白王みずきSS(準決勝)

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dangerousss

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準決勝第一試合 白王みずき

名前 魔人能力
白王みずき みずのはごろも
不動昭良 インフィールドフライ

採用する幕間SS
【白王みずき幕間SS ~準決勝前~】
(莉子にリストバンドを貰いました。ついでにみずきに天然ジゴロの片鱗が見えます)
【白王みずき 幕間SS みずき友人帳】
(鞘のメダルを回収しました。ついでに不動VS池松戦に違和感を抱いています)

試合内容

「――やってしまいましたっ……!」

 トーナメント準決勝第一試合。一般的な高等学校の校舎や付随施設を模して造られたフィールド【学校】へと転送された白王みずきは、開始早々己の失敗を嘆いた。
 いつもの制服に身に纏い、左の手首には兄から譲られたミサンガ、そして右の手首には二回戦で相対した羽山莉子から譲られた純白のリストバンド。
 さらには片手に携えたるは能力により創り出されしローファー。なんらの不足もない完璧な布陣のように思えるが、彼女の“失敗”とは、このローファーのせいであった。

「どうしましょう……。てっきり校庭辺りに飛ばされるものだと思い靴を持って来ましたが、まさか教室に転送されるとは……!」

 変なところで律儀なみずきは、いくら学校という体裁は整えているとはいえ、今にも血で血を洗う戦闘破壊空間に変わりかねぬこの教室においても外履きを着用することを躊躇っているのだ。
 とはいえ、相手は念道力の使い手・不動昭良。学校に当然置かれているであろう、様々な道具でアンブッシュを仕掛けてくるであろうことは想像に難くない。戦闘力に機動力、なにより安全性を確保するためにも、上履きがないからといって裸足でいることは余りにも無茶である。

「これは今朝がた能力で作ったもので、決して汚くないです……」

 と、誰に対してかも定かでない断りを入れ、みずきは渋々ローファーに足を通した。
 この葛藤に数分。ともすれば、かなりのタイムロスとなっていたかも知れぬが、幸運にも不動は、今、この瞬間に転送されてきた。
 みずきは三階、不動は一階。転送場所は、それぞれ普通の教室である。

 ――戦闘開始、である。


 割に広大なMAPである学校において、対面するまでの序盤戦は己に有利な条件を整えるのが定石である。
 不動はまず、教室に掲示された避難経路図から、近くにあった美術室へと移動する。
 手中には彫刻刀。殺傷力の高いこの武器を一旦取り上げ、しかして不動は棚に戻した。

「……やっぱ、女の子を相手に刃物はないよなあ」

 不動昭良。魔人警察の助手として幾多の死線を潜り抜けてきたとはいえ中学生。しかも魔人にしては健全な精神の持ち主である。リョナの趣味など持ち合わせていない。
 それから不動は「相手を殺すことがないよう、精々戦闘不能程度で済む武器」という優しいのだか微妙な狙いの得物を探し始める。ぱっと見つかったのは、チョークやペンか。
 それらをポケットに仕舞い込んでいると、頭上より聞きなれたチャイムの音が鳴り響き、次いで鈴の音のような愛らしい声が聞こえてきた。

「あー、あー。ただいまマイクのテスト中です」

「……?」

 ナビゲーションの時に聞いた、運営側の少女たちの誰とも異なる声色。
 ということは、この子が対戦相手の白王みずき……!
 幾許かの緊張を覚える不動だったが、しかし、なんでこの人はマイクテスト……?

「ごほん。……えー、不動昭良君。不動昭良君。担任の先生がお呼びです。至急、職員室までお越しください」

 ずる、と不動はその場でずっこけた。
 なんというあからさまな誘い方か! もし自分が本気でこんなものに引っかかると思われているのだとしたら、それは流石に甘く見られすぎではないだろうか……?
 不動は初め、みずきのこの発言を無視するつもりであった。だが、ふと目に映った避難経路図を見て、彼女のこの計略を逆に利用することに決めたのである。



「……よし、不動君はまだ来ていないみたいですね」

 職員室の扉を確認し、みずきはほくそ笑んだ。
 予め職員室に訪れていたみずきは、かの部屋の扉をちょっとだけ開けた状態にして階を隔てた放送室へと移動し、そこで不動に向け呼びかけを行った。
 職員室を決戦場に選んだのは「お呼びだしするなら職員室でしょう!」という謎の拘りによるものだ。

 みずきはこの部屋には特に罠は仕掛けておらず、扉の隙間から不動の到着の有無を確認し、まだならば部屋に入り物陰に潜みイニシアチブをとり、逆に先回りされていた場合は気付かぬ振りをして部屋に入り、今が好機と仕掛けてきた敵の奇襲にカウンターをくれてやろうという算段であった。ちなみに、無視されるとは露にも思っていなかった。
 前と後ろ、両の扉の隙間は予め仕掛けたものと変わらぬもので、不動はまだ来ていないと判断し、少女は待ち人を迎えるために部屋へと入って行った。
 少女が部屋の中ごろまで進んだところで、膨れ上がった闘気に全身が粟立った!

「――!」

 戦慄の刹那、襲い掛かるは無数の“弾”!
 咄嗟に腕で顔を守り全身から水を放ち、弾きつ、避けつ、しかして当たりつ、無様に転げまわりながらみずきは入ってきた扉の元へと辿り着き、脱出せんと手を掛ける――

 ――――だが、開かない!

