自由が丘の熱い夜

 

 

自由が丘の熱い夜

19歳の夏、ポストの中には同窓会と黒のゴシック体でくっきり書かれたハガキが入っていた。「行かないでいいや」。 それに気づいたのはゲームセンターから帰ってきた昼2時。そ う、僕は去年、いや3年ほど前から何も変わってない。世間からすればニート同然。自分でもぐうの音が出ないほどわかっている。

そんな醜い体たらくな生活にも慣れてきた2015年夏、僕はいつものようにパソコンの電源をつけた。爽やかなピンクのノートパソコンとは打って変わって風邪の通らない屋根裏部屋が僕の部屋だ。でも住み慣れればこんな部屋も快適に感じてしまう。

ポ ンポンポン....ポンポポン。スカイプを上げた途端着信がきて驚いた。しかも見慣れないアイコン、そしてmという変な名前。ん?おかし い。認証しなければかけられないようにしてるはず....「もしもし・・・」またリスナーのいたずらか、と思いながら無愛想な声で対応した。しかし、相手 の声で僕の心拍数は一気に加速した。この声覚えている。いや、忘れたくても忘れられない。忘れたくないのかもしれない。「mymrさん?!!」。

そ う、電話の相手はmymrさんだった。紛れも無い僕の元カノ。その時僕の頭には様々な疑問が駆け巡った。なんでかけてきたの?永遠にさようならじゃない の?学校は?そんな疑問を追い越して僕はこういった。「ひさし....ぶり.....」。当たり前なのかもしれない。あいさつをした。するとmymrさんは「う、うん....」。なつかしい。昔はよく寝落ち通話をしたものだ。

話を聞けばどうやら今の彼氏とうまく言ってないらしくヘラっていたそうだ。僕は自分でも最低な人間だとわかっている。けどしょうがない。直しようがない。 (今ならmymrを奪える.....)。心の中で確信した。わかっている。彼氏がいるというリスク。リスナーに叩かれるリスク。自分もメンヘラになるリス ク。どんなリスクがあっても気持ちは揺るがない。mymrともう一度......。

次の日、僕は長野に立っていた。持ち物はスマホ、財布、それから帰りのバスのチケット。それだけ。バス代はもちろんリスナーに貰ったお金。しかし罪悪感などなかった。長野は東京とは違い空気が綺麗で心も体も洗われた気がした。ガラスに映る自分の顔もすこしかっこよく見えた。もはやそこにじゃがいもの姿はなかった。誠実に一人の異性を想う19歳の少年がそこには立っていた。

バスを降りると一人電信柱に寄りかかりスマホをいじっている人影。やっと会える。あれはmymrさんに違いない。心が踊った。maimaiをしているような気分になった。「mymrさん!」ぼくは叫んだ。そこにいた人影はこちらを向いた。僕は走った。「mymrさーん!!」。ここからは覚えていない。

目 が覚めるとそこにはmymrさんが見えた。ベッドも見えた。けど僕はベッドには寝ていない。フローリングで寝ている。僕は何をしてたんだ?全身が痛い。 まさか会っていきなり?そんなことを考えた瞬間に僕は飛び起きた。体の細胞が逃げるように騒いだ。目の前には信じられない光景がうつっていた。mymrさ んの後ろに男がいた。

僕は目を凝らした。「おう、亜連!生きてたか?」。ふみやだ。松浦ふみや、僕をいじめた同級生の松浦ふみやがいる。 しかもmymrさんの家に。僕は何もしゃ べらずにその光景を理解しようと必死だった。しかしできるわけがない。こんな状況考えたこともない。なんだこれは?なにがあった?どうして?

「ほ らよ」キーンとした音が響いた。そしてその音の正体は僕の方に近づいてきた。僕の膝にあたって止まった。500円。「なに....これ?」その言葉は 500円に対してだったのか今の状況すべてに問いたのかは自分でもわからない。「お前覚えてないのか?昔パクったろ?悪かったな....」まったくわからない。なんなら疑問が増えたくらいだ。頭がパンクしそうだった僕は一番簡単に吐き出せる言葉を探した。探して探して「なんでここにいるの?」と言った。するとふみやは簡単に答えた。「東京のお前がここにいる。俺だって東京の人間だ。不思議じゃないだろ?」。昔と変わらず僕はこいつが嫌いだ。大嫌いだ。

長 い沈黙の後やっとmymrさんが口を開いた。「あれん.....久しぶり.....」。その声が聞こえた瞬間ふみやがいなくなっていた。夢だったのか。 僕は深呼吸をしてから、何があったのかをmymrさんから聞いた。「バス降りた瞬間に亜連こけて頭打ったんだよ!それで倒れちゃってさ!もう大変だったん だから!!」そうだったのか・・・。たしかにそんなことが起きてもおかしくないくらい興奮していた。だから僕はその話をすぐ理解して飲み込んだ。「ごめん」。とだけつぶやいた。

