白王みずきSS(第一回戦)

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第一回戦第一試合 白王みずき

名前 魔人能力
白王みずき みずのはごろも
糺礼 この胸にキミを抱きしめたい
意志乃鞘 HERO DESTINY

採用する幕間SS
【白王みずき 幕間SS 平成野球娘。】
(野球部のユニフォームに着替えました。下着はつけ忘れました)

試合内容

「いたた……えと、ここは……?」

 天然芝の上で尻もちをつきながら、少女・白王みずきは小さく呻いた。
 希望崎学園の野球部ユニフォームに包まれた尻を叩きながら少女はたちあがり、辺りをキョロキョロと見回す。
 遥かな客席、巨大なバックスクリーン、背後に見えるは一塁側ベンチ――そう、ここは、まごうことなき、

「野球場っ……ここが……!」

 テレビの中でしか見ることのなかった、初めての生の野球場に、みずきは謎の感動にふるふると身を震わせた。
 少女は左手で握りしめていたスパイクを履き、おずおずと歩きだし、やがて走り出してみたり、たまに“局所”が擦れる感覚に「ひゃんっ」となりつつ、もうすぐ始まる“戦い”を忘れ、遊び呆けていた。
 と、はしゃぎすぎたがゆえに足と足がもつれ、みずきは芝の上に転んでしまう。両手を突きながらべしゃりと倒れた少女の頭上すれすれを、一発の弾丸が掠めていった。

「――っ!」

 頭で理解するよりも先に身体が動いていた。
 地を蹴り身体を浮かせ、両の掌から勢いよく水を噴射し後方へと跳び退る。
 着地と同時に体勢を整え弾丸の発射された方へ目を向けると、薄暗い三塁側ベンチ内に揺蕩う紫煙と銃を構えタバコを咥えた長身の美女の姿があった。

「何するんですか! いきなり危ないじゃないですかっ!」

「……」

 喚くみずきの抗議を聞いているのかいないのか、その女性はタバコを口元から離し、「フゥー」と紫煙を吐き出す。
 それから構えを解き、拳銃を下ろしてベンチから出てきながら、今度はみずきに向かって「やれやれ」と言葉を吐き出す。

「つくづくおめでたいお嬢ちゃんだな」

「なっ、なんですって!」

「あまりに馬鹿馬鹿しくてつい出てきてしまったよ。自分が今、命のやり取りをする場にいるという自覚があるのか?」

 女性の高圧的な発言に、思わず押し黙ってしまうみずき。
 確かにそのような自覚に欠けていたケがあるのは、彼女自身にも否めなかったためである。
 と、女性は流れるような動きで下ろしていた銃を構え、口を開く。

「悪いことは言わん、棄権しろ。さもなくば……」

「……申し訳ありませんが、私にも譲れないものがあるんです」

 目の前に突き付けられた戦いの現実を前に、それでも毅然と答えるみずき。
 相手の構えに合わせるように、少女もまた、両脚を拡げ、手首部分のシャツを失った両掌を合わせて前方に押し出した独特の構えを以って相対する。

「そうか。……残念だ」

 言い終わるが早いか、女性は発砲した。
 耳を劈く破裂音が少女に届くころには、銃弾は少女の額を貫通――しているハズだった。

「――ほう」

 女性が感嘆の声を上げる。
 銃弾は確かに放たれた――だが、標的たる少女は傷を負ったわけでも、ましてや死んだわけでもなく、依然として構えを崩さぬまま立っていた。
 視線を巡らせた女性は、己が放った銃弾が“濡れて”、“潰れて”いることと、少女の纏っていたアンダーシャツの袖がさらに切り詰められていることに気付いた、が――。

「……」

 大して気にした様子でもなく、無言のまま機械のような冷徹さで次弾を発砲する。
 が、変わらぬ轟音の去った後には、変わらぬ結果があるのみ。
 弾は目の前の少女に届くことなく、潰れて落ちている。

