帰ってきたヒトラー

登録日:2016/06/26 Sun 20:57:48
更新日:2023/11/12 Sun 13:59:01
所要時間:約 10 分で読めます




二〇一一年八月三十日――ヒトラー復活



『帰ってきたヒトラー』(原題:『Er ist wieder da(彼が帰ってきた)』)とは、ティムール・ヴェルメシュによる小説。
その名の通り「1945年に自殺を遂げたヒトラーが現代(2011年)に蘇ったら?」をテーマに書かれた作品だが、
題材が題材なだけあり2012年に発売されるや否やたちまち話題を呼び、イスラエルを含めた世界各国で出版された(日本版の発売は2014年)。
2015年には映画化されたが、こちらについては後述。



○登場人物

※アドルフ・ヒトラー(演:オリヴァー・マスッチ/吹替:飛田展男
ご存じナチスの総統。本作は彼が書いた本という設定で作られ、ひたすら主観的な文章で綴られており、時には感情的な内容になっている事も。
当人的には1945年の自殺の直前から突如2011年にタイムスリップし*1、現代のベルリンの空き地で目を覚ます。

やがて、外見もキャラクターもヒトラーそっくりに振る舞う芸人と勘違いされ、TV関係者に引き合わされた彼は、その芸風(本人は素だが)を気に入られて鮮烈なTVデビューを果たす。
そしてヒトラーは、現代と彼が生きた当時とのギャップや勘違い*2に見舞われながらも、持ち前の勘の良さ、精神の強さ、そして饒舌さであっという間に現代に馴染んでいき、
TVでも政治バラエティの司会者として活躍し、ネオナチであるドイツ国家民主党に突撃取材し、褒めるどころか「中身のないはったり屋」と公共の電波で痛烈に批判。
その様子が人々の共感を招き、グリメ賞(此方でいうギャラクシー賞のようなもの)を受賞。
しかし、この訪問がネオナチの怒りを招き…


※フランク・ザヴァツキ/ファビアン・ザヴァツキ(演:ファビアン・ブッシュ/吹替:増元拓也)
ドイツのTV局・フラッシュライト(映画版ではmytv)社の社員。クォリティの高い番組を作りたいが、バラエティ番組メインの局の体制に不満を持っていた。
演説を成功させ、YouTubeで話題沸騰になり、どこかズレがありながらも真面目一辺倒なヒトラーに対し好意を抱き、恋愛に対するアドバイスを受け、影にひなたに働く。
彼の熱意にはヒトラーも信頼を寄せ、将来有望な若者として高く買っている。中盤以降は後述するクレマイヤーと(恋愛的な意味で)接近していき…。

原作と劇場版で迎える結末が大きく異なるキャラクターで、原作では彼的にハッピーエンドと言える顛末になるが、劇場版では悲劇的な末路を辿る。


※カルメン・ベリーニ/カッチャ・ベリーニ(演:カッチャ・リーマン/吹替:勝生真沙子)
フラッシュライト社副社長だが、実質的な経営権を握る女傑。
ヒトラーをTV番組に出すという大胆な策を成功させ、彼を含めた周囲からの信頼を集める。
ヒトラーの才能を「芸風」と勘違いし彼を高く評価するも、ユダヤ人団体からの抗議を恐れて「ユダヤ人を決してネタにしないこと」と釘を刺し、
当のヒトラーもその辺りの事情は知らないながら「ユダヤ人のことなど話したくもない」というスタンスだったため、「それは全く正しい判断だ」とあっさり同意した。
劇場版では「ユダヤ人ネタは笑えない」→「ああ、笑い事じゃない」とさらに解りやすくなっている。


※ヴェラ・クレマイヤー/フランツィスカ・クレマイヤー(演:フランツィスカ・ウルフ/吹替:小若和郁那 )
ゴスっぽい服装の若い女性社員。フラッシュライトに採用されたヒトラーの秘書を務め、彼を「ソートー」と呼ぶ。
インターネットの使い方や着信音の設定などをレクチャーし、ヒトラーを現代に馴染ませたうちの一人。
「アカウントは何にします?」→「もちろんアドルフ・ヒトラーだ!」→「…あ、それもう使われてますよ」→「(´・ω・`)」
物語開始時点では恋人がいたが中盤に一方的にフラれ、ヒトラーの励ましで立ち直った後はザヴァツキと良い仲になっていく。
ヒトラーの事を「敢えてそういう格好をすることでナチズムの危険さを体現している」と思っており、同時に彼の誠実な人柄を慕っていくが、
ヒトラーの言動を「本物」と見抜いたユダヤ人の祖母に叱責され、涙ながらにヒトラーの秘書を辞職することを宣言した。
結局ヒトラーが直に祖母を説得する事で事態は回避されるが、その直後にヒトラーがネオナチに襲撃される事件が起き…。

