日谷創面SS(第一回戦)

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第一回戦第三試合 日谷創面

名前 魔人能力
日谷創面 アゲンスト・トーフ
小波漣 勝利へのイメージ(マイ・ドリーム)
熊野ミーコ 隠れクマノミーコ

採用する幕間SS
なし

試合内容

●第一回戦 第三試合


「―まさか、こんなに。」
「―弱いなんテ…。」
 小波漣と熊野ミーコは、別々の場所でそう同時に呟いた。


 試合開始から30分経過した。
 豪華客船の中心部分に位置する客室廊下。
 床に水が溜まっている。
 自慢の三角巾を浮かばせて、日谷創面は天井に白目を向けていた。


◆ ◆ ◆


20分前


 日谷創面は困っていた。
 何がなんだかよくわからないまま戦いに参加した彼は、何がなんだかよくわからないまま戦場に放り込まれ。今なぜか、プールサイドに現れた触手を追っている。
「おい、こら!逃げるな!」
 触手は甲板を這いながら巧みに創面を誘導して、船尾へ逃げる。
「たぶんこいつ、敵のペット…だよな?」
 試合開始前、彼は敵の簡単なデータを受け取っていたが、小野寺塩素の『謀計リスクヘッジ』の影響か、まるで頭に入らないまま戦いが始まってしまった。
「まあ、いっか。とりあえず追っかけてみよう。」
 それで無くとも、日谷創面はあまり頭が良くなかった。


◆ ◆ ◆


20分後


「ど―――しよウ!!20分経っちゃったよウ!!」
 熊野ミーコが声をあげる。
 困った。ほんとうに困った。

 戦闘開始すぐ、船首甲板に降り立ったミーコと宇宙イソギンチャクのヰ・ソノは触手を船内に広め、索敵を開始した。
 敵の性格・能力や出現位置などはあらかじめ公開されている。
 「虚偽申請」の範囲がどこまでかわからなかったので、できるだけ正確なデータをこちらも公開したつもりだ。どうせ希望崎学園生なら調べればすぐにわかってしまう。
 それは相手も同じはず。

 事前データを見た限りでは、小波漣を真っ先に倒す必要があるように思えた。
 彼女の能力『勝利へのイメージ』は能力発動20分後に効果が発揮される。
 小波の出現場所は船尾甲板だ。
 豪華客船を普通に探すだけでは、20分などすぐに経ってしまう。
 そこで、所在無さげにうろうろしていたもう一人の対戦相手・創面に目をつけた。

 触手で創面を誘導しながら、自分とヰ・ソノは中階の客室廊下から船尾へと向かい、小波を追い詰める手はずだったのだが…。
 問題は、日谷創面だった。
 やはり彼は小波を見つけ出す気はなかったらしい。
 触手で誘導しようとしたがふらふらと方向が定まらず、途中で飽きたのか、彼はミーコのいる階に降りこちらへ向かって進みだした。

 おそらく彼は、何も考えていない。
 ミーコははじめ後退しようとした。今は彼と争っている場合ではない。そのためには広めていた触手を引っ込め、ヰ・ソノをミーコでも持ち歩けるサイズまで縮小させる必要がある。
 だが、そんなことをしていたら小波を逃してしまう。
 それに、その状態で創面に追いつかれたら危険だ。
 そこで仕方なく、少しの間だけヰ・ソノを創面と対峙させることにした。


「もう!あなたが何をしたいのかわからないかラ、いつの間にかこんな時間じゃなイ!」
「ええ!?す、すみません…?――あ、あんた、熊野ってやつか?」
 ヰ・ソノが創面と戦っている間、ミーコは魔人能力・『隠れクマノミーコ』で姿を消し、小波を探しに向かったのだが…。
 時間切れ。すでに時間が経っていることに気づいたミーコがヰ・ソノの元へ戻ってみると、この男はまだヰ・ソノと戦っていた。
 創面は絶妙なヒット・アンド・アウェイで時間を稼いでくれた。ヰ・ソノは医務室から入手したメスを触手に巻きつけ応戦している。

 もっともヰ・ソノは索敵用に触手を広めていたので、力の半分も出していないのだが。
 後ろから声をかけられた創面がミーコに体を向ける。ミーコとヰ・ソノで創面をはさみうちにする形になった。
 すでに『隠れクマノミーコ』の効果は切れている。3分待たなければ使えない。

「ヰ・ソノ君、本気で行くヨ!」
「てけ・り!」――しゅりしゅりしゅり。
 ヰ・ソノが広げていた触手を本体に戻す。
「え、本気って…。さっきまで、本気じゃなかったのかよ…!」
 創面がそう言い終わると同時に無数の触手が放たれる。

「ちょ…!」
 一瞬で捉えられる創面。
 創面が魔人能力・『アゲンスト・トーフ』を発動する。触れた部分がトーフ化し柔らかくなるが、無数の触手を捌くには手数が足りない。
 もし彼がいつも通り服を脱ぎ、海パン一丁の戦闘スタイルで戦いに挑んでいたら、接触面積が増え対抗できたかもしれない。

