幕間SS 準決勝まで・1

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『白王みずき幕間SS ~準決勝前~』(by 羽山莉子)


廊下には、バスケットシューズの摩擦音がキュッキュッと響く。
荷物の一杯詰まった茶色い紙袋を抱え込みながらも、いつもと変わらない軽快なステップ。
リズミカルな歩行に併せ、ポニーテールがゆらゆら揺れる。

「にっしっしっ♪ みずきちゃん、喜んでくれるかな~♪」

羽山莉子のステップは、一層軽快なリズムを刻み出していた。


†††


SNOW-SNOWトーナメントオブ女神オブトーナメント 選手控え室。
万人がイメージするような、ロッカーと長椅子しか無い殺風景な部屋……というわけではない。
ふかふかのベッドとサイドテーブル。
大きめの机の上には、液晶ディスプレイとタワー型PCが設置されており、試合観戦が可能となっている。
また、小型の冷蔵庫やミニキッチンまで用意されている始末だ。
バス・トイレも完備。
勿論、ユニット型ではない。
試合終了後、選手はこのバスルームで汗を流すのだ。

この部屋の仮の主――――白王みずきの姿も、バスルームで確認する事が出来た。
――――他の選手とは異なり、服を着たまま浴槽で仁王立ちしているという一風変わったスタイルだが。

彼女が蛇口を捻ると、大きめの浴槽内へと水が注がれてゆく。
それがくるぶしに掛かる程度に溜まったところで、彼女は蛇口を逆に捻り止めた。

「んっ――!」

彼女が言葉を発すると、身につけていた服は、ばしゃり、と音を立て、その姿を”ただの水”へ変えた。
雫が彼女の柔肌を伝い、浴槽に流れ落ちる様が艶やかであった。

「んっ……んんっ……! ふっ――!」

生まれたままの姿となったみずき。
彼女が再び声を発すると、浴槽に貯められた水は、じんわり、と彼女の身体を覆い――――

「み・ず・き ちゃ~ん♪ お見舞いに来た……よ?」
「はあ、はあ……はっ!……えっ?」

……………………
………………
…………
……

不意に勢い良く開けられた扉に、視線が集中する。
羽山莉子の目に映っていたのは、「生まれたままの姿で、浴槽で一人、艶かしい声をあげていたみずき」。
そこから、羽山莉子がどんな結論を導き出したか推察するのは容易であろう。

「え、えーと……。邪魔しちゃってごめんね?ご、ごゆっくり~……」
「ち、違うんですっ!」
†††


「”お着替え中”っだったってことね。私はてっきり……」
「うぅっ……。誤解が解けたようでなによりです……」

ベッドに並んで腰掛けながら、りんごを食べる二人。
莉子は二つ目のりんごに手を伸ばし、みずきは手馴れた手つきでりんごの皮を剥いている。
4等分にしたりんごを、うさぎの形に切り分けるみずき。
それだけで、彼女の女の子らしさが如実に語られる。
なお、『お見舞い』という名目上、当初は莉子がりんごを剥いていた。
が、皮にその身の大部分を剥ぎ取られた”かつてりんごだったもの”の姿を目の当たりにし、暗黙の了解の下、みずきが皮を剥くこととなった。

「ぬっふっふ~♪ いっぱい買ってきたからね♪ 遠慮しないで食べてね♪」
そういいながら、紙袋の中身を机の上に広げる莉子。
出てきたのはりんご、チョコ、桃、チョコ、メロン、チョコ、チョコ、バナナ、チョコ、チョコ、パイナップル、チョコ、チョコ、チョコ、……

