第二回戦【鍾乳洞】SSその3

最終更新:

dangerousss3

- view
管理者のみ編集可

第二回戦【鍾乳洞】SSその3



山田は慎重に鍾乳洞の中を進んでいた。
「目ッケ!」により、対戦相手の場所は把握している。
オーウェンは予想通り洞窟の奥にいるし、試合開始ギリギリに到着した偽原は入り口付近にまだいるようだ。
2人とも動いている様子はないし、今は直接攻撃を受ける心配はない。

だが、慎重にならざる負えないのだ。


**************************

「厄介ですね・・・。」
「ファントムルージュが?」
澄診の能力により、偽原の能力は既に把握済みだ。

「いや・・アキカンが。」

「え?でも、目ッケ!で場所特定できるじゃん?木は森に隠せ戦術は効果ないよ?」
「アイツのバックグラウンドと今回の試合場が危険すぎるんですよ。」
穢璃はノートPCを見ながら答える。

「え?穢璃さん、どういうこと?」

「彼がアメリカの元軍人だって話はしたと思います。」

「そうらしいですね、瑠璃さん。何でもアキカンになる前は優秀な軍人だったとか・・・・でも、俺だって元自衛官ですよ?」

「いや、違うんです。まず、彼は友達が多い・・・横須賀にも沖縄にも、全国の在日米軍基地が協力者であると言っていいです。」
「そして、試合場はほぼ密閉された空間・・・例えば、VXガスをばら撒かれたり、火を焚いて酸素濃度を低下させたり・・。」

「ちょ、ちょっと待ってよ!!VXガスとか酸欠とか、アキカンも生きていられないんじゃ・・?」

「アキカンには神経細胞はありません。コリンエステラーゼ阻害剤が効くとでも?」
「そして、これを見てください。」
鞄から大きめのガラス容器を取り出す。
中には、野良アキカンがガラスの壁面を叩いていた。
「出すメカ!!出すメカ!!」と言ってるような口の動きだ。

穢璃は話を続ける。
「この容器の中は真空です。でもご覧の通り・・・。」

「え?アキカンって・・・。」
「呼吸してなかったのかーーー!!!」

「そうですね・・。肺がないので、当然といえば当然かもしれませんが。」

「さらにですね・・・。」
「ま、まだあるんですか??」

「洞窟の中は、ほぼ一本道です。つまり・・・。」
「つまり・・?」
山田と澄診が同時に唾を飲み込む。

「トラップ仕掛け放題ってことです。」
「そして情報によると、彼は既に試合場に着いています。戦闘ヘリに送ってもらったそうですよ。」

「特に狭いところを通過する時は特に気をつけて下さいね。きっと即死タイプの罠がたんまりです。」
表情を変えずに、穢璃はPCから顔を上げた。



**************************

山田はポリカーボネート製の臑当・篭手・太もも覆いと、ステンレスプレートの入った防護ベストを身につけ、
さらに化学防護服を上から纏い、顔面はガスマスクで覆われていた。
携帯用の空気呼吸器も持参していた

動きにくく、暑い・・・かと思っていたが、意外と動きやすい。
科学の進歩は偉大だ。

トラップに注意しながら、奥へと進んでいく。

身を隠せる場所を探すのだ。
隠れて、まずは偽原を迎え撃つ。
洞窟の中は暗い。
こちらが灯りを消せば、偽原に見つかることは有り得ない。
オ-ウェンの動きに注意する必要はあるが、基本的には偽原を目ッケ!で監視しておけばいいのだ。
遮蔽物がないところまで近づいてきたら一撃で仕留められる銃と、その腕前はあるのだから。

程よく隠れられる場所に腰を下ろす。
奥にいるアキカンに動きはない。
距離は108m、能力の射程外。周囲にトラップもないようだ。
山田は静かに銃を偽原の方へ向けた。



**************************

オーウェン・ハワードは鍾乳石の隙間にいた。
岩に耳を当て音を聞く。
足音で対象との距離を測っているのだ。

片方の足音は先ほど消えた。
消えた地点はここから100m程の距離だ。
そこで迎え撃つ戦略なのだろう。

もう一方が合流するまで待機するのだ。
ここから目標地点まで20秒といったところか・・・充分だ。

オーウェンは24時間以上前に試合場へ着いていた。
1日かけて行ったことは、洞窟内の把握。
目をつぶって移動できるまで調べ上げた。
もちろん、ファントムルージュ対策だ。
一回戦同様、対戦相手の情報は国防総省情報局を通じて入手してあった。
その詳細なレポートの内容は暗唱できるレベルで頭に入れてある。

