一∞SS(第二回戦)

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dangerousss

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第二回戦第三試合 一∞

名前 魔人能力
一∞ 眼鏡の王(Lord Of Glasses)
真野風火水土 イデアの金貨

採用する幕間SS
なし

試合内容




『トーナメント二回戦 一∞VS真野風火水土』


 「これはどうも、参ったね…………」
 一旦距離を置き、手近な手術室に飛び込むと思わず呟く。さっきまで居た廊下の突き当りの壁が破壊された音が激しく響いた。
 彼我の戦力差は圧倒的だった。ある程度予想はしていたものの、これ程とは。
 事前に一回戦の映像で予習していたのだが、それにしても──────────。
 「まさか眼鏡がこんなに強いとは…………」
 今までの人生観を根こそぎ変えられた気分だった。
 歯を磨く事の次くらいには得意だと思っていた銃の腕前だが、どうにも相性が悪い。敵の武術は明らかに銃弾を避ける技術において、他に抜きん出ていた。
 舞い踊るような華麗な回避技術もさることながら、それでもなお絶対の確信をもって命中させたはずの銃弾さえ、眼鏡から展開される不可視の障壁が強固に阻む。
 とはいえ、嘆いてばかりもいられない。
 もしかすると、たまたま回避に失敗してくれる「かもしれない」。
 もしかすると、たまたま防御の隙が生まれる「かもしれない」。
 もしかすると──────────。
 その万一に賭けて抵抗を続けるべきか、或いは──────────。
 普通では歯が立たないのなら、普通でない手段を取るだけだ。
 懐からもう一つの相棒、幾多の危機を共に乗り越えてきた金貨を取り出す。
 「さて…………頼むよ」
 指に弾かれ、宙を舞った金貨が床に落ちると同時に、その唇は開かれていた。
 「そこの君。取引をしようと思うんだが、どうかな?」
 そう言葉にしてしまった事が、真野風火水土(まの・せかい)の失敗だった。
 失敗というのが言い過ぎなら、誤算だった。

 「なかなか面白い事を言う。取引というものは、立場の違う両者がそれでもお互いに利益を得る為に行う相互契約だ」
 その言葉に対し、手術室の外の廊下から返された声が続く。殺すか殺されるかの戦闘中にも関わらず、何処か愉快そうな少女の声。
 「しかして、勝利を求める両者の間に成り立つ取引というものが存在し得るのかな?」
 確かに、一回戦の三つ巴戦ならともかく二回戦は通常の一対一での戦いだった。勝つか負けるか、単純なゼロサム・ゲームにおいて両者の利害が一致する事など有りはしない──────────筈だ。
 「普通に考えれば、なさそうではあるが。しかし、条件次第でどうだろう?」
 「条件?」
 若干の不審な色が混じり、問い返される。
 「あぁ、応じてくれれば君にもメリットがある筈だ」
 ここが勝負所だ。馬鹿げた提案だと自分でも思うが、しかし、人には価値観というものがある。せっかくの閃き、試してみるのも悪くはない。
 「このままではどうにも私に勝ち目は薄いようだ。だから、ゲームをしようじゃないか」
 「頭のいい相手とのゲームは嫌いじゃないよ。続けてくれたまえ」
 一つ、クリア。
 「君は無類の眼鏡好きだと聞いている。失礼を承知で言えば、狂信的と言ってもいい程にね」
 「否定はしないでおこうか。続けてくれたまえ」
 二つ、クリア。
 「もしゲームを受けてくれるなら私は抵抗は止め、更に負ければ今後自らに戒めを課して生きていこう」
 「成る程、無粋な撃ち合いはおしまいという訳だ。それは確かに興味深い提案だね…………それで、戒めというのは何かな?」
 三つ、クリア。
 真野は敗北した場合に自らを律する三つの条文を挙げた。すなわち。

 第一条 真野風火水土は眼鏡っ子に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、眼鏡っ子に危害を及ぼしてはならない。
 第二条 真野風火水土は眼鏡っ子に与えられた命令に服従しなければならない。ただし、与えられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
 第三条 真野風火水土は、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、あらゆる状況において眼鏡を掛け続けなければならない。

 二人の間に、沈黙が流れた。その時間は、永劫。
 やがて、ゆっくりと眼鏡の少女が真野の待つ手術室へと足を踏み入れた。
 「フフフ…………素晴らしい三原則じゃないか。地球上の全ての人類がこれを遵守すれば、世界は平和な楽園になるだろうね」
 その世界には狂人か変人か眼鏡っ子しか残っていない気もするが──────────とは思うものの、勿論口には出さない。
 「いいだろう。このまま戦闘を続ければぼくが絶対的有利だけれど、その素晴らしい着想に敬意を表してゲームを受けようじゃないか。ぼくだって、出来れば眼鏡の似合うナイスミドルを傷つけたくはないからね」
 「それはどうも。お世辞としても嬉しい限りだよ」
 オールクリア。
 いや、これでようやくスタートラインだ。
 「それで、種目はどうするのかな? 賭け事はあまり得意じゃないんでね。できれば複雑なものは遠慮したいね」
 「それなら…………インディアン・ポーカーを知っているかい?」
 熟慮の後に、真野は提案する。
 より正確に言えば、熟慮したふりをした後に。
 「あぁ、それなら知っているよ。とてもシンプルだしね」
 インディアン・ポーカーとは、簡単に言ってしまえばお互いのカードの大小を競うトランプ・ゲームである。配られた1枚ずつのカードを比較し、数が大きい方が勝ち。
 単純なゲームに駆け引きの要素を加えているのが、そのゲーム名が示すインディアンという言葉。配られた自分のカードは羽飾りのように自らの額に当てて相手に見せるが、自分では決して見ることはできない。
 つまり、相手のカードの強さは分かるが自分のカードの強さは分からない。その状況でコール(勝負)orドロップ(降り)を選択する、シンプルなゲームだ。
 「それなら良かった。幸い、私はいつもカードを持ち歩いている…………おっと、勿論封を切っていない新品だよ」
 おどけたように両手を広げて肩を竦める。
 「そこは信用してあげることにしようか。ただ、せっかくだから一発勝負はつまらないな」
 一つ、口を挟まれる。まぁ、すんなりと全てがうまくいく訳もない。真野はさして動揺も狼狽も見せない。
 「どうせなら、脱衣インディアン・ポーカーにしよう。それなら、観衆だって経過を楽しめる」
 試合を見守る観客の事を考えた、エンターテインメントに徹した言葉。それはそれで立派なのだが、普通は年頃の少女から出るような類の言葉ではない。
 「君はひょっとして…………いや、何でもない」
 露出狂の変態なのか? と思わず問い掛けようとしてしまい、口を噤む。そんな事で万一気分でも害されてご破算になっては元も子もない。
 「何でもなければ、細かいルールを決めておこうか。後で言った言わない、になるのは面倒だからね」
 願ってもない事だった。
 そして、短い話し合いの後に決められたルールは以下の通り。

 ルール1 ドロップの場合は降りた者が1枚脱ぐ。コールの場合、敗者は2枚脱ぐ。同点だった時は両者共に1枚脱ぐ。一度脱いだ衣服は着用しない。脱げる衣服が無くなった時点でゲーム決着。
 ルール2 眼鏡は衣服に含まれる。 
 ルール3 カードのすり替え等のイカサマの発覚は即、ゲームの敗北とする。
 ルール4 能力の使用は自由とする。

 明示されたルールは過不足なく、そして絶対。両者の合意が得られた。
 真野は静かに考える。
 ルール1。これはいいだろう。両者にとって公平であり、基本ルールと言っていい。
 ルール2。眼鏡が衣服かどうか、世間一般的には意見の分かれるところかもしれないが、相手の思想信条を考えれば認めるのもやむを得まい。それに真野自身も眼鏡を掛けている為に勝負的な不利はない。
 ルール3。勿論、発覚すればの話だ。その意味をお互いは口にせずとも分かっている。
 そして、ルール4だ。
 これは考えるまでもなく、自分に不利だ。何しろ相手は幻覚を生み出す事ができる。カードを好きなように変える事ができる、と言っているようなものだ。
 それ故に、眼鏡の少女は自らの必勝を確信しているだろう。

 だが、だからこそ。
 だからこそ、インディアン・ポーカーなのだ。
 自分の手札を額に掲げていては、それは対象に取れない。
 使えるとすれば、相手の手札。
 それが分かっていれば。

 手術台を挟み、相対するそれぞれに配られた手札。コールorドロップは交互に宣言する。
 「さて、最初だからね。いきなりドロップもなんだし、コールといこうか」
 いたって気軽な口調で勝負を始める。先ほどまでと変わらぬ余裕のある表情からは真野の手札の強弱は全く読み取れない。これもまた一つのポーカーフェイスと言えよう。
 真野にも自身の手札の数は分からない。分かるのは相手の手札だけだ。
 「勿論、私もコールするよ。初戦の勢いは大切だからね」
 真野に見えている札は、スペードの9。なかなかに強い手札である。10~K、或いはAでなければ勝つ事は出来ない。
 「では、オープンしよう…………」
 スペードの9に対するは、ハートのJだった。
 ひとまずの勝利に、真野は息をつく。反対に眼鏡の少女は眉をひそめた。
 「おっと…………これは幸先が悪い」
 いきなりの2枚喪失。
 「あぁ、床に置くと汚れてしまうぞ。手術台にでも置くといい」
 脱いだ衣服を手術台に置いていくように勧めたのには、勿論理由がある。常にお互いの目が届くようにする為だ。
 真野は眼鏡少女の幻覚能力のもう一つの使用先として、当然衣服を考慮に入れていた。脱いだふりをされるのは避けたいところだが、常に監視していれば、二度以上の使用は不可能だろう。一枚分程度の上乗せなら、誤差と言える。
 最初に脱ぐのはセーラー服のスカーフともう一枚、というところか。 
 しかし、真野の予想は大きく外れた。
 「………………一つ聞きたいんだが、順序が間違っていないか?」
 脱いだ黒いストッキングと白いパンツを丁寧に畳んで手術台に置いた眼鏡の少女へ、真野はある種の畏怖を感じずにはいられなかった。
 「眼鏡は最後に決まっているじゃないか」
 何を馬鹿な事を、と当然の顔で返答。
 「あぁ、ストッキングと下着を脱ぐ為に靴を脱いでしまったのだけれど、これは履き直してはいけないルールになるのかな?」
 「いや…………それはいいとしよう。敗北条件で脱いだ扱いではないしね」
 そもそも、そんな事態を想定したルールではない。
 限りなく好意的に考えれば、ミニスカートが残っていればその中が裸でもさしたる問題はない。逆にミニスカートとストッキングを脱いでしまえば下着姿が晒されるのだから、この選択もあながち間違いという訳でも──────────。
 「やぁ、これはいけない。今回はドロップしておこう」
 次戦、真野の手札が余程強く見えたのかあっさりと諦めた少女は、ごく自然にミニスカートに手を掛けた。
 「待ちたまえ。やはり君は間違っている」
 「靴は最後まで履かせたままの方がいい、というのは男の美学だと思っていたのだけれど………………きみは少数派だったかな?」
 「私は少数派ではないし、そもそも裸に靴は男の美学でもないし、第一、年頃の娘が真っ先に下半身露出の方向に進むのは間違っているだろう…………」
 「仕方がない、それなら忠告に従って今回は靴にしておくよ」
 何故か残念そうに、しぶしぶながらローファーを脱いだ。
 いかん、少しペースが乱されている。心理作戦に乗ってはいけない。
 真野は呼吸を整える。勝負事は平常心を失ってしまえば負けだ。
 逆に言えば、平静さを保ってさえいれば負ける事はない。事実、二戦にして相手は既に3枚のロスである。
 「さて、次に行こう。のんびりやっていると冷えてしまう」
 女のコは腰を冷やすと良くないからね、などと口にしているが勿論取り合わないことにする。
 三戦目。真野に見えた札はクローバーの3。少考の後、コールを選ぶ。
 結果は──────────真野の敗北。手札はスペードの2だった。
 真野は躊躇することなく、即座に残りの山札を改めた。
 山札の中にスペードの2は──────────無い。
 「ひどいな、全く信用されていないなんて」
 大仰に天を仰いで嘆きの表情を見せる眼鏡の少女。勿論、ポーズだけなのは真野には分かっているし、それも相手は分かった上での茶番だ。
 「悪いね、念には念を入れるって事で」
 幻覚によるカードの書き換えは、これで防げる。変えられるのが一枚だけなら、確認も容易である。
 それに、毎回確認する必要もない。牽制として見せておけばそれで十分だ。イカサマの発覚は即敗北というルールなのだから。
 靴と靴下を脱いで手術台に置き、次に臨む。
 次戦。真野のドロップ。ジャケットを静かに脱いだ。
 更に次戦。コールしての引き分け。真野はワイシャツを置き、眼鏡使いの少女はセーラー服やアンダーシャツよりも先に、パンツとお揃いのブラを恥ずかしそうな演技で脱いだ。

