは戦いが終わってから、かな」
 頼りなさげに身を縮こまらせているみずきへとタッチ。これで彼女にかけられたヒーロー補正は解除された。
 後は鞘とみずきの決着をつけるだけ‥‥なのだが、みずきが困ったように鞘を見上げる。
「えっと、その‥‥。さっきの一撃で、つい全部使っちゃったので‥‥私、戦う術が‥‥」
「うん? あぁ、野球場なのだから控え室にシャワールームぐらいあるだろう。さすがに風呂まではないだろうがな」
「‥‥いいんですか? 水を補給しても」
「勿論だとも。――ヒーローとして、肩を並べた相手と雌雄を決する時は、これぐらいの度量は見せないとな」
 その言葉を聞いて、頭を下げてシャワールームへと向かうみずき。
 鞘は彼女の後ろ姿を眺めて、ヒーロー部に是非とも欲しい人材だなとついと思う。
「――よし。勧誘するにも、まずは勝たなくてはな!」
 熱く魂を燃やす鞘。

 決戦が終わった時、最後に立っていた人物。
 それは――意志乃鞘であった。


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