第一回戦【雪山】SSその1

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第一回戦【雪山】SSその1

わたしの名は聖槍院九鈴。
全てのゴミ、全ての人間、全ての穢れしものを消し去り、そして、わたしも消えよう。
永遠に……。

――そんなふうに考えていた。
だから。

(わたしのせいだ)

新黒死病による苦しみから解放され、変わり果てた弟の亡骸の傍で、
九鈴はひとり静かに泣いていた。
中二病。若さゆえの極端な思い込み。
それは一過性のものであり、成長と共に精神は中庸を取り戻す。
だが、魔人としての能力はそうではない。
一度目覚めた魔人能力は中二病の精神そのままに固定され、世界を蝕み続ける。
だから。いま世界が滅びに瀕しているのは。父が、母が、弟が命を落としたのは。
わたしのせいなのだ。

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【ダンゲロスSS3第一回戦「雪山」】

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岩壁の中ほどに、灰白色の迷彩柄ウェアを着た者が居るのが見えるだろうか。
激しい風雪に視界を遮られて、恐らく見えないことだろう。
ザイルで結合したトングを能力『タフグリップ』で岩壁に固定し、九鈴は中空にいる。
1週間の高地順応期間を経てなお希薄な酸素は息苦しく、横殴りの雪が体力を奪う。
九鈴は双眼鏡を構え索敵に努めているが、まだ発見できてはいない。

現状把握できている情報を反芻する。敵は二人。
一人は元暗殺者・赤羽ハル。
硬貨を武器とするらしいが、硬貨に破壊力を与える能力だろうか、と九鈴は想像する。
もう一人は小学生・高島平四葉。
小学生でありながら参戦していることから、相当な強能力だろう、と九鈴は想像する。
11歳。死んだ弟の九郎と同い年だ。やり辛い。できれば戦いたくない。

ともあれ、相手の能力が不明である以上、闇雲に交戦するのは危険だ。
まずは情報収集。そして、隙があれば不意打ちで仕留める。
その時、双眼鏡の中に、蛍光色の影が動くのが見えた。
あれは赤羽ハルだろうか。信じがたいほど派手な色の服を着ている。
聖槍院流投石術『トングつぶて』による狙撃を試みようと一瞬考えたがやめた。
この距離と強風では自分の位置を相手に教えるだけに終わる可能性が高い。
あせる必要はない。
『タフグリップ』によって岩壁を自在に動ける九鈴に、地の利はある。
激しい風雪が、遠距離攻撃能力と飛行能力への防御を与えてくれている。
試合場所に恵まれた、自分は幸運だ、と九鈴は考えていた。

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(ラッキーだね。四葉はラッキー!)
高島平四葉は上機嫌だ。実際、彼女は非常に運が良かった。
転送されて到着した地点のすぐ近くに、山小屋があったのだ。
(『モア』ぷりーず!)
山小屋の中で、四葉が敵の持つ武器のコピーを作成する能力『モア』を使用。
九鈴とハルが持つ武器の複製を次々に作成して吟味する。
大小様々なトング。硬貨。紙幣。あまり使いやすい武器ではない。
(もっといい武器ないのかなあ。まあなんとかガンバろう)

結局、一番扱いやすい武器は、ハルの筋力らしいという結論に落ち着いた。
『モア』は敵の筋力を複製することも可能である。
身長123.3cm、体重25.6kgの四葉の身体に、ハルの強靭な筋肉が備わるとどうなるか。
駆動すべき体の軽さにより、恐るべき敏捷性が発揮されるだろう。
さらに、人体の発熱量は筋力に、失われる熱量は体の表面積に比例する。
極寒の雪山にあって、体温を維持しやすいことは大きなアドバンテージである。
(まあ燃費は悪いけどね)
小屋唯一の入口である扉を見張りながら、持参した水筒の熱いミルクココアをすする。
来客をおもてなしするための仕掛けは既に多数設置済みだ。
あせる必要はない。
厳しい雪と風から隔離された室内で体力を温存できる四葉に、地の利はある。