劇場版では上述の通りファーストネームが演者のものに変更されている他、細かな設定や展開が異なっており、
原作では彼女の祖母は痴呆症を患っておらず、ヒトラーはヴェラにユダヤ人の血が流れていることを気にせずに秘書として重宝し続けるのに対し、
劇場版では彼女の祖母はまともにコミュニケーションを取れないほどの痴呆症を患っているが、
フランツィスカが自宅に連れてきたヒトラーを見て一時的に正気を取り戻すと共に呪詛の言葉を吐いてヒトラーを追い出し、
この一件によりヒトラーはフランツィスカにユダヤ人の血が流れていることを知って失望したと洩らす一方、
一連のやり取りを見たザヴァツキはヒトラーへの疑念が再燃すると共に正体を確信する切っ掛けになるという重要なシーンとなっている。
原作は劇場版のヒトラーが書いた書籍という設定があるため、それを知ってからこの関係を見直すとより一層深みが増す。

※ヨアヒム・ゼンゼンブリンク/クリストフ・ゼンゼンブリンク(演:クリストフ・マリア・ヘルブスト/吹替:板取政明)
フラッシュライト社社員で、ベリーニの片腕。ヒトラーを芸能界にスカウトした本人。
有能だがどこか小心者で、ヒトラーからは小物と思われており、面倒な電話を全て彼に取り次がせている。


※アリ・ジョークマン/ミヒャエル・ヴィツィヒマン(演:ミヒャエル・ケスラー/吹替:佐々木義人)
ステレオタイプな外国人ジョークで人気を博していたコメディアン。
同じタイプの芸人と考えたヒトラーを自身の番組に快く出演させるが、彼に予想を裏切るリアクションを取られて憤慨。
二度と自分の番組には出さないと激怒するが、視聴者がヒトラーを支持したためにそれは叶わず、むしろ徐々にヒトラーに人気を取られていく。


○劇場版について
前述のとおり2015年にドイツで映画化され、2016年6月17日から日本でも劇場公開された。
流石に原作から4年も経過しているため、難民問題や極右政治家の演説等が取り入れられている。
また、主要登場人物の名前はファーストネームが演者と同じものに変更されている(ジョークマンのみファミリーネームも変更)。

他にもヒトラー本人が町の人と握手するシーンをゲリラ撮影で行った他、
ドイツ国家民主党=ガチの極右団体(NPD)の集会に突撃した時には、極左団体が批判に現れ、
極右団体側も混乱してマスコミまで現れる混乱状態となったが、最終的には党員と打ち解け、80人程とバーに繰り出し、
これも上記の様に「あなたが居れば党勢を拡大できる」とまで言われた…が、
この映画公開後同党は州議会や欧州議会で結党以来最低の得票数となり、全ての議席を失っている。
ただし、劇中で突撃したネオナチの本部はセットで、そこに居た党員も役者である。
また、サッカー会場にてドイツ批判をしているのは映画の仕込みだったのに本気で殴られてしまったとか何とか。
ちゃんとあの映画ネタもあるよ!!
2018年にはイタリアでムッソリーニをもとにしたリメイク作『帰ってきたムッソリーニ』が公開され、2019年には日本でも上映された。

また、劇中では突撃インタビューによる現在の国民の声をそのまま伝えており、映画内で登場している方々については(本人)としてクレジットされている。
これらのインタビューは数ヶ月に渡って行われ、総撮影時間は380時間以上に及ぶとされる。
予想される危険を警戒してボディーガードを帯同させていたが映画の様に実際には好意的に受け止められることが多く、セルフィーを頼まれた回数も25,000回以上にも及んだ。
ヒトラーの秘書を募集する広告を出した時には、ちゃんと面接官を務めたり、カウンセラーに治療を受けるシーンも、実際には5時間にも及んでいたという。

本作で有名になってしまったが、ヒトラー役のマスッチは舞台役者で一般的には知名度が低いことからリアリティーを出す為に選ばれた。
ヒトラーになるのには二時間程の準備が必要だったとのことで、その上で上記の様な数ヶ月にも及ぶ“役作り”に挑んだのである。


○先駆者
似たようなことを考える者はいるもので、筒井康隆が1975年に短編集「笑うな」にて、「末世法華経」という本作の先駆者といえる作品を発表している。
同作では、現代に復活した日蓮が創価学会を「やっていることは脅迫」などとボロクソに貶し、
「そいつは共産党員だ!」とボコボコにされるというよく似たシチュエーションが描かれている。



追記・修正は70年前から復活した人がお願いします。

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最終更新:2023年11月12日 13:59

*1 自殺当時の記憶は失われており、生きていることには疑問を持っていない

*2 「軍服からジーンズとTシャツ姿に着替えるのを嫌がる」「ドイツにトルコ人が多いのを見て『トルコ軍の助けでドイツの戦局が変わった』と勘違いする」「Wikipediaの名前の由来を『バイキング』から来たのだと勘違いする(勿論そんなわけはなく、正しくはハワイ語が由来)」