「そんなっ!?」

 開かずの扉に手間取った一瞬の代償は大きい――少女を喰い尽くさんと、獣の如き獰猛さで幾多のチョークが飛来する!
 逡巡する時間もない。みずきは戸に手を掛けたまま、全力で水を放つ!
 果たして扉は破壊され廊下へと激しく吹っ飛ぶ。背中を掠めるチョークの痛みに顔を顰めながら、みずきも同時に部屋の外へと転がり出た。
 転がる勢いをそのままに職員室から離れ、追撃に備え素早く体勢を立て直す。

「はあっ、はあっ……! まんまとしてやられてしまったようですね……!」

 みずきは、己よりも先に不動が職員室へと辿り着いていたことを悟った。
 不動は放送を聞いた直後、職員室が自身のいる美術室と同じ一階の割と近いところにあり、逆に放送室は二階に――それも、職員室とは横軸的にもそこそこ離れた場所に――あることを、目にした避難経路図により知った。
 今から自分が職員室へと向かえば、高確率でみずきに先回りして逆に奇襲を仕掛けることが可能であると不動は確信したのだ。

 迅速に行動を開始した不動は間もなく職員室に到着し、持ち前の観察眼によりその扉がごく僅かに開いていることに気付く。
 これこそが相手の策だと考え、中に入ってから急ぎつつも慎重に扉の隙間を再現し、それから職員室内のペンやらなんやらに“力”を注いでいった。
 また、彼は抜け目なく入った方とは逆側の扉にも触れておいた。これにより扉にも“力”が注がれ、みずきの脱出を妨げた“開かずの扉”の作成を可能にした(さすがに扉自体の耐久力まではどうすることもできず、破壊されてしまったが)。

「いつまでも中にいたって私は倒せませんよ! さあ、出て来なさい!」

 部屋の外より、自分へ呼びかける少女の声が聞こえる
 不動は少し迷ったが、その呼びかけに応じることにした。
 対象を視認できていない現状では弾丸の命中精度もそれほどではなく、また仮に姿を現しても手負いの少女ならば充分自分が有利であると踏んだのだ。
 破壊されていない方の扉が開き、見慣れぬ学生服に身を包んだ少年が視界に入る。

「不動昭良君、ですね」

「ええ。……あんたは、白王みずき……さんか」

 儀礼的に互いの名を確認し合いながら、みずきは思考を巡らせていた。
 現在の自分は身体中のあちこちに打撲を受けている。コンディションは悪いと言わざるを得ず、こんな状態で“真なる狩り場”へと不動を誘導できるか心配であった。
 当の不動はみずきの方をまったく見ず、あちらこちらへ忙しなく視線を動かしている。

「(っ! もしかして、部屋の外にも罠が……!?)」

 警戒を強めるみずき。だが実を言えば、不動は目の前の少女を単に直視できないだけであった。
 不動の奇襲への対応や扉の破壊のために放った水弾でみずきは多くの衣服を消費しており、さらには四方八方から襲い掛かった弾丸が衣服に幾条もの亀裂を生じせしめ、今の彼女の格好は半袖にヘソ出しの上半身とミニスカートの下半身、加えてそれらに無数の亀裂が生まれ、思春期の少年の気恥ずかしさをくすぐるに足る露出度を誇っていたのだ。
 年上のお姉さん――にしてはあまりにも知能が残念だが――の際どい部位の肌色や純白の下着が視界の端にチラチラと映る度、嫌でも反応してしまう己が恥ずかしかった。

「(ううっ……、こんな時に何考えてんだっ! 目の前の人は敵なんだぞっ!)」

 己を叱咤する不動であったが、中学生という多感な時期の少年に己の性衝動に抗えと言うのも酷な話であろう。
 事実、一回戦や二回戦の映像で対戦相手のことを研究している最中に何度も目撃したみずきの裸体が頭を離れず、さらには本人を目の前にしてそれがリフレインし、精神的にも肉体的にも彼を固くしてしまったことを誰に責められようか。
 もう一人の自分との戦いに勝利し不動がようやく沈静化した時には、みずきは目の前から姿を消してしまっていた。



 よたよたと足を引きずるようにみずきは階段を上っていた。
 職員室に不動を呼び出したのは二段構えの策であり、一度交戦して互いの姿を視認した後、本当の罠を張り巡らせた放送室へと逃げる振りをして誘い込む手筈であったのだ。
 予想外のダメージを受けてしまってはいたが、当初のプランに変更はなし。階段を上りきり、放送室へと続く廊下を急ぐ。
 時たま振り返ってみれども、不動は追ってきていないようだった。安堵しつつ歩を進めるみずきだったが、突如として窓ガラスが割れ、衝撃がみずきを襲う!

「っああああ!」

 吹き飛ばされ壁に背中を打ちつけながら、苦し紛れに攻撃の為された方へと水弾を放つ――が、視界の端に映ったのは、渾身の水弾を空中で易々と躱す不動の姿であった。
 そう、不動は硬直より立ち直った後、近くの窓より外へと飛び立ち、二階の廊下を往くみずきを見つけると、“力”を注いだ消しゴムを飛ばして攻撃を仕掛けたのだった。
 不動は相変わらずみずきの方から目を逸らしたまま、口を開く。

「……分かったでしょう? 力の差は歴然です。これ以上あなたを傷つけたくないんで、とっとと降参して下さい」

 さもなくば――と、不動は片手をポケットに入れ、いかにも思わせぶりな仕草をする。
 勿論これはみずきに降参を促すためのパフォーマンスであり、ポケットには特別殺傷力のある物は入っていない。今までどおりの、消しゴムやチョークなどばかりだ。
 そもそも不動には女の子を殺す意志も度胸もなかった。降参してくれないと、むしろ困るのは彼の方だったのである。

