第一回戦【底なし沼】SSその1

最終更新:

dangerousss3

- view
管理者のみ編集可

第一回戦【底なし沼】SSその1

四六時中立ちこめる、白く濃い霧。
その下には、僅かな草が生えた泥沼と、鬱蒼と葉を茂らせた木々が点在する。
そして――泥地の中に紛れる、深く仄暗い水溜まり。

地元の人間ならば、決して近づかぬ“底なし沼”。
そこに踏み込み、戦を繰り広げる者が二組。

沼に喰われるのは、どちらなのか。
それは、勝利の女神だけが知っている。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「うー、湿地って涼しいトコじゃなかったんスか……?
 汗ばんできて気持ち悪くなってきた……」

砂色迷彩のミリタリーベストに身を包んだ青年――魔人ヤクザ・夜魔口砂男は
ぶつぶつと不満を漏らしつつ、したたる汗を拭いながら湿地を歩き回る。
その足元からは砂が流れ落ち、水分で緩んだ地面を固めていく。
泥に足を取られないための、沼に沈まないための応急処置である。
体調が万全ならば、湿地を砂で埋め立てることも出来たかも知れないが――
今の砂男では、流石にそこまでの大規模な戦術は使えない。
底なし沼に落ちる危険を冒しながらも、地道に足で索敵をするしかない状況は
明らかに不利だが――それでも、彼はいつものテンションを保っている。

「……あん?」

そんな中、砂男はある異変に気付く。

がちゃん、がちゃん――
機械を打ち付けるような無機質な音が、沼の生き物の合唱に混じって聞こえる。
蛙の鳴き声、衝突音、鳥の威嚇、衝突音。

「どうやら、エンカウント……ですかね?」

……どのみち戦わねばならない相手なら、サッサと顔を合わせてケリをつけたい。
そう思い、音源へと歩を進める砂男。

やがて、濃霧の向こうに影が見えた――
湿地帯に似つかわしくない、機械的なシルエットの丘。
その麓には、二つの長物を携えた人影。

砂の量を増やし、足音を消しながら巨影に近づいていく砂男。
やがて、霧越しに見えたソレは――

冷蔵庫。ミキサー。二槽式洗濯機。ソファー。
古いゲームハード。タイヤ。旧式のパソコン――エトセトラ。
この湿地帯に人知れず、不法に放棄されたゴミの数々。
それらが積み重なった、ガラクタの山だった。

そして、そこにいた人物は――頭に三角巾を巻いた、白衣の清掃系女子。
対戦相手・聖槍院九鈴が、沼地に沈んだゴミを両手に一つずつ持ったトングで
器用に拾い上げ、積み上げていた。

「……うわーお。チリどころか粗大ゴミが積もってますね、こりゃ」

ぴたり。
砂男の呟きに反応し、黙々とゴミの回収を進めていた九鈴のトングが止まる。

「……貴方たちは、いつもそう」

そして、ゆっくりとした動きで振り返り――砂男を、生気のない狂気のこもった目で睨む。

聖槍院九鈴。
清掃者たる彼女には――自然を汚すゴミも勿論だが、それ以上に。
“社会のゴミ”が、許せなかった。

実際、彼女がこれまで処分してきた“生ゴミ”の大半は――ヤクザである。
廃品回収業を装い、処分費を貰ってゴミは沼地や山中へと杜撰に投げ捨てる。
軽トラさえあればそこそこの金が見込めるシノギとして、多くの末端ヤクザが
『大崩壊』からの復興のドサクサを受けて大量に闇廃品回収業を行っていた。
そんな連中を九鈴は何十人、何百人と『片付けてきた』。

「貴方たちは、ちらかしすぎます」

九鈴が、右手のトング――淡い緋色の光を纏う、漆黒のトング『カラス』を砂男に向ける。
カチカチと打ち鳴らすのは、宣戦布告の合図か。

「……悪ぃですが、ウチはそんなケチなシノギやるほど落ちぶれてねーですよ」

言い終わるが早いか、砂男が左手を振り、砂を撒く。
『砂のように眠れ』――浴びた者を眠りに誘う、魔性の砂を!

