池松叢雲

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dangerousss

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池松叢雲(いけまつ むらくも)

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英語検定40段の完全熟達者(オーバー・アデプト)。
本場ロンドンやニューヨークを放浪し、英検の真髄に目覚めた男と呼ばれる。
ハーフではないかという噂すらあるが、常に鳥の面をかぶっているため定かではない。

寡黙であまりしゃべらないが、己の鍛え上げた英検の腕前に地獄のような高いプライドを持っている。
特に自然体の構えから放たれる掌底の一撃には絶対の信頼をおいており、ネイティブですらアメージングする脅威の威力を発揮する。
ただひたすらに心技体を鍛えぬいた、ナチュラルでシンプルな英検士。もちろん武器や道具などは持たない。
だが英検塾を開く気はないらしく、いまは鳥取の砂塵樹林で強者の訪れを待つ傍ら、砂竜狩りで暇をつぶしていたが…。

「英検の極意は一瞬・一閃・一呼吸」という持論があり、連撃ではなく一撃の冴えにすべてを注ぐ。
「さあ、ディベートをはじめるか……」

(※英検とは:英語検定(えいごけんてい)は、英語力の検定試験である。 たんに実用英語技能検定(英検)のことを指す場合もある。また、英語をしゃべりながら手足を激しく突き出すことで、相手を殺傷することも可能であり、この域に至ってはじめて段位が与えられる。よく鍛錬された英検士は、鍛えぬいた英語表現と、同時に繰り出す手刀や拳、関節技で人体をたやすく破壊する。)

魔人能力『統一躯』

己の肉体と心を、己の意のままに制御する能力。
機械と同等の精密な動作と、完全な精神制御を可能にする術であるが、魔人能力であるかどうかは甚だ疑わしい。
これにより、きわめて滑らかな発音が可能となる。

プロローグ

『怪奇!素手で竜を狩る男!鳥取県の果てに記者は見た! (草稿)』

 水しぶきのごとく砂塵を撒き上げ、竜鰭が砂を走る。
 始祖鳥を思わせる牙のはえそろったくちばしが、ときおり虚空に突き出され、獰猛に開閉する。
 私はその都度、夢中でシャッターをきった。ピントをあわせるのは、砂竜の悪魔的な捕食活動ではない。
 その禍々しい顎の開閉をかわし、ついいましがた砂を蹴ってデザートパイン(砂漠松)の上に降り立った、人型の影に対してである。

 砂竜(学名:イシダカサカサワニトリ)は鳥取県樹海樹林において、生態系の頂点にたつ生物であった。
 つい一年ほど前までは。
 銃弾や砲弾の破壊力を著しく阻害する、軟質の皮膚。刃の通らない硬質の鱗。さらには、砂中を泳ぐというその特異な運動能力により、人間の兵器ですらほとんどが届かない。
 デザートパインとシダ植物のみが疎らに生える鳥取砂塵樹林に住まう部族からは、「悪魔の王」として恐れられていた。
 これをその王座から引きおろしたのは、外来の天敵などではなく、生身の人間であった。

「・・・ドケ(do care:「そこを退け」という意味の英語)!」
 頭上から流暢な英語が聞こえ、私はカメラのシャッターをきる手をとめ、その人影を見上げる。
 顔の上半分を覆う鳥の面をかぶった、黒い道着の男が腕を組み、デザートパインの高みから私を見下ろしていた。
 槍のごとくとがったデザートパインの頂点で、どのようにしてあのような屹立が可能なのだろう。
 なにか精妙な英語の働きが存在している証明である。

「そこにいたら死ぬぞ。俺の狩りを撮るのは構わんが」
 彼は私にも理解できるよう、静かな日本語で語りかけてきた。私は少なからず驚く。彼が私に話しかけたのは、この十日間におよぶ取材がはじまってから、せいぜい3度目であった。
「この樹林を臓物で汚すなよ。やつのtable mannerは目も当てられん」
 鳥の面で表情はわからなかったが、男はどうやら笑ったように思えた。私は砂を蹴立て、あわてて避難を開始する。

 この男こそは「池松 叢雲」。

 この鳥取樹林を住処とする、英検40段にも達する完全熟達者(オーバー・アデプト)である。
 素手で砂竜を狩る男がいると聞き、砂丘新聞社から派遣された私に、この奇怪な英検の達人はひとことだけ答えた。
「カッテニシロ(cut-tennis-ill-low:「勝手にしろ」という意味の英語)」
 流暢な英語は、まさに熟達者のみが可能なものであると思われた。
 ハーフであるという巷の噂ですら、私は信じる気になった。

「英語とは」
 と、池松はデザートパインの上から、砂を走る竜を見下ろしてつぶやく。
「純度」
 砂竜が身をくねらせる。
「必要な一撃を――」
 竜鰭だけではなく頭部が持ち上がり、半ば退化した瞳が、樹上の男をとらえる。
「必要なときに、放つ。いいか、一撃だ」
 池松と砂竜の視線が交差した、と私は思った。

「Cooooo」
 樹上に立つ池松叢雲の肺から、奇妙な呼気が吐き出された。英語を使いこなす、バイリンガル特有の呼吸である。
しかし、この男の呼吸方法は意味が違う――!
『ARRRRRRRGHHHHH!』
 砂竜がその巨体にふさわしい、とどろくような咆哮をあげて、一度砂に潜った。跳躍し、樹上の池松をその破壊の顎で噛み砕こうというのだ。私は固唾をのみ、カメラを構えた。

 砂中からふたたび砂竜が飛び出す一瞬、池松叢雲の鳥面の奥の目が、鋭く光ったような気がした。
 樹上で跳躍し、身を捻り、肺が爆発的に膨れた。右の足刀――が、大気を裂いて振り出される。
 あたりを舞っていた砂塵が、池松のその運動で吹き飛び、頭上が晴れた。私は眩しさに目を細める。

「セイハ!(Say-ha:「haと言え」という意味の英語)」
 池松叢雲の裂帛の英語とともに、右の足刀が砂竜の頭部をえぐり、一撃のもとに爆裂四散させた。泥の塊を破壊するよりもたやすい一撃のように見えた。
『Haaaaaaaaaaaaaaaaa!』
 異常な絶叫とともに、砂竜は赤黒い血と体液を撒き散らして落下する。砂塵がふたたび舞い上がり、気づけば、池松叢雲は必死でシャッターを押していた私の傍らにいた。

「これで終わりだ」
 池松叢雲はいまだ興奮から冷めない私に向かって告げた。
「俺は今から住まいを引き払う。撮影したものは好きにしろ、砂竜は食ってもいい。
 …人間の食える肉ではないが」
「住まいを?」
 私は慌てた。私の行為が、この男の静謐な生活を邪魔したのではないかと危惧したのだ。
 だが、男は鳥面の奥ではっきりとわかるほど笑い、首を振った。

「ちょっとしたPartyの誘いを受けている。退屈していたところだ。私はそこへ向かう。
 ――dangerousへ」
 デンジャラス、と池松叢雲は滑らかな発音でつぶやいた。dangerous……私はその言葉に底知れない恐怖を覚えた。
 この男をしてdangerousと言わしめる場所が、この地球に存在するということか。
 そして池松叢雲は、静かに私に背を向けたのだった。
「シーユーアゲイン(see you again:「また会いましょう」という意味の英語)」

 こうして池松叢雲は去り、二度とこちらを振り返ることもなかった。

(――鳥取砂塵樹林にて、遭難死していたとある記者の手記より)


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