 真野の残り衣服は、肌着、ズボン、下着、そして眼鏡。
 対する少女は、スカーフ、セーラー服、アンダーシャツ、ミニスカート、そして眼鏡。
 一般に女性の方が初期衣服は多い。それでもその物量差を真野はそれほどに悲観していなかった。
 戦いは着々と進む。二戦目までのリードを巻き返されはしたものの、概ね、真野の予想通りに。
 真野は手品師ではないし、プロのディーラーでもない。カード捌きにはそれなりの自信があったが、それでも思い通りのカードがそれぞれに行き渡るような芸術的なシャッフルとまでは行かない。
 だが、その必要はなかった。
 インディアン・ポーカーにおいて、自分の手札を知る事が出来れば限りなく勝利は近い。
 真野は占い師ではないし、千里眼能力者でもない。自らの額に掲げられた手札を覗き見る事はできない。
 だが、その必要はなかった。
 封を切っていない新品のトランプがあったからだ。
 封を切っていない新品の、イカサマ用トランプだ。
 といっても、大したものではない。カードの右隅・中央・左隅のいずれかに微細な刻印があり、それを指でなぞるだけだ。
 全てのカードの種類を網羅する程に細かすぎては判別がしづらく、バレる可能性も高くなってしまう。限定的でありながら効果的な識別分類は、すなわち2~5、6~9、10~Kである。Aには刻印がない事で判別がつく仕組みである。 
 特注品ではあったが、しかし意外に用途は広い。インディアン・ポーカーだけでなく、ハイ&ロー、更にはブラックジャックにも応用が効く。もしインディアン・ポーカーが拒否されたとしてもある程度は挽回が効く布陣であった。
 必勝とは行かないが、それでも相当の優位。一発勝負では無い事も幸いした。
 積み重ねていけば、確率は収束する。
 細身だが鍛えられた上半身を真野が晒した頃には、既に眼前にはミニスカートと眼鏡だけを残したあられもない姿の少女が立っていた。

 中性的な一人称に反し、同年代の少女に比べて平均以上の豊かさを持つ膨らみを片手で隠しながら、眼鏡の少女は最後の勝負に臨む。
 「…………っ!」
 「勝負有り、だ」
 だが、オープンされた互いの手札は、スペードのAとハートのQ。無情にもカードは真野の勝利を告げた。
 「決着としようか。ゲームとはいえ、紳士のつもりの私は可愛い娘さんの全裸を衆目に触れさせるのは忍びない」
 脱いでいた自らのジャケットを敗者に掛ける為に手にする。
 「ご親切にどうも…………でも、まだ勝ち誇るには早いんじゃないかな?」
 「服を着ているように幻覚を見せても、脱げる衣服が無い以上、結果は変わらないよ」
 最後の切り札であろうものさえ、緩やかに否定する。
 「それもそうだね。だから…………」 
 すぅ、と息を一つ吸い込んで。
 「眼鏡チェンジ!」
 残された眼鏡。今までの眼鏡は敗北の代償という役目を終え、全く同時に新たな眼鏡がその顔に舞い降りる。
 「なん……だと…………?」
 「どうかしたかい?」
 「いやいや、衣服を追加するのは反則だろう」
 真野の非難に、しかし眼鏡の少女は平然と答える。
 「反則というのは、ルールを破った行為に与えられる名称だ。ところで、この行為は1~4のどのルールに反しているのかな? ぼくとしてはルール4の通り、禁止されていない能力を使っただけのつもりだけれど」
 詭弁だ。誰がどう聞いたとしても。
 だが、ルールを決めた以上、それに反していなければ明確な反論ができない。

