伝説の勇者ミドSS(決勝)

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決勝 伝説の勇者ミド

名前 魔人能力
白王みずき みずのはごろも
伝説の勇者ミド おもいだす

採用する幕間SS
『白王みずき 幕間SS みかどエンペラー』
(みずきは眼鏡ほか、厚着をしている。みかどからの手紙を読んだ。)

試合内容


<現在>

その朝も、いつもと同じように迎えることができた。
小さく伸びをする。体の調子を確かめる。うん、問題ない。
その目は涼やかで別段の緊張もなかった。普段通りの実力を発揮するに不足はない。

――決戦の日。

この日の勝敗は天地の差をもたらす。だが結果を焦ってその事実に足を取られれば、
すぐに奈落へ飲み込まれるだろう。その不安が一切ないかと言えば、さすがに嘘になる。
窓から降る早朝の陽光が枕元を照らす。
その暖かい色に心をさらすと、精神までも、太陽のにおいで澄み渡っていく気がした。

大丈夫だ。平常心の所在を確認する。
と。そこでドアがノックされ、彼を呼ぶ声があった。返事をして振り向く。
「ハイ」
ドアを開ける。

「ちょっと今、いいか」
「・・・親方」

股盛山親方(またもりやま・おやかた)。股ノ海の師匠にあたる人物であり、
かつてはバク転とブレイクダンスの腕前をもって「無双」と称された名横綱だった。

股ノ海は目頭を熱くした。彼は一敗のまま今日を迎え、おそらくは同じく一敗である
現役横綱「腰錦(こしにしき)」との優勝決定戦に臨むことになる。
まさに運命の日。その激励にわざわざ訪れてくれたというのであろうか。

「話がある」
「ハイ」

股盛山親方はその場に腰を下ろした。股ノ海は真剣な眼差しでそちらに向き直る。
「こんな日に言うのもなんだが・・・いや、今日だからこそ、か」
「ハイ」
股ノ海は若干の違和感を覚えた。親方の目が、いつもより黒い気がした。

「大事な、話だ」


†††


† 勇者ミドの伝説 千秋楽 『声』


おおゆうしゃよ しんでしまうとはなさけない

少女はその軽い身を、冷たい氷の床に横たえていた。
その上部、氷穴の岩壁には軽くひびが入り、赤黒い模様がべっとりと張り付いている。
同じ色彩は彼女の頭部にもあった。

防寒のために身に着けていたのであろう、制服の上のセーターや
脚を覆っている黒タイツも無残に破け、ところどころ柔肌を晒してしまっている。

洞穴からはヒョウ、と時おり不気味な風音が響き、まるで死霊の声のようだ。
すべてが凍りついた景色に溶けていくように、ミドの身体も温度を失ってゆく。

ミドは動かない。
その目は苦悶に固く閉ざされており、快楽のままに倒れられなかった事を物語る。
性感に楽しく踊っていた面影も、今はない。

ふたたび、死を帯びた風が彼女を呪うように通り抜けた。
――ミドは動かない。


【決勝戦】
白王みずき VS 伝説の勇者ミド


†††


(右よし。左も・・・よし、ですね!)

ハック&スラッシュのダンジョンRPGでもプレイするように、白王みずきは慎重に
歩を進めていた。教習所で運転を習いたてのドライバーの如く、執拗に左右を確認する。

対戦相手は罠を得意とする。
一本道でも危険だし、分かれ道やちょっとした空間にでも出ようものなら何が飛んで
きてもおかしくはない。具体的にどんな罠が、と言われると彼女には想像もつかない
が・・・とにかく警戒は怠れない。再びきょろきょろと見回す。白い息を吐く。

みずきは少し、緊張していた。
決勝という事もある。様々な想いを背負ってこの場に臨んでいる彼女にとって、
これはあまりにも特別な戦いだ。

そして――当然その相手のことも考える。
渡葉美土。失礼ながら決勝の舞台に立てるとは思えないほど、その戦闘能力は低い。
おそらく今まで戦った誰よりも弱い。・・・だから、不気味なのだ。

