ナーガ(インド神話)

登録日:2018/10/22 Mon 01:57:40
更新日:2023/12/11 Mon 17:22:23
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■ナーガ(竜)

『ナーガ(Nāga)』は古代インドに起源を持つ蛇神。
水に関わる信仰を持つ河川の神でもあり、女性形のナーギニー(ナーギィ)は、そのまま河川の意味としても通じるという。
古代オリエントでは生命の象徴たる水は全て母なる女神に喩えられており、シヴァが受け止めたガンジス川の化身であるガンガー女神や、弁才天として知られるサラスヴァティー女神もナーギィと呼ばれていたと云う。

インド神話ではヒンドゥーと、その前身となるバラモン教に於いて言及されるが、バラモン時代とヒンドゥーでは扱いに温度差があり、アーリヤ人による階級差別の視点の変化が見てとれる。

仏教では「」として、仏法守護の為に帰依した護法善神の一つとして天竜八部衆の一氏族に組み込まれている。

本来は、同地に生息するコブラを畏怖することから生まれた毒蛇を神格、精霊として捉えた蛇神であったが、
中国ではナーガを「竜」と訳し、古来より伝わる天候を自在に操る蛇身の「龍」の伝承と混同していった。

これにより、インド由来の強大なナーガ(蛇)・ラージャ(王)(竜王)は龍神となり、中国経由で仏教が伝来した日本でも八大竜王を初めとした龍神が信仰されるようになった。
道教の龍王達の特徴もインドのナーガ・ラージャと共通しており、成立までに多くの影響を受けたことを想像させる。

ただし、インド神話に於いても太陽を遮っていた強大な悪竜ヴリトラがナーガの眷属と捉えられるようになったり、中国の龍にも天の相を操る水神としての属性があったりと、元より混同されるに足る共通点は見出だせる。
日本でも土着の蛇神の伝承が仏教の龍神と関連付けられていった経緯があり、中国での伝承をも合わせて、天候を操り、大海をも支配する水神としての属性を獲得するに至っている。


【インド神話】

現在のインド北東部からミャンマー西部にかけての地域に由来を持つ土俗神で、バラモン教やヒンドゥーでは本来の信仰からは外れた地方神の一つである。

ゲーム『女神転生』シリーズ等では、上半身が人間のギリシャ神話のラミアの様な姿で描かれているが、前述の様に元来はリアルな意味でコブラを神格化した概念なので、現地では普通に蛇として顕されることの方が多いという。

ただし、神の類として巨体や七頭で顕される等して現実のコブラとは現在では区別されているようだ。

ナーガ達の王をナーガ・ラージャ(ナーガラジャ)と云い、これはコブラの幅の広い頭から連想されたと考えられている。ヒューッ!

古代オリエントに共通するイメージにより、蛇は陰気に属する危険な不浄の生き物であると同時に、絡み合い生命を生み出す多産と、脱皮を繰り返して生まれ変わる不老不死の象徴であった。

インドでも蛇は忌避されると同時に生命の象徴であり、ヨガ修行により沸き上がる生命の本質のイメージは蛇にして女神であると喩えられている。
その蛇をクンダリニー(螺旋を有する者の女性型)と呼び、或いはシャクティ(性力)女神ともいう女性原理である。

創造と破壊の神シヴァは毒蛇を首にかけたり武器としているが、シヴァは理想のヨガ修行者として、生命の本質たるクンダリニーの相手役となる男性原理であり、神話に於けるシヴァ神妃はクンダリニー=シャクティたる女性原理のシンボル化と修行者から捉えられる。

シヴァは、元来は陰気を従える不浄と悪霊の王でもある。
そんなシヴァが立ち現れるとされた場所は暗く、じめっとした人に不吉を予感させる場所であり、蛇(ナーガ)はそんな所に住んでいたのだ。
ヨガ修行者はシヴァとの合一を目指し、全身に灰を塗り毒蛇を巻き付けることもある。

以上がシンボルとしてのナーガの概説であり、ここからは神話に於けるナーガの姿を紹介する。
ヒンドゥーでは最下層の地下世界パーターラに棲んでいるとされ、蛇を食らう猛禽の神格化であるガルーダと敵対し、この対立の構図は仏教にも持ち込まれている。
パーターラは異名をナーガローカと云い、これは「ナーガの棲む所」という意味である。

また、前述の様にナーガを思わせるアスラ族のヴリトラがインドラに打破されたという神話や、ガルーダの神話にてナーガが敵対する悪役として描かれていることからも解るようにアスラヤクシャと同様にアーリヤ人により追いやられた土着の古い神々であり、その信仰の大本はアスラ等と同様にインダス文明より遥か以前の文字の記録も残っていない時代からと想像されている。