異常なことが起きた。
四葉が見つめている扉が。壁が。天井が。突然銀色の硬貨に変わった。
設置しておいた多数のブービートラップが異変に反応して空しく発動する。
赤羽ハルの能力『ミダス最後配当』。手に掴んだ物質を等価の貨幣に換金する。
山中に仮設された小さな建屋――280万円。
小屋は大量の硬貨に変換されて崩れ去り、四葉の上に降り注ぎ押し潰した。

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「これから綺麗なお姉さんと雪山デートの予定があるからさぁー。
 ゆっくり遊んでやる時間はないんだ。悪いね」
ハルは硬貨の山に向かって呼びかけた。
硬貨を跳ね上げて四葉が飛び起きる。ダメージはほとんどないようだ。
先制攻撃は四葉! サイドスローでコインを投擲!
「くらえお金スリケン! イヤーッ!」
ハルは上体を横に逸らして回避。投擲されたコインが背後の木に突き刺さる。
コインは日本政府発行貨幣『10円硬貨』――のようだが様子がおかしい。
四葉の能力『モア』は相手が持つ武器よりも『ちょっと強い』武器を生成する。
その『10円硬貨』は、丸鋸のように鋭い刃を持った危険な『ギザ10』だった。
もしこの『ギザ10』を中指と人差し指で挟み取っていたならば、
その手は激しく回転する刃によって切り裂かれていたことだろう。
(挟まないがな。ニンジャじゃないし。いや、それよりも――)

「お前、『ニンジャスレイヤー』を知ってるのか? 青少年のなんかが心配だぜ?」
「へー、おじさんも知ってるんだ。いい歳してるのに? 家族と会話してる?」
「言うじゃねぇか。こんな場所じゃなければニンジャについて語り合いたかったね」
「語り合えるよ。カラテでね!」
「よし。◇しよう◇か!」
「うん。◇しよう◇!」

「イヤーッ!」四葉はギザ10スリケンを投擲!
「日本銀行・ケン! イヤーッ!」ハルは親指で10円硬貨を弾いて発射!
二枚の10円玉が空中で激突! 激突した硬貨は対消滅!

硬貨が対消滅する原理については説明する必要があるだろう!
一方は『ミダス最後配当』による等価換金で生成された硬貨。
いま一方は『モア』による強化複製で生成された硬貨。
いずれも超自然的な原理によって造られた特殊な物質である。
その激突で生じる何らかの特殊な相互作用が対消滅を引き起こすような気がするのだ!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

激しい射撃戦! 対消滅! 回避! 対消滅! 被弾! 回避! 対消滅!
攻撃精度は当然ハルが優れているが、『モア』で複製した四葉の筋力はハルを上回る!
さらに、投擲モーション中に『モア』で硬貨生成するためリロード時間が実質ゼロ!
体格差による的の小ささも加味して比較するならば、両者は全くの互角!
お互い何発かの被弾はあるものの、致命傷には至らず!

激しい硬貨の応酬を繰り広げながら、両者の距離が接近してゆく!
その距離はタタミ5枚……4枚……3枚……2枚……1枚!
「日本銀行・ケン! イヤーッ!」ハルが紙幣を取り出し斬撃!
紙幣に描かれているのは福沢諭吉! 現行最高額貨幣『壱万円札』だ!
「『モア』ぷりーず! イヤーッ!」四葉は『日本銀行拳で刃と化した紙幣』を複製!
だがそれは紙幣と呼ぶにはあまりにも大きく、そしてぶ厚すぎた!
幅40cm、高さ15cmの巨大な厚紙! このような巨大な紙幣が存在してよいものか!?
額面は? ゼロの数が1、2、3、4、……ナムサン! 8個! 壱億円!?

ガキン! ギィン! 激しい金属音を打ち鳴らしてぶつかり合う紙幣! 互角!
「名付けて『こども銀行拳』なんちゃって!」
額面価格は当然『日本銀行拳』の威力にも影響するのだ!
「『モア』ぷりーず! トング・ドー! イヤーッ!」
四葉は左手にトングを生成! 不意を衝いてハルの腕をトングで挟み取る!
「イヤーッ!」動きを封じて『壱億円札』による斬撃! アブナイ!