「(“能力”か……。くそ、忌々しい魔人め……、このような小娘でさえも、私の前に立ちふさがるのか……!)」

 ぎりりと歯を軋ませながら、熱くなる思考の内にも次々と発砲を重ねていく。
 三発、四発、五発――繰り返される轟音が生むのは、潰れて転がる弾丸と、二人の間に広がる水たまりの広さのみ。
 やがて、女性の手元からは発砲音の代わりに「カチッ、カチッ」と、弾切れを意味する拳銃の主張が発せられるようになった。

 ここに至って女性は冷静になり、目の前の、野兎の如き狩りやすさを思わせていた少女への認識を改め、併せて能力の解析を始めていた。
 濡れて潰れた弾丸、広がり続けた水たまり――そして術者たる少女は、可愛らしいお臍をチラつかせながらノースリーブにまで切り詰められた上衣を纏い、また下半身はスパイクにショートパンツ程の丈のズボンという出で立ちで、頬を朱に染めながら立っている。
 これらの要素を咀嚼し、女性は結論を出した。つまり、この能力は――、

「――衣服を消費して水弾を発射する能力、といったところか?」

「っ!」

 びくり、と無意識に小さな反応を見せるみずき。図星だな、と女性は受け取った。
 実際、当たらずも遠からじ。
 女性はみずきの姿を上から下へと眺めた後、にやりと笑って口を開いた。

「『銃弾は水を貫通できない』――そういえば聞いたことがあったな。例えスナイパーライフルを用いたとしても、14インチ程の厚さの水を貫通することは叶わないそうだ。お嬢ちゃんがそれを知っていたかは分からないが、同じ原理で私の銃撃を防いだのだろう?」

 これも図星。みずきは相手の筋肉の強張り等の不可避の事前モーションを察知し、発砲に合わせて水の壁を生成し、銃弾を退けていたのだ。
 だが、この方法にも弱点があり、そこにすら女性はすでに到達していたのだった。

「この私を相手にここまで粘ったことは感心するが――その服では、もう限界だろう?」

 これもまた、図星であった。
 衣服――正確には衣服状態の水だが――を消費して技を放つ魔人能力『みずのはごろも』は、当然のことながら衣服がなければ能力を発動できず、さらには羞恥心の関係上、最低限身体を隠す程度の衣服を残す程度までが能力使用の限界だというのが実情である。
 女性の持つ拳銃・SIG SAUER P230JPの装填数を防ぎきったこの時点で、少女の衣服は既に限界を迎えていたのである。だが、現実は非常である――。

「もう一人はどうやら遅れているみたいだが、好都合だ。先に一人減らせるのだからな」

「っ!?」

 女性は慣れた手つきで拳銃に予備の弾倉をセットした。
 これ以上の弾幕を、少女に防ぐ手立てはない――いよいよもって追い詰められていた。
 不敵な笑みを浮かべた女性がみずきの心臓に狙いを合わせようとした、その時――緊迫した空気とはあまりにもそぐわぬ、大きく雄々しきメロディが流れ出した!

「こ、これはっ……!?」

「一体なんだ……?」

 先程まで交戦状態にあった二人も、今や完全に飲まれてしまっていた。
 流れ出る音は前奏を終え、暑苦しい声色の男性による、これまた暑苦しい内容の歌詞を謳い上げていた。
 異常なる事態に緊張を強める二人の間を割るように、凛々しき声が響いた。

「全て見させてもらった!」

 轟いた声の発生源へ、二人は同時に首をひねる。
 煌めくバックスクリーンの下に、仁王立ちする一つの人影が見えた。

「この戦いにおいて、ヒロインは水弾の少女! 怪人は拳銃の美女! そしてっ――」

 とうっ! という掛け声とともに、人影はYの字を描いたような体勢で跳躍した。
 驚くべきはその脚力! 内野の辺りで戦いを繰り広げていた二人の元へ、遥か彼方の外野スタンドから、まったく着地することなくとんできて、みずきの前に降り立ったのだ。

「……あの、あなたはっ――?」

 目の前に突然現れた謎の存在に、みずきは思わず声をかけた。
 その人物――青みがかった綺麗なストレートヘアをたなびかせスーツの上に白衣を纏ったその女性は、その言葉を待っていたとばかりに満足気に微笑み、高らかに言い放った。