その一方で、仏教が興りバラモン教がヒンドゥーに移る頃にはナーガの扱いに変化が起きており、ヒンドゥーでは二大神であるシヴァは前述の通り蛇を使い、もう一方のヴィシュヌも千の頭を持つナーガ・ラージャのアナンタ竜王を象徴としていることで知られている。

仏教でも修行中の釈尊を守ったムチャリンダくん竜王の名が伝えられ、後には釈尊が誕生した時には調子に乗るな頭を冷やせと竜王が甘露の雨を降らせたとする伝承が生まれている。
そもそもナーガの信仰が起きた地域にはナガを自称する様々な部族の人々が今でも棲んでおり、彼等はシャカ族とも血縁があったとも言われる。
シャカ族は日月を信仰する農耕民族で、矢張りインダス文明以前より伝わる光明神アスラを信仰していたと想像されている。


【代表的なナーガ・ラージャ】


■カドゥルー

自らの望みにより千のナーガを生んだと言われる、ダクシャ(シヴァの最初の妻サティーの父親で、度を過ぎたシヴァ嫌いからサティーの焼身自殺を呼んだ親父)の娘の一人。
姿はナーガとされていないが全てのナーガの母親である一方、ナーガ族にとっては滅亡寸前となる状況を二度も呼び込んだ駄目な母ちゃん。
妹のヴィナターと、負ければ相手の奴隷にならなければならないという賭け事*1を行い、イカサマの為に子であるナーガ達を使ったが、言うことを聞かない子供が多かったことから軽い気持ちで子等に呪いをかけ、その呪いがナーガの毒を恐れたブラフマーを喜ばせたのもあったのか後の世まで作用し続け、タクシャカの代では危うく一族が滅びかけた。
また、イカサマをして奴隷にしたヴィナターの子がガルーダであり、生まれた時より奴隷の身である己と、長きに渡り奴隷のままの母の境遇を不憫に思っていたガルーダにうっかりと真実を漏らしてしまったことにより怒りを買い、神々を圧倒した後に祝福を得て不死の肉体を得て奴隷から脱したガルーダにナーガを餌とすることを希望させることにもなってしまった。

■ムチャリンダ

菩提樹を根城としていたナーガ・ラージャで、やって来た釈尊が偉大な聖者であることに気付くと自主的に釈尊を守り、激しい嵐の折には自らの身体を七回巻き付け、七日間に渡り釈尊を守ったと伝えられる。

■ヴァスキ

千の頭を持つナーガ・ラージャで、地下世界パーターラの王。
ディーヴァ(神)とアスラ(悪魔)が霊薬アムリタを作る為に新たなる天地開闢の為の乳海攪拌を行った際に、その中心となったヴィシュヌの変化した大亀の上の大曼陀羅山に絡み付き、綱の役割を果たしたと言われる。
しかし、旧世界を消滅させ、様々な思惑も絡んだ千年を越える大仕事はさしもの竜王にも荷が重く、引っ張られてる途中で苦しみの余りに毒を吐いてしまい、危うく世界を滅ぼしかけるが、気づいたシヴァが呑み込むことにより事なきを得たと云う。
喉が青黒くなったシヴァの図は、この時の姿を描いたものである。

■アナンタ

地下世界パーターラの最下層より世界を支えていると言われる最古のナーガ・ラージャであるアーディ・シェーシャの異名であり、千の頭を持つ大蛇である。
名は『永遠』や『無際限』を意味するとされる。
シェーシャがウロボロスの如く、自らの尾を咥えた円環の姿をしている状態がアナンタであるともいう。
パーターラの王であるヴァスキも千の頭を持つことから、両者は同一視される。
ヴィシュヌの象徴として知られ、混沌の海であった頃に船替わりにした時以来、ヴィシュヌの果てしない瞑想はアナンタ竜王に抱かれる形で行われている。
宇宙が世界が終焉を迎えた時、アナンタ竜王とヴィシュヌだけが残り、ヴィシュヌの果てしない瞑想が再度始まるとされる。

■タクシャカ

ナーガの内で最も狡猾であったと言われる。
ナーガではあるが、インドラの友人でもある。
古代インドの英雄アルジュナの孫であるパリークシット王を噛み殺した。
……これは、王が神仙に対して失礼な行いをしたことにより掛けられた呪いによるものだったのだが、これを受けて、カドゥルーの呪いにより王の息子であるジャナメージャナより報復され、危うく一族毎に葬られそうになったのをインドラの許に逃げ込むことで免れている。
呪いに呪いが作用した感じで、タクシャカの意志では無かったのかもしれないが散々である。