すると口に柔らかいものが触れた。わたあめ?それよりかは硬いがすごくふわふわして、すこし濡れていて。mymrさんが僕にくちづけをした。僕は日頃の自分、家族、リスナーに対するうっぷんをすべてmymrにぶつけるようにキスを返した。そのまま僕たちは一つになった。

暑 い.....体が焼けるほど暑い.....目が覚めると僕は裸だった。横にはもちろん裸のmymr。それとクシャクシャになったティッシュ。幸せだった。このまま時が止まればいいと思った。けど暑さで僕は起きた。するとmymrも目を開けてこう言った。「ぜーんぶ、絞りとったからね」。僕は恥ずかしさ と嬉しさが混ざった表情を浮かべ「あーね」。これしか思いつかなかった。このまま過ごせば幸せなのはわかっている。嫌なことから逃げてこの桃源郷のような 長野で過ごせばボーナス確定だった。しかし僕は帰ろうと決めた。東京に。自由が丘に。なぜそう思ったかは今でもわからない。なにか野生の勘と呼ぶべきもの なんだろうか。mymrも止めなかった。あっさりわかったとだけ言い家の前で手を振り僕を見送った。昔と変わらぬ笑顔で。

荷物を持って僕はバス停へ歩いた。僕の意識が途切れたバス停。バスに乗ると僕はすぐに寝てしまった。深い眠りに入った。途中サービスエリアにトイレ休憩で寄ったはずなんだろうが全く覚えていない。

起 きた時昨日と同じような感覚を覚えた。ここはどこで何をしていたのか、整理した。すべて思い出すと、僕はバスを降りて電車に乗ろうとした。「maimaiでもしてくか」。ひとりごとをつぶやきながらきっぷ売り場へ 行き、財布をポケットから出した。ん?感触に猛烈な違和感を感じ、財布を見た。紙幣がまったく入っていないのだ。五万はあったはず。どこかに落とした?使ってはない。バスに 慌てて戻り席を見回した。念の為に他の席もすべて見た。しかし落ちているのはペットボトルやお菓子のゴミだけ。落胆して僕はバスを降りた。このままでは帰れない。そう考えたのとほぼ同時に「あ!小銭!」そう言いチャックを開けた。その中には薄汚れた500円が一枚わずかに光っていた。その500円一枚でな ぜか紙幣がなくなったことも忘れたかのように安心してきっぷを買い自由が丘まで電車に揺られた。

しかし、不思議な一日だった。すべてが夢のように感じる。起こったことをリスナーに話そうと思い出そうとするがすべてが曖昧だった。電車はすぐに自由が丘 に着いた。いつもよりやけに静かな駅前を抜け、行きつけのゲームセンターへと足早に向かった。残った小銭で一回だけmaimaiをした。maimaiが終わり意味もなく店内をぐるっと周り外へ出た。その瞬間いきなり紙幣のことを思い出し、また 僕は落胆した。歩いて家に帰るまでに何回そのことを考えたのだろう。腹が立ったり、泣きそうになったり、どこに落としたのか必死に考えたり。家につくとママが出かける準備をしていた。夕方からどこに行くんだろう?聞こうと思ったがやめておいた。これは空気がそうさせた感じだった。

また薄汚れた屋根裏部屋に僕は帰ってきた。なんで帰ってきたのだろう。今になって後悔した。そういえばツイッターもろくに見ていなかった。開くとリスナーからの配信をしろという内容が何十件も来ていた。やっぱり長野にいたほうがよかったのだろうか?そうすれば配信をしない理由ができる。しかも毎日mymrと....僕はスカイプを立ち上げた。もちろんmymrさんに通話をしたかったからだ。昨日のお礼とそれから.....また行きたい。そう伝えたかった。

ス カイプが上がるとリスナーからのチャットが何件もきているのに気づいた。しかし、そんなのはどうでもいい。mymrさんと通話がしたいだけ。そのために スカイプを上げたのだから。しかしmというアカウントは見当たらない。おかしいと思い履歴を見た。するとm9という名前に変わっていた。僕はそれをクリッ クした。

そこにはmymrと松浦ふみやがキスをしているプリクラが写っていた。

僕はすべてを察した。思わずパソコンの電源を切った。涙なのか汗なのかわからないものが頬を伝う。

黒に染められたPCの画面にはぐしゃぐしゃになったじゃがいものような顔が映る。

セミの声が聞こえぬ自由が丘の暑い夜だった。

 

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最終更新:2015年05月05日 01:52