不動昭良SS(準決勝)

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dangerousss

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準決勝第一試合 不動昭良

名前 魔人能力
白王みずき みずのはごろも
不動昭良 インフィールドフライ

採用する幕間SS
なし

試合内容

純粋に射撃性能だけを見て不動とみずきの能力を比較した場合。
もちろん一長一短あるものの、みずきの能力の弱点を挙げるならば、それは「残弾数」ということになるだろう。
不動の能力である「インフィールドフライ」は、周囲にある物体をいくらでも利用できる。
特に準決勝のフィールドである学校内は、不動の能力で利用できる物体が無数にあり、補充も容易である。
対してみずきの能力「みずのはごろも」は衣服と化して身に纏わせている水を射出する能力……使える回数には限りがある。
残りの衣服が少なければ少ないほど勢いが上昇するという特性もあるが、やはり長期戦となれば不動のほうに分があるだろう。
しかし。
この弱点を埋める方法も存在する。



廊下をみずきは駆けていく。
闇雲に敵の不動を探して走っているわけではない。
相手の準備が整う前に攻撃を仕掛け短期戦で決める……というのも戦術案の一つとしてはあった。
それも二番目くらいには有効な手だっただろう。
「!」
階段を駆け上がろうとして、みずきは脚を停めた。
気配を感じて振り返ると、後方に不動の姿が見える――そして、彼に先行する形で、多数の刃が追ってきている!
(ガラスの破片っ!)
一回戦で不動が見せた、砕けたガラスの破片を飛ばす攻撃。
今回は数も多い。ぱっと見ただけでも十指に余る。それが今、超高速でみずきに襲いかかってくる。
みずきは息を止めた。
「……ふっ!」
水の鞭を生成させ、殺到するガラス片を撃ち落とす……一つ残らず!
遠距離戦はともかく、彼女の間合いの中に限れば、その精度は至近距離からの拳銃の掃射にすら対応できるほどに高まる。それほどの集中力と反射神経。
不動の射撃は確かに高速ではあるが、銃弾のそれよりは遅い。
返す刀で、水流を走らせる――それは学習机を盾にされて防がれた。
不動の能力は物体を盾にするような使い方には向かない……が、重さのない「水」による攻撃ならその限りではない。完全に防ぐことは難しくとも、軌道を逸らすことならできる。
(よく……考えられていますっ!)
出力を上げれば机ごと切断するのも可能ではあるが、それは彼女にとってもリスクを伴う。
さらに水球を放った。
ほんの僅かタイミングをずらして、脚を狙って水の矢を連射する。
防ぐのは難しいと判断したか、不動は窓の外へ飛び出して逃れた。追撃はせずに、再びみずきは走り始める。
(あと……少し……!)
扉に鍵はかかっていなかった。
開け放つと、日の光が彼女を照らす。
先回りされては……いないようだ。
「屋上にプールが……うちの学校とは違いますね」
ともあれ。
みずきの「みずのはごろも」
その弱点は戦闘中に補充が難しいことにある。
「しかし、これで弱点は補強しました……いざとなったら飛びこむだけで補充が可能ですっ」
さっそく手を伸ばして水に触れ、衣服の消費した部分を再生させていく。
ノースリーブ状態だった袖が元の制服の形に復元される。
(んっ……ふぅ。次の手は……おそらく不動くんは、ここのプールの栓を抜こうとするはずです)
敵の補給を断つのは戦闘の基本である。
だからこそみずきは何よりも屋上プールの確保を優先させた。
では、この後はどうするべきか?
機動力に優れる不動は、みずきがこの場所を放棄した場合、すぐに栓を抜いてしまうだろう。
しかしここに留まり続けた場合、不動に準備をさせる時間を与えてしまうことになる。
少し迷ったものの、動き回りながらの戦いは――特に、三次元的な戦闘が可能なこの戦場では、不動のほうが有利だと判断した。
「さっきみたいに逃げられる危険があるからには、待ち受けたほうが確実ですね……」
その間に思考する。
不動の出方を読む……彼は何を使ってくるだろうか?