「(明らかにバランスがおかしい~~!?)」
「ん?」

動揺を隠し切れないみずきの顔を、屈託の無い笑顔で覗き込む莉子。
そう、これが――――

「(な、七つの天然ジゴロスキルの一つ、『羽山スマイル』!)」

――――である。
みずきの顔が赤くなっていく様が、傍目からも易々と見て取れる。

「い、いえっ!それよりも、わざわざお見舞いに来ていただいてありがとうございますっ!」

心中穏やかではないのだろう。
平静を保ったフリをしているが、バレバレである。

「にっしっし♪ 気にしないでいいよ♪ 私を倒した人には頑張ってほしいし……何より、みずきちゃんのこと、好きだしね!」
「なっ――!」

2combo! good!
七つの天然ジゴロスキルの一つ、『羽山不意打ち』により、一層みずきの顔は赤みを増す。
さらに――――

「ん?みずきちゃん、顔赤いよ?熱でもあるのでないかい?」
ぴとっ、と自分のおでこをみずきのおでこにくっつけ、体温を測り始める莉子。
3combo!! excelent!!
――――返す刀で『羽山スキンシップ』。
その圧倒的火力により、みずきはさながら茹でタコのように頬を紅潮させている。
今にも、ぷしゅー、と蒸気を発しそうだ。

「(お、落ち着け落ち着くんです私っ!好きっていうのは同姓としての意味で、決して私のことを好きという意味では無く、そう、可愛い後輩くらいの意味で、か、可愛い?そ、そんな真正面から言われたら……。というか、莉子せんぱい、まつ毛長くて、唇もぷるるんとしていて、それに何だか甘い香りもして……)」

みずきの思考回路は、まさにショート寸前なのであろう。
混乱している様が、手に取るように分かる。

「む。みずきちゃん、何だか本当に熱があるような……ん?」

瞬間、莉子は理解したようだ。
自分達が今、どれほど顔が近づいているかに。
唇と唇の距離は、僅か10と数cm。
みずきは、相変わらず頬を紅潮させたまま、その息遣いは熱を帯び始めている。
その視線はぼんやりと潤んでおり、切なそうに、苦しそうに莉子を眺め続けている。
莉子もまた、段々と頬が紅潮していくのが見て取れた。
まるで、磁石でくっついちゃったかのように、離れることを拒む二人のおでこ。
――――まるで、世界にはこの二人しかいないような――――

「莉子……せんぱい……」

刹那、莉子の手がみずきの頬に触れる。
それを受け、みずきはそっと、そっと、瞳を閉じた。
†††


ぴとっ
みずきの唇には、甘い感触が広がっていた。
目を開けると、目の前には、莉子の白く長い指に挟まれたチョコボール。
しっとりと溶けたチョコボールは、申し訳なさそうにみずきの唇に押し当てられていた。

「(危なっ!危うく雰囲気に流されそうに……。みずきちゃん、”危うい”なぁ……)」

七つの天然ジゴロスキルの一つ、『羽山おあずけ』により難を逃れた莉子。
その表情は、安堵か後悔か。

「……あはははは」
「……えへへへへ」
おでこをくっつけたまま、お互い気恥ずかしそうに、どちらからともなく笑い声が漏れた。

「(ごめんねみずきちゃん。悪いけど、この唇はすでに先約済みなのだよ!)」
莉子のネックレスが、ゆっくりと揺れていた。


†††


「さ――てっと!私はそろそろお邪魔しようかな」
剥かれたりんごの最後の一つを食べ終わると、莉子は勢い良くベッドから飛び跳ねた。

「あっ!そうそう!」
莉子は、不意に何かを思い出したかのように、持ってきた紙袋をがさがさと漁る。

「はいっ」
ぽいっ、と軽く投げられたその物体を、慌てて両手でキャッチするみずき。
これは――――

「――――リストバンド?」

白王の名に相応しい、純白のリストバンド。
莉子の腕に巻かれた緋色のリストバンドとは、紅白で対になっているようにも見える。

「あっ!新品だよ!?別に私の汗とか含んでないから、汚くないよ!?」

莉子せんぱいの汗なら、別に含んでいても――――
そう思ったかは定かではないが、みずきはぶんぶん、と首を横に振る。

「ま、何ていうか、みずきちゃんに持っててもらいたいんだよね!」
「莉子せんぱい……。有り難く!いただきますっ!」

にっこり、と笑顔を向け、ミサンガを付けた腕と反対の腕にリストバンドを装着するみずき。
それを受け、莉子もまた、にっこりと笑顔を返す。

「じゃ、みずきちゃん!準決勝も頑張ってね!」
そう言うと、ばたん、と音を立て莉子は部屋を出て行った。

残された室内には、莉子の買ってきてくれた無数のお土産の山。
その中から、みずきが取り出したのはチョコボールの詰まった小さめの箱。


先ほどの感触を思い出しているのだろうか。
先ほどの甘さを思い出しているのだろうか。
みずきは、チョコボールを一粒、口に含んだ。



白王みずき幕間SS ~準決勝前~ end




なお、室内の一部始終は結昨日映の臨場感溢れるナレーションと共に全て撮影されており、その映像は機材ごと結昨日司に破壊されたというエピソードがあるのだが、それはまた別のお話。