もちろんミドのこれまでの勝ち手を、みずきは確認していた。
トラップにペテンに奇襲。そしてそれら全ての起点となる、魔人能力。
相手の言葉のわずかなヒントからでも、彼女は勝ちを拾ってきてしまう。

しかし。
これに対抗する方法は今までに、大きく2つ確認されていた。
ひとつは積極策。わざとブラフやハッタリを発言してミドを混乱させる方法だ。これは
真野が使用したが、とてもみずきには真似できる気がしなかった。

が、もうひとつ。消極策。つまり、迂闊な事を一切口にしないという方法。
これはバロネス夜渡が選択した方法で・・・しかもなんと、これでバロネスはミドを
撃退している。バロネスを破ったのは練道だ。ミドではない。

(これだ、このやり方です・・・っ!)
みずきは思った。いや、迂闊な事に関してだけ口をつぐむなどという器用なマネは、
もちろん彼女にはできない。つまるところ、簡単な話。

(ふふふ、誓います・・・! この試合が終わるまで! ぜっっったいに――)
洞穴を進むみずきはぐっと拳をにぎる。自信に薄い胸をはる。
少し広い空間へ出た。右を確認。異常なし。

(――私は声を、出しませんっ!!)
誓いに目が輝いた。左を確認。対戦相手の血まみれの死体を視認した。

ひく、と頬がひきつり、表情が固まる。目に涙が溜まった。
ぞぞぞ、と何かが背筋を這い上がり、生理的恐怖が喉元まで押し寄せて――


「きっ・・・きゃあああぁぁぁあああ!!?」アァァ・・・ァァ・・・(残響)


あられもない悲鳴が洞窟をふるわせた。


†††


ぶっちゃけ当然あたりまえに死んだフリである。

壁のヒビはナイフでつけられたもので、赤黒い液体は血のり。苦悶の表情は演技という
よりは、寒さによるところも大きかった。長時間横になっているのは本来危険である。
もちろん服が破けているのも自主的にやった事だ。最もエロく見える破れぐあいを
研究した末の、渾身の自信作。

みずきが冷静であれば、倒れたミドのスカートから覗く、タイツの奥の下着が不自然に
湿っている事に気づいたかもしれない。
ミドは事前に体温を上げておくことで、この作戦に持続力を持たせていたのだ。
敵に隙を作ることができ、なおかつ自分も気持ち良い。一石二鳥とはこの事である!

みずきの、探偵モノにおける第一発見者のごとき絶叫が響きわたる。

ミドは即座に起き上がると、まともに反応できないみずきの顔面に何かを投げつけた。
スカーフだ。それも、事前に全体を濡らしてある。
湿って重くなった布は、みずきの顔面に貼り付いて目、鼻、口を確実に塞ぐ。
突然視界と呼吸を奪われた驚愕もあり、取り除くのも手間取るはず、という仕掛けだ。

「きゃっ・・・あモっ!? もがー!!」

予想通り、みずきには隙が生まれた。あとはナイフでスマートにトドメを刺してしまえば
ジ・エンドという算段である。

ミドは、みずきの行動、性格に関する推理はこれまでの試合内容からすでに済ませていた。
まじめで純粋で素直、まっすぐで正義感も強いが、ちょっとどこか抜けている。
ありがたいほど、読みやすい心だった。いい子なのだな、と思った。
が、もちろんそれゆえ・・・ペテンには引っかかりやすい。

実に相性の良い相手だった。これで終わる。
ミドはナイフを取り出すと、もがくみずきに一気に接近してそれを突き出し、
その刃を一瞬にして切り飛ばされた。眼前を水流が通過する。

