アフラ・マズダ

登録日:2011/11/16 (Mon) 15:00:24
更新日:2022/08/25 Thu 07:47:59
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■アフラ・マズダ


『アフラ・マズダ(Ahura Mazdā)』は古代ペルシャ(イラン)で信仰された太陽神。
発音に従い『アフラ・マズダー』と表記されている場合もある。
他にオフルマズド、スプンタ・マンユ等の呼び名が使われる場合もあるが、本来は分霊とも呼ぶべき概念であったものが後代にアフラ・マズダ自身と習合されてしまったらしい。

基本的には「ゾロアスター教(拝火教)」の主神として紹介されている。
アフラは「天空」を指し、マズダは「光」を指す言葉である。

隣接する古代インドで信仰されていた土着神である太陽神アスラ神属とは同じ神性だと考えられており、後にアスラがアーリア系人種の流入により彼らが持ち込んだ外来神の信仰に呑み込まれた後に誕生したヴェーダ=バラモン→ヒンドゥー信仰では本流から外れてしまい、神として信仰されていた当時の姿が上書きされてしまった事もあってか、確認出来る最古のアスラ(アフラ)信仰の神性となっている。

元々は古代ペルシャで信仰されていた土着神群の中でも有力な神の一柱であると云う程度の神格であったが、起源前630年(※前600年~2000年の諸説がある)に同地に誕生した史上初の宗教改革者ザラスシュトラ(ゾロアスター、ツァラトゥストラ)の登場により、唯一至高の創造神と定められ、同地の土着信仰の神々を支配下に置いた。

ここからアフラ・マズダを「叡智の王」と訳し、アフラは「主」と訳される様にもなった。

ザラスシュトラの改革以前にもアフラ・マズダ信仰はマズダ教としての地位を確立しており、その信仰形態がゾロアスター教の基盤となったと考えられている。

ただし、現実に猛威を奮う「悪」を見つめ、それに打ち勝つ為の信仰を感得したザラスシュトラの語った信仰と唯一神アフラ・マズダの姿は、ザラスシュトラ登場以前の信仰や、ザラスシュトラの死後に姿を変えていったゾロアスター教、後に誕生したズルワーン教やミトラス教での姿とも違っている。

特に、アフラ・マズダより以前から同地で絶大な支持を集めていたミスラ(ミトラ)神とは、極めて近しい神性として補完し合う一方で、後代にはアフラ・マズダの属性がミスラに吸収されてしまうと云う事態も起きており、これはアフラ・マズダからミスラへの天上王権の譲渡として神話化されている。
ある時期の古代インドの信仰では叡智の王アフラ・マズダ、火の神ミトラ、水の神ヴァルナを三大アフラと見なす形式が見られるが、後述のように三神は根本を同じとする神性である。


概要

前述の様に、太陽神、天空神としての属性を基本としつつも信仰の時期により微妙に姿を変えている。
以下が、信仰時期による神性解説の違いである。


原型

天空を支配する太陽神。
更に古い時代から同地で熱い信仰を受けていた契約の神ミスラ、大地母神アナーヒターと共に、数ある古代ペルシャの神群の中でも高い人気を誇っていた。
当時のペルシャは遊牧民族の他に、一定の土地に定着して暮らす農耕民族が居り、後に最初にザラスシュトラの信徒になった層が農耕民族だった事からも判る様に、天然自然を司るアフラ・マズダは豊穣神としての信仰を集めていたらしい。

インドではリグ・ヴェーダに語られる司法神ヴァルナとは、同一の神とも見なされている。
契約を司るミトラとは互いを補完し合う神性であり、元来は同じ神性であったとする説もある。
ミスラ信仰がアフラ・マズダ信仰よりも古くから記録が残るのは、農耕が本格的に定着する以前より遊牧民の信仰が盛んだった戦勝の神だったからであろう。
※ヴァルナは仏教では水天。
神仏習合ではヴァルナが古代の最高位の神だった事からか、神道で最も古い神である天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)と習合した。
原初に水がある神話は多くの神話でも共通する概念である。