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実況席。

「膠着しましたね……」
「ねえねえ司さん」
「……なんでしょうか?」
「連想ゲームしようか」
「ええっ!? オンエア中に突然何を言っているのですか?」
「いいじゃん。みんなこの時間は股の海の取り組みを見てるし。一敗を守れるかどうかが鍵ね」
「それはそれで問題ですねえ! あと、あとから配信動画で観戦される方もいらっしゃいますからね!?」
「いいから行くよ、テーマは『学校』ね。はい、司さんから」
「あ、ああ、ここから解説を広げるわけですね。では“理科室”」
「“セーラー服”」
「……“家庭科室”」
「“七不思議”」
「…………“プール”」
「“援助交際”」
「ボケ倒す気ですかあなたは!? しかも援助交際って!」
「司さん的には不純異性交遊の方が好みだったかしら?」
「私にまた変なキャラ付けをしようとしないでください!」
「あ、不動選手理科室に入りましたよ」
「またスルーですか……」

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「くそ、やっぱ強いな……」
不動はぼやく。
白王みずきの強さ。その根本にあるのは意志の強さだ。
身体能力のスペックで言えばボルネオ、池松叢雲、日谷創面といった面々には遠く及ばない。
しかし、彼女にはそれを補ってあまりあるほどの精神力がある。
勝利への執念。集中力。能力のパワーとコントロール。
そういったものは、土壇場で響いてくる要素である。
「上回るにはやっぱ奇襲……それもとびきり予想外の奇襲しかないな……」
不動の後ろを、机、椅子、教室の戸、バケツ、ボール、何かの袋、掃除道具……その他もろもろがハーメルンの笛吹きよろしくふわふわとついてくる。
能力対能力の、全力での戦いが始まろうとしている。


