ゼロの怪物ヌル/海からきたチフス

登録日:2017/02/14 Tue 20:10:32
更新日:2023/04/08 Sat 09:37:56
所要時間:約 7 分で読めます





「ぶよぶよの、つるりんこ。おけらのぱーさ」





■ゼロの怪物ヌル

■海からきたチフス

『ゼロの怪物ヌル』は、動物おじさん“ムツゴロウ”こと畑正憲によるジュブナイルSF小説。
1969年、星の砂社より少年少女向けSFシリーズの一冊として『ゼロの怪物ヌル』のタイトルで刊行後、参玄社(72年)、角川文庫(73年)、文藝春秋(79年)、星の砂社(82年)、新風舎(04年)から、『海からきたチフス』と改題されて単独タイトルで刊行されている。

ムツゴロウさんの手による、動物も関係しない*1本格的な創作作品であると云うことのみならず、内容的にも分子生物学や遺伝子学といった、一般的にはまだまだ耳慣れない分野の話題を採用した本格的なSF小説、隠れた名作として名高い。

『ゼロの怪物ヌル』の方は、星の砂社より刊行された一連の子供向けシリーズの中でも値段が高騰していて入手は難しい為、単純に読むだけなら『海からきたチフス』の方が安値でも簡単に入手出来る。

【物語】

某年8月Ⅰ日。
科学者一家に生まれた主人公の木谷ケンは、毎年恒例の大島の別荘での研究を兼ねたバカンスへとやって来た。

スキューバを楽しみにしていたケンだが、今年の大島は例年とは違い沿岸から生き物の姿が消え、中身を食われた貝や、ヒトデや、ヤドカリやらの残骸が僅かに残るばかり。

一家を出迎えた水産試験場の職員で、親友の斎藤の言うには、生き物が消えたのと同時に姿を現した白くてぶよぶよした“物体”が、何か関係あるのかも……と云うのであったが……。

早速、海に潜ったケンと兄の力は同行した斎藤さんに導かれて、その“物体”を幾つか採取。
ケンは、奇妙な行動をするイシガキフグに水中銃を撃ち込むも消えるようにして逃げられると云う奇妙な体験をしつつも陸へと戻る。

そのまま、実験場で“物体”の調査に取りかかると云う兄と別れて別荘に戻ったケンは豪華な夕食を楽しむが、突如として波浮の港でチフス患者大量発生のニュースが飛び込み、大島は混乱に。

翌朝、早くに目覚めたケンは待ち構えていた父親と共に試験場の兄の許へ。

そこで、簡単な食事を取りながら力による“物体”の分析結果を聞いた父は、この“物体”が、これまでに人類の聞いたことのない全く新しい系統の生物の可能性があると語る。

その、自らの細胞を持たず、酵素系のみを有する“物体”を、地元の漁師の“ヌルヌル”を縮めた俗称とドイツ語の“0”を掛けて“ヌル”と命名した面々だったが、その帰り道にチフス騒動による封鎖に巻き込まれ、医者であった父も自主的に治療に参加した為に“ヌル”の追跡調査は中断となってしまう。

不貞腐れた力は疲労もあってか寝てしまうが、ケンはケンなりに水槽に入れた“ヌル”に食物を突っ込んでみる実験を開始する。

そんな中、治療に当たっていた父親から大島で流行している病気が“チフスではない別の病気”であることを起きたら力に知らせるようにと頼まれたケンだが、その情報がニュースに乗ったのを見て力を起こすことを決意……するも、起こす時のいざこざで兄弟喧嘩に。

知己の新聞記者ウラさんに意見を求められて嬉しく思っていたケンだが、導いた水槽で待っていたのは“ヌル”ならぬ“片目のベラ”……。
とも子の教えてくれた兄の反応から、力が起こされる時に恥をかかされた報復に“ヌル”と“ベラ”を入れ替えてしまったのだと思い込んだ力は悔し涙を浮かべるケン。
そして、いつしか事件は地上にも広がり謎の怪人物の出現や盗難事件が相次いでゆく……。