「『ミダス最後配当』ッ!」
挟まれた手を捻ってトングを掴み、換金して脱出!
トングが消え失せ出現した紙幣が宙に舞う! 複製トング5万円!
壱億円斬撃を回避しながら渾身の力を込めて反撃の掌底を叩き込む!
「イイイイイイヤアアアァーッ!」
腹部に強烈な打撃を受けた四葉は後方に5m吹き飛ばされて転倒!
一瞬遅れて四葉の防寒ウェアが爆発四散して硬貨となる!
『ミダス最後配当』によって換金されたのだ! 小児用ウィンターウェア2万3千円!
打撃は実際強烈で、四葉は起き上がれない!

吹きすさぶ雪の中、防寒着を失った状態で放置されれば短時間で低体温症に侵される。
(だが……念のため殺しとくかぁ)
右手に10円硬貨を乗せ、親指に力を込める。日本銀行拳・指弾術。発射!
吹雪を切り裂き、四葉の眉間目がけて飛ぶ10円硬貨! 四葉はまだ動けない!

ドスッ! 硬貨が物体に食い込む鈍い音がした。
ただし、四葉に命中したわけではなかった。
キャリーバッグの中心に、硬貨がめり込んで静止している。
聖槍院九鈴のキャリーバッグだ。
九鈴が二人の間に割って入り、キャリーバックで硬貨の弾丸を受け止めたのだ。

「どうして……わたしを助けたの……?」
呻くように四葉が九鈴に問いかけた。
「にていたからよ」九鈴が答える「あなたはどこか、私の弟に似てるの。
 弟もあなたみたいに小さくて、可愛くて、理由もなく偉そうで、そして……
 『ニンジャスレイヤー』が好きだった! ドーモ、セイソウイン=サンデス。
 ワタシト、ジンジョーニWasshoiダ!」
「いや、日本語でいいぜ?」
「はい……そうします」

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九鈴は右手に構えた黒いトングの歯先をカチカチと鳴らし、威嚇する。
これは自らの集中力を高めると共に、相手の精神を疲弊させる呪術めいた所作である。
だが、その音は精彩を欠いている。
九鈴の心が、『ミダス最後配当』への恐怖に支配されているためだ。
九鈴はハルの能力を過剰に警戒していた。
人体に触れれば人間をも換金してしまう即死能力であると誤解していたのだ。

「ハハハッ! 俺の手を恐がってるな? 『ミダス最後配当』は何でもカネに換える!
 何よりもカネが大切な守銭奴の俺にとって最高の能力さ!
 トング道で掴んでみろよ? 自慢のトングを換金してやるぜぇ?」
九鈴は返答がわりに深く積もった雪の上とは思えぬ素早い足さばきで踏み込む!
右上段の構えからハルの脳天を狙う振りおろし。ハルは壱万円紙幣でトングを弾く。
続いて左のトングによる鋭い刺突!
左? そう。左だ! 九鈴が左袖に隠し持っていたトングによる奇襲を仕掛けたのだ!
聖槍院流『トングかくし』!
だが、その動きは先ほど四葉が見せた奇襲とあまりにも似ていた!
ハルは冷静に身を捻って突きを回避すると、九鈴の防寒ウェアの袖を掴む。
『ミダス最後配当』発動! 紙幣に変わり果てる防寒ウェア! 4万2千円!
ウェアの内側に隠し持っていた数本のトングが、支えを失って落下した。
セーター姿となった九鈴! 全身の熱が急速に失われてゆく!

(……『あめふりトング』!)
あらかじめ岩壁に設置したトングの、『タフグリップ』による保持を遠隔解除。
上方から、ガラン、ガランと音を立て、無数のトングがハル目がけて降り注ぐ。
しかしハルは機敏な動きですべて回避!
その瞬間。ハルの意識が上空に向けられた隙を衝いて、九鈴は背後に回り込んでいた。
後ろ襟をトングで挟み、相手が振り向く動きに合わせた足払いで地面に叩きつける!
だが、降り積もった雪のためハルの受けたダメージは致命的ではない!
ハルは倒れたまま、素早く九鈴の袖を掴む!
タートルネックのセーターが換金されて消え失せる! 8千円!
薄紅色の長袖肌着姿となった九鈴! 冷気が刺すように身体を苛む!