「――私が、ヒーローだっ!!」



 静寂が支配する薄暗いロッカールームに、二人の少女の荒い息遣いが響く。
 しゃがみ寄り添い合う少女達が生む二つの肉声に水音が混じり、密やかな調べを生む。

「……ここ……すごいことになっているぞ……?」

「はあっ……すみません……! その、我慢……できなくてっ……!」

「ふふっ……。我慢なんて、する必要ないさ……。さあ、楽にして……」

「そんなこと言われてしまったら、私っ……! あっ、ふあああっ――!」

 ぷしゃあああ、と音を立てて、白王みずきの能力『みずのはごろも』が解除された。
 キャップから戻った水によりびっしょりとなった髪が、同じくユニフォームにより産み出された水により濡れた肌に張り付く。
 そんな様子をしげしげと眺めながら、みずきの手を握る少女は口を開く。

「水を纏い、操る能力――か。ふむ、なるほどな」

 冷静に分析するこの少女は、意志乃鞘と名乗った。
 先程みずきと拳銃美女の間に割って入った「自称ヒーロー」の彼女は、倒すべき敵の一人であるはずのみずきを、あろうことか、あの窮地から助けたのだった。
 みずきを抱えて球場内へと逃げ去る鞘の背に向けて放たれた幾発の弾丸は、しかして一撃も当たることはなかった。

「なに、ヒーローの初歩さ」

 不思議がるみずきに対して、軽いウィンクとともに鞘はそう言い放った。
 ともあれ戦闘は一時的に中断し、束の間の安息が訪れた――だが、少女達に立ち止っている時間などありはしない。
 あの恐るべき拳銃使いの美女が、いつ現れるとも限らないのだ。

「さて……ヒロインの救出も済んだことだし、ヒーローは戦いの場に舞い戻るとしよう」

 握りしめていた手を離し、鞘は立ち上がった。
 手首に巻かれたミサンガ以外に一糸纏わぬ少女に軽やかに白衣を掛け、ロッカールームの扉へ向けて歩き出した鞘のスーツの裾を、みずきはきゅっと握りしめた。

「私もっ……! 私も、戦います!」

 振り返った鞘を見上げる形で言うみずきに、鞘は表情を変えずに言葉を返す。

「気持ちは分からんでもないが、ヒロインはヒーローに戦いを任せ、祈りを捧げるのが役目というものだ。第一、君には戦いに臨める体力はもう残っていないだろう?」

 ぐっ、とみずきは押し黙った。鞘のこの言葉は正鵠を射ていた。
 先刻みずきが能力を解除した――否、せざるを得なかったのは、それを持続させるに足る体力が彼女に残されていなかったからに他ならない。
 質量のある水弾を連続で発射したことは、彼女にとってもかなりの負担であったのだ。
 事実、能力が解除される前までも、形態を維持しきれなくなったために衣服の一部は水に還り、ぽたぽたとロッカールームの床を濡らしていたのだから。

「悪いことは言わない。ここで大人しく――」

「私にも、トーナメントに参加した理由があります……!」

 唯一身に纏ったミサンガに手を添え、みずきは決意に満ちた瞳で鞘を見据える。
 その目の中に何かを感じ取ったのか、鞘は「フッ」と柔らかく笑った。

「……ヒロインは戦わないもの、というのも時代錯誤が過ぎたかな。しかし、心意気だけで勝てるほど戦いは甘くないぞ。何がしかの勝算があっての言葉なのだろう?」

 試すような視線を送ってくる鞘に、みずきも精一杯の気丈な眼差しを返す。

「――聞かせてもらおうか、君の勝算とやらを」



 この空間に時間の概念があるのかは怪しいが、空には薄っすらと闇が差していた。
 射撃によってみずきを追い詰めた件の拳銃美女は、外野スタンドの最後列の席に足を組んで座りながら紫煙をくゆらせている。
 ややあって、おもむろに立ち上がると、瞬いた刹那、美女は銃声を轟ろかせた――!
 銃弾は球場内部から客席へと至る連絡通路の床にあたり、鈍い音を響かせた。

