埼玉西武ライオンズ

登録日:2012/04/25 Wed 23:29:26
更新日:2024/03/29 Fri 23:39:04
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埼玉西武ライオンズとは、埼玉県所沢市に本拠地を置くパ・リーグに所属するプロ野球チームである。
本拠地は西武ドーム(ベルーナドーム)、球団マスコットはレオとライナ。

リーグ優勝は22回、日本一13回。ともにパ・リーグに所属する球団では最多回数。

【歴史】

  • 福岡時代(1950~1978)
当初の本拠地は福岡県にあり、親会社は西日本鉄道であった。
1949年にパリーグ設立とともに誕生し、当初はクリッパースと名乗っていたが1951年に改称した。
南海ホークスとともに黎明期のパリーグを支えた人気球団であり、平和台事件などのやらかしもあったが、1954年から1963年まで5度の優勝、1956年から1958年までは3年連続日本一(いずれも相手は読売ジャイアンツ)と第1次黄金期を迎え、その選手は「野武士軍団」と呼ばれた。

しかし、1969年の黒い霧事件ではチームに所属する選手が暴力団から金銭を受け取り、八百長を行ったことが発覚。関与した選手に永久追放や出場停止の処分が科され、主力選手を失った西鉄は戦力が大幅ダウン。1970年から3年連続最下位となり、1972年オフに身売りすることとなった。

西鉄身売り後は福岡野球という運営会社が経営に乗り出し、ゴルフ場の「太平洋クラブ」→ライター製造会社の「クラウンライター」が命名権を獲得。それぞれのチーム名を名乗っていた。
ロッテオリオンズを巻き込んだプロレスばりの遺恨試合などあの手この手の集客策を実施したが肝心の成績は低迷し人気の復活には結びつかず、1978年に西武鉄道の手に渡り、これと同時に埼玉へと移転することになった。

  • 西武黄金期(1982〜1994)
所沢に移転後、球界の寝業師とよばれた根本陸夫の下、本格的な戦力強化に乗り出す。その内容は
  • 主力選手同士の大型トレード
  • 有力選手獲得のため、大学進学や怪我のデマを流して他球団から手を引かせる
  • 伊東勤捕手を所沢に転校させて練習生扱いとし、ドラフトで西武球団入り
  • 社会人野球の熊谷組に内定していた工藤公康を西武入りさせ、その見返りとして熊谷組に西武系ビルの建設を発注
  • 社会人野球「プリンスホテル野球部」を設立し、事実上の3軍として有力選手の囲い込み
…と、堤オーナー率いる西武グループの総力を使ってぐう畜ってレベルが霞む程の強化策を打ち出してきた。

初期の西武を支えるエースとなった松沼兄弟の入団に際しては巨人と遺恨が勃発し、当時西武鉄道の売店では読売新聞系の出版物の発売が中止され、一方で読売新聞は西武系の広告の締め出しを行うなどのつばぜり合いが起きたほど。

その結果、1982年からの13年間で11回のリーグ優勝、8回の日本一となる。
特に9年続いた森祇晶政権下では8回のリーグ優勝(5連覇含む)、
6回の日本一(3連覇2回)というまさに敵無しな強さを誇った。

この間先述の宿敵だった巨人とは日本シリーズで4度対戦、このうち1990年は初戦からストレートで4連勝というフルボッコぶりを見せつけ、当時の選手には今も残るトラウマを植え付けるほど。

新聞・テレビ等での順位予想では解説者の大半が西武の優勝を予想し、そしてシーズン終了時にはその通りになるのが当たり前だったといえばその強さがお分かりいただけるだろう。

但しフロントの評価はあまりよろしくなく、優勝を逃した1989年のシーズン終了後にはオーナーから「来年も(監督を)やりたいなら、どうぞ」と言われたという。森監督最後のシーズンとなった1994年は、フロントの対応*1から「自分は今年でクビになる」と覚悟していたとのちに語っており、この年の日本シリーズの第6戦開始前に退任報道が流れてそのまま巨人に日本一を許してしまうなど、散々な扱いとなってしまった。

  • 東尾監督以降
しかし90年代後半に清原、秋山が抜けると2000年までは白にゃんこ打線と呼ばれるほど貧打にあえぐようになるがそれでもAクラスは死守。
東尾修政権期に2回、伊原春樹・伊東勤政権期にそれぞれ1回優勝を達成するも、
2005年に森が海外、豊田がFAで抜けると一気にリリーフ陣が俺達化したことで2007年にリーグ5位に転落。伊東は監督辞任、後任に渡辺久信が就任し「埼玉西武ライオンズ」になった。

  • 渡辺監督就任以降の動向
渡辺監督就任1年目の2008年は、前年順位が5位、カブレラと和田が移籍と前評判は高くなかったが、
蓋を開ければ、リーグトップの年間198本塁打を誇り優勝、日本シリーズは巨人をフルセットの末に破り、4年ぶりの日本一となった。
この年に長年黒歴史としていた福岡時代の歴史を公式に認定し、新たな球団カラーとして福岡時代の黒と西武時代の水色を掛け合わせた「レジェンドブルー」が制定されることになった。

2009年は前年のクローザー・グラマンの離脱と俺達の活躍で、プロ野球ワースト記録の年間14度のサヨナラ負けを喫するなど、
沢村賞投手、本塁打・打点の2冠王などのタイトルホルダーを抱えながら4位に終わった。

2010年は前半戦はリリーフが安定し、前半戦を首位で折り返したものの、故障者の続出と前半戦で酷使されたリリーフの俺達化により、終盤に失速。
ゲーム差なしの2位に終わった。

2011年、統一球導入による打線の不振と俺達の活躍により前半戦は最下位。
しかし、夏場から調子が上がってきた打線と岡本篤・ミンチェ・牧田のリリーフがかみ合うと猛烈な追い上げを開始。
シーズン最終戦でオリックスにゲーム差無しで並ぶ3位となり、クライマックスシリーズ(CS)に駒を進めた。
CSファーストステージは日本ハムを下したものの、セカンドステージでプレーオフの悪夢払拭に燃えるソフトバンクに3連敗。シーズンが終了した。

2012年は帆足ら主力が移籍しながらも、ソフトバンクの主力先発投手の移籍もあり、解説者達による前評判は高かった。


2011年シーズン前半同様の打撃不振と俺達の悪い意味での大活躍。また最下位を走ってます…。
と思ったらAS前後から打線の復調、勝利の方程式確立などで快進撃が始まり、
最大借金9、首位からの最大ゲーム差11という絶望的状況をはねのけ首位にまで駆け上がったが終盤失速、最終的に2位となった。

2013年はスタートダッシュに成功したものの中盤足踏みが続き4位まで転落するも終盤の8連勝で2位まで浮上。
ただしクライマックスシリーズを勝ち抜くことはできず渡辺監督は辞任。またチームを支えてきた涌井、片岡両選手がFAによりチームを去った。

2014年、辞任したナベQに代わり伊原春樹が監督就任。
しかしグダグダのまま5月25日には両リーグ最速の30敗目を喫し、6月には伊原が休養を申し入れ打撃コーチだった田辺徳雄が監督代行へ。
しかしこの序盤の出遅れは取り返せず、5年ぶりのBクラス転落と相成った。

2015年、正式に田辺が監督に就任。開幕5連勝を決めるなど好調なスタートを切るが、後半戦に失速。
球団ワーストとなる13連敗を喫し貯金を一気に吐き出すと、最後の最後で西武OBの伊東が監督を務めるロッテにまくられ2年連続Bクラスでシーズン終了。

2016年は13カード連続負け越しという不名誉な記録を作り4位。金子侑司がオリックス・糸井嘉男と並び盗塁王を獲得。田邊は解任され後任には辻発彦が就任。
ここまでの4シーズンはショートが固定されずこの間様々な選手が本職、サブ問わず守ったため、「所沢遊撃隊」と称された

2017年、WBC練習試合での死球で森友哉が8月まで戻ってこず、前年盗塁王金子がシンスプリントで離脱というスタートとなるも、ルーキー源田をショートに固定しここ数年の課題が無事に解決。所沢遊撃隊残党の外崎や金子を外野に回すとこちらは打撃が覚醒。前半こそ3位確保で終わるもオールスターが終わると赤い炎獅子ユニで怒涛の13連勝。合計20勝4敗と猛チャージをかけ楽天を追い抜き、もしかしたら独走していたソフトバンクに追いつくことも可能なのではとさえ思える勢いを得る。しかし雄星ボーク騒動(「それまでに何度も注意をしていた」という審判の発言が大ウソだったことがバレたり、日ハムの井口が巻き込まれたりとグデグデであった)をきっかけに一気に失速。最終的に2位でシーズンを終えた。
楽天を相手にしたCSは1stで敗退。

2018年、キャプテンである浅村と覚醒した山川を軸に超強力打線を結成。山賊打線として呼ばれ他球団を恐れさせた。前半は中村の大不調、後半は外崎が怪我で離脱というハプニングはあったが、リーグ開幕からずっと1位をキープ。5月下旬から6月にかけて一時は追い付かれるもそのまま独走。9月には12連勝のラストスパートをかまし10年ぶりのパ・リーグ優勝を果たした。
しかしそれと同時に投手陣が酷い有様に。多和田こそ最多勝を獲得、菊池が14勝4敗と貯金を作るもそれ以外の投手陣は怪我や不振で鳴かず飛ばず。特に中継ぎ陣は増田や武隈の不振で俺達の再来とも言われるぐらい酷い有様であった。この投手陣のレベルの低さが露呈し、ソフトバンクを相手にしたCSはFinalで敗退、日本シリーズ進出はならなかった。
ただし開幕前に阪神から岡本洋とのトレードで獲得した榎田や、シーズン途中独立リーグの富山から獲得したヒース、中日から金銭トレードで獲得した小川など、補強を欠かさず行っており、特に8月以降の逆転負けは数えるほどしかないぐらいには改善された。

