熊野ミーコSS(第一回戦)

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第一回戦第三試合 熊野ミーコ

名前 魔人能力
日谷創面 アゲンスト・トーフ
小波漣 勝利へのイメージ(マイ・ドリーム)
熊野ミーコ 隠れクマノミーコ

採用する幕間SS
なし

試合内容

最終局面1 小波漣

斬る。
断つ。
裂く。

迫りくる極彩色の異様なうねりを紙一重で避け切断する。

名状しがたき闇の深遠から伸び来る虹色の触手は不規則な軌道を描き襲い来る。
ぬらりと輝く粘液に如何なる魔性が秘められているか想像する事も憚られる。

その猛攻の中をセーラー服の少女は駆け抜けていった。
右手にはアンティークのペーパーナイフ。
左手にはゾーリンゲンの果物ナイフ。

一切の攻撃は彼女に掠り傷一つ負わせる事も無く、
そして頼りなげな二振りの刃物で全てを切り裂いていく。

小波漣。
『勝利へのイメージ(マイ・ドリーム)』。
自身が可能な範囲でイメージした事を現実にできる能力だという。
条件さえ整えれば、その行動を他者が阻む事は出来ないという凄まじさは、あらゆる武器を使いこなすという彼女の才能をもって最強の力となる。

「ヰ・ソノ君!!」
触手の奥から聞こえてくる少女の絶叫を意に介さず。
小波漣は敵対者を粉砕する。
それが宇宙的恐怖を表わすモンスターであってもだ。

部屋の中には一人の男が倒れていた。
頭と左胸にそれぞれナイフが突き刺さっている。

「残念だけれど、私ちょっと無敵なの。貴方も、そこの彼も、ちょっと運が悪かったのね」

凄惨な状況に合わないその穏やかな声には自身の能力への絶対の自信と、敵対者への容赦の無さがにじみ出ている
つまるところイメージを完成させた彼女を止める事は誰にも出来はしないのだ。

そして、巨体から伸びる全ての触手を斬り落とし、銀光の一閃がその腹を切り裂いた時。

「ぴぎぃぃぃぃぃッ!!」

怪物が断末魔の叫び声をあげた。
後は中に潜む対戦者に止めを刺すだけだ。

最終局面2へ続くッ



●場面1-1 熊野ミーコ 船倉

ぼんやりとした光が消える。
転送光と呼ばれるそれは、この作られた世界に何者かが送り込まれた事を示していた。

薄暗い倉庫の中にわりと派手なオレンジ色のジャージ姿の少女が立っていた。
肩には不思議な色のイソギンチャクが乗っている。

「んんー、ここは船尾のほうかナ?」
「てけり・り…」

イソギンチャクと会話しながらポケットから携帯端末を取り出して位置情報を確認する。
いや、そもそもイソギンチャクと会話している状況がおかしいようにも思える。

一見すると香港アクションスター「TK・L・リー」のファンにしか見えないが、彼女こそは大会主催者サイドから最悪(ワースト)に分類された魔人の一人である。

名前は熊野ミーコ。
その能力自体よりも彼女が方にくっつけているイソギンチャクの意味不明な宇宙的脅威が問題視されているのだが。

彼女が操作している端末は主催者サイドからの支給品で、複雑な戦場で戦う場合のナビ機能と対戦相手の公開情報を確認できるという優れモノである。

「んんー、ちょっと不味いネ。こんなに隠れる所があったら小波さんは逃げ安定じゃなイ。」
「いあー…」
「でも、それって面白くないよねエ。盛り上がんないじゃン。」
「てけり・り!!」
「しょーがなイ。今回は私達が悪役ダ!!盛り上げていくヨ!!」
「いあー!!」
「だって私達は映画研究会なんだからサ!!」

ごそごそと倉庫や船員ロッカーを漁りながら
イソギンチャクと少女は楽しそうに動きだした。



★場面1-2 小波漣 展望テラス大広間

「ここは…?」

主にパーティ会場として使われるのだろうか。
いや今まさにパーティが開かれるであろう準備の整った大広間のテーブルには食器が整然とならんでいる。
客船中央最上階にある展望テラスも兼ねた大広間に一人の魔人が転移してきた。

最強と呼ばれる魔人、小波漣。
手早く端末を操作し位置情報を確認する。

「(罠を張るには悪くない。でも、中央という事は他の二人が両サイドから来るかもしれいわね)」

あえて声は出さない。
周囲に誰が潜んでいるか解らない状況である。
彼女の能力は時間を必要とする。


「(客室に… 一つ一つの客室の全ての部屋を確認する事は、そう簡単ではないわ。運が絡んだとしても、非力な私の取りうる最善手はそれね。でもまずは準備をしてからかな?)」

周囲を見渡し少し微笑んで行動を開始した。

「お姉ちゃん、ちょっと頑張っちゃおうかな」



■場面1-3 日谷創面 屋外プール

豪華客船の甲板には巨大なプールが備え付けれられていた。
静かなその水面に突然ゴボゴボと泡が立ち始める。
ザバッ!!

「チッ、くそ、ついてねえ。」

プールの中心に転送されてきたのは、豪華客船のプールにも似合いそうな水着姿のイケメンである。

日谷創面。
彼もまたこの大会に参加する魔人の一人であった。

「くそッ、なんで俺がこんな目にあうんだ。あきらかに俺の格好を面白がって此処に飛ばしたんじゃないのか?大会の主催者ってヤツは冗談が過ぎるぜ。とりあえず塩素のヤツ絶対にゆるさねえ。」

愚痴をこぼしながらも周囲への警戒は怠らない、状況の確認を怠る事が即座に命にかかわる。
彼の口にした小野寺塩素は日谷創面をこの大会に送り込んだ元凶である。

「しかし何の嫌がらせかとも思ったが、熊野のステルス能力は確か水でなんとかなるって話だったからこの場所も案外悪くは無い…か、」

プールからあがり周囲を確認する。
どうやら事前説明の通り他に人は居ないようだ。
しかし今まで人が居たかのように飲み物や遊び道具などが置いてある。
足元に転がっていたペットボトルを拾うと中にはミネラルウォーターが入っていた。

「そういや水で濡れたが大丈夫かコレ?」
日谷は海パンから小型の携帯の様な物を取り出すと地図を確認する。
参加者に支給されたMAPや対戦相手のデータが入った小型端末。
一応防水仕様だったようで問題なく動作する。
場所は船首に近い。

「全く冗談じゃないな…」
対戦相手データを再度確認しながら日谷は呟いた。
簡単な能力やスペックの表示。
それは相手にもこちらのスペックは同様に知れているという事を意味している。
二人いや二人と一匹と言うべきか。
小波漣のヤバさもさることながら宇宙イソギンチャクなどという冗談みたいなヤツまでいる。

冷静に対策を立てたいところだがそういうわけにはいかない。
相手に時間をあたえる訳にはいかない。
なぜなら小波の能力に対して時間を与える事は敗北を意味するからだ。

前方に目を向けると目の前には鋼鉄の外壁がそびえている。
高級な貸し切りプライベートプールな為か外部と隔離された環境であったようで地図によるとここから船内に入るには舟の中央に廻ってから入るのが早い。

「だが廻り道してる状況でもないんでね、此処は最短ルートで進ませてもらうぜ!!」

日谷が外壁に手を当てると。

ズブリ…

これはいったいどういう事であろうか。
日谷の手が鋼鉄でできた壁にめり込んでいく。
これこそが日谷の魔人能力「アゲインスト・トーフ」の恐るべき力であった。

『触れた物を豆腐のように柔らかくする』

如何に強固な防壁を持つ要塞といえど日谷の前には全くと言って良いほど意味を成さない。
壁の中であっても地面の下であっても壁侵入能力を持つ日谷にとっては通り道に過ぎないのだ。
海パン一丁という彼の姿も酔狂でもなんでもなく直接触れる事が条件の能力である為、能力を最大に生かす為の服装であったのだ。

「まあ、壁の中で息は止めないとダメだが。」
と独り言を言いながらも日谷は最短距離で船内に侵入する。

「姉貴は俺の活躍を見てくれているんだろうか」



★場面2-1 小波漣 客室

「操舵室とか警備室までいければ、違うんだろうけど」
どんな武器でも使いこなしてみせる自信がある漣であったが、肝心の武器が調達できないのでは意味がない。
銃器の類は見つける事は出来なかったようだ。

「でも、最初にあの場所だったのは上出来だったわね」

それでもニコニコと笑う小波の表情からは得意の罠を張り巡らせるのに十分だという自信が見て取れる。
一見して不利な状況でも、それを補える頭の回転の良さが自分の武器であると信じているのだ。

「最終的な決戦場所はあそこで良いとして。それにこの船の客室は500。乗組員の船室も50はある。それを一つ一つ調べて私が見つかる可能性は限りなく低いわ。ましてやシャワールーム、クローゼット、ベットの下、その全てを余すことなく捜索できるのかしら?答えはノー。何処かを探している間にどこかへ逃げられたら?そんな心理の中で何かできることは?」

幾つかの部屋に手早く罠を仕掛けながら小波漣はにっこりと笑った。

「時間は私にとっての味方なの。ゆっくりと特売の時間を待つように準備を進めればいいだけよね」

能力のイメージについて良く考え必勝の算段を整える事が出来る。
これが私の最善手。
何も問題はない。

手に入れた武器の中から手に馴染みそうな一品を楽しそうに選ぶ。



■場面2-2 日谷創面 客室

「これは、やっかいだな」

船内を慎重に進む創面だったが、しばらくの捜索の途中に全く敵からのアクションがない事からある可能性に気が付く。

「イソギンチャクのほうはともかくとして小波のほうは完全に隠れる事に決めたようだ。」

手芸部としての思考が彼にそう告げていた。

「いずれどこかでかち合う事になるだろうが、奇襲を受ければ相手の能力が有利に働くだろう。そもそも俺とイソギンチャクの共倒れを狙っているのかもしれないしな。」

とりあえず物陰に腰を落ち着け、手に入れた食料と水で体調を整える。
長期戦に備える手芸者の嗜みだ。

「相手の出方が解った以上、作戦を考えないとダメだな。」

「姉貴…」
姉の事を考えると勇気が湧いてくる。



●場面2-3 ??? 熊野ミーコ

「豪華客船がァ♪」
「いあー♪」
「映画に出て来るとォ♪」
「てけり・り♪」
「沈むッ♪沈むッ♪」
「いあー いあー♪」

バギッ。 ドガッ。

不穏当で冒涜的な歌と破壊音が響く。



■場面3-1 日谷創面 廊下

ずぅん…
「む?なんだ?」
低い振動が響く

びー びー びー

「警報か?誰かが何かを始めたようだな!!」

日谷は廊下を駆け抜ける。
しかし足音はたてない、手芸者だから。

ジジッ

「あー あー あーマイクのテスト中!!聞こえますカー?」

船内放送から聞こえるのは女の声だ。

「緊張感の無いことだな。これだから姉貴以外の女はガサツで嫌いだ。」



★場面3-2 小波漣 客室

びー びー びー

「振動に続いて警報?何かの意図を持った行動とみてよさそうねー」

能力でイメージを練りながら思考する。
本来イメージの構築に外の情報は邪魔になるのが常である。
だが、小波漣はイメージと戦略思考を切り離して考えられる。

ジジッ

「あー あー あーマイクのテスト中!!聞こえますカー?」

「女の子の声ってことは動いたのはミーコちゃんのほうかな」

そろそろ戦いの構図を決めなければならない。



●場面 3-3 ブリッジ 熊野ミーコ 

「ひゃっほーイ!!」
「いあー」
「あー あー あーマイクのテスト中!!聞こえますカー?」

熊野ミーコとヰ・ソノ君は楽しそうだ。
すでにヰ・ソノ君は本来の大きさに戻っている。
ブリッジで船内放送を動かすのには多少時間がかかると思ったが、なんと普通にマニュアルが置いてあったのでなんとなく放送を開始出来た。

「えー 只今船内で火災が発生しておりまース。起こしたのは私達でース。」

事実である。
客船内の様々な所に放火した。
しかし火災自体はそれほど広がらないように計算している。
映画研究会の特殊効果の知識が生きている。
煙だけが船内に巡っていくだろう。

「スプリンクラーは動きませーン!!なぜなら私達が止めたからでース!!」

これも事実である。
彼女の能力にとってスプリンクラーは邪魔だったから。

「それとさっきの振動は船底に穴が開いた証拠でース。少しずつだけど船は沈んじゃうよウ!!」

これは嘘であった。
そういう決着を彼女が、そして観客は望まないし、そもそも強固な船体に穴をあける事はこの短時間では流石にできない。
しかし、その嘘を確かめる術がなければ、信じる他にない。
煙の中、わざわざ船底を確認しに行って実際に穴が空いていれば危険に見舞われるのだから。

「さあ、ショータイムの始まりダ!!」



●場面 4-1 日谷創面 会議室

「クソがッ!!」
船が傾く様子は無い。
しかし煙が酷い。
誘導された感じはあるが行くべき場所は一つしかない。
熊野ミーコが海中でも行動できるというのならアウトだが、それならわざわざ演出はしないだろう。

ぐちゃり。

と部屋の扉と壁を能力でかき混ぜる。
アゲインスト・トーフによって柔らかくなった物質が元の堅さに戻る為、もはや壁と混ざった扉は開く事は無い。
日谷は能力でどんな部屋にも出入りが可能であり。
他者は入れない。

「おそらくこの上が決戦場所ってワケだな、誘ってやがるとしか思えねえ。そんな所に真正面から突っ込めるかよ。」

壁に耳を当て少し柔らかくして振動を伝えやすくする。

「誰か、居るな」

階上で僅かに物音がする。
熊野がこの上の展望テラスに他の魔人を誘っているのは明らかだ。
ここは最上階の一つ下にある大会議室である。

「乗ってやる。だが俺のやり方でだ!!」

机を積み重ねてよじ登り天井を軟化する。
足元からの奇襲に対応できるものか。
多少マヌケな格好になったが勝つ為に手段を選ぶ事は無い。

何しろ相手は最強と化け物だ。

「姉貴ッ!!俺の勝利を祈ってくれよ!!」



●場面 4-2 展望テラス 小波漣

いち早く行動できたのは、この場所を自分も決戦場所に想定していたからだ。
待伏せの形になったのは大きい。
準備は万全だ。

ぞわっとした寒気。
いや足元がぐにゃりと柔らかくなる感触。


しかし階下からの攻撃は、相手もこちらを目視できなかったのが幸いした。
動きも的確さに欠ける。
素早く動く事で攻撃を回避する事が出来た。

「やっぱり、実戦ともなると思ってもみない事が起きるわねー、でも、しのいだよー」

ここからはイメージ通りの展開になるだろう。

どぉん!!

入口を突き破り異形の怪物がこちらへと迫ってくる。
後ろには床から半裸の男が姿を現した。

「ここを戦場に選んだ事が、貴方達の不運だったね。」

小波漣が最初に飛ばされてきた場所がこの展望テラスである。
追い詰められたように思えて罠に飛び込んできたのは相手の方なのだ。

ヒュッ。

っと片手を振ると手に握られたナイフが部屋中に張り巡らせた糸の一本を切り裂いた。

キラキラと輝く銀色の光が降り注ぐ。
パーティー会場に置かれていた食器。
ナイフやフォークが一斉に発射され降り注ぐ。
テーブルクロスを解いた糸と様々なものを組み合わせてバネとした投射機だ。

「てけり・り!!」
「なんだこりゃ!!畜生!!洒落にならねえ!!」

宇宙イソギンチャクとかいう化け物の体に攻撃が突き刺さり。
日谷創面は何とか攻撃を回避する。

「でも、その隙は逃さないの!!」
無理な回避でバランスを崩した日谷に対して二本のナイフを投擲する。
勝利へのイメージの始まりだ。

「ぐがっ?!!」
腕で防ごうとしたようだが、その腕ごと相手の額と心臓にナイフが突き刺さる。

「まずは一人目ねー、さてメインはこっちだわ。」
日谷創面が倒れるのを確認し振り返ると。

ぐちゃり。
と触手の怪物は動き出す。

「私が最強を教えてあげましょう」

と小波漣が告げ。

「負けて強くなるってのも物語には重要ヨ?」

と触手の塊の中から熊野ミーコの声が答える。

そして戦いは冒頭の最終局面へと戻り。
以下へと続くッ。



最終局面2 小波漣

怪物の腹の中にはちゃぶ台と冷蔵庫がある四畳半的な空間だった。
実際に畳敷きである、実際の広さは二畳ほどであろうか。
ちゃぶ台の上にはモニターとスピーカーとゲームのコントローラーがあるが、しかし誰も居ない。

漣はためらうことなくナイフを構え内部に足を踏み入れる。

「姿を消しているのかな?でも、私のイメージは姿を消したくらいでは止められないよー」

しかし、漣の必殺のナイフは空をきった。

「居ない?イメージを使わせてから奇襲するつもりかな?でも…」

ひゅっ。
っと何かが飛んでくる音がする。
イメージは中断されたが、そもそも能力無しでも油断さえしなければ負ける相手ではないのだ。
一瞬の頭の回転の良さも彼女の強さである。
振り向きざまに飛んでくる物体を避け…



最終局面3 日谷創面

「(大丈夫だ!!凄まじく痛いがな!!クソッ)」

狙われるのは頭か心臓だということは解っていたが、まさか両方狙ってくるとは思わなかった。
ガードした腕ごと貫かれるのは予想していたが痛い、凄まじく痛い。
両方を守っていて正解だったようだ。

しかし、殺害するという相手に依存するイメージは持てなかったようだと日谷は確信した。
相手の急所に確実にナイフを突き立てるイメージ。
普通ならこれで問題なく相手は死ぬ。
攻撃してくる場所が解ればガードする事は可能であるが、そこを無視して攻撃できる事が小波漣の最強の所以である。

「(だから、イメージに矛盾しなければいい、腕ごと貫かれるというのはイメージに矛盾はしない、だが腕と皮膚に刺さるまでに若干柔らかくできるッ。致命傷は避けられる!!)」

近くに倒れているスチール製のイスを静かに、しかし素早くグニャグニャに崩し溶かしながら、注意深く小波漣の行動を観察しなければならない。

あの化け物を一方的に蹂躙する小波はやはり最強の魔人だろう。
だが、そのイメージが途切れる瞬間は絶対にある。
そこに隙を作る事が必ずできる。

「ぴぎぃぃぃぃぃッ!!」
怪物の断末魔が響く。

「姿を消しているのかな?でも、私のイメージは姿を消したくらいでは止められないよー」
小波が怪物の腹の中に足を踏み入れるのが見える。

「ここしか、ない」
これがチャンスかどうかは正直解らない。
しかし、相手の注意は完全にこちらから外れている。
動くしかない。
自身の能力で柔らかくして泥団子のようにこねあげたスチールのイスの成れの果てを全力で投げつけた。
少しでも気を逸らせる事ができれば勝機はあるのだ。
姉貴ッ!!俺はやるぜッ!!

「小波ッ!!」



最終局面4 小波漣

「小波ッ!!」

少しびっくりした。
どういうことだろうか。
殺したはずの男が立ちあがり叫んでいる。
だが、それがどうだというのか。
驚いたせいで避けるのは間に合わなくなったが問題は無い。
飛来する物体をナイフで切り捨てる。
ただそれだけの事だ。

べしゃっ。

切り捨てた物体が飛散した。
重い泥の様なものが全身に降り注ぐ。
なるほど、一瞬の動揺を誘ってでも当てに来たという事か。
だが、速攻性のある攻撃ではない。
体が少し重いがダメージと呼べるほどではない。

目の前には、ダメージを負いながらも日谷創面がこちらに向いている。
だが、まだまだ負ける気はしない。

このままでも圧倒的に有利だが相手を殺せなかったのは事実、時間を稼ぎ一旦仕切り直すのがいいだろう。

「殺すイメージっていうのは確かに持てないのだけれど、殺すつもりだったのにね。どうやって生き延びたのか興味はあるわー。」

問いかけ。
言葉一つ一つが時間を生むのだ。
小波漣の戦いの始まりは無数の罠や圧倒的な武器の使い手である事ではなく、時間を得る事から始まるのだから。

「ハッ!!お前の能力がイメージできるのは俺に投げナイフをブチ込む所までだろう。ガードすら貫いてくるのは流石だが、俺の能力を甘くみたな。腕を貫いている間にも物を柔らかくできるんだぜ。」