そして。
不動が扉を開けて屋上に現れた時、みずきは正面にいた。
用具入れの物影に隠れて奇襲する、不動が屋上へ向かうのをいったんやり過ごし、後ろから狙撃するなどの方法も取ることはできた。
しかし。
「私は――逃げも隠れもしません」
それは彼女の流儀に反する。
意志乃鞘から譲り受けたメダルに――そして、彼女自身が目指す姿にも。だから。
「いざ尋常に――勝負です!」
「……わかりました」
不動が屋上に踏み出す。
「全力全開でいきます」
「!」
初手は机だった。その数およそ二十。
それを目に映しながら、みずきは薄く笑みを浮かべた。
(――やはり。不動くんの能力にも弱点はあります)
大型の水球を作り出し、力の限りに薙ぎ払う。
水のハンマーが、机を粉々に打ち砕く。
(考えてみれば当たり前のことですが……不動くんが操作できる物体の数には限りがあるみたいです)
制服が臍出しルックになり、太股も剥き出しのコケティッシュなスタイルになっている。それによりさらに攻撃力が増していく。
(可能ならばここは全教室の全ての机を飛ばしてくるべきところ。出し惜しみをする理由はありません)
思えば一回戦のホームセンターでも兆候はあった。
あの時不動が使った武器は工具や刃物など、攻撃力が高いものがほとんどだった。
しかし、操れる物体に際限がないならば、選り好みせずありとあらゆる物体を雨あられと掃射すればいいのだ。
どんな物体でも、「インフィールドフライ」の高速を上乗せすれば武器と化すのだから。
それをしない理由。
不動の能力では一度に操れる物体には限りがある……それが数量によるのか、重量によるのか、そこまではみずきにはわからないが。
(限界が高いにしても、無限でないのなら……勝ち目はありますっ!)
矢継ぎ早に飛来する物体。
無数のバケツが飛んでくる。それに紛れて、視認の難しいガラスのカッターが切り裂いてくる。
みずきは前進した。
目くらましを受けながら水の鞭で処理するよりも、危険を覚悟で攻撃に転じたほうが良い。
敵の攻撃が着弾する、その瞬間に水の防御壁を生成する。
ただの壁ではない。
振動と回転を生じさせることで、相手の弾丸はあらぬ方向へ弾き飛ばされる。
能力「みずのはごろも」――不動の能力に比べて、弾丸の補充が難しいという点ではやや劣るものの。
防御力という面で見れば圧倒的に優れている。
みずきは高出力で噴出させた水流を振るう。
単純に射出させた場合と比べ、この使い方は水の消耗が激しい……が、それはあくまで比較した場合の話で、実は消費する水の量はそれほどでもない。
むしろ使用する水量が少なければ少ないほど圧力は集約され、強力な攻撃となる。
ホースから水を射出する場合などを思い浮かべると、一見たくさん水を出したほうが衝撃は大きくなるような気がするが、それはそうしなければ圧力が高まらないからだ。
この場合の水圧はみずきの制御と、残りの衣服の面積で決まる。いたずらに水を消費する必要はない。
「う!」
能力による高速機動で回避する不動。しかし移動した線を縫って、正確に水の剣が後を追う。
全力で逃げなければならない不動に対し、みずきは手元を動かすだけで軌道の変更が可能である。最高速度にして時速200キロというスピードはあれど、避けるのは容易ではない。
(攻撃が単調になってきました……それは、避けるのに精一杯で能力の制御を攻撃に回す余裕がなくなっているということ!)
無論、その理屈はみずきにも適用される。
攻撃と防御とを同時に行うのはみずきにとっても難しい。だが、こちらは手元での制御で攻防両面をまかなえるのに対し、不動は自分自身と遠距離の相手に意識を振り分けなければならない。その差が出た形だった。
そして。
防戦一方にも関わらず不動が射程外に逃げない理由は。
(操作が自動的でなく、不動くんの意思で動くというのなら……少なくとも操作する物体を意識できるくらいの距離には本体がいる必要があるということ。それなら、私の能力の圏内ですっ!)
プールサイドの端、金網の際に追い詰める。
「ここでっ!」
上昇しようとする不動の行く手にもう一本水流を作り出す。
上下からの交差する斬撃に対し、不動の回避した先は前方だった。
みずきのいる方向に向けて、剣が振るわれる動きよりもなお速く。
しかし。
「迂闊ですっ!」
突っ込んでくるなら、水弾の一斉射撃で対処すればいいだけのこと――水はまだ残っている。
その時。
突如プールが炎上した。


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控え室の一つ。

「なるほど……トウユ(to you:「灯油」という意味の英語)か」
「……」
池松叢雲と日谷創面は一時トレーニング――いや、Lessonを中断し、試合の観戦に回っていた。
「学校というやつは広域避難所に指定されることが多いからな……災害時のために燃料の備蓄がある。引っ張り出してきたか」
「栓を抜いたほうが早いと思うんだけどな……」
池松の表情は仮面に隠れて窺えないが、特に感情が出ているということはない。
一方創面は若干苦い顔である。
恨みっこなしの戦いとはいえ、池松ほどすぐには敗北から感情を切り離すことはできない。
(まあ、それこそが強さへの原動力だが)
と、これは声に出さず池松は独りごちる。
「お前の能力なら穴を開けるなりなんなりしてすぐ水を抜けるだろうが、あいつにはその余裕はあるまいよ」
「……バルブを回している間に撃たれるってことか」
「エグザクトリィ(Exactly:「その通りでございます」という意味の英語)、だ」
人差し指を立ててくるくると回してみせる。
「それに突然の炎は相手の動揺を引き出せる。おまけの効果をねらったという意味もあるだろうな」
『あえて相手に有利な状況を作ってやる』――当然自分は不利になるが、その状況を乗り越えたとき、相手には隙ができる。
「……それが、ロクロがやったことか」
どうやら――彼は、単なる豆腐馬鹿ではなかった、ということになりそうだった。


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「――――っ!?」
みずきの驚愕は声にならない。
油と水は混ざらない。そして、灯油の比重は水よりも軽い。
結果、水面に油膜が張られることになる。後はマッチか何かで点火すれば、水面が燃え上がる。
不動が大量のバケツを用意したのは、ダミーを飛び回らせ、わざと撃ち落とさせることで本命のバケツが灯油を流すのを隠すねらいがあったためだ。
「! あっ……」
気を取られて掃射のタイミングが遅れた……決定的なチャンスを逃してしまう。
否、そんな場合ではない。
不動の動きを止めなければ、こちらがやられる。
繰り出されるバスケットボールを弾きながら、みずきの視覚は不動がポケットから何かを取り出し、放り捨てるのを見た。
(紙……包み?)
一度離れたその物体が弧を描いて戻ってくる……炎上するプールの、炎の中を通り抜けて。
刹那。
直視できないほどの、ひときわ明るく、白い炎が生じた。
「! これは!?」
速度を落とさずみずきを指して突き進んでくる――咄嗟に水の回転壁で防御する。
――それが失敗だった。
バリアーに触れた瞬間、爆発的に白炎は燃え上がった。
「きゃあああああっ!?」
凄まじい威力。
半ば本能的に、全力で水撃を放つ。さらに炎は大きくなったようだが、衝撃を受け止めることはできず、あらぬ方向へ飛んでいく。
(うっ……いったい、なにが……!)
目がくらんで何も見えない。
不覚をとった……しかし、それでみずきを責めるのは酷というものだろう。普通ならまず起こらない現象が起こったのだ。
炎の正体は理科室から不動が持ち出したマグネシウムの塊。
熱すると酸素と反応し激しく燃焼するのはよく知られている。不動もそれを利用するつもりだった。
しかし、不動とみずき、双方が知らなかった事実もある。
「燃焼するマグネシウムに水をかけてはならない」――マグネシウムが水蒸気と反応するため……もっと言えば、生成される水素が燃えるためだ。
その結果が文字通りの爆発的な燃焼である。
(だ、だめです……このままじゃ……!)
涙が目に滲む。
ろくに見えないが、次の瞬間にも不動がとどめの一撃を放つだろう。
「こうなったら……!」


不動は驚愕した。
みずきがとった行動……それは、灯油の燃え盛るプールへ飛び込む事だった。
残り全ての水でヴェールを作り、防御をしているとはいえ――
(なんて、無茶な……!)
水柱が立つ。
次の瞬間。プール全ての水が、かっ、と発光した。
「……まさか!?」
現れたものを例えるなら、「山」だった。
年末の歌合戦の大御所が着るような巨大な衣装――その中心に、ちょこんとみずきの本体がおさまっている。
一瞬、水の補充が目的かと考える不動だったが、すぐにその考えを打ち消す。
みずきの能力は残りの衣服が少ないほど威力が高くなる特性を持つ……身につけている衣装が大きければいいというものではない。
次の瞬間能力が解除され、元の水へと戻る。
みずきの通常のバトルフォルムである制服の布地の分を除いた、ほぼ全ての水。
25メートルプールの水はどんなに少なく見積もっても300立方メートル以上。1立方メートルあたりの水の重さは1トン。
(『力が足りなければ重さを利用すればいい』……まさかこんな使い方を……っ!)
大波が不動を飲み込むその前に、彼は自分自身に対し、全開で能力を発動させた。