「え」

「ぷはあッ」
ミドの予想よりだいぶ早くスカーフを取り除いたみずきの顔がそこにはあった。
カラン、と刃が着地する音が響く。ミドの頬を、気温にそぐわない汗が伝う。

――メガネ。

白王みずきが眼鏡をしている。今までしていなかったのに、決勝に及んで初めて眼鏡を。
これでは目はもとより、鼻や口すら満足に塞げていたかどうかわからない。
顔面への密着面積が少ない分、取り除くのも幾分か楽だったろう。

「・・・へえー、いつのまにイメチェンしたんだあー。似合うネー」
「ありがとう・・・ございますっ」

どんな計算も一度狂ってしまえば脆いものである。
再び水流が、迸った。


†††


<半年後>

「ヒャッッッ・・・ハアァァーーーーーーー!!」

爆音とともに勇者パーティを乗せたバギーが進撃する。
運転席で下品に叫び散らすのはモヒカンザコの逆立当真だ。
乱暴な運転に、ガリガリと壁が削られる不快な音が響いた。室内である。

希望崎学園部室棟。不気味で謎の多い部活動を数多く有する学園のパンドラボックス。
その最深部、「魔王部」の存在するフロアに入るための鍵を手に入れるのに半年も
かかってしまった。

文字通りのキーアイテムを守護する「四天王部」も強敵だった。
ようやく5人目を倒したと思ったところで6人目が現れた時は、帰ろうかとすら思った。

そしていま、まさに最終ダンジョンへの突撃は敢行された。
各々のレベルも上がっている。襲いくる魔王部部員の異形たちを、従来の5倍の長さに
まで成長したモヒカン当真の肩パッドがなぎはらう。

また触手賢者、姦崎絡のレイプ力も格段に上がっており、特に敵にダメージは与えないが
後部座席で触手とたわむれるミドの快楽も数倍となっていた。まさに無敵。

あらゆる障害を突破して進むバギーを見送りながら、しかし倒れ伏す部員の一人が
息も絶え絶えの声で、気になる事を漏らした。
「この先に行って・・・無事で済むと思うなよ・・・我らは、新たなる魔王様の召喚
に成功した・・・! はは・・・はははッ、魔王様、万歳・・・!」

バキーはやがて、ひときわ大きな扉を破って大部屋に突入した。
ボ、ボ、ボ、と大きな松明が儀式的に、等間隔で灯されている。その奥に――人影。

顔は獣の面をつけており、深い紫のマントで全身を覆っている。大柄なシルエット。
ミドは停止を指示しない。バギーが全速力で人影を引き潰しにかかる!
人影は腰を落とし、片手の拳を地面に着く構えをとった。
あっという間に距離は縮まり、バンパーが肉体に接する。衝撃で即座に弾け飛んだ。

「ハッケヨイ ・・・ノコッタ」

車のほうがだ!
強烈なぶちかましによって、バギーが巨大な鉄塊に変えられる。パーティは飛散、
ほうぼうの壁面や床に叩きつけられた。パワー。圧倒的パワー。なんというパワー!

「けほッ、けほッ!」
ミドは息を切らせ、涙をこらえてその怪物のほうを見た。これが、魔王。
魔王とおぼしき大柄な影は、悠然とした足取りでミドに近づいてきた。

「お前が勇者とは。なんと、脆いことか――。どうやら来るのが早すぎた・・・な」
ミドの身体が震える。動けない。殺される。終わる――!
彼女の思考が、もはや逆転はない事を告げている。目を閉じる。ついに涙が出たその時。


「――ゴッツァンデス(gots-and-death)」


ドゴォン!!
洗練された英語とともに放たれた張り手が、魔王を吹き飛ばす。その口から、忌々しげに
言葉が漏れた。
「お前は・・・!」

「・・・遅くなった」
現れた者は、申し訳なさそうな笑顔をミドに向けた。ミドは涙をぬぐい、顔を上げ、
最後の仲間の名を――呼んだ。

「股 ノ 海 っ !!」


†††


<現在>

氷穴最奥に広がる、洞窟でもっとも広い空間。
床一面は白く輝く氷に覆われており、天井から漏れくる陽光が幾筋もの光の柱を形作る。
それらの光が床の氷面に弾かれ拡散すると氷上には虹色の色彩が奏でられ、
緯度の果てにしか見られないような、地球的な景色が表現された。