「…………」

 さて、一方のみずきは、不動の忠告を聞いているのかいないのか、壁に寄りかかって不動を見つめたまま、感情の読みとれない瞳で何かを考えているようだった。
 服も身体もボロボロの少女に特別興奮する性癖も持ち合わせていない不動はただただ居心地が悪そうに、ふわふわと浮かびながらみずきの返答を待っている様子だ。
 やがて、みずきは不思議そうな表情で不思議なことを呟いた。

「……避けたんですね、水弾」

「はあ……?」

 何を当然のことを、と不動は訝しむ。
 敵の攻撃を――あまつさえ、衣服の減少したみずきの水弾の威力は侮れない――避けるのは当然のことであり、まさかこの女は余りにも不均等なダメージの差を考慮して自分がわざと攻撃を受けることを期待していたのではあるまいか、と疑ってしまう程に不動は彼女の発言の意図を理解しかねており、故に少女の次の言葉を待っていた。

 ――少女の一言で、彼のこれまでの人生の全てがひっくり返るとも知らずに。

「――なのに」

「……なんですって?」

 まるで得体の知れない力に引き寄せられるかの如く、訊き返してしまう不動。
 そしてみずきも、決定的な言葉を口にしてしまうのだった。

「――不動君、『転校生』なのに」



 『転校生』――。
 無限の攻撃力と無限の防御力を有す、異界より現れし契約の執行者。
 ワイドショーや上司との会話にのみ現れる存在だと思っていた、『転校生』。よりにもよって、自分が。一体この少女は何を言っているのか。不動の困惑をよそに、みずきの言葉は続いた。

「『転校生』になるのって、ええと、なんでしたっけ……。ナントカとかいう、能力と能力の戦いに勝った人だって……。うーん、お母さんなんて言ってたんでしたっけ……」

「……『認識の衝突』」

「あっ、そうそう、それです。不動君、一回戦で池松さんという方と戦った時に、能力で彼の身体を操作したじゃないですか。でも、池松さんの能力も、自分の身体を操作するっていう能力なんですよ。これって、ええと……ソレだと思うんですよ」

 不動昭良の『インフィールドフライ』と、池松叢雲の『統一躯』。
 不動が池松の身体を動かそうとした時、池松も恐らくは能力でそれに抗ったはずだ。
 そして結果は、池松の身体は宙に浮かび、場外へとまっしぐらであった。

 なるほど。
 言われて見れば確かに『認識の衝突』を起こしていた。そして不動はそれに勝利した。
 だが、この時点では不動は『転校生』ではなかった。もう一つの要件が欠如していたのである。

「――俺が、『転校生』……!」

 『転校生』として覚醒するためのもう一つの要件――それは、『神に愛されたという認識』。
 他人の能力との衝突に勝利したという事実を、『自分が特別な存在である』という『認識』を以て受け入れること。それが、『転校生』になるための最後のステップ。
 『認識の衝突』の存在は不動も知っていたし、池松を場外送りにしたことも、もしかしたらそれにあたるのかも知れない、と思った事もないではなかった。

 では、何故不動はその時点で『転校生』とならなかったのか――。
 それは、不動の生来の懐疑的性格に原因があった。
 疑り深く、他者はおろか自分自身ですらあまり信用していない不動は、無意識下において「俺が『転校生』? そんなバカな」と考えていたのだ。

 だが、今、不動はみずきに『転校生』であると断ぜられた。
 『転校生』化の過程を詳らかに説明され、自分が確かに『認識の衝突』に勝利していることを『納得』させられてしまった。ひいては、『勝者たる自分』を『認識』してしまったのである。
 その瞬間――、不動昭良は『転校生』になった。まさに、今!

「そうか……。『転校生』。俺が、か……」

 茫然とした様子で浮かびながら、不動は窓のサッシに手を掛けた。
 そして軽く力を込めると、触れていた部分を中心に広範囲の壁に亀裂が走った。
 そのまま力を込め続け――壁が破壊されると同時に、能力により操作された破片がみずきを襲った!

「――! きゃああああああっ!!」

 轟音と共に舞い上がる土煙。渦中の少女の安否も窺い知れぬ。
 煙幕が晴れるのも待たず、不動は『インフィールドフライ』により上昇し、校舎の屋上へと降り立った。
 地に足をつけ、そのまま座り込む。体育座りのような体勢で、俯いたまま動かない。

「……『転校生』かあ。一体どうすりゃいんだろうなあ……」

 自嘲的に呟きながら、不動が考えたのは己の身の回りのことであった。
 家族。友人。そして、支倉葵ら魔人警察の上司たち。
 彼女達とこれからも紡いで行けると思っていた日々は、唐突に打ち切られたのだった。

 これから、自分はどうなるのか。
 大会運営本部は、己の変貌を既に知っただろうか。ネットのリアルタイム中継を見ている者たちは……。自分の大切な人たちが知るのは、一体いつになるのだろうか。
 そしてその頃、自分はまだこの世界にいるのだろうか。

「それにしても、まだ続いてるのか」

 大会運営者からは何のアナウンスもない。ということは、みずきはまだ動けるらしかった。
 あの攻撃で殺してしまっていなかったことを安堵するも、流石にもう自分に向かってくることはないように思えた。
 元より力の差は大きく、加えて今の自分は『転校生』だ。勝てる道理はない。