【白王みずき 幕間SS みずき友人帳】(by 白王みずき)

「……もう臭いはとれてます、よね」

 袖を捲りあげ、腕の辺りをすんすんと嗅ぎながら、歩く一人の少女の姿。
 彼女の名は白王みずき。水を操る能力を持つ、希望崎学園の一年生である。
 時刻は午後三時頃。休日ながらも制服を身に纏い、少女は某喫茶店へと入っていった。

「お待たせして申し訳ありません、操子せんぱいっ!」

「あはは。別にいいって」

 開口一番謝罪の言葉を口にしたみずきに対し、目の前の少女はおおらかな笑みを返す。
 少女は吾妻操子といい、みずきの所属する風紀委員会における先輩である。
 今日は後輩のみずきに勉強を教えて欲しいと頼まれ、ここで待ち合わせていたのだ。

「? どうしたの、座らないの?」

「えっとですね……」

 席に着かねば勉強を教えることは叶わぬ。だのに、みずきは座ろうとしなかった。
 そわそわとした様子で身体を微かに動かしながら、縋るような眼差しを向けている。
 やがて、首を傾げる操子に柔らかな唇を開き、言葉を発した。

「あの……私、臭いますか……?」

「はあ?」

 いきなり何を言い出すのよこの子……、と、操子は頭が痛くなった。
 話を聞くためにも操子は強引にみずきを座らせ、勝手にコーヒーを注文する。
 苦いものが文字通り苦手なみずきは軽く絶望しつつ、説明を開始した。

 ――――――――

 ――――

 ――

「……つまり、一回戦の対戦相手からもらったメダルを二回戦の会場の肥溜めに落っことしちゃったから、それを浚っていたと……。で、身体が臭ってないか気がかりだと……」

「向こうでシャワーもお借りしてすごい頑張って洗ったんですけどね……!」

 言いつつ、みずきは「ずーん」と暗めのトーンを背負ったように落ち込んでいる。
 操子はそんなみずきに軽くため息をついた後、快活に笑いながら、

「あんたが思ってるほど臭ってないよっ! ほら、やるんでしょ、英語!」

「あ、はいっ! よろしくおねがいしますっ!」

 と促し、スクールバッグから辞書や筆箱を取りだした。
 自分も同じように道具を取り出しながら、みずきは改めて目の前の先輩を見据える。
 会うたびに意地の悪いことを言ったりからかってきたりするが、このように非常に面倒見のよく、自分のことをとても大切にしてくれていることが分かる、吾妻操子という先輩を、みずきは本当に慕っていた。

「ん? 何、私の顔になんかついてる?」

「い、いえっ! いつもどおり御綺麗ですよっ!?」

 焦りのあまり、みずきは素っ頓狂なことを口走ってしまった。
 本日何度目かも分からぬ怪訝な目でみずきを見ながら、操子は呆れたように言う。

「はいはい、ありがと。じゃあ、次の英語を私の後に続けて発音してみて?」

「わかりましたぁ……!」

 気恥ずかしさから教科書で顔の下半分を隠したまま、みずきはか細く返事をした。
 それを受け、操子のLessonが始まる。

「私の(what-a-she-know:「私の所有する」という意味の英語)」

「私の……」

「もっと大きな声で言わないと効果ないよ! さあ、恥ずかしがらずにもう一回!」

「わ、私のっ!」

「能力は(No-Rio-cook-warn:「魔人能力は」という意味の英語)」

「能力はっ!」

「えろいです(A-Roy-Death:「素晴らしい」という意味の英語)」

「えろいですっ!! ――って、何を言わせるんですかあっ!」

 思わず立ち上がりながら大声を出したみずきは、すぐさま自席を中心に醸し出された異様な雰囲気に気付く。
 どよめく喫茶店内! 顔を真っ赤にするみずき! けらけらと笑い転げる操子!
 その場で「お騒がせしてすみません!」と何度も頭を下げ、逃げるように着席する。
「あははは! やー、面白かった!」