今回持ち込んだのは、睡眠薬入りの注射針とパームピストルのみ、
神経毒入りの弾丸も持ってきてはいない。
作戦を完遂するために不必要なものは持っていかない。これは鉄則だ。
油断でもない、相手を見下してもいない、冷静な判断による決定である。
毒ガスも酸欠状態も必要なかった。
相手が気付き、対策を取れるようなものは作戦とは言えないのだ。

対戦相手の2人が合流し次第、目をつぶって100m進み、1秒だけ目を開き彼らの正確な位置を把握する。
それでこの勝負を終了させる予定だ。
失敗は絶対に許されない。



**************************

偽原はヨレヨレのスーツ姿で、大型のナイフを装備していた。
内ポケットには数本の折りたたみナイフ。
銃器は跳弾を恐れ、持ってこなかった。
間違って殺してしまったら、どうするのだ?
狭い洞窟内なのだ。飛び道具は必要ない。
その代わりたくさん持ってきたモノがある。

―――スタングレネード

強力な閃光と音を発する非致死性手榴弾である。

偽原は敢えて時間ギリギリに到着したのだ。
一番最後に入れば、背後を取られることはない。
山田やオーウェンが待ち伏せしていそうな場所を、見逃さなければ良いだけなのだ。


目の前に人が隠れられそうな岩があった。
偽原はそこに山田が隠れていることは知らない。
誰か隠れていそうだから投げた・・・それだけだ。



山田の目は偽原が何かを投げる様子を捉えていた。
敵の姿はまだ赤く光ってないため、撃っても当たらない。

「やばい・・・!!」
横っ飛びで回避行動をとる。

耳を劈くような破裂音!!
キーーーーーンッという音が頭の中で鳴り響いている。

ふと、下を見ると手榴弾らしきものが転がっていた。



そこから暫く山田の記憶はない。
気がつくと仰向けに倒れていた。
体を弄り、異常がないか確かめるが問題はなにもなかった。
ゆっくり体を起こし、周囲の状況を確かめる。
視力はだんだん戻ってきたが、まだチカチカするようだ。
鍾乳石が星のように光っている。とてもきれいに・・・。

―――そう、星のようにきれいに


“ファントムルージュ”

偽原が持ち込んだのは、家庭用プラネタリウム。
部屋の天井に星空を映し出す機器である。
人間、視力が完全に回復するまで、見えるものを凝視してしまうものだ。

ガスマスクを剥ぎ取り化学防護服を破りながら、もがき苦しんでいる山田の前に偽原が立つ。
その目線の先は洞窟の奥に向けられていた。
内ポケットからナイフをおもむろに取り出す。

家庭用のプラネタリウムの明かりで、動く物体が見えていた。
的は小さいが、偽原の技量なら問題はない。
手首のスナップを利かせ、ナイフを飛ばした。

「ファントムルージュ対策だろうが・・・バカめ・・。」

アイツは目を閉じて、上から伸びている鍾乳石の間を移動していた。
暗闇なら分からなかっただろう。
だが、今はプラネタリウムの光がある。
その影がどうしても目立っていた。

“カキンっ!!”

ナイフはオーウェンが持つパームピストルを弾く。
これでヤツは丸腰だ。

アキカンは静かに降り立った。
まだ、目は開いていない。仕掛けてくる様子もない。
弾かれたパームピストルは岩に跳ね返り、偽原の足元に転がっていった。

「どうした?手詰まりかい?」
偽原は一歩近づく。
「お前さんの性格なら、既に攻撃を仕掛けているはずだぜ。何か手があるならな・・。」
口元が歪む。
この期に及んで、ヤツは動かない。
俺の勝ちだ!!



「お願いだから、それは止めて欲しいメカ・・・。」

「はっ・・・命乞いかい?くだらん。」
オーウェンを捕まえ、強引に目を開かす。
強制的に見せてやる。
俺の絶望を・・こいつにも・・・真の絶望を・・
逃げるなんて許さない!
命乞いで避けられると思うなよ。

ふざけやがって、ふざけやがって

両手を前に突き出し、オーウェンに突進していく。
偽原は許せなかった・・・・真の絶望を知らずにのうのうと生きているやつ等が。

教えてやる!!この俺が教えてやるんだ!!



