山の牧場

登録日:2011/12/06(火) 23:21:15
更新日:2023/04/10 Mon 16:29:52
所要時間:約 6 分で読めます





あと30メートル



あと20メートル



あと15メートル



あと10メートル




終点




■山の牧場


82年の夏。
卒業制作の映画制作のために、兵庫県にある監督役の学生の実家に集まり、芸大の学生達が一週間程を過ごした。
あらかたの撮影が終了し、殆どのスタッフは大阪へと帰ったが、監督のN以下、カメラマンのU、記録係のKは最後に未撮影で残った挿入用の村の俯瞰カットを撮影するべくNの友人Fの運転するスカイラインに乗り込み、その山へと登ったのであった。

……なかなかこれというポジションが見つからず、車内には諦めムードも漂っていたのだが、突如として一行の前に現れた舗装されていない細い山道……。

「登ってみようか」

最高の俯瞰絵を求め、その車一台が通るのもやっとの山道を登って行く一向。
行けども行けども曲がりくねった細い一本道の状態に変化は無く、Uターンも出来ない為に戻る事もままならず不安に駆られる彼らの前に姿を現す奇妙なもの…。

間もなく頂上も近いと云う所で、少し広くなった曲がり道の端に置かれた古びたドラム缶には白いペンキで

あと30メートル

……と書かれていた。

「あと30メートル……て、何やろな」
「あと30メートルで道が終わるんかな?……ならそこでUターンして帰ろう」

安堵の表情を浮かべる一同だが、次の曲がり道の端に、またドラム缶を見つける。

あと20メートル

次の曲がり道にもドラム缶がある。

あと15メートル

次の曲がり道。

あと10メートル


……そして、その先の台地への一本道を塞ぐ様に置かれたドラム缶には、



終点


……と書かれていた。


「降りてみようか」

狐に摘まれた様な気分の中、車を降りた4人は周囲を取り巻く鬱蒼とした木立の向こうに真っ赤な屋根を見つけるのだった。
細長い、人の住む家には見えない大きな屋根。
それは、年季を重ねながらも何故か使われた様子の無い牛舎だった。

「こんな立派な牧場がこんなとこにあったかな?あったら地元の人間は知ってるはずやけどな……」

魅入られた様に奇妙な牛舎の周囲を探索する4人……。
無人で未使用と云う事だけでは無い。
奇妙に落ち窪んだ屋根。
何も無いのに、タイヤを上にして自らの轍の直上にひっくり返った中型トラクター。

「何か変や」

誰となく口にした言葉通り、牛舎を離れた4人は敷地内に他にも奇妙な建物を発見する。

牧場には似つかわしくないコンクリート作りの研究室としか言い様の無い建物では、棚から落ちた無数のビーカーやフラスコが床に散らばりガラスの山を築いていた……。

頭に疑問符を浮かべながら次に一向は矢張りコンクリート作りの倉庫の様な建物へと向かう。
一階の倉庫部分には何故か堆く積まれた2つの石灰の山。
それも奇妙だが、もっと奇妙なのは倉庫の2階部分……。
窓から見える板張りの天井から従業員の住居と思われるそこへ上がる階段やその他の手段が無いのだ。

……好奇心に駆られ、斜面から住居の庇に飛び移った4人は遂に2階へと侵入する。
……雛人形に博多人形、市松人形からセルロイドのキューピー人形、果てはリカちゃん人形までが散乱する和室には、何故か日本中から集められたとも思われる何百枚単位の御札が床から壁、天井まで貼り付けられ、貼られていない分は更に束にして纏められている。

……そして、4人は隣室の襖に白いペンキで殴り書きされた文字を目撃して凍り付くのであった。



そこには、此処に監禁されていた人物による物なのだろうか?
……たった4文字だけがこう書かれていた。























たすけて
































『山の牧場』は現代怪談の一つ。
実録現代怪異譚『新耳袋』の第四夜に著者である中山市朗の体験として収録されている実話である。

メディアファクトリーから99年に刊行された新書版にて著者の体験から17年を経て正式に初公開されて以来、多くの怪奇愛好家と怖い物見たさの一般層を問わず話題になった傑作エピソードである。*1