2019年、昨年の打点王である浅村、エース菊池の移籍により2014年の再来と危惧するファンも多いなか、開幕カードは3タテを食らうなどスタートダッシュは失敗し7月までは楽天と3位争いを繰り広げる。打線や守備は浅村の穴を森や外崎が完全に埋めたものの投壊っぷりはイニングを食える多和田や榎田らの不振でさらに悪化の一途を辿る事に。
しかし後半戦になると新助っ人のニールが無傷の11連勝、平井や小川らが調子を上げ、増田に繋ぐ勝利の方程式が確立されたことで大きく躍進。130試合目でようやく首位に立つとSBとの首位争いを展開、直接対決が終わった時点でSBにマジック12を点灯させられるものの次のカードを取ったところで首位を奪回、マジック9が点灯すると互いに負けられない状況の中142試合目、SBが楽天に敗れ、ロッテに勝利したことで優勝、2連覇を成し遂げた。防御率がリーグ最下位でありながら連覇はプロ野球史上初の事であった。
しかしCSは一戦も取れず敗退、2シーズン続けて下克上を許すと共に俺達が2年連続でA級戦犯扱いされ、「短期決戦は投手が命」という通説を裏付ける結果となってしまった。

2020年は度重なる主力の流出と若手の伸び悩みにより一時は5位と低迷する。しかし勝ちパターンが安定したこととベテランの活躍により後半に巻き返し土壇場で2位争いに参加。ロッテとの直接対決に敗れCS進出(2020年は新型コロナウィルスの影響により開幕が遅れたため、CS進出は首位と2位のみ)は逃すもののAクラス入りを果たした。

2021年は開幕当初こそ天敵である福岡ドームで17年ぶりに3タテを達成するなど幸先の良いスタートを切ったが、俺達の復活と左腕(とりわけ先発左腕)不足や外国人選手の不振で勝率5割の壁を抜け出せず前半戦終了直前には5連敗するなど徐々に失速。
後半戦は13カード連続の勝ち越し無しと借金を返済できず、全日程終了時に日ハムとゲーム差0で並ぶが、2戦を残していた日ハムが連勝したため42年ぶりの最下位に沈んだ。

2022年は最下位だった前年からほとんど入らなかった補強で危ぶまれていたが、始まってみれば主砲山川が2年ぶりに調子を上げたことと、1.5軍レベルだった若手が大活躍とまではいかずとも一軍戦力としては機能し始めたこと、何より近年崩壊していた投手陣の立て直しに成功し、7~8月には1位を独走するほどの好調を見せる。最終的には打線が山川に依存しきっていたことで、彼の調子とともに失速し3位に終わったものの前評判からすると大健闘のシーズンといえた。
問題はオフシーズン。(いつもどおり)攻守の要であった森友哉のFA流出はまだ良いとして、キャプテン源田と山田遥風の家族間法務トラブルが週刊誌にすっぱ抜かれたり*2、来年FAを取得予定の山川が移籍する前提で地上波でイジられたり、選手のSNSで投手陣とフロントの不和が暴露されたり、日本ハムからFAした近藤健介の争奪戦に珍しく参戦しまさかの獲得確実報道まで入っておきながら最終的にフラれる等、盤外戦では悪い意味でネタに事欠かない年となってしまった。

【チームの特徴】

黄金期は「日替わりエース」とも言われ、現在の先発ローテーション制の先駆けともなった東尾、渡辺、郭、工藤らによる投手王国と辻や田辺、安部らによる堅い守備が持ち味だった

その一方で育成力、スカウト力にも長けており、菊池、大石や森などの例外はいるが中島や栗山など入団当時は無名に近かった選手が多い。
FAで選手を獲得することも少なく(今まで中嶋聡、石井一久、木村昇吾の三人で。しかも木村はテスト入団扱い)、近年の主力選手は皆ドラフト指名の選手による生え抜きがほとんどである。後述するFAでの選手流出が多い中、埼玉移転後に2006年まで25年連続Aクラス入りを果たしたのはスカウトの功績が大きいだろう。

黄金期の後(東尾・第一期伊原時代辺り)は、積極的な走塁をするチーム作りをしていたため、20代のファンは西武=俊足選手が多いというイメージを持つ人も多く、中村や山川といった巨漢選手でも好走塁を見せることが多い。
もっともそのイメージとは裏腹に近年の盗塁数はソフトバンクに圧倒的に負けている。しかし2017年に関してはリーグトップ・パ・リーグ唯一の3桁となる127盗塁で面目躍如となった。

近年では大阪桐蔭OBや富士大学OBを中心とした強打を主軸とする打線となっており
強打にもの言わせ振り回すため三振が多く、各々好きに打つだけで打線になってないなどと揶揄されることも。
2018年にはついに山賊打線と非公式ながら愛称がファンやマスコミに浸透。
「点を取ればいいと思ってる」「点取り合戦と勘違いしている」「いきなり起きて食い散らかして寝る」等と揶揄された。
2019年は首位打者、ホームラン王、打点王、最多安打、盗塁王の打撃タイトルをほぼ総なめする形となった。
2018、2019とリーグ戦を連覇したものの、打撃偏重チームの宿命として短期決戦に弱く*3、2年連続で日本シリーズ進出を逃した。

選手間の仲の良さは12球団でも良好とされ、選手自身のコミュニケーション能力も高いとされている。
これは西口、石井一、平尾といった後輩の面倒見の良いベテランが存在していたことが大きく関係しており、特に ボンバーマン 等のゲームによってその仲の良さに繋がっている模様。
その一方、未成年喫煙や交通違反などの若手の不祥事も少なからず目立つ。良く言えばやんちゃ、悪く言えばヤンキー気質なのかもしれない。

FAによる選手の流出は12球団では最も多く、これは金銭的負担を避ける球団方針や球団施設の劣悪な環境(「若獅子寮」で検索するとそのヤバさが分かる)が原因とも日本埼玉化計画が原因とも噂される。2019年に新しい寮・室内練習場が建設されており、この点に関しては改善されている。
一方で車通勤必須の立地の悪さは移転でもしないと改善困難。球団がどのように流出に歯止めをかけるのかが注目される。
これはポジティブに考えればFAを獲得するにも他球団から誘われるのも一流の実力が必要であるため、裏を返せば定期的に優れた生え抜きを輩出している証明とも言える。


【主な首脳陣】



「セクシーショートストップ」

現一軍監督で、トリプルスリーも達成したスーパースターにして白にゃんこ打線の救世主。だが日本復帰後は年もあってか外野を守っている。
MLB挑戦、楽天を経て2018年にコーチ兼任で復帰した。
その後同年に引退し、西武2軍監督に就任した。
2022年からは一軍ヘッドコーチに就任、2023年シーズンからは一軍監督に。


  • 豊田清
現一軍投手コーチで、90年代から00年代にかけて守護神として君臨した右腕。
FAで読売→広島を経て引退後は読売コーチを務め2020年から西武コーチ。
するといきなり中継ぎを劇的に改善させAクラス維持に導いたことからファンからは有能視されている

  • 高山久
現一軍打撃コーチで、野手版俺達こと「高山組」の由来になった選手。
落合みたいな神主打法*4で強肩と左キラーの右の外野手として活躍した。
後に阪神にトレードされ、そこで引退。
スカウトを経て2021年に二軍打撃コーチ、2022年から一軍打撃コーチに就任した。スカウト時代には平良を発掘して大金星を挙げている。


【主な現役選手】

大の西武ファンである斉藤一美アナによって二つ名がつけられているのでそれも紹介する。

<投手>

  • 増田達至
「底知らずの快速球」


ともみーと同期のドラ1リリーフ右腕。
2015年にはリーグ最多72試合登板40ホールドと馬車馬のように働かされた。
なのに翌年のオフィシャルファンブックの表紙にいれてもらえない可哀想なドラ1。
2018年は勤続疲労の影響か不調に陥るもののシーズン終盤に復帰すると9月のソフトバンクとの天王山では無失点リレーで切り抜けマジック点灯に大きく貢献した。
2019年は守護神として復活すると抜群の安定感でチームを支えた。
2020年はセーブ王のタイトルを獲得し、オフにはFAで流出…することなく4年12億の複数年契約で宣言残留してくれたが、そうして迎えた2021年は自身の不調と下半身のコンディション不良で二軍行きになるが復帰してからは8回を任され、2022年は開幕出遅れた平良から抑えを奪回して復活を果たした。
しかし2023年は一気に衰えが進んだか、21年以上に振るわなかった。

  • 高橋光成
2013年夏の甲子園を制した前橋育英の2年生エースとして脚光を浴び、その翌2014年ドラフトでドラ1指名を受けて入団したロン毛エース。
翌年8月に1軍デビューを果たすと松坂大輔よりも早い18歳6か月での初勝利をやってのけた。
結局そのまま8月に月間4勝を挙げ月間MVPを獲得。これはプロ野球史上最年少の快挙であった。
2018年はケガの影響で出遅れたものの9月以降一軍昇格し勝利を挙げている。
2019年は背番号13を受け継ぐとローテの一角として活躍。9月にケガで離脱も自身初の2桁勝利を挙げた。
2020年は前半戦は振るわなかったが夏場以降に覚醒。(背番号のせいか)ノーノー未遂などエース格に成長し、2021年からは3年連続で開幕投手&2桁勝利を果たした。そんな23年のオフにはポスティングによる渡米を球団に直訴するも却下された。

  • 今井達也
作新学院のエースとして2016年夏の甲子園を制した甲子園のスター。
将来のエースを期待されたが2年目に未成年喫煙が発覚し謹慎。
謹慎が解けた2018年中盤から先発ローテに加わると5勝を記録。
2019年は7勝と着実に成長を遂げている将来のエース候補。
しかし2020年はろくに試合を作れないことも多く中継ぎ降格も経験と散々な結果となってしまった。
2021年は四球癖により炎上と好投を繰り返すなど安定しないピッチングが続いたが、それでも球威は凄まじくチーム唯一の完封を挙げるなど覚醒しかかっている。
2022年は開幕前の故障で一軍合流は前半戦の終わりと大幅に出遅れてしまったが、その後はその球威でねじ伏せる投球でローテーションに定着した。2023年は中盤に離脱しながらも初の2桁勝利をマークした。

