八つ墓村

登録日:2019/1/3(日) 19:37:00
更新日:2024/04/04 Thu 23:00:51
所要時間:約 5 分で読めます






八つ墓村へ帰ってきてはならぬ。おまえが村へ帰ってきたら、26年前の大惨事がふたたび繰り返され八つ墓村は血の海と化すであろう。





概要

「八つ墓村」は横溝正史の長編推理小説で、金田一耕助シリーズの一つ。
実在の事件を下敷きに山村の根深い因習や落武者の祟り、宝探し等の多くの要素を織り混ぜた独特の作風は後世のミステリーに大きな影響を残した。


あらすじ

終戦後の神戸で天涯孤独の身で暮らしていた青年寺田辰弥は、ある日自分を探すラジオ放送が流れていることを聞きつける。
探し主である弁護士の下を訪れると、自分は岡山県は八つ墓村にある旧家「田治見家」の人間で、そこの跡取りの位置にいることを聞かされ、
後日に肉親の祖父(母方で田治見家の者ではない)と引き合わされるが、会って早々に祖父は口から血を吹いて死んでしまった。
それから程なくして、辰弥は名前すら知らなかった生まれ故郷に舞い戻るが、そこで自分の身の回りの人間が死んでいく奇妙な事件に巻き込まれる。

舞台

本作の舞台である八つ墓村は岡山県と鳥取県の県境にあり、田畑はそうでもないが炭焼きと牛飼いで栄えている辺境の山村である。
この「八つ墓村」という気味の悪い名前になった発端は、戦国時代にまで遡る。
尼子義久の家臣だった8人の落武者たちが財宝とともに逃げ延びてきて、村人たちは彼らを歓迎してかくまっていたのだが、やがて毛利氏による捜索が厳しくなるにつれ災いの種になることを恐れ、また財宝と褒賞に目がくらみ、武者達を皆殺しにしてしまう。武者大将は死に際に「この村を呪ってやる! 末代までも祟ってやる!」と呪詛の言葉を残す。
その後、村では財宝を探す者達が怪事に巻き込まれるなど奇妙な出来事が相次ぎ、しまいに村の頭だった田治見庄左衛門が発狂して村人7人を殺して自分も自害するなどの惨事となり、祟りを恐れた村人たちは野ざらしになっていた武者達の遺体を手厚く葬るとともに村の守り神とした。これが「八つ墓明神」となり、いつの頃からか村は「八つ墓村」と呼ばれるようになった。

時は下って大正時代、庄左衛門の子孫である村の旧家「田治見家」の当主が発狂し、村人32人を殺す前代未聞の事件が発生。
奇妙なことの積み重なりで村人達は深い因習に囚われていた。


◆登場人物

【主役】

  • 寺田辰弥
本編の主人公。7つの時に母を亡くし、以後は父親に育てられるも彼は実父ではなく母親の連れ子だという事を知っていた。
諏訪弁護士の捜索で「君は要蔵の息子で田治見家の跡取り」として、八つ墓村に呼び戻される。

私立探偵。じっちゃん。


【田治見家の人々】

「東屋」と呼ばれる村の分限者(金持ち、資産家)の一族。
元々近隣の山林を支配する大地主で、戦後の農地改革の際にも山林が対象外だったので西屋と違い勢力を失わなかった。
近代以後は牛を放し飼いにする牧畜も始めており、下記の要蔵が逃亡後、彼によってこの放し飼いの牛が食い殺されていたという恐ろしい*1エピソードが語られている。

  • 田治見小梅・田治見小竹
一卵性の双子の老姉妹。辰弥の大伯母。両親を失った要蔵を育てた。
辰弥が跡取りとなることを望んでいる

田治見家先代当主。
本編の約27年前*2、妻子がありながら井川鶴子を無理矢理、自分の妾にした。
それでも大正11年の9月に鶴子が子供(辰也)を産んだときは素直に喜んだものの、半年ほど後(後述の凶行は4月下旬)に辰弥の父親が亀井陽一という噂を聞いて、鶴子と辰弥に暴行。
鶴子母子が家出して10日余り後、「見つからないのは村中で鶴子の味方をしている」と思い込み*3、猟銃と日本刀で武装して32人を虐殺し、山の中へと姿を消した。

  • 田治見久弥
要蔵の長男で、田治見家当代当主。 なお、やつれていること以外は父親に瓜二つ。
末期の労咳(肺結核が進み肺壊疽に達している)で先がないことを理由に辰弥を探していた。
薬とすり替えられていた毒によって病死に見せかけて毒殺されてしまう。二番目の犠牲者。
死に際に辰弥に「ほんまにええ男やな…。田治見家でこんなええ男が産まれるとは…」と意味深な台詞を残す。

  • 田治見春代
要蔵の長女。
1度嫁いだが、病気で子供が産めない体となったため離縁され、実家に戻って小梅、小竹の身の回りの世話をしている。
美人で良識のある人だが、「弟」である筈の辰弥に惹かれていく。

【里村家の人々】

田治見家の分家筋(母方の里村家を継いだ要蔵の弟)の一族。
小竹&小梅は「兄よりすぐれた弟なぞ存在しねえ!」というような考え方だったので、上記の(兄より優秀だった)要蔵の弟を嫌っており、
久弥もその影響を受けて自分が死んでも慎太郎には跡を継がせたくないと思っていた。