実は、ケン本人は気づいていなかったものの、ケンは水槽の異変の時点で予想だにしない事件の真相と恐ろしい事実に近づいていたのだった。





※以下はネタバレ含む。





【登場人物】


■木谷ケン
主人公。
中学三年生。生物一家の一員だが、まだまだ子供なこともあってか専門知識は聞きかじり以上には持っていないものの、好奇心旺盛で行動力がある。
推理が得意で、昨年の島で起きた四十年ぶりの殺人事件では父と兄とともに解決に協力しており、その功績もあってか警察署長や島の人間からも覚えがよく、顔を知られてなくても名前を聞けば直ぐに解られる程。

■田中とも子
中学二年生。
ケンの母方の従姉妹で、お下げ髪の美少女。
生物一家のバカンスに帯同することになるが、勘がよくて島で善くないことが起きることを察知していた。
育ちがいい箱入り娘だが、家事もそつなくこなす有能さである。

■父
生物好きが高じて、医者から動物文学者となった生物一家の長。
筆名は木谷芳堂で、島でも木谷先生として信頼を勝ち得ている。
慎重な性格で、判断力に長けるものの確証があるまでは物事を口にしない。

■母
大学時代に生物学を学んだ、美人で料理上手で、夫を現在の道に引っ張り込んだ張本人。
普通は飼育されない動物の記録を本にした……と云うのは作者(中の人)ネタだろうか?
優しいが、締める所は締めるお母さん。

■力
生物一家期待の秀才で、東大で本格的に分子生物学を学んだ有望株。
逞しいスポーツマンでもあり、父にも頼られる姿にケンはコンプレックスを抱いている。
弟のことはまだまだ子供だと侮っている面もあるが、その勘のよさや着眼点のユニークさには素直に感服している様子。
斎藤の依頼を受けて“ヌル”が新種の生物であることを見抜く。

■斎藤
大島の水産試験場分場に“棲み付いた”海の男で、一家の友人であり世話役であり、ケンにとってはスキューバの師匠でもある。
悪食の癖があり、真っ先に“ヌル”を口にして旨さに気付き、大島に“ヌル”食を広めた事件の流行の張本人。
活躍を期待されるも、中盤からは彼も熱病に冒されてしまう。

■杉浦
通称はウラさん。
毎朝新聞の大島支局の記者だが、逞しすぎて記者には見えないらしい。
力とはボート部で同じ釜の飯を食った仲。
力と絶大な信頼関係を築く一方、力のようにケンを除け者にはせずに、ちゃんと意見も聞いてくれる度量の広さを持つ。
盗難騒ぎが起きた時には地元に住む人間として義憤を燃やしている。

■長谷川甚三
ヤマ長の屋号を掲げる、島一番の仕出し料理屋。
同業者が材料不足で喘ぐ中でも、金に任せて誂えたイケスから材料を仕入れる事が出来る為に一人だけ商売繁盛……していたが。その料理を食べた客から熱病患者が大量に出た為に犯人と疑われて毎朝新聞支局で吊し上げを食らっていた。

■ヨシ造
甚三とは若い頃に船に乗っていた頃からの相棒で、料理人になってからも共に商売をしてきた仲。
ただし、今回の件については甚三に対して心底の憤慨をしているようだが……?

【ヌル】

今回の事件にどう関わるのか……の、謎の新生物。
新海作業船グルーブ3号の船体にくっついて大島の浅瀬に上げられたと考えられている。
赤ん坊の頭位の大きさの白いタンパク質の塊で、細胞を持たないものの、酵素系を持つために食物の消化は可能と分析される。
大島で海産物が一斉に居なくなった後で一気に出現したので、その異変の犯人(となる生物)、もしくはその卵とも思われたが“ヌル”自体に生物的な行動は見られず、卵にしてもそれらしい組織がないので犯人の排泄物ではないか、との説まで出されていたが……。
タンパク質の塊の為か食べると非常に美味であり、特に熱を通したものは上等な牛肉にも匹敵すると最初に食った斎藤に評されている。
生食だけはオススメしないが。




追記修正はアワビの刺身を食べてからお願い致します。

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最終更新:2023年04月08日 09:37

*1 厳密にはオリジナル生物は関わるが