馬鹿なのだろうか、と小波は思う。
よく逐一状況を説明してくれる魔人がいる。
でも、そんな自己顕示欲が勝利に繋がるのだろうかと。

「忠告はありがたく受け取っておくねー。次は失敗しないように殺してあげるー。」

相手は素早さに自信を持っている、距離を取るべきだろう。

「ん?」

だが、何故か体が動かない。
時間を稼いでいたのは相手だったのだ。

「…体が動かないわ。ついでに説明してくれると助かるんだけどなー。」

先ほどの攻撃による異常なのはほぼ間違いないだろう。
体に纏わりついた泥のような物が硬化し身動きが取れなくなっている。

そして、いつのまにか目の前には日谷創面が居て。
手で口を塞がれてしまう。

「それは、机を潰して作った鉄の塊だよ。俺の手から離れても少しの間は柔らかいが、そのうち元に戻る。アンタの力じゃ振りほどけないだろうさ。」

「むぐぅ。」

言葉による時間稼ぎも無意味らしい。
日谷の手が優しく首筋に触れる。

「(これまでかな、惜しいとこまでいったのになぁ、お姉ちゃんダメだったよ)」

「醜態をさらすのも嫌だろ?それに体を貫かれても生きてる魔人もいる。綺麗に止めを刺してやるから…。最強らしく笑って死にな。」

にこりと微笑んでいるのだろうか。
日谷の能力によって柔らかくなった小波の首を手刀の一閃が切り落とす。

「さて、残るはコソコソ隠れてたテメ―だけだなァ!!」

優しく机の上に自分の首が置かれるのを感じる。
ぼんやりと日谷と熊野の対峙を眺めながら。

小波漣は絶命した。



最終局面5 熊野ミーコ

熊野ミーコは隣室に居た。
船員同士が連絡をとる通信機をヰ・ソノ君の中のスピーカーにつないで声をだしていたのだ。
私達のコンビは、と熊野ミーコは良く考える。
私達のコンビは無敵ではないし最強でもない。
でも、どんな相手にも立ち向かえる最悪と呼ばれる最高のコンビだと思う。
離れていても同じ。

ヰ・ソノ君が相手の能力を使いきらせると提案した時も、止めはしなかった。
多少のダメージは覚悟していたけれど、ヰ・ソノ君を信頼している。
なにしろ相手は最強の魔人の一人。
最悪のコンビと言えどタダでは済まない。
一人が身を呈して相手を止め、もう一人が何とかする。

実際に小波漣は想定に近い倒れ方をした。
止めを刺したのは日谷創面であり。
ヰ・ソノ君は死んでしまったけれど。

ならば、勝たねばならない。
最高で最悪のコンビは、まだ負けたわけではないのだから。

「さて、残るはコソコソ隠れてたテメ―だけだなァ!!」

日谷は私の事を卑怯者だと怒っているのだろう。
でも此処は。
映画の一場面であるならば幕を下ろすのは私だ。

「ふっふっフ!!威勢の良い事を言っているようだけド。その傷でまともに戦えるのかナ?放っておいても死にそうな怪我じゃなイ。」

広間の入り口に立ち、高らかに宣言する。
そう相手の手の内は暴かれているのだから。



最終局面6 日谷創面

「ふっふっフ!!威勢の良い事を言っているようだけド。その傷でまともに戦えるのかナ?放っておいても死にそうな怪我じゃなイ。」

泣きながら言っても様になりゃしねえ。
女が泣いてるってだけでやり難いが、女の涙なんか信用できない。
日谷が腐れ縁の小野寺塩素とのつきあいで、酷く身に染みている事の一つであった。
相手に出来る事は姿を消す事だけだろうが、非常に厄介だ。
用意していたミネラルウォーターはさっきの戦いで容器が破損してしまった。

「(だが、ただ能力と仲間に頼って戦うヤツに負けるかよ。)」
戦いは一瞬の判断と工夫がモノをいう。
圧倒的な最強だって工夫次第で倒れるのだ。

「良く頑張ったようだガ、ここまでダ!!ここが貴様の墓場になル!!」

「なんだか、ヤケクソだな。そりゃ儀式かなんかなのか?」

泣きながら映画かアニメの悪役の様なセリフを続けているのにも必ず理由がある。
おそらくは時間稼ぎといったところか。
たしかにこの出血は危ない。
敵が目の前に居る状況では止血もままならない。
これ以上の出血は戦闘不能にも繋がりかねないのだ。
相手の出方を待つ事は出来ない。

「付き合ってられるかッ!!」

能力で机から抉り取った金属の塊を勢いよく相手に投げつける。
が、避けられてしまった。

しかし戦局は動く!!
此処からだ!!

