一∞SS(第一回戦)

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dangerousss

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第一回戦第五試合 一∞

名前 魔人能力
医死仮面 サナティック・アスクレピオス
一∞ 眼鏡の王(Lord Of Glasses)
櫛故救世 鈴具輪久

採用する幕間SS
なし

試合内容


『トーナメント一回戦第五試合 医死仮面vs一∞vs櫛故救世』


 がたんごとん。がたんごとん。
 特急列車が線路を走る音は、思いの外に大きく響く。それは彼女にとって有利に働く環境。獲物を見つけ、すぐさま得意の隠身、無音移動。先手必勝による暗殺で仕留める計算だった。
 しかし、虚空に投げかけられた言葉に、つい反応してしまった。その時点で一旦諦めざるを得ない。
 「そこのきみ。取引をしようと思うんだけど、どうかな?」
 声を聞いてしまったのが、櫛故救世(くしゆえ・ぐせ)の失敗だった。
 失敗というのが言い過ぎなら、不運だった。
 せめて一対一であったなら、最初から話を聞く事を放棄する事も出来ただろう。
 問答無用で攻撃を仕掛け、戦闘に持ち込めば良かった。
 だが、一回戦は三つ巴──────つまり、第三者が存在する。
 第三者が存在するならば、そこには同時に戦略が存在する。
 「単純な話さ。ぼくときみが手を組んで、もう一人を倒す。それから改めて決着をつける。どちらにもメリットのある、期間限定の同盟って訳だ」
 耳に心地よい、悪くない話だ。ビジネスで言えばWIN-WINの関係。三つ巴で最も避けなければならないのは、一対二の状況に陥る事。その次に避けるべきなのは、一対一で敵を倒したとしても、傷を負った状態で無傷のもう一人と連戦になる事。
 挙げられた提案はそのどちらも避けられる、シンプルこの上ない平凡ながらも良策だった。
 だが、それだけに単純に飛びつく訳にはいかない。
 「どうして、私の方をパートナーに選んだの?」
 選択には理由が有る筈だ。櫛故は慎重に探りを入れる。
 「理由は二つある。一つは、きみの方に先に出会ったと言う事だ。まぁ、これは理由というには弱いがね」
 納得できる理由だ。必然ではなく偶然、二分の一の確率。
 だが、実際のところは偶然ではない。眼鏡による熱源感知で敵二人の位置は完全に把握しており、より体温の低い方──────つまり女性である熱源に先に近付いただけだ。仮面の男の方がより熱が篭りやすく、男女差以上にそれは顕著な判断材料となった。
 また、その索敵は同時に櫛故からの奇襲を防ぐ警戒装置にもなっていた。先の気付かれぬ筈の櫛故の隠身が見破られた理由でもある。
 「もう一つの方が重要にして、最大の理由だ。医死仮面だったかな? 彼は鳥の仮面を常に装着しているようだ。つまり…………彼は、眼鏡を掛ける事がない。すなわち、ぼくの敵だ」
 大真面目な表情で、この世の真理の如く宣言する眼鏡の少女。話の内容と表情とのあまりのギャップに、櫛故は緊迫した状況にも関わらず、思わず吹き出してしまった。
 「交渉成立で、いいのかな?」
 両者の間に流れた緩和した空気が、その答だった。


 医死仮面(マスケラー・アスクレピオス)は孤独な男だった。敵の一人に自らと同じ暗殺者が居る事は知っていたし、列車内という閉鎖空間においてその無音の殺人術が最も警戒すべき代物だと思っていた。暗殺技術で自分が遅れを取るとは露程も思ってはいなかったが、自信と過信は全くの別物であったし、敵の過小評価はすなわち死に繋がる世界を生き抜いて来ていた。
 彼は同時に、自分というものを良く知っていた。三つ巴の戦いにおいて孤立する事は何よりも危険だと当然に考えてはいたが、自らの異様な風体では交渉も捗らぬだろうし、そもそも一時の事であろうと他人に身を委ねる事など、考えるだけでも怖気が走った。
 他人と交われぬ孤高は彼の弱さでもあり──────同時に強さでもあった。
 最善は、相争い傷付いた敵を労なく始末する。
 次善は、見つけ次第一人ずつ始末する。
 最悪は、協力している二人と同時に戦い、始末する。
 ──────彼は常に最悪の事態を想定して動く。楽天的な暗殺者など、地獄にしかいない。

 爆走する特急列車の後部車両に転送されていた医死仮面は一旦最後尾まで索敵を行い、後顧の憂いを断った後に中央へと戻って来ていた。連結部の扉を開けば、反対側の連結部から丁度此方へ歩いてきていた、眼鏡の少女一人。不敵な笑みをにこりと浮かべると、一瞬にして床を蹴りその手に持った眼鏡を閃かせていた。
 無論、医死仮面とて暗殺医術を究めし手練。開幕の一撃を難なく髑髏の杖で受け止め、軽々と弾き返す。
 スピードは互角──────或いはやや不利か。だが膂力はこちらが有利。一瞬にして彼我の戦力差を冷静に分析していた。
 意識するまでもない、身体に染み付いた感覚。相手の力量を測れぬ者は、自らの命脈すら測れぬが道理。
 同時に浮かぶ疑問符。
 初撃の一合を交わした後、即座に医死仮面は違和感を感じていた。
 ──────何故、レーザーを使わなかった?
 解1。間合いが遠すぎた。或いは、近すぎた。
 否。遭遇時の間合いは充分な距離であり、むしろ機先を制する絶妙の攻撃手段足り得た。
 解2。既に何度か発射済みで冷却時間中だった。
 否。何らかの破壊音や戦闘音は一切聞こえなかった。
 解3。レーザーによる列車の動力部破壊による事故を恐れた。
 否。眼鏡から水平方向に飛ぶ光線は車体を壊したとしても動力部に影響を与えない。
 解4。味方への誤射を恐れた。
 是。乱戦での射撃は容易に側面や敵背後で同士討ちを引き起こす。
 すなわち導き出される答は、「眼前の眼鏡使いは囮。本命は身を隠した暗殺者の一撃」。
 想定したケースのうち、最悪のものと言えた。
 だが、想定していたという事はその対応策もまた想定していたという事。
 考えうる限りの最悪は、最悪足り得ない。
 医死仮面はその仮面の下で、禍々しい笑みを浮かべた。


 初撃の応酬後、眼鏡の少女は仮面の男がニヤリ、とほくそ笑んだように感じた。
 何もかもを見透かしたような笑いはハッタリか、或いは自信の現れか。
 だが、どちらにしても自分の役割に変わりはない。
 攻撃は牽制に留め、防御を主眼に置く。相手の力量も相当のものだったが、そう簡単に破られる防御ではない。
 後は、時機を待つだけ。
 自らの武器であり、愛する道具であり、魂でもある芸術品、眼鏡。
 それを指先に感じ、少女は戦いを続ける。


 医死仮面は相対する眼鏡使いを正面に捉え、攻防する。仕込み杖の先端に隠した毒針で突き、メスで切り裂き、時には鍼を飛ばす。そのいずれも有効打を与えられなかったのは相手の防御技術もさることながら、医死仮面の方にも本気が無かった所為でもある。眼鏡の少女が囮役であったように、医死仮面もまた、囮を使っていた──────自分自身を。
 医死仮面の攻撃に、眼鏡使いが大きく体勢を崩す。
 追撃しようと手を振りかぶり、鍼を投げ付けようとする医死仮面の背後から、音もなく櫛故が小太刀を手に躍り掛る。死角からの無音の一撃。避けられよう筈もない──────。
 医死仮面は背後も振り返らずに、指の力だけで正確に櫛故の眉間へと鍼を飛ばした。
 何故、奇襲を見破る事が出来たのか。
 先述の通り、攻撃が有る事は予想済みだった。あとは、そのタイミングと方向だけ。
 医死仮面はずっと見据えていた。眼前の少女の眼鏡を──────レンズを。
 鏡のように磨かれたレンズに、襲撃者が映る瞬間を。 
 ──────眼鏡が仇となったな、眼鏡使い。
 一殺を確信し、唇を歪めた医死仮面。
 だが、櫛故が構えた小太刀は敵に突き立てる為のものではなく、自己防衛の為だった。
 鋭い金属音と共に弾かれる鍼。側面に大きく飛びすさる櫛故。
 瞬時に攻防を切り替えて間に合うような温い攻撃ではなかった。最初から決めていなければ出来ない反応。
 そう、最初から決めていなければ。
 「頭の良い相手は好きだよ、此方の思考をトレースしてくれる」
 ──────まさか、囮は暗殺者の方だったと言うのか!?
 振り向いた医死仮面の前には、光る眼鏡を持ち上げた少女の姿。
 「眼鏡ティックブラスト!!」
 掛け声と共に少女の眼鏡から高出力のレーザーが発射される。
 咄嗟の反応も避けきれず、医死仮面の左肩から先が瞬時に蒸発した。
 たじろいだ医死仮面の眼前に、ふわりと宙を舞った黒ストッキングに包まれた足。
 岩をも砕く飛び後ろ回し蹴りが仮面の男を撃ち、その身体は窓ガラスを突き破って外へ飛び出していった。
 眼鏡と体術の見事なコンビネーションに、櫛故も思わず賞賛の嘆息を洩らす。
 共同作業での敵撃破に、少女二人は歓喜のハイタッチ。しかし──────。 
 ふと湧き上がる疑問。走行する列車から振り落とされれば魔人といえども命は危うい。だが、医死仮面の仮面は本体が死亡すれば爆発する筈──────それが、音沙汰がない。
 確認の為、窓に近寄る櫛故。
 それがいけなかった。
 「ケェェェーッ!」
 怪鳥のような奇怪な雄叫びと共に、線路へ落下した筈の医死仮面は窓の外から櫛故へと飛び掛かった。片腕で、列車胴体にしがみついていたのだ。恐るべき身体能力とその執念。
 死に至る程の激痛とショック、致命的な傷すら無視するのは彼の魔人能力『サナティック・アスクレピオス』──────その切り札、『ワンミニットエクスタシー』。特殊な薬物と気功、脳内麻薬。東西の神秘が合一して生み出した奇跡。そしてそれを成し得たのは彼の強靭な精神と自由への渇望──────勝利して組織から自由になるという、願い。
 その埒外の奇襲には、暗殺者としてこの上もなく優秀な櫛故でさえ、反応が一瞬遅れた。
 だが、その一瞬が致命的。
 医死仮面の持つ鋭いメスが、少女の胸を鋭く切り裂く──────。
 「………………かはっ……!」
 眼鏡の少女は心臓近くを抑え、両膝をついた。
 「…………どうしてっ……!?」
 引き戻されかばわれる形になった櫛故は驚愕に目を見開く。その眼前でみるみるうちに紅く染まってゆく眼鏡少女の制服。
 「約束したからね…………敵を倒すまでは同盟を組む、ってね……」
 苦しげに呻きながらも、搾り出すように答えて微笑む。
 だが、それが精一杯。立ち上がる事も出来ない。
 だが、それで充分だった。櫛故の魂は熱く燃え上がった。
 小太刀を構え、相対する。仮初めの相棒を傷付けた敵へ。
 必ず決裂する事が定められた偽りの仲間。それでも、彼女にとっては同じだった。
 愛すべき「封鈴花惨」の仲間がもし傷付けられれば、同じ感情を抱いたように。
 「しゃっ!!」
 痛みを感じぬ狂戦士の如く、片腕である事を物ともせずに医死仮面は再度襲来する。
 身体能力と集中力が極限まで上昇したその攻撃は以前にもまして正確無比であり、鋭い一撃は櫛故の喉笛を横一文字に切り裂く──────その、直前。
 リィィ…………ンッ!!!
 医死仮面の耳の中、まるで直接脳の中を抉られたかのように鈴の音が轟いた。
 増強された鋭敏な感覚は、雷鳴のような轟音に掻き乱される。
 『鈴具輪久』──────櫛故の持つその魔人能力は、任意の場所で鈴の音を鳴らすだけの言ってしまえば「弱い」能力である。だが、使いどころと彼女の揺ぎ無い強い意志、その二つが合わされば。
 列車内に、赤い血の花が咲く。
 凄惨な血の噴水を噴き上げる医死仮面は、数歩後ずさり──────どう、と倒れ伏した。