「…………っ!!」
腹部に衝撃を感じ、みずきは空中で身をよじった。
よく見えないが、これは――
(不動くん……本体!? あの状況で……っ!)
大波を起こしたのは爆発でダメージを負った視力が回復するまでの時間稼ぎという意味合いもあった。
しかし不動は全く躊躇なく水の中に飛び込んできた。
慎重な性格でいながら、不動は捨て身になることを躊躇わない……創面と戦っていたときのように、だ。
そして今、みずきは彼に体当たりを食らっている状態である。
「ですがっ……!」
同時にこれはみずきにとっても攻撃を当てるチャンス!
水弾を撃ち出す。
不動の体が離れる。
(当たった? いえ、これは――)
空中で密着した不安定な状態で、さらに目がくらんでいたせいか――おそらく外れたのだろう。
案外なんともなく、不動が金網の向こうに着地するのが見える。
(……金網の、向こう?)
気がつけば。
(――落ちる!)
みずきの体は落下を始めていた。
三階分の高さ。魔人とはいえ、ただではすまない高度である。
(この程度……っ)
しかし。
みずきは怯まない。
(この程度であきらめていては、羽山せんぱいに笑われてしまいますっ!)
そう。
みずきが着けているリストバンドの持ち主――地上800メートルの高さから落下し、生還した羽山莉子に比べれば、この程度は大したことはない。
着地の瞬間、真下に向けて水を噴出させる。
さすがに落下速度を殺すには、それなりの圧力をもって大量の水を放たなければならなかった。
袖は完全になくなってしまったし、スカートも膝上どころか股上数センチという有様で、ほとんど無いのと変わらない。
お臍も白い肩も剥き出しになってしまっている。ほとんど下着姿と変わりなかった。
(しかし、着地成功です)
次の瞬間だった。
影が差したのを感じ、咄嗟に頭上に水の壁を張る。その上から降り注ぐものがあった。
「きゃあああっ……げほっ! けほっ! こ、これはっ……!?」
たちまち辺り一面真っ白になり、真っ白の砂埃が充満する。
校庭にラインを引くときに使用する白い粉。不動が上から大量の石灰をぶちまけたのだった。
もうもうたる煙幕。
その向こうに、マッチ箱が見える。
(――粉塵爆発っ!?)
とっさに水球で撃ち落とした。ここでそんなものを起こされたらまず助からない。
今のでさらに残りの布地が少なくなってしまった。もう掛け値なしに残りの衣服は上下の下着のみ。
「はぁ、はぁ……けほっ」
目がまた痛み出す。
本来ならば能力で水をスプリンクラーのように吹き出させ、煙幕を取り除くところだが――もう少したりとも無駄撃ちはできない。
(あきらめません)
絶対的に不利な状況だったが、それでもみずきの闘志は折れない。
(さっき不動くんに触られてしまいました……それでも私の体が操られない理由は、接触の時間が足りなかったからです。不動くんがもう一度接触策をとってくるのなら、まだチャンスは残されています)
厳密にはみずきの体にはすでに不動の能力のエネルギーが注がれている。
一回戦の池松と事情が違うのは、それは場外までの距離。
体をせいぜい数メートル移動させられるくらい。短時間で注がれたエネルギーではそれが精一杯だ。
(だから諦めませんっ! 不動くんは私が能力で煙を払うか、走って出てくるか――それを待っているに違いありません。それなら!)
駆け出す。
石灰の煙の外に出た。……目的の姿を見つける。
(思った通りっ! どの方向から出てきても対応できる場所……不動くんのいる場所は、真上です!)
空中の不動と目が合った。だが、こちらのほうが早い。
胸を覆う布地を犠牲にして作られた水の槍が、今までとは比較にならない速度で伸びる。
同時に、左右のヘアゴムのうち、片方を槍に変換する。
「っ!!」
撃ち込もうとしたところでみずきの体勢が崩れた。
先ほどわずかに注がれていた「インフィールドフライ」のエネルギーが、狙いをつけるのを妨害した。
(…………まだです!)
「みずのはごろも」の制御の力を上乗せする。
狙いを外されて解き放たれる寸前の槍に、もう一つのヘアゴムも上乗せした。
槍ではなく、「鎌」の形となり水の刃が飛翔する。
そして。
続けざまに正真正銘最後の一発。
彼女の纏う下着の最後の一枚が水に変換される。
出し惜しみはしない――最初の槍はかわされたが、「鎌」は不動の肩口を切り裂いた。このチャンスを逃しては、次はない。
作り出された水球が胸部に命中し、不動の体躯が空中から落下した。
……みずきの上に。
「きゃあああああっ!?」
仰向けに倒れる。
痛い。
そして重い。
(う、ううっ……なんで最後の最後でこんな目に……)
思いながら、みずきは体を起こして不動の下から這い出ようとする。――その裸の肩が押さえつけられた。
「――えっ?」
信じられない、といった顔のみずきの口から疑問符が零れる。
不動は荒い息を吐きながらも身を起こしていた。
彼が耐えられた理由がもしあるとするなら、それは、学生服の胸ポケットに念のため入れてあった予備のマグネシウム片のおかげだろう。
仮にそれ以外の急所、たとえば頭部に当たっていたら意識は保っていられなかったはずだ。
不動がみずきの目を真っ直ぐに見つめる。その視線にみずきは吸い込まれそうになる。