  • 里村慎太郎
要蔵の甥。元軍人(階級は少佐)。
里村家は没落し現在貧しい暮らしを送っているがプライドが高く、後述の美也子から恩義を受けれる立場なのに断っており、自力で事業を立ち上げる計画をしている。
なお、要蔵の弟はすでに故人であり、他の親戚の久野恒実より彼の方が近親者なので要蔵の子供が全員死ねば、小竹&小梅が反対しても彼が田治見家を継ぐことになる。

  • 里村典子
慎太郎の妹。26年前の事件のさなかに8か月で生まれた。天真爛漫な性格。

【その他の人物】

  • 井川丑松
辰弥の母方の祖父。
田治見家の使者で、法律事務所で辰弥と再会するが、何者かがぜんそく薬のカプセルに毒を混入しており、それを飲んで死んでしまう。
最初の犠牲者。

  • 野村荘吉
「西屋」と呼ばれる村の分限者だった一族(戦後農地改革で農地を失い没落)。美也子の亡き夫・達雄の兄。

  • 森美也子
荘吉の義妹で、未亡人。
慎太郎の助言で戦後財産管理をしっかりしておいたので、西屋没落後も彼女は金銭的に余裕があり、慎太郎の事をよく思っており、
典子曰く「兄さんが頼めば美也子さんは必ず助けてくれる」が、慎太郎は彼女に頼ろうとしないので彼女も協力できないらしい。

  • 長英
麻呂尾寺の住職で英泉の師匠。老齢で中風にかかり、伏せっている。

  • 英泉
長英の弟子で、長英にかわって麻呂尾寺のことを取り仕切っている。度の強い眼鏡をかけている。
洪禅の死後、辰弥が自分を殺そうとしていると疑ってしまう。

  • 洪禅
蓮光寺の若い住職。
三番目の犠牲者で、酢の物に混入されていた毒で死んでしまう。
それを運んだのがたまたま辰弥だった(+辰也だけ自分の酢の物を食べてなかった)為、また辰弥は疑われる羽目に。

  • 妙蓮
通称「濃茶の尼」。
要蔵の32人殺しによって家族を殺され、気が触れてしまった女。
迷信深く八つ墓明神の祟りを恐れている。手当たり次第他人のものを盗む癖があるため、村人達からは疎まれている。
梅幸尼の死後、何者かに崖から突き落とされて死亡。5番目の犠牲者。
なお、これまでの殺人はいずれも「村で対になるものの片方が死ぬ」であったが、
この時だけはすでに「尼」の梅幸が殺されたにもかかわらず、彼女も殺されてしまった…

  • 梅幸
慶勝院の尼。妙蓮とは対照的なきちんとした尼で、村人の人望もある。
辰弥の「ある秘密」を知っており、それを密かに打ち明けようとしていたが、その矢先、洪禅と同じ方法で殺されてしまう。4番目の犠牲者。

  • 久野恒実
村の診療所の医者で、田治見家の親戚筋(要蔵のいとこ)。
しかし医師としての腕は心もとなく、診療所の薬品管理も杜撰である。
それでも戦前は他に頼るもののない村人たち(田治見家なども含む)からは敬われていたのだが、戦後下記のサービスも腕前もいい新居医師が来たことで、
患者が向こうの方に行って彼の診療所は閑古鳥が鳴く状態になり、子供もたくさんいるので生活が困窮。身内の情けで久弥の主治医を任されていた。
中盤、ある手記を残して行方不明となり、警察から最重要容疑者として疑われるが…

  • 新居修平
疎開医者。確かな技術と円満な人柄で、村人の信頼を得ている。

余談

  • ネット上ではよく犬神家の一族(特にスケキヨ)と混同され、 両脚を八の字に突き出しさかさまに突っ込む図式 に「八つ墓村」とキャプションがつけられることも。
    • ただし逆パターンは少ない気がする。

  • 映像化されると「〇〇(犯人か辰弥のことが多い)が落ち武者の末裔」という設定がつくことが多いが、実は原作でも要蔵の32人殺しの事件についてはこれを匂わせる描写があり、要蔵の逆恨みとはいえ事件の火種になった鶴子の恋人だった男の名は「亀井洋一」というのだが、尼子氏の重臣に「亀井氏」というのがいるため、実際に血縁があったかはさておき村人が連想した可能性は大いにありうる。

追記・修正お願いします

この項目が面白かったなら……\ポチッと/

+ タグ編集
  • タグ:
  • 八つ墓村
  • 小説
  • 岡山県
  • 金田一耕助
  • 横溝正史
  • 金田一耕助の事件簿
  • 虐殺
  • 津山事件
  • 小説
  • 岡山県
  • ミステリー
  • 旧家
  • 屋敷
  • 悪夢
  • 祟り
  • 鎧武者
  • 鍾乳洞
  • 死蝋
  • 因習村

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2024年04月04日 23:00

*1 要蔵は同じように凶行を働いた先祖と違い「自害する気など毛頭なく、必死に生き延びようとしていた。」ということ。

*2 冒頭部で『八つ墓村』本編部分で辰也が「(数え年で)27歳」と言っている、数え年は生まれてすぐ1歳で新年になると+1歳なので妊娠期間を考慮すると鶴子がさらわれたのは27年ほど前。

*3 原作中では要蔵の心理描写はないが、比較的初期の影丸譲也の漫画版(講談社)などではこの解釈になっており、要蔵が「わしの鶴子をどこへ隠した!」と言いながら村人を殺す場面がある。