「……まあ、もうどうでもいいけど。この大会も」

 『転校生』となった自分の処遇が大会運営上どうなるかは分からなかったが、今の不動には二回戦で芽生えた勝利への渇望すらも些事に思えてならなかった。
 恐らく遠くない未来、自分はこの世界を去ることになろう。もしかしたら、噂に聞いた『転校生』の世界とやらに連れて行かれるのかも知れない。
 いずれにせよ、今この瞬間、世界から自分は隔絶されてしまっているのだ。
 そう、自分は――――

「俺は、独りだ――――」

「――そんなことありませんっ!」

 突然響いた大声に、不動は驚愕に満ちた顔を上げる。
 屋上の正規の入口たる扉より、白王みずきがふらつきながら現れた。

「ぜえっ……、はあっ……!」

 その服装は、二階の廊下で最後に見た時よりもさらに際どくなっており、不動の放った礫弾を水壁により防御したであろうことが窺えた。
 だが、最低限の衣服を残して生成された水壁では完全な防御は不可能だったらしく、荒い息をつきながら一歩一歩少し進むのもやっとの様子で、しかして真っ直ぐに不動を見据え近づいてゆく。

「あなたは、決して独りじゃありません……! 少なくとも、いま、この場において……私と、あなたは、トーナメントという絆で繋がっています……!」

 右手首につけた、少しだけ汚れてしまっている純白のリストバンドを左手で握り、不動に向けて息も絶え絶えに語りかけるみずき。

「絆……」

「そうです……。だから、最後まで……戦いましょう!」

 絶望的な力の差。体力も底をつき、今は気力のみで動いているに等しい。
 そんな状態で、瞳に炎を燃やし、微笑みまで浮かべながらみずきは歩み寄る。
 熱意に突き動かされるが如く、気付けば不動も立ちあがっていた。

 白王みずきと不動昭良。準決勝第一試合の、最後の激突である!

「(だが、どうする――!)」

 不動の脳内に、大会レギュレーションのうち、『勝利条件』に該当する情報が浮かぶ。
 勝利の判定は四つ――。『対戦相手の戦闘不能』、『対戦相手の死亡』、『対戦相手のギブアップ』、そして『対戦相手の戦闘領域からの離脱』である。
 最初に除外されるのは『対戦相手の死亡』か。再三になるが、いくら試合後に生き返るとはいえ、不動に女の子を殺すことなどできないはしない。

「(だったら、俺がとるべき手段は――)」

 学生服の胸ポケットからボールペンを取り出す。
 次に彼が選択したのは『対戦相手の戦闘不能』である。
 『転校生』の無限の攻撃力はあくまで肉弾戦闘にのみ関与すると『認識』し、能力『インフィールドフライ』による攻撃ならば、これまで通りのパフォーマンスでみずきを殺害することなく戦闘不能に追い込めると判断したのだ。

「さあ――行きますよ、白王さんっ!」

 復活せし勝利への飢えが、不動の口をついて迸る。
 彼の掌の上に添えられたボールペンが、流星の如く発射される!
 対するみずきは地面を確りと踏みしめ、右腕を左半身へと回しながら上体を捻り――弾かれるように右腕を振るい、飛来するボールペンに裏拳を叩きこんだ!

「らああああああっ!!」

「っ!?」

 果たしてボールペンは粉々に粉砕され、みずきは踏ん張りを利かせられず、尻もちをついた。
 目の端に涙を溜めながら、右の手首を押さえている。
 驚愕の不動――。時速200kmで突撃したボールペンを生身の拳で弾いては、手首の先が爆散しても可笑しくなかろうに、と。

「――ふ、ふふふ。……どうです? これが、『トーナメントの絆』です……!」

 精一杯の強がりで笑いながら、みずきは右手のリストバンドを掲げる。
 不動が思わず注目する中リストバンドを捲ると――中から、黄金のメダルが姿を現す。
 そう、実際はみずきがボールペンと衝突させたのは拳ではなく手首であり、莉子のリストバンドに仕込まれていた、第一回戦の相手・意志之鞘から譲られたヒーローメダルが、みずきの右手首を爆散から骨折程度にまで護ったのだ。

「……トーナメントの、絆……!」

 不動は今や、すっかりみずきに呑まれていた。
 次弾以降を放とうとも、この少女はきっと、骨を折り這いつくばりながらも立ち向かってくるのだろう――それこそ、死ぬまで。
 そも、今の瀕死状態のみずきでは、時速200kmの弾丸で死にかねない。この時点で、不動の採るべき選択肢から『対戦相手の戦闘不能』も『対戦相手のギブアップ』も消えた。

「(――そうなると、最後に残るのは『場外』か)」

 場外負け。第一回戦において、池松がボルネオに、そして不動が池松を相手に使った勝利の手段である。
 当該MAP【学校】における戦闘領域は、確か『学校敷地内』であったように思う。
 となれば――。不動が屋上から見下ろした先には、校舎やグラウンドを取り囲むように聳える塀が見えた。

「あそこを超えさせれば――!」

 みずきを場外へと運ぶ手段は既に考えてある。一回戦同様、『相手に触れる』ことだ。
 不動の『インフィールドフライ』は生物にも効力を及ぼす。相手に触れて“力”を注ぎ込むことで、自分の身体を浮遊させるのと同様に他者を操作することが可能となるのだ。
 自分が『転校生』となるキッカケであった池松戦をなぞるが如く、みずきは敗北する。