「…………まだ、続けますか」
息を吸うのも辛そうな表情で、不動は問う。
え、とみずきが聞き返す。
「わかっているとは思いますが……もう、俺の『インフィールドフライ』は発動してます。俺の勝ちだと思いますけど……」
すでに彼女に触れている手から能力のエネルギーは注ぎ込まれている。つまりは詰み――そうとしか思えなかった。
不動はみずきの瞳から目を逸らさない。
――それは目を逸らすとみずきのなだらかな裸体が目に入ってきそうだからなのだが。
見つめる彼女の瞳に、涙が滲んだ。
「私の、負け――ですか」
「……」
不動は何も言わない。
しかし、客観的に見れば不動のこの行動は愚かだと言えるだろう。
この状況でまだみずきが奥の手を隠し持っていた場合、負けるのは不動のほうである。
もちろん不動の観察力はその可能性はないだろうと看破していたし、みずき自身、二回戦において「ヘアゴムが最後の切り札」であると述べている。
とはいえ、この状況でとどめを刺さないというのは不動の甘さに他ならない。
「私は……負けられない、のに」
みずきの目から涙の雫が一粒溢れる。
――その粒が淡く光った。
紅玉を思わせる色の、泪のペイントシールに変化する。
それはすなわち、ティアドロップの弾丸である。
(――っ!)
不動は動けない。
少しでも動けば、今度こそ水弾は不動を撃ち抜く。この距離では外れる可能性はゼロに近い。
そして乙女の涙の破壊力は――少なくとも、不動を射殺すには十分だろう。
(く……甘かった……!)
この状況。
動けばその瞬間に撃たれる。ならば残された手は一つ。
水の弾丸が撃たれると同時――念動力の力で自分とみずきの体の両方を瞬時に動かすことで、狙いをぶれさせ、命中する確率を少しでも下げる。それしかない。
(急所さえ守ればすぐ場外に押し出せる……この一撃さえ防げば……っ!)
覚悟を決めて、弾丸を待ち受ける。
「――――」
「――――」
「――――」
「――――?」
しかし。
(撃たない…………?)
見つめ合ったまま、みずきは動かない。彼女が動かないのでもちろん不動も動けない。
そうしているうちに、みずきの目から涙が溢れてくる。
「……撃てない、です」
その涙は能力で変化することなく、みずきの頬を濡らす。
生成されたペイントシールも、能力を解除されて涙の滴に戻る。
「私の、負け……だから」
不動はその言葉の意味を考えて――そして思い当たる。
「まさか、最初から……いや、一回戦から」
思えば、今大会を通してみずきは相手に致命傷を与えるような攻撃をしていない。
二回戦の決着も降伏を勧告しただけだったし――より顕著なのは一回戦、糺礼との勝負。あえて致命傷を避け、気絶させることで勝利していた。
「相手を殺したくないから…………?」
(……違い、ます)
しかし、みずきは内心でそれを否定する。
(そんなのじゃないんです……でも。涙がこぼれたのは、私の負けだったから)
押し倒された時点で本来なら詰みだった……彼女自身、心の中ではそれを認めてしまっていたのだ。
人前で泣くなんていけないと思いながらも、涙を止めることはできなかった。
それほどまでに、負けることが悔しかった。
(でも……それでも、嘘はつけません。私自身に嘘をついてまで……戦うことは)
そんなことは口には出せない。説明するつもりもない。
「その……不動くん」
だからみずきは代わりに言う。
「あの、そろそろ私……この格好は、恥ずかしいです」


●白王みずき(ギブアップ)vs ○不動昭良


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