「それ・・メカ。」
ため息をつくアキカン。

「遊んでないで、殺す気でかかってくるメカよ!!!」
一瞬だけ目を見開く。

オーウェンは物足りなさを感じていた。
命を奪い合う戦い、少しでもミスをしたらあっと言う間に消される。
そんな緊張感を久しぶりに味わいたかったのだ。
1回戦目の森長の悪堕ちも、この偽原のファントムルージュも所詮お遊び・・そう思っている。

「遊びに付き合うつもりはないメカ。」



――ボコリ
偽原の喉が空き缶状に広がる。
そして、腹が異常に膨れていく。

オーウェンが空き缶を召喚した場所。
それは、偽腹の気道であり、胃であり、腸であった。

「最初のナイフ・・殺す気で投げていたら、少しやばかったメカよ。」
パームピストルを拾いつつ呟いた。

「ま、それはお前には到底無理な話メカね。」



**************************

腹と気道に空き缶を詰められもがいている偽原と、ファントムルージュに苦しんでいる山田に睡眠薬を注入する。
力が抜け、崩れ落ちる2人・・・・オーウェンは偽原の中に詰めた空き缶を再召喚して取り出した。

ピクリとも動かない2人にパームピストルを向け、大会運営者に呼びかける。
「戦闘不能により勝ち・・・で良いメカね?」

「そうですね!オーウェン・ハワード選手の勝利とします。おめでとうございます!!」

「分かった・・・入ってくるメカ!!」
洞窟の外に向かって叫ぶ
屈強な軍服姿の男が数人、そしてその先頭には一人の女性がいた。
「お久し振りです。大尉殿!!」
オーウェンに対し、敬礼する軍人たち

「な、なにをするのです?!!試合終了後の戦闘は禁止ですよ!!しっかk・・・」
「戦闘ではないメカ・・・俺も折角の勝利をフイにするほど愚かではないメカよ。」
「し、しかし・・・!!」

「少佐殿、始めてくれ・・メカ。」
彼女はオーウェンの元部下であった。
その能力により、今ではオーウェンの階級を追い越し少佐にまで上り詰めている。

眠っている偽原と山田に手をかざす。
彼らの中から黒光りする球体が飛び出してきた。
手に力を込めると、球体はフワフワ移動し2枚のdiscの中にそれぞれ消えていった。
記憶を取り出しdiscに書き込む、これが少佐の能力だ。

少佐は汗を拭うと、オーウェンの方へ向き直る。
「これで日本政府がひた隠しにしていた“かの映画”のデータを回収することができました。」
「海賊版ではない、本物の・・・。ご協力感謝致します!!」
「まだあるメカ?」
「はい、上層部はあの魔導書も欲しがっています。」
「対戦相手にならなければ、どうしようもないメカよ?」
「そこは大尉殿にお任せしますよ。」
「簡単に言うメカね・・・。」
オーウェンは肩を竦める。


国防総省がオーウェンに協力する見返りとして、提示してきたものが2つあった。
1つは、今回の完全なファントムルージュのデータ、
そして、もう1つが相川ユキオの魔導書であるノートン卿である。

今回の作戦では、偽原を殺すことは許されなかった。
死体からは記憶を奪うことができない。
安全にデータを採取するために、眠らせておく必要があったのだ。


少佐達はオーウェンに再度礼の述べ、足早に去っていく。
偽原と山田が運営管理者に回収されたことを見届けると、オーウェンも試合場をあとにした。


第2回戦 試合場 鍾乳洞
勝者:オーウェン・ハワード



**************************

試合後、眠りから覚めた偽原と山田からはファントムルージュの記憶が完全に消えていた。

山田は今まで通り賞金稼ぎとして、澄診と穢璃の3人で生活している。
何一つ変わらない刺激的で素晴らしい毎日。
穢璃へのアッタクは続いているが完全にスルーされていた。
状況を改善すべく、穢璃の仇に立ち向かうことになるがそれは別のお話。


偽原もファントムルージュの呪縛から開放されていた。
家にあったはずのDVDも試合後無くなっていた。
(偽原には、DVDが存在した記憶すらないが・・・)
おそらく少佐が回収したのだろう。
7年間の記憶を無くし、最初は途惑っていたが徐々に慣れてきた。
麻薬の禁断症状に耐える日々である。
そんな彼にも支えはあった。
ファントムルージュの記憶が消え、残ったもの。
妻と娘との思い出だ。
記憶の中の知世とすみれの笑顔は、自分を前向きにさせてくれた。
彼女たちのためにも、恥ずかしくない人生を歩もう。
偽原は新たなる人生の一歩を踏み出していくと心に決めていた。


(おしまい)








目安箱バナー