「そういえバ、データと違って服を脱いでいないのネ。」
 戦いの間際まで意識が朦朧としていた創面は、何がなんだかわからないまま戦いに挑んでしまったらしい。
「まあ、いっカ!さあ、創面君、本気でかかって来なさイ!」
 ミーコはヌンチャクを構えた。

 そこに、廊下に取り付けられたスプリンクラーの水が振りかかる。
 遠くで何か、扉の閉まるような音がした。


◆ ◆ ◆


「ふっふっふ。さあ、はじめるよ!」
 スタートから20分以上経過している。
 操舵室にたどり着いた小波漣は、目の前に並ぶ機械類を眺める。
 もちろん使い方などわからない。
 だが、彼女には大した問題ではなかった。
 すでに彼女の能力『勝利へのイメージ』が発動しているのだから。


 試合開始直後、まず彼女がしたことは時間稼ぎ。
 様々な仕掛けを施し、敵の船尾への侵入を防ごうとした。
 だがその必要はなかったかのように20分間敵は現れなかった。
 日谷創面が船をめちゃくちゃにした場合も想定して、準備しておいたのに…。

 お陰で無事『勝利へのイメージ』は構築され、イメージの実行と同時に、すぐ近くまで迫っていた熊野ミーコは引き返していった。
 ミーコは今、日谷創面と戦っている。「イメージ」に沿った「補正」が働いているのだ。
 その隙に小波は操舵室までやってくることができた。
 途中、船内のブティックやショーウィンドーに気をとられかけたが、根性で振り切った。
 私、偉い!
 ここまでもイメージ通りだ。


 『勝利へのイメージ』の恐るべき点はその「補正」にあった。
 彼女の能力は、「物理的に実行不可能なイメージ」を実行した場合、能力がキャンセルされてしまう制約を持っている。
 しかし、「補正」があるかぎり、それは制約として弱すぎる。
 仮に小波の想定外の能力を敵が隠し持っていても、敵の行動は彼女のイメージによって「補正」され、彼女にとって想定外の行動ができなくなるからだ。
 ――よって、制約が有効に機能するのは、小波が「できる」と思っていたことが「物理的にできなかった」場合のみである。


「うん、船は自動操縦みたいね。」
 そう言うと小波は、目の前の機械のスイッチを適当に押し始めた。
 彼女の能力は、運が絡む要素でも確実に成功させることができる。
 なら、彼女が「目の前にあるスイッチを適当に押して、それが全て彼女のイメージ通りの結果を導く」なんてことも可能だ。
 昔は機関室でしかできなかった制御も、自動化の影響で操舵室から操作が可能だ。
「できちゃうんだから、仕方ないよね~♪」
「ふんふふんふん♪ふんふふん♪」
 鼻歌まじりに上機嫌で適当にスイッチを押し始める小波。
 その中には当然火災受信機もある。
 ここを除く全室のスプリンクラーが起動。
 自動扉はイメージ通りに通路を塞いでくれた。
 凄腕のハッカーのようにスイッチをかちゃかちゃと押し続ける。
 ――うん、自分格好良い!
「おっと、いけないいけない!」
 次の行動に移らなければ。


 小波は操舵室からつながる小部屋へと移る。
 そこには、客船内の監視カメラの映像が写っている。
 機関制御室に無いということは、やはりこっちにあったか。
 この規模の豪華客船なら当然あるだろうと思っていたが、当たったようだ。
「上手いこと共倒れしてくれると、ありがたいんだけどなあ。」
 客室廊下で創面とミーコが戦っている姿が見える。

「…あれ?」
 日谷創面が服を着ている。
「おかしいなあ、事前データだと戦いの時は脱ぐって書いてあったのに。」
 ――もしかして物凄く恥ずかしがりやさんなのかも…。っと、それは置いといて。
 とにかく想定外の状況はまずい。
 やはり事前データなど信用するべきではなかった。
 20分の間に、敵の姿や能力を確認する余裕がなかったのが問題か。
 それでも、創面の能力ならイメージ通りにいってくれるはずだ。
「…あ。」
 創面がミーコのヌンチャクで殴られた。ここまではイメージ通り。
 創面が床に倒れこむ。

「うう、お願い!そこで能力を使って!」
 事前イメージによれば、ここで彼の『アゲンスト・トーフ』が発動。トーフ状にした甲板を突き抜け、ミーコと触手もろとも下の階まで落下。ヰ・ソノは自重に押しつぶされて戦闘不能になる。
 …はずなのだが。
 創面が水浸しの床に手を置く。
 変化がない。
 とそこに、ミーコのヌンチャクが創面の頭を強打する。
 今ので創面は白目を向いてしまった。魔人で無ければ間違いなく死んでいた。いや、死んだかも。
「…あああ……。」