  • 松本航
2018年ドラフト1位右腕、2018年大学No.1投手の実績をひっさげ入団。
開幕直前に離脱し出遅れたものの後半戦から先発で調子を上げて1年目から優勝を経験。
2021年はイマイチ調子が上がらずにまさかの中継ぎに降格となるが即炎上するも、その後すぐに先発に復帰。後半戦は5連敗するものの投球自体は好投が続き(本人いわく「中継ぎで集中力を身に着けられたのが大きい」らしい)2桁勝利を達成した。
2022年は高熱で1ヶ月離脱(コロナは陰性)したのがたたり規定投球回数未到達、また課題の勝率5割前後の壁も超えられなかった。2023年は前半戦はイマイチも後半戦に好調。

  • 平井克典
大卒社会人1年指名漏れで入団したオールドルーキー。
サイドハンドに近いフォームから繰り出す気迫の投球でルーキーイヤーの2017年シーズン中盤から中継ぎでフル回転。
2018年からは中継ぎエースとなった一方全盛期の牧田(現楽天)を彷彿とさせる酷使&回跨ぎで大車輪の活躍を見せたが案の定2019年終盤は壊れてしまった。
なお、本人は回跨ぎを喜んでやる模様。
2020年以降はこれまでの酷使のこともあり、先発・中継ぎなんでもござれの便利屋枠に落ち着く。再び中継ぎに専念した23年のオフにはFA権を行使した上で残留した。

  • 平良海馬
2019年シーズン後半から中継ぎエースとなった若き右腕。
同シーズンは20歳ながらぽっちゃり体型から繰り出す150キロ台のストレートを武器に大活躍し優勝に貢献。
2020年は先発転向を視野にいれたがまだまだ実力不足であり中継ぎとして開幕を向かえると、160キロをぶん投げるなど覚醒・無双し、そのまま8回の男を任され、あの柳田に「苦手」と言わせるなど高卒3年目とは思えぬ活躍ぶりで新人王に輝いた。
2021年も日本新記録の39試合連続無失点をやってのけるなど、さらに凄まじい進化を遂げている。同年は不振の増田に代わり抑えも任され、20ホールド20セーブをマークした。
2022年はコロナ感染で出遅れて中継ぎに逆戻りとなり、水上と共に最多ホールドのタイトルを獲得し、またシーズン中にYoutuberデビューしたことで話題になった。同年オフには球団に先発転身を訴え、そうして迎えた2023年は2桁勝利を達成。

  • 森脇亮介
2019年にドラフト6位で入団した、プロ入り時既に妻子がいた27歳の子連れ右腕。
速球とフォークのコンビネーションで打者を料理する。
主にビハインド枠を任されていたが2020年はそこで活躍したことで7回の男を任され無双、平良とともに低迷するチームを支えた。
同時にそのルックスも相まって女性ファンが爆増した。
2021年はケガで不振に陥るも、2022年は抜群の制球力で復調。しかし2023年も好調だったが、7月から右腕の病で手術をして長期離脱、オフには育成契約になってしまった。

  • 浜屋将太
2020年にドラフト2位で入団した社会人きっての好左腕。
ロングリリーフから先発に周り3勝をマークするなど奮闘した。
2021年は開幕から炎上続きで早々と二軍に…その後も結果は残せなかった。

  • 伊藤翔
2017年ドラフト3位右腕。
高校ではドラフト漏れするも1年でも早くプロ入りしたいという思いから独立リーグに進み西武入り。
岸や西口、渡辺といった細身でしなやかなエースの系譜を継いでいる。
初先発の試合が雨で中止になってしまい、リリーフで調整していたがその間に2勝、しかも連日で挙げている。
…が、その後は伸び悩み、2021年にトミージョン手術を受けオフには育成契約となった。

  • 本田圭祐
あのサッカー選手と同姓同名だったためドラフト指名時には大きな話題になった右腕。
長らく散々な成績が続いたが、2019年に先発の一角に食い込むなど(一応は)名前ネタだけではない選手となった。
その後はしばらく伸び悩むが2022年は中継ぎで獅子奮迅の活躍を見せてオールスターにも選ばれた。

  • 與座海人
牧田のようなアンダーハンド右腕。
2022年は今井に代わり一軍ローテーションに定着し、2桁勝利を挙げた。
トイ・ストーリーのメインキャラに似ていることから一部では「バズ・ライト與座」と呼ばれている。

  • 渡辺勇太朗
2019年にドラフト2位で入団した、とても高いポテンシャルと将来性を持つ右腕。
同年に加入した内海の姿勢に感銘を受けて弟子入りし、メキメキと力をつけて2021年に一軍デビューを果たし、4勝を挙げている。
しかし2022年は開幕前に共に自主トレをしていた内海がコロナ罹患して巻き込まれる形で行動制限がかかったのが仇となったのか、開幕ローテーション入りを果たすも炎上。後半戦はなんとか一軍で勝ち星を上げるもその矢先に自身がコロナ罹患してしまい再び二軍に逆戻りと飛躍どころではない1年になってしまった。
渡辺GMにあやかり「ナベU」とも呼ばれている。

  • 佐々木健
2021年にドラフト2位で入団した社会人出身の左腕。
直球に力はあるがノーコンが課題で、先発してたった3球で危険球退場のワースト記録を更新してしまった挙句、コロナ禍で球団から出された外出制限のルールに反すること(女遊び)をして謹慎処分を受けてしまった…
捲土重来を期して迎えた2022年は中継ぎで一軍に定着した。2023年は9月にトミー・ジョン手術を受け、オフには育成契約となる。
富士大学ブランドその5。
なお、危険球退場は直後にMLBでワースト記録が更新された。

  • 水上由伸
2021年に育成5位で入団した右腕。
1年目のシーズン途中に支配下登録され、中継ぎで好投し結果を残すと、2022年はオールスター出場も果たし、平良と共に最多ホールドのタイトルを獲得して新人王にも輝く等、ドラフトでの評価とプロでの活躍振りのあまりの差に一部では「これ本当に育成で最後の指名だったの?」と言われている。
しかし2023年は前年の酷使の影響か、二軍でも不安定な投球が続くなど壊れてしまった。

  • 甲斐野央
ソフトバンクのブルペンを支えていたが、2023年オフに山川のFA人的補償で加入した速球派右腕。
…その際に一騒動起きた末の移籍であった事から、加入時には同情の声が多数寄せられる事となった。
実は160キロという球速の割にストレートの被打率はよくない。

  • 隅田知一郎
2021年ドラフトで4球団競合の末にドラ1指名を受けた大学生No.1左腕。名前は「ちひろ」と読む。
速球とチェンジアップで打者を翻弄するが、凄まじいムエンゴに悩まされて1勝しか出来ず10敗もしてしまった。
2023年は2桁勝利には惜しくも届かずも1年間ローテを任された。

  • 佐藤隼輔
2022年にドラフト2位で入団した大学生左腕。
隅田同様、手薄な先発左腕の改善を期待されて入団も、スタミナの問題から後半以降は中継ぎで起用された。

  • ボー タカハシ
2022年に加入した日系ブラジル人の助っ人外国人右腕。
若いので将来への期待値を込めての獲得だったが、1年目から中継ぎでフル回転してチームに貢献した。24年からは先発に転向する。

  • 青山美夏人
2023年のドラフト4位ルーキー。
亜大では大崩れする事がほぼなかったという安定感を誇る技巧派右腕。
1年目から中継ぎをメインに使われた。

  • 武内夏輝
2024年のドラ1ルーキー。
タイミングを取りづらいフォームから150キロ台の速球を投げ込む大学球界No.1左腕。
ホークスの和田毅を憧れの存在としている。ある意味ではあの報道の被害者。

  • 中村祐人
2023年オフに開催された現役ドラフトで広島から加入した右腕。
速くはないが伸びのある直球を投げる。

  • アルバート・アブレイユ
2024年に加入した助っ人右腕。
160キロの豪速球で抑えを期待されている。

  • ジェフリー・ヤン
2024年に加入した助っ人左腕。
非常に高い奪三振率を誇るが、かなりのノーコンというロマン投手。

説明不要のリリーフ陣

<野手>

「異次元で微笑むアーチスト」
「キング」


おかわり君。現役最高峰のホームランバッター。三振数と失策数も最高峰
彼の凄さはリンク先を参照。
中島、片岡を始めとする女性ファンの人気の高い選手が所属する西武だが、彼の女性人気ははっきり言ってお察しください
そのかわり子供の人気はバツグン。
FAに関しても「新しく人間関係を築くのが面倒だから」と全く考えていない模様。
2018年は前半戦に大不調、一時は引退と思われたがバットの素材を軽いものに変え、フォームを調整したことにより復活。
「優勝したことない若手がプレッシャーで不調になるなら俺たちベテランが逆に活躍して楽にしてやればいいんじゃないですかね」とパリーグタイ記録の6試合連続ホームランを打ち終盤戦に大きく貢献した。
2019年は満塁での勝負強さが際立つほか打率もキャリアハイを記録、8月からは不調の山川に代わって4番に復帰するなど「全盛期をおかわりしている」とネタにされた。
が、その翌年以降は活躍するのは隔年になってしまった。