「ううう、ほんともういぢわるしないでくださいよぅ……」

 朱に染まった顔と潤んだ瞳を以て為された懇願は、小動物のように庇護欲をくすぐる。
 罪悪感が操子の胸をチクリと刺す中、少しだけ落ちついた様子でみずきは尋ねた。

「それにしても、それ、ほんとに英語なんですか……? なんだか、学校で習うのとは違うような……」

「……あんた、“英検”知らないの?」

 疑問文に疑問文を返しながら、操子は信じられないといった表情を浮かべていた。
 英検。その言葉を脳内で反駁しながら、みずきは頭上の疑問符をさらに増やしていく。
 その表情を見て、操子は説明を始める。

「最近知り合った“先生”がね、英検四十段の完全熟達者(オーバーアデプト)でね!」

「え、今なんて……!?」

 話が全然見えず、みずきの頭は雨後の筍の如く増えゆく疑問符でいっぱいとなった。
 それから続いた操子の熱弁をまとめるに、操子は先日、文化交流のためだかで希望崎学園にやってきた妃芽薗学園の三年生・鈴木三流と偶然出会い、その能力を見初められ、彼女が創設者兼会長を務めている弱能力者集団・SLGの会に誘われたのだという。
 で、そこのメンバーの一人である“先生”より、英語の手ほどきを受けたのだとか。

「な、なるほど……」

 数十分にも及んだその説明を受け、みずきは若干引きつつも得心していた。
 操子の魔人能力『愛起動』は、『好きな人のために努力する』という能力である。
 例えば現在の操子のメイン武装である懸糸ダッチワイフにしても、元々は彼女が慕っていた風紀委員の先輩・手造光太郎に近づくために習得した技術である。

「(しばらく前から手造せんぱいの話をしなくなってましたけど……ははあ……)」

 新しく頼んだ紅茶を啜りながら、みずきは事の全貌を把握していた。
 すなわち、愛しの手造光太郎が変態が丘の騒乱において骨格フェチに“調教”されてしまい袖にされてしまった後、行き場を失った彼女の気持ちはその“先生”に向けられ、次いで能力により英検の習得を志した、というわけである。

「(確かにせんぱいの能力、強いかと問われると、微妙ではありますしね……)」

 すごく恥ずかしいながらもある程度の戦闘力や応用性を備えているみずきの『みずのはごろも』とは違い、完全に思考、あるいは志向にのみ関与し、あまつさえ努力が必ずしも結果に結び付くわけでもない操子の『愛起動』は、確かに弱能力であると言えた。
 とは言え、好きな人のために努力ができるというこの能力をみずきはこの上なく素敵な能力だと思っているし、なんだかんだでみずきのことを気にかけてくれている操子の人柄とも併せ、白王みずきは吾妻操子のことを『最高の先輩』だと感じているのもまた、紛れもない事実であった。

「いたずらは、ちょっとご勘弁を願いたいですけどね……」

「なんか言ったー?」

「いいえ、なんでもっ!」

 元気よく言葉を返しながらペンを握りなおしたみずきを見て、いつもながら変な子ねえ、などと笑いながら、操子も今度はきちんと高校英語を教え始める。
 二人とも優秀な成績を修めているだけあって、割と難しめな参考書を捲る手も軽やかに、時折談笑などを挟みつつ勉強会は進んでゆく。
 そんな中で交わされた世間話の一つは、みずきにとって看過できぬものであった。

「それで“先生”がね、なんかあんたのでてる大会? に出てたんだってー」



 夕方頃に喫茶店を出て操子と別れて帰宅したみずきは、入浴後に居間のソファに腰を埋めながらDVDを見ていた。
 テレビに映るは、ショッピングモールを舞台に繰り広げられる戦い。
 トーナメント第一回戦第四試合。“先生”こと池松叢雲と、彼を下して勝ち上がった、みずきの次の対戦相手である不動昭良――その両名の死闘である。