……さて、このエピソード、知っている方の中には既に『新耳袋』に収録されている後日談の更に後の物語をご存知の方もいらっしゃるであろうが、この『山の牧場』の正体については、同山ではUFOの目撃証言が異常に多い事からロマン溢れる「UFOの秘密基地」説から、リアルな所では某企業が税金対策用に建てた「使うつもりのないお飾りの牧場」……等の説がある(ただし、後述するが地元民が知らなかった等と云う事は有り得ない)。

後にはタレント北野誠のTV取材*2でも取り上げられており、その時には経営者も入り普通の現在は普通の牧場として機能……数々の奇妙と思われる事柄も著者らの思い過ごしで終わっている……と思われている方も居るであろうが、実はこの『山の牧場』……現在も正体不明である。


『新耳袋』収録の後日談。
そして北野誠のTV取材でも応対していた経営者や従業員は、実はそれから間もなくして牧場を離れており、その後も人が住んでいた形跡はあるが現在(2020年)は再び無人となった上に、更に姿を変えている。

牛舎の側に、これまでの取材では存在していなかった朽ち果てたセダンが出現している他、牛舎の一部が台地の崖崩れにより崩落。
更に、階段の無い住居に女性が住んでいたと思しき形跡のある第3の和室(窓のみが空いている3方をコンクリートで固められた部屋)の発見。
大量の薪の備蓄。
人為的な道の封鎖。
アジア各国への渡航記録が記された古びたパスポート等が発見されているのだ。

……『山の牧場』は今も変化を続けている。

……そして、台地に建つ『山の牧場』には電気が存在しないのに、82年から現在まで稼働を続ける変電施設。

事務室に突き刺さった巨石。

著者が目撃した奇妙な文字の羅列。

繋がっていないのに、水が滴るパイプ。

明らかに多すぎる小便器。

明らかに個室が多すぎるトイレ。

消えた庇。

突如として出現した第3の牛舎と朽ちたセダン。


雪の日の朝、取材スタッフのアパートの前に出現した何処から現れ、何処かへと消えた小さな足跡。

放置されたばかりと思われる刷られてから間もない80年代のチラシ。

誰も気付いていなかった3階部分の存在。(外から確認出来るのみ)


……UFO事件を探ろうとする者達の前に現れる正体不明の「黒い男達」のエピソードとも絡めて語られる、傑作現代怪談である。

……著者によれば、実際に行方不明となっている方も居ると云うこのエピソード……。
あなたは信じるだろうか?


※DVD『新耳袋 殴り込み』等で地元の様子も見れるが、民家もまばらにしか建っていない現地の様子を見るに、秘密裏にあんな施設を建てるのは不可能である。*3
また、『新耳袋』にも記述されているが、役場の登記簿に『山の牧場』が記載された事実は無いそうな。


『新耳袋』最終巻では、とある体験の後に、この地に辿り着く直前の話で締めくくられている。





あと30メートル




あと20メートル




あと15メートル




あと10メートル







…。




…。




…。




…。




…。




















たすけて



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最終更新:2023年04月10日 16:29

*1 ※それ以前に『新耳袋』では関西のローカルラジオとされている北野誠と竹内義和がパーソナリティーを務める『サイキック青年団』にて、大幅な脚色を加えられた上に場所を京都の大江山であるとして竹内に披露されてしまい、大挙してリスナーが大江山を訪れた末に該当地域が無いとしてホラ話として認定されてしまったりしたと云う。

*2 ※『サイキックTV』前述の『サイキック青年団』の派生番組で、番組内では大江山とされつつも北野誠が「牧場」に行けてるのは、実は北野誠が以前に牧場を訪れていた事があったからである。番組内では『新耳袋』に書かれている通り“に不思議なことは無かった”として決着している……と思われているが、北野誠はその後で中山市朗と共に現在まで幾度も「牧場」の調査に協力して挑んでいる。二人の調査によれば、登記簿に載っていた人物の正体は不明。連絡先も出鱈目であったと明かされている。……ヒー‼

*3 狭い一本道からは資材が運べないということから林そのものにクレーンを付けて資材を運んだのでは?ヘリコプターで運んだのでは?という意見もあるが、痕跡の確認が出来なかった他、そもそも資金が掛かりすぎることや普通に資材を運ぶよりも目立つことになるので余計に無理筋の話である。