大阪桐蔭ブランドその1。

  • 栗山巧

「レオの貴公子」
「眼力(目力)ナンバーワン」

イケメンキャプテン。2年連続ベストナインのヒットメーカー。
西武の選手にしては選球眼も良い。
非常にストイック&ぐう聖な性格で知られ若手からの人望も厚い聖人。やんちゃで知られる森友哉も大人しくなるとか。
乱闘が発生したときにはだいたい制止役になる。
2008年の日本シリーズの際、中島がグライシンガーから受けた死球に激昂した際には、「プレーでやり返しましょう」と言い制止した…クリさんマジ男前。そして次打者中村の仕返しかのごとき特大ホームランは今でも語り草。
2012年は選手会長とキャプテンを務め、2016年には岸の移籍濃厚で阿鼻叫喚のファンを生涯西武宣言の三年契約で癒す…クリさんマジ男前。
地味にオールスターに出ていなかったが2016年に初めて呼ばれ、オールスター初打席初本塁打を記録している。
2017年からは若手の台頭により頼れる代打としての起用が増えていたが2018年の終盤に外崎が離脱し金子侑がライトに回るとレフトとして出場。
9月17日のソフトバンク戦では初回に満塁ホームランを放ちベテランの面目躍如となった。
2020年は山川ら若手が低迷する中でぷち復活、打線を牽引しついには4番打者に。そして2021年9月4日、自身の誕生日の翌日に西武生え抜き史上初の通算2000本安打を達成、最下位に沈み嘆くファンの悲しみを癒した…やっぱクリさんマジ男前。
2023年は前半戦は不振を極めるも後半戦は一転して好調。

  • 金子侑司
「俊敏なる健脚」

所沢遊撃隊の一人でイケメン。ただし送球難持ち。スイッチヒッターであり現在は外野専門だが、二塁、三塁も守ったこともある。
足は速いが盗塁はそれほどうまくない、が、2016年に遂に盗塁王になるも、ただ最年長盗塁王・糸井のインパクトが強すぎて忘れられる
某テレビ局のパンアナウンサーと交際していたが破局。
2018年は打撃こそ不調だったものの盗塁数は多く、またその脚力で守備にも大きく貢献した。
2019年は当初こそ1番打者だったものの調子が上がらず9番に戻る。しかし9番打者としての打率はパ・リーグの中でもトップであり「迂闊に塁に出すと走られる、直球勝負が多くなり結果秋山ら強力な上位打線が打ちやすくなる」という恐怖の9番打者となった。
複数年契約を結んで迎えた2020年からは渡米した秋山の代わりに1番センターを任されたが、若手の台頭や自身の加齢により低迷。
2021年終盤は代走や守備固めで起用された。オフに入籍して迎えた2022年は打撃で復調し、1番スタメンも果たすなど立ち直るが、2023年は再び不振にあえぎ、応援団から「働け」コールをされてしまった。

  • 外崎修汰

「ベースを射抜くウィリアム・テル」

所沢遊撃隊メンバー。
俊足でパンチ力はあったものの守備はお察しだったためレギュラーが遠かった。
2017年に外野手になると打撃も覚醒。オフのアジアプロ野球チャンピオンシップ侍ジャパンに選出され、大会では見事MVPに輝いた。
2019年は本職のセカンドで移籍した浅村の穴を埋める活躍を見せる。
サードも守れる器用さも持ち味で登録人数に制限がある国際大会ではユーティリティープレイヤーとして重宝されつつある。
実家はりんご園だが好きな果物は桃。
2020年は他の野手陣と同じく打撃不振に陥るも二塁でGG賞を受賞とチームに貢献したが、2021年は死球で腓骨骨折して離脱、オリンピックも出場できなかった。
2022年はさらに打撃が低迷する(ただし左投手にはめっぽう強い)も守備はピカイチとますます守備の人化が進むも、オフには4年契約でFA宣言残留を表明した。
2023年は打撃も含めて好調。

富士大学ブランドその3。

  • 源田壮亮

「ウィスパーボイス・シュアプレー」

トーマスの駅員。そのたまらん守備でショートレギュラー問題という長年の課題を解決した救世主。
新人盗塁記録と球団新人安打記録を更新、アジアCSでも活躍した。
金子侑とは仲良しなのだが・・・いかんせんそのレベルを超えてるのでは?と思わせることが多々ある。
この他、秋山に「源田に嫌われたら終わり」と言わしめるほどライオンズの中心選手になりつつある。2021年、新型コロナウイルスで離脱したことで改めて大きな存在だということが分かった。
また2019年には元乃木坂46の衛藤美彩との交際が報じられ、オフには結婚を果たした。2022年は自打球骨折離脱、2年連続となるコロナ罹患、そして衛藤さんの身に災難が降りかかるといった事がありながらも主将としてチームを引っ張り、オフには5年15億の複数年契約を結んで、翌年取得のFAでの流出はなくなった。
2023年はWBC日本代表に選ばれ優勝に貢献したが、その時に指を負傷した事で一軍合流は交流戦になるまでずれてしまった。

  • 山野辺翔
2019年に入団した内野手。
源田の活躍に味をしめたのか大卒社会人即戦力野手として入団し、開幕前はまずまずのアピールを見せたがプロの壁は高く苦しい1年目となった。
2021年から外野にも挑戦しており、ユーティリティー枠として一軍に食い込めるかと思いきや、ケガで離脱。その後終盤にレフトでスタメン出場するも高校の先輩であるG・G・佐藤と同じポカをやらかしてしまった…。
この漫画に名前の読みが違う同姓同名のキャラがいる。

  • 岡田雅利
2014年に入団した大阪桐蔭三兄弟の次男。
高校時代は日本ハム中田と同学年だったが高卒社会人で3年指名漏れと入団までに時間がかかった。
1年目から3番手捕手として一軍に名を連ねると打撃面でもジワジワと成長をたどり、2018年は炭谷を押し退けて実質2番手捕手となった。
メディアではガンガン喋るうえに高校の後輩の森(同期入団)に弄られるなど、西武屈指のネタキャラであるが故にムードメーカーの役割も強く、2019年終盤に岡田が離脱した結果控え捕手が実質0人*5になり森に疲れが溜まりCSで守備ミス連発という悪夢となった事や、その森をはじめよくチームメイトの相談にのるなどチームメイトに慕われており、このような(打撃成績のグロさには見えない)貢献度もうかがえるなど、チームに必要不可欠な存在であることが浮き彫りとなった。
それだけに、宣言残留した2022年以降は故障でリハビリの日々なのが悔やまれる。

  • 鈴木将平
西武期待の高卒若手野手陣の1人。
かつて出場したフレッシュオールスターで応援歌しか取り柄のないあのダメ外人の応援歌が流用されたことが話題になった。
2020年は外野のリザーブとして開幕一軍入りを果たし、一時センタースタメンを勝ち取るも、程なくして失速した。
2021年も外野のリザーブとして開幕一軍入り。

  • 柘植世那
2020年入団の捕手。
高校時代からそれなりに評価はされていたが社会人に入ってから1年の指名漏れを経て入団。
前年岡田の離脱後の控え捕手が実質0人だったため、1年目から3番手捕手として開幕一軍入り。

  • 西川愛也
2017年に花咲徳栄高校全国制覇メンバーとなり、同年のドラフトで2位で指名された、西武期待の(以下略)。
非凡な打撃センスを持っているが、高校時代の故障が原因で(本業は外野だが)内野を守っていたことやDHでしか出られなかった時期があり、また3年間にかけて59打席連続無安打という不名誉な記録をやってしまった事もあり、一時期守備の人と化していた。

  • 若林楽人
2021年にドラフト4位で入団した外野手。
1年目から1番センターに固定され盗塁を量産するも膝を痛めてそのままシーズン終了。
ロッテの荻野みたいなことにならなければいいが…

  • 渡部健人
2021年に入団したドラ1内野手。
別名「横浜のおかわり君」「よくばり君」。
将来の正三塁手候補として期待されている巨漢の大砲候補だが、さっそく一軍で初本塁打を放つも、まだまだ攻守共に力不足でありその後は二軍へ。
その後、二軍では本塁打王を獲得しているが、2022年はその二軍でも不振に陥る結果となった。
2023年は山川の代わりにスタメン一塁手を任されて成長の跡を見せるが、ケガで離脱(おまけに二度にわたり文春砲の餌食になってしまった)。

  • タイシンガー ブランドン大河
2021年にドラフト6位で入団した内野手。登録名は「ブランドン」。
アメリカ人の父親から受け継いだパワーとルックスが持ち味の三塁手で、渡部と同じく次期正三塁手候補として期待されているが、2022年は股関節のケガでほぼ1年を棒に振ってしまい、渡部共々佐藤龍世の出戻りの遠因となってしまった。
結局スペ体質が原因で23年のオフには育成契約となるも、24年はオープン戦で結果を残して即支配下選手登録復帰を果たした。

  • 高木渉
あの声優と同姓同名の育成出身外野手。
二軍では自慢のパワーを発揮している将来の主砲候補。

  • 岸潤一郎
2020年にドラフト8位で入団した独立リーグ出身の外野手。
明徳義塾高校時代は1年生にしてエースで4番を任され、名将・馬渕監督に「私の教え子の中で歴代最高傑作」とまで言わしめた程の甲子園のスーパースターだったが、大学では故障と周囲からの視線に耐えかねた事もあり大学中退どころか野球そのものを辞めてしまい「消えた天才」となってしまうも、独立リーグで野球への情熱を取り戻してプロにたどり着いた。
2021年の後半戦以降センターに定着するも、既婚者の身でありながら佐々木と同じことをしようとしていたという文春砲を食らい、球団から厳重注意処分を受ける羽目にも…

  • 古賀悠斗
2022年にドラフト3位で入団した大学生No.1捕手の呼び声高き強肩強打の捕手。
柘植との控え捕手争いを制せるか。

  • 滝沢夏央
2022年に育成ドラフト2位で入団した高校生内野手。
小柄だが守備と走塁で魅せる遊撃手で、源田の故障離脱に伴い5月に支配下選手登録されると即一軍昇格&スタメン起用され、育成の高卒ルーキーとは思えない溌剌としたプレーでその穴を埋めた。

  • 長谷川信哉
2021年に育成ドラフト2位で入団した高校生内野手。
1年目から育成の高卒ルーキーながら五輪中断期間中のエキシビションマッチで中日の守護神・Rマルティネスから本塁打を打ち、2022年は二軍で複数のポジションをこなしつつ打撃でも好成績を残すなど高い素質を見せ、支配下選手登録目前と言われていたが、同年の開幕前にSNSで女性と卑猥なやり取りをしていたのを「アカウントを乗っ取られた」という嘘で逃げようとしていた事が発覚して謹慎処分を受けていた事がたたり、支配下選手登録は滝沢に先を越されてしまった。
それでも7月に支配下選手登録されてからは一軍でたびたび起用されている。24年からは外野手登録。