 イメージ通りにいかなかった。「できると思ったことができなかった」ために、小波の能力は「キャンセル」されてしまった。
 次のイメージの構築までにまた20分時間を稼がなければならない。
 「補正」もその間行われない。ミーコは操舵室までやってくるだろう。
 だが、失敗もおりこみ済みの作戦だ。
 大丈夫。敵のルートはあえて残しておいた。罠もある。逃げ切れる。
 機関室内の工作室から工具、武器になるものも調達してきた。
 機械類は壊しておこう。ここにも仕掛けを作る必要がある。
「それにしても…。」
 小波がため息をつく。
「―まさか、こんなに。」


◆ ◆ ◆


「―弱いなんテ…。」
 ミーコは白目を向いた創面を見下ろしている。
「てけ・り!」
「これならもっと早くやっつけちゃえば良かったネー?」
 ヰ・ソノも無駄に体力を消耗してしまった。
 スプリンクラーがミーコのジャージを濡らし、オレンジ色が濃く染まる。これで、ミーコの『隠れクマノミーコ』は使えない。


 …実は、創面が『アゲンスト・トーフ』を上手く使えなかった理由はこのスプリンクラーにある。
 彼の能力は、別の物体から別の物体へ効果が伝播するのに時間がかかる。
 それだけでなく、水などの流動物はトーフ状にできないという制約があった。そのため、水で覆われた甲板をトーフ上にするのに、掌だけでは時間が足りなかった。「水」に効果が分散されてしまうのだ。


「ごめんネ、えいヤッ!!」――ゴッッ
 念のため創面の頭をもう一度殴りつける。まだ生きている。
 ミーコは殺人などしたことがない。試合後蘇生するとはいえ、殺すのは躊躇われた。
 それに、ヰ・ソノが思いの外体力を消費しているのも気になる。
 イソギンチャクは浸透圧順応動物だ。淡水に浸かると不必要に水を吸収し弱ってしまう。
 …そこで。

「てけり・り、てけり・り」――ぶちょっっ
 ヰ・ソノの体から小型宇宙イソギンチャクを分離し、創面の顔にひっつけておいた。
 これで創面を生かしたまま体力を吸い取ることができる。
 回収すればヰ・ソノの体力回復にも役立つし、その頃には創面も戦闘不能だ。
「それじゃ行こうカ!小波さんを探さないとネ!」
「てけり・り!」


◆ ◆ ◆


 ――泣き声が聞こえる。
 日谷創面の双子の姉、日谷奴子の声だ。
 日谷創面が魔人に覚醒したのは半年前。
 学校で、大規模なハルマゲドンがあった日。
 その日、帰ってきた彼女は泣いていた。
 番長陣営が負けて、たくさんの仲間が死んだのだと、泣いていた。
 創面が近づくと、鋼鉄の豆腐を投げつけてくる。
 豆腐を粗末にする奴は……などと言いながら、
 地球上で最も豆腐を粗末にしているのが、うちの姉貴だ。

 まったく、自分勝手な姉だ。
 そんなに豆腐を投げるなよ。
 痛いじゃ、ないか。
 豆腐は嫌いなんだ。
 やめてくれ。


 ――それでも。


 気がつくと創面は、服を全て脱ぎ捨て、奴子の前に立ちはだかっていた。
 ――俺がお前の的になる。
 どんなに固い物を投げつけようと。
 アゲンスト・トーフ。俺が全部ほぐしてやる。


 ――柔らかい、豆腐のように。


◆ ◆ ◆


『アアアアアアァー!!トーフだ!トーフが喰いてぇぇぇ!!トーフトーフトーフトーフトーフトーフトーフトーフトーフトーフトーフトーフトーフトーフトーフトーフトーフトーフトーフトーフトーフトーフトーフトーフトーフトーフトーフトーフトーフトーフトーフ!!!』


 脳内に響く叫び声で、創面は目を覚ました。
 視界は真っ暗。顔には何か柔らかい物がくっついている。豆腐ではない。
「………!?」
 体が動かない。床は水浸しだ。頭が強烈に痛い。痛い。痛い。痛い。
『――ソメン、おい、ソメン!聞こえるか?聞こえているはずだ。』
 誰だこいつ。
『俺はお前に憑依した手芸者だ。アァー…。説明が面倒だ。ちと荒いが、お前の脳に直接情報を送ろう。』
「………は!?」

 突如、頭の中に断片的な情報が植えつけられる。
 ――陶芸流派。平安以前の伝説の手芸者。魔人に覚醒した日から憑依している。創面の豆腐屋としての才能に期待している。豆腐中毒。手芸部に誘導したのも自分。今お前は死にかけている。だから自分と意識が通じる。お前の体が欲しい。
 ただでさえ激痛がはしる創面の頭に、さらに混濁した情報が流し込まれる。