「おいおい、不意打ちとはあんまりじゃないか」

 銃撃されたとは思えぬ程余裕ある口ぶりで、意志乃鞘が白衣をはためかせながら連絡通路から姿を現した。
 自称ヒーローの登場を受け、拳銃美女も口元を吊り上げ笑った。

「さっきのお嬢ちゃんには遠慮して使えなかった“早撃ち”(これ)も、貴様になら存分に使えそうだ……。そういえば、お嬢ちゃんはどこだい?」

「ヒロインはヒーローの帰還を待つのが役目というものさ」

 哀れ、みずきは鞘を説得することが叶わなかったのだろうか――?
 ともあれヒーローは単身、怪人の元へと姿を現した。

「お嬢ちゃんを探すのは少し面倒だが、気長にやるとしよう――貴様を倒した後でな」

「ふふっ! ヒーローを前にそのセリフは、フラグが過ぎるというものではないかな?」

「生憎迷信の類は信じない性質でね。では、そろそろ参ろうか」

「ああ。――っと、そう言えばまだ名乗ってなかったかな……。私の名前は意志乃鞘、何の変哲もない、ただのヒーローさ!」

「私は糺礼。何の変哲もない、ただの、魔人が死ぬほど嫌いな警察官さ!」


 二つの殺気が激突し爆ぜる野球場、その内部で、涼やかな水音が響く一室があった。
 スタジアム内のシャワールームの一つ――そこで流水に打たれる少女の姿。
 濡れ髪が張りついた横顔からは表情は読み取れない。

「……」

 やがて、降り注ぐ雫が肌に吸いつき、淡い光を帯び――……


「ははははっ! ヒーローを自称する割に、さっきから逃げてばかりじゃあないかっ!」

「ヒーローが、必ずしも蛮勇であるというわけではないのさっ」

 スタンドの座席の合間を縫うように二つの人影が走っていた。
 白衣を翻して先行する影と、数十メートル後ろを拳銃を構えて走る影である。
 追う影は高速で走りながら、隙あらば拳銃を発砲する――が、逃げる影もさるもので、超絶的直感か、はたまた運命の導きか、引き金が引かれる直前にその弾道を外れ、弾を躱していた。

「チッ――、どうした? 反撃はしてこないのか?」

 敵の狙いを探るため、安易な挑発を仕掛ける追う影・礼。
 それに対し逃げる影・鞘は首だけで振り返って「にやり」と笑いながら、

「では、お言葉に甘えて――!」

 スーツの胸ポケットに差していたペンを抜くと、それを礼に向け、何かを“押した”――!
 瞬間、ぴゅんっ、と光線が閃く!

「ッ!」

 間一髪でビームを避ける礼。
 彼女の残像を貫いたビームは、そのまま座席の一つを焼き切った。恐るべきペンである。
 このようないたちごっこはかれこれ十分ほど続いており、最早、礼のフラストレーションは飽和状態と言えるほどに溜まりきっていた。

「(距離をとるのはこちらとしても願ったり叶ったりだが、この“感じ”は良くないな)」

 魔人警察官としての経験に裏打ちされた第六感が、礼の脳内で警鐘を鳴らしていた。
 鞘の狙いはまだ分からないが、なんらかの目論見があるに違いないと礼は睨んでいるのだ。

「仕方ない、少々強引にいかせてもらおうか……!」

 一言呟き、礼はこれまでとは異なり、先行する鞘のさらに遥か前方へと弾丸を放った。
 鞘が頭上に疑問符を浮かべたのは、しかして一瞬のこと。全ては次の瞬間明らかになった。
 弾は座席を固定する金具に命中し、反射――!