「……また、ちらかした。砂ボコリは細かいからきらい」

九鈴は眉をひそめつつ、右手に携えた『カラス』を開いて砂を掴むように一振りする。
飛び散る砂をトングで掴むなど、まず普通はできない。……普通ならば。
だがこれは、魔人同士の戦い……そこに『普通』や『常識』はない!

「おおーう……スゲーテクっすねえ……」

砂男が困ったような視線で、九鈴のトングの先を見つめる。
先程バラ撒いた砂が、一粒残らずすべて掴み取られていた。
これこそが聖槍院九鈴の魔人能力『タフグリップ』の力――
掴んだモノを決して離さないという特性と、彼女の極めた聖槍院流トング道の技術を合わせれば。
飛散した微細な粒子すら、一纏めにして掴むことができるのである!

「……かえす」
「いや、返されても困……っとぉ!?」

そのまま、九鈴はトングを振りかぶり……砂男目掛け、挟んでいた物を投擲する。
砂男がどこか大袈裟な驚きを見せるのも無理はない――
数秒前まで砂だったものが、彼女の膂力によって圧縮され、砂岩の礫となっていたからである!
砂の量自体が少ない分、大きさはせいぜい小石程度だが……それでも牽制攻撃としては十分。
身を捻り、回避する砂男に向けて連続の攻撃が襲い来る。
使い込まれたトングから繰り出される打突――聖槍院流トング道の技『片月』(カタヅキ)!

「! ぐっ……!」

先の戦いの消耗が響いている砂男は躱しきれず、左肩にその突きを受けてしまう。
肩骨に響く鈍い痛みをこらえつつ、砂男は後方へと跳び退がる。

(あのトングがある限り、近接戦じゃリーチの分不利っすね……
 ……“仕込み”が済むまで、遠くから砂を使って攻めるしかねーかな、こりゃ)

足元から砂を生み出すことで、ぬかるみにはまる危険を防ぎつつ逃げる砂男。
しかし九鈴は追おうとはしない――代わりに『カラス』を砂男のほうに向け、そのまま虚空を挟む。
……無論、いくらトングがリーチの長い武器とはいえ、既に数メートル離れた砂男に届くハズはない。

だが、次の瞬間。
――バックステップを繰り返していたはずの砂男の襟首が、何かに掴まれ。
九鈴が、手にしたトングを引くのと同期して――砂男が、九鈴に向かって引き寄せられる!

「な、そんなのアリっすかっ!?」

砂男は即座に、九鈴が使った技を理解する。
周囲の霧が歪み、長いトングの形を為しているのを見たからである!
――『空気』を掴むことで、空気そのものを擬似トングへと変え……
距離の離れた自らの襟首を掴み、引き寄せているのだと!
これこそ、トング道の暗黒秘技『黄泉掴み』(ヨモツカミ)!

「っどんな吸い込み性能ですか、アンタ!」

予想外の攻撃に、慌てる砂男だったが――すぐさま、腰に差したブラックジャックを右手に構える。
速度に優れる棒形の『シンゲツ』を振りかぶり、腕を振る勢いと九鈴に引かれる勢い、
二つの加速を乗せて、そのまま勢いでねじ伏せるカウンターを狙う!

「……無意味」

しかし、すかさず九鈴は右手のトングの力を緩める……と同時に、砂男の身体が勢いを失う!
エアトングが解除され、砂男の身体が僅かに宙に浮いた状態で解き放たれる。

「しまっ……!」

砂男は腕をそのまま振り抜くが、『シンゲツ』は届かない。
大きく空振り、どうしようもない隙が生まれてしまう。

「“掃除婦が一万のローマ兵の前に立ち箒を振ると戦場は砂漠と化した”」

その隙に九鈴が一歩踏み込んでリーチへと入り、『カラス』をそのまま横薙ぎに振り抜く。
トング道・禁じ手の一つ、打撃技『鋏打ち』!

「が、はぁっ……!」

ガラ空きになった胴に打撃をモロに喰らった砂男がよろめく。
続けざまに、左手に携えたもう一つのトングによる返す刀の打撃が迫る!

「これ以上は……させねえっての!」

咄嗟に、砂男が左手を翳した……次の瞬間!
勢いよく生成された砂と、足元の砂が集まって九鈴と砂男の間に壁を作る。
脆い即席の壁は衝撃であっさりと砕けて飛び散る――しかしそれこそ、この壁の利点!

「っ……!」

打撃の勢いはまだ残っていたが、九鈴は左手の一撃を中断し即座に一歩離れる。
その一秒後、砕かれた砂が九鈴の立っていた辺りを覆い尽くした。
判断が少し遅れていれば、散った砂を浴びていた――!

「っかー……惜しいなー……」

砂男が、忌々しげに呟く。
積極的に打って出る程の力が、今の砂男にはないが故の苦肉のカウンター策。
一度見せてしまえば対策が容易な、砂の城の如き策である。

(ただ、砂の壁で威力はだいぶ殺せるハズ……
 ならカウンターを狙うまでもなく、防御と逃げに徹すればいいだけッス!)

砂男が再び砂の壁を構えた、次の瞬間。
砂の壁が、勢い良く粉砕され――そのまま、砂男目掛けて何かが飛来する!

「何ぃーっ!?」

不意を突かれ、慌てて飛来物から走って逃げる砂男。
数秒後、物体は泥の飛沫をあげながら地面へと叩き付けられる。

――自転車!それが物体の正体!

「ゴミをかたづけるために、ゴミをつかう……ごめんなさい、自転車さん」

抑揚のない声で、投げつけた自転車に謝罪の言葉を呟く九鈴。
清掃者としては掟破りの、粗大ゴミの投擲攻撃!
聖槍院流トング道の暗黒秘技『災掴み』(マガツカミ)!

「ごめんなさい、テレビさん」

息つく暇もなく、砂男目掛けて今度はテレビが投げつけられる!
重量・形状共に攻撃力のより高い、旧世紀型のブラウン管テレビである!

「だあーっ、そんなのアリですかいっ!」

テレビを間一髪でかわし、必死に遠ざかる砂男だったが――走り回ったことが徒となる。
全力疾走のために力一杯踏み込んだ右足が、泥に捕まってしまう!


「ごめんなさい」

そして、九鈴が更なるゴミ――否、武器を投げつける。

「……っ!」

砂男は、向かってくるソレを見て青ざめる。
砂の壁を展開するが――その巨大さと、重量の前には意味を為さないことはわかりきっていた。

「――軽トラックさん」

九鈴が投げたのは、沼の底に沈んだ最も重い粗大ゴミ――軽トラックだった。
おそらく、ガラクタを投棄しに来てトラックごと飲まれたのだろうか?
それとも、軽トラック自体が動かなくなりゴミとして捨てられたのか?
……残念だが、今となってはそれを知る術はない。

ただ一つ言えるのは。
数十トンの氷塊を振り回す筋力で、重さ数百キロの軽トラックを投げつければ。
手負いの魔人ヤクザなど、ひとたまりもなく吹き飛ぶということだった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「……が、はっ……」

軟泥にばしゃり、と叩きつけられる砂男。
その身体はもはや、立ち上がることすらできない、満身創痍と呼ぶに相応しい有様だった。
死こそ免れたものの、軽トラックの重量と、九鈴の膂力による速度が合わさった暴力は
砂男から、戦う力をゴッソリと奪っていった。

「まだ、死んではいけません。ゴミをかたづけるのは、わたしの役目です」

ゴミの“処理”は自らの手で――ということだろうか、九鈴が近づいてくる。
投擲されたゴミを踏み台に、沼に沈むリスクを無くした上で――砂男を介錯しに来たのだ。

「……言い残すことは、ありますか」

九鈴が、砂男に『カラス』を突きつける。
緋色の光が、一際強く光り――新たな『ゴミ』を片付ける気配に打ち震えているように見えた。

だが、砂男の口から漏れたのは……意外な言葉だった。

「“掃除婦はモップを振り上げファラオとその家臣の前でナイル川の水を打った”」

「……?」

自らが考えた文言を――自分以外に唱えられるはずのない呪文を聞かされ、九鈴は僅かに訝しむ。
一回戦で僅かに漏らした、その言葉を――なぜ、目の前のヤクザが、復唱しているのか?

「“川の水は血に変わり川の魚は死にエジプト人は……” この先、なんでしたっけ?」

砂男が九鈴に問うた、その瞬間。
両者の間に、紅い水の流れが姿を現した。

「……!! あ、ああ……!」

その光景に、九鈴は動揺を隠せない。
彼女の、狂気という繭にくるまれた正気が、警告を発する。
“妄想が、現実になるはずがない”――!

しかし、その警告は一手遅かった。

次の瞬間、紅く染まった泥濘の中から。
ドスを携えたアキビンが、九鈴の懐へと飛び込んでくる!
アキビン――そう、夜魔口赤帽その人である!

アキビンだからこそ、呼吸を必要としない肉体だからこそ出来る――底なし沼への潜伏!
もし、彼が生身の姿だったなら――この沼地に潜む、というゲリラ戦術は成り立たなかっただろう。
そして、アキビンだからこそ、この手段しかなかった。
聖槍院九鈴にしてみれば、アキビンは――『資源ゴミ』に他ならない。
『ゴミ』と『清掃員』が正面からぶつかれば、勝つのは『清掃員』に決まっているのだから。

――だからこそ、奇襲!
相手の精神を確実に揺さぶる為の小細工も、
相手を油断させる為の勝ち目のない勝負も、
相手を待ち伏せ場所に招く無様な逃走劇も、
全ては―― 一撃で決める為に!

「……妄想は終いじゃあ、小娘ェ!!」

赤帽が、今まで押し殺していたヤクザ特有の凄みと殺気を全解放し。

緋色の刃を、九鈴の心臓目掛けて深々と突き立てた――







筈、だった。


「ヌウッ……!」

アキビン・夜魔口赤帽は違和感に気付くと、すぐさまヤクザドスを手放して飛び退く。
違和感の正体は、刺したはずのヤクザドスにあった。――浅い。

「……あなどりました」

胸から短刀を生やし、口から血を吐きながらも。
聖槍院九鈴は、倒れることはなかった。何故か?

その理由は、またしても彼女の能力『タフグリップ』にある。
――九鈴の胸部、心臓目掛けて突き出した刃は。
彼女の服の内側に隠された、予備トングの内側をかすめ、そのまま胸に刺さった。
攻撃を防ぎきれぬと見た九鈴は、咄嗟にそのトングに対して『タフグリップ』を使い――
心臓に達しようとしていた凶刃を、白刃取りしたのである!

「……わたしのせい」

胸のヤクザドスをそっと撫でながら、九鈴が二人を見つめる。
その目は、やはり虚ろだった。
先程の紅い川の光景による動揺と、胸の痛み。
その二つが、彼女の狂気の蓋を、開いた。

「わたしのせい、わたしのせい、わたしのせい、わたしのせい、わたしのせい、
 わたしのせい、わたしのせい、わたしのせい、わたしのせい、わたしのせい、
 わたしのせい、わたしのせい、わたしのせい、わたしのせい、わたしのせい」

「! なんじゃあ、ワリャア……っ!」

何処も見ていない瞳で、無防備となった赤帽目掛けて両手のトングを振り回す九鈴。
そこには、聖槍院流トング道の持つ技巧はない。あるのは、ただ純粋な狂気から滲む暴力。
得物のヤクザドスを失い、武器を持たない赤帽は回避の一手しかない。
魔人能力『血に染まる蛇の鮮血』を使い、九鈴を操ることも考えたが――

(あの娘の暴走っぷり……精神がイっとるな。
 あの状態で飲ましたら、それこそ手がつけられん!)

赤帽の『紅い水』は、飲んだ相手を赤帽の意のままに操る効果があるが――
その効果は副次的な物に過ぎない。
支配が十分及ぶよりも先に、飲んだ者の強化作用が働く……つまり。
今の暴走した九鈴を止めることは、赤帽には出来ない!

「かたづけなきゃ、かたづけなきゃ、かたづけなきゃ――」
「!」

デタラメに振るわれるトングの軌道の一つが、赤帽の動線を捉えた。
アキビンの身体で喰らえば、待つのは粉砕されての、死――!

しかし、その致命の一撃は……届かない。

「――!」

鈍い手応えに、九鈴がその手を止める。
――分厚い砂の壁が、赤帽を守っていた。

「……なにが、アンタのせい、なんですか」

湿原に叩き付けられ、伏していた砂男が――上半身を起こし、九鈴を見据える。

「砂男……! アホウ、無理しとる場合か……!」

「赤帽サン……スンマセン、ここは、俺に」

睨む赤帽をよそに、砂男は続ける。

「なんで、片付けなきゃいけねー……んです、か。
 何があった、ってんですか」

息も絶え絶えの状況で、砂男は――目の前の、壊れた女性に問う。
その様子に思わず、九鈴は――答えを返した。
なぜ、目の前の“ゴミ”が、そんなに必死に、私に問い掛けるのか。……わからない。
けれど、こたえなくちゃいけない。 ――なぜか、そう思ったからだ。

「……だって、わたしのせいで。
 核がおちた。ウイルスがひろがった。まちがなくなった。戦争がおきた。
 父さんがしんだ。母さんがしんだ。九郎がしんだ。
 ともだちが、みんなが、いきものが、みんなみんなしんでいった」

虚ろな瞳から、涙を一筋流しながら。九鈴は、慚愧と後悔と自罰に満ちた言葉を紡ぐ。

「わたしが、ちゃんと――そうじ、できなかった、から」

その言葉に対し、砂男は――生命力を絞り出すかのような大音声で、叫ぶ。

「……何言ってやがんですか、このアホウ!!」

「ひっ……!?」

思わぬ怒声に、九鈴が思わず身を竦める。
だが、彼女の怯えに構わず砂男は叫び続ける。

「アンタが掃除できなかったから核が落ちた?
 掃除できなかったからウイルスが広がった?
 掃除できなかったから大事な人が死んでったぁ?

 ……っそんなわけ、ねえだろうが!!」

ばしゃん、と湿った土に拳を打ち付ける。
そして、次に紡がれた言葉は――

「……だって、アンタ。
 ここの奥底に沈んでたこいつら、引っ張り上げたじゃねーですか」

今までの怒声が嘘のような、優しい言葉だった。

「――!」

「戦う前から、ゴミ拾いやってて……
 ゴミを、どーしても、俺にぶつけなきゃいけねー時にはゴミに謝って……
 そんなアンタが、掃除できてないワケが無いじゃねえですか!
 だから――核がどうとか、ウイルスがどうとか、ましてや、アンタの家族が死んだのだって!

 ……アンタのせいじゃ、ねーんですよ」

砂男が喋り終え、力尽きて泥溜まりに横たわると同時に。

「……う、う……

 うわあああああぁぁぁぁぁぁん!!!」

九鈴は、思わず泣き叫んだのだった。

心の底で、誰かに。そう言ってもらいたかった。
そう、言っているかのように。

「……そーそー、辛いなら泣き叫べばいいんです、よ」

そして、泣きじゃくる九鈴に向けて――煌めく砂が、風に乗って届く。

「これから色々、向き合ってくにはまーだ辛いでしょうが……
 せめて今は、砂のように眠んなさい、な」

砂が九鈴を包み、その瞼を閉じると同時に。
砂男の身体も、泥の中へと沈んでいった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「……全く。あのアホウは、どこまでお人好しなんじゃ」

積み上げられた瓦礫の山の頂上に佇み、赤帽は眼下の泥沼を見下ろす。

「まあ、あの状況で勝ち星拾ったことは……後で褒めたるわい」




底なし沼の戦い――その顛末。

夜魔口砂男、死亡の後、底なし沼に沈む。
聖槍院九鈴、睡眠により戦闘不能。

夜魔口赤帽、無傷。

大会ルール第13条第4項――
コンビの片方の生存により、夜魔口組の勝利と相成った。








目安箱バナー