「のわあ あ あ あ あ あ あ あ あ あ!!!!誰だお前!!手芸者だと!?ふざけるな!」
『フフフン。フザケてなどいないさ。俺の名は「ロクロ」という。』
 創面の右手が持ち上がる。
『アァー…。ちょいとばかし、体を借りるぞ。』
「な…。」
 そう言うと『ロクロ』は、顔にひっついていた小型宇宙イソギンチャクを引き離した。
 視界が明るくなる。
 動かしていないはずの手が、謎の触手を掴んでいる。
『アー…。トーフ。トーフが欲しい。体中の血が、トーフを欲している。』
「欲してねえよ!何いってんだお前!俺の体をどうする気だ!」
『フ…。お前の能力、使わせてもらうぞ。』


 『アゲンスト・トーフ』発動!
 右手につかんだイソギンチャクがトーフめいた柔らかさを帯びる。
 わしゃわしゃと抵抗する触手。
 それを『ロクロ』は、生きたまま…。
「お、おいやめろ!!な…何を考えて…!!!」
 ――パクリ
『おおおおおぅ…!これぞトーフ!キマるぜぇ…!!」
 ――ムシャムシャ
 ――ムシャムシャムシャ
「ぎゃあ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ

あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ !!」

 ただでさえ豆腐嫌いの創面が、ただでさえ気持ち悪い触手を、生きたまま食わされる感覚。
 吐き出しそうだ。だが体が言うことを効かない。
 体は自分の意志に反してなおも触手を食べ続ける。
 ――ムシャムシャ
 ――ムシャムシャムシャ
 ――ゴクン。
『アァー…。体中にトーフが行き渡るのを感じる。素晴らしい。』
「…………。」
 そう言うと『ロクロ』は立ち上がった。
 何しろ宇宙イソギンチャクだ。深淵なるエネルギーが詰まっている。
 栄養満点のトーフ化した触手は、本当に麻薬としての効果がロクロにはあるらしい。

 痛みが引いていく。
 体はまだふらふらとおぼつかない。
 それもかまわず、ロクロは歩き出した。
 創面にはもう、それを止める元気は残っていない。

『ァアアー、暑い。』
 ロクロは服を脱ぎ捨てる。
 海パン一丁になった。海パンには豆腐屋の笛が刺さったまま。
 水浸しの廊下を歩く。
 眼の前に自動扉が見える。閉まっている。開かない。
 『アゲンスト・トーフ』で扉を壊して進む。船尾の方角だ。
 つきあたりを曲がる。
 そこには、一人の少女がいた。

「………!」
 セーラー服を着た少女は、ロクロの姿をみとめると一目散に逃げ出す。
『アァー。フッフッフ。女だ!女がいるぞ!』
 ロクロが追う。
 あの少女はおそらく小波漣だろう。
 創面は朦朧とした意識でそう考える。

「…おい、…ロクロ。何してんだ。」
『…アアン?』
 少女が振り向き、片手のノコギリを投げつけてきた。
 ぐにゃり。
 ロクロは素麺のようなしなやかさでそれを避ける。
 この男、トーフ化しているのだ!…自分の体を!


『――決まっている。男も女も、この能力をつかって、美しい壺のオブジェに変えてやるのさ。俺は陶芸家だ。』
 ――陶芸家?オブジェ…?
『その後は、ファックしながらトーフ状にして喰ってやる。アーアアアァ素晴らしい!!それができるから、俺はお前に憑依したんだぜ。ソメン。大丈夫だ、試合が終われば死んでも生き返る。それなら殺人にはならねえさ。なあ?』

 ――ファック?喰う?何を言ってるんだ。こいつは。
『お前はこの試合に勝ちたいんだろう?…だろうな。お前は知らないだろうが、そうしなきゃあお前は一生あの女のモルモットだ。あるいは殺されるかもしれねえ。それは嫌だろう?』
 ――女?誰のことだ。小野寺か?
『俺が勝たせてやるよ…。だから俺に任せて、お前は寝ていれば、良い。』
 ――勝つ?あの少女を、思いつく限り最悪の殺し方で?


 少女を追う。
 ここは船尾側のラウンジだ。部屋の向こう側は一面海が見えるガラス張りになっている。
 いつの間にかスプリンクラーは止まっている。
 ロクロが少女を追い詰めた。
 少女は催涙スプレーを後ろ手に構えている。


 ――駄目だ。
『アアー?』

 ――そんな殺し方は、させない!
 そんな可哀想なことはしない!
 そんなことをしたら、もう姉貴にも、誰にも顔を合わせられなくなる。
 お前の好きにはさせない!
 死んでも良い!

 死んだほうがましだ!
 ふざけるな!
 俺の体で!
 勝手なことを!
 するんじゃねえ!!

 右腕が、ビクンと持ち上がる。
 がしり、と創面の股間へ移動する。
『おい、ソメン。お前、何を………』


 『――アゲンスト・トーフ!』
『お、お、お、お、おい、おいおいおいおいおい!やめろソメン!何を考えている!?』


 そのまま、創面は己の陰茎を海パンごと掴むと――


『自分の体だろう!?お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいやめろやめろやめろやめろやめろyめrめろmろろろろろろろろろろろろろろろろろろろ!!!!!!!』


 トーフ化したそれを、引きぬいた。


◆ ◆ ◆


「うああぁぁぁっ!ああああああっ!ぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


「えええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええ!?」
 何これ。
 試合開始から50分経過した。
 丁度今『勝利へのイメージ』が構築された所だ。
 でもこれは、私のイメージした内容と違う。
 小波漣は1秒かからぬ逡巡の後、
 眼の前で呻く今や全裸となった男を飛び越え、脱兎のごとくかけ出した。

 小波は全速力で来た道を逆に辿る。
 逃げ出す前、一瞬のうちに小波は考えた。
 何故彼は目の前で突然セルフ去勢を始めたのか。
 おかげで彼は行動不能になり、小波の「イメージ」した行動がとれなくなってしまった。
 そのため、『勝利へのイメージ』はキャンセル。もう20分やり直した。
 それが目的だろうか?
 いや、だったら別の部位を引き抜くだろう。対処法がわかっているなら他にやりようはいくらでもあるはずだ。
 なら何か。
 おそらくデータに無い、隠された彼の魔人能力…!

 そもそも、この大会で小波が最も恐れていた点はそれだ。
 肉体破損しても、精神が侵されても、戦いが終われば完治する。
 ハルマゲドンならありえない措置。
 仮に、今のように己の陰茎を切り取ることでしか発動しない能力があったらどうだろう。
 そのリスクは計り知れない。強大な制約…!
 威力は広範囲の即死級、EFBに相当するはずだ。
 とにかく危険過ぎる!…一刻も早く、彼から離れる必要がある!


◆ ◆ ◆


「うああぁぁぁっ!ああああああっ!ぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
『アババッアバ―――――ッアアアアアアバ――アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァバババババババ!!!!!』
 熱い。体が熱い。
 熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。
『アバッアバババババババっ!!お前は!馬鹿なのか!信じられん!!まさか…っ!ここまでのっ!馬鹿だとはぁっ!』
 ロクロが脳内で絶叫する。
『アァー何故…よりによって!股間をもぎ取るんだ…!?やるなら腕とか!他に場所があるだろうが!何も考えていないとは思っていたが!まさかここまでとは!』


 確かに腕でも良かったか。
 今はそれどころじゃない。
 血が。
 血を止めないと。
 ロクロが食したトーフ状の触手は本当に麻薬めいた効果があったらしく、痛みによる気絶はまぬがれることができた。それが幸いかどうかはわからないが…。
 創面は痙攣する右手をもう一度股間のあった部分へやると、再トーフ化で止血を試みる。創口は元々トーフ化されていたためそれほど出血はしていない。

 さらに脱げ落ちた海パンも溶かし、傷口が開かないように引っ付ける。
 火で直接炙られているように熱い。
 これでもまだ死なないなんて、腐っても自分は魔人なのだな。と実感する。
「ああああああっ!ぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!ああああああああああああああああ!!」
 これ以上の苦しみを、危うくあの少女に味わせてしまう所だったのだ。
 苦しい。今すぐにでも棄権して楽になりたい。

 だが、何故かそうする気にはなれなかった。
『ソメン!言っただろう!貴様には、小野寺塩素の術がかかっている…!当然この俺にもな!奴の術から抜けだせないと、この大会を棄権する事は不可能だ!』
 術…?なんのことだ。
 床に倒れこんだ創面は、
 脱げ落ちた海パンの残骸と共に、
 一枚の紙切れを見つける。

 ――――――――――――――

 ―――――――――――――――――――――――――――――――!!

 創面の脳内に蘇る記憶。
 小野寺に自分が何をされたのか。
 床に落ちた一万円札を見ることで、即座に思い出す。
 ああ、そうか。なるほど。
 自分は小野寺という女の、心を金で買う能力『謀計リスクヘッジ』によって一万円で買収され、大会で負ければ人体実験に使われると脅されていたのだ。

「くっそ…!あいつめ…。」
 痛みに転げまわりながら創面が悪態をつく。
 創面は怒っていた。
 それは、小野寺の脅迫に大してではない。

「一万円って…ふざけんなよ!!」

 その買収金額に納得がいかなかったのだ!
『…アアア?おいソメン!気持ちはわかるがなぁ!もっと他に――
「黙れ。」
 創面は、ミーコに殴られ気絶した時のことを思い出す。
 あの時見た、半年前の記憶。
 忘れていた。自分が何故魔人になったのかを。
 自分の魔人としての価値は確かに大したことはない。

 だが魔人としての存在意義は、確かにあるのだ。
「くそ…!くそ…!あいつめ!」
 創面は悔しかった。自分が低い値段をつけられ、自分を取り囲む環境も無価値であるように言われている気がした。

「おい!聴こえているか!!ハァ…きっとお前は、どこかで聴いているはずだ!!」

 創面は膝をつき、顔を上げ、宙に向かって叫ぶ。
 それは、プライドによるものか。
「俺は、お前が全財産をだしても、死んでも買えないだけの価値あるものを、持っている!」
 それとも、これがシスコンの力なのか。
「もう一度、俺に値段をつけさせてやる!」
 あるいはこれも小野寺の――