アナーヒターは古代オリエントに共通する水源の女神、転じて生命を育む大地の恵みを司る地母神ともなり、バビロニアのイシュタルやヘレニズム時代にはギリシャのアフロディーテと習合した(※元々起源を等しくしていた可能性もある)。


ザラスシュトラのマズダ教

「最初の預言者」とも呼ばれる宗教改革者ザラスシュトラにより、至高神として定められる。
元々、祭司であったザラスシュトラであったが、30歳の頃にトランス状態の中でアフラ・マズダに触れ、その真理を得たとされる。
当時のイランではアフラとダエーワとして大別される土着神群が混交しており、アフラ・マズダはアフラの最高位の神格であった。
インドではアスラ(阿修羅)とディーヴァ(天)と呼ばれるアフラとダエーワは、共に自然信仰から生まれた神々であったが、アフラは峻厳で理念を重んじる信仰を、ダエーワは時に薬物をも用いた躍動的で血なまぐさい供犠を捧げる感応的な信仰がされていたと云う。
両者は共に悪しき神々では無かったものの、インドでは敗れたアスラが悪魔とされたのと同じく、イランではザラスシュトラによってダエーワは悪魔とされた。
異民族は疎か、同じ地に暮らす遊牧民による略奪も横行していた当時の古代ペルシャで「悪」を憎んだザラスシュトラにとって、犠牲牛を屠殺し血の儀式を行うダエーワ信仰はとても認められるものでは無かったらしい。
ゾロアスター教は二元論の宗教と思われているが、ザラスシュトラ本来の理想はアフラ・マズダのみを頂点とする一神教であった。
ザラスシュトラは「悪」の禍根を見つめ、それを根絶するべく信仰の基盤として至高神アフラ・マズダを感得し、人類の歴史の中でも革新的と呼ばれる宗教的倫理思想を完成させたのである。
ザラスシュトラの教義によれば、アフラ・マズダは宇宙の創造者であり、聖霊スプンタ・マンユと破壊霊アンラ・マンユの生みの親である。
彼らはアフラ・マズダの宇宙を二分する権利を与えられた双子であったが、自由意志により各々が“善(善に満ちた第二世界=来世)”と“悪(悪に満ちた第一世界=現世)”を選び取った。
ザラスシュトラの教義によれば凡ての生き物には自由意志があり、アフラ・マズダの「天則(アシャ)」に従い善を選び取る事が出来れば最後の審判を無事に乗り越えられると説かれた。
アンラ・マンユは自ら悪を選び取り人に「不義(ドゥルジ)」を促すが、堕落もまた自由意志の結果であり、自由意志が原因であるが故にそこから抜け出すのもまた己自身である、と云う逆説的な真理を示した神なのである(故に両者の戦いが終わる事はない)。

また、アフラ・マズダには双子の神を生む以前に創造したアムシャ・スプンタ(聖なる不死者、富ます者)と呼ばれる自らの属性を分けた6体の分霊が存在する。
彼らは後にアフラ・マズダと習合したスプンタ・マンユの眷属の6大天使と呼ばれる様になり、対してアンラ・マンユにも眷属の6大悪魔ダエーワが考案され配下に付けられた(シヴァインドラまでもが含まれる)。

スプンタ・マンユ以下の六柱神(六大天使)は、元来はアフラ・マズダとも関係の深かったミスラやアナヒタ等の立ち位置に相当する神性だが、ダエーワ的な信仰も含んでいた彼らをザラスシュトラは認めたくなかったらしい。
※アフラ・マズダの権威が薄れてしまう危惧もあったのだろう。

この時期のミスラとアナヒタは諸神(ヤザタ)と呼ばれる「その他大勢」の神々として一括りにされてしまっているが相変わらず根強い人気を誇り、後にゾロアスター教がアケメネス朝ペルシャの国教となった時代にはアフラ・マズダ、ミスラ、アナヒタは三大主神として据えられる様になっていった。