この氷穴最大の見所、巨大な地底湖である。水面は氷が張って足場となっている。

――が、その超越的な空間へと転がりこんできたのは、その幻想を砕いて粉にするかの
ごとく無様に汚れ、乱れた人間の姿。

極限の状況ながらその美麗な景色に思わず息をのんだミドは、どうせならこんな
シチュエーションでなく、ゆっくり眺めたかったものだなあ、と思った。
きっと、じきにここへ来るあの子も、同じことを考えるだろう。

白王みずきはもちろん渡葉美土も、本来積極的に死闘を嗜好するタイプではない。
体格に特に恵まれず非力なのだから当然といえば当然かもしれない。
しかしミドはビッチとしても戦士としても、肉体的不利を頭脳で補い、これまで不足なく
戦ってきたつもりだ。

華やかさで他の女性に劣れども、体格や能力の強さで他の魔人に劣れども、
己の知恵と勇気を頼りに、この世を好きなように渡っていってみせる。
魔王討伐にしてもこのトーナメント参加にしても。ミドの動機を説明するとすれば、
そのような自己証明、プライドのためと言っていいかもしれない。

が、今、そのミドは窮地に立たされていた。

策を破られて逆に隙ができたミドに打つ手はなかった。ナイフの刃をも切り飛ばす水流
を前にできる事はほとんどない。ヘタに剣を抜き、その中のナイフまで切断されたら
もはや攻め手がなくなるため、やすやすと「まるごし」を抜くわけにもいかない。

そもそも、みずきは自在に遠距離攻撃を行えるのだ。厚着だけに残弾もまだ十分。
威力は現状では上がりきらないが、防御手段を持たないミドなどそれでも無力化できる。

とりあえず十八番の「にげる」を選択せざるをえなかったミドだが、
追う水弾をかわしきるなど不可能である。すでに数発被弾し、小さな身体のあちこちが
絶え間ない痛みを訴えている。

また、さらにみずきは羽山莉子からの指導で能力の制御、応用を
上達させていた。ミドが逃走ルートを工夫して滑りやすい床に導いても、
足元からの水流で自在に姿勢を立て直されてしまうのである。
「みずのはごろも」。いざ直接戦闘となると、これほど強いとは――

みずきが、追いついて地底湖へ到達する。厚着で走り回ったため可愛らしく息をついて
いるが、ミドの消耗具合からすればそれこそ可愛らしいものである。
衣服は耳あてや手袋など、いくつかの防寒具のみを失っていた。

「はぁ・・・っ。行き止まり、ですよ・・・っ!」
「そう、だねえ。ぜぇ」

まだ決して気を抜いていないみずきの真剣な眼差しを、ミドは憔悴した顔で強情に
にらみ返す。そしてついに、覚悟を決めたように剣の柄に手をかけた。
逃げ場はもはやない。ならば、と・・・彼女の脳裏に最後の策が浮かんでいたのだ。
それはもはや策と呼ぶのもおこがましい、ただの博打というべき代物かもしれないが。

ミドは伝説の剣「まるごし」を抜き放ち、みずきに向けた。
みずきは剣の間合いを警戒してか、わずかに距離をとる。
それを見たミドは、深い色の瞳でみずきを眺めながら、こんな事を言った。

「・・・剣、なんて・・・怖いんだ?」
「そんな事言われても、油断なんてしませんっ!」
優勝する決意のみずきは動じず、気丈に立つ。しかしミドが言葉を、繋いだ。
「だって、こんな剣なんて・・・関係ない、じゃない」