「俺は絶対に、勝ちあがる。そして、自分の価値を、証明してやる…!」

 創面(全裸)は立ち上がる。
 手に握った一万円札をビリビリと裂く。
 歩こうとすると刃物が突き刺さるように痛い。
 走ることはできないが、歩くことはできる。


 現時点で創面のした事と言えば、ボコボコに殴られ気絶した後、触手を食い、少女を追いかけたと思ったらセルフ去勢。全裸で4つんばいになり宙に向かって叫んだだけである。


 これでは価値の証明などできない。この試合に勝たなければ。
「ゼァ…ハァ…手芸者ソウル。そんなものの力を借りなくたって、手芸者らしいこと、やってやるさ。俺は…、豆腐屋の息子だ。」
 そう言うと創面は海パンの下に落ちていた豆腐屋の笛を取り上げ、横向きに咥える。
 その姿はまさに、巻物を咥えた手芸者の姿――――


『完全に小野寺の術中にはまってるじゃねーか…。』
 地獄にいたほうがマシだったかもしれない。ロクロはそう思った。


◆ ◆ ◆


 ――20分経過!
 『勝利へのイメージ』が構築された!
「ああ…長かった。疲れたよぉ…。」
 小波が創面から逃げ出してからの20分間。
 彼女は様々な仕掛けを施し、熊野ミーコから逃げまわった。


 具体的には、紐と刃物を使った単純な仕掛けから。
 絶対に混ぜてはいけない洗剤を混ぜてみたり。
 浸透圧順応動物に有害な塩や洗剤、お酒を撒いてみたり。
 空調や薬品、ドライヤーでヰ・ソノの索敵を無効化しようとしてみたり。
 コンセントプラグを使ったここでは言えないような危険な仕掛けを作ってみたり。
 …まあ、一番有効に機能したのは薬品系トラップだけど。
 ――あれはちょっと私も危なかったかな。うん。
 でもおかげでヰ・ソノをだいぶ弱らせることができた。


 とにかく彼女は今、ミーコとの位置関係の逆転に成功していた。
 船の最上段デッキにて、その一つ下のデッキへと昇ってくるミーコ達を待ち構えている所だ。
 どちらのデッキにも天井はない。小波のいるデッキはバルコニー型になっており、ここからは露天甲板が一望できる。
 ミーコがどこからどのようにやってくるか、イメージによって完全に「補正」されている。

 ――「イメージ」が構築された私に敵なし!


 しばらく待つとミーコとヰ・ソノが現れた。
 ミーコは能力を使用していない。これも「補正」によるものだ。
 ばらり。
 そこへ、小波が厨房から調達した無数の包丁が降り注ぐ。
 とっさに身構えるミーコ。間に合わない。
「――てけり・り!!」

 ヰ・ソノがミーコを触手で投げ飛ばす。
 間一髪でミーコを包丁から守ったのだ。
 包丁は、全てヰ・ソノに命中した。「イメージ」通り。
「――ヰ・ソノ君っッ!!!」
 重症を負うヰ・ソノ。虹色の体液が飛び散る。
 投げ飛ばされたミーコはそのまま柵を飛び越え、海へと落ちていく。

 ざぶん!と言う音。
 包丁の黒い柄に覆われたヰ・ソノは錯乱した様子で、
 ミーコを追って海へと飛び込んだ。
「てけり・り!」――ザッパァーン!!
 大きな波音がたつ。

 大きな触手が船上に現れ、ミーコを船へと戻す。
「ヰ・ソノ君!?」
 ヰ・ソノはしばらくの間触手を柵へと絡ませていたが、やがて力尽きたように海へ落とした。
「そんナ……!」
 ヰ・ソノは海へ沈むこと無く浮かんでいるが、動けそうにない。
 助ける前に先に小波を倒さなければ、共倒れになってしまう。

 海水に濡れたミーコの顔。頬から水が伝う。
「ヰ・ソノ君!待ってて、すぐに助けに行くからネ!」
 さっと動く人影。
「待ちなさイ!」


 小波をミーコが追う。
 しかし、高いデッキから海上へ落下したミーコはかなりのダメージを受けていた。
 間もなく小波を見失う。
 小波を探しミーコがたどり着いたのは、

 先ほど創面が小波の目の前でセルフ去勢を行った場所であった。
 眼の前には大きなガラス窓が並ぶ。青い海が見える。
 小波があえてミーコを逃した理由、
 正体不明の創面の能力にミーコをぶつけるためだ。
 小波の能力は、共倒れを狙える状況でこそ真価を発揮する。
「ハァ…ハァ…。ここは、行き止まりネ…。」
 そこに創面はいなかった。
「何…こレ。儀式か何カ?」
 イチモツを中心に広がる血溜まり。