  • 蛭間拓哉
2023年のドラ1ルーキー。
左打席から広角に長打を飛ばす強打の外野手。
ナベUは高校の同級生で、不登校になったナベUを励まして立ち直らせた人格者。

  • 児玉涼亮
2023年のドラフト6位ルーキー。
二遊間の高い守備力が持ち味の内野手で、出遅れた源田に代わりスタメンを任されていた…が、5月には早々とバテてしまい二軍へ。

  • 陽川尚将
2022年オフの現役ドラフトで阪神から譲渡された内野手。
ゴリラと呼ばれる程の体格及びそれが生みだすパワーと左投手に対する強さが持ち味。

  • 佐藤龍世
2019年入団の富士大学四兄弟四男。
ルーキーながら手薄な控え野手陣ということもありサードの控えとして開幕からほとんど一軍に残り優勝に貢献。
しかし、2020年に相内とともにやらかして共に謹慎処分(+こちらは有罪判決)を受けてしまった。
復帰となった2021年はオリックス戦で守備で大チョンボをやらかし、即二軍へ…その後は8月に木村と共に生まれ故郷の北の大地へと渡ったのだが、執行猶予が満了したタイミングで次期正三塁手の育成が滞り気味なのと同年に嫁が騒動を引き起こした山田遥楓を追放するためのトレードのお相手として、僅か1年で復帰する事に。23年は前半戦は松井監督の愛人枠だったが、後半戦は選球眼を武器に活躍。
プライベートでは森にベタベタな様子がよく目撃されていた。

  • 炭谷銀二朗
「香り立つ男気」

俺達の友達。
強肩の持ち主であり盗塁阻止率の高さが光る。
が、打撃に非常に難があり通算打率は2割をぎりぎり越えるかといったところ。ほかの守備位置であればまずベンチである。
正捕手として活躍していたが2014年国内FA権を取得、同年に入団した打撃に定評のある森友哉の存在などで出場機会の減少が予想されたため、FA権を行使するのではとの見方もあったが残留。
2017年にも再びFA流出か?と噂されたがこの時も残留した。
まだプロとしての捕手経験の少ない森がDHで出場し、炭谷が投手をリードするという形で落ち着いていた。
しかし森が本格的に捕手として力をつけ始めた2017年から本格的に出場機会が減少。
岡田も台頭してきたことと、女房役として支えてきた雄星がメジャー挑戦をしたこともあって、2018年オフにFAを行使して読売ジャイアンツに移籍。
その後2021年7月、金銭トレードで楽天に移籍。涌井や岸、浅村らと同僚になるため「楽天ライオンズ」とネタにされている。23年に楽天を解雇され、6年ぶりにライオンズに復帰。

  • ヘスス・アギラー
2024年に加入した、MLB通算114本塁打、ミルウォーキー・ブルワーズでプレーしていた2018年にはシーズン30本塁打100打点をマークした実績を誇る右の大砲。

  • フランチー・コルデロ
2024年に加入した左の大砲。
能力の全てを長打に全振りしたかのような外野手。

<かつてライオンズに所属していた現役選手>

  • 中島宏之(中島裕之)
WBCでも活躍したチームの顔。
強打者ながら、5年連続打率3割を記録するなど確実性も高い。
ミスタープロ野球長嶋茂雄氏の言葉を理解できるスキルも持ち合わせる。
2011年オフにポスティングによるMLB移籍を目指すも契約がまとまらず西武に残留した。
…が、2012年のオフに結局渡米。
しかし結局メジャーで1打席すら立つことはなく、2014年オフに日本に戻ってくることが判明した。
西武阪神オリックスなどが獲得に動いたが最終的にオリックスに入団することが決まった。
移籍直後はかつてのような活躍はできなかったが、打撃面は徐々に上向きだしていた。
しかし2018年オフに減俸を飲み込めず自由契約。巨人に移籍することに。

  • 涌井秀章
「静かなるエース」

ダルビッシュとは同学年で親友兼ライバル。ん?実力が釣り合わない?知らんなぁ
2009年には沢村賞を受賞しているが、その年の酷使の影響か翌年以降は徐々に低迷。2012年には抑えとして復活するも本人は先発願望が強く、2014年にFAでロッテに移籍した。
ロッテでは2015年に最多勝を獲得して先発としての復活を果たすも。2020年、トレードにより楽天入り。史上初の3球団での最多勝獲得を果たす等活躍するが、2023年に中日にトレードされる。

  • 岸孝之
「しなやかな青き刃」

入団から4年連続2桁勝利を上げた本格派右腕。
2008年日本シリーズMVPで全国にその名を轟かせたはず。
ルーキーイヤーはマー君こと田中将大と新人王を争い、特別表彰で優秀新人賞を受賞した。
俺達さえいなければ…
2016年末、地元への帰還意識が増幅したためか、東北楽天ゴールデンイーグルスにFA移籍。

  • 浅村栄斗
「迷いなき一振り」


所沢遊撃隊の一人で、好不調の波が激しい。
2013年には27本塁打を放つなどチームの中軸として活躍。
だが大半が一塁手としての活躍であり、中島の後釜としての活躍を期待するファンには二遊間での出場を望むものも多かった。
2014年以降は主に二塁手として起用され、若いながら既にチームに欠かせない存在となっている。
さらに2017年からキャプテンに任命。
チームを引っ張る大黒柱として主力として戦い続けるだろう…と思いきや2018年オフ、東北楽天ゴールデンイーグルスにFA移籍。
在籍当時は大阪桐蔭ブランドその2だった。

  • 菊池雄星
「勝利への執念」
「不撓不屈の一番星」

ライオンズの左のエースとして成長した元甲子園球児。
大谷の方が有名になってしまったが花巻東が有名になったのは間違いなくこの人のおかげ。さらに言えば菊池が活躍したことで「オール岩手県民でも甲子園で活躍できる」事が証明され県外流出の減少、菊池対策の練習により打撃の向上等岩手県の高校野球のレベルを一気に押し上げた。
2011年6月に初登板するも結果は残せなかったが後半戦からローテに加わると4勝1敗とチームの3位滑り込みに大きく貢献した。
2015年当時13連敗中であったチームを勝利に導いた。
2016年に2桁勝利を挙げると翌2017年に覚醒、二段モーションという指摘や対ホークス戦の弱さを乗り越え最優秀防御率を獲得した。
サウスポーとしては球界でも有数の球速を誇るが故に力みすぎるきらいがあり、一度崩れ出すと脆い面が見られる。
ホークスは天敵であるものの、好投しても無援護に泣かされた事も多いため炎上ばかりというわけではないので注意。
逆に楽天戦では異常に強く初完投勝利、初完封は楽天戦から挙げている。
2018年、koboスタ宮城がマウンド改修された事により得意であったハズの楽天戦で炎上する、背中の張りで2軍落ちなど不調に陥るものの14勝4敗と貯金を作ると9月にはSBに念願の初勝利、オフに念願のメジャー挑戦を表明。マリナーズ→ブルージェイズに移籍した。


  • 秋山翔吾
「いつだって生真面目」
「前人未到のヒットマン」

顔がウナギイヌな外野手。
2013年にはGG賞をとるなど守備は一流。
2015年には打撃が覚醒し31試合連続安打を成し遂げるなど(歴代3位、日本記録は33試合連続)攻守に渡って活躍。
阪神のマートンが記録していたシーズン安打記録を更新、216本まで記録を伸ばした。
2017年には打撃がさらに覚醒し長打力まで身に付け打点とともにHR数もチーム2位となった。
2018年は不動の1番打者、山賊打線の切り込み隊長として活躍。
名前と所属球団からあの選手と比較されがちだったが勝るとも劣らない、ライオンズの中心選手として成長している。
隠しチャンテであの選手の応援歌が使われる事がある。
2020年兼ねてからの夢だったアメリカ挑戦のため退団したが今もパ・リーグTVの企画には出演している。
2022年シーズン途中に日本帰国を選択、復帰が有力視されるがほぼ争奪戦に縁がない広島を相手に西武が獲得戦で敗北し、まさかの広島への移籍となった。

  • 山田遥楓
片耳が難聴のハンデを持ちながらもプレーする若手内野手。外崎やコーナとは同期入団。
大型遊撃手として期待されているが打撃が伸び悩んでおり、2021年は離脱した外崎や源田の代役を任されるも、守備はともかく自動アウトが凄まじく、改めて源田の存在が大きなものであることを思い知らされた。それでもハムの杉谷や同僚の熊代みたくユーティリティプレイヤー兼ムードメーカーとして、一軍の控え野手としてなら不可欠な存在となる。
が、2019年に入籍したお相手が2022年に源田の妻を相手に引き起こした誹謗中傷問題が(その被害者たる源田の妻が元乃木坂46メンバーという事もあってか)大騒ぎとなってしまい、(明言はされていないが)実質的に追放される形で北海道日本ハムファイターズにトレード*6。嫁が勝手に暴走したのであり*7、本人の非が(監督責任的な意味で)無い訳ではないが、それでも本人が直接起こした騒動ではないので不憫ではある。23年オフには日本ハムも解雇され、楽天に育成契約で入団。
実はロリコン疑惑あり…だが、前述した元妻は6歳年上である。