「(跳弾――!?)ぐうッ!!」

 予期せぬ弾道に瞬間的に停止した腿を、無慈悲な銃弾が突き抜けていった。
 そのままの勢いで倒れ込む鞘の手から件のペンが離れ、通路の階段を転がり落ちてゆく。
 負傷した腿を抑えながら鋭い眼差しで見上げてくる鞘とは対照的に、礼はスピードを緩めながら近づき、珍しいものでも見たかのような眼で白衣を赤く染める少女を見下ろしている。

「……隙を作れればそれで充分という気持ちで撃ったのだが、分からんものだな」

 確かに礼は跳弾――モノに当たって不規則に反射する銃弾で鞘を攻撃しようとした。
 しかし、それは「跳弾を直接当てる」つもりであったと言うよりは、むしろ、「次弾を当てるための牽制」としての色が強かったのである。
 それもそうだろう。常識的に考えて跳弾が罷り通る世界など、漫画か何かの中だけである。
 もちろん常識と非常識の垣根を取っ払うのが魔人の本領である故、跳弾を可能にする能力を持つ者も存在するのだろうが、少なくとも礼にはそのような能力はない。完全なる偶然であった。

「さて……殺す前に、一応訊いておこうか、ヒーローちゃん。あのお嬢ちゃんはどこだ?」

 未だ一定の距離をとったまま、礼は鞘に言葉をかける。
 鞘は苦痛に眉を顰め額に汗の玉を浮かべながらも毅然とした表情で答える。

「ふっ……。ヒーローが仲間の居場所を売るかなど、愚問だろう?」

 ――ああ。だと思ったよ。
 心の中でそう笑いながら、礼は鞘に銃口を向け、引き金に指をかける。
 筋に力が込められ、指先に集中し――今や弾丸を吐き出さんと震えかけた銃身が、真っ二つに切断された!

「!?」

 礼の双眸が驚愕に見開かれる。
 そして状況を理解するよりも先に、またも鳴り響く、今度は打って変わって明るく晴れやかなメロディ!
 辺りを見回す彼女の上方――スタンド最上段の手すりの付近に人影が見えた。

「――また、このパターンかっ……!」

 忌々しげに呟く礼だったが、だがこれは嬉しい誤算とも言えた。
 状況的に彼の人影はヒロインのお嬢ちゃんに他ならない――ならば、わざわざ向こうから出てきてくれた分、探す手間が省けたというもの!
 (どうやったかは不明だが)SIG SAUER P230JPは破壊されたが、まだ能力がある――!

「そこまでですっ! 鞘せんぱいから離れなさいっ!」

 最上段より叫ぶ少女は、まさしく白王みずきであった。
 その姿は先程までとは異なり、赤と青を基調としたノースリーブ・ミニスカートの衣装に、可愛らしいリボンで結んだ髪はポニーテール、両手に黄色のポンポンを握っている。
 そう、野球場と言えばやはりこれ――アンダースコートが眩しい、チアリーダーである!

「そこに転がってるヒーローでも応援しに来たのかい?」

 拳銃を仕舞い、両手を拡げてさも余裕である素振りを見せながら、階段を上り、チアの少女に歩み寄ってゆく礼。
 それに対してみずきは「しゃきーん!」と謎のポーズをとりながら、高らかに宣言する。

「いいえっ! 今日の私は、戦うヒロインです!」

 そのまま「たあっ!」という掛け声と共に、みずきも階段を駆け下りて礼の元へと迫る。

「(そちらから来るか――好都合だ!)」

 笑みを浮かべ、礼もまた歩調を速める。
 両者の距離はぐんぐん縮まり、やがて――交錯する!

「――っ!?」

 刹那、礼の左の胸元が不自然なほどに尖り出す!
 異変に気付いたみずきの手が動く――が、礼の両腕はその動きを予期していたかの如く、先んじてその手首を掴み、引き寄せる!

「死ねえッ、魔人がァ!」

 みずきの身体に押し付けるようにして火を噴く――礼の左胸に隠されしデリンジャー!
 これが礼の魔人能力『この胸にキミを抱きしめたい』ッ!
 乳房の代わりに胸部に生えし両手が操る隠し兵器を防ぐのは至難の業!