「今のでわかったぜ。――『トングで掴んだ物を離さない』能力。そうだろ?」
無言で飛びのく九鈴を、日本銀行拳による硬貨の指弾が追撃する。
窮地にあって九鈴の集中力は極限まで研ぎ澄まされていた。
硬貨をトングで弾き飛ばす! 次々に飛来する硬貨を、驚異的な反射神経で弾き続ける!
だが、次に飛来する100円硬貨を弾こうとした直前。それは10枚の10円硬貨に分裂した!
九鈴は回避できず数発被弾! 『ミダス最後配当』の遅延起動による両替弾だ!
そして……被弾によって生じた隙をハルは見逃さず……『ミダス最後配当』発動!
婦人用長袖肌着が換金され硬貨が飛び散る! 333円33銭! 3枚で千円!
九鈴の上半身を護るものはもはやシンプルな桜色のブラ1枚のみとなった!

襲いくる激しい痛みのような冷気に凍りつく体から、決死の力を振り絞る九鈴。
二トング流による鬼神のような連撃を繰り出す!
その気魄に押されたか、ハルは後ずさりしてゆく。
遠距離戦、長期戦は不利となる九鈴は間合いを詰めに行くしかないが……罠だ!
九鈴の足元に設置されていた壱万円札が時間差両替操作により全て1円玉に変換された!
壱万円札の存在していた空間に、ありえない物質密度で1万枚の1円玉が発生する。
それは恐るべき斥力を生み、硬貨の大爆発を起こした!
至近距離で発生した爆発に九鈴は対応できない! 無数の1円玉が柔肌に突き刺さる!
さらに! そう! もちろんさらに! 『ミダス最後配当』発動!
無情にも換金されるブラジャー(78C)! 3千2百円!
なおこれはアンダーバストのサイズであり、トップバストは89だ!

一層強くなった風と雪が、九鈴の肌に残忍な爪を立てる。
だが、これは敗れゆく九鈴へのせめてもの天の情けなのかもしれない。
激しい雪が視界を遮り、肝心な所が見えないようにうまい感じで隠されているからだ。
肝心な所……すなわち乳首のことを!

「ハハハハハハ! ずいぶん魅力的な格好になったなぁー?
 ところで、素敵な『バスト』のついでによぉ、
 あんたの『ハート』について気付いたことを言っていいか?」
「……おきき……しましょう」
上半身を氷の紅蓮地獄に晒す九鈴に残された時間はほとんど無い。
時間稼ぎ狙いの無駄話ならば、耳を貸すことはなかっただろう。
だが、ハルの口調は単に思いつきを話したくて仕方がない、という様子だった。
ゆえに九鈴は、話に夢中となったハルに油断が生じる、幽かな望みに賭けることにした。

「『世界中からゴミを無くしたい』……それがあんたの願いだったよな?」
「そのとおり……です」
九鈴の意識が朦朧としてきた。ハルに油断は見えない。
「それなのに『トングで掴む』能力? おかしいよなぁー?
 ゴミを無くしたかったらさぁ『ゴミを植物に変える』能力とかになるんじゃねぇか?
 『ゴミ掃除に役立つ』能力なんて遠回りすぎるよなぁー?」
「……?」
「つまり本当は、あんたは『ゴミを無くしたい』んじゃない。
 あんたは『ゴミを無くそうとしている自分が好き』なだけなんだ」
「……!!」
全く認識していなかった己の本心を言い当てられ、九鈴は激しく動揺した。
「おっと隙ありィ!」
ハルの手が素早く九鈴のトングを掴む。
『ミダス最後配当』による換金! 聖槍院家家宝・名トング『カラス』……5千7百万円!