  • 森友哉

「獅子を走らすガソリンタンク」

小柄ながら打撃は大型の捕手。
2年目にはオールスターに出場、2戦目ではなんとホームランを放った。
因みに10代でのオールスターでの本塁打はあの清原以来、というかそもそも10代でオールスターに選ばれる実力を持つというだけでも凄い。
DHでの出場も多く、他球団のDHには外国人や球界を代表するパワーヒッターが多い中、高卒2年目の選手が立派にその任をこなせていることにその将来性の高さを窺わせた。
一方捕手としては課題山積であり打撃にも悪影響が出るほど苦労していた。*8
2018年からは正捕手となり炭谷、岡田と捕手を分業した事で覚醒。5番打者として山川と共に山賊打線の中核を担った。
2019年は当初は5番に座っていたが後に3番に固定され首位打者を獲得した。
なお、リードに課題があると言われていたものの、オールスターでSBの甲斐と組んだ西武投手陣が炎上したためリード以前の問題であったことが発覚した。
年上のチームメイトにえらそうな口を利く*9など見た目通りの悪ガキ…かと思いきや、駅のホームから落ちた人を助け出したりしたことや実は涙もろい一面もある。
大阪桐蔭ブランドその3。
2022年は開幕直後に道具に八つ当たりした時に負傷して批判を浴び、成績も本調子とは言えないものだったが、オフには同一リーグの優勝チームだったオリックスにFA移籍、地元関西に凱旋する事になった。

  • 川越誠司
大学時代は打者としての評価が高かったのに、何故か投手でドラフト指名。
しかし、上位指名にもかかわらず3年間二軍でろくに投げず、投げたらストライクが全く入らない論外のピッチングを繰り返したため、ネットの掲示板ではフロント(特にSDとして投手としての彼に太鼓判を押したナベQ)批判のネタにされていた。
2019年になってから本来の野手に転向すると、打力でロマンを見せたことにより僅か1年で開幕一軍の座を掴み、2021年は後半戦以降にスタメン定着を果たした。
入場曲がバラエティ豊かかつネタだらけで大草原不可避。
2023年7月、高松渡とのトレードで中日に移籍。

  • 宮川哲
2020年に社会人No.1右腕の実績を引っ提げてドラフト1位で入団した右腕。
大柄な風貌から繰り出す速球が魅力。
開幕延期に伴い怪我による出遅れを回避し中継ぎで一軍入りを果たした。
しかし、2021年は開幕から一軍どころか二軍でも炎上と俺達以上の凄惨な結果になるも、2022年はビハインドで好投してなんとか持ち直す事が出来た。2023年は先発を任されたが全く通用せず、オフには元山とのトレードでヤクルトに移籍。
ファンや解説からはどう見ても森脇よりも3歳下の25歳に見えない年増な風貌と専ら言われている。

  • 呉念庭
日本の大学から入団した台湾代表の元所沢遊撃隊。
2016年はルーキーながら後半からショートのスタメンとして出場。
守備はまだまだだが身体能力にはポテンシャルを見せたものの、翌年源田の入団により以降は内野外野を転々としており出場機会は激減。
が、2020年以降は山川の控え一塁手の座を確保していき、2021年には二軍で無双していたら負傷離脱した山川の代役として一軍に呼ばれ、山川復帰後も打てない山田に代わる二塁や外野スタメンを任されるなど一軍定着を果たした。
しかし2022年も最初は好調だったがコロナ離脱以降はその好調を長く維持出来なくなってしまい、再び控えへと逆戻りしてしまった。
2023年はWBC台湾代表メンバーに選出され、大会第1号本塁打を放つ活躍を見せるも、シーズン成績は前年と似たようなもので終わり、オフには故郷台湾でのプレーを望んで自らの意思で退団した。

  • 愛斗
西武期待の高卒若手野手陣の1人。
2021年は好守を武器に前半戦に一軍定着し、初本塁打を放つなど着実に成長している。
しかし、選球眼が致命的になく、とにかくどんな球にも手を出しては凡退、のパターンが最後まで変わらず、また高校の後輩である愛也の成長もあり見限られてしまい、2023年オフに開催された現役ドラフトで千葉ロッテマリーンズに譲渡される形で移籍することとなった。

  • 山川穂高

「愛され体質のアーティスト」

アグー。趣味がピアノで書道やスケートも上手い上に目も少女漫画のようにキラキラしている。
ルーキーの2014年はフレッシュオールスターで最優秀選手に輝くもののそれ以降は燻っており、当初はおかわり2世と言われるほどフォームも同じにしていたが実際にチームメイトとなると中村の持つ股関節の柔らかさなどを持っていないことが判明、フォームを改造し2017年の夏場に一軍に上がると覚醒、2位躍進に大きく貢献した。
2018年には47本を打って本塁打王を獲得。本格的にNPB屈指のスラッガー選手として成長した。
2019年は開幕からバレンティン越えも狙えるペースでホームランを量産、娘が生まれる、沖縄での凱旋試合でホームランなど公私ともに絶好調だったものの7月にスランプに陥ると失速。8月に中村に4番を明け渡す羽目になるがそれでも本塁打王は死守。
しかし2020年以降はフォーム改造が仇になった上に怪我で大低迷した時期もあったが、2022年に見事に復活、本塁打王&打点王の2冠に輝く。
同年はオールスターで浅村が柳田に対して「アグー来年ソフトバンク行くらしいよ」と発言。順調ならFA権は2023年シーズン中に取得するため、早々と23年オフシーズンの動向が注目される…も、その2023年はとんでもない事をやらかしてしまい、その後は9月(事実上は(名目上は故障で離脱した)5月)に無期限謹慎処分を受けてシーズン終了。それでもオフには故障者特例で取得したFAを行使し、(予想予定通りに)ソフトバンクホークスに(当然ながら大ブーイングを受けながら)移籍。(その後の補償でさらに一騒動起きた事も含め)とんでもなく後味の悪い結末になってしまった。
まさかWBCメキシコ戦での代打犠牲フライが同年の最初で最後の活躍になるとは…

富士大学ブランドその1。


<主なOB(埼玉移転以降)>


  • 清原和博
桑田真澄とのKKコンビとして甲子園を湧かせた怪物。
巨人志望と表明して迎えたドラフトは、重複指名ではあったものの巨人からの指名がなく西武に。
その巨人と対決した1988年日シリ最終回の守備での涙は有名。
西武ではルーキーイヤーに31本塁打を記録し新人王に輝いたのを皮切りに、AK砲のKとして活躍。
しかし巨人への憧れは消えず1996年オフにFAで移籍。

  • 秋山幸二
抜群の身体能力でトリプルスリーを狙ったAK砲のA。
1994年にダイエーへトレード移籍、そこでも主力として活躍して2002年引退。
2009年にダイエー改めソフトバンクの監督となり、2度の日本一に輝いた。
「メジャーで通じていたであろう選手」の話題になると必ず名前が出てくる人。実際に森政権期のウィンター留学の際に引き抜かれかけている。

  • 伊東勤
ライオンズを長年支え続けた名捕手。秋山とは同郷にして高校時代のライバル。
日本シリーズにおいてセリーグ全球団との対戦経験がある史上唯一の人。
2003年に引退し即監督になるも先述の通りBクラス転落の2007年に追い出されるような形で解任。
2013年からロッテの監督を務めていたが、貧打で最下位に沈んだ2017年シーズン途中に辞任を発表。
しかしチームの発奮にはつながらず最下位フィニッシュ。伊東にとっては選手、監督通じてプロ31年目にして初めての最下位となってしまった。

  • 工藤公康
黄金期の左のエース。
1995年にダイエーに移籍してからは巨人、横浜と渡り歩き最後は西武で現役を終えた。
2015年に秋山の後任でソフトバンクの監督に。
就任1年目でいきなりシーズン、CS、日シリの3部門において完全優勝を成し遂げた。
2017年もリーグ3位からCSを勝ち抜いてきた横浜DeNAを倒し日本一に導いた。
しかしシーズン通してのサファテ酷使無双が祟り(?)、近年日本一チームの監督が得ていた正力賞はそのサファテに持っていかれることとなった。
その後は2021年限りでホークス監督を退任。
長男は俳優の工藤亜須加。

  • 渡辺久信
ナベQ。トレンディエースだったが気づいたら頭がトレンディエンジェルになっていた。
ヤクルト、台湾球界と渡り歩き伊東の後任の西武の監督に。1年目に日本一を達成。
2013年に退任、シニアディレクターを経て2019年からゼネラルマネージャーに就任。

  • 石毛宏典
源田の前の球団新人記録保持者。
元はショートだったが、ケガと田辺入団でサードにコンバート。チームリーダーとして黄金期を支えるも森の後任監督を蹴ってFAでダイエーへ移籍するも衰えが隠せなくなり引退。
引退後はオリックスの監督を務めるも結果を出せず。その後四国アイランドリーグの立ち上げに貢献した。
なお、ダイエー二軍監督時代にあみだくじやジャンケンでのスタメン決定があったと言われるが、実際にはしてないとか。

  • 田辺徳雄
石毛の代わりのショートレギュラーとして黄金期を支えた内野手。
コーチとしてもおかわりや栗さんを育てるなど優秀だが、2014年途中から監督代行、オフには正式に監督となるも結果は…お察しください。
その後は2020年に創設されたばかりの三軍で統括コーチとしてチームに復帰*10。監督経験者がコーチとして復帰するという極めて稀なケースとなった*11
2022年限りで再び現場から離れる*12

  • 辻発彦
西武黄金期はリードオフマンとして活躍、その後若手起用の方針からヤクルトに移籍し引退。
その後はコーチとして様々な球団を渡り歩いていたが、2017年から2022年まで西武監督に就任した。
2018年~2019年は残族打線と呼ばれる強力打線による黄金期を築くが、一方でCSでは下剋上を受けることが多いなど短期決戦の強さには恵まれなかった。

その他にも黄金期には、デストラーデ、平野謙、郭泰源、石井丈裕、鹿取義隆、潮崎哲也など、そうそうたる選手たちがいた。
黄金期の西武を歴代最強チームに挙げる識者もいるほどである。

平成の怪物。ポスティングでMLBレッドソックスに移籍*13
2015年にソフトバンクで日本球界に復帰するも使い物にならないまま戦力外、2018年中日ドラゴンズへテスト入団。
2020年に復帰するも身体は既にボロボロの限界であり、2021年シーズン限りで現役を引退。