「ぜえっ、はあっ……! ぐ、くううっ……!」

 見るに、みずきは最早立ちあがることすらも困難なようであった。
 生まれたての仔馬のように四つん這いでぷるぷると震えている少女の元へ近づき、ぽんと肩に触れてやるだけで、全ては終わるのだ。『転校生』の無限の防御力を以てすれば、今や必殺の威力を秘めているみずきの反撃すらも怖くはない。
 いざ終わらせん――。そう決意して踏み出しかけた右足は、しかして動かなかった。

「(……なんだ、くそっ! ふ、震えてるのか……!?)」

 不動の両脚は震えたまま、動こうとしなかった。不動の深層心理が、みずきに触れることを拒否しているのだった。
 考えてみればわかることだ。覚醒直後の魔人が能力の制御を不得手としているのと同様に、覚醒直後の『転校生』も、力の加減を不得手としていても何ら不思議ではないのだ。
 事実、熟練の『転校生』ですら力加減は困難を極めるという。『ただ、触れる』。それだけの行為が、殺人を厭う不動に与えたプレッシャーは推して知るべきであろう。

「……思った通り、優しいんですね、不動君」

 不動が場外送りと殺害の狭間で揺れている内に、いつの間にやらみずきは不動の眼前にまで迫っていた。
 だが、そこから何をすることもしない。ただただ不動を見つめているのみ。
 沈黙に耐えかねたように、不動が口を開いた。

「……一つ、訊かせてもらっていいですか?」

「ええ、どうぞです」

「あなたは、どうしてそこまで勝利に拘るんですか……?」

 どうしてそんな問いをしたのか、不動にもよくは分からなかった。
 賞金が目的とは思わなかったが、自分のように誰かからの命令だとも思えなかった。
 みずきは左の手首に巻かれたミサンガに右手を添え、優しい笑みと共に語り出す。

「……最初は、憧れの人に近づくためでした。強く、正しく、凛々しい、そんな人に、私もなりたくて……。この戦いで勝ち抜けば、そうなれると思ったんです」

 言いつつ、今そうなれてるかはわかりませんけどね、と舌を出して笑った。

「でもですね。大会に出て知ったんです……。戦いを通して『対話』することで、いろんな方と、すごく強い『絆』を結べるんだなあ、って」

 今度は右手首のリストバンドとメダルに触れながら、うっとりと語るみずき。
 最後に、みずきは不動を強く見据える。
 強い意志を秘めた瞳に、不動は思わずたじろぐ。

「だから……私は、不動君とも『絆』を創りたいです。独りぼっちだなんて思わないでください。不動君にも、たくさんの『絆』があるはずです――!」

 ――もしかしたら。
 もしかしたら、上層部が自分をトーナメントに参加させたのは、このためだったのかも知れない。
 自分に、拳を交わして『絆』を結んだ仲間を創って欲しかったのでは――。
 もしかしたら違うかもしれない。でも、少なくとも自分は『絆』を創りたい。不動はそう思った。

「……白王さん」

「みずき、でいいですよ。……あっ、私も、昭良君、って呼んでいいですよね?」

「みずきさん……。決勝戦、頑張ってくださいね」

「はいっ?」

「参りました。俺の負けです」

 妙に晴れ晴れとした表情で、不動は降参の宣言をした。試合終了である。
 敗因はなんだったのか。不動にも上手く言語化できそうになかったが、強いて言うなら『救われたから』かもしれない。
 そして、こんな負けも悪くない――そんなことすら思っていた。
 勝利に渇いていた不動の心は、今や、まったく別のもので満たされていた。  <終>







◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「突然ごめんあそばせえ。実況・アナウンス担当の斎藤窒素よ。

 本大会の準決勝第一試合は、白王みずき選手の勝利で幕を閉じたわ。

 だから、あなたはここでこのSSを読むのをやめても構わない。

 この先の物語は、ある意味で蛇足にあたるわけだものねえ。

 もちろん私は読むわ。だって、このままじゃちょっと悲鳴が足りないじゃない?

 用意はいい? ……それじゃあ、続けるわよ」


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆







「……おかしいですねえ」

 不動の降参からしばらくが経過した。
 黙って女神オブトーナメントによる転送を待っていた二人だったが、待てど暮らせど転送されぬのである。

「もしかして、なにかトラブルでしょうか……」

「ただ単に、お菓子でも食べてるのかもしれませんけどね」

「もう、そんなこと言っちゃダメですよ」

 素で心配しだすみずきと、あくまで懐疑的姿勢を崩さぬ不動。
 先ほどまで戦っていたとは思えぬほど和やかな空気が流れる両者だったが、とはいえ転送が遅れとしたらそれは実際由々しき事態である。
 敗北しつつも無傷な不動とは違い、勝者たるみずきは満身創痍――いくら『転校生』ワン・ターレンがあらゆる怪我を治すチカラを持っていても、それまでが辛いことに変わりはないのだから。

「――あっ」

 と言っている間に、上空より降り注いだ淡い光がみずきを包み込む。転送の開始だ。
 しかし、そのことを素直に喜べはしなかった。
 対戦相手の不動には、何の音沙汰もなかったのだから――。

「ちょ、ちょっと待ってください! タイムです!」

 転送の刹那、慌てて中止を要求するみずき。
 果たして転送は為されなかったが、しかしどうにも腑に落ちない。どうして自分だけが転送され、不動はここに残されるのか。
 事情の説明を求めんと少女が口を開きかけると同時に、二人の脳内に美声が響いた。

(あてんしょん・ぷりぃいず。お邪魔するわあ、斎藤窒素よ)

 声の主は、本大会で実況や選手へのアナウンスを担当している希望崎学園報道部三年・斎藤窒素である。
 このタイミングでの通信が、単なる勝者宣言で終わるはずがない。
 そう考え身構えるみずきと不動に、いつもと変わらぬ声音で窒素は語りだした。

(まずは、白王選手、勝利おめでとう。いい悲鳴だったわあ……決勝も楽しみねえ)

 ぞわり、と背筋が凍る。
 悲鳴に関しては褒められている気は全くしなかったが、みずきは一応「ありがとうございます……」とお辞儀しつつ礼を述べた。

(そして、不動選手……。真に言い難いのだけど、運営本部は貴方をこの空間から出すわけにはいかないわあ)

「「 !? 」」

 みずきと不動をかつてない衝撃が襲う!
 女神オブトーナメントの能力により創り出されたこの空間から出られないということは、つまり大会本部により軟禁されるということに他ならない。
 きっと生半可な理由ではないだろう。二人の無言は、窒素に次の言葉を促していた。

(実は、魔人公安に「『転校生』不動昭良抹殺指令」とやらが出ているらしくてねえ)

「えっ――!」

(私たちにもお達しが来たのよ。「小隊が到着するまでターゲットを逃がすな」って。
 そういうわけで、無関係な民間人の白王選手には安全なところへ避難して欲しいというわけなの。……わかってくれた?)

「理解はしました。――でも、納得はできません!」

 言いながら、みずきは不動の手をギュっと握る。
 驚く不動。その顔には、ほんのりと朱が差していた。
 心臓も、さっきまでより明らかに強く、激しく動いている。

「昭良君だけ残して避難するなんて出来ません! 勿論、殺させもしません! 絶対に二人で脱出してみせますっ!」

(うふふ。楽しみに待ってるわあ。じゃあねえ♪)

 それから美声は聞こえなくなった。辺りに静寂が戻る。
 みずきは握りしめた手を離さぬまま、不動に向き直り口を開いた。

「こうなったら、本当に二人で脱出するしかありません……! さあ、力を合わせて頑張りましょうっ!」

 おーっ! と空いているもう片方の手を空中に突き出し、ひとり気合を入れるみずき。
 一方の不動はそっぽを向いて頬をポリポリと掻きながらボソボソと喋る。

「……よかったんですか?」

「ええ。大切な仲間の昭良君を放ってなんておけませんもの!」

 薄い胸を張って答えるみずきに、不動の鼓動はますます早鐘を打つ。

「あ、ああ、そう。……あと、手」

「……ああ、ごめんなさい! つい……! あの、離した方がいいですか?」

 自分より僅かに小さい年上の少女の無垢なる上目遣い。
 何故かは分からぬが不動の心は大きく掻き乱された。

「だって、自分は『転校生』ですし……。もしかしたら、何かの拍子に……」

 ――あなたを傷つけてしまうかも。
 続く言葉を飲み込んで、不動が堪らず目を逸らした直後――触れていたみずきの手から力が消え、その身体が崩れ落ちる――。

「危ないっ!」

 言うが早いか、不動は手を出してみずきを受け止めていた。
 己の腕の中におさまった華奢な身体。滑らかな曲線美。眩い肌色。
 意味も分からずどぎまぎしていると、腕の中から、優しい笑い声が聞こえてくる。

「ほら、私はなんともないですよ? 制御できない力で私を傷つけてしまうのが、怖かったんですよね? 昭良君、やっぱり優しいです」

 心中をズバリ言い当てられ、不動は気恥ずかしさに思わず逃げ出したくなった。

「でも、大丈夫です。昭良君なら、絶対に大丈夫。私、信じてますっ!」

 にっこりと微笑みながら、みずきは不動に体重を預ける。
 何がどうなっているのか。首から上がやけに熱い。不動には何も分からなかった。
 だが、一つだけ分かっていることがある。自分はこの人を絶対に傷つけない――!

「さて、いつまでもここでお喋りしているわけにもいきません。行動を開始しましょう」

「でも、この空間は女神によって支配されています。何か策でも……?」

「はい! そのためには、昭良君にもひと仕事してもらわなければいけません」

 ハートが飛ぶようなウィンクと共に言い放つみずき。そして、その言葉に無条件で頷ける程の『絆』を、不動は感じていた。



 ゆるゆると緩慢な速度で飛行する不動。その背には、ほぼ全裸に等しかったみずきが、不動の学生服を羽織った出で立ちで乗っていた。
 みずきの言う“一発逆転の秘策”を使うには大きな移動が不可欠とのことであるらしく、彼女はあろうことか不動にそこまでの乗り物役を命じたのだった(実際はもっと柔らかくも天然めいて核心を突いた言葉であったが、受け取る方からすれば同じである)。
 不動はみずきに学生服の上を掛けてやり、それから少女を負ぶさり飛び立つという涙ぐましい献身さを見せ、何の躓きもなく計画は進行していた。

「昭良君……あの、重かったらごめんなさい。確かこっちだったと思うのですが……」

「……別に、大丈夫ですよ」

 ぶっきらぼうに答える不動に対し、「ああ、やっぱり重いんですね……」と勝手に落ち込むみずきだったが、実のところ不動はそれどころではなかったのだ。
 己が肉体に絡みつく熱を帯びた肢体。静まれと念じる程に火照る顔。何かがおかしい。
 この異常の正体を彼は見つけあぐねていた。不動昭良、齢十四にしてこれが“初めて”だったのである――。