「いやあ、すっごい戦いねえ。あんたこれ死ぬんじゃない?」

「うっ……。怖いこと言わないでくださいよ……」

「ほらほら、お母さんはこれからドラマ見るのー。テレビを明け渡しなさいー」

 母の大人げない要求を「やれやれ」と思いながらも承諾し、みずきはDVDをとりだしケースに戻す。
 それから母と並んでソファに座りながら一緒にドラマを見て、部屋に引っ込んで翌日の授業の用意をし、もぞもぞとベッドへと潜り込みながらも、少女の頭には一つの違和感がこびりついていた。
 眠りの淵を彷徨いながら、違和感の正体を探る思考も段々と沈んでゆき……やがて、少女は眠りに就いた。


 翌日。決戦の朝。みずきはアラームが騒ぎ出す前に起床した。
 いつもの制服姿に“着替え”を済ませ、戦った強敵(とも)から託されたアイテムも身につけ、片手にローファーも携えた万全の状態で転送ゲートの前に立つ。
 振り返りながら、母ににっこりと笑いかける。

「……結局、違和感については分かりませんでしたが……行って参ります!」

「死なないようにねー」

 気の抜けた声援に無言の背中で応えつつ、みずきは準決勝の戦場たる『学校』MAPへと進んでいった。
 娘が去った後の居間にて、白王みどりはひとりごちた。

「――違和感って、折角教えてもらった宿題を提出できないことじゃないの……?」

 部屋に放置されたスクールバッグが、悲しげに朝日に照らされていた。  <終>

真野 風火水土幕間SS(by 真野 風火水土)

現在希望崎学園は定期試験前の準備期間中である。授業は午前中まで、部活動は一部を除き活動を制限されている。
ここまでなら普通の高校と変わらないが、「試験期間中は保健室の利用禁止」という規則は如何にも希望崎学園らしい。
そのタイミングを狙って、真野は保健室を訪れる。薬が与える興奮よりも好奇心を刺激する興味の種がこの世界には沢山ある。
例えば実在でありながら限りなくイデアに近い魔人、鏡子だ。同時に彼女は真野の「イデアの金貨」の正体を知る数少ない存在でもある。
尤も、真野本人は既に知り尽くしている自分には興味が無いから話そうとしないだけで、特に自身の能力について隠すつもりは無かったりするのだが。
毎度の如くのらりくらりと話を逸らされながら、保健室を辞した真野は一人の女子生徒とはちあわす。何もなければ準決勝の対戦相手になる予定だ。
「ごきげんよう。股の海は昨日も勝ったようだね」
「へー。真野さんでも保健室に用があるなんて意外ですね」
「そりゃヒドイ誤解だ」
ミドは真野の保健室訪問の目的が男子生徒達と同じではない事を知っている。何故ならここで二人の会話を聞いていたからだ。
棚からぼたもち。得られた敵に関する情報を彼女はむねにきざみこんでいる。

会話を完璧に記憶する―それはその会話に含まれた意図、心理、更には建前にまで至る。平たく言えば嘘を見破れるのだ。
これは2回戦でのもじの歌からその心理を読みとろうとした事から発展させた応用技で、弱い能力も実際は使い様である。
ミドは保健室の前で盗み聴いた真野と鏡子の会話をおもいだす。『イデアの金貨は直接的にはコインの表裏を操作する事しか出来ない』。この言葉に嘘は含まれていない。
『直接的には』が何を示すのかは残念ながら特定できないが、仮にイデアの金貨の正体がミドの推測通りだとすれば―
「イデアの金貨は破れるかもしれない」

試合直前
「そうだ、どうせなら試合前にお互い一つずつルールを決めてみません?」
「構わないけど、後からルールを提案する側が有利なんじゃないかな?」
「コインで決めてくれて良いですよ」
ミドは敢えて真野のコイントスを催促する。接近戦以外の戦い方が出来ない彼女にとって、真野の能力を牽制する手段は無い。
それならば今の段階で自分の推理の是非を確認しておいた方が良い。
「表なら君から、裏なら私からだ」
天井付近まで弾かれたコインはテーブルの上で小さく弾んだ後、裏を天井に向けた。
「やった!裏!!」
コインの表裏が真野の意思に反する。それは能力が発動に失敗した事を示す。
わざわざ自分が不利になるようにコインの表裏を操作する必要はない。ミドも真野の能力が発動に失敗した事に気付いている。
「……武器を確認したい。お互いにだ」
お互いの武器がテーブルの上に広げられる。真野は拳銃とナイフ、ミドは大剣とナイフ。
真野としては大剣が実体無い幻である事と、ナイフの刃渡りを確認出来れば少なくとも損は無いという考えだ。
「じゃ、こっちのルール」
「こっちのルールは対等に戦う事。銃は剣より強いんだから、没収」
イデアの金貨を封じたところで、拳銃相手に実質ナイフだけで戦えるわけがない。最初の提案の時点でミドが重きを置いていた狙いは実はこちらである。
ミドが提案してきたルールはおおよそ予測通りではあったが、能力は発動せず、獲物のアドバンテージも失い、真野はどうにも変調である。

―本編に続く

【準決勝参加者の紹介】(by しらなみ)

準決勝参加者の今までのSSスタイルの見どころや得票率、印象的な台詞を自分なりに
纏めてみました。いままでの大会SSを未読の方も、興味引かれるSSタイプがあれば、
もしあればちょっとだけでも、SSダンゲロスのぞいていただければ幸いです。

【準決勝参加者の紹介】
○白王・みずき
通算得票率69%(有効58)

参加者中トップクラスのほんわかSS&天然キャラ。
最大の特徴は書かれる関連・幕間SSの多さ。そこで醸しだされる空気は清々しく、
殺伐とした大会のはずなのに試合を通じ対戦相手と友達になっていく彼女の人柄を
示している。なにせ幕間SSの多さ―これは対戦相手による投稿も含めての話なのだ。
だが侮るなかれ、その才覚の閃きを。乾坤一擲のアイデアが勝負を彩る。

「私にはそのぉ……。既に、心に決めた方がおりますので……すみません!」

きっと兄さんは見守っていてくれる…だが脱衣能力者。貴様は一体お兄ちゃんに何を見てもらおうというのだ。

○不動・昭良
通算得票率60%(有効55)

正統派主人公タイプの魔人警察見習い
参加者中トップクラスのSS構成力。また対戦相手の圧倒的『格』描写も魅力で格上の
強敵(ライバル)たちと戦う白熱した「バトル描写」は見ている者の胸を熱くする。
能力や才覚を出来うる範囲で活用し、安易なパワーアップやご都合主義を取らない姿勢
にも評価が高い。ただ強敵とガチで戦う為、本人の負傷率もまた随一。

「鳥になりたい……っていうより、空を飛びたいとは実はちっちゃい頃から思ってたんですよね」

アキラ、君には明日も地獄を見てもらう。(by魔人警察)

○真野・風火水土
通算得票率60%(有効40)

まだ見ぬ地平線と貧乳を愛する真野一族のミステリアス・ダンディ。
その特徴は参加者中トップクラスのSSの短さ。そしてその僅かな刹那の文に凝縮された
エッセンス。その能力との組み合わせは絶妙。
余計なことをタさない、そして引かないスタイリッシュな大人の味に魅せられる投票者も多い。

「この世界のどこの国のものでもない。これはアイデアの語源でもあるイデアの世界の金貨だ」

世界が風火水土を愛すのか、風火水土が世界を愛すのか―イデアの歴史がまた一ページ。

○伝説の勇者ミド
通算得票率78%(有効32)

驚異の飛び道具『股の海』を擁する勇者一行リーダー。
参加者中トップクラスのビッチ&得票率。大会随一のメタSS手法(というか既に限りなく
邪法に近いが)の使い手で、表と裏、表裏一体のSSロジックと使い分けは見事。
コメディタッチを侮ってはいけない。
このリアル・ボルネオ能力を見破らない限り、人はその手の中で踊ることになるだろう。

「負けそうなとき くじけそうなとき 『にげる』を選べば いいんだよ 」

歌はその人と為りを映す。それはまさに真実の鏡。



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