  • 鈴木葉留彦
元コーチで現本部長。早稲田大卒。
ファンの間では葉っぱ、ダメな方の鈴木本部長などと呼ばれることも。
選手としては今ひとつ開花しきれなかったが、引退してからは西武の打撃コーチや二軍監督、その後スカウト部長を経て2011年に本部長と順調に出世している。
しかし彼が本部長になってからというものFA流出が年1人以上のペースになって戦力ダウンが加速しており、手腕についてはかなり疑問視されている。
その後2018年オフに任期満了で退任、ナベQに後を託しチームを去っていった。すると、2019年以降は国内流出が(比較的)防げており、「それまでの流出はやはりあからさまにこいつのせいだった」という声が上がっている。

  • 土井正博
近鉄で高卒入団後即4番を打った「18歳の4番打者」。
近鉄から平和台ライオンズに移籍し、初のホームラン王を獲得。
所沢移転後に引退。その後清原や稼頭央を育てた名コーチになった。
現在もその教えは生きており、近年の山賊打線のひな型を作ったとも言える。

  • 東尾修
トンビ。プロゴルファーの娘が石田純一と結婚したことでも有名。
ケンカ投法と呼ばれる死球を恐れぬ内角狙い、強気の投球スタイルが特徴の福岡最末期~西武初期のエース。
黒い霧による投手の駒不足をきっかけに台頭、若手なのに先発フル回転したため200敗こそしたものの200勝を達成している。
1995年からは森のあとの監督も務め、特に97年からは2連覇を達成している。

ヤクルトから友達を探しにやって来た変人にして元メジャーリーガー。
ぐるなびでボンバーマンが大好きだが、シメる時はきっちりシメる。
2013年に引退し、2014年に吉本興業に契約社員として入社。
その後2018年オフに楽天のGMに就任。
GMの第一仕事として浅村の移籍に成功した。よもや元チームメイトから主力を引っこ抜かれるとは・・・。
2021年からは監督も兼任しているが、2023年からは監督専任となる。

  • 中崎雄太
2008年ドラ1左腕。広島カープのクローザー中崎翔太の実兄。
期待を受けつつも結果が残せず首元が涼しくなってきた2016年、本格的にサイドスローに転向。
現役時代自身も変則サウスポーだった清川栄治コーチと二人三脚でフォームを作り上げた結果、消える魔球ならぬ(中継画面から)消える投手として2013年以来の1軍昇格。
投げるたびに球場の観客やテレビの前の視聴者をザワつかせていたが、同年限りで戦力外となってBCリーグに選手兼任コーチとして入団した。引退後はNPB養成専門アカデミーや野球クラブの監督として活動する。

  • 相内誠
2013年にドラフト2位の期待を受け、ナベQの現役時代の背番号41を受け継いだ右腕。
2015年にはファームで12勝を挙げているなど素質は本物だが、一軍では炎上ばっかり。
しかし、あまりにもやらかしまくったとんでもない問題児であり、2020年オフにとうとう戦力外通告。キックボクサーに転向しているが…

  • 高橋朋己
ともみーともみーともみーともみーベーイビー♪
ストレートが魅力の西武の守護神…だが17年はスペってほとんどのシーズンを棒に振った。
2018年はリハビリに費やし2019年からは育成契約となり、2020年に現役引退を発表、ライオンズアカデミーコーチ兼解説者となった。
ユニクロ愛用のいじられキャラ。

  • 野上亮磨
先発や中継ぎでフル回転していた右腕。
元モー娘。の石川梨華と結婚しキャリアハイの成績を残した2017年オフにFAで読売に3年契約で移籍するも、ファンからの視線は「山賊の援護があっても10勝10敗するレベルだし活躍出来ないだろうな」と冷ややかなものだった。
案の定、3年間振るわずしまいにはアキレス腱断裂でクビ…かと思われたがわ年俸8割カットを受け入れてまさかの残留。しかしそうして迎えた2021年も主に中継ぎで好投していたがまたしてもケガで離脱、オフに引退となった。

  • 野田昇吾
「野田なのだ」
2016年中盤から一軍で頭角を表した中継ぎ左腕。
2017年は中継ぎでフル回転を果たしU-24日本代表に呼ばれる活躍を見せたが2018年から年々成績が低迷。
2020年元日に3年前のパ・リーグとアイドルマスターのコラボでライオンズファンとなった声優佳村はるかと電撃結婚を果たした。
…が、同年オフに戦力外通告。その後2021年7月、ボートレーサー養成所に入所、翌年秋にはボートレーサーデビューを果たした。

  • 小川龍也
2018年シーズン後半に中日からトレードで移籍。
中日時代は2016年に44試合を投げ高卒7年目で遂に開花と思われたが再び二軍暮らし。
いくら投手が弱い西武でも厳しいのでは?という予想を良い意味で裏切り移籍直後から左のワンポイントを主にしてフル回転を果たしている。
フィリピンとのハーフでもあり2013年にはフィリピン代表として出場したことも。
2021年は開幕前に手術を受けたこともあり一軍登板は激減、オフには戦力外となった。その後はメキシカンリーグの球団で現役続行となるもそこも解雇され、引退を発表した。

  • 榎田大樹
2018年開幕直前にトレードで阪神から移籍。
阪神ではルーキーイヤーこそ中継ぎとしてフル回転し大卒社会人ドラ1左腕の期待に応えたが先発転向後は投手王国故にたまにしか一軍に呼ばれない不遇を味わっていた。
2018年は開幕からしばらくしてローテに入るとのらりくらいと6回まで投げては打線の大量援護で二桁勝利を記録する大当たりトレードとなった。
2019年以降は魔法が解けたのか前年の活躍はできず、ケガもあり一軍登板なしに終わった2021年オフに戦力外。そのまま引退してフロント入りした。24年からは内海の後任の二軍投手コーチに就任。

  • 多和田真三郎
2015年ドラフト1位右腕の西武富士大学四兄弟の三男。
良いときは切れ味鋭いスライダーや緩急を使い分けて無双するが悪いときはとことん乱れるムラが激しい投手だが1年目から先発ローテに君臨。
3年目の2018年は最多勝を獲得したがあわや防御率4点台という乱調っぷりを見せた。
2019年は僅か1勝と大スランプに陥り後半は離脱、復帰を期待されたが2020春季キャンプ前に自律神経の病気を患い、7月に一旦は支配下登録されたが、オフに育成契約になるも復活は果たせず2021年オフに戦力外。北海道の社会人野球チームで現役を続行している。

  • ディートリック エンス
2022年に加入した助っ人外国人左腕。
3Aでも好成績をマークしていたので期待値は大きかったが、(ライオンズの助っ人左腕では史上69年振りの)2桁勝利を挙げて見事その期待に応えた。
23年は攻略されたか1勝しか出来ず、オフには退団となった。

  • 小関竜也
90年代の2番ライト。
98年に新人王を獲得するなど堅守で連覇に貢献したが、05年オフに渡米を目指す…も結局は日本に戻り、読売でプレーするも失速。
「三塁ベースは踏み忘れていない」と言っているが…
最後は横浜で引退。その後は読売コーチを経て2020年から西武コーチ。

  • 大友進
90年代の1番センター。
当時の守護神・豊田がマウンドで彼に敬礼するかのような仕草をするのは、その守備へのリスペクトだという程の守備の人。
故障してからは攻守共に振るわなくなり中日に移籍するも、復活出来ずに引退。

  • 原拓也
「ダイヤモンドのジャッカル」

バント職人。顔がヤンキー風なことを気にしている。
山崎浩司とのトレードでオリックスへ行くが、2016年に戦力外となって引退。

  • 帆足和幸
「心優しきパームボーラー」

2011年の選手会長。西武には貴重な左腕だったが、2011年オフにFAで出身地の球団である福岡ソフトバンクホークスに移籍。
2015年に引退を表明。現在はホークス打撃投手。

  • 和田一浩
元は捕手で、伊東勤の壁などもあり外野手に転向後に打撃が開花。2007年オフ、FAで地元の中日ドラゴンズに移籍。終わった選手という声もあったが髪を犠牲にして再び覚醒、中日後期黄金期の主力となった。
その後史上最年長での2000本安打を達成し惜しまれつつも2015年に引退を表明した。

  • アレックス・カブレラ
2002年にシーズン記録の55本塁打を記録した最強助っ人。
その後、本塁打のスピード記録を次々と塗り替えた。
その後オリックスを経てソフトバンクへ。

  • スコット・マクレーン
2001年にカブレラとともに来日したツインバズーカのもう1人。
しかし翌年以降は怪我、弱点で活躍できず。その後アメリカに戻ったあと広島に移籍して引退。
現在は広島の駐米スカウトとして頑張っている。

  • クレイグ・ブラゼル
2008年優勝時の助っ人。
低打率ながらパワーは本物。
シーズン途中に頭部死球を受け離脱。
自由契約となるが、2009年のシーズン途中に阪神に加入。その後ロッテでも活躍した。

  • アレックス・グラマン
2006年、先発として加入するも結果を残せずにいたが、翌2007年は中継ぎ・抑えに配置転換されて覚醒した左腕。
08年の日本一にも大きく貢献したが、翌年以降はケガで低迷し11年限りで退団。無茶苦茶顔が怖いことでも知られる*14

  • ブライアン・シコースキー
ロッテや読売等で長らくリリーフでフル回転し、2010年に加入した右腕。
マウンドで右腕をぐるぐるブンブンブンと回すことや、ラインは必ず踏まずにまたぐ、通訳のために新しいスニーカーを買ってあげる、「他人の悪口を言ったという話を聞かない」*15という話があるなどとんでもないぐう聖エピソードも有名。
復帰が遅れる見込みのグラマンの代わりの抑えを任され最多セーブのタイトルも獲得するなど貢献したが、翌年は故障してシーズン途中に退団。
独立リーグを経て13年に復帰するも結局は同じ末路を辿った。