「――みずきちゃん、『転校生』なのに」


「えっ・・・!?」
「ごめんウソ」

ピンポイントで心の隙をつかれ、一瞬みずきの動きが止まってしまう。
ミドは残された力を振り絞って、剣を構えたまま突進した。ちなみにもちろん
魔人が転校生化する方法など、彼女は知らない。

「・・・っ!!」
みずきの頬が朱に染まる。心の一番掘り返されたくない箇所をえぐられ、感情が昂ぶる。
怒りすらあった。ミドが迫る。しかしまだ間に合う! 剣の中のナイフの間合いは、
真野が暴いてくれた。それを寸分狂わず切り落とすべく水流を・・・

しかしその水流は空をきった。ミドの剣が描く軌道は、みずきを捉えていない。
みずきの体のはるか下を狙って振るわれる剣。そしてそれを外したみずきの水流。
2つの刃は同時に、互いの足元の氷を砕いて割った。大口をあけて水面が現れる。

みずきは攻撃を感情に任せたために、水流の軌道修正が間に合わなかったのだ。
「なっ・・・んてことを・・・っ!」

そして少女たちは、絶対零度の湖面に飲み込まれた。


†††


<半年後>

体勢を立て直した魔王と、前に出た股ノ海が向かい合う。
闘志が視線にのって交錯する――その瞬間、誰もが目を疑った。
その場の全員が、2人の間に土俵を幻視したのだ。目をこするとそれはすぐに消え、
幻だった事がわかった。しかし確かに、見えたのだ!

両者は全く同じに腰を落とし、両拳を地面に着いた。
すると大気に緊張が満ち、誰一人として息をする事すらできなくなった。
待ったなし。誰が口にするでもなく、全員がそれを即座に理解した。

そして、わずかに持ち上げられた右拳が、瞬時に地面を叩き。
射出された肉体と肉体が容赦なく衝突、同時に、爆発のような轟音と衝撃。

床がひび割れ、校舎が悲鳴をあげる。1秒、両者はそのまま動きを止めた。
パワーは互角。悟った股ノ海が動く。右手を引き、肩を狙った張り手を繰り出し、
そしてその掌は、魔王の肉体をたやすく貫通した・・・

かに見えた。手ごたえの無さに目を見開く股ノ海。違う。気配を感じ振り返る。
そこに魔王の顔があった。魔王が嗤う。
「――残像だ」

急ぎ、体ごと後ろに向きかえる股ノ海。しかしその隙にまわしを取られてしまう。
負けじと股ノ海も、相手のまわしを掴んだ。
魔王はマントの中に、まわしをしていたのだ。がっぷり4つ。みきり、と肉がうなる。

その時。股ノ海の頬を――涙が伝った。
「・・・何を」
魔王が問う。
股ノ海は涙を止めようともせず流し続けながら、答えた。

「お世話になりました・・・親方。自分は、あなたに・・・勝ちます!」

半年前。
幕内優勝を果たし、大関昇進を事実上確定させたあの日。
股盛山親方が切り出してきた話は、にわかには信じ難いものだった。
希望崎学園、魔王部。その魔王に就任せよ、そして勇者と戦えというのだ。

代々、力士がその座についているらしいという噂は聞いたことがあった。
確かに魔人といえど、絶大な力を持つ幕内力士の力を借りたいと考えるのは
理解できない事でもない。しかし・・・股ノ海はその申し出を断った。
なぜならすでに彼は、勇者に力を貸すパーティの一員、職業『力士』であったのだ!