 小波の「イメージ」によれば、二人はここで鉢合わせになるはずである。
 実際彼は、『勝利へのイメージ』が構築された時点で「補正」によってこの部屋まで引き返そうとしていた。
 それでも「間に合わなかった」のだ。重症を負った創面が時間内に戻ろうにも、それは物理的に不可能なことだった。

「――――――んっ?」
 そこから少し離れた場所で、小波は『勝利へのイメージ』がキャンセルされるのを感じた。
 ――また、「イメージ」通りにいかなかった…!?
 あの重症で移動したということか。
 どこかに隠れているのだろう。
 なら、まだ大丈夫だ。
 彼はここからそう離れていないはず。
 この状況なら「能力」を使うまでもなく、共倒れを狙える。
 小波がそう考えた瞬間――――


 壁から突き出た二本の手が、小波の頭を後ろから掴んだ。

◆ ◆ ◆

 「ひゃあああぁああああっ!?」
 「…動かなければ痛くはしない。」


 創面の両手が小波の頭を捉えている。
 頭の回転の早い小波は創面の言葉の意味を瞬時に理解すると、
 目を閉じ。催涙スプレーを握った腕をおろし、覚悟を決めた。

 ――強いひとだ。と創面は感心した。自分にここまでの覚悟はできない。
 …一秒。…二秒。…三秒…。
 ぶちょ。
 生々しい音を立て、小波の頭をトーフのように潰す。
「うああ…。」
 掌に血と、豆腐に似た灰色の物がべっとりと付く。

『フーフッフッフ!!ソメン!殺したな!俺の殺人を止めておきながら、お前も結局は殺すわけだ。何も変わらない。お前に俺を止める権利は――
「うるさい。」
 できるだけ苦しまない方法を選んだつもりだ。
 それでも、ロクロの意見ももっともかもしれない。結局は殺すのだ。


 創面は全身を壁から出し、客室廊下に立つ。
 向かい側の扉から客室へ入った。
 右手の壁に手を当て、『アゲンスト・トーフ』を発動する。
 「豆腐屋の笛」を逆さにして壁へ差し込み。穴から隣の部屋を伺い、壁を壊し侵入する。
 ここまでもその繰り返しで慎重に移動してきた。

 創面は今セルフ去勢・ラウンジへ向かっている。
 ラウンジに置いてきた己のイチモツが心配なのだ。もし試合が終わって治療を受けた時、失くした体の一部は戻ってくるのか?保証が無いからだ。
 もっともそれは、小波の「補正」によるもので、「イメージ」通りセルフ去勢・ラウンジへ戻らせるための動機付けにすぎなかったのだが。
 なんという単純さ!『勝利へのイメージ』がキャンセルされた今も、その動機は残っているらしい。

◆ ◆ ◆

「ひゃあああぁああああっ!?」
 女性の叫び声が聴こえる。小波の声だ。
 創面と遭遇したに違いない。
 ミーコはラウンジを出て確認しようかと思い、踏みとどまった。
 創面は小型イソギンチャクから生還し、さらにここで多量の血を流している。
 彼が今どんな状態なのかさっぱりわからないが、よほどの体力の持ち主なのだろう。
 彼の能力は、強い。決して侮れるものではない。

「考え得る限リ、この場所が一番…!」
 ラウンジは他のデッキと比べてやや飛び出した形になっている。その下は露天甲板で、ラウンジを支えるものは無い。頭上は大きな天窓となっており、陽が部屋を照らしている。部屋は半円型。ガラス窓が円状に広がり、向かい側の壁の真ん中に出入り口。その両壁は客室と隣り合っている。
 つまり、創面が『アゲンスト・トーフ』で侵入できるのはミーコの正面、出入り口付近の壁だけだ。
 ミーコはここで創面を待ち構えることにした。

◆ ◆ ◆

 創面はラウンジに接する客室までたどり着いた。
 壁に笛を突き刺して確認した所。ミーコの姿が見える。
 向こうもこっちに気づいたかもしれない。
 どうするか…。
『言っておくがソメン。あまり時間をかけると麻薬としてのトーフの効果は無くなるぞ。』
 わかっている。
 ヰ・ソノの姿は見えない。罠かもしれない。
 それでもここで決着をつけなければ。

 ミーコはヌンチャクを構えている。
 対する創面は全裸。
 リーチの差は歴然だ…!
 今度こそ創面の頭を砕きにかかるだろう。
「よし、それじゃあ行くか…!」
 ――『アゲンスト・トーフ』発動!

◆ ◆ ◆

 ミーコは創面の突き出した笛を見逃さなかった。
 白い壁がふるん、と揺れた気がした。
 とそこへ、
 左手の壁が崩壊する。

 一番離れた位置から創面が飛び出してきた。
「うおおおおおおおおおおおぉおおおぉおぉぉぉぉ!!」
 敵は丸腰だ。

 創面が拳を構え、
 足を踏み出す。

 遅すぎる。
 そして、遠い。
 ミーコはヌンチャクをしならせると――

「はああああああああああああああああああアアッ!!」

 前へ――――!