ゾロアスター教

ザラスシュトラの死後、ザラスシュトラの教義を基に成立したゾロアスター教だが、その信仰形態はザラスシュトラの理念からの変化がかなり早い時期から見られると云う。
ザラスシュトラ本来の一神教的な信仰形態は姿を変え、アフラ・マズダとスプンタ・マンユの習合したアフラを率いる善霊オフルマズドと、ダエーワを率いる悪霊アーリマンの勢力が争う世界で、善霊の示す「天則」に従い生きる事を説く、二元論的な信仰へと姿を変えたのである(ここに至り、世界の終わりに善が悪に勝つと云う神話が決定された)。
主にアフラ・マズダ(オフルマズド)とアーリマン(アンラ・マンユ)の神性の解説に於いて基本とされているのはこの時期の姿である。
アフラ・マズダはこれ以降、化身であった筈の善霊と習合した善なる神とされてしまい、ザラスシュトラの示した宇宙の創造者の地位からは転落してしまう。
後のキリスト教は唯一の「神」のみを信仰の対象であると説明しながらも「悪」の脅威を語り、そこからの脱却と忌避を取り入れた実質的な二元論の宗教(弁神論)であったが、ゾロアスター教の信仰形態こそは、その原型とも言える。
ゾロアスター教に於けるアーリマンは、オフルマズドとは双子ですらないとも云われ、完全な悪として人を堕落させる負の世界の教祖である。
その姿はサタンの原型として中世の神秘学にも取り入れられた。
超然的なビジョンを持ち、実践的であったザラスシュトラの霊的感応に基づく神懸かり的な教義を越えて、普遍的宗教として姿を変えたのである。
しかし、ザラスシュトラの理念が薄れた事により主神の地位がアフラ・マズダからミスラに移る等、本来の信仰形態は後代になる程に薄れていったと云う。

ゾロアスター教後期~ズルワーン教、ミトラス教…etc.

ザラスシュトラの教義では唯一至高の神であったアフラ・マズダだが、彼の死後に成立したゾロアスター教でミスラ信仰が復活した様に、ザラスシュトラの示した革命的信仰は後代には姿を消し、云わば“ザラスシュトラ以降の多神教信仰”へと姿を変えていった。
特に、根強い人気を誇るミスラ信仰は抑え切れず、遂には最高神としての権威は残されつつもアフラ・マズダからミスラが主神の地位を奪回するに至った。
この時代にはアフラ・マズダとアンラ・マンユは時を神格化した神であるズルワーン(ズルヴァーン=グノーシスのアイオーンと同一視される)から生まれたとする信仰が定着するが、実は古くに忘れられていた神であるズルワーンの台頭は、ザラスシュトラの示していた至高神アフラ・マズダの属性をそっくりとズルワーンに当てはめる事で実現したらしい。
光明神となったミスラはズルワーンの化身として「アフラ(主)」と呼びかけられる。
事実上の至高神アフラ・マズダとの完全な習合であった。

この後、光明神ミスラを唯一の主神とするミトラス教は西方に伝播しローマ帝国を席巻するが、新たに台頭したキリスト教にその座と信仰を奪われた。

しかし、ザラスシュトラの示した革命的思想と、それにより再編された古代ペルシャの神系譜と信仰は隣国インドで誕生した仏教、西方で遭遇したユダヤキリスト教、同地にて誕生したイスラムに強い影響を与え、後の世界三大宗教の普遍化の基盤となった。

また、ゾロアスター教自体も縮小されつつも現在も存続(アフラ・マズダを示す聖火は600年もの間灯り続けている)。
ミトラス教からは、後に仏教とキリスト教の影響を受けたマニ教が生まれ中国で弥勒教を生んだ。
更にイスラム化したミトラス教であるヤジディー教が誕生。
現在でも根強い信仰を集め、シーア派イスラムに影響を与えている。