「おおお・・・うおお、おおおおおおおおお!!!」

股ノ海の両腕に力がこもる。大気が震える。ズ、と魔王――股盛山親方の体が動く。
その獣面の奥の瞳は・・・笑っていた。
さらに勢いを増す股ノ海の叫びとともに、なんと股盛山親方の巨体は、ついに浮いた。

そのまま股ノ海は、ブリッジの姿勢へ入る。この技は、そう。
まわしを下手で取ることで可能となる力士技――「ジャーマンスープレックス」!
急降下する股盛山親方の頭部は、床のコンクリートへとしたたかに打ち付けられた。

決着である。

ふう、と息をつき、涙をぬぐう股ノ海。その顔は晴れやかであったが、
その背後にユラリと立ち上がる影。親方、魔王がまだ動いている。
「よくやった・・・股ノ海。しかし私は魔王・・・魔王なのだ。負けるわけにはいかぬ。
今こそ見せてやろう、我が最終形態を――!」

メキリ、とその肉体が脈動する。バカな、力士にそのような技はない!
驚愕とともに再び構えをとる股ノ海を、しかしミドが遮って前に出た。
痛む体を引きずり、とても戦えるようには見えないが。彼女は笑った。

「魔王を倒すのは、勇者の仕事なんで・・・最後は、私がやってみせる」
「しかし、」

反論しようとする股ノ海。が、それでミドがすべき事は済んでいた。
『私がやってみせる』――これが合図だったのだ。
ゴゴゴ音とともに変貌をとげる魔王の胸部が、背後から貫かれた。

「な・・・に・・・?」
水でできた、槍だった。

私がやってみせると言ったら他人が攻撃。ひどい策もあったものである。
背後から手を伸ばしていたのは、魔王が捕らえてきたはずの「お姫様」。
そのドレスの片袖が、消えていた。

魔王の体が崩れ落ちる。
そしてその野望は、潰えたのだ――


†††


<現在>

破砕された氷の門の向こうに現れるのは、水面下の地獄。

それは2人の少女に平等に襲いかかる。みずきとミドは湖に飲み込まれもがくが――
「がぼっ、そ・・・んな・・・!」
先に沈んでゆくのはみずき。重い厚着が逆に仇となった。
水から生成した衣服に体をとられて溺れるとは何たる皮肉だろうか。

しかし、そう、水場である。本来みずきのホームグラウンド。
水は武器であり衣服であり友。ならば、彼女には残された選択肢がひとつある。
(またカメラの前でですか・・・っ! 恥っずかしい、ですけど・・・
やるしか、・・・っ、ないんですねっ!)

――「着替え」だ。

いったん身軽になって着替えながら氷上へ上がり、再び服を纏えば良いのである。
残弾の補充も可能となる。同時に水中へ投げ出されたとはいえ、有利に思えた。

対するミドを、みずきは横目で確認する。
ミドは水場で自由に動ける能力などない。普通にもがき苦しみ、辛うじて割れた氷の淵に
達せるかどうか、といったところであった。

ここは単なる湖ではない。氷穴の地底湖である。その水温は想像を絶する冷温で、
体力もかなり奪われていると思われた。みずきにとっては大きなチャンスだ。

みずきは着替えを開始する。
それまで身につけていた幾重もの衣服が、もとの水へと帰す。生まれたままの姿が
氷水にさらされ、びくりと細い身体がふるえた。
(すっ・・・少しの我慢です!)

目を固くつむり、両腕を胸の前でクロスさせて自らの胴体を抱き、白く瑞々しい
少女の肉体が跳ね踊る。もじもじと内股気味に足をばたつかせて氷の陸地を目指しながら
「ひゃんっ」「ぁあんっ」と声があがり――
映像が中継されるディスプレイ前の盛り上がりも最高潮に達していた、が、

「そ、そこっ、だめっ、ひゃぁんっ・・・・・・痛っ!?」
みずきが異常を感じたのはその後すぐの事だった。
味わったことのない、痛みをともなう鮮烈な刺激。これは一体・・・?