  • エルネスト・メヒア
2014年4月末に途中入団した助っ人。
すると初打席本塁打を記録するなど打ちまくり途中入団ながら34本塁打で中村と最多本塁打のタイトルを分け合った。
ベネズエラ出身のため、西武ドームの寒さが身にしみるようである。
また、西武線での電車通勤をしていることでも有名。勿論「ドーム号」のような特急ではなく普通の通勤電車に乗ってくる。ナイターの日は朝10時〜11時頃に出没するらしい。
山川の台頭により近年は代打での出場が多く、楽天(特に松井)を得意をしている。
しかし2021年はコロナ禍で来日できない家族のそばにいたい、とシーズン中に退団となった。

  • 西口文也
「無欲のエース」

何気にパ・リーグ最多勝投手。ぐう聖。
2000奪三振や7年連続2桁勝利などの大記録以外に、ノーノー未遂3回、98年の日本シリーズで横浜にフルボッコ等ネタに事欠かない。
近年は力の衰えが見られたが、2011年に筋トレの成果や統一球の影響で復活。
俺達と闘いながら、200勝達成を目指していたものの、2015年に引退を表明。最終成績は182勝117敗。
2018年には一軍ブルペンコーチとなり俺達を指導しているが…
2022年から松井稼頭央の後を継いで二軍監督に就任。

  • 片岡治大(片岡易之)
4年連続盗塁王を受賞したスピードスター。ケガとポップフライが多いのが玉にキズ。
2013年にFAで巨人に移籍したものの、相変わらずの故障続きで2017年に引退。

  • G・G・佐藤(佐藤隆明)
超絶老け顔からこの登録名となった右の大砲。
趣味の筋トレで鍛え上げられた怪力で強打をお見舞いしてきたが、北京五輪の戦犯と化してからは心身共に追い詰められて低迷*16、ついに戦力外になるもイタリアリーグを経てロッテで日本復帰、そこで引退。

  • 細川亨
伊東の次の正捕手。
打撃はスラガガーだったが強肩とリードで強力投手陣を支えた。
あと球界屈指の畜生。
2010年オフにソフトバンクにFA移籍、その後は楽天やロッテでプレーして現役を引退。独立リーグ球団の監督やGMをしている。

  • 土肥義弘
指名した選手全員が投手だったがほぼ全員が活躍出来なかった、97年ドラフト唯一の当たり選手。
中継ぎでフル回転したが、伊東政権で先発挑戦を訴えるも無視され干され、シーズン中に横浜にトレードされる。
その後は読売キラーとして一時期活躍するも以降は振るわず、2008年に解雇され西武に復帰。
中継ぎとして活躍し2010年オフに海外FAを行使するが、メジャー球団ではなく米独立リーグ球団に加入。2012年にオリオールズとマイナー契約を結ぶも高齢が理由で数ヶ月で解雇され、米独立リーグ球団に逆戻りし引退。
2015年から18年まで西武コーチを勤め、菊池の覚醒に貢献した。

  • 米野智人
2010年途中にヤクルトからトレード加入した捕手。
外野に転向した2012年にファルケンボーグから打った満塁弾しか目立った活躍はなく、2015年に戦力外。
2016年は日本ハムに捕手として加入するもオフに引退。現在は飲食店を経営している。
2021年からベルーナドーム前にもブースを出している。もちろん、本当にお茶を出してもらえます。

  • 平尾博嗣
阪神からトレードで加入して以降、内野のリザーブや代打でチームを支えて名誉生え抜き扱いされていた内野手。
2008年の日本シリーズでは死球で離脱した中島に代わりスタメンショートを任されると大活躍、日本一に導いた。
2012年に引退し2019年から二軍打撃コーチに就任したが、2020年に不祥事を起こしてシーズン終盤に契約解除となってしまった。
明るい性格と若手の面倒見の良さからファンからも慕われていただけに、あまりにも残念な結果であった…。

  • 佐藤勇
純朴すぎる赤ほっぺ田舎っぺフェイスに似合わず最速151キロを誇る左腕。
高校時代はコントロールが武器だったが、プロ入り後身体を大きくした結果バランスが崩れコントロールが最大の課題に。
熱烈歓迎勇者にならないことを祈るのみ。
……であったが、2017年オフに戦力外通告を受け、後日ラジオで現役引退することを表明した。

  • 大久保博元
デーブ。
打てる捕手として期待されるも伊東の壁は高すぎた。
後に読売にトレードされてそこで引退。
08年に打撃コーチとして復帰、おかわりを覚醒させるもパワハラがひどく、オフには退団。しかし10年に久信が田辺を追い出してまでして復帰させるも、案の定シーズン途中に追放され田辺復帰となった。
その後、星野の下で楽天コーチとなり、15年には星野の後任で監督となったが1年で解任。ただ松井裕樹を抑えとして覚醒させた功績もある。

  • 木村昇吾
広島で便利屋として名誉生え抜き扱いされていたが、2015年末にレギュラー争いを希望してFA宣言。
しかし、Cランクにもかかわらず獲得球団が存在せず、大騒ぎとなっている所に西武が救いの手として入団テストを行い、無事合格して入団した。
やがて一軍に昇格し、何やかんやで試合に出場……していたが、右膝前十字靱帯断裂の大怪我を負い、不幸のコンボの挙句戦力外。
だが、球団側も流石に後味が悪すぎたのかそれとも人柄を評価したのか、高待遇の育成選手として再契約し交流戦前に支配下に。しかし、オフに本当に戦力外になってしまい、クリケット選手に転身した。

  • 永江恭平
所沢遊撃隊メンバー。
高卒ながらルーキーイヤーから一軍で起用されるなど守備は非常に上手いのだが、打撃が炭谷以下でレギュラーが遠かった。
2017年に源田が定着してしまったため三塁の守備固めになったが、危機感を感じたのかついに打撃が上向いた。
…が、2020年オフにとうとう戦力外通告。

  • 水口大地
独立リーグを経て入団した内野手。
身長163cmととにかく小柄だが内野のリザーブとして一軍に名を連ねた2017年は数少ない打席ながら打率2割台後半を記録した。
この年はアルトゥーベモデルのバットを浅村に貸したらすぐに折れてしまった悲しいアクシデントもありました。
2020年オフに戦力外通告。同期のともみー共々アカデミーコーチに就任した。


  • 森慎二
豊田と共に終盤を任された右腕。
ダイナミックなフォームから速球とフォークのコンビネーションで打者を料理する。
06年、ポスティングで渡米するもいきなり肩を壊してしまい、何の活躍も出来なかった。
その後は独立リーグを経て2015年からコーチに、就任し大石を一軍に導くも、2017年に多臓器不全のため42歳の若さで急逝してしまった…

  • 大石達也
斎藤佑樹のお友達。
俺達の影響で育たない(ry
俺達総帥大沼の背番号を引き継いだのでもしかしたら…
2013年に俺達3代目総帥に就任した。
2017年は森慎二コーチから指導を受け安定感抜群の投球を見せるようになっているが、ケガの影響であまり一軍に上がれない。
2019年に戦力外通告を受け引退。2021年から二軍コーチに就任した。

  • 坂田遼
ぺヤング。左のおかわり君。
しかし一軍定着が見えてきた矢先に大きな怪我をしてフイにするなど結局二軍の帝王と化してしまっていた。
その後2018年オフに戦力外通告。2019年シーズンから、西武の二軍のスコアラーを務めることに。


  • 牧田和久
「下手に出ながら度胸満点」

松坂以来の新人王を獲得したアンダースロー。打線の援護に恵まれない。
2012年は先発に再転向したのをきっかけに、その時々の投手陣の状態によって先発、ロングリリーフ、抑えなどとすっかり便利屋枠になってしまった。
気づいたら牧田が投げている状態なので過労が心配されている。
また貴重なアンダーとして国際大会にはほぼ招集される。
2017年オフにメジャー挑戦を表明、パドレスに移籍した。
2019年オフに楽天で日本球界復帰するも2021年に戦力外、台湾プロ野球で活動するも活躍できず2022年に引退した。

  • 十亀剣
2011年ドラフト1位の大卒社会人右腕。
投げるまで解らない十亀くじと言われるムラのあるピッチングながら2013年はイニングイーターとして規定投球回数に到達し2015年には二桁勝利と活躍。
2016年に調子を落として以降は乱調癖の悪化や好投したら無援護になるなど先発5~6番手が定位置となってしまったためFA残留したにもかかわらずファンからは賛否両論の扱いを食らっている。
2021年は中継ぎで好投しているが、首脳陣の伝達ミスでリリーフカーに乗って出てくるもすぐに引き下がるというアクシデントもありました。
ソフトバンク松田宣浩に対して異常なまでに弱いことが有名であり毎年のようにホームランを打たれている事や松田以外は全員抑えたのに負け投手になるなどネタ枠としても扱われている。
2022年限りで引退、その後は球団スカウトに転身する。

  • 武隈祥太
「低めの真っ直ぐノビ盛り」


裏金発覚によりペナルティを食らった2007年ドラフトの生き残り左腕。
2013年までの6年間は高校ドラフト4位という下位指名なだけあってたまに一軍に上がる程度の左腕であったが2014年に中継ぎ左腕として覚醒。
チェンジアップによる緩急のおかげで右打者にも安定して戦えるなど大活躍を見せたが、酷使が祟ったのか2018年は防御率がほぼ2倍になるスランプとなり2019年は大半を二軍で過ごした。
2020年は開幕カードで炎上と厳しい立場に…しかし、2021年は何かを思い出したかのように開幕から安定感抜群の好投を続け、十亀や平良共々崩壊した中継ぎを支えるなど復活を果たした。
自身の成績とチームの成績が真逆になるのは本人も認めているジンクスです。
2022年、十亀の引退試合の試合前にてサプライズ発表という形で現役引退を表明。肩を痛めて*17現役続行を断念した結果であった。

  • 佐野泰雄
2016年中盤から野田と共に頭角を表した便利屋左腕。
2017年は谷間の先発で結果を出したが交流戦で故障離脱し終了。
2019年は再び便利屋枠として重宝された他今井の病欠による緊急先発で4回を投げる活躍を見せた。
ちなみにタイ人とのハーフでありタイ(泰)の英雄になってほしいという願いからこの名前になった。
2022年に戦力外通告を受けて引退、スコアラーