伝説の勇者ミドSS(第一回戦)

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第一回戦第八試合 伝説の勇者ミド

名前 魔人能力
伝説の勇者ミド おもいだす
裸繰埜闇裂練道 永劫
バロネス夜渡 ブラディ・シージ

採用する幕間SS
なし

試合内容

† 勇者ミドの伝説 第一章 『その剣をむけるとき』


――どっ。
ワープから竹林に放り出されたミドは着地すら満足にできずに体勢を崩し、
地面にお尻で接吻した。足は無様に投げ出され、スカートの中があらわになる。
「うあっ!? 痛ッ。あーーー・・・ああ」

彼女は思った以上の痛みに顔をしかめながら、何かに気づいたようにもぞもぞと動いた。
「ぱんつ穿くの忘れてたわ」

通りで必要以上に痛いわけである。
「あ~~まだちょっとひりひりする。すっかり忘れてたよ・・・昨日の夜は激しかった
からなあ。宿直室のおじさんも『ゆうべはおたのしみでしたね』って言ってたし」

ぶつぶつ呟きながらも彼女はスッと立ち上がり、あたりを見回して状況を確認した。
なるほど、事前に知らされた通り試合会場は竹林。
視界は竹で覆われ、あたりは竹に満ちており、極めて竹な状態である。
ときおり獣が横切ることはあったが、人の気配はなかった。

「うん、うん。とりあえずは予定通りかな・・・ぱんつ忘れた以外は」
引き続き注意深く視線を配りつつ、こくりとうなずく。
「よし。せっかくだし、今のうちに、やれる事はやっておかないとね」
何らかの意を固めたミドは、右手で眼鏡を直し、そのまま指をこめかみに当てた。

――『おもいだす』!


【一回戦 第八試合】
伝説の勇者ミド VS 裸繰埜闇裂練道 VS バロネス夜渡


†††


1時間後。

(・・・ふう。今んとこ、驚くほど何もないなあ)
ミドはどこか怖いものを感じつつも、心中で安堵の息をついた。

彼女は現在、初期位置を中心に円を描くように周囲を散策しているところだ。
今のところ通ったのは一様に竹林であり、川などはまだ見ない。
ここしばらくで感じた変化は、せいぜい初期位置に比べ竹の密度がまばらな事くらいか。
(どうやら、運は悪くないね)

兼石次郎。
バロネス夜渡。

2人の姿はトーナメント組み合わせ発表会の時に見ている。少しだが会話もした。
そして確信した。

体格、発する気、隙の無さ。いずれも自分とは比べものにならない。
真正面から戦えば、勝つ可能性は限りなくゼロだ。ザオラルの成功率よりはるかに低い。

だから、彼女が勝つ確率を上げるための条件として一番に挙げられるのは、
先に接敵しない事。これに尽きる。
戦闘能力の高い2人に先に戦ってもらう。漁夫の利を得るのが最善に決まっている。
幸い彼女は小柄で存在感も薄く、身をひそめるのは苦手ではない。
また散策しながら、万一の際に逃走するための経路も確認中だ。

何にしても彼女がここまでに敵に見つかっていないのは僥倖と言えるのであるが、
しかし一回戦からこんな組み合わせに遭ってるのはそもそも不運なのではないかと
己の運命を呪わないでもない。

最初はスライムと、相場が決まっているではないか。
王城を出ていきなりドラゴンとかゴーレムとか出てきたらもの凄く困るだろうし、
いま視界の端にチラッとアフロが見えた。

思わず目をそらす。
もう一度、そうっと見る。
アフロだ。

あろうことか、アフロの下には人間の顔までついていた。
こっちを見ている。
「あら」
もちろん、顔には目も口もついていた。

「そこにいるのは・・・美土ちゃんじゃないの」
完全にバレている! ミドは早くも絶望した。
「み ィ つ け た」


*バロネス夜渡が あらわれた!


バロネスは足場の悪い竹林にもかかわらず、クネクネと独特の歩法で近づいてくる。
また、それなのに憎たらしいほど隙が無かった。
(どうする・・・!?)
ミドは必死で頭脳を回転させるが、その間もバロネスは近づいてくる。
これ以上近づかれると・・・相手の間合いに入ると、まずい。

「お互い、見なかった事にしません?」

一定の距離を保ったまま、ミドが切り出した。
「兼石次郎。あいつ見ましたよね? どう見てもメチャクチャ強いですよ。
先に自分以外の2人が潰しあってくれないと苦しい、と思いません?
私もそう思います。だから、先に私達のどちらが奴と出会うか・・・賭けてみませんか?
ここで私たちが潰しあったら、それこそアイツの勝ちで決まりですよ」

ミドは白々しい顔で提案してみせた。
バロネスは、黙ってミドの瞳をじっと見つめている。
しばしの沈黙。そして・・・ゆっくりとバロネスが口を開いた。

「ダ~メ、よ」

「!!」
「アタシ強いのよ? この戦いをさっさと終わらせれば済む話よ」
「・・・いいんですか? 使いますよ? イオナズン」
「それがどうしたってのよ」
「敵全員に100以上与えるんですよ!?」

ふう、と、バロネスはひとつ息をついた。
そして、眼の奥から冷たい光でミドを刺しながら、言葉を紡ぐ。
「お譲ちゃん、アタシはね、アンタの事、信用してないの。試合前にあんなカマかけて
来るようなコはね。それに・・・」

「アンタ、アタシに勝つ自信ないんでしょ」
バロネスははっきりと言い切った。
「とんでもない、私は少しでも互いの勝つ確率を考えて」
ミドも言い返そうとするが、バロネスは聞かず、続ける。
「試合前から駆け引き。敵に遭うなり交渉。そんで自分の技をベラベラ喋って脅し。
アンタがやってるの、そんな事ばっかりじゃない。そういう事はね・・・」

バロネスが息継ぎする。ミドの頬を汗がつたう。

「格下のする事よ、小娘!!」


†††


「ところで、あなたの能力ってなんですか?」

――数日前。トーナメント組み合わせ発表会の会場にて。
組み合わせ発表の直後、話しかけてきたミドという少女が挨拶の次に発した
二言目が、なんとこのセリフであった。

「ちなみに私の能力は、イオナズンです」
「は? イオナズン?」
「魔法です。敵全員に大ダメージを与えます」

流石のバロネスもこれには若干驚いた。もちろんイオナズンにではない。
ここまで堂々と相手の能力を尋ねる事に対してだ。・・・話すわけがない。
ルールで場外乱闘は禁じられているため、暴力で追い払うわけにもいかない。

「ヒャハ、ヒャッハ、ヒャハアーーーーー」
おまけにさっきから、ミドの背後でモヒカンザコと思しき生物が四つん這いで
ひたすら女物の下着に喰らいついているので、バロネスはなんだか頭が痛くなってきた。

「そう、よかったわね。残念ながらアタシから話す事は何もないわ」
これ以上、こいつの相手をする必要はない。一方的に会話を打ち切って、バロネスは
ミドに背を向け去っていった。カツン、カツンと、靴のヒールが床を叩く音が響く。

「ちぇ、強そうなんだからケチな事言わなくてもいいのにねえ。あっ」
残念そうにミドはひとりごち、その口からは色っぽい吐息が漏れた。
気がつけば股間を触手にまさぐられていた。


†††


視界が開ける。
走っていたミドは竹林を抜け、川原に出たのだ。

あの対峙の後、間髪入れずにバロネスは距離をつめ、襲い掛かってきた。
アフロヘアで赤いドレスを着たムチムチのオカマが全力で飛び掛ってくる様子は、
それはもう生理的、原初的な恐怖を呼び起こすものであった。

ミドは逃げた。全力で逃げた。わざと足場の悪い箇所を選んで逃げる。
把握していれば避けられる段差も、知らなければ致命的になる事がある。
誤ってつまずきでもしてくれれば・・・だが、その目論見はすぐに瓦解した。

「逃がさないわよォーー!」
迫り来るオカマが、飛び上がって障害物を飛び越えたのだ!

「と、飛んだーーーーーーーーーーーーッ!?」

赤きオカマ飛翔す!!
衝撃的なそのシルエットに、ミドの絶望はより色濃いものとなった。
結局、把握していた範囲をあっという間に突破されたミドは無軌道に逃げ回ることを
余儀なくされ、この川原に出てきたかっこうである。
実力差のある相手に、遮蔽物のない場所。状況は悪くなる一方だ。

「あらあら、ずいぶん見晴らしがよくなったじゃなァい。そろそろ追いかけっこは
おしまいかしら? 自慢のイオナズンとやらはどうしたのよ」
「運がよかったな。今日はMPが足りないみたいだ」
「んじゃそら・・・さ、決着をつけましょう?」
バロネスは抜き身のナイフの刃を、威圧するように舐めてみせた。

一時的とはいえ浮遊できる相手より先に、この川を渡って逃げるのはまず不可能。
ミドは直接対決の覚悟を決めた。そのための策がないわけでも、ない。
腰に下げていた西洋剣を抜き放つと、ぶんぶんと振り回して見せる。
「仕方ない・・・相討ちになっても知りませんからね!」

(む・・・剣術が使えるようには見えないけど、意外と腕力はあるのかしら)
あまりに軽々と両手剣を振り回す少女の姿に、バロネスは一瞬怪しいものを感じた。が、
(けど、アタシの能力の前では・・・あんまし関係ないわね!)
ナイフを構え、その眼を妖艶に光らせた。

「『ブラディ・シージ』一本入りまーす」

バロネスはバックステップからのわずかな飛翔で距離をとり、ナイフを投げつけた!
ナイフには先程の動作で自身の唾液がついている。これで軌道は自由自在だ。
ミドは咄嗟に横に飛んだが、ナイフもそれを追って動く。
刃はミドの左の二の腕をかすめ、背後の地面に突き立った。

「っ・・・!」
敵の間合いが思った以上に広い。ミドは痛みをこらえて前に出た。剣を大きく振りかぶる。
しかしバロネスは余裕の表情だ。そして・・・恐るべき一言を口にした。「ふうん」

「その剣、幻覚能力か何かなのね」

斬りかかっていたミドの目が見開かれる。

「アンタみたいなのが軽々と振り回してるってのもそうだけど・・・今のナイフ、
その剣で防げば良かったのにねえ?」

なんと! これだけの情報でバロネスは、伝説の剣『まるごし』の実態を看破してみせた。
ミドはすでに剣を振りぬく体勢に入ってしまっている。
しかしバロネスがそれに怯む事は無い。カウンターで蹴りを見舞おうと油断無く構える。
ふたつの影が交錯する。

次の瞬間・・・鮮血が飛んだ。ミドは剣を振りぬいた姿勢で停止している。
「グアアアアッ!?」
そしてバロネスの右脚が、切り裂かれていた!
「グッ、バカな!?」
「何を言ってるんですか、これはただの剣ですよ」

息を切らしながら、口元で笑みを作るミド。しかし、もちろんこの剣は『まるごし』だ。
実際のところは、こうである。
伝説の剣『まるごし』には実体がない。だから重さもないし、他の物体は透過する。
よって・・・「この剣を持ちながら他の物を持つ」ことが成立するのだ。

今回の場合は剣を持ちながら、その刃に隠す形でナイフを握っていた。
刃渡りは剣の半分もないが、それゆえに完全に隠すことができる。
バロネスを切り裂いたのは、そのナイフの刃なのだ。裏の裏である。