「あっ! ありましたよ、昭良君っ! ほらっ!」

 突如としてはしゃぎだしたみずきが左手で指差す先には、大きなプールがあった。
 不動の通う中学にあるものよりも深く広いそれは、一般的な高校のプールよりも大きかったかもしれない。女神が思い切り泳ぎたかったんだろうな……と、不動は思った。
 プールサイドへとふわりと降り立った不動は、腰を屈めてみずきを下ろす。みずきは不動に礼を述べ、水の張ったプールにじゃぶんと入ると、恥ずかしそうに懇願した。

「あの……。あのですね? これから私、その、“お着替え”しますので……。こっち見ちゃ、嫌ですよ……?」

「わ、分かってますよ!」

 ぼっ、と顔から火を噴きながら、大声を張りつつ不動はプールの外、グラウンドの方を向いた。

「まったく、もしかして俺が覗くとでも思ってたのかよ」「それは心外だ」「さっきの“信じてる”って言葉は嘘だったのか」「でも、なんで俺はあのひとに言われた言葉の一つ一つにこんなに振り回されてるんだ……?」「うわああああ、分からねえっ……!」

 右往左往を繰り返し、不動昭良の脳内会議は踊る。思春期特有の甘酸っぱさに、不動は全身で浸かっているようだった。
 しかし、この堂々巡りは実のところ彼の生命を救ったと言わざるを得ない。
 外界の音を一切寄せ付けぬ程己に没頭した不動の背後では、“着替え”に勤しむみずきのあられもない声が漏れていたのだから。

「ひゃあああっ!」「だめえっ、こえ、でちゃぅう!」「ふああっ!」「すぐそこに、あきらくんがいるのにぃ……!」「我慢、できなっ――!」

 両者がそれぞれ己のと戦いに打ち勝ったのは、それから実に数分後。
 プールから上がったみずきは、不動に「もういいですよっ」と上気した声を掛けた。
 早く計画を次の段階に進めんと、振り返った不動はしかしてすぐに硬直する。

「――な、なんで、スクール水着……!?」

「だって、ここは学校のプールですよ?」

 さも当然だと言わんばかりに小首を傾げたみずきに、不動はようやく確信した。
 ――このひと、天然だっ! しかも、すっっっごく“危うい”タイプだっ!
 紺色と肌色のコントラストが映え、肩紐のズレを直すと、ぱちんっと快闊な音が鳴り飛沫が飛ぶ。完璧なるスク水少女・みずきが、次の瞬間にとんでもないことを言い出した。

「さあ、次のステップに進みましょう! 昭良君、服を脱いで下さい!」

「なっ、はあああっ!?」

 素っ頓狂な声を上げる不動だったが、みずきはきょとんとして見返す。
 二人きりのプールサイド――。少女はスク水――。己に脱衣を要求し――。目指す港は“次のステップ”――。
 またもや熱を上げる不動を意にも介さず、みずきは言葉を続けた。

「だって、昭良君もプールに入るんですよ? 服着たままじゃ、なんとなく気持ち悪くないですか?」

 そう、次のステップで、不動はみずきと共に入水する必要があったのだ。
 みずきの言葉はむしろ不動を慮ってのものだったのだが、彼には逆効果のようだった。
 果たして不動はみずきの勧めを断り学生服のままプールに入り、次いでみずきも水の中へと身を投じる。

「では、参りますよ――!」

「……ええ」

 懸命な表情で気合を入れるみずき。その背後で、不動はさも居心地が悪そうだ。
 というのも今の二人は、両腕を水平に伸ばしたみずきを後ろから不動が支えているというなんともタイタニックめいた体勢であり、それがゆえに不動は腰をぎこちなく屈め、顔も赤くしていたのだった。
 落ち着きを取り戻すために頭の中で素数を数える不動は、今この瞬間も漏れるみずきの艶めかしき声が響いていたのだから。つくづく噛み合っているのか分からないコンビだ。

 そんな風にしていると、やがて異変が起こりつつあるのが不動にも分かった。
 プールの水嵩がどんどんと減ってゆき、みずきの纏う服がどんどんと肥大化し、気付けば自分もその巨大な服の内部に取り込まれていたのだ。とんだ二人羽織り状態である。
 どうしたものかと決めあぐねていると、みずきが不動に精一杯の指示を出した。

「あっ……、あきら、くんっ……! いっしょに……飛んでぇ……っ!」

「だああああああああ! わかったよチクショオオオオオオ!!」

 いちいちアブナイひとだよなあホントッ! ヤケクソ気味に不動は能力を行使した。
 『インフィールドフライ』により、ふわりと飛翔し上昇する二人。
 プールの水が底をつく頃には二人は校舎よりも高く舞い上がっており、みずきの服装も年末に現れるという伝説上の生物“コバヤシ・サティコ”のように巨大になっていた。

「お疲れ様です昭良君。あとはお姉さんに任せておけば大丈夫のはずですっ!」

 自信満々に断言するみずき。不動は若干以上の不信感を抱いたが、もう彼女に頼るより他はないのだ。呪うべきは己の運命か。
 みずきの考えた作戦とは、「女神の空間にも限界があるのではないか?」という仮定に基づいたものであった。
 その内容は至ってシンプル。女神のMAPの限界を超える量の水を、みずきが放てば良いというものであった。

