短歌行(漢詩)

登録日:2011/10/26(水) 01:53:13
更新日:2023/10/09 Mon 02:15:56
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短歌行(たんかこう)は、漢詩。曹操の作。赤壁前後に誕生したという。
酒席で高ぶる詩情を抑えきれず、即興で歌ったものとされる。


一般的に漢詩と言うと、唐代以降の技巧に富んで美しく、叙情的なものが知られているが、
短歌行から溢れ出る憂悶と情熱は力強く男らしく、
信じる臣を前に杯を片手に、月を眺めて歌う様を想像させる。

言わば、曹操が激情をそのままぶつけたような出来、つまり男のロマンの塊と言えよう。
人材マニア曹操の面目躍如である。



○内容
短歌行は二首で構成されているが、単に短歌行と言った場合たいてい一首目を指すので、
ここでは一首目を主に扱う。


以下に白文、書き下し、意訳を記す。

対酒当歌
酒に対しては当(まさ)に歌うべし
酒を楽しんでは是非とも歌おうではないか。

人生幾何
人生は幾何(いくばく)ぞ
人の寿命は、どれほどあるのか。

譬如朝露
譬(たと)えば朝露の如し
例えるなら露のように儚いものだろう。

去日苦多
去りし日苦(はなは)だ多し
去った日ばかりが多いではないか。



慨当以慷
慨(がい)して当にもって慷(こう)すべし
それを思って慨嘆すれば、高ぶりは止まることがない。

幽思難忘
幽思忘れ難し
心配事はなかなか胸から去らないものだ。

何以解憂
何をもって憂いを解かん
この憂いは何で晴らせばよいのか。

唯有杜康
唯(ただ)杜康(とこう)有るのみ
酒だ、酒以外には何もない。



青青子衿
青青たり子(し)が衿(えり)
若き才子を、

悠悠我心
悠悠たり我が心
恋い焦がれるようにどきどきと私は思ってきた。

但為君故
但(ただ)君の為の故に
ただ君の為だけに

沈吟至今
沈吟して今に至る
今このようにして歌っているのだ。



幼幼鹿鳴
幼幼として鹿鳴き
鹿がゆうゆうと鳴き、

食野之苹
野の苹(よもぎ)を食らう
仲間を集めてからよもぎを食べるように、

我有嘉賓
我に嘉賓有らば
私にも賓客があれば、

鼓瑟吹笙
瑟(しつ)を鼓し笙(しょう)を吹かん
楽奏してもてなそう。



明明如月
明明として月の如きを
月のようにあかあかと輝くものを

何時可摂
何(いず)れの時に摂るべきか
手に入れられるのはいつだろう。

憂従中来
憂いは中より来たりて
そう思うと不安が胸中から起こり、

不可断絶
断絶すべからず
止まることを知らないのだ。



越陌度阡
陌(はく)を越え阡(せん)を度(わた)り
東西南北からはるばると、

枉用相存
枉(ま)げて用(もっ)て相存せば
わざわざ私を訪ねてくれたのだ、

契闊談讌
契闊(けっかつ)して談讌(だんえん)し
杯を交わして心行くまで語り合い、

心念舊恩
心に舊(きゅう)恩を念(おも)う
昔のよしみを暖めよう。



月明星稀
月明らかに星稀(まれ)に
月が輝き星は薄れ、

烏鵲南飛
烏鵲(うじゃく)南に飛ぶ
かささぎは南へ飛んだ。

繞樹三匝
樹を繞(めぐ)ること三匝(そう)
木を何度も回り、

何枝可依
何れの枝にか依(よ)るべけん
とまる枝を探して困っている。



山不厭高
山は高きを厭(いと)わず
山は高さを拒まないから高くなり、

海不厭深
海は深きを厭わず
海は深さを拒まないから深くなる。

周公吐哺
周公哺を吐きて
周公は食事を中断してでも客を拒まなかったという。

天下帰心
天下心を帰(き)す
だからこそ周公は天下の人心を集めたのだ。私もそうありたい。


(了)


備考:文中「摂」は「手へんに又四つ」、「幼」は「口へんに幼」が原文表記。旧仮名遣いは使用していない。


一応これで書き下しと訳を記したが、詩の解釈は多様であり、
書き下しにも人によって差が出るので鵜呑みにはしないでいただきたい。




っつーかそんなこまけぇことはいいんだよ!!この熱さが伝われば!!曹操ファンなら感涙だから!!ヤバい。短歌行ヤバい。
短歌行短歌行短歌こうわあああああああ!!オレの思いよ孟徳に届け!!




落ち着いたところで解説が必要と思われる各所について。

  • 「青青~我心」「幼幼~吹笙」は当時の教養書『詩経』に収録されている詩の本歌取り。
    「青青~」は元となった詩に「遠くの恋人への慕情」という解釈がある。また、青い衿は若い学生のトレードマークだった。

  • 「山不~厭深」は、不世出の宰相である管仲の言行録『管子』にある、
    「山は土を厭わず(中略)海は水を厭わず(中略)明主は人を厭わず」をもじっていると考え、上記の訳とした。

これら以外にも出典のある表現がちらほら見られる。短歌行に興味を持った方は、是非調べてほしい。

古の詩文でこのように詠われていた情景や感情が、今まさに自身の想いと重なっているのだ・・・といったニュアンスであれこれ詠い込んでいる、と考えてよいのではないか。


○謎?
  • 「明明如月」
何が月の如く明るいのか、文中では指すものがない。
文章の流れは「まだ手に入れていない人材」ということになるが……解釈の余地は残されている。

  • 「月明~可依」
人材への想いを語るなかで出てくる風景描写。
一見酒席が長引いたことを表しているようにも見えるが、
その後は周公の話であり、周公の話に続く二首目は、
「周の文王は天下を統一する力があっても礼節を守って帝に反乱しなかった」
「斉の桓公は戦争をせずに天下を安定させ、天子から特別扱いされたが礼を外さなかった」
「晋の文公は力で平和をもたらしたが、天子に対して礼を欠いた」
という内容なので、冷静に見ると浮いている。

全体の流れを見るに、来る人材を拒まないという曹操の意志が見える。

更に二首目からは、戦わずに天下を治めることと、天子の権威を守ることへの願いが読み取れる。
ここに短歌行の歌われた時期と、
「君主を樹、人材を鳥」と例えることが多くあることを重ね合わせれば、

もしかすると南に飛んだ烏鵲とは劉備や孔明のことではないか、
曹操は本心では劉備と戦う気は無かったのではないか、読み解ける。

ただしこの解釈だと「月明星稀」がやはり他と結び付かないままなので、
まだまだ妄想を挿し挟めそうだ。




曹操がこの詩に何を籠めたのか、それは曹操本人にしか分からないのだろう。
しかし、たとえ細かい部分に理解が行き届かなくても伝わる物がある
――それが短歌行の魅力ではないだろうか。
曹操という人物を多くの人が理解する鍵を、詩という形で曹操は遺したのであって、
「人々からの理解」という月のように輝く宝物を、曹操は手にしようとしたのかもしれない。
もしそうなら、それは現代においても、あなたの手へと続いている。













対項目当追記修正
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譬如朝露
ラグナロク苦多

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最終更新:2023年10月09日 02:15