「やるじゃない・・・おねーさんを怒らせたわね」
右脚から能力の源たる血液を流しながら、バロネスは不適に笑った。


†††


いきなり相手に背を向けて川へダイブ。少女の次の一手は意外なものだった。
さして深くない川のはずだが、姿が消えた。いったい何が? バロネスは川を覗きこむ。
すると、ミドが飛び込んだ周辺だけ川底の色が違う。ここだけ深いのだ。

そしてバロネスが川岸に限りなく近づいたそのとき・・・
ざば、と水面がざわめき、人影が勢いよく飛び出した。

バロネスはその隙を逃さない。出現した人影をナイフが襲う。
刃は人影を貫通し、川の対岸まで飛翔した。しかし。
悲鳴のひとつもない。一滴の鮮血すら飛び散らない。バロネスが訝しんだ1秒後!
片腕を真上に向けた姿勢のミドが川面から現れた。その手には着ていた制服のブラウス。
一瞬の人影の正体はそれだ。

そして上半身ブラのみ、下半身はスカートというエロイいでたちでびしょ濡れなミドは、
浅い川底に踏み込みながらもう片方の手で軽々と剣を振りかぶる。
先程、確かにバロネスの右脚を切り裂いた剣だ。
放ったナイフを戻すのは間に合わない。バロネスは歯ぎしりした。こうなれば・・・

「ちいいいッ」
バロネスは川へ踏み込んだ。
いくら本物の剣とはいえ、先に剣を蹴り落としてしまえばどうとでもなる。
容赦ないソバットが剣の腹を捉え――

むなしく空を切った。

やはり剣は幻だ! そう・・・ミドは今度は、剣の中にナイフを隠していなかったのだ。
ミドは突き上げていた、ブラウスを持った手を振り降ろす。ナイフはこっちだ!
ブラウスの生地を突き破り、刃がきらめいた。そして切っ先がアフロヘアに侵入し・・・

そこで停止した。
ミドの体はふるえている。

「驚いたわ・・・。やるじゃァない。」
バロネスは鬼気迫る笑みを浮かべていた。
「で、も・・・アタシが一枚上手だったわね」

(体が・・・体が、動かない!! どういうことだ!?)
ミドの視線が空をさまよう。焦りで身体があつくなる。わからない。わからない。

その答えは、ミドの上半身に付着した血液にあった。
バロネスの蹴りの目的は、剣を落とさせる事だけではなかったのだ。真の目的は、
怪我した右脚を振るうことで、ミドに大量の血液を付着させる事にあった。
いまやバロネスの眼前には、完全に無防備なミドの細い胴体が放置されている。

「アナタ、意外と悪くなかったわ。でも・・・惜しかったわネ!!」

ミドの腹部に、今度こそ強烈な蹴りが見舞われた。
少女の体は吹き飛び、竹林入口の竹にぶちあたって静止する。
強烈な痛みに顔をしかめながら、なおも動こうとしているが、もはや戦闘はできまい。
「さて、トドメといこうかしら」
バロネスはナイフを回収すると再びそれを宙に舞わせ、

がさり。

音がする。それと同時に、ただならぬ殺気が一瞬にしてその場を覆った。
「ほう。ずいぶん長いこと相手に遭わないと思ったが・・・こんなところにいたか。
ただ真っ直ぐ歩くだけじゃぶつからんとは、面倒なもんだ」
バロネスは動きを止めて視線をやる。男が、悠々と近づいてくる。

「俺も、混ぜてもらおうか」


*裸繰埜闇裂練道が あらわれた!