「(ほんとに上手くいくのか……?)」

 ここまで手伝っておいてなんだが、不動は未だにこの作戦に懐疑的であった。
 みずきはフッと表情を引き締めると、凪いだ水面の如く静かになった。
 そして、徐々に――だが確実に、彼女の纏う巨大衣装に何らかのチカラが漲っていた。

「これは――!」

 驚く不動。これは、みずきの能力『みずのはごろも』の特性によるものだった。
 みずきが水を操る際に失う衣服の量は、過去を思い出してみれば分かるが完全な比例関係にはない。例えば夢の中での沢木戦での極度の精神不安定状態での能力行使では、水量や威力に比してあまりにも多くの衣服が失われ、またモヒカンザコ戦での最後の水撃は、絶大な威力・水量ではあったが何とか局部を隠せる程度の衣服を残せたのだ。
 ここから分かる『みずのはごろも』の仕様とは、『水弾の威力・水量は放出後の衣服の残量に比例する』ことに加え、『発動時の精神状態により大幅な補正を得る』のである。

「きてます……。私の意識が水に融け合い、最高の状態へと醸成され――」

 漲り続けるチカラはやがて、ぼこっ、ぼこっと、滾るマグマの如く気泡を産んでいた。

「昭良君は、確かに『転校生』です……。お国からしたら、少しだけ迷惑な存在なのかもしれません……」

 ――――でもっ!

「彼は中学二年生ですっ! 私たちと同じ子どもでっ! あなたたちと同じ心を持っているんですっ! 私は怒っています……! こんな仕打ち、絶対に許しません!!」

 無論、みずきに水の温度を操作する能力など備わってはいない。だから、この気泡はあくまで彼女の精神の昂りのイメージに過ぎない。
 しかし、不動はこれ以上ない程にアツさを覚えていた。
 顔が、胸が、そして何より目頭が、こんなにも熱い――。

「――よし、今ですっ! 昭良君っ!」「はいっ!」

 極限まで研ぎ澄まされた集中に怒りが交差し、みずきの水撃は過去最大の規模の――大津波を放った!

「「 いっけええええええええええええ!! 」」





「「 ――――ええええええええええっ!? 」」

 気付けば二人は控室のベッドの上にいた。
 みずきは全裸で不動に支えられており、ベッドの上という関係上、それは見ようによってはとんでもなくとんでもない誤解を生みかねなかったが、あまりにも急すぎる場面展開に脳が付いていけず、幸いにもその事実にまでは理解が及んでいないようだった。
 ややあって、控室の扉が開く。入ってきたのは、四人の少女だった。

「わあーん、わあーん。みずきちゃんの能力に耐えきれず、ついつい二人とも転送してしまいましたあー。わあーん」

 恐らく自分では迫真の演技のつもりなのだろうが、誰がどう見ても棒読みなセリフを繰り返す――女神オブトーナメント。

「あらあら困ったわねえ。私が白王選手を焚き付けちゃったせいで、不動選手が出て来ちゃったわあ」

 漆黒のヴェールでも隠しきれぬ、セリフとまったく噛み合っていない愉しそうな顔をした――斎藤窒素。

「てえへんだあーっ! 白王選手が全裸だあっ! 不動昭良の行方なんかどうでもいい! おおおおおおお、この命が燃え尽きてでも、私はカメラを回し続けるッ!!」

 一人だけ明らかに素な――結昨日映。

「……というわけで、運営本部は『転校生』不動昭良様を拘束すること叶わず、まんまと控室の窓より逃げられてしまいましたとさ、ちゃんちゃん。……というわけです」

 締めくくるは、聖母の如き笑みを湛えた――結昨日司。

「皆さん……これって、つまり……!」

「そうそう、魔人小隊の方は、支倉葵様達がなんとか押さえているようですよ。今がチャンスですね――おおっと、これは失言でしたね。うっかりうっかり」

「支倉さんが……みんなが、俺のために……」

「ね? 言ったでしょう、昭良君」

 みずきも不動の手を握り、優しく語りかける。

「君は独りじゃなかったんだよ。ほら、こんなにも『絆』がいっぱい――!」

 みずきの言葉が不動に沁みてゆく。瞳から、一条の涙が頬を伝った。

「感動的なところ悪いけど、そろそろ発たないと本当に危ないわよ?
 私としては魔人公安に捕まって残虐の限りを尽くされる不動選手の悲鳴にそそるものがあるけれど……」

「……また斎藤窒素様は、こんなときまでドSアピールをなさって……!」

「なあに、文句でもあるのかしら。ねえ映さん、少し“御仕置き”が必要なようねえ」

「ぐへへへへ、自分からおねだりするたあ、どうしようもないド淫乱娘だぜえ……!」

「ふええー、皆さん楽しそうですねっ! 私も混ぜて下さいよう!」

 かしましく騒ぐ運営陣の声をバックに、不動は窓に足を掛け、今にも飛び立たんとしていた。
 一瞬、名残惜しむような表情を見せたが、すぐさま晴れやかな笑顔に変わった。

「じゃあ、みずきさん。お世話になりました。……さようなら」

「違いますよ、昭良君。“さようなら”、じゃなくて、“またね”、ですっ♪」

「――はい。また会いましょう……!」

 飛び立つ若人の胸に満ちるは万感の思い。
 戦いの日々と、実らなかった初恋が、少年を少しだけ大人にした――。  <終>


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