 ――――――――――――――

 ――――――――――――――――――――――ゴッ

「――――――――――!?」

 鈍い音。

 ミーコの体が吹き飛ばされる。
 ミーコが床に倒れると同時に、
 創面の右腕と血が宙に輪を描いて転がった。

◆ ◆ ◆

『アアアアアアアアァアアアアァァァァ――バババババババババ!!!』
「ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 創面は床に倒れこんだ。

 右腕の肘から先が無くなっている。
『て…てんめえぇぇぇ!!またやりやがったな!どこまで己を痛めつければ気がすむんだ!』
「がああっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁ!!」
 彼は右腕をトーフ化し、切り離したのだ。
 さながらロケットパンチのように!
 もちろん手芸者にこんな術は存在しない。

「のあああああああっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 創口は元々トーフ化していたため出血は少ない。
 かれこれ30分程転げまわっていたが、
 やがて立ち上がった。

 ミーコを見る。右腕は額に当たったらしく、拳の形にべこりとへこんでいた。
 海水に濡れていたせいだろうか。即死せず、かすかに息をしている。
「ハァ…ああ、即死させるつもりだったのに。かわいそうな事したな。…変な言葉だけど。」
『………………。』


【――ピンポンパンポン♪】
【おめでとうございます。小波漣選手死亡、熊野ミーコ選手戦闘不能により、一回戦第三試合の勝者は日谷創面選手となりました。】

 脳内に響き渡る美声。斎藤窒素の精神放送だ。
【日谷創面選手。その名の通り、素晴らしい断末魔の数々をありがとうございました――
「…ああ、ちょっと聞きたいんだけど。」
【はい、何でしょうか…。】
「俺、体の一部を失くしちゃったんだけど。これって治療できますかね?」
【…可能です。】
「良かった。あと、このマップで失くしたアイテムって戻ってくるんですか?」
 創面はどこかで服を脱ぎ捨てている。その時の記憶は殆ど無い。
【戻りませんね。試合終了までに回収する必要があります。】

「おっけー。それともう一つ…。」
 創面は窓ガラスの向こうを見やる。
 青い海―――――に浮かぶ、虹色の蛍光体。まだそれほど船から離れていない。
「ペットって、持ち物扱いなんですかね。それ、失くしたらどうなりますか?」


【持ち物と同様に戻りません。マップの初期化と同時に消滅します。】


◆ ◆ ◆

 救命胴衣をつけた創面が、ゴム製の簡易救命艇を海に下ろす。
『おいソメン。お前、何を考えている。』
 創面はそれには答えず、ぐったりしたミーコを抱きかかえる。
 血が足りない。右手が痛い。下半身はもっと痛い。
『その女は気絶している。もう試合は終わったはずだ。』
「俺が気絶した時も試合は続いてたろ。」

 審判に似たようなわがままを言って、試合を引き伸ばしてもらった。

「ミーコをあのイソギンチャクのところまで連れていって…そこで試合を終わらせる。」
『馬鹿な…。』
「あ。」
 服の回収を忘れた。
 次回から、待合室に置いてきたエプロンを着て挑むことになりそうだ…。
「まあ、いっか。」
 創面は柵に足をかける。
 飛び込む気だ。

『や、やめておけ…ソメン!傷だらけの体で海に飛び込んだりしたらどうなるか!
――――わからないのか!?おい!おい!おいおいおいおいおい!な――

―――――――――――――――――――――――

――――ちょっ……………やめっ――ソメン!お前は―――!どこまで―――――――ッぁ


――――ぁああああああああああああああああああああああああががががががががががg



ggggがggががっがっっっgががgga!!!―――――』



◆ ◆ ◆

「――それじゃあ『謀計リスクヘッジ』の効果は切れて無いと言うんだね。」
 会場の一室。絵画や彫刻などの装飾品が、そこが他と違う特別室で有ることを示している。
「ええ…。現に彼は今まで以上にやる気をだして下さいましたもの。」
 二人の少女がいくつものモニターを前にして、和菓子を食べている。

「ふーん。あ、そうそう。ここに来る前から聞きたかったんだけど。小野寺さんのあれって、彼女の能力…『勝利へのイメージ』の『補正』…だっけ。それにも対抗していたのかな?」
 ここに来る前というのは、大会が始める以前のこと。甘い和菓子が食べられると聞いて、この少女はやってきたらしい。
「そこまでは申しておりませんが…。ぼくの能力も似たようなものでしょう?何らかの影響はあったと考えるのが、当然ではありませんこと?」
 その返答に、そうだね。と何もかも知っていたかのように頷く少女。

 ――まあ、彼が小野寺さんの道具の一つになってくれたら、こっちも余計な心配しなくて良いから。ありがたいかもね…。

 モニターの一つには大海原。虹色の触手の上に少女を乗せ、その頭をトーフのように砕く創面の姿が映っていた。

◆ ◆ ◆
第一回戦第三試合 勝者:日谷創面


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