(そうだったんだ……わたしは自分が好きだったんだ……)
吹きすさぶ雪の中、大量の紙幣が弾け飛び舞い上がる。
(だから)
紙幣に紛れしゃがみこみハルの視線を切る。足元のトングを回収。再び二トング流。
(わたしは自分が好き。弟が好き。父さんが好き。母さんが好き。――人間が好き)
胸先を雪面に擦り付けるような低姿勢で間合いを詰める。
(だから。世界を滅ぼそうとしているのは――父を、母を、弟を殺したのは――)
左トングをハルの足に突き立てる。
(わたしではない!)
右トングをハルの口に突き立て、そのまま後頭部を岩壁に叩きつける!
衝撃で揺れる九鈴の胸!

舌を挟んだトングで強引にハルの上体を起こし、ふたたび後頭部を岩壁に叩きつける!
衝撃で揺れる九鈴の胸!
舌を挟んだトングで強引にハルの上体を起こし、みたび後頭部を岩壁に叩きつける!
衝撃で揺れる九鈴の胸!
舌を挟んだトングで強引にハルの上体を起こし、よたび後頭部を岩壁に叩きつける!
衝撃で揺れる九鈴の胸!

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ハルの窒息を防ぐために、九鈴は医療用トングで舌を固定した。
「おれいをいうわ。結果として、わたしはあなたに救われた」
意識を失ったハルの耳には届かないだろうが、九鈴は語りかける。
九鈴の上体は、既にハルから奪ったどぎつい蛍光色の防寒ウェアに包まれている。
いつの間にか吹雪もやんでいた。
ハルが九鈴自身を換金できるのならば、換金する機会は何度もあったはずだ。
『ミダス最終配当』で人間を換金できないことに、九鈴も気付いている。
(それってつまり――)
ハルにとって何よりも大切なものは、お金ではないということなのではないだろうか。
九鈴はそう思ったが、これは九鈴の想像にすぎない。

――九鈴とハルを見下ろす崖の上に小さな人影があった。
高島平四葉である。
這うように迂回ルートを攀じ登り、岩壁の上まで四葉を運んだのは勝利への執念だった。
「これが……奥の手だよ……バイバイ」
崖下へとガラス瓶を放り投げる。瓶の中身は『新・新新型ウィルス』だ。
パンデミックは雪山から。

落下してくるガラス瓶に気付いた九鈴だが、トングで確保しようとするも一瞬遅かった。
岩に当たり砕け散る瓶。
その中身を九鈴が知るはずもないが、危険なものであろうことだけは予想できた。
『タフグリップ』発動、選択保持「対象:窒素、酸素、水を除くすべて」。
ガラス瓶の砕けた付近の空間を、二本のトングを高速稼働させ挟み取る!
最新型ウィルスがトングの歯先に捕獲、凝縮され結晶化してゆく!
かくして、パンデミックは防がれたのだ。

間髪を入れず『タフグリップ』による岩壁高速登攀。十数秒で崖上に到達する。
「えへへ。びっくりした……まさかウィルスを掴んじゃうなんて」
うつ伏せに倒れたまま、四葉が力なく笑った。
「でもね、まだ降参しないよ。その前にいっこだけやりたいことがあるんだ」
「……!?」
九鈴はトングを構えて警戒する。
「『モア』ぷりーず! そして、ぎぶあっぷ」
四葉の手中に、銀色に輝くトングが生成され、そして降参した。
「『敵』じゃないと『モア』は使えないからね。このトングはぷれぜんと! どうぞ!」
「これを……わたしに?」
戸惑いながらも九鈴は意外な贈り物を受け取った。
失った『カラス』をベースに強化複製された『ちょっと強い』トングを。
「――『シルバーカラス』。この子のこと、そう呼ぼうと思う。……どうかな?」
「うん! いいと思う! 遥かに良いです!」

一点の曇りもなく、吸い込まれるような銀色に輝くトングを見つめながら九鈴は思った。
『カラス』によってあまりにも多くの者を殺めてきた。
許されたい、などと虫のいいことは考えていない。
いずれわたしは地獄に落ちるだろう。
でも、その時が来るまで、もう少しだけ『シルバーカラス』と共に歩いてみよう。
このトングと一緒なら、自分が本当に掴みたかったものが掴める気がするから。

(第一回戦「雪山」おわり)








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