地獄八景亡者戯(古典落語)

登録日:2019/03/20(Wed) 04:45:00
更新日:2022/05/30 Mon 15:14:04
所要時間:約7分で読めます



地獄八景亡者戯(じごくばっけいもうじゃのたわむれ)は落語の演目。主に上方落語で演じられる。地獄八景亡者の戯れと表記されることもある。
第二次大戦後の上方落語の衰退期に演者が途絶えて滅びかけていたが、人間国宝の故・三代目桂米朝が記憶と文献を頼りに復活させ、現在に伝えられる。
現在では古典落語、特に上方落語における屈指の大ネタとしてお馴染み。



概要

亡者たちが冥土を旅する、上方におけるいわゆる旅ネタの一つである。
まず特筆すべきはその長さ。普通に演じれば1時間は軽く超え、7~80分にも及ぶと言うとんでもない長丁場のネタである。
しかしこの話、これだけ長いのにストーリーとか起承転結といったようなものは一切ない。1時間以上ものあいだ、冥土を旅しながらその先々でひたすらバカバカしいギャグを展開するという、他に類を見ないナンセンスかつカオスな噺である。
この噺を得意としていた故・桂吉朝いわく「この噺から冗長な部分を削ったら、数分しか残らない
またその時々における時事ネタ、風刺、パロディなどをふんだんに盛り込むのがお約束となっており、同じ演者であっても二度同じ形で演じることがないとうのも、この演目の大きな特徴の一つである。

数十名にもおよぶ多様な人物を演じ分けねばならず、自前のギャグのセンスまで求められるなど、演者に求められる力量はとてつもなく大きい。
さらに1時間に差し掛かったあたりから身体を大胆に使う場面が増えるため、体力的な負担もかなりのもの。
「笑い」に重きを置いている上方においては「これが演じられれば名人上手」というような位置づけになっている。
また上方特有の『ハメモノ』と呼ばれるお囃子や鳴り物が、BGM・SEとして多用されるのも特徴の一つ。下座にとっても難しい噺である。

そんなこの噺を十八番とした落語家といえば、やはり滅んでいたこの噺を復活させた桂米朝であろう。
米朝一門ではお家芸として扱われており、ネタ下ろしには多大なプレッシャーがかかる。

なお江戸落語においても地獄八景の江戸版とも言える『地獄巡り』という演目があり、代々の三遊亭圓遊らが演じているが、時間も短くほとんど別の演目と言ってよい。



あらすじ

※もっともスタンダードと思われる桂米朝の口演を基に記述するが、そもそもこの噺は演者によるバラつきが非常に多く、省略されていたり下記にないくだりがあったりするので注意。

この噺は大きく分けて前半と後半に分かれる。

とある男がサバに当たり、ふと目を覚ますと亡者の世界にいた、というのがこの話の始まり。この男が生前知り合いだった伊勢屋の隠居と二人連れに。この二人連れが主人公かと思いきや、すぐフェードアウトする。
次いで娑婆世界を遊び尽くし、いっそあの世でも旅しようとフグを食べて死んだという大金持ちの若旦那とその取り巻きの太鼓持ち、芸者らの一団も登場。
一同は閻魔のお裁きを受けるために歩みを進める。
若旦那は、亡者の着物を剥ぎ取るという奪衣婆のことが心配になり、三途の川岸の茶屋の娘に相談を持ちかけるも、そんなのがいたのは遠い昔の話であるとのこと。奪衣婆がその役目を降りた経緯が時事ネタを交えて述べられる。

三途の川の渡し船にのると、船頭の鬼がそれぞれの死因にちなんだダジャレで渡し賃をぼったくる。

対岸へと渡ると、六道の辻から伸びる冥土最大の繁華街『冥土筋*1』で、芝居小屋や寄席を見物するくだりへ。その時々の演芸界や芸能界における時事ネタ・メタネタがふんだんに盛り込まれる腕の見せ所である。
続いてお裁きを受ける際に罪が軽くなるという念仏を買いに。ここでは宗教をモチーフにしたギャグが展開されるが、新興宗教を皮肉ったブラックユーモアを交えることも多い。

見物を終えると舞台は閻魔の庁へ。このくだりは政治家やお役所への風刺になることが多い。
閻魔様へ通じる門が開くと、皆が一様に歩みを進める。
――自ずからなる威厳に打たれて皆が静まり返り、ただ罪人を攻め立てる音が聞こえ、視界には罪人を攻める恐ろしい道具の数々が――このバカバカしいこと極まりない噺で唯一と言っていいシリアスなシーン。

そしていよいよ閻魔が恐ろしい形相で登場し、お裁きが始まる……
が、先代閻魔の千回忌にちなんで一芸に秀でたものは極楽へ送られるという特別な計らいによって、極楽行きをかけた一発芸大会へ。各々非常に下品で芸とも言えないようなくだらない真似をしては閻魔の怒りを買い地獄送りに。