関連する神性


アーリマン/アンラ・マンユ
ゾロアスター教以降の神系譜では多くは双子とされ、最後の審判の時までを戦う悪の化身。
元来は獅子の頭を持つミスラの従者、或いは分霊であるアリヤマンだったともされるが、名前が似ているだけで混同されただけだとも言われている。
ゾロアスター教でアリヤマンの役割を持つのはスラオシャとラシュヌである。
後のヤジディー教では孔雀天使(王)アザゼルと呼ばれ、ルシファーと同一視されながらも堕天から赦される神(天使)とされている。

ミトラ/ミスラ
古代インド~ペルシャに起源を持つ契約の神。
アフラ・マズダとはかなり近しい神性だったとされている。
多民族が入り乱れ抗争が絶えなかった同地では戦勝の神としての人気が失われる事は無かった。
世界を再生させる聖牛の供儀(牡牛を解体して世界を創る)と、黄道十二宮を支配する光明神の姿はザラスシュトラの登場以降の古代ペルシャの神系譜の到達点と云え、古代ローマにも伝えられてミトラス教の主神となった。

■ズルワーン/アイオーン
時と空間の神。
肉体その物が空間であり時間であると云われる。
古代ペルシャに起源を持つと考えられており、ゾロアスター教の誕生直後は忘れられていた存在であったが、後にアフラ・マズダが分身であるスプンタ・マンユと習合して、アンラ・マンユと善と悪を分けると云う単なる善を司る神として扱われる二元論が定着してしまった事から、至高神アフラ・マズダの役割を引き継ぐ、善と悪の双子を生んだ存在として名前を持ち出された。
しかし、宗派によってはズルワーンの存在を認めていたり、いないので、ズルワーンを認めている宗派はズルワーン教として分けて説明もされていたりする。
アイオーンは、そのズルワーンと同一視する説も生まれた、グノーシス主義者が真の宇宙の創造主として掲げた神、神々のこと。
グノーシス主義では世界に苦しみが満ちているのは、この世界がアイオーンとなれなかった偽りの神アルコーンにより創造された虚構の宇宙だからであり、虚構の宇宙の外側に居るアイオーンの世界に到達することこそが真理なのだと解いた。

アムシャ・スプンタ
アフラ・マズダの分霊達であり、元来は至高神の「天則」を構成する神性だった。
①スプンタ・マンユ(聖霊)
②ウォフ・マナフ(善思)
③アシャ・ワヒシュタ(天則・火)
④クシャスラ(支配)
⑤アールマティ(敬虔)
⑥ハルワタート(健全)
⑦アムルタート(不死)
※元来はウォフ・マナフを筆頭とする六柱神だったが、後にスプンタ・マンユがアフラ・マズダと習合した事で七柱神として扱われる様になった。
アンラ・マンユの六大悪魔とは完全に表裏の存在として対応している。

■ナルヨー・サンハ
アフラ・マズダの言葉を伝令し、地上の声を伝える。
後のキリスト教の伝令の天使に近い。

■フラワシ
古代ペルシャの精霊で、八百万の神的な自然界の凡る所に存在する守護霊的な存在。
後のキリスト教の守護天使の概念に近い。

■アータル
古代ペルシャではアフラ・マズダの息子ともされる炎の神で軍神。
不動尊みたいなものか。
ゾロアスター教の勃興後はミトラ等と共に下位の群神に落とされたが、元々は蛇龍アジ・ダハーカの宿敵に据えられていた。


余談

  • 日本の二次創作等では阿修羅とルーツを同じくすると云うイメージからか、インドや東洋的なイメージで描かれる場合が多いが、実際の壁画等では中東らしく鎧を身に纏い髭を蓄えた壮年の偉丈夫、武人として描かれている。
    また、ペルセポリスに残る有翼有人像は長らくアフラ・マズダだと考えられていたが、後にエジプトにルーツを持つゾロアスター教自体のシンボルだと考えられる様になった。

  • 自動車メーカーのmazdaの社名は創業者の名字とアフラ・マズダより採られている。

  • 米国の電球メーカーマツダランプのマツダも同じ由来。mazdaとは関係ないが、被っちゃったらしい。



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最終更新:2022年08月25日 07:47