自分の体を見下ろす。普段ならば既に下着くらいは生成できているであろう
「みずのはごろも」の、動きが鈍い。なぜ、とじっと見ると、身体を覆う水の色が
ところどころ変化し、形も歪になっていることに気が付いた。

――凍っている。

完全に予想外だった。気温は氷点下。これほど寒い環境で、これほどの冷水で「着替え」
をした事など、もちろんなかったのだ。彼女の衣服となるはずの水に不純に混入され、
固体化した氷塊は時に刃となり、場合によっては容赦なくみずきの肢体を傷つける。
裸体を滑るように走る氷たちに乱暴に扱われ、困惑に乱れるみずき。

「ひぁッ、い、痛っ! だ、だめぇ・・・集中、が・・・っ・・・」

それを目の端で見やりながら、自身も満身創痍となりつつ氷上に避難したミドの口もと
に「計算通り」とでも言いたそうな笑みが浮かんでいるのに、果たして気付いた者が
いたかどうか。

みずきの身体を覆っていた水の発光が弱くなり分散してゆく。
着替えの失敗。それが導く結末は、もちろん。なんとか水中から脱したみずきだが、
その妖精のような生まれたままの体は傷つき、痛ましく氷の上に投げ出された。


†††


「・・・ぜぇっ・・・ふぅ・・・っ」
「はぁっ、はぁっ・・・っ」

片や、全身の衣服をびしょぬれにして肌に貼りつかせ、その冷たさに身を震わせる少女。
片や、ほとんど裸に近い柔肌を氷の大地に晒して痛みに悶える少女。

極限の環境からの極限の状況。ともにほとんど息をするのが精一杯で、際限なく体温を
奪われるのに任せ、今にも意識を手放してしまいそうだった。
もちろん、気を失って戦闘不能になれば敗北となる。今や互いに攻撃を加えるような
体力も残されてはいないため、いかに意識を保つかが鍵といえた。気力の勝負。

ならば・・・と、閉じかけた瞳をギリギリで留まらせながら、みずきは思った。

負けない。他の何で負けても、気力で、意志で、根性で、それで勝ちを手放す事だけは、
絶対にしてやるものか――!!
「着替え」に失敗したみずきの体にも残っているものがある。鞘のメダル。
莉子のリストバンド。∞からの眼鏡。そしてこの世の何より敬愛する、兄のミサンガ。

兄、みかどからの手紙を思い返す。約束したのは健闘でも生還でもない、「勝利」。
みずきの目に燃えるような烈光が宿る。立つんだ。見せるんだ、兄さんに。
私の本当に勝利する姿を、見てもらうんだ――!


「――ぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああ               あ
     あ         あ
           あ             あ
        あ            あ  
             あ         あ     あああッ!!!」


らしくない、清楚な少女の拙いながらも、全力の裂昂の咆哮。
最後の生命の灯を総て乗せて放射されるその質量はいかほどか。広大なこの氷穴全体を
地殻ごと揺るがすかと思われるほどであった。

漲る力をすべて両手に込める。震えながら四つん這いとなり、お尻が映るのも気にせず
身体を持ち上げる。ついに足が地面を踏みしめた。そのまま背筋を起こしてゆけば。
ああ、兄さん、兄さん、

「私の・・・勝ち、です・・・っ!!!」


そして、その足首をたやすく掴まれた。


「え・・・っ」
虫の息のミドが、光を失った瞳でこちらを見ている。動けないほど消耗している筈だ。
どう見ても同じように限界だった。そして気力で、想いで、絶対にみずきが上回った。
それで間違いない。なぜまだ意識がある。なぜまだ動くことができる。


白王みずきの心理、行動に関する推理は試合前に済んでいた。

つまりミドにはこの試合、よほどの事がなければ新しく『こころにきざみこむ』べき
言葉は無かった。しかしせっかくの能力を余らせておくのも勿体ないことだ。
何か、みずきとの戦いに備え役立つものを仕込めないものだろうか。
みずきと戦うにあたり、自分に足りないモノ。彼女が持っているモノ。