ここまでがだいたい前半とされる。


さて閻魔のお裁きの最後に医者の山井養仙(やまいよ うせん)、山伏の螺尾福海(ほらお ふくかい)、軽業師の和屋竹の野良一(わやたけの のらいち)、歯抜き師の松井泉水(まつい せんすい)の四名が呼び止められ、それぞれ生前の罪*2で地獄へ送られることに。
しかしなんといってもこの四人がクセモノ。
熱湯の窯で茹でられそうになると、山伏が印を結んで湯を冷まして心地よい湯加減に。
針の山に登るよう命じられると、足の裏が石のように硬い軽業師が全員を担いで登りきってしまう。

業を煮やした閻魔は人を食べるという恐ろしい人呑鬼を呼びつけ、四人を食わせようと目論む。
しかし歯抜き師が機転を利かせて「虫歯があるから抜いてやる」と言いくるめ、歯をすべて抜いてしまう。四人は丸呑みはされたが噛まれずにすんだため、生きたまま人呑鬼の体内に。

ふと体内を見るとたくさんの紐や袋を見つける。
医師いわくそれらは身体のあちこちに繋がっているのだという。医師の言うとおりに紐を引っ張ってくしゃみをさせ、笑わせ、腹痛を起こし、屁を放り出させ、人呑鬼の体内でやりたい放題し始める四人。
困り果てた人呑鬼は肛門からひり出してやろうとするが、人体に詳しい医師の知恵によりどうしても出てこない。
ついに人呑鬼は閻魔大王のもとへ駆け寄り……



「閻魔大王様、ワシはもうあんたを飲んでしまうほかない」


「ワシを飲んでどうするのじゃ」


「大王(大黄)飲んで、下してしまうのや」*3





余談

さてこの後半の四人が地獄でやりたい放題する場面、既視感のある方も多いのではないだろうか。この後半部分は『じごくのそうべえ』という絵本のモチーフになっていて、現在も子どもたちに親しまれるロングセラーとなっている。
また、後半部分は『まんが日本昔ばなし』で『地獄の暴れ者』としてアニメ化されている。

本作の後半部分をモチーフにした物語は大まかな内容は大体同じだが、最後はやりたい放題されて耐えかねて生き返らせる展開が追加されている。
人呑鬼が閻魔大王に役割を奪われる形でオミットされていたり、医者たちが興味本位で地獄に上がり込んできたりとしているバージョンもある。

後半に登場する軽業師の和屋竹の野良一は、東の旅こと伊勢参宮神乃賑の演目『軽業』にも同じ名前が登場する。この両者が同一人物と考えられることから、この噺も東の旅のスピンオフ、もしくは東の旅の一部とする見方もある。

あまりに長いため近年では一部のみが演じられることも増えている。
しかし米朝の長男である桂米團治が語ったところによると、米朝は省略して演じることには反対していたそうである。この噺はあくまで旅ネタであり、お客さんと一緒に地獄を体験するのが醍醐味であると主張していたそうだ。

現在となってはサゲが分かりにくいため、サゲを変えて演じる噺家も一部に見受けられる。
有名なところでは故・桂枝雀は閻魔が「鬼の体内から出てきたら極楽へ送ってやる」と騙して四人を呼び出したところ、嘘をついた罰で地獄の鬼に舌を抜かれてしまうという見事なサゲで演じている。

閻魔大王に芸を見せる場面では、演者自身がそれぞれ特技を披露することがある。筆者の知る限り、桂吉朝は噺家の形態模写(高座に上がるときのモノマネ)、桂枝雀は動物のモノマネ、月亭文都はハーモニカの演奏を披露した。
歌唱力に定評のある桂吉弥は、公演の前に亡くなった歌手の曲をカラオケに合わせて歌うことがある。2019年にサンケイホールブリーゼで行われた『吉弥十八番』ではテンプターズのエメラルドの伝説をフルコーラス熱唱した。

米朝の没後、追善芝居として一門総動員で舞台化された。一門の噺家のほか、三倉茉奈、DA PUMP、OSK歌劇団トップスターの桜花昇ぼる&洋あおいらが出演する豪華キャストで演じられ、大好評で幕を閉じた。

宝塚歌劇団の落語をモチーフにしたコメディミュージカル『ANOTHER WORLD』は地獄八景亡者戯から引用したギャグがふんだんに盛り込まれるているそうな。



出版状況

筆者が確認した限り、2019年現在DVDで視聴可能なのは桂米朝、桂枝雀、桂文我、桂雀々、立川生志のもの。立川生志は江戸落語の落語家だが「地獄巡り」ではなく、ハメモノなども交えて上方の様式をそのまま江戸弁で演じている(稽古をつけたのは桂吉弥)。
映像ではないが桂吉朝、桂文珍が演じたものがCDとして販売されている。
興味のある方はぜひ手にとってはいかがだろうか。


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最終更新:2022年05月30日 15:14

*1 大阪の御堂筋のもじり。「みどう」とも「めいど」とも聞こえるように発音するのがミソ

*2 医者は助かる病人をも殺し、山伏は訳の分からない事を言って人心を惑わし、軽業師は人々の頭上で芸を披露し、歯抜き師は健康な歯まで抜いたらしい。また、バージョンによっては生前の罪が明言されており、医者に適当な事を言われた挙句、処方された薬を投与した事が原因で死亡したという人もいる。

*3 大黄というかつて使われていた下剤にちなんだものだが、現在ではあまり馴染みがないためやや分かりにくいものとなっている。