【仏教】


悟りを開き汎インド的運命論から解脱したシャカ族の聖者=釈尊が生んだ仏教にもナーガは他の土着神と共に取り入れられた。
ムチャリンダ竜王の説話を引用するまでもなく竜(ナーガ)の仏教に於ける役割は多い。

特に有名なのが法華経に登場する八大龍王で、彼等は釈尊の導きにより観世音菩薩の働きに触れ、阿耨多羅三藐三菩提(無上正等正覚)を得て護法神となったと云う。

繰り返すが、八大龍王は元来はインド神話のナーガ・ラージャであったが、中国を経由したことにより龍神の姿で伝わった。
本来は龍の姿だが人型で顕されることも多く、彼等をはじめとして龍は、全能の力を持つものというイメージを定着させた。

ただし、姿こそ違えどナーガ・ラージャの時点で強大な力を持つ王達だったので、龍の姿を得たからこそ強大になったという訳でもない。
この、ナーガ・ラージャの説話を許に道教の四海龍王や五方龍王が生まれたと考えられている。


【八大龍王】


■難陀龍王(ナンダ)

■跋難陀龍王(ウパナンダ)

マガタ国を守護していたと言われる兄弟龍王で、名の意味は『歓喜』『(亜)歓喜』
跋難陀龍王は、釈尊降誕の際に歓喜の雨を降らせた龍王であるという。
また、兄弟は共に協力して娑伽羅龍王と戦ったとも言われる。

■娑伽羅龍王(サーガラ)

名は『大海』を意味することから、大海龍王と呼ばれることもある。
よって、竜宮城の主ともされた。
空海が新たな名付け親となった清滝権現も、唐から連れてきた娑伽羅龍王の娘だという。
釈尊の教えにより悟りを開き男子となって成仏した善女龍王の父親とされる他、民間伝承に於いても竜宮城に由来する龍女の父となった。

■和修吉龍王(ヴァスキ)

インド神話でも高名なナーガ・ラージャであるヴァスキのことで、インドでの活躍は前述の通り。
名の意味は『宝』で、多頭の伝承があることから、様々な伝承と関連付けられた結果九頭竜大神九頭龍王とも呼ばれる。
インドだと千の頭を持つことから多頭龍王とも呼ばれる。

■徳叉迦龍王(タクシャカ)

名を『多舌』。或いは『視毒』と云い、本気で視ただけで相手を殺せる邪視の持ち主とされている。
インドでの活躍は前述の通り。

■阿那婆達多龍王(アナヴァタプタ)

名を『清涼』『無熱悩』と訳され、ヒマラヤにあると云う神話上の池である阿耨達池より四方に大河を流し、人間界を潤すと言われていた。

■摩那斯龍王(マナスヴィン)

名を『大身』『大力』と訳される巨大なナーガ・ラージャ。
阿修羅が喜見城(須弥山にある帝釈天の居城)を海水で攻めて浸した時、その巨体を翻して津波にして押し返したと云う、リヴァイアサンの様な龍王。

■優鉢羅龍王(ウッパラカ)

名を『青蓮華』と訳し、これは美しい眼の比喩である。


【その他の龍王】


■龍女・善女(如)龍王

上記の様に、釈尊の説法により解脱に至った娑伽羅龍王の娘。
たった八歳のロリが悟りを開くと共に一瞬でちん◯が生えて仏になったと云う物凄いエピソードで、龍女成仏として伝わる。
仏の解脱を表す説話として、法華経の中でも特に重要であり、女人でも解脱出来る(女人往生)の根拠とされて篤く信仰されており、龍にして仏であり神でもある偉大で尊大な存在といえる。
かなり有力な龍王でもあり、雨乞いを捧げられる対象としても知られる。
名前は善女だが、説話からか男の子として顕す作例も見られる。

■俱利伽羅龍王

不動尊が手にする利剣に炎となって絡み付いている龍王。


【ナーガのようなもの】


ヴリトラ

『リグ・ヴェーダ』と『マハーバーラタ』の両方でインドラに打倒されている悪竜。
名は『塞ぐ者』とされ、巨大な身体により水を塞き止めていた蛇の姿をしたアスラ族。
ヴリトラ自体がナーガと呼ばれている訳ではないことに留意。



追記修正は熱風熱砂悪風と金翅鳥から逃げてからお願いします。

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最終更新:2023年12月11日 17:22

*1 乳海攪拌で生まれた太陽を牽引する神馬ウッチャイヒシュラヴァスの尾の色を当てるゲームで、黒と主張したカドゥルーは子であるナーガを使い、白い尾を黒に見せて勝利した