ラーメン探偵・真野事実プロローグ

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dangerousss3

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~走馬灯。あるいは201x年渋谷~

渋谷。
それは本来ならば人が常にゆき合う、まごうことなき大都心。
渋谷。
それは職人戦士たちが日夜、腕を競い合い凌ぎを削る聖地。
だが、その日、全渋谷区民に避難勧告が出されたその日。
渋谷は人一人いない無人の廃都と化し
その行く末を示すがごとく空には暗雲が立ち込め、地には紫の霧が立ち込めていた。

「soッsousousouッ(速く走るという意味の英語)」
その無人の道路を独特の呼吸音を響かせながら走り抜ける一人の少年がいた。
これは英語だ。
そう彼はGAKUSEI=サンなのだ。だが何故この地に学生が、今?
その足が渋谷109前交差点で止まる。異形の影、とどろく咆哮が彼を出迎えたのだ。
『Suhhhhhhhhhhhhhh……GAhhhhhhhhh――――hhhhhhhhhhh!』
「―shyou!(翔ぶという意味の英語)」
咆哮、そして続く轟音。
その声の主による突撃を辛くも身を飛ばし躱す少年。巨大な獣のシルエットは
そのままビルにぶち当たる。
白銀の狼を思わせるその姿に少年は複雑な表情を見せる。
この渋谷を恐怖のどん底に陥れた招かざる『客』”たち”だ。そう…
「!?(囲まれた)」
そう”たち”。
この僅かなやり取り、その間に交差点をぐるりと白銀の狼たちが取り巻いていた。
その包囲する数は10…20…いやもっとだ、
とっさに逃走経路を探す少年。だがその先に見つけれたもののは絶望だけだ。
無意識に胸に仕舞ったネックレスを握る。
…約束は果たせそうにないな…
幻狼フェンリルたちは追い詰めた獲物を刈り取らんと四対ある紅の瞳で
見詰める。そして
どうと音を立てて次々とその巨体をドミノ倒しに倒していった。
『光』が”刺し”たのだ
『光』の先を見上げ、絶句する少年。
彼は見た。白銀の中、ひと際輝く黄金の煌めきを
彼は見た!『一騎一杯』の文字を浮かべた剣を幾層にも背負う鬼武者の姿を
「『絶対独立。』」
鬼武者はそう謎の言葉を力強く発すると109の地に降り立つ。
その圧倒的”力”が、眼光が少年を見据える。
しばしの無言の後”鬼神”は無愛想にこう告げた。
「今うちでは『アルバイト』は募集していない。未成年、他を当たれ。
ミル彦、出番だ。保護者同伴だ」
「しょうがないミルねー」どこかでそんな声がした。


それが彼とラーメン(運命)との出会いであった。

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~20XX年サイタマ奥地~
『ラーメン道場・登龍』通称ドラゴンドージョー。
それは八潮から東武の北西に掛け広がるサイタマ原生林の奥地に存在する
伝説のラーメン道場である。
並みのラーメンの腕前では辿り着くも覚束ない秘境に位置していながら、
教えを請いに訪れる者は分け隔てなく受け入れるというとてもアットホームな養成所だ。
もし貴方が、突破生存率1割を割るとも言われる原生林を抜けることができるのなら
その門に掲げられている道場主のショドーによる金言を見ることになるだろう。

『 貴方がラーメンだと思うものがラーメンです。
ただし必ずしも他人の同意を得られるとは限りません。』
なんという自律向上的インスピレーションに満ち溢れた門言であろうか。
これを目にした若きラーメン家達は感涙し、全てのラーメン家が目指す『絶対独立』を
自らも為し得ようと決意を新たにするのである。
その道場で今二人の男が向き合っていた。
一人はこのドラゴンドジョーの道場主でありラーメン師範でもある養田陀用(ようだ・だよう)。
齢80を超える老人、一見、白髪白髭の好々爺に見えるが、その眼光は並々ならぬ鋭さを持っている。
見る者が見れば彼が並々ならぬラーメン力の持主であることが見てとれるだろう。
彼はゆっくりと口を開けた。
「やはりゆくのか。事実よ。」
「ハイ、養田先生。」
答えた男の名は真野・事実(まの・しんじつ)。歳は20代後半、若い青年だった。
帽子にトレンチコート、所謂、探偵衣装の装いをしている。
「私に『招待状』を出した大会運営者―より正確には”差し出し人”ですが―の意図は
現時点では判り兼ねます。ですが、あの暗号文。
あそこに書かれていたことがもし事実であるとするなら看過することはできないのです。
己がLa Amenに賭けて。」
彼の元に届いたのは世界大会への参加を促す手紙と付随された一文の暗号文。
その暗号文はラーメン探偵たる彼でなければ解けないほど難解なものであった。
これほど難解な暗号を作成できる者がいるとすれば、熟匠級の手芸者、またはラーメンの使い手。
「信念(La Amen)に賭けて。」
養田は繰り返す。
「30年近く前にもなるがお主の父も同じことを言った。彼奴もまた優れたラーメン職人であった。
ついに『絶対独立』を極めた男が現れたかと当時は周囲の湯も期待も沸騰していたのだが…
同じ言葉を聞くとは。蛙の子は蛙か。ヨーコも哀しむ。」
孫娘の名を出され、事実はちらりと庭に面した障子に目を向ける。その向うでは陀用の孫娘
ヨーコが奥ゆかしく廊下で茶菓子お盆を持ち控えているはずだ。だが…
「申し訳ありません。ただ、それだけでなく私にはもう一つ、果たさないといけない
約束があるのです。」
そういいつつ事実は首に掛けた銀色の鍵、その仕舞いこんだ先を握るよう胸に手を当てる。
これは時折見受けられる無意識の彼の癖だ
(「こりゃ…女からみじゃな…」)
(「きっと女からみなのね…」)
ふすまの影でよよよと崩れるヨーコ。その胸は豊満であった。
真野は立ちあがった。
養田は目をゆっくりと閉じるとその旅立ちを祝福した。
「汝に『絶対独立』が共にあらんこと」
「『絶対独立』があらんことを」
『絶対独立』―祈りにも似たその言葉をもって。
それが彼ら光に属する者達の別れの挨拶であったのだ。

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事実はサイドカーに愛用のオカモチと父の形見のアタッシュケースを詰むと
愛車「スゴク・デュマエ・ハヤイ」のエンジンを駆動させる。
向かうは神田、そこに彼の当面の活動場所がある。
男は最後にもう一度だけ振り返ると、こう呟いた。
「See you again(雌雄をあげん「白黒つけてきます」という意味の英語)」
かくて
新たなラーメンの物語が始まる。








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