ピケティとアベノミクス

2015-03-10

  最近の一部のマスコミの論調は、ピケティの富の再分配とアベノミクスは相反するものと捉えているようである。ピケティは裕福な者から税金を取る累進課税方式を提唱しているので、貧しいとされる一般庶民にとってはまったく腹が痛まないことであり、ねずみ小僧次郎吉のような、富める者から富を奪い貧しい者にに分配させる、このような考え方に多くの人は賛同するであろうことは想像に難くない。ピケティはフランスの経済学者であり、2012年のオランド大統領の「75パーセント課税策」を支持したことで知られている。実際には重い税を避けるために国外に移り住む富裕層が相次ぎ、12年末、憲法会議は「税の公平性に反する」として増税は違憲とする判断を下した。(参考:【寄稿】資本主義の効果に疑問を投げかけたピケティ本〜その人気の実態は? - 小林恭子) 富の再分配の考え方は決して間違ってはいないと思われるが、現実問題としてそれが実りのある結果をもたらすかどうかは疑問がある。税を課そうとすると、するりと掻い潜って税の安い他国へ逃げ出す富裕層が続出することになる。日本においてこれが起きないかというと、そうでもない。すでに日本の法人税は近隣諸国と比べると非常に高いので、他国に逃げ出している企業が続出している。

国・地方合わせた法人税率の国際比較
上図は財務省が公表している2014年3月現在の法人税率の比較である。アメリカは少し高いが、近隣の中国、韓国、シンガポールは非常に安い。特にシンガポールは安い法人税のおかげで、世界中から企業がやってきている実態がある。日本における富の再分配は、インフレによってもたらすことができるということを以前の議論で述べたことがある。ピケティの本の中でもこのようなことに触れた部分があり、ピケティ自身、緊縮財政よりもインフレ政策のほうが良いと述べている。(しかし、インフレよりも資本税のほうが良いと主張しているが・・・)
 
 どうしてアベノミクスなのか?についてこれから議論する。
 
 日本の喫緊の問題は、赤字国債である。約1030兆円の政府借入金が存在している。(財務省:国債及び借入金並びに政府保証債務現在高より) 日本国債の海外投資家の保有率は約9%程度であるが、年々増えているという。この分を差し引くと、国内で保有されている国債総額は約937兆円ということになる。今年3月10日発表の代表的な指標で現金や預金などの合計を示すM3の平均残高は、1206兆7000億円だった。このM3から国内保有の国債総額を差し引くと、約270兆円が国内で流動的に動いているお金の総額ということにならないであろうか?1億人の人口で割ると、一人当たり270万円ということになり、国債以外の流通通貨の状況を表している。この金額が多いと見るか少ないと見るかであるが、私は、極端に少なすぎると思う。ほとんどの国内の預金は国債に当てられ、お金を動かしたくても動かせない身動き取れない状態と思われる。ピケティの公的債務とはこの赤字国債のことであり、EUには十分な資産があるので、ほんのちょっとの累進課税による資本税により、EUの公的債務の問題は簡単に解消できると言っているが、日本の場合、1030兆円の公的債務を解消するための徴収できる資産がいったいどこにあるというのであろうか? 国債となっている資産そのものを税金として差し出せということであろうか?国債を発行している政府自身が自分で自分の首を絞めることにならないであろうか? そもそも日本国内の富の総額が少ないのにこれ以上課税しても効果は上がらないと思うのであるが、どうであろうか?
 (あまり考えたくないし、言いたくないが、日本国民の貯蓄が1030兆円あったとする。政府は国債を発行して日本国民の全貯蓄1030兆円を借りたとする。政府はこの1030兆円の借入金ですべて公共工事に使用したとする。公共工事を行った地方と請け負い業者にこのお金が回り、関係した人たちにお金が渡り、そのお金は巡り巡って国民全体に行き渡ることになる。そして、外国に流れたお金と外国から来たお金が相殺したとすると、日本国民のM3総額は2060兆円になっているはずである。しかし、現実は1200兆円ぐらいである。その差額はいったいどこへ行ったのであろう。外国へ流れたお金と外国から来たお金が相殺していないということではなかろうか?外国へ流れたお金がとんでもなく多いことを物語っているのでは? つまり、日本は敗戦から綿々と外国にお金を放出し続けてきたことを物語っているのではないであろうか?日本国民が汗水流して手に入れた富の大半を外国に流出したのではないであろうか? つまり、言いたいことは、日本にあまり富は残っていないということである。)
 赤字国債というとんでもない厄介者を抱えている日本にとって、下手をすると国債の暴落を招き、ギリシャ以上の危機が訪れるかもしれない状況下において、新たな税制の導入は、日本の経済そのものを沈没させる心配がある。この赤字国債の問題がなければ、大手を振るってピケティに賛同したいところであるが、日本の喫緊の課題は経済の回復である。そして赤字国債の解消である。
 ピケティの理論によると、インフレ政策は公的債務の重要性を低下させる働きがあり、いつかは大問題でなくなるようになる。重要性が低下すると、容易に返済することが可能となる。また、過去の歴史では踏み倒した例もあるという。 第1のアベノミクスはインフレ政策であり、経済の活性化と赤字国債の解消が目的である。第2、第3についてはよくわからないが、インフレ目標を明確にしていることは重要である。近年、1ドル120円付近で推移し、2006年付近の状況に近づいている。大手企業の工場が海外に移転していたが、採算が合う状況になってきたため、海外移転していた工場を日本に戻す動きが活性化している。どこまで状況が好転しているかは不明の部分が多いが、多くの国民が「工場よ、戻ってくれ!」と願えば少しは好転が加速するかもしれない。しかし、心配なのは、工場を操業するための電気料金である。原発事故以来、電気料金は上がり続けている。
 確かに、貧富の格差は拡大しているように思われる。ひとつは労働条件の劣悪化である。安い賃金で何の保証もなく労働させる労働基準があるのかどうかもわからない労働形態の拡大である。派遣労働や日雇い、アルバイト、パートなど、名称は様々であるが、非正規雇用形態の一般化が進んでいる。昔は憧れの職業だったものが実際には・・・ということも少なくない。法の隙間を掻い潜って、今や新たな法律でこの非正規雇用形態が合法化されつつある。企業の経費削減と雇用不足が招いた結果でもある。今や経済の活性化は、最重要課題であろう。また、劣悪な条件の雇用を一刻も早くなくすための幅広いコンセンサスの普及も雇用者、被雇用者に限らず必要であろう。
 
トリクルダウンて?
 
 近年、トリクルダウンと呼び、富める者から富めば、貧しきものもそのうち富むようになるという、鄧小平の「先富論」とアベノミクスを揶揄した言葉がマスコミから流れてくる。現在のアベノミクスは大企業優先で動いているように見えるから、そのように揶揄しているのであろうが、一時期は、日本が誇る大企業が大幅赤字に悩み、大幅解雇によってなんとか凌いできたことはごく最近のことである。もっと早くにアベノミクスを行っていたら、こんなことにはならなかったのにという声が聞こえてきそうであるが、こんどは逆にトリクルダウン?、大企業優先で一般人には関係ないという声が聞こえてくる。アベノミクス=インフレ政策と思われるが、(新しいアベノミクスは少し違うかもしれないが金融政策に限ることにすると、)必然的に円安になり、輸出産業は好転し、輸入産業は悪化することになる。現実、一部の大企業の業績が好転した話は聞くが、輸出産業全体が好転したかどうかは不明であり、既に工場を他国に移転した後ですぐに戻れない企業も多い。なんとも言いようがない。実際のところ、アベノミクスを実施するのが遅すぎたとも言え、多くの中小を含み企業が他国へ移転してしまった後であった。他国へ移転した企業を呼び戻す効果的政策があればよいのであるが、いまのところ暗中模索状態のようである。外国へ移転した有望な企業を呼び戻す強力な政策と新しい産業の構築の積極的推進が必要であり、強力な政治力が必要である。
 日本はインターネットの普及は早かったが、途中でNTT法に引っかかり、進歩速度に急ブレーキがかかった。シンガポールや中国そしてインドなどの遅れて立ち上がった国が、今や国際ネットワークの中心的存在になり、インターネット発祥の地アメリカを脅かすような存在になっている。今や情報産業はキーであり、セキュリティの遅れはその国の進歩を著しく阻害するようになってきた。ハッキング、サーバー攻撃などは日常茶飯事となり、国家間の諜報活動にも利用されている。今や、人工衛星から一人一人の行動が観察され、監視されるようになり、様々な防犯カメラや交通監視装置から情報が送られ、監視社会へと変貌するようになってきた。個人のプライバシーが叫ばれながらも、プライバシーのない社会へと変化が起きている。グローバリゼーションによって統一的な国際規格の制定が始まり、グローバル化の大波を日本は被りつつある。しかし、一方では、真逆の方向への発展も要求されている。実は、これがキーである。日本独自のグローバル化と逆行するシステムの開発が必要であり、サイバー攻撃に対抗するためには、反グローバリゼーションシステムの構築が必要である。これが日本を他国からのサイバー攻撃から守ってくれる。政府は、この部分に極秘に莫大な予算を掛ける必要が、早急に行う必要がある。まずは、日本国内のネットワーク環境を安全であり安心できるものに構築しなおす必要がある。そうしなければ、一流の世界的な規模の新規産業を構築できないであろう。
 

 

最終更新:2015年03月10日 19:42