「隠れクマノミーコ!!」

「ハハッ!!必殺技名叫ぶかよッ!!嫌いじゃないぜ!!」

能力名を叫んだ熊野の姿が消えた。
このままじっくり攻められると辛い。
音や気配までは消せないようだが出血による疲労は大きい。
じっくり気配を探る事も出来ない。

「ならばッ!!」

ぐちゃッ。

小波に貫かれた腕の傷を能力で抉り取る事で大量に出血した。
「姉貴ッ俺に力をくれッ)」

『隠れクマノミーコ』
単純明快に姿を消す事が出来る能力である。
しかし光学迷彩による透明化には水に弱いと言う欠点があった。

水は手元にない。
スプリンクラーは壊れている。
ならば、覚悟を決めるだけだ。
腕から噴き出した血が降り注ぎ、熊野ミーコが姿を現す。

目の前に。
手に包丁を持って。

そのまま向かってきたのか。
ただの能力に頼る卑怯者だと思ったが。

ガギンッ!!

足に衝撃を受ける。
ヌンチャクが足に絡まっている。
投げつけてきたのか。
ダメージ自体は能力で軽減したので、たいした事は無いが逃げるという手段も、もうない。

コイツは侮れない。
だが俺はッ。

「最強の攻撃だって防いだ男だ!!」
致命傷さえ免れれば。

勝てる。
相手の狙いは明らかだ。
姉貴ッ!!見ていてくれッ!!俺は勝つ!!



最終局面7 熊野ミーコ

攻撃を避ける。
単純にまっすぐ飛んでくるだけの攻撃を避ける事は簡単だ。

「隠れクマノミーコ!!」

「ハハッ!!必殺技名叫ぶかよッ!!嫌いじゃないぜ!!」

能力を発動しヌンチャクを相手の足に絡めるように投げる。
手には包丁。
狙いは。

「ならばッ!!」
と日谷が叫ぶ。

ぐちゃッ。

血の雨が降り注ぐ。
能力が解除されたのが解る。
能力はもう使えない。

目印は小波漣がつけた胸の傷、心臓の目印、最強の魔人がつけた必殺の傷跡。

少し驚いたような顔をした日谷が笑う。

「最強の攻撃だって防いだ男だ!!」
腕を交差させ身を守る、早い。

でも。



最終局面8 日谷創面

ぐじゅッ!!

胸に包丁が突き刺さった。
なぜ防げなかったのか、考えるヒマは無い。
まだ反撃の余地がある。
『アゲインスト・トーフ』を叩きこめばまだ解らない。

「…!!姉貴ッ!!俺に力を貸してくれッ!!」

だが体はまだ動く。
そしてその渾身の攻撃は。



最終局面9 熊野ミーコ

腕が曲がってしまった。
相手の最後の攻撃を防いだ為だ。

「どう…いう」
目の前に倒れた日谷創面の口から血があふれ出る。
問いかけられれば答えなければならない。
それがお約束だから。

「確かに貴方は素早イ。でも、ただ早いだケ。攻撃も一撃でこの威力は凄いけド、それだケ。」

「なに…?」

「冥途の土産に教えてあげル。速さと威力と応用力を併せ持った素晴らしい魔人である貴方は武術を学ぶべきだワ。」

「柔道でも空手でモ。基本を学ぶだけで素人には勝てるはズ。私は映画スターに憧れテ、その為だけに武術を学んだけれド。だからこそ基礎を怠った事は無イ。だから貴方の素人じみたガードを崩すのは簡単だシ、攻撃を受け流す事も出来ル。能力に頼った貴方では正面からの戦いである限り私には勝てなイ。」

静かに私の考えを告げる。
もう相手に動く力は見えない。

日谷が血の塊を吐きだした、顔がにやりと笑う。
そこに敵意は見えない。

「はははッ…能力に頼っていたのは俺の方だったってか。ま、死んじまうワケだが、最後に一言言わせてくれ」

私は静かに頷いた。

「愛してるぞッ!!姉貴ッ!!」

日谷はそう言って事切れた。

「勝ったヨ、ヰ・ソノ君」

熊野ミーコが光りに包まれ現実世界へ帰還する。

大宇宙イソギンチャク ヰ・ソノ君 死亡
勝利へのイメージ 小波漣 死亡
アゲインスト・トーフ 日谷創面 死亡

勝者 熊野ミーコ


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