†††


同時刻――

ズシン。ズシン。

地平線をも揺さぶるがごとく、重々しい音が鳴り響く。
しかし不思議とその音に威圧感はなく、むしろ大地を礼賛しているかのような
神聖さを含んでおり、聞く人の心に安らぎを与えた。

希望崎学園裏山。
険しい自然を有し、熊すら出没するこの場所を、股ノ海は好んで稽古場としていた。

足を上げて、踏む。
足を上げて、踏む。

体内の気が練り上げられていくのと同時に、己の意志が大地に伝わっていくのを
股ノ海は感じていた。祈りが込められた鐘の音にように、振動は眼下の街に降り注ぐ。
一人前の力士にのみ可能となる、超然たる四股。
その姿は金色の仏像のように、人の域を超えた神秘性を内包していた。

ズシン。ズシン。

均一なリズムで繰り返される動作とともに、股ノ海の精神は無に近づいてゆく。
やがて、彼の中で研ぎ澄まされた闘志を表すがごとく、その全身が朱に染まった。

日が、傾き始めていた。


†††


夕日を映す川面に、鮮血がさらなる赤を添える。
バロネスと練道の死闘が続いているのだ。

練道は当然、すでに倒れ伏しているミドには一瞥もくれずバロネスを相手に選んだ。
そしてその強さは期待以上のものだった。

しかし、当のバロネスは危機を感じてもいた。足の怪我の分の機動力は飛行で補えるが、
残りの体力では長くは続かない。そして何より・・・相手の実力が本物すぎる。
本来なら接近して血液でも浴びせてやりたいが、そんな隙は全く無い。また、死角からの
ナイフ攻撃にも的確に反応してくる。

(どうやら、長期戦になると不利なのは・・・アタシのほうね!)
だから、バロネスは動いた。
後退しながらナイフでの牽制を続ける。だがそもそも練道はナイフ1本では止まらない。
追い詰められ距離をつめられるバロネスは・・・ついに川に着地せざるをえなくなった。
膝下までが水につかっており、どうしても足さばきが鈍る。その隙に練道が迫る!

川に踏み込みざま突き出された練道の右拳・・・は、しかしバロネスに届かなかった。
「む、これは」
「アラ、ダメじゃなァい・・・! そこは危ないわよ・・・!」
練道の体が大きく沈む。ここは、ミドも利用したあの深みだ!
バロネスが沈まなかったのは・・・膝下まで水につかる位置で、浮遊していたのだ。
練道に足場はない。ナイフが頭上に迫る。
「アタシの、勝ちよ!」

――『 永 劫 』。

次の瞬間。大きく体をのけぞらせて吹き飛んだのは・・・バロネスのほうだった。
「・・・!?」
「驚いた。やるものだ」

わずか一秒。
練道は与えられたそれだけの時間で川岸に手をついて体をもちあげ、這い上がって
拳を放ったのだ。ナイフが彼を狙って飛来するよりも、遥かに疾い動きだった。

何が起きたのか、バロネスには理解が追いつかない。
殴られる瞬間に突然体が動かなくなった事も、敵の意味不明なまでの身体能力も。
練道の脳天を貫くはずだったナイフは力を失って水中に沈んでゆく。

異次元の疾さ、そして剛さ。化物。
猛烈な痛みに襲われながら、バロネスの胸中には恐怖だけが満ちていった。
そして心が飲み込まれると同時に、意識も遠くどこかへ落ちてゆき・・・


気を失い、風にざわめくアフロヘア。息はあるが、完全に昏倒している。
それを見やりながら、練道もまた震えていた。・・・歓喜だ。
「・・・死んでいない。これほどの強者と出会えるとは、来た甲斐あったな」

試合終了のアナウンスはまだない。

「そうだ。まだ1人いたのだったな。・・・あまり期待はできそうにないが」
バロネスとの戦いのさなか、ミドが痛む身体に鞭打って立ち上がり、竹林に消えていく
のを練道は抜け目なく捉えていた。そして、追って竹林に入っていった。

日はいよいよ沈み、漆黒のアフロに溶けてゆく。
まもなく「闇」が訪れる。
それは勇者にとって、何の暗示となるのか。


†††


世界が静で満ちる。

もっとも、もちろんそれは彼の認識する範囲の世界の話ではあったが、
しかし彼にとってはそれで十分でもあった。
これで、その精神の中に残るものは集中された自己のみとなったのだ。

完全に日の没した闇の中で、戦士は眼を閉じ、腰を落とした姿勢でひたすらに不動。
その形は燃えたぎる闘志を感じさせるポーズながら体は優美な曲線を描いており、
男性性と女性性を両立している。
そしてそのシルエットを、強い月明かりが煌々と映し出した。

ああ、今夜は満月だ――!