「ぐあっ!!」

 銃声が轟き、礼は激突の勢いでみずきを弾き飛ばし、その場で立ち止まった。
一方のみずきは転がりながら、剥き出しの左手で胸の中心を抑えている。

「ふははっ、まずは一人脱落――っ!?」

 勝ち誇りかけた礼の目に映ったのは、確かにダメージを受けてはいたが、それでもよろよろと大事なく立ちあがったみずきの姿――!
 一瞬驚いた礼だったが、みずきの無事のカラクリをすぐさま理解する。
 失われた左手のポンポン――手首を掴まれた瞬間にこれを落とし、発砲の直前に例の水の壁を作り、威力を軽減したのだ。

「(やってくれる……! だが、完全に無事という訳ではないようだ。次で確実に決める!)」

 ――我に返られて遠距離射撃をされては、射程の短いデリンジャーでは不利――ここは、体勢を立て直す前に速攻で沈める!
 低い姿勢で距離を詰めながら、公安部の制服の下で、右胸が蠢く。
 訪れる二度目の交錯の瞬間――礼は両腕でみずきを掴み、抱きよせる!
 そして右胸が開かれ、花柄の下着や制服を突き破り、禍々しきナイフがその姿を見せる!

「これで終いだッ――!」

「はああっ――!」

 ――しぱあっ!
 空を切裂く音が閃き、両者の動きは止まった。
 暫しの静寂の後――ナイフの刃が、二人の彼方で渇いた落下音を立てた。

「……莫迦なっ!」

 礼は柄のみを残して断ち切られたナイフを見つめ、呆然とつぶやいた。
 彼女の驚愕は、みずきが右手のポンポンのスズランテープの帯の一つを鋭く発射し、あたかもウォーターカッターの如き水刀にてナイフを切り飛ばしたからではない。
 水刀が、礼の身体を一切傷つけることなく、刃のみを切除したからに他ならない――!

 この異質なる驚愕が礼の思考の再起動を数コンマ妨げ――、以って勝敗を分けたのだった。

「隙ありですっ!」

「しまっ――!」

 礼の左胸がデリンジャーの引き金を引くよりも速く、黄色のポンポンが水弾として放たれた。
 零距離で腹を穿たれた礼は遥か吹っ飛び、グラウンドとを仕切るフェンスに激突した。
 背中をしたたかに打ちつけた礼は、短く呻いてずるずると落下し、そのまま動かなくなった。

「……ふはあっ。か、勝ったあ……」

 みずきは勝利の安堵によりへなへなとその場にへたりこんだ。
 そんな彼女に、遠くから声がかけられた。

「何度か冷や冷やさせられたが、勝ちは勝ちだ。良く戦ったな……」

「あっ……! 鞘せんぱい、大丈夫ですかっ!?」

 シャキっと立ち上がると、みずきは戦いに夢中になるあまりすっかり頭の中から消えていた鞘の元へ、急いで走り寄った。
 鞘は白衣の裾を千切って作った即席の包帯を負傷した腿に巻き、応急処置を済ませていた。

「概ね作戦通りだな」

「はいっ! “能力”、ありがとうございましたっ!」



 少女達の企てた作戦を語るため、一度、時を遡ろう。
 ロッカールームで相対するは、スーツの鞘と、全裸に濡れ白衣のみずき。

「――聞かせてもらおうか、君の勝算とやらを」

「はいっ!」

 促す鞘にみずきが語ったのは、それほど複雑なものではなかった。
 曰く、己の能力は、身に纏う衣類が少なければ少ない程その威力を増す、ということ。
 曰く、ものすごく恥ずかしいけど、水着くらいの少なさで戦いに臨めば、たぶん倒せる、と。

「ふむ……」

 みずきのこの提案を受け、しばし考えた後、鞘は「50点だな」と評した。

「ご、50点……ですか……」

 露骨にショックを受けた様子のみずきに、フォローするように鞘は口を開いた。

「ああ、コンセプト自体は悪くないんだ。しかし、もっと改善できると、私は思うのだよ。
 まず、さっきのように射撃された場合、相手の攻撃を一度防いだだけで君は全裸になってしまうんじゃないかな?」

「うっ」

「それに何より……その作戦では、私の出番がないじゃないかっ!」

「え、ええっ?」

 鞘の予想外の発言に驚くみずき。しかし鞘は意にも介さず言葉を続ける。

「ヒロインが戦っているのを横から指を咥えて眺めているだけなど、私のヒロイズムに反する!
 ここは、断固として私も作戦に組み込んでもらうぞ!」

「ええと、それは……むしろ、いいんですか? 手伝ってもらっちゃっても……」

 鞘の剣幕に気押されながらも、おずおずと尋ねるみずき。
 対する鞘は平然と言い放つ。

「当たり前だ、なにせ、私はヒーローだからな! ……というわけで、私から改善案がある」

 こくり、と頷くみずき。

「ここは私の能力『HERO DESTINY』を使わせてもらおうっ!」

 それから、鞘は自身の能力について、それはそれは楽しそうにみずきに説明した。
 まとめると、この能力を付与された者がカッコイイ行動やヒーローチックな行動をとると、それに応じた様々な“ヒーロー補正”を受けられるということであるらしい。
 先程は「ヒロインを連れて逃げる」というシチェーションに合わせ逃走補助のヒーロー補正が働いたために、降り注ぐ弾丸の雨をものともしなかった、ということだ。

「これを君に付与する――。君には一発逆転に向いた能力があり、ヒーローの嗜みたるコスチュームチェンジも身につけている。さらには「一度負けた相手へのリベンジ」というフラグまである……。ヒーロー補正は、きっととんでもないことになるはずだ!」

 力説する鞘。あまりの迫力に、みずきはなんだかそんな気がしてきた。
 さらに鞘のヒーロー講座は続く。

「その時の私のポジションは、さしずめ「ヒーローの登場まで時間を稼ぐ師匠」といったところかな……うむ、悪くない!
 いや、待て! そういえばここは野球場……! そうだ! みずき君のコスチュームはチアリーダーを模したものにするべきだ! そうすればフィールド・パワーソースによりヒーロー補正はさらにアップ!
 待て待てっ――、あれだ、放送室だ! 私がそうしたように、みずき君に合わせた登場音楽を流すことで、ヒーロー補正は、倍率ドン! さらに倍!」

 なにやら訳の分からない用語まで織り交ぜつつ、暴走列車の如く一人盛り上がる鞘。
 結局みずきは鞘のこの情熱に浮かされ、鞘の描いたシナリオ通りに事を運ぶことになった。
 暴走がやんだ後も、鞘は頬を上気させて興奮冷めやらぬ様子だったという。


「勝てたのは、鞘せんぱいの作戦のおかげですっ! 本当にありがとうございましたっ!」

 ぺこり、と深々お辞儀するみずきに、鞘は「ははは」と笑った。

「なに、我々が二人で力を合わせたからこそだ……。それよりも、君が無事で本当によかった」

 うっとりとした目で見つめながら、鞘はみずきの両手をぎゅっと握った。
 いきなりのスキンシップにどぎまぎしながら、みずきは申し訳なさそうに口を開く。

「あっ、でも、その……トーナメント一回戦は三つ巴の戦いで、私とせんぱいの、どちらか片方しか勝ち抜けないので、ええと……」

 ――二人は戦わなくてはならない。
 その事実を言い辛そうに口ごもるみずきに、鞘は衝撃的な一言を、あっさりと言ってのけた。

「それなら心配ない……私が棄権しよう」

「――はいっ!?」

 驚きのあまり大きな声をあげてしまうみずき。
 そのまま、はしたなくも口をポカーンと開けたまま、みずきは鞘の熱っぽい目を見つめ返す。

「ヒーローがヒロインと戦うなど、あってはならないことだ……。いや、そのような展開も存在することは分かっている……。
 が、無理だっ! 私には……愛するものを手にかけるなどっ……できないんだっ……!」

 愛。
 愛するもの。鞘せんぱいが。
 誰を? ヒーローはヒロインを愛するもの? じゃあ――私を?

「いや、こんな流れで言った気になるのは君に失礼だな――。
 改めて言おう。白王みずき君、私は、きみを愛している。ヒーロー部に入れ!」

「へ、ふぇええっ!?」

 素っ頓狂に喚くみずきのことなどお構いなしに、鞘は愛の語りを続ける。

「思えば、最初に一目見た時からだったのかもしれない……この私が、対戦相手にあんなに手を貸してしまうだなんてな。
 二人で逃げた時も、密室で寄り添い合った時も、そして、私の窮地を救ってくれた時も……。
 ずっと、胸の高まりが抑えられなかったんだ……。ふふっ、これじゃ、私がヒロインだな」