それは「心」だ、とミドは結論した。

特に準決勝、『転校生』を前にしてもひるまず立ち向かい、さらには大会運営に逆らう
ような真似まで堂々とやってのけた。その疾走する想いの強さはただごとではない。
一口に気力や根性と言うとあやふやだが、それが戦いにいかに影響するかは自明である。
スタミナ、集中力、一瞬のパワー・・・様々な局面で精神は戦局を左右する。

ところで。嬉しい言葉というのは、時に人の心を、柱となって支えてくれる。
自分を賞賛する言葉、認めてくれる言葉、肯定してくれる言葉、激励してくれる言葉。
一度言われたが最後、何度も思い出してはニヤニヤしてしまうという人も少なく
ないだろう。些細な事でも、言葉のパワーというのは侮れないものがある。

ミドはそれの強化版をやっていた、と考えればよい。

『おもいだす』はセリフの完璧な全自動再生装置。どんな極限の状況におかれても、
頭の中で再生ボタンを押すだけで半永久的に言葉をリフレインできる。
そのたびに言葉たちは彼女の血となり肉となり、僅かずつだが力をくれる。

「その・・・ビッチとは汚らわしいとは思っていたが、ミド殿。あなたの力と意志は
本物とわかった。是非、勝利を」
「ヒャッッハアァーーーーー!! セックスさせやがれーーーーーー!!」
「自分にも貴女にも、出来る事はひとつだけ。・・・『自分の相撲を取れ』!!」

パーティの仲間たちの声が響くたび、途切れかけた意識が繋がった。
これを仕込むために彼らから改めて言葉を貰うのは気恥ずかしくはあったが、
聞いておいてよかった、と心から思う。「思惑通り」自分はこれで動けるのだから。

自分の「心」すら計算する――これが、勇者ミド最後の策である。


やっとの思いでみずきの足を掴んだミドは自嘲気味に笑った。
ああ、改めて、勇者なのに、まったくケチくさい勝ち方しかできないものだ――
結局、立ち上がってみせたみずきに対して、ミドは這うのがやっと。しかし。

「ごめ・・・んね」
「っ・・・!」
「立ち・・・上がる・・・よりさ、それを倒す方が・・・簡単なんだ」

本当の本当に最後の力で、ミドはみずきの足首を引く。ほとんど力を必要とせず、その
体はバランスを崩した。限界だった。涙が流れた。
「兄っ・・・さん・・・! 兄さん・・・!」

ふたたび、みずきの体が氷の上に倒れる。もはや意識を留めるだけの力は残って
いなかった。が、ここで安心すれば気を失うのは依然ミドも同じなのである。
寒さが気力を奪い続ける。そうだ、ここで少しでも熱のある・・・ものは。

たおやかに倒れて目を閉じるみずきの身体に、小柄で華奢なもうひとつの濡れた少女が
体を重ねた。ふう、と息をついて、上目づかいに天井を見上げる。やっと安らかな
表情になったミドは、とたんに弱った仕草を見せ、枯れるような声でつぶやいた。
「はぁ、疲れた・・・ほんとうに、疲れたよ・・・。でも。・・・


勝った・・・よ!!」


洞窟天井から、祝福するように光の雨が降り注いだ。


†††


~エンディング~


† 勇者ミドの伝説 スタッフ †

◆企画・監修
(有)ユキノイベント

◆ゲームデザイン
(有)ユキノイベント

◆シナリオ
(有)ユキノイベント
結昨日司
斎藤窒素

◆グラフィック
女神オブトーナメント
結昨日映

◆ダンジョン
女神オブトーナメント

◆力士
股ノ海

◆スペシャルサンクス
バロネス夜渡
裸繰埜闇裂練道
のもじTHEアキカン・クイーン・ヘッド
真野風火水土
白王みずき

ワン・ターレン

逆立当真
姦崎絡


――Thank you for playing !!

                ★THE END★




†††


圧倒的な力を前に、己の勇気をもって挑む者。

それを人は、『勇者』と呼ぶ。


                               そして伝説へ・・・


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