美しいという言葉が土下座して席を譲るであろう、涙を禁じえないその光景・・・!
それを、しかし股ノ海は自ら崩した。
目をカッと見開き、山中の木々に向かって一歩踏み出す。

大樹の幹を前に、四股のように片脚を大きく持ち上げる。そして、股ノ海はその足を
・・・前方へと激しく突き出した!
足の裏が、樹へと強烈に叩きつけられる。しかもそれで終わりではない。
膝を曲げ、足を戻す。再び突く。戻す。突く。しだいにペースは速くなる。
その間、股の海の強靭な足腰は、片脚でその巨体を支え続ける!

ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!

一撃ごとに、幹がわずかに陥没し、歪み、暴れる。
大樹のその身が、ドリルで掘られるがごとく抉られ、削られてゆく。
やがてバランスを失った巨木全体が揺れ始め・・・最後の一撃で足が幹を貫通した。
股ノ海が動きを止める。大樹が大きくゆらぎ、倒れる――!

ズドォン!
轟音を響かせ、樹はその身を大地に横たえた。股ノ海は、すっと足を降ろす。

「完成だ。『百烈脚』・・・!」

新技!! 多彩な技を誇る力士・股ノ海は、これをもって新たな次元に達したのだ。
彼はどこまで行くつもりなのか。目指す高みとは・・・。言うまでも無い。
『横綱』 遥かなるその称号のみ――

「・・・ん」
ふと、股ノ海は己の足に目をやった。
出血している。先ほどの樹に鋭利な箇所があったか。

驚く方もいるかもしれないが、力士といえど、その強靭な肉体を破られることは稀にある。
自然の力とはそれほどまでに強大なものであるのだ。
「そうだ・・・それがどんな強者であったとしても、だ。・・・勇者よ」


その頃、国技館では横綱の不戦勝が報じられていた。
対戦相手が現れなかったらしい。


†††


竹林に消え、夜の闇に身をひそめる傷ついた勇者。
その姿を練道が見つけるのに、しかしそれほど時間はかからなかった。
卓越した経験が気配を的確に探るのか、圧倒的に研ぎ澄まされた勘が彼を導くのか。

いずれにしても、ミドはそこに立っていた。
竹林の中でも特に太めの竹が密集して生えている箇所で、闇の中ハッキリとは
見えないが、一本だけ根元しか存在しない竹があり、その隙間から姿が確認できる。

全身ずぶ濡れ、まだ痛みが残っているのだろう、呼吸も整っていない。
スカートが破れて太腿がちらりと覗いている。上半身に至ってはブラのみだ。
どう見ても満身創痍であり、そしてえろい。

えろい。ものすごくえろい・・・が、とても戦う力が残っているようにも見えない。
小指一本で殺せそうな女だ。

「降参しろ」
練道はため息をつきながら、かったるそうに言った。
「弱い奴の相手はもう面倒でな・・・俺が殴ればお前は死ぬ。俺は手加減が苦手だ。
お前をぶっ飛ばしたオカマは強かったが、それも俺は倒してきた。
前も言った気がするが、俺は気が短い。二度は言わんぞ」

正論を、真正面から。当然のことだ。しかし、ミドは辛そうな目のまま、
「冗談。・・・戦う前から、降参なんて」
やっとそう言った。練道は大きくため息をつく。
「お前も、そこらのチンピラと変わらん阿呆だ――」

ミドはむりやり笑みを作ってうなずき、剣を取る。
練道は心底あきれ返った。本当に真正面から立ち向かう気なのか。
もういい、一瞬で終わらせよう。練道は稲妻のような体捌きでミドに急接近・・・

そこでミドが動く。その場で虚空を蹴り上げると、何かが転がってきた――竹筒だ!
短く切られた竹筒がいくつも迫り、練道の足場を埋めてゆく。踏めば転ぶ類の罠か。

「・・・せこい話だ。こんな物で俺が止まると思うのか?」
竹筒は全てかわされるか、足捌きの過程で蹴り飛ばされた。
練道は顔色ひとつ変えずに、速度を落とす事なくミドの手前まで迫る。

流れるような動作で拳が引かれ、足がわずかに持ち上げられた。
一瞬すら経たぬ間にその足は強烈に踏み込まれ、凄まじい震脚とともに地面に埋まる――
と、同時に練道の体も沈みこみ、沈みこみ、さらに沈んでいく。沈む・・・!

つまりは要するに落とし穴だ。それが練道の足の置き場に、
あまりにも正確に配置されていた。たった、それだけの話。

が・・・けして深い穴ではない! 練道は着地の態勢を取る。何も問題は無い。
穴はそれなりに大きくはあったが、深さは練道の巨体が半分も埋まらない程度でしかない。
しかし、

――竹筒。あと何か獣のうんこ。

穴の底にあった物体である。着地。転がる。滑る。練道の体が大きく仰向けに傾く。
「こんな・・・馬鹿な話があるか・・・ッ!」
ミドが、剣を下突きに構えて飛び込んでくる。


†††


試合冒頭にて、ミドは能力を使っている。この時に、ストックした3つのセリフを全て
『おもいだし』て吟味していた。

■セリフ①(姦崎絡)
「竹の切り方。先ず倒す側に『受け口』を切る。幹の直径の1/3程度まで水平に切る。
太い木を伐採する時の受け口は更に上がら斜めに切るが、竹の場合は水平に切り込むだけ。
(中略)
根元は太く肉厚も厚く、窮屈な姿勢になるので上部で切ると楽であるが、
推奨はされない・・・。これで良いか?ミド殿」

これは、ネットで調べた「竹の切り方」を要約した原稿を作成し、触手に音読させた
ものである。単語の一語一句を間違えずに記録できるのがこの能力の利点だ。
これに従いミドは、最初の1時間のうちに初期位置の竹をナイフで一本切り取った。
これが先ほどからの竹筒の材料となり、また、自分の初期位置を示す目印にもなる。

■セリフ②(バロネス夜渡)
「そう、よかったわね。残念ながらアタシから話す事は何もないわ」

試合前に尋ねた「あなたの能力は何ですか?」に対する返答。しかしこれは記憶した
ものの、バロネスの抜け目ない性格を表すのみであり、特に役には立たなかった。

■セリフ③(兼石次郎=裸繰埜闇裂練道)
「・・・関係ない。俺が拳を出せばお前は死ぬ。俺は手加減が苦手だ。
去れ――脆い奴に興味はないんだ。俺は気が短いぞ」

これもバロネスと同じく、試合前に接触して会話した時のものだ。
会話の流れで言われただけではわからない事が、後で吟味すると見えてくる事もある。

「拳を出せばお前は死ぬ」。強い言葉だ。
この兼石次郎という男は自分の力に絶対の自信がある。
そしてその強さゆえか、細かい事はあまり考えない。
圧倒的な、己の強靭さと技術で勝ってきた者の言葉だ。

よって。その気の短さも手伝って・・・
この男は正面から戦えば、最短距離で直進して攻撃してくる。それをミドは確信した。
元々そういう戦闘スタイルに見える男ではあったが、性格から裏付けが取れた形だ。

事実、裸繰埜闇裂練道は日頃からどこに行くにも直進しかしないような男ではあった。

竹林のこの箇所は竹が割と密集しており、練道ほどの巨体がまっすぐ通れる隙間はない。
だがこの時、彼女は一本だけ竹を切り取った。隙間ができたのだ。
練道が直進できるとすればここしかない。なら――ここに罠があったら、どうなるだろう。

ミドは斜めに切った竹をスコップがわりに穴を掘り、中に竹筒1本と1本グソを放り込むと
着ていたカーディガンをかぶせて表面に薄く土を盛った。
風で飛ばないよう、端に石も並べておく。
さらに確実にこの位置へ敵を誘うべく、足場を制限するための竹筒も複数用意しておく。

彼女は兼石次郎と戦うならここで、と試合開始時から決めていたのだ――


†††


「ウオオオオオオ!!」

練道の雄叫びがこだました。すでに眼前にはミドの剣の白刃が迫っている。
一瞬の後には顔面が串刺しだ。
ミドは練道が罠にかかると確信した上で、練道が落ちるよりわずかに早く動いていた。
その一瞬早い判断が、確実に練道を貫けるタイミングを生んだのである。

(1秒――!)
だが、練道には、まだ切り札がある。そう。
(1秒あれば俺はどんな状況でも、どんな相手でも倒してみせる。そうだ、1秒!)

『 永 劫 』!

ミドの時が止まった。
そして今から何が出来るか、練道は0秒で考えを巡らせる。眼前には切っ先。

起き上がるか? いや、今からではどう体を持ち上げても頭部を剣に刺される。
剣を弾くか? 間に合わない。人は止まっても物体は止まらない。貫かれた後になる。
動きの止まったミドを殴るか。しかし倒れこんだ今の体勢からでは届かないか?

練道の視線がミドを捉える。剣を下に、穴に飛び込んできた姿勢で停止している。
少女はジャンプ直後のため膝を曲げて飛び上がったままの姿勢となっており、
見上げてみると、つまるところ、その・・・スカートの中がよく見えた。

はいていない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なぜ?

練道が気を取られたのはたったの0.5秒。それは決して長くない。
むしろよく我慢したと言って良い。だが、彼にとっては命の0.5秒だった。
その間、彼の時間が止まってしまったのだ。


ミドは己の性器によって0.5秒、練道の時を止めたのだ!


永劫が終わる。何もかも間に合わない。そして練道の視界が鉄色に染まっていく――

何の痛みもない。死とは、こういうものなのか?
こうまであっけなく、こんなにも脆い相手に。しかしそれが・・・事実。
1秒の永劫の果てに練道は、すでに伝わるかわからない賞賛の言葉を口にした。

「負けだ。よくやった」

動くことをやめた練道の顔面に剣を突き立てて、ミドは着地する。
「・・・確かに聞いたよ、ギブアップね」

そのセリフは、確かに練道に届いた。
聞こえる。そこまで確認して、練道は剣がまやかしである事に気づいて唖然とした。
もちろんミドは剣の中にナイフを握りこんでいたので、ギブアップがなければ
そのまま刺し貫いていたのだが。

「あなたでも怖いのね、剣を向けられると」
ミドは練道のそばにしゃがみこみながら言った。練道は黙って聞いている。
「そりゃそうよね。力なんて、そうそうひけらかすもんじゃないのよ。誰だって怖いもの」
体を動かすのもやっとのはずだが――ミドは練道の腰元に手をかける。笑っている。

「・・・おい、何をしている」
そこまでされて、練道はミドに声をかけた。ミドは答えない。
彼女の手つきは極めてスムーズで、戦闘時より遥かに隙がない。
ミドは、剣を扱う時の何倍もすばやい動きで――

「やっぱり『むける』なら、こっちの剣にしとかないとね♪」

闇夜の中、怪しい影がうごめき続けた。ちなみに中継はまだ止まっていない――



† おわり


テレレレッテッテッテー
*ゆうしゃは レベルが あがった!
*いろけが 5ポイント あがった!
*てくにっくが 3ポイント あがった!
*せいよくが 120ポイント あがった!


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