 ところどころ都合のいいように捏造された語りも、思わぬ告白にオーバーヒートしたみずきの脳内センサーには引っかからない。

「決定的だったのは、君と糺礼との二度目の交戦の時だ……。
 あのとき君は、ウォーターカッターによって彼女のナイフの刃部分のみを切り飛ばしたね。
 やろうと思えば、君は彼女を切り捨てることも可能だった……だが、敢えて難易度の高い、彼女を限りなく無傷で倒す選択をした。
 あの瞬間、……私も、君のカッターで愛の火蓋を切り落とされてしまったのかもしれないな」

 歯の浮くようなセリフを臆面なくすらすら宣う程に、鞘はロマンスの世界に没頭していた。これこそが彼女のあこがれた「壮大なラブロマンス」――なのだろうか。
と、糺礼の名を聞いて、みずきは我に返って辺りを見回した。
 一度倒された身でありながら後ろから不意打ちを仕掛けてくるとは思わなかったが、なんとなく、もしかしたらこの状況を打開してくれるかもしれないとの望みを持って――。だが。

「(あれっ……拳銃の人、いらっしゃらない――?)」

「ふふ、戦闘不能者やそれに準ずる者――“脱落者”は、安全な場所へと転送されるようだな」

 偶然なのだろうが、まるで心の中を読んだような鞘の発言に、みずきは背筋が凍りついた。

「……さて。私の君への情熱は全て伝えたつもりだが……、どうかな、返事は……?」

「返事、と言われましても……!」

 生まれてこの方、告白など一度もされたことなかったみずきは、この初めての経験――よりにもよって、同性からの、である!――に心底戸惑っていた。
 みずきは苦し紛れに言葉を紡ぐ。

「ええとっ! 鞘せんぱいはヒーロー部の部長さんですよねっ!?
 私、風紀委員会所属なのですけど、その、いいんですかっ?」

 みずきの繰り出した一手は、それほど悪い手ではなかったと言えよう。
 学園の秩序を守る風紀委員と、何かと無茶ばかりを繰り返しているヒーロー部とは、しばしば小競り合いが起きることが少なくなかったのである。
 しかし、何が悪かったかと言えば――相手が悪かったのだ。

「敵対組織のメンバーと恋仲になるなんて、ヒーローの宿命ではないか! これは、私と君とが結ばれるという運命の導きに他なるまいっ!」

 渾身の一手も、しかして成果なし。
 万策尽きたかと視線を落としたみずきの目に、手首に巻かれたミサンガが映る。

「(……。この手だけは、恥ずかしいから使いたくなかったのですが……ええいっ!)
 あのっ! 私には、そのぉ……。既に、心に決めた方がおりますので……すみません!」

「なん……だと……!?」

 これは効果覿面であったようだ。
 略奪愛は、ヒーローとしてどうなのだろうか……そのようなヒーローいただろうか……。
 鞘の脳内ヒーロー辞典がパラパラとページを捲りつつも、やはりショックは隠せない様子だ。

「ち……ちなみに、その者の名を訊いても……?」

「うっ……。すみません、恥ずかしいのでっ……!」

 ぽっ、と顔を真っ赤にしながら断りを入れるみずきを見て、鞘は悟った。
 彼女はその男とやらに完全に惚れている……。そう、私にとっての彼女の如く……。
 ならば――。

「……分かった。この場はこれで引き下がろう」

「えっ?」

 みずきの手を離し、立ち上がりながら鞘は言う。

「だが、私はこれで終わるようなヒーローではないぞ!
 もっと強い――君に見合うような気高き魂を身につけ、また君を迎えに来る!
 その時まで、さらばっ!」

 パチーン! と指を鳴らすと、謎の光が鞘を照らし、そのまま消えてゆく。
 彼女の棄権が受理され、安全地帯とやらへ退場させられたのだろう。
 これで残されたのは、みずき一人――否、勝者ただ一人である。

「……兄さん。私、勝ちました……!」

 ミサンガを握り、虚空に向かってつぶやくみずき。
 いつの間にやら夜空に瞬いていた幾億の星たちも、少女の健闘を讃えていた。  <終>


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