 「さてと、今のうちに決めておこうかな。次に掛ける眼鏡はどれが良いと思う?」
 脱いでいたセーラー服の内側から、ずらり、と手術台に並べられた様々な種類の眼鏡。その数はまさに──────────無限。
 収束する確率など歯牙にも掛けない、圧倒的な物量だった。
 「言っておくけれど、この眼鏡はセーラー服と一緒に脱いだものじゃないからね。問題が無いのは靴を脱ぐ時に確認済みだよ」
 「それも作戦だったとはね…………分かった、降参だよ。この試合、君の勝ちだ」
 お手上げのポーズで真野は肩を竦める。
 「まさか、この為に脱衣を提案したとはね…………流石に読めなかったよ」
 「きみはひょっとして、ぼくを露出狂の変態か何かだと勘違いしていたんじゃないだろうね?」
 心外、と言った様子で片眉を上げる。
 真野はしばらく何も言わなかったが、大きく一つ嘆息を洩らしてから言葉を続ける。
 「ところで、よくゲームをOKしたね? 種目も決まっていなかったし、脱衣に決まるとも限らなかったのに、最初から負けるとは思っていなかったのかい?」
 「まさか。勝負事は運否天賦だからね…………当然、負ける事もあるとは思っていたさ」
 「おや、意外に博奕打ちだったのか。計算高いタイプに見えたんだが」
 「何、単純な話さ。ゲームをする、とは言ったが、それでこの試合自体の勝敗を決めるとは一言も言ってないからね。ゲームに負けたらその時はそのまま、至近距離からレーザーを叩き込んでいただけさ」
 真野が取引を持ちかけ、射程内に招いてしまった時点で勝負は決まっていたのだ。
 いったい誰が、ゲームと試合を分けて考えられるというのか。通常の思考では有り得ない謀だった。
 「…………前言撤回だ。博奕打ちではなく、口から先に生まれた詐欺師タイプだよ、君は。ついでに言うと、鬼畜だ」
 苦笑しながらの真野の感想に、真面目くさった顔で答が返る。
 「そこまで褒められると照れるね。でも…………生憎、眼鏡から先に生まれたんだ」
 勿論冗談に決まっているだろうが、そうとは言い切れない妙な説得力があった。
 「恐れ入るね…………さて、風邪を引かれるわけにはいかないな。第一条違反になる」
 真野はスマートに嘯くと、自らのジャケットを眼鏡娘に掛けてやった。

 「やれやれ、こんな格好を晒してしまって、絶対に四ちゃんは怒るだろうな…………」
 勝負を終え、衣服を着直しながら思う。
 からかうと反応の楽しい、強気に見えて実は泣き虫な可愛い妹。怪我でもすればきっと、怒りながら真っ赤に目を腫らしてしまうだろう。
 それはそれでまた可愛いが、出来うるならわざわざ泣かせる事もない。
 相手の武器が拳銃であった以上、一掬いの不運、一瞬の隙で何が起こるか分からない。怪我か、当たり所が悪ければ──────────。
 それ故に、無傷で決着のつく提案は彼女にとっても好ましいものであったのだ。
 「これで残りはあと二つ、か…………流石にもう、無傷は難しいだろうな」
 その性、何処までも不敵。その心、何処までも透明な闇。誰よりも眼鏡に愛されし少女──────その名は、一∞(にのまえ・むげん)。




                                  <了>


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