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#divid(ss_area){ *第一回戦【美術館】SSその2 《ザ・キングオブトワイライト 第一回戦 第五試合 説明》 《会場:美術館》  美しい絵画や力強い彫刻など、多数の美術品が展示された施設。  参戦者は以下の三名。 《雨竜院雨弓》 スペック:筋骨隆々の大男 傘術使い 魔人能力:水分を媒介にした光学性幻覚 望み  :戦いを楽しみたい 本当を生きたい 他にも? 性格  :気の良い兄ちゃん 戦闘狂 備考  :現役魔人警官 《黄樺地 セニオ》 スペック:チャラ男 身軽 魔人能力:他者の魔人能力のコピー 性格  :チャラ男 軟派 望み  :世界平和 備考  :チャラ男 《姫将軍 ハレル & 参謀喋刀 アメちゃん+98》 スペック:姫将軍 剣とダンジョンの異世界出身  魔人能力:武器との精神空間での対話 時間経過のない精神空間での修行 望み  :滅んだ故郷の救済 性格  :姫将軍 堅物 やや影がある 備考  :姫将軍 アメちゃんは霊刀アメノハバキリの付喪神 ◆       ◆(以下、本編)  その戦いは、それ自体が既に、一個の美術品だった。  片や長刀を携える少女。  片や大傘を背負う大男。 「ッ……!」「――ィッ」「スゥ――」「……!」「ォオ――」「――シィッ!」  霊刀の刃と特殊合金の親骨(※傘の布部分を支える骨のこと)が打ち合わされ、衝撃が窓ガラスを揺らす。  美術館。目高機関が総出でかき集めたのだろう、中にある品は千差万別で、現代芸術、陶磁器、絵画、銅像、宝石細工、フィギュアや漫画家の原画まで。  そのどれもが、世界崩壊前ならば数千万円は下らない、あるいは値段もつけられぬ逸品揃い。  だが国宝級の陶磁器も、狂気を秘めた絵画も、精緻極まる宝石細工も、その二人の戦闘に気後れしたかのように、今はその輝きを潜めている。  たった二人の人間の戦闘の存在圧力が、空間そのものを埋め尽くしている。  人間?  否――『魔人』だ。 「いいねえ! んじゃあ――コイツはどうだ! 『雨流/虹』!」  突如、無数の傘が広がり、少女の視界を、部屋の空間のほどんどを覆い隠した。  増え続ける傘は、しかしほとんどが、大男の能力『睫毛の虹』による幻覚だ。  傘を携えた大男が、傘の群れの中に紛れ込む。少女が中心に一人残される。  だが、空気中の水分を媒介とするこの能力は、屋内では万全に働かない。幻覚の傘はその多くが、末端がほつれ、薄れている。  少女は周囲を凝視して、傘の弾幕の真贋を見極めようとし――すぐに、その過ちに気付く。 「くあ!」  次の一撃は、虚空より来た。  屈折率操作による、疑似透明化。少女はその不可視の一撃を、優れた第六感により、かろうじて霊刀の鎬で受ける。  軋む細腕。傘部よりも突き出た石突が少女の肩口を掠め、空中に血の線を引いた。  雨竜――傘を広げての突進は、大男の巨躯もあり、大岩の衝突にも匹敵する。  力はほぼ互角。だが、少女が持つスキルとしての怪力には、押し合いの際の要である体重が伴わない。 「っ……!」  吹き飛ぶ少女。背後は、部屋の角。袋小路だ。  同時、傘が閉じられる音、強く地面を蹴る音。  大男は姿を隠したまま、少女が壁に叩きつけられた所に更なる追撃を加える心算なのだろう。  少女は体を丸める。衝突のダメージを弱めるため、ではない。彼女は空中で前傾し、霊刀の剣先だけを、脇下から背後の壁に向けたのだ。 「アメ!」 「がってんショーチだよっ!」  壁が、散り散りになった。  刃先が触れた一点を中心として、一辺一メートル半ほどの四角形の形に、風化するように消えた。  彼女の持つ霊刀『参謀喋刀 アメちゃん+98』の持つ無数の能力の一つ。それは、まるで仕切られたマス目を埋めるかのように、一刀につき、決められた分だけの壁を掘る力。  少女はそのまま穴を通って隣の部屋の中へと吹っ飛び、ざっ、と華麗に着地する。  隙を晒したのは、追ってきた大男の方だった。  壁の穴は、大男が通るにはいささか狭い。そこを強引に通過した結果、ほんの僅か、突進の態勢が崩れ、その輪郭が露わになる。  しん、と。少女が床を蹴った。  猫のような前傾姿勢から加速。居合にも近い掬い上げる一撃が、大男の脇腹を捕えた。 「オオオッ!」  咄嗟に男は傘を手放し、力任せの掌底で、装甲に護られた少女の胸を殴りつける。  少女は刀を引いて、バックステップで飛び下がる少女。こほこほ、と息を吐く。ダメージは軽微。 「――ったく。すげえな、アンタ」 「…… あなたも」  宙空の傘を掴む手が、虚空に出現した。  その手から、あぶり出しのように姿を現した大男――雨竜院雨弓がにやりと笑う。  伊達男めいた甘いマスクに、その印象を真っ向から斬って捨てる2m超の筋肉質の巨躯。迷彩柄のジャケットに、背負うは異形の傘、武傘『九頭竜』。  態勢を立て直した少女――姫将軍ハレルが、意志の強そうな釣り目を細めた。  結い上げた金髪。華奢だが女性らしさを覗かせる小柄な体を包む装甲ドレス平服甲冑。構えるは、数千年の時を経た神々しき霊刀『参謀喋刀 アメちゃん+98』。 「だがなァ、その『手加減』、解除できねえのか?  ただでさえガキ相手だってのに、これじゃあ勝ったところでカッコ悪くて家族に会わす顔がねえ」  雨弓が眉をひそめた。間違いなく霊刀が切り裂いたはずのその脇腹には、傷一つ無い。  ただ代わりに、その周囲には、無惨に引き裂かれた対魔人戦闘用防弾チョッキが、無数の欠片になって舞い散っていた。雨弓がジャケットの上に羽織っていたものである。  壁に引っ掛けた? そんなわけはない。下手なショットガンくらいなら止める特注品だ。  それが、まるで内側に火薬でも仕込んであったかのように、一律に、均一の大きさに引き裂かれている。 「出来たら苦労しないよ! だから言ったじゃんハレっち! 気遣うのはヤメローッて! もう!」  答えたのは少女の持つ霊刀、アメだった。幼女のような甲高い声だ。  彼女(?)には現在、『斬撃のダメージが装備品に置換される』という奇天烈な能力が備わっている。  相手ではなく、相手の武装のみを殺す能力。だが、雨弓にとってはたまったものではなかった。  服程度ならともかく、彼にとって武傘『九頭竜』は無二の武装だ。死亡の危険がないこの大会においては尚更である。  だがそれは、ハレルにとっても不都合なものである。  先程のようなカウンター、あるいは苦し紛れの相討ち狙いの一撃で、少女は一方的にダメージを受けるのだ。 「……大丈夫、です。それも含めて、私の実力として受け取って貰って、構いません」  だが、ちきり、と霊刀を構えなおし、ハレルは告げた。そこに迷いや後悔の色は無い。  彼女は誇り高き姫将軍。自ら定めた覚悟を、時や場合で撤回する安い戦士ではない。  同じ戦士の本能から、それを感じ取る雨弓。楽しげに、唇を歪める。 「……失礼した。ガキってのは訂正だ。悪ィな、ハレル。不調法者でよ」 「…………ううん。……貴方の殺気は、とても真っ直ぐで、気持ちいい。初戦で、あなたみたいな人と戦えて良かった」 「おいおい、そういうイカした口説き文句は、――勝ってから言うもんだぜ!」  雨弓が軽口と共に傘を引く。さながら歌舞伎役者の如く、その構えは豪放でありながら精緻の極み。隙の一つも見当たらない。  同じくハレルが、霊刀を正眼に構える。王道の基本形。しかし彼女が行えば、それはさながら一枚の名画の形を為す。  互いの気合が、空気を弾く。この美術館にあるどの作品よりも、それは刹那的で、触れ難い美しきものだった。  ……やがて。  二人の間に、巻き上げられた雨弓の上着の切れ端が、かさりと落ちた。  両者が床を蹴った。 「お! 二人ハッケーン!w チョー探したっつのー! もー見つかんねえとかマジ勘弁! ディプロっちゃんが試合会場間違えたかと思ったしー↑」  部屋の扉が開かれ、美しさなど、微塵も理解しない存在が姿を現した。  金髪長身、だるんだるんのタンクトップにジャケット、ハーフパンツ。耳には三連ピアス、腕にはもっとシルバー巻くとかSA。  チャラ男の権化、黄樺地セニオ。三人目の魔人、突如のその介入を、 「「――――(来たか)」」  互いに向けて突貫する両者は、当然のように予測していた。  これはバトルロイヤルなのだ。二人が全力で戦っていて、残った一人が漁夫の利を狙わないわけがない。  ハレルはほんの数%、注意を割り振った。それで十分だった。  彼がどれだけの速度で割りこんできても、速やかにカウンターを取れるだろう。  雨弓は、幻覚能力の使用を止めた。それで十分だった。  魔人警官である彼は、コピー能力者に対する対策も学んでいた。すなわち、能力をコピーさせなければいい。  それで詰み。  武闘派魔人の極地たる二人の戦いに、魔人とはいえただのチャラ男が干渉する手段は――存在しない! 「んじゃ『セット』『ポータル・ジツ』! イヤーッ!ってかwwww」 「「!?」」  直径三メートルほどの真っ白な『穴』が、二人の視界を塞いでいた。  それは、異空間への道。異界への扉。参加者たちを会場へと送り届ける、双子の魔人『ディプロマット&アンバサダー』の魔人能力。  別の場所へと通じるワープホールを創り上げる力。  しかし、生身で行けない場所ならばともかく、『使用者の三割が死ぬ』というリスクを推してまで利用する者は少ない。  実際、二人は自前の移動手段でこの美術館に来ている。  しかし、このチャラ男はそれを使った。そしてコピーした。  雨弓のような豪放ではない。ハレルのような覚悟でもない。リスクを考えない浅薄さ。徒歩を面倒くさがる軽薄さ。  だからこその奇襲。 「ぬお、おおおおお!」  雨弓は咄嗟に、傘を開いて背後に回した。半球状の武傘が莫大な空気抵抗を生み、速度を殺す。  間一髪。巻き上がった前髪が僅かにポータルに入り込み、その消滅と同時に削られた。 「とっ!」  ハレルはポータルと、その奥の雨弓を前宙で飛び越えた。  だが雨弓よりもそのタイミングは際どく、着地が乱れて床を転がる。  慌てて立ち上がろうとした、その手首が取られた。下品なシルバーをじゃらじゃら巻いた腕だった。 「おうおうおおうおおうおうーーーう♪ もっしかせんでもチョーマブいじゃぁん!  ハレルちゃんだっけ? チュリッス! ハジメマーシテェ! カワウィーネェー↑  どう? 試合終わったらアソばない? イヤーなことゼンブ忘れ楽しもうぜェー♪  いやいや変なことシナイって!wwダイッジョブダッテwww」  セニオは、一瞬でハレルの傍に回り込んでいた。  通常の魔人の、更に三倍の脚力。だが、それだけではない。  チャラ男の手や腕の筋肉は、女の子への誘い、スキンシップ、セクハラ、壁ドンなどの用途にのみ最適化されているのだ。  顔が近い。にやにやとした笑み。雨弓の、獰猛だが気持ち良いそれとは比べ物にならない、ただ軽薄で、浅薄で、ひたすらにハレルにとっては不快なもの。 「は? え、う……」 「ハレっち! 無視して! さっさと斬る斬る!」  戦闘中らしからぬ様子で浴びせられた、解読できない不可解な台詞に目を白黒させるハレル。  その思考による硬直を、途方もないほど前向きなチャラ男コミュ力で『了解』と受け取ったセニオは、流れるような動作で少女の腰に手を回す。 「お、マジ? よさげ? んじゃイッチャウイッチャウ――ウェエエエエエエイ!?」  瞬間、ハレルが、渾身の剣撃を叩き込んだ。  完璧な一撃だった。至近距離からの巨大な月牙めいた一閃が、セニオの服を一瞬で塵屑に変えつつ、やってきた入口から吹っ飛ばした。 「…………」「…………」  息を切らせたハレルが、触られた腰を何度も手袋の甲で払う。  男性経験の乏しい姫将軍の細い腰は、異性が触るにはあまりにデリケートな場所だったのだ。  雨弓は、曰く言い難い表情を作っていた。  突然現れ、奇襲を決め、そして即座に吹っ飛んでいった存在に対する対応を決めかねていた。  やがて、ハレルが俯いたまま、ぼそりと呟いた。 「……なんで、こんな能力つけちゃったのかな、私……」 「ここでそれ言うのかよアンタ……」 「……すいません。ちょっと、後で」  ざん、とハレルの姿が消えた。恐らくセニオを追ったのだろう。 「おい待……ちっ。だが、ポータル使えるとなると面倒だな……」  やや遅めの歩みで二人を追って部屋を出ながら、考える。  雨弓も、ハレルも、その戦闘能力の大半は能力によらない武術によるものだ。まともに相対すれば、セニオに負ける道理はない。  しかし、対魔人戦闘において人格の相性はそのまま戦闘の相性に直結する。そして先程の通り、セニオはいわゆる『意外性』に特化したタイプの魔人だ。  真面目そのもののハレルのような人物にとって、天敵とすら言える。  先程までの交錯で、十分に分かっている。ハレルは難敵だ。あの手加減を含めても、勝負は相当に際どいと言っていい。  雨弓とて願いはあるし、優勝も狙ってもいる。セニオが、ハレルを倒すまではいかなくとも、痛手を与えてくれれば、勝率は一気に跳ね上がる。  ただ、同時にこうも考える。  果たして、セニオとハレルと、それぞれ一対一で戦う場合、どちらが楽しいか。 「しゃあねえ、やっぱりここは――、――……ん……?」  ふと。  足を止めた。 「…………」  ずうん、と。遠くから地響きが聞こえた。  ハレルが暴れているのだろう。同レベルの使い手である雨弓が受け止めなければ、彼女の保有する暴力は、この狭い美術館には過剰すぎる。  美術館それ自体を壊しかねない震動。  しかしそれを、まるで意に介さず、雨竜院雨弓は佇んでいた。  ただ佇んでいたのではない。彼は壁の一点を見ていた。  『それ』を見上げていた。  『それ』がなにか、分かる者は、ここにはいない。  『それ』は、ある絵だった。  雨竜院雨弓はその前で立ち尽くしていた。  生まれて初めてモナリザを見たラファエロのように。  『それ』は、あるイラストだった。  『それ』は、ある漫画だった。ある漫画の、作者直筆の、原画だった。  更に言うなら――『それ』は、ある映画の、原作の、原画だった。  雨竜院雨弓はその前で立ち尽くしていた。  邪神の像に生贄の心臓を捧げる、敬虔なる狂信者のように。 ◆       ◆ 「ちょちょちょwwwwwちょ待っちょ待っちょ待っマジ勘弁www」  常人の三倍の軽薄さで、セニオは一目散に逃げる。その服装は現在、穴だらけのタンクトップにハーフパンツという斬新なものである。  片手首に切っ先が掠る。瞬間、セニオの両腕のシルバーアクセサリーが弾け飛んだ。 「ギリセェ(※ギリギリセーフの意)!? wwwウェイウェイなになにいったいドゥーなってんのwww まあ露店の安物だし三万くらいだからまた買うけどサァー!ww店員さんちょっとはマケてくんねっかなッー!ww」 「………いいから、おとなしく、負けて」 「ちょワケ不明wwwべっつにいーじゃぁん触るくらい!wwwスキンシップっしょ!wwふれあい!ww」 「黙れチャラ男! まだハレっちはネ、男の子の手を握ったこともないの!」 「……アメ、余計なこと言わないで」 「うお刀が喋った。……え、ナニ、じゃあ未経験? その年で?」  セニオの笑みが珍しく消え、眉が一瞬でしかめられた。 「処女とかマジ勘弁。どーりでめんどくせえと思ったわw誰か食ってくれる奴いなかったの?w」 「――――ッ!!」  無言で激昂する少女に、セニオは溜息一つ、軽薄な笑みを取り戻して向き直った。  そこは狭い一直線の廊下。左右は、絵画が掲示された壁。かわせる場所はない。 めちゃくちゃ可愛いのにもったいねえなあ、と心から思った。彼はチャラ男だった。 「イヤーッ!ってかwww」  ポータル門を構築する。  しかし少女は、それを『横』に避けて容易くかわした。  左右の壁が、霊刀の切っ先が触れた先から、風化するように消滅していく。 「は!?wwwちょパネエwww反則っしょww」  ポータル門は取り回しが悪い。思わず下がった背中が次の部屋への扉に当たる。  袋小路。一直線に壁を切り裂きながら迫ったハレルが、剣を振り被る。 「っちょ待っストップ、フゥ――――ッ!?」  ゆえに彼は叫んだ。今この瞬間に、咄嗟に『見えた』もの名を。 「『セット』ォ!『参謀喋刀 アメちゃん+98』!」 「なっ……!?」  壁が、散り散りになった。  青年が横に伸ばした手を中心として、一辺二メートルほどの立方体の形に、壁が風化するように無くなった。  セニオはその壁の穴に飛びこんだ。ハレルが振り下ろした剣は、セニオが背にしていた扉を無惨に破壊して、外れる。 「おっしゃ!wwってうわマズっwwwあっち行ってッちょ!wwwww」  セニオは倒れ込んだ態勢から両手を地面につくと、ドロップキックの要領でハレルを蹴っ飛ばす。 「こほっ」  ハレルは側面に受けたこれを堪える。魔人の三倍の脚力。直撃してしまったが、思った以上に威力はない。どこに攻撃が当たったのか分からないくらいだ。  セニオは、壁の中に出来た穴の中に倒れている。当人が言った通り、状況は何も変わっていない。身動きの取れないネズミだ。このまま袋叩きに――その時。  ぱきん、と音を立てて、ハレルの髪留めが割れた。  次いで、姫将軍の証である『平服甲冑』の装甲部が、突如砕けた。  金髪が広がり、胸、足、腕の手甲が外れ、中のシンプルだが上品な装丁のドレスだけになる。  即座に、彼女は理解してしまった。  今、自分が、何をされたのかを。 「え――あ! ま、や」 「ウェイウェーイマジwww勘弁してっちょ!wwww」  追い詰められたネズミであるセニオは、必死に抵抗した。  ハレルの足を蹴る。腹を蹴る、肩を蹴る、胸を蹴る、腕を蹴る。でたらめで、体重のこもっていない一撃。  だが、ハレルは両腕で体を抱え、それらの蹴りから必死に身を庇う。そうせざるをえなかった。 「ショウッ! トォウッ!wwwギリセギリセwwwマジデンジャラス!ww」  ある程度蹴ったセニオは、少女の隙をついて、飛びこむように隣の部屋へと逃げ出した。  天井から下がったプレートには『世界の刀剣展』と掛かれている。美術目的の武器関係のフロアらしい。  すぐに振り返るが、何故か追手の少女は、その場に蹲ってしまったまま、動かない。 「ん?wwどしたんハレルちゃん? そんな強く蹴っちゃった?wwゴメゴメwww」  近づくと、や、と小さな悲鳴を上げて、自らの体を掻き抱いて、小さく蹲るハレル。  そこでセニオは、ようやく自分が咄嗟にラーニングした『能力』の内容を把握する。  脳裏に浮かんではいたが、長かったので読み取る暇がなかったのだ。  彼はまず、その『内容』に目を見開き、少女の様子を確認し、何度か頷くと、  少女が持つ霊刀を指差した。 「そこの刀! GJ!wwww」 「チャラ男! GJ! ――あ、ゴメン、うそ! ハレッちうそ! 眼福とか思ってなアガガガガガヤメテ! ヤメテ!  あっそこだめそこ弱いのぉー! ゴメンなさいゴメンなさいでもハレっちいっつも同じドレスだしィ!  たまにはビキニアーマーとか着てみればいいのにとかあっそこっらめえええええ!」  快哉を叫びかけた霊刀の柄のあたりをゴリゴリ抉り回した後、ハレルは胸元を両手で隠しながら、内股で立ち上がる。  少女の全身を覆っていた清楚で上品なドレスは――今やほとんど原型を留めていなかった。  貞淑なロングスカートはギザギザに深いスリットが入り。  ふんわりとした長袖は、手首回りだけを残して白い肩と腋が眩しいノースリーブに。  庇っていたからか、胸元こそ穴は少なめだが、背中や腹部、首元は均一に引き裂かれ穴が開き、へそや鎖骨、背筋が露わになっている。  平服甲冑はもはやその意味を為していなかった。  それに隠されるべき、仄かに桃色を帯びた白い肌と、最後の砦である純白のレースの下着の端々が、ドレスの隙間から惜しげもなく晒されていた。  その胸は標準的である。 「こ、の……!」  キッ、と若干涙目ながらも、強い視線で憎き仇を見据えるハレル。  しかし、その凛とした力の強い瞳に対し、露出度の上がったダメージジーンズならぬダメージドレス姿が、なおさら倒錯的な雰囲気を醸し出してしまっていた。  一方、睨まれている当の本人は、 「やっべええええええwwwwオレの手からカツオブシの味するwwwwダシとれるwww」  ……手の甲を舐めて、快哉を上げていた。  結論から言えば――セニオがコピーしたのは、霊刀アメノハバキリ、『参謀喋刀 アメちゃん+98』の保有する全ての能力である。  その体には現在、能力を意味する六つの『印』が刻まれているのだろう。  もちろん、彼は複数の能力を同時に使うことも出来なければ、魔人が能力とは別に保有する特殊な武器や道具をコピーすることも出来ない。  何故そのようなことが起きたのか?    第一に、『アメちゃん』が言葉を発した時点で、セニオは彼を単なる「すごい道具」ではなく、「意志のある存在」に、更に言えば「刀型の魔人の一種」として認識したこと。器物型の魔人は今トーナメントにも参戦しており、ありえない話ではない。実際『刀の付喪神』である彼女は、魔人といえなくもない存在だ。  第二に、『アメちゃん』の保有する能力は、当人が雨弓に言った通り、切り替えやオンオフの効く「複数の能力」ではなく、それら全てが自動・常時発動型の「一つの機能」であること。  それは食べるとお腹がふくれるカツオブシ性であったり、竜への特攻であったり、壁を削る能力であったり、攻撃のダメージを服へと置換する能力まで合わせて、全てだ。  ハレルの涙を溜めた強い目線に、今更のように気付いたかのように、セニオは軽く、薄く、浅い口調でからかう。 「あ、怒ってる? 怒っちゃってる? いーじゃんいーじゃーんwwwロックでさあwwww  今までのおっかたーいドレスよりもお似合いですよwwwwすげーエロいs」 「黙って」  どごぉん、という轟音と共に、セニオの眼前の床が砕けた。  もうもうと立ちこめる土煙。  セニオの頬が、巻き上がった瓦礫と衝撃波で、裂ける。 「…………ちょっとだけど、よろしくね。『ロンギヌス』さん」  ハレルは、己の不埒な愛刀を、鞘に収めていた。  代わりの武器を、まるでペンのようにくるくると軽く回して、片手で保持する。  それは、長さ3.3メートルの、中ほどから二股に別れた、鋼の槍。  扉から入ってすぐの、壁の近くに掛けられていたそれは、かつて某アニメに出てくる武器を模して作られた、色物の美術品。  少女が、一瞬、目を閉じた。 「…………貴方への、メッセージ」  セニオの脳裏に、言葉が浮かび上がる。ラーニングだ。  ――魔人能力『刀語』。能力は精神世界での武器との対話。条件は直接接触。 「……『恨みはない。されど、客寄せとして作られた歯牙なき我を、一角の武器として扱って下さる主に応える為、貴殿を撃滅させて候』。……そこまで、恩に感じる必要、ないのに」 「ちょ、待」  静かな殺気に、セニオはいつものように逃げようとして、しかし、迷った。  壁掘削の力がある今なら、逃げようと思えばいつでも逃げられる。  それに何より、今の少女に攻撃を当てれば、ワクワクドキドキ、脱衣バトルが楽しめるのだ。これに挑まない男はいない。  ……当然、それは少女の殺る気バリバリの様子と比べればあまりに暢気で、下卑たというにも浅すぎる欲求(補足しておくと、レイプや強姦目的というわけでもない)だが、セニオは両者を同じ天秤に掛ける。  ハレルの怒り、羞恥心、それが転じた殺意、それら『シリアスな感情』を、彼は理解出来ないから。  何故なら、彼はチャラ男だから! 「オッケウェーイwwwwwたぁのしもーぜぇええ!wwww」  そう――彼の精神テンションは今! 大学の飲みサー時代に戻っている!  サークル歓迎会のその日の内に、廊下でミス新入生とよろしくヤってたあの時代に!  軽薄! 無思慮! そのセニオの毒牙が今、可憐な姫将軍ハレルに向けられる――! 「ゲブファ!?」  二股の槍に腹部を挟まれ、振り回され、天井に叩きつけられた。 「おっ、ご……ふげぇっふぉい!?」   落下してきた所を再び挟まれ、床に叩きつけられる。 「めこっぷす!?」  そのまま、中に刀剣群が収められたガラスの箱に頭から突っ込む。 「…………何か、言い残すこと、ある」 「ウェ……ウェー……イ……w」  壁の根元に叩きつけられた。顔面からぶつかり、ずる、と滑りおち、尻を突き出した間抜けな態勢のまま動かなくなった。  黄樺地セニオ。  敗因:チャラ男。 「――う、うう……」  はーっ、はーっ、と息をついて、少女はぺたんと座りこんだ。  破かれてしまった服を必死にかき集めるが、びりびりになってしまっているのだ、どうしようもない。  他人への気遣いを後悔などしたことはないが、まさかこんな風に利用されてしまうとは。 「……なんだ。予想通り、っつか。予想以上に苦労したみたいだな」  背後から声が聞こえた。ハレルは慌てて振り向こうとする。  だが、この相手に今の格好はあまりにも恥ずかしすぎる。耳の先まで真っ赤に染めて、あ、とかう、とか、曖昧な声を上げて、身をちぢこませる。 「あ、あの、その、コレは……」 「ちょっとちょっと! オニーサン! 乙女のヤワハダ見たらダメー! こんな格好の女の子と戦ったらマズいと思わないの!」 「あー、悪いな。それ、どうでもいいんだわ」 「え」  ハレルは違和感を覚えた。雨竜院雨弓。傘術使いの魔人警官。  少し戦闘狂の気はあるが、正々堂々とした戦いを好む、真っ直ぐな青年。  そのはずだ。 「チャラ男は、やられちまったのか?」 「……ウェーi……ウェー……w……」 「意識はあるか。ならよし。……水は、アレか」  男の手が、部屋の端にあった刀剣を掴んで、天井に放り投げた。  がしゃあん!  壊されたのは、天井にあったスプリンクラーだ。冷たい水が部屋中に降り注ぎ、ハレルが思わず身を震わせる。 「んっ」 「よし。これで、準備は整った」  そして、雨弓の笑みが……ぎしりと、軋んだ。  ハレルの背筋に怖気が走る。やはり違う。今の彼は、何かが、決定的に変質している。  彼女は、自らのその第六感に従った。アメちゃんではなく、セニオを倒したロンギヌスの槍を握り、雨弓に飛びかかった。 「雨竜院、さん――!」 「雨竜院? いいや、違うね。ここにいるのは」  部屋が、変遷する。 ◆       ◆  雨竜院雨弓は、その映像の名を知らない。  雨竜院雨弓は、その映画のタイトルを知らない。  かつて、警察の総力を以て規制された、一つの映画があった。  見た物全てが死ぬ、壊れる、魔人化する。  場合によってはパンデミックすらをも越える大災害に成りえたその悪魔の映画は、間一髪のところで、食い止めたというにはあまりに甚大な被害を出して、終結した。  雨弓は、その作戦に大きく関与はしていなかった。せいぜい身近な映画館に圧力を掛けた程度で、ましてタイトルなど知らされるはずもなかった。  だからこそ、その後、彼にとってはありふれた任務、過激な宗教団体の撲滅の際に見たその映像が、『それ』だとは、分からなかった。  それは、悪魔の映画の、劣化の、劣化の、劣化ともいうべき代物。  過激な宗教団体が手に入れた、悪魔の映画の、海賊版(無論、海賊版を盗み撮った当人は、視聴に伴い死んでいるだろうが)、その粗悪なコピー。その、ほんの断片。  だからこそ、雨弓はそれを見ても被害を受けなかった。  どころか感銘を受け、その感動は、この大会に参加する切っ掛けにすらなった。  ――そう、感銘を受けてしまった。あろうことか!  あろうことか。  ……『それ』は、彼の頭の中で育っていた。  断片にしか過ぎないはずのそれは、虎視眈々と、再び世界を狂わせるチャンスを窺っていた。  青年の心に棲みつき、宿木のように、青年の感銘と想像力を喰らって育ち。  ついさっき――美術館にあった、『原作の原画』の刺激を受けたことで、青年の意志を、趣味嗜好を、乗っ取っていた。  何故、そんな回りくどいことをしたのか?  『それ』の断片は、その途方も無い呪いとしての存在密度から、本能的に理解していたのだ。  この男。傘術使いの魔人警官は。荒々しくも義侠心に溢れたこの青年は。 「ああ……そうだ。刮目しろ。我が名は、ファントム雨弓」  『意図した映像を、世界に投影する力』を、持っているのだと――! 「能力作動。『&ruby(R.o.E.Phantom-Rouge){睫毛の虹/緋色の幻影}』。……上映、開始」  ――それは、世界でもっとも残酷な95分。 ◆       ◆  数年前。 チャラ男4『ゼッテェー読んでみろって! チョー面白いぜこのマンガ!』 チャラ男1『マっジでェー? オッケーんじゃ貸してッちょー!』 チャラ男4『これ読まなきゃ日本人じゃネーッしょJK!』  ~  チャラ男1『ヤッベチョー面白ェーかった! コミックス揃えっちまったよー!』 チャラ男4『だろだろ? ウェーイ!wwww』 チャラ男1『やっべーオレもーオタクだわー!wwオタクになっちまったわー!ww』 チャラ男1&4『『ウェーイ! ○○○○×○○○○、サイコー!』』 ◆       ◆  現在。 「っあ、ががが、ががが―――――!」  世界が崩壊しようとも軽薄を貫いたチャラ男の王は、頭を抱え、吐瀉物を吐き散らしながら悶え苦しんでいた。 『―緋色の幻影―』「友達なんか必要ない」緋の目「××× が持ってて!」かつての友の人形「一緒だぞ、×××」「人形みたい」暴かれた墓「君たちの目も私が貰う」奪われた目「×××になら裏切られてもいいよ」「怒りは生きてる証だね。だが、永遠ではない。」「魂呼ばい」元No.4「腐った林檎のように生涯を閉じろ!」「人形を宿せば、その念能力が使えるのだ!」奪われた目「まだ入れ墨があるから旅団と看做す!」「外の世界は…楽しかった?」        「ありがとう。これでやっと私は本当を生きられる」 「何だ、コレげげっ……ちょwががっ……マジキビし……wごご…………ぎ……」  悪魔の映画『ファントムルージュ』は、既に、一度目の上映を終了しようとしていた。  劣化の劣化の劣化を、光学的に再現しただけのもの。  まして音声すらない(台詞は字幕スーパー)以上、原典の破壊力とは比べ物にならないはず。   それでも、致命的だった。  大男が、ぱちりと指を弾く。再び始まる映像。  ファントム雨弓。即ち、世界全ての水分に悪夢の映画を投影する、生きた射影機の名であった。 「そう急ぐ必要はない。何度でも楽しめ」 「ちょマ↑テよ――マジ、かん、べ……げほっ!wいて……ww」  咳き込み、その度に胸部に激しい痛みが走る。既に体もぼろぼろだ。  上映が始まった直後、蹴りかかったセニオは、羽虫のように容易く迎撃された。  その前にハレルに受けたダメージも含め、チャラ男の軽く薄い心は既にぽっきりと折られていた。  今はただ苦しみに喘ぐだけだ。諦めていた。早く、早く終われと。頼むから終わってくれと。  この戦いが、試合が、もう敗けで良い、さっさと終われと、ただそれだけを願っていた。  なのに。 「ひ、く、ぅぅ……あああっ!」  それに耐えている、耐えてしまっている少女の存在が、それを許さない。  ばしゃあと、吹き飛ばされて転がる姫将軍ハレル。傍らにはロンギヌスの槍。  スプリンクラーの水に濡れて透けた、ボロボロのドレス。  その目は虚ろで、立てた足はがくがくと震えている。酷い有様だ。  その瞳からは、絶え間なく涙が零れ――その一滴一滴に、かの忌まわしき映像が投影されている。  目を塞ごうと瞼を閉じようと、眼球とは、澄んだ水分の塊だ。  原典を知らなくても意味は無い。  言ってしまえばファントムルージュは『映画の形をした呪い』そのものだ。その視聴は、精神と肉体に甚大な被害を及ぼす。 「あ、は、っ」  びくり。華奢な体がのけぞる。細い指先から力が抜け、少女は意識を失い――  ――そして、目に光を灯して、立ち上がる。  その指先は、鞘に収めた霊刀に触れていた。  セニオの目には見えている。ゼロ時間の意識の喪失を認識出来る。彼女が『能力』を幾度となく発動していることを。 「う……」 「ハ、レっち、まだ! まだ、ダメだって、まだ全然、抜けて、にゃ――」 「アメ。…………ごめん、ありがと。もう……休んでて、いいから」 「バカぁ……この、おーばか……ハ……レ……」  霊刀の声が、掠れて消える。  『刀語』。ハレルは、頻繁に刀剣の精神世界に避難することで、ファントムルージュの視聴による致命的な精神損傷に耐えていた。  だがそれも、ここが限界だ。  少女の精神から感染した悪魔の映像は、数千年を過ごした霊刀の精神空間すらをも侵していた。  いわんやハレルをや。避難は対症療法に過ぎず、むしろ飛ばし飛ばしに見ている分、苦痛の時間は数倍に引き延ばされている。  悪夢の幻像ファントムルージュは、真綿で首を絞めるように、じわじわと少女を苛んでいる。 「く、あぁああっ!」  気合とも悲鳴ともつかぬ声を上げて、ハレルは悪夢の原因たるファントム雨弓に向けてロンギヌスを振るう。  この一時間半の中で、既に二十回は繰り返されている、不毛な攻撃。  当然だ。現役魔人警官・雨竜院雨弓としての肉体は、今だ一撃のダメージも喰らっていないのだから。 「私は、絶対、ファントムルージュなんかに、負けたり、しない――!」 「怒りは生きてる証だ。だが、永遠ではない。……大人しく、&ruby(うんめい){上映}を受け入れろ」  雨弓の両腕に縄めいた筋肉が盛り上がる。だだでさえ巨大な傘が、その何倍の大きさにも見える。  逆袈裟に、武傘が振り抜かれた。 「――――ッ!」  声にならない悲鳴を上げて、ハレルが吹き飛ばされる。  鋼で出来たロンギヌスの槍がバラバラに砕け散り、石突が少女の胴を斜めに切り裂いた。 「あっ、がっ、うぅ!」  血の線を引いて、セニオのすぐ隣の壁に叩きつけられる。  ずるりと落ち、脱力する小柄な体に、ああ、ようやく終わりかよ、とセニオは安堵する。  だが、――少女の手は、また床を掻く。 「ハァ……ハァ……!」 「ちょ、ちょ待っゲホッwwおまっ……ねーっしょマジ!w 空気、読めってww」  立ち上がろうとする少女を必死に引きとめる。  どうしてそこまで耐えるのか、セニオは理解出来ない。 「ハレルちゃん、マジメすぎっしょー!wwwwユーテそこまでせんて普通」 「黙って……」  少女の瞳は、死んでいなかった。  ファントムルージュに、精神も肉体もボロボロに凌辱されながら、高貴なる姫将軍は立ち上がる。 「あなたには……分からない……私は……故郷を救わなきゃ……」  立ち上がる。肌に張り付いたドレス。華奢な肢体。血と雨と涙に濡れそぼった傷だらけの体。  セニオですら萎えてしまうようなみじめな姿だというのに、それは、泥の中の砂金のように、確かな輝きを放っていた。 「私は、立ち会えなかった……戦えすらしなかった……せめて――故郷の為に、死――」  セニオには理解出来ない。何故なら彼はチャラ男だからだ。  どれだけコミュ力を高めても、どれだけ頭を空っぽにしても。  どれだけ軽薄に他者の能力を真似出来ても――この輝きだけは、けしてセニオには再現できない。  《イエロゥ・シャロゥ》とは、そう言う名だ。この能力を使って初めて決別した、魔人となった元友人が――そう呼んだ。どれだけ見かけは似ていても、黄金にけして届かない、無価値なる黄砂の浅瀬。  チャラ男ゥストラはこう言った。『お前は、この世全ての『真剣』を理解出来ない』と。  この少女も、彼の友人だったものたちも、誰もが、セニオの届かない領域に居る。  厚く、重く、深いパーソナリティを抱えて。 「そうやって、そこで、寝ていればいい。軽口ばかり叩く人は、同じくらい、人生も、軽く、終わ」 「うっぜ」  ――それが、黄樺地セニオは気に入らない。  地面に手をつく。ひどく驚いた顔で、少女が振り返った。  視界にファントムルージュがちらつく。  『……になら、裏切られてもいいよ』  鬱陶しい。気に入らない。それもまた、彼の理解出来ないものの一つだ。  彼はチャラ男だ。シリアスなぞ知らない。シリアスなぞ理解出来ない。理解出来ないもので満たされたこの世界が、うざったくて仕方がない。  だからこそ彼は望む。チャラ男の文明の再興を。重苦しいもののない世界を。即ち、 「やっぱ、世界平和しか、ねーわマジで」  人類の長い歴史の中で、世界平和を望む人間が、どれほどいただろうか。  だが『ウザいから』という理由でそれを願う人間は、この青年――この人類最後のチャラ男以外に、居はしまい。 「あーそういや、最近24時間TV見てねえなあwwアレ好きなんだよなあ。ホラww地球を救うのってやっぱ愛じゃんじゃぁーん?ww」  そんなぼやきと共に、セニオは指を伸ばした。ハレルが何か言う前に、その目元に触れた。涙を拭うような仕草だった。 「な」 「『セット』『睫毛の虹』」  ばあ、と視界が開けた。  逆立った黒髪のハンターの少年が消えた。卑屈な白髪の暗殺者の少年が消えた。  病的な体格の人形使いの男が消えた。その人形が消えた。  忌まわしい映像が、全て消えた。  焦点を取り戻したハレルの澄みきった碧眼が、セニオの濡れた金髪を映した。 「これ、は……」 「――ウェーイ成功wwwwダイッジョブダッテww協力プレイで行きまっしょい?www  テンションアゲ↑アゲ↑ウィッシュ!wwあ、でもマジでヤバかったらオレバックれっからそこらへんシクヨロww」  セニオのコピーは、出力では完全にオリジナルと互角になる。  そして『睫毛の虹』の効力は『幻覚を見せる』ではない。水分の屈折率の『操作』だ。  同じ映像を作り出すなどとなると技量の差が出るが――あちらの幻覚をキャンセルするだけなら、十分に可能。  それに気付いたファントム雨弓が、憎らしげに顔を歪ませる。 「貴様……。チャラ男風情が、偉大なるファントムルージュを否定するか」 「うっせwwwwオレはデートの時はオケるかヤドるか(※カラオケに行く、ビリヤードをする、の意)なんだよwww映画とかパソで落とせばいいっつのwwww」  何一つ変わらない、軽薄、浅薄、希薄そのものの言葉が、新たな戦線の開幕だった。  ハレルはしばしの間、逡巡していたようだが、とにかくファントムルージュがなくなったことには変わりは無いと判断したようだった。 「……好きに、すればいい。私もそう、する」 「マジでwwwwアウトオブ眼中ひっでえwwwwでもオーケイオーケイww」 「無意味な抵抗を」 「――姫将軍ハレルア・トップライト、推して参る」  ハレルが突貫する。  ファントムルージュが消滅したことで、その動きは明らかに良くなっている。  しかし万全と言うならファントム雨弓の方が遥かに万全。  彼は悠々と迎撃に傘を構え――だが、その時! 「『セット』! 『ポータル・ジツ!』イヤーッ!www」 「む!」  ――特に何も起こらない!  咄嗟に身をかわしたファントム雨弓は、試合前に見たチャラ男の能力概要を思い出す。  確か、能力を最後に見た時から二時間。  ファントムルージュ上映もあり、既に奴がポータルを通ってきた試合開始から二時間は過ぎている。高度なブラフ! 「え?wwwあ、凡ミスソーリーww気にしないでウェーイwwww」  ただ覚えていないだけだった。  だが、無理な回避で態勢を崩した雨弓に、ハレルの斬撃が入る。 「ぐっ……」  咄嗟に大傘を手放した。どのみちダメージなど食わないのだ、両の拳でカウンターを狙う。  だが、ハレルの霊刀は、最初からファントム雨弓自身を狙っていなかった。  切っ先は稲妻の如く閃き、浮いた大傘を打ち飛ばした。 「な、ちぃ!」  ファントム雨弓は即座に裏拳でハレルを打ち払う。傘を弾いた所にまともに頬に受け、少女の矮躯が吹っ飛ぶ。  彼はすぐさま踵を返し、宙空を緩やかに落ちる己が武傘に手を伸ばす――  ――それが、横から掻っ攫われた。 「スンマッセェ~ン、ちょいコレ借りまあ~す!」 「黄樺地ィ!」  魔人の三倍の脚力で飛び上がったセニオが、眼下の雨弓を見下ろす。  彼はチャラ男の中のチャラ男、雨が降った時に他人の傘を借りパクすることなど十八番だ。  しかし、セニオが奪ったのは単純な剣や槍とは違う。  武傘は雨竜院家に伝わる秘伝、初見の者がやすやすと使いこなせるほど安易な武装ではない―― 「『セット』ォ! 『刀語』ィ!」  ――邂逅は、一瞬で果たされた。 「……オッケオッケリョーカイwwいや、任せとけってクズリューさぁんwwオレチョー頼りになるからホントww」  セニオは空中で、ぎこちない仕草でその持ち手を捻る。  がしゅん、と武傘の先端が動く。布が下がり、親骨が露出し回転。鋭い円錐形の『弾頭』が生み出される。  武傘『九頭竜』、その奥の手。超高圧ガスによる先端の高速放出。  誰よりも雨弓が知っている。それは、戦闘型魔人すら即死させる威力を誇るのだと。 「チィ!」  立ち止まったファントム雨弓が、足元の物をつかみ取った。  先程破壊された、ロンギヌスの槍の残骸だ。大きく残った穂先を、セニオに投げつけようとする。  その槍が、粉々に砕け散る。 「……ごめんなさい。ありがとう」  背後を見る。姫将軍の少女が、装備のみを破壊する霊刀を、ファントム雨弓の背中に突き立てていた。  謝罪の言葉は、砕けゆく武器に告げたものか。  同時にその怪力がファントム雨弓を抑え込む。空から、セニオが照準を合わせた。 「ハレル! 貴様ら……!」  ファントム雨弓は対応しきれない。あまりにも的確な、図ったようなコンビネーションは、しかし示し合わせたものではない。  誰よりも先に死地に踏み込み、この期に及んでなお敵の討伐ではなく迂遠な無力化に専心するハレル。  なるべく自分は遠巻きに、危険に関わらず、さっさと楽に勝って終わらせたいセニオ。  両者の対照的というにもほどがある戦闘スタイルの差異が、ここにきてある種、理想的な一致を見せていた。  ファントム雨弓が奥歯を噛み、叫んだ。 「愚か者どもが! あくまでも受け入れぬか! この、緋色の幻影をォ!」  再び展開される、悪夢の映画。  すぐに、セニオは相殺しようとす緋色緋色緋色緋色幻影幻影幻影本当を生きる裏切られてもいいよ緋の目オモカゲソウルドール雑な設定行き当たりばったりの戦闘女々しいキャラ原作に不実な戦力差自殺未遂雑な設定幻影幻影幻影緋色緋色緋色わたわたたたわたたたたたたしししはしはははは本当を本当を本当を生き生き生き生き生き生き生き生き生き生き 「うあ……!」「くぉwwwぐへぇっ!?www」 「腐った林檎のように生涯を閉じろ! 自らの生ぬるい血で溺れ死ぬがいい!」  土壇場にきての高速上映。セニオの態勢が崩れ、ハレルの体が力を失う。  ファントム雨弓が吼える。  彼ら二人に、否、この試合を見ているはずの全世界に向けて、高々と宣戦布告を行おうとする。 「いいか! ファントムルージュを受け入れぬ者『――いい加減にしろ』など、……!?  世界に存在『俺の戦いを』してはな『邪魔』らないのだ『するんじゃあ、ねえッ!』――何ィっ!?」  幻影が、消える。  姫将軍が力を取り戻す。持ち直したチャラ男が落ちてくる。  竜の名を冠す武傘を、でたらめな構えで、しかし確かに固定する。雨弓が空を見上げた。 「やめ『やれ、黄樺地ィ!』」  轟音。 ◆       ◆ 「っ」「――――」  同心円状の衝撃波が、ハレルとセニオを吹っ飛ばした。  速射砲めいた、馬鹿げた威力だった。個人武装の域を超えている。  その着弾によって舞い上がったガスや埃、水滴が、霞の塊となって部屋の中央に現れた。  ハレルとセニオが、それぞれ同時に真逆の位置の壁にぶつかり、そして同時に靄に隠れた中央を見据えた。 「――……へっ」  霞が、晴れる。  ――その中心で、左肩から胸元まで抉られた雨弓の巨躯が、ぐらりと傾いだ。  血だまりが大きな水音を立てた。歪な大の字のシルエット。 「……雨竜院、さん」  ハレルが立ち上がる。血の跡を垂らせながら近づき、うわ言のように呟く。 「バカな『黙れ』、フ、ファントムルージュを『あーあー黙れ黙れ。人のアタマ使って好き勝手しやがって』」 ――「……チッ、我ながら情けねえぜ。だが一応、上に報告しとかねえとなあ。あの映像媒体、押収してたっけかな」  雨弓が傍らのハレルを見上げて、快活に笑む。ファントム雨弓ではない、雨竜院雨弓の笑みだった。  半身を抉られた巨躯。その口元から派手に血を吐いた。だが、言葉にそこまでの乱れはない。呆れた魔人耐久力だ。  同じ頃、やや遅れてひょこひょこと足を引きずって近づいて来たセニオに、問いかける。 「おいチャラ男ォ。九頭竜、なんて言ってた」 「あーもー……チョーイッテェ……wパネすぎだろ……wwえ? ああクズリュウちゃん?w  ――なんかアレだってwwwこうwwwアレ? 止めてくれ的なアレwwww」 「……ハレル、悪ィ、後で九頭竜に謝らせてくれ。初めて会話した相手がコイツとか、俺が九頭竜だったら絶対キレる」 「…………あ。は、えっと……」 「……良ければ、また、戦ってくれよ」 「……はい。待ってます」  ハレルが朦朧としながらも、しかしはっきりと答えた。  溢れる血だまりは、既にセニオたちの足元にまで広がっていた。 「……アイツが見てたら、怒るだろーな……ま、せっかく死ぬんだし、こってり、絞られてくっかね……」  その言葉を最後に、ゆっくりと、雨弓は目を閉じた。  ファントムルージュに精神を食われながらも、しかし最後の最後でその支配を自ら破った益荒男の、安らかな死に様であった。 「――――」 「…………」  そして、残るは二人。  片や姫騎士の長。霊刀を自在に操る、高貴なる姫将軍。  片やチャラ男の極。軽薄と浅薄と希薄の化身。 「――私、は……!」  ……だが、ことここに至り、勝敗の帰趨は明らかだった。  消耗の度合いが違う。世界でもっとも残酷な95分を駆け抜けたハレルの体と心の損傷は、その間諦めていたセニオとは訳が違う。  武傘で抉られた傷から流れ出る血液。  とっくの昔に限界を迎えていた。今だ彼女の脳裏にはあの忌まわしい映像の記憶がちらついている。それで今後の試合が満足に進められるはずもない。  結果的にだが、漁夫の利を奪われた。悔しい。辛い。情けない。 「嫌だ……私は、故郷、を……」  意志に、体がついていかない。悔悟と苦悶に表情を歪め、少女の矮躯が、ゆらりと倒れる。 「ウェーイ、オツカレーィ」 「……!」 「――っと、ダイッジョブダッテw」  セニオが、気安い言葉とともに、それを受け止めた。  彼とて、ダメージがないわけではない。抜け目なくハレルの腰に回した指先など、よく見ると複雑骨折している。武傘の先端射出の反動だ。  だが、チャラ男の手や腕の筋肉は、女の子への誘い、スキンシップ、セクハラ、壁ドン――抱きとめる、などの用途にのみ最適化されているのだ。  それは半ば自動的ですらある、習性だった。 「オレの願いw……wのついでに、アンタの願いも…… 叶eときゃw――wEじゃん?ww」  だから、そこから続く言葉、掠れ掛けた声でなお軽薄に流れ出る言葉も、ただの軽口に過ぎない。  こんな場での口約束に意味などなく、まして優勝を確約出来る者など、どこにもいない。相手がセニオならば尚更だ。  ハレルとて、それは分かっていた。嫌と言うほどよく分かっていた。 「……ほん、と……ですか……」 「え?w……wああ、ガチガチ超ガチっsuよwwオレの願い世界平和だしwイケるっしょww」  セニオは、壊れたラジオのようにチャラい台詞を続ける。  彼の喉が枯れ、声が出なくなり、疲労で気を失うその瞬間まで、それは続くだろう。  何故なら彼は、世界が滅んでも軽薄で有り続ける、チャラ男だから。 「でさ、全部終waったら遊ばなi?www嫌なこto全部忘reてwwww楽――」 「…………そ、う……」  ハレルの体が、重みを増した。少女はチャラ男の腕の中から滑り落ちて、床へと倒れた。  セニオにも、再びそれを引き上げる力はなかった。腕の中から少女が倒れたことにすら気付いていないかのように、虚空に向けて言葉を続ける。 「ちょwhrlちゃ……wダイッジョブダッテ、マジでwwオレ、女の子との約束w……w破ったこと、neー、もんw……w」  倒れた少女は、もう何も答えない。  軽薄で浅薄で希薄な言葉は、いつだって、真剣な人間の鼓膜を上滑りする。  ――ただ、それでも。  ハレルの表情は、倒れる直前に比べて、ほんの少しだけ、和らいでいたようにも、見えた。 ◆       ◆ 【ザ・キングオブトワイライト 第一回戦 第五試合】 脱落者:雨竜院雨弓 敗因:奪われた武傘による心臓破壊 脱落者:姫将軍 ハレル & 参謀喋刀 アメちゃん+98 敗因:睫毛の虹/緋色の幻影による消耗 勝者:黄樺地セニオ 勝因:チャラ男 } &font(17px){[[このページのトップに戻る>#atwiki-jp-bg2]]|&spanclass(backlink){[[トップページに戻る>http://www49.atwiki.jp/dangerousss3/]]}} ---- #javascript(){{ <!-- $(document).ready(function(){ $("#main").css("width","740px"); $("#menu").css("display","none"); $("#ss_area h2").css("margin-bottom","20px").css("background","none").css("border","none").css("box-shadow","none"); $(".backlink a").text("前のページに戻る"); $(".backlink").click(function(e){ e.preventDefault(); history.back(); }); }); // --> }}
#divid(ss_area){ *第一回戦【美術館】SSその2 《ザ・キングオブトワイライト 第一回戦 第五試合 説明》 《会場:美術館》  美しい絵画や力強い彫刻など、多数の美術品が展示された施設。  参戦者は以下の三名。 《雨竜院雨弓》 スペック:筋骨隆々の大男 傘術使い 魔人能力:水分を媒介にした光学性幻覚 望み  :戦いを楽しみたい 本当を生きたい 他にも? 性格  :気の良い兄ちゃん 戦闘狂 備考  :現役魔人警官 《黄樺地 セニオ》 スペック:チャラ男 身軽 魔人能力:他者の魔人能力のコピー 性格  :チャラ男 軟派 望み  :世界平和 備考  :チャラ男 《姫将軍 ハレル & 参謀喋刀 アメちゃん+98》 スペック:姫将軍 剣とダンジョンの異世界出身  魔人能力:武器との精神空間での対話 時間経過のない精神空間での修行 望み  :滅んだ故郷の救済 性格  :姫将軍 堅物 やや影がある 備考  :姫将軍 アメちゃんは霊刀アメノハバキリの付喪神 ◆       ◆(以下、本編)  その戦いは、それ自体が既に、一個の美術品だった。  片や長刀を携える少女。  片や大傘を背負う大男。 「ッ……!」「――ィッ」「スゥ――」「……!」「ォオ――」「――シィッ!」  霊刀の刃と特殊合金の親骨(※傘の布部分を支える骨のこと)が打ち合わされ、衝撃が窓ガラスを揺らす。  美術館。目高機関が総出でかき集めたのだろう、中にある品は千差万別で、現代芸術、陶磁器、絵画、銅像、宝石細工、フィギュアや漫画家の原画まで。  そのどれもが、世界崩壊前ならば数千万円は下らない、あるいは値段もつけられぬ逸品揃い。  だが国宝級の陶磁器も、狂気を秘めた絵画も、精緻極まる宝石細工も、その二人の戦闘に気後れしたかのように、今はその輝きを潜めている。  たった二人の人間の戦闘の存在圧力が、空間そのものを埋め尽くしている。  人間?  否――『魔人』だ。 「いいねえ! んじゃあ――コイツはどうだ! 『雨流/虹』!」  突如、無数の傘が広がり、少女の視界を、部屋の空間のほどんどを覆い隠した。  増え続ける傘は、しかしほとんどが、大男の能力『睫毛の虹』による幻覚だ。  傘を携えた大男が、傘の群れの中に紛れ込む。少女が中心に一人残される。  だが、空気中の水分を媒介とするこの能力は、屋内では万全に働かない。幻覚の傘はその多くが、末端がほつれ、薄れている。  少女は周囲を凝視して、傘の弾幕の真贋を見極めようとし――すぐに、その過ちに気付く。 「くあ!」  次の一撃は、虚空より来た。  屈折率操作による、疑似透明化。少女はその不可視の一撃を、優れた第六感により、かろうじて霊刀の鎬で受ける。  軋む細腕。傘部よりも突き出た石突が少女の肩口を掠め、空中に血の線を引いた。  雨竜――傘を広げての突進は、大男の巨躯もあり、大岩の衝突にも匹敵する。  力はほぼ互角。だが、少女が持つスキルとしての怪力には、押し合いの際の要である体重が伴わない。 「っ……!」  吹き飛ぶ少女。背後は、部屋の角。袋小路だ。  同時、傘が閉じられる音、強く地面を蹴る音。  大男は姿を隠したまま、少女が壁に叩きつけられた所に更なる追撃を加える心算なのだろう。  少女は体を丸める。衝突のダメージを弱めるため、ではない。彼女は空中で前傾し、霊刀の剣先だけを、脇下から背後の壁に向けたのだ。 「アメ!」 「がってんショーチだよっ!」  壁が、散り散りになった。  刃先が触れた一点を中心として、一辺一メートル半ほどの四角形の形に、風化するように消えた。  彼女の持つ霊刀『参謀喋刀 アメちゃん+98』の持つ無数の能力の一つ。それは、まるで仕切られたマス目を埋めるかのように、一刀につき、決められた分だけの壁を掘る力。  少女はそのまま穴を通って隣の部屋の中へと吹っ飛び、ざっ、と華麗に着地する。  隙を晒したのは、追ってきた大男の方だった。  壁の穴は、大男が通るにはいささか狭い。そこを強引に通過した結果、ほんの僅か、突進の態勢が崩れ、その輪郭が露わになる。  しん、と。少女が床を蹴った。  猫のような前傾姿勢から加速。居合にも近い掬い上げる一撃が、大男の脇腹を捕えた。 「オオオッ!」  咄嗟に男は傘を手放し、力任せの掌底で、装甲に護られた少女の胸を殴りつける。  少女は刀を引いて、バックステップで飛び下がる少女。こほこほ、と息を吐く。ダメージは軽微。 「――ったく。すげえな、アンタ」 「…… あなたも」  宙空の傘を掴む手が、虚空に出現した。  その手から、あぶり出しのように姿を現した大男――雨竜院雨弓がにやりと笑う。  伊達男めいた甘いマスクに、その印象を真っ向から斬って捨てる2m超の筋肉質の巨躯。迷彩柄のジャケットに、背負うは異形の傘、武傘『九頭竜』。  態勢を立て直した少女――姫将軍ハレルが、意志の強そうな釣り目を細めた。  結い上げた金髪。華奢だが女性らしさを覗かせる小柄な体を包む装甲ドレス平服甲冑。構えるは、数千年の時を経た神々しき霊刀『参謀喋刀 アメちゃん+98』。 「だがなァ、その『手加減』、解除できねえのか?  ただでさえガキ相手だってのに、これじゃあ勝ったところでカッコ悪くて家族に会わす顔がねえ」  雨弓が眉をひそめた。間違いなく霊刀が切り裂いたはずのその脇腹には、傷一つ無い。  ただ代わりに、その周囲には、無惨に引き裂かれた対魔人戦闘用防弾チョッキが、無数の欠片になって舞い散っていた。雨弓がジャケットの上に羽織っていたものである。  壁に引っ掛けた? そんなわけはない。下手なショットガンくらいなら止める特注品だ。  それが、まるで内側に火薬でも仕込んであったかのように、一律に、均一の大きさに引き裂かれている。 「出来たら苦労しないよ! だから言ったじゃんハレっち! 気遣うのはヤメローッて! もう!」  答えたのは少女の持つ霊刀、アメだった。幼女のような甲高い声だ。  彼女(?)には現在、『斬撃のダメージが装備品に置換される』という奇天烈な能力が備わっている。  相手ではなく、相手の武装のみを殺す能力。だが、雨弓にとってはたまったものではなかった。  服程度ならともかく、彼にとって武傘『九頭竜』は無二の武装だ。死亡の危険がないこの大会においては尚更である。  だがそれは、ハレルにとっても不都合なものである。  先程のようなカウンター、あるいは苦し紛れの相討ち狙いの一撃で、少女は一方的にダメージを受けるのだ。 「……大丈夫、です。それも含めて、私の実力として受け取って貰って、構いません」  だが、ちきり、と霊刀を構えなおし、ハレルは告げた。そこに迷いや後悔の色は無い。  彼女は誇り高き姫将軍。自ら定めた覚悟を、時や場合で撤回する安い戦士ではない。  同じ戦士の本能から、それを感じ取る雨弓。楽しげに、唇を歪める。 「……失礼した。ガキってのは訂正だ。悪ィな、ハレル。不調法者でよ」 「…………ううん。……貴方の殺気は、とても真っ直ぐで、気持ちいい。初戦で、あなたみたいな人と戦えて良かった」 「おいおい、そういうイカした口説き文句は、――勝ってから言うもんだぜ!」  雨弓が軽口と共に傘を引く。さながら歌舞伎役者の如く、その構えは豪放でありながら精緻の極み。隙の一つも見当たらない。  同じくハレルが、霊刀を正眼に構える。王道の基本形。しかし彼女が行えば、それはさながら一枚の名画の形を為す。  互いの気合が、空気を弾く。この美術館にあるどの作品よりも、それは刹那的で、触れ難い美しきものだった。  ……やがて。  二人の間に、巻き上げられた雨弓の上着の切れ端が、かさりと落ちた。  両者が床を蹴った。 「お! 二人ハッケーン!w チョー探したっつのー! もー見つかんねえとかマジ勘弁! ディプロっちゃんが試合会場間違えたかと思ったしー↑」  部屋の扉が開かれ、美しさなど、微塵も理解しない存在が姿を現した。  金髪長身、だるんだるんのタンクトップにジャケット、ハーフパンツ。耳には三連ピアス、腕にはもっとシルバー巻くとかSA。  チャラ男の権化、黄樺地セニオ。三人目の魔人、突如のその介入を、 「「――――(来たか)」」  互いに向けて突貫する両者は、当然のように予測していた。  これはバトルロイヤルなのだ。二人が全力で戦っていて、残った一人が漁夫の利を狙わないわけがない。  ハレルはほんの数%、注意を割り振った。それで十分だった。  彼がどれだけの速度で割りこんできても、速やかにカウンターを取れるだろう。  雨弓は、幻覚能力の使用を止めた。それで十分だった。  魔人警官である彼は、コピー能力者に対する対策も学んでいた。すなわち、能力をコピーさせなければいい。  それで詰み。  武闘派魔人の極地たる二人の戦いに、魔人とはいえただのチャラ男が干渉する手段は――存在しない! 「んじゃ『セット』『ポータル・ジツ』! イヤーッ!ってかwwww」 「「!?」」  直径三メートルほどの真っ白な『穴』が、二人の視界を塞いでいた。  それは、異空間への道。異界への扉。参加者たちを会場へと送り届ける、双子の魔人『ディプロマット&アンバサダー』の魔人能力。  別の場所へと通じるワープホールを創り上げる力。  しかし、生身で行けない場所ならばともかく、『使用者の三割が死ぬ』というリスクを推してまで利用する者は少ない。  実際、二人は自前の移動手段でこの美術館に来ている。  しかし、このチャラ男はそれを使った。そしてコピーした。  雨弓のような豪放ではない。ハレルのような覚悟でもない。リスクを考えない浅薄さ。徒歩を面倒くさがる軽薄さ。  だからこその奇襲。 「ぬお、おおおおお!」  雨弓は咄嗟に、傘を開いて背後に回した。半球状の武傘が莫大な空気抵抗を生み、速度を殺す。  間一髪。巻き上がった前髪が僅かにポータルに入り込み、その消滅と同時に削られた。 「とっ!」  ハレルはポータルと、その奥の雨弓を前宙で飛び越えた。  だが雨弓よりもそのタイミングは際どく、着地が乱れて床を転がる。  慌てて立ち上がろうとした、その手首が取られた。下品なシルバーをじゃらじゃら巻いた腕だった。 「おうおうおおうおおうおうーーーう♪ もっしかせんでもチョーマブいじゃぁん!  ハレルちゃんだっけ? チュリッス! ハジメマーシテェ! カワウィーネェー↑  どう? 試合終わったらアソばない? イヤーなことゼンブ忘れ楽しもうぜェー♪  いやいや変なことシナイって!wwダイッジョブダッテwww」  セニオは、一瞬でハレルの傍に回り込んでいた。  通常の魔人の、更に三倍の脚力。だが、それだけではない。  チャラ男の手や腕の筋肉は、女の子への誘い、スキンシップ、セクハラ、壁ドンなどの用途にのみ最適化されているのだ。  顔が近い。にやにやとした笑み。雨弓の、獰猛だが気持ち良いそれとは比べ物にならない、ただ軽薄で、浅薄で、ひたすらにハレルにとっては不快なもの。 「は? え、う……」 「ハレっち! 無視して! さっさと斬る斬る!」  戦闘中らしからぬ様子で浴びせられた、解読できない不可解な台詞に目を白黒させるハレル。  その思考による硬直を、途方もないほど前向きなチャラ男コミュ力で『了解』と受け取ったセニオは、流れるような動作で少女の腰に手を回す。 「お、マジ? よさげ? んじゃイッチャウイッチャウ――ウェエエエエエエイ!?」  瞬間、ハレルが、渾身の剣撃を叩き込んだ。  完璧な一撃だった。至近距離からの巨大な月牙めいた一閃が、セニオの服を一瞬で塵屑に変えつつ、やってきた入口から吹っ飛ばした。 「…………」「…………」  息を切らせたハレルが、触られた腰を何度も手袋の甲で払う。  男性経験の乏しい姫将軍の細い腰は、異性が触るにはあまりにデリケートな場所だったのだ。  雨弓は、曰く言い難い表情を作っていた。  突然現れ、奇襲を決め、そして即座に吹っ飛んでいった存在に対する対応を決めかねていた。  やがて、ハレルが俯いたまま、ぼそりと呟いた。 「……なんで、こんな能力つけちゃったのかな、私……」 「ここでそれ言うのかよアンタ……」 「……すいません。ちょっと、後で」  ざん、とハレルの姿が消えた。恐らくセニオを追ったのだろう。 「おい待……ちっ。だが、ポータル使えるとなると面倒だな……」  やや遅めの歩みで二人を追って部屋を出ながら、考える。  雨弓も、ハレルも、その戦闘能力の大半は能力によらない武術によるものだ。まともに相対すれば、セニオに負ける道理はない。  しかし、対魔人戦闘において人格の相性はそのまま戦闘の相性に直結する。そして先程の通り、セニオはいわゆる『意外性』に特化したタイプの魔人だ。  真面目そのもののハレルのような人物にとって、天敵とすら言える。  先程までの交錯で、十分に分かっている。ハレルは難敵だ。あの手加減を含めても、勝負は相当に際どいと言っていい。  雨弓とて願いはあるし、優勝も狙ってもいる。セニオが、ハレルを倒すまではいかなくとも、痛手を与えてくれれば、勝率は一気に跳ね上がる。  ただ、同時にこうも考える。  果たして、セニオとハレルと、それぞれ一対一で戦う場合、どちらが楽しいか。 「しゃあねえ、やっぱりここは――、――……ん……?」  ふと。  足を止めた。 「…………」  ずうん、と。遠くから地響きが聞こえた。  ハレルが暴れているのだろう。同レベルの使い手である雨弓が受け止めなければ、彼女の保有する暴力は、この狭い美術館には過剰すぎる。  美術館それ自体を壊しかねない震動。  しかしそれを、まるで意に介さず、雨竜院雨弓は佇んでいた。  ただ佇んでいたのではない。彼は壁の一点を見ていた。  『それ』を見上げていた。  『それ』がなにか、分かる者は、ここにはいない。  『それ』は、ある絵だった。  雨竜院雨弓はその前で立ち尽くしていた。  生まれて初めてモナリザを見たラファエロのように。  『それ』は、あるイラストだった。  『それ』は、ある漫画だった。ある漫画の、作者直筆の、原画だった。  更に言うなら――『それ』は、ある映画の、原作の、原画だった。  雨竜院雨弓はその前で立ち尽くしていた。  邪神の像に生贄の心臓を捧げる、敬虔なる狂信者のように。 ◆       ◆ 「ちょちょちょwwwwwちょ待っちょ待っちょ待っマジ勘弁www」  常人の三倍の軽薄さで、セニオは一目散に逃げる。その服装は現在、穴だらけのタンクトップにハーフパンツという斬新なものである。  片手首に切っ先が掠る。瞬間、セニオの両腕のシルバーアクセサリーが弾け飛んだ。 「ギリセェ(※ギリギリセーフの意)!? wwwウェイウェイなになにいったいドゥーなってんのwww まあ露店の安物だし三万くらいだからまた買うけどサァー!ww店員さんちょっとはマケてくんねっかなッー!ww」 「………いいから、おとなしく、負けて」 「ちょワケ不明wwwべっつにいーじゃぁん触るくらい!wwwスキンシップっしょ!wwふれあい!ww」 「黙れチャラ男! まだハレっちはネ、男の子の手を握ったこともないの!」 「……アメ、余計なこと言わないで」 「うお刀が喋った。……え、ナニ、じゃあ未経験? その年で?」  セニオの笑みが珍しく消え、眉が一瞬でしかめられた。 「処女とかマジ勘弁。どーりでめんどくせえと思ったわw誰か食ってくれる奴いなかったの?w」 「――――ッ!!」  無言で激昂する少女に、セニオは溜息一つ、軽薄な笑みを取り戻して向き直った。  そこは狭い一直線の廊下。左右は、絵画が掲示された壁。かわせる場所はない。  めちゃくちゃ可愛いのにもったいねえなあ、と心から思った。彼はチャラ男だった。 「イヤーッ!ってかwww」  ポータル門を構築する。  しかし少女は、それを『横』に避けて容易くかわした。  左右の壁が、霊刀の切っ先が触れた先から、風化するように消滅していく。 「は!?wwwちょパネエwww反則っしょww」  ポータル門は取り回しが悪い。思わず下がった背中が次の部屋への扉に当たる。  袋小路。一直線に壁を切り裂きながら迫ったハレルが、剣を振り被る。 「っちょ待っストップ、フゥ――――ッ!?」  ゆえに彼は叫んだ。今この瞬間に、咄嗟に『見えた』もの名を。 「『セット』ォ!『参謀喋刀 アメちゃん+98』!」 「なっ……!?」  壁が、散り散りになった。  青年が横に伸ばした手を中心として、一辺二メートルほどの立方体の形に、壁が風化するように無くなった。  セニオはその壁の穴に飛びこんだ。ハレルが振り下ろした剣は、セニオが背にしていた扉を無惨に破壊して、外れる。 「おっしゃ!wwってうわマズっwwwあっち行ってッちょ!wwwww」  セニオは倒れ込んだ態勢から両手を地面につくと、ドロップキックの要領でハレルを蹴っ飛ばす。 「こほっ」  ハレルは側面に受けたこれを堪える。魔人の三倍の脚力。直撃してしまったが、思った以上に威力はない。どこに攻撃が当たったのか分からないくらいだ。  セニオは、壁の中に出来た穴の中に倒れている。当人が言った通り、状況は何も変わっていない。身動きの取れないネズミだ。このまま袋叩きに――その時。  ぱきん、と音を立てて、ハレルの髪留めが割れた。  次いで、姫将軍の証である『平服甲冑』の装甲部が、突如砕けた。  金髪が広がり、胸、足、腕の手甲が外れ、中のシンプルだが上品な装丁のドレスだけになる。  即座に、彼女は理解してしまった。  今、自分が、何をされたのかを。 「え――あ! ま、や」 「ウェイウェーイマジwww勘弁してっちょ!wwww」  追い詰められたネズミであるセニオは、必死に抵抗した。  ハレルの足を蹴る。腹を蹴る、肩を蹴る、胸を蹴る、腕を蹴る。でたらめで、体重のこもっていない一撃。  だが、ハレルは両腕で体を抱え、それらの蹴りから必死に身を庇う。そうせざるをえなかった。 「ショウッ! トォウッ!wwwギリセギリセwwwマジデンジャラス!ww」  ある程度蹴ったセニオは、少女の隙をついて、飛びこむように隣の部屋へと逃げ出した。  天井から下がったプレートには『世界の刀剣展』と掛かれている。美術目的の武器関係のフロアらしい。  すぐに振り返るが、何故か追手の少女は、その場に蹲ってしまったまま、動かない。 「ん?wwどしたんハレルちゃん? そんな強く蹴っちゃった?wwゴメゴメwww」  近づくと、や、と小さな悲鳴を上げて、自らの体を掻き抱いて、小さく蹲るハレル。  そこでセニオは、ようやく自分が咄嗟にラーニングした『能力』の内容を把握する。  脳裏に浮かんではいたが、長かったので読み取る暇がなかったのだ。  彼はまず、その『内容』に目を見開き、少女の様子を確認し、何度か頷くと、  少女が持つ霊刀を指差した。 「そこの刀! GJ!wwww」 「チャラ男! GJ! ――あ、ゴメン、うそ! ハレッちうそ! 眼福とか思ってなアガガガガガヤメテ! ヤメテ!  あっそこだめそこ弱いのぉー! ゴメンなさいゴメンなさいでもハレっちいっつも同じドレスだしィ!  たまにはビキニアーマーとか着てみればいいのにとかあっそこっらめえええええ!」  快哉を叫びかけた霊刀の柄のあたりをゴリゴリ抉り回した後、ハレルは胸元を両手で隠しながら、内股で立ち上がる。  少女の全身を覆っていた清楚で上品なドレスは――今やほとんど原型を留めていなかった。  貞淑なロングスカートはギザギザに深いスリットが入り。  ふんわりとした長袖は、手首回りだけを残して白い肩と腋が眩しいノースリーブに。  庇っていたからか、胸元こそ穴は少なめだが、背中や腹部、首元は均一に引き裂かれ穴が開き、へそや鎖骨、背筋が露わになっている。  平服甲冑はもはやその意味を為していなかった。  それに隠されるべき、仄かに桃色を帯びた白い肌と、最後の砦である純白のレースの下着の端々が、ドレスの隙間から惜しげもなく晒されていた。  その胸は標準的である。 「こ、の……!」  キッ、と若干涙目ながらも、強い視線で憎き仇を見据えるハレル。  しかし、その凛とした力の強い瞳に対し、露出度の上がったダメージジーンズならぬダメージドレス姿が、なおさら倒錯的な雰囲気を醸し出してしまっていた。  一方、睨まれている当の本人は、 「やっべええええええwwwwオレの手からカツオブシの味するwwwwダシとれるwww」  ……手の甲を舐めて、快哉を上げていた。  結論から言えば――セニオがコピーしたのは、霊刀アメノハバキリ、『参謀喋刀 アメちゃん+98』の保有する全ての能力である。  その体には現在、能力を意味する六つの『印』が刻まれているのだろう。  もちろん、彼は複数の能力を同時に使うことも出来なければ、魔人が能力とは別に保有する特殊な武器や道具をコピーすることも出来ない。  何故そのようなことが起きたのか?    第一に、『アメちゃん』が言葉を発した時点で、セニオは彼を単なる「すごい道具」ではなく、「意志のある存在」に、更に言えば「刀型の魔人の一種」として認識したこと。器物型の魔人は今トーナメントにも参戦しており、ありえない話ではない。実際『刀の付喪神』である彼女は、魔人といえなくもない存在だ。  第二に、『アメちゃん』の保有する能力は、当人が雨弓に言った通り、切り替えやオンオフの効く「複数の能力」ではなく、それら全てが自動・常時発動型の「一つの機能」であること。  それは食べるとお腹がふくれるカツオブシ性であったり、竜への特攻であったり、壁を削る能力であったり、攻撃のダメージを服へと置換する能力まで合わせて、全てだ。  ハレルの涙を溜めた強い目線に、今更のように気付いたかのように、セニオは軽く、薄く、浅い口調でからかう。 「あ、怒ってる? 怒っちゃってる? いーじゃんいーじゃーんwwwロックでさあwwww  今までのおっかたーいドレスよりもお似合いですよwwwwすげーエロいs」 「黙って」  どごぉん、という轟音と共に、セニオの眼前の床が砕けた。  もうもうと立ちこめる土煙。  セニオの頬が、巻き上がった瓦礫と衝撃波で、裂ける。 「…………ちょっとだけど、よろしくね。『ロンギヌス』さん」  ハレルは、己の不埒な愛刀を、鞘に収めていた。  代わりの武器を、まるでペンのようにくるくると軽く回して、片手で保持する。  それは、長さ3.3メートルの、中ほどから二股に別れた、鋼の槍。  扉から入ってすぐの、壁の近くに掛けられていたそれは、かつて某アニメに出てくる武器を模して作られた、色物の美術品。  少女が、一瞬、目を閉じた。 「…………貴方への、メッセージ」  セニオの脳裏に、言葉が浮かび上がる。ラーニングだ。  ――魔人能力『刀語』。能力は精神世界での武器との対話。条件は直接接触。 「……『恨みはない。されど、客寄せとして作られた歯牙なき我を、一角の武器として扱って下さる主に応える為、貴殿を撃滅させて候』。……そこまで、恩に感じる必要、ないのに」 「ちょ、待」  静かな殺気に、セニオはいつものように逃げようとして、しかし、迷った。  壁掘削の力がある今なら、逃げようと思えばいつでも逃げられる。  それに何より、今の少女に攻撃を当てれば、ワクワクドキドキ、脱衣バトルが楽しめるのだ。これに挑まない男はいない。  ……当然、それは少女の殺る気バリバリの様子と比べればあまりに暢気で、下卑たというにも浅すぎる欲求(補足しておくと、レイプや強姦目的というわけでもない)だが、セニオは両者を同じ天秤に掛ける。  ハレルの怒り、羞恥心、それが転じた殺意、それら『シリアスな感情』を、彼は理解出来ないから。  何故なら、彼はチャラ男だから! 「オッケウェーイwwwwwたぁのしもーぜぇええ!wwww」  そう――彼の精神テンションは今! 大学の飲みサー時代に戻っている!  サークル歓迎会のその日の内に、廊下でミス新入生とよろしくヤってたあの時代に!  軽薄! 無思慮! そのセニオの毒牙が今、可憐な姫将軍ハレルに向けられる――! 「ゲブファ!?」  二股の槍に腹部を挟まれ、振り回され、天井に叩きつけられた。 「おっ、ご……ふげぇっふぉい!?」   落下してきた所を再び挟まれ、床に叩きつけられる。 「めこっぷす!?」  そのまま、中に刀剣群が収められたガラスの箱に頭から突っ込む。 「…………何か、言い残すこと、ある」 「ウェ……ウェー……イ……w」  壁の根元に叩きつけられた。顔面からぶつかり、ずる、と滑りおち、尻を突き出した間抜けな態勢のまま動かなくなった。  黄樺地セニオ。  敗因:チャラ男。 「――う、うう……」  はーっ、はーっ、と息をついて、少女はぺたんと座りこんだ。  破かれてしまった服を必死にかき集めるが、びりびりになってしまっているのだ、どうしようもない。  他人への気遣いを後悔などしたことはないが、まさかこんな風に利用されてしまうとは。 「……なんだ。予想通り、っつか。予想以上に苦労したみたいだな」  背後から声が聞こえた。ハレルは慌てて振り向こうとする。  だが、この相手に今の格好はあまりにも恥ずかしすぎる。耳の先まで真っ赤に染めて、あ、とかう、とか、曖昧な声を上げて、身をちぢこませる。 「あ、あの、その、コレは……」 「ちょっとちょっと! オニーサン! 乙女のヤワハダ見たらダメー! こんな格好の女の子と戦ったらマズいと思わないの!」 「あー、悪いな。それ、どうでもいいんだわ」 「え」  ハレルは違和感を覚えた。雨竜院雨弓。傘術使いの魔人警官。  少し戦闘狂の気はあるが、正々堂々とした戦いを好む、真っ直ぐな青年。  そのはずだ。 「チャラ男は、やられちまったのか?」 「……ウェーi……ウェー……w……」 「意識はあるか。ならよし。……水は、アレか」  男の手が、部屋の端にあった刀剣を掴んで、天井に放り投げた。  がしゃあん!  壊されたのは、天井にあったスプリンクラーだ。冷たい水が部屋中に降り注ぎ、ハレルが思わず身を震わせる。 「んっ」 「よし。これで、準備は整った」  そして、雨弓の笑みが……ぎしりと、軋んだ。  ハレルの背筋に怖気が走る。やはり違う。今の彼は、何かが、決定的に変質している。  彼女は、自らのその第六感に従った。アメちゃんではなく、セニオを倒したロンギヌスの槍を握り、雨弓に飛びかかった。 「雨竜院、さん――!」 「雨竜院? いいや、違うね。ここにいるのは」  部屋が、変遷する。 ◆       ◆  雨竜院雨弓は、その映像の名を知らない。  雨竜院雨弓は、その映画のタイトルを知らない。  かつて、警察の総力を以て規制された、一つの映画があった。  見た物全てが死ぬ、壊れる、魔人化する。  場合によってはパンデミックすらをも越える大災害に成りえたその悪魔の映画は、間一髪のところで、食い止めたというにはあまりに甚大な被害を出して、終結した。  雨弓は、その作戦に大きく関与はしていなかった。せいぜい身近な映画館に圧力を掛けた程度で、ましてタイトルなど知らされるはずもなかった。  だからこそ、その後、彼にとってはありふれた任務、過激な宗教団体の撲滅の際に見たその映像が、『それ』だとは、分からなかった。  それは、悪魔の映画の、劣化の、劣化の、劣化ともいうべき代物。  過激な宗教団体が手に入れた、悪魔の映画の、海賊版(無論、海賊版を盗み撮った当人は、視聴に伴い死んでいるだろうが)、その粗悪なコピー。その、ほんの断片。  だからこそ、雨弓はそれを見ても被害を受けなかった。  どころか感銘を受け、その感動は、この大会に参加する切っ掛けにすらなった。  ――そう、感銘を受けてしまった。あろうことか!  あろうことか。  ……『それ』は、彼の頭の中で育っていた。  断片にしか過ぎないはずのそれは、虎視眈々と、再び世界を狂わせるチャンスを窺っていた。  青年の心に棲みつき、宿木のように、青年の感銘と想像力を喰らって育ち。  ついさっき――美術館にあった、『原作の原画』の刺激を受けたことで、青年の意志を、趣味嗜好を、乗っ取っていた。  何故、そんな回りくどいことをしたのか?  『それ』の断片は、その途方も無い呪いとしての存在密度から、本能的に理解していたのだ。  この男。傘術使いの魔人警官は。荒々しくも義侠心に溢れたこの青年は。 「ああ……そうだ。刮目しろ。我が名は、ファントム雨弓」  『意図した映像を、世界に投影する力』を、持っているのだと――! 「能力作動。『&ruby(R.o.E.Phantom-Rouge){睫毛の虹/緋色の幻影}』。……上映、開始」  ――それは、世界でもっとも残酷な95分。 ◆       ◆  数年前。 チャラ男4『ゼッテェー読んでみろって! チョー面白いぜこのマンガ!』 チャラ男1『マっジでェー? オッケーんじゃ貸してッちょー!』 チャラ男4『これ読まなきゃ日本人じゃネーッしょJK!』  ~  チャラ男1『ヤッベチョー面白ェーかった! コミックス揃えっちまったよー!』 チャラ男4『だろだろ? ウェーイ!wwww』 チャラ男1『やっべーオレもーオタクだわー!wwオタクになっちまったわー!ww』 チャラ男1&4『『ウェーイ! ○○○○×○○○○、サイコー!』』 ◆       ◆  現在。 「っあ、ががが、ががが―――――!」  世界が崩壊しようとも軽薄を貫いたチャラ男の王は、頭を抱え、吐瀉物を吐き散らしながら悶え苦しんでいた。 『―緋色の幻影―』「友達なんか必要ない」緋の目「××× が持ってて!」かつての友の人形「一緒だぞ、×××」「人形みたい」暴かれた墓「君たちの目も私が貰う」奪われた目「×××になら裏切られてもいいよ」「怒りは生きてる証だね。だが、永遠ではない。」「魂呼ばい」元No.4「腐った林檎のように生涯を閉じろ!」「人形を宿せば、その念能力が使えるのだ!」奪われた目「まだ入れ墨があるから旅団と看做す!」「外の世界は…楽しかった?」        「ありがとう。これでやっと私は本当を生きられる」 「何だ、コレげげっ……ちょwががっ……マジキビし……wごご…………ぎ……」  悪魔の映画『ファントムルージュ』は、既に、一度目の上映を終了しようとしていた。  劣化の劣化の劣化を、光学的に再現しただけのもの。  まして音声すらない(台詞は字幕スーパー)以上、原典の破壊力とは比べ物にならないはず。   それでも、致命的だった。  大男が、ぱちりと指を弾く。再び始まる映像。  ファントム雨弓。即ち、世界全ての水分に悪夢の映画を投影する、生きた射影機の名であった。 「そう急ぐ必要はない。何度でも楽しめ」 「ちょマ↑テよ――マジ、かん、べ……げほっ!wいて……ww」  咳き込み、その度に胸部に激しい痛みが走る。既に体もぼろぼろだ。  上映が始まった直後、蹴りかかったセニオは、羽虫のように容易く迎撃された。  その前にハレルに受けたダメージも含め、チャラ男の軽く薄い心は既にぽっきりと折られていた。  今はただ苦しみに喘ぐだけだ。諦めていた。早く、早く終われと。頼むから終わってくれと。  この戦いが、試合が、もう敗けで良い、さっさと終われと、ただそれだけを願っていた。  なのに。 「ひ、く、ぅぅ……あああっ!」  それに耐えている、耐えてしまっている少女の存在が、それを許さない。  ばしゃあと、吹き飛ばされて転がる姫将軍ハレル。傍らにはロンギヌスの槍。  スプリンクラーの水に濡れて透けた、ボロボロのドレス。  その目は虚ろで、立てた足はがくがくと震えている。酷い有様だ。  その瞳からは、絶え間なく涙が零れ――その一滴一滴に、かの忌まわしき映像が投影されている。  目を塞ごうと瞼を閉じようと、眼球とは、澄んだ水分の塊だ。  原典を知らなくても意味は無い。  言ってしまえばファントムルージュは『映画の形をした呪い』そのものだ。その視聴は、精神と肉体に甚大な被害を及ぼす。 「あ、は、っ」  びくり。華奢な体がのけぞる。細い指先から力が抜け、少女は意識を失い――  ――そして、目に光を灯して、立ち上がる。  その指先は、鞘に収めた霊刀に触れていた。  セニオの目には見えている。ゼロ時間の意識の喪失を認識出来る。彼女が『能力』を幾度となく発動していることを。 「う……」 「ハ、レっち、まだ! まだ、ダメだって、まだ全然、抜けて、にゃ――」 「アメ。…………ごめん、ありがと。もう……休んでて、いいから」 「バカぁ……この、おーばか……ハ……レ……」  霊刀の声が、掠れて消える。  『刀語』。ハレルは、頻繁に刀剣の精神世界に避難することで、ファントムルージュの視聴による致命的な精神損傷に耐えていた。  だがそれも、ここが限界だ。  少女の精神から感染した悪魔の映像は、数千年を過ごした霊刀の精神空間すらをも侵していた。  いわんやハレルをや。避難は対症療法に過ぎず、むしろ飛ばし飛ばしに見ている分、苦痛の時間は数倍に引き延ばされている。  悪夢の幻像ファントムルージュは、真綿で首を絞めるように、じわじわと少女を苛んでいる。 「く、あぁああっ!」  気合とも悲鳴ともつかぬ声を上げて、ハレルは悪夢の原因たるファントム雨弓に向けてロンギヌスを振るう。  この一時間半の中で、既に二十回は繰り返されている、不毛な攻撃。  当然だ。現役魔人警官・雨竜院雨弓としての肉体は、今だ一撃のダメージも喰らっていないのだから。 「私は、絶対、ファントムルージュなんかに、負けたり、しない――!」 「怒りは生きてる証だ。だが、永遠ではない。……大人しく、&ruby(うんめい){上映}を受け入れろ」  雨弓の両腕に縄めいた筋肉が盛り上がる。だだでさえ巨大な傘が、その何倍の大きさにも見える。  逆袈裟に、武傘が振り抜かれた。 「――――ッ!」  声にならない悲鳴を上げて、ハレルが吹き飛ばされる。  鋼で出来たロンギヌスの槍がバラバラに砕け散り、石突が少女の胴を斜めに切り裂いた。 「あっ、がっ、うぅ!」  血の線を引いて、セニオのすぐ隣の壁に叩きつけられる。  ずるりと落ち、脱力する小柄な体に、ああ、ようやく終わりかよ、とセニオは安堵する。  だが、――少女の手は、また床を掻く。 「ハァ……ハァ……!」 「ちょ、ちょ待っゲホッwwおまっ……ねーっしょマジ!w 空気、読めってww」  立ち上がろうとする少女を必死に引きとめる。  どうしてそこまで耐えるのか、セニオは理解出来ない。 「ハレルちゃん、マジメすぎっしょー!wwwwユーテそこまでせんて普通」 「黙って……」  少女の瞳は、死んでいなかった。  ファントムルージュに、精神も肉体もボロボロに凌辱されながら、高貴なる姫将軍は立ち上がる。 「あなたには……分からない……私は……故郷を救わなきゃ……」  立ち上がる。肌に張り付いたドレス。華奢な肢体。血と雨と涙に濡れそぼった傷だらけの体。  セニオですら萎えてしまうようなみじめな姿だというのに、それは、泥の中の砂金のように、確かな輝きを放っていた。 「私は、立ち会えなかった……戦えすらしなかった……せめて――故郷の為に、死――」  セニオには理解出来ない。何故なら彼はチャラ男だからだ。  どれだけコミュ力を高めても、どれだけ頭を空っぽにしても。  どれだけ軽薄に他者の能力を真似出来ても――この輝きだけは、けしてセニオには再現できない。  《イエロゥ・シャロゥ》とは、そう言う名だ。この能力を使って初めて決別した、魔人となった元友人が――そう呼んだ。どれだけ見かけは似ていても、黄金にけして届かない、無価値なる黄砂の浅瀬。  チャラ男ゥストラはこう言った。『お前は、この世全ての『真剣』を理解出来ない』と。  この少女も、彼の友人だったものたちも、誰もが、セニオの届かない領域に居る。  厚く、重く、深いパーソナリティを抱えて。 「そうやって、そこで、寝ていればいい。軽口ばかり叩く人は、同じくらい、人生も、軽く、終わ」 「うっぜ」  ――それが、黄樺地セニオは気に入らない。  地面に手をつく。ひどく驚いた顔で、少女が振り返った。  視界にファントムルージュがちらつく。  『……になら、裏切られてもいいよ』  鬱陶しい。気に入らない。それもまた、彼の理解出来ないものの一つだ。  彼はチャラ男だ。シリアスなぞ知らない。シリアスなぞ理解出来ない。理解出来ないもので満たされたこの世界が、うざったくて仕方がない。  だからこそ彼は望む。チャラ男の文明の再興を。重苦しいもののない世界を。即ち、 「やっぱ、世界平和しか、ねーわマジで」  人類の長い歴史の中で、世界平和を望む人間が、どれほどいただろうか。  だが『ウザいから』という理由でそれを願う人間は、この青年――この人類最後のチャラ男以外に、居はしまい。 「あーそういや、最近24時間TV見てねえなあwwアレ好きなんだよなあ。ホラww地球を救うのってやっぱ愛じゃんじゃぁーん?ww」  そんなぼやきと共に、セニオは指を伸ばした。ハレルが何か言う前に、その目元に触れた。涙を拭うような仕草だった。 「な」 「『セット』『睫毛の虹』」  ばあ、と視界が開けた。  逆立った黒髪のハンターの少年が消えた。卑屈な白髪の暗殺者の少年が消えた。  病的な体格の人形使いの男が消えた。その人形が消えた。  忌まわしい映像が、全て消えた。  焦点を取り戻したハレルの澄みきった碧眼が、セニオの濡れた金髪を映した。 「これ、は……」 「――ウェーイ成功wwwwダイッジョブダッテww協力プレイで行きまっしょい?www  テンションアゲ↑アゲ↑ウィッシュ!wwあ、でもマジでヤバかったらオレバックれっからそこらへんシクヨロww」  セニオのコピーは、出力では完全にオリジナルと互角になる。  そして『睫毛の虹』の効力は『幻覚を見せる』ではない。水分の屈折率の『操作』だ。  同じ映像を作り出すなどとなると技量の差が出るが――あちらの幻覚をキャンセルするだけなら、十分に可能。  それに気付いたファントム雨弓が、憎らしげに顔を歪ませる。 「貴様……。チャラ男風情が、偉大なるファントムルージュを否定するか」 「うっせwwwwオレはデートの時はオケるかヤドるか(※カラオケに行く、ビリヤードをする、の意)なんだよwww映画とかパソで落とせばいいっつのwwww」  何一つ変わらない、軽薄、浅薄、希薄そのものの言葉が、新たな戦線の開幕だった。  ハレルはしばしの間、逡巡していたようだが、とにかくファントムルージュがなくなったことには変わりは無いと判断したようだった。 「……好きに、すればいい。私もそう、する」 「マジでwwwwアウトオブ眼中ひっでえwwwwでもオーケイオーケイww」 「無意味な抵抗を」 「――姫将軍ハレルア・トップライト、推して参る」  ハレルが突貫する。  ファントムルージュが消滅したことで、その動きは明らかに良くなっている。  しかし万全と言うならファントム雨弓の方が遥かに万全。  彼は悠々と迎撃に傘を構え――だが、その時! 「『セット』! 『ポータル・ジツ!』イヤーッ!www」 「む!」  ――特に何も起こらない!  咄嗟に身をかわしたファントム雨弓は、試合前に見たチャラ男の能力概要を思い出す。  確か、能力を最後に見た時から二時間。  ファントムルージュ上映もあり、既に奴がポータルを通ってきた試合開始から二時間は過ぎている。高度なブラフ! 「え?wwwあ、凡ミスソーリーww気にしないでウェーイwwww」  ただ覚えていないだけだった。  だが、無理な回避で態勢を崩した雨弓に、ハレルの斬撃が入る。 「ぐっ……」  咄嗟に大傘を手放した。どのみちダメージなど食わないのだ、両の拳でカウンターを狙う。  だが、ハレルの霊刀は、最初からファントム雨弓自身を狙っていなかった。  切っ先は稲妻の如く閃き、浮いた大傘を打ち飛ばした。 「な、ちぃ!」  ファントム雨弓は即座に裏拳でハレルを打ち払う。傘を弾いた所にまともに頬に受け、少女の矮躯が吹っ飛ぶ。  彼はすぐさま踵を返し、宙空を緩やかに落ちる己が武傘に手を伸ばす――  ――それが、横から掻っ攫われた。 「スンマッセェ~ン、ちょいコレ借りまあ~す!」 「黄樺地ィ!」  魔人の三倍の脚力で飛び上がったセニオが、眼下の雨弓を見下ろす。  彼はチャラ男の中のチャラ男、雨が降った時に他人の傘を借りパクすることなど十八番だ。  しかし、セニオが奪ったのは単純な剣や槍とは違う。  武傘は雨竜院家に伝わる秘伝、初見の者がやすやすと使いこなせるほど安易な武装ではない―― 「『セット』ォ! 『刀語』ィ!」  ――邂逅は、一瞬で果たされた。 「……オッケオッケリョーカイwwいや、任せとけってクズリューさぁんwwオレチョー頼りになるからホントww」  セニオは空中で、ぎこちない仕草でその持ち手を捻る。  がしゅん、と武傘の先端が動く。布が下がり、親骨が露出し回転。鋭い円錐形の『弾頭』が生み出される。  武傘『九頭竜』、その奥の手。超高圧ガスによる先端の高速放出。  誰よりも雨弓が知っている。それは、戦闘型魔人すら即死させる威力を誇るのだと。 「チィ!」  立ち止まったファントム雨弓が、足元の物をつかみ取った。  先程破壊された、ロンギヌスの槍の残骸だ。大きく残った穂先を、セニオに投げつけようとする。  その槍が、粉々に砕け散る。 「……ごめんなさい。ありがとう」  背後を見る。姫将軍の少女が、装備のみを破壊する霊刀を、ファントム雨弓の背中に突き立てていた。  謝罪の言葉は、砕けゆく武器に告げたものか。  同時にその怪力がファントム雨弓を抑え込む。空から、セニオが照準を合わせた。 「ハレル! 貴様ら……!」  ファントム雨弓は対応しきれない。あまりにも的確な、図ったようなコンビネーションは、しかし示し合わせたものではない。  誰よりも先に死地に踏み込み、この期に及んでなお敵の討伐ではなく迂遠な無力化に専心するハレル。  なるべく自分は遠巻きに、危険に関わらず、さっさと楽に勝って終わらせたいセニオ。  両者の対照的というにもほどがある戦闘スタイルの差異が、ここにきてある種、理想的な一致を見せていた。  ファントム雨弓が奥歯を噛み、叫んだ。 「愚か者どもが! あくまでも受け入れぬか! この、緋色の幻影をォ!」  再び展開される、悪夢の映画。  すぐに、セニオは相殺しようとす緋色緋色緋色緋色幻影幻影幻影本当を生きる裏切られてもいいよ緋の目オモカゲソウルドール雑な設定行き当たりばったりの戦闘女々しいキャラ原作に不実な戦力差自殺未遂雑な設定幻影幻影幻影緋色緋色緋色わたわたたたわたたたたたたしししはしはははは本当を本当を本当を生き生き生き生き生き生き生き生き生き生き 「うあ……!」「くぉwwwぐへぇっ!?www」 「腐った林檎のように生涯を閉じろ! 自らの生ぬるい血で溺れ死ぬがいい!」  土壇場にきての高速上映。セニオの態勢が崩れ、ハレルの体が力を失う。  ファントム雨弓が吼える。  彼ら二人に、否、この試合を見ているはずの全世界に向けて、高々と宣戦布告を行おうとする。 「いいか! ファントムルージュを受け入れぬ者『――いい加減にしろ』など、……!?  世界に存在『俺の戦いを』してはな『邪魔』らないのだ『するんじゃあ、ねえッ!』――何ィっ!?」  幻影が、消える。  姫将軍が力を取り戻す。持ち直したチャラ男が落ちてくる。  竜の名を冠す武傘を、でたらめな構えで、しかし確かに固定する。雨弓が空を見上げた。 「やめ『やれ、黄樺地ィ!』」  轟音。 ◆       ◆ 「っ」「――――」  同心円状の衝撃波が、ハレルとセニオを吹っ飛ばした。  速射砲めいた、馬鹿げた威力だった。個人武装の域を超えている。  その着弾によって舞い上がったガスや埃、水滴が、霞の塊となって部屋の中央に現れた。  ハレルとセニオが、それぞれ同時に真逆の位置の壁にぶつかり、そして同時に靄に隠れた中央を見据えた。 「――……へっ」  霞が、晴れる。  ――その中心で、左肩から胸元まで抉られた雨弓の巨躯が、ぐらりと傾いだ。  血だまりが大きな水音を立てた。歪な大の字のシルエット。 「……雨竜院、さん」  ハレルが立ち上がる。血の跡を垂らせながら近づき、うわ言のように呟く。 「バカな『黙れ』、フ、ファントムルージュを『あーあー黙れ黙れ。人のアタマ使って好き勝手しやがって』」 ――「……チッ、我ながら情けねえぜ。だが一応、上に報告しとかねえとなあ。あの映像媒体、押収してたっけかな」  雨弓が傍らのハレルを見上げて、快活に笑む。ファントム雨弓ではない、雨竜院雨弓の笑みだった。  半身を抉られた巨躯。その口元から派手に血を吐いた。だが、言葉にそこまでの乱れはない。呆れた魔人耐久力だ。  同じ頃、やや遅れてひょこひょこと足を引きずって近づいて来たセニオに、問いかける。 「おいチャラ男ォ。九頭竜、なんて言ってた」 「あーもー……チョーイッテェ……wパネすぎだろ……wwえ? ああクズリュウちゃん?w  ――なんかアレだってwwwこうwwwアレ? 止めてくれ的なアレwwww」 「……ハレル、悪ィ、後で九頭竜に謝らせてくれ。初めて会話した相手がコイツとか、俺が九頭竜だったら絶対キレる」 「…………あ。は、えっと……」 「……良ければ、また、戦ってくれよ」 「……はい。待ってます」  ハレルが朦朧としながらも、しかしはっきりと答えた。  溢れる血だまりは、既にセニオたちの足元にまで広がっていた。 「……アイツが見てたら、怒るだろーな……ま、せっかく死ぬんだし、こってり、絞られてくっかね……」  その言葉を最後に、ゆっくりと、雨弓は目を閉じた。  ファントムルージュに精神を食われながらも、しかし最後の最後でその支配を自ら破った益荒男の、安らかな死に様であった。 「――――」 「…………」  そして、残るは二人。  片や姫騎士の長。霊刀を自在に操る、高貴なる姫将軍。  片やチャラ男の極。軽薄と浅薄と希薄の化身。 「――私、は……!」  ……だが、ことここに至り、勝敗の帰趨は明らかだった。  消耗の度合いが違う。世界でもっとも残酷な95分を駆け抜けたハレルの体と心の損傷は、その間諦めていたセニオとは訳が違う。  武傘で抉られた傷から流れ出る血液。  とっくの昔に限界を迎えていた。今だ彼女の脳裏にはあの忌まわしい映像の記憶がちらついている。それで今後の試合が満足に進められるはずもない。  結果的にだが、漁夫の利を奪われた。悔しい。辛い。情けない。 「嫌だ……私は、故郷、を……」  意志に、体がついていかない。悔悟と苦悶に表情を歪め、少女の矮躯が、ゆらりと倒れる。 「ウェーイ、オツカレーィ」 「……!」 「――っと、ダイッジョブダッテw」  セニオが、気安い言葉とともに、それを受け止めた。  彼とて、ダメージがないわけではない。抜け目なくハレルの腰に回した指先など、よく見ると複雑骨折している。武傘の先端射出の反動だ。  だが、チャラ男の手や腕の筋肉は、女の子への誘い、スキンシップ、セクハラ、壁ドン――抱きとめる、などの用途にのみ最適化されているのだ。  それは半ば自動的ですらある、習性だった。 「オレの願いw……wのついでに、アンタの願いも…… 叶eときゃw――wEじゃん?ww」  だから、そこから続く言葉、掠れ掛けた声でなお軽薄に流れ出る言葉も、ただの軽口に過ぎない。  こんな場での口約束に意味などなく、まして優勝を確約出来る者など、どこにもいない。相手がセニオならば尚更だ。  ハレルとて、それは分かっていた。嫌と言うほどよく分かっていた。 「……ほん、と……ですか……」 「え?w……wああ、ガチガチ超ガチっsuよwwオレの願い世界平和だしwイケるっしょww」  セニオは、壊れたラジオのようにチャラい台詞を続ける。  彼の喉が枯れ、声が出なくなり、疲労で気を失うその瞬間まで、それは続くだろう。  何故なら彼は、世界が滅んでも軽薄で有り続ける、チャラ男だから。 「でさ、全部終waったら遊ばなi?www嫌なこto全部忘reてwwww楽――」 「…………そ、う……」  ハレルの体が、重みを増した。少女はチャラ男の腕の中から滑り落ちて、床へと倒れた。  セニオにも、再びそれを引き上げる力はなかった。腕の中から少女が倒れたことにすら気付いていないかのように、虚空に向けて言葉を続ける。 「ちょwhrlちゃ……wダイッジョブダッテ、マジでwwオレ、女の子との約束w……w破ったこと、neー、もんw……w」  倒れた少女は、もう何も答えない。  軽薄で浅薄で希薄な言葉は、いつだって、真剣な人間の鼓膜を上滑りする。  ――ただ、それでも。  ハレルの表情は、倒れる直前に比べて、ほんの少しだけ、和らいでいたようにも、見えた。 ◆       ◆ 【ザ・キングオブトワイライト 第一回戦 第五試合】 脱落者:雨竜院雨弓 敗因:奪われた武傘による心臓破壊 脱落者:姫将軍 ハレル & 参謀喋刀 アメちゃん+98 敗因:睫毛の虹/緋色の幻影による消耗 勝者:黄樺地セニオ 勝因:チャラ男 } &font(17px){[[このページのトップに戻る>#atwiki-jp-bg2]]|&spanclass(backlink){[[トップページに戻る>http://www49.atwiki.jp/dangerousss3/]]}} ---- #javascript(){{ <!-- $(document).ready(function(){ $("#main").css("width","740px"); $("#menu").css("display","none"); $("#ss_area h2").css("margin-bottom","20px").css("background","none").css("border","none").css("box-shadow","none"); $(".backlink a").text("前のページに戻る"); $(".backlink").click(function(e){ e.preventDefault(); history.back(); }); }); // --> }}

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