 「…………お見事、だね」
 ふらふら、と眼鏡の少女は覚束ない足取りで立ち上がる。
 医死仮面の傍から立ち上がり、振り返った櫛故へ声を掛けた。
 「さて……と、同盟は解消だ。……決定戦…………を、しよう、じゃないか……」
 「もう…………無理です」
 櫛故は首を振る。誰の目にも明らかだった。
 「おや、戦意喪失かな? それ、なら…………ぼくの、勝ち、だけれど?」
 「すぐにあなたにも応急手当をします。だから降参してください」
 深手とはいえ、適切な応急手当と運営側の用意した治癒能力者が居れば大事には到るまい。
 理想的な展開だった。自分の隠身能力は索敵に優れる眼鏡使いには相性が悪い。だが、手傷を負った今ならそれももう必要がないだろう。
 場合によっては同盟を途中で裏切り、不意を突く選択肢も考えないではなかったが、櫛故の生真面目な性格はそれを許さなかった。もし参加理由に譲れぬ理由があればそれも已む無しであったかもしれないが、たった一千万ぽっちでは彼女の芯を揺らがせる事など出来はしない。
 「残念ながら、どうしても、負けられない理由があって、ね…………」
 最早魔人能力を使う余力もないのか、震える手で拳を構える。
 「大切な妹が、トーナメントで辱めを受けたんだ。その屈辱を──────晴らさなければならない」
 自身の為ではなく、家名の為でもなく。ただ、大切な家族の無念を晴らす為──────。
 「分かりました。すぐに眠らせます」
 その言葉に確たる意志を感じた櫛故は説得を諦め、力ずくでの解決に出る。
 急所を外し、一撃で昏倒させる。それしかない。
 櫛故はゆっくりと近付き──────。

 情を抱いてしまったのが、櫛故救世の失敗だった。
 失敗というのが言い過ぎなら、不幸だった。
 せめて殺す気であったなら、結果は全く違ったものになっていたかもしれない。
 だが。
 「………………え?」
 弾き飛ばされた小太刀が、列車の天井に突き刺さっていた。
 足を払われて床に倒れ、櫛故はそれを見上げていた。
 何が起こったか分からなかった。
 確かな事は。
 自分の身体に馬乗りになり、少し皮肉げな緩やかな微笑を浮かべている眼鏡の少女がいた、という事だった。
 「すまないね、騙すつもりはあったんだ。許して欲しい」
 いけしゃあしゃあと告げる。
 「そんな、あの傷で動ける筈が」
 「どの傷?」
 切り裂かれたセーラー服の下。刃は黒いアンダーシャツにまで達していたか、乙女の柔肌が垣間見えていた。
 だが、そこまで。血で濡れた傷口がない。
 そもそも、紅に染まったセーラー服さえ──────。
 「迷彩…………?」
 「何もないところに出すよりも、上から被せる方が分かり難いのは当然だからね」
 染み出した出血は、偽り。
 「まぁ、それでも危なかったのは事実だよ。眼鏡がなければ即死だったかもしれない」
 胸ポケットから取り出した、予備の眼鏡。ブリッジの部分から綺麗に寸断されていた。
 絶句した櫛故は、それでも何故か少し安堵した。おそらくは相棒であった少女の無事に。
 暗殺者としては優しすぎる、情の厚さと駆け引きの弱さ。
 それが櫛故救世を構成する、人間としての美点だった。
 「さてと、ぼくとしては気が進まないのだけれど、勝負は勝負だ。勿論、君を殺すつもりはないからギブアップを取るしかないんだけれど………………」
 「そう簡単に…………え?」
 武器を失い圧倒的不利な体勢だが、まだ諦めはしない。
 抵抗の意志を口にしようとした櫛故の目前で、わきわき、と両手が動いていた。
 「こう見えてもぼくは、女の子を×××るのが得意でね」
 「あ、いや、だから…………」
 「安心したまえ。ぼくは家族の誰かさんと違って同性愛者って訳じゃないからね。ぼくは──────」
 にっこり、と微笑みながらレンズの奥の瞳を妖しく光らせる。
 「両性愛者だ」
 「ひぃやぁぁぁ!?」


 「もうっ……、お嫁に……いけない…………」
 ぐすぐすと涙目になりながら息も絶え絶えに、何故か眼鏡を掛けられた状態で櫛故は降参させられていた。
 「大丈夫、とっても可愛いよ。…………さて、と。とりあえずは一回戦突破、か」
 ふぅっ、と大きな溜息。
 「最初からこんな強敵ばかりなんて、先が思いやられるね…………」
 その性、何処までも不敵。その心、何処までも透明な闇。誰よりも眼鏡に愛されし少女──────その名は、一∞(にのまえ・むげん)。




                                   <了>



TIPS
※眼鏡ティックブラスト……サイクロプスリスペクト。特に技名を叫ぶ意味はない。
※×××る…………さまざまな身体の箇所の敏感な表面を指先や器具でなぞる事で予期せぬ感覚を与え、対象者の体力を奪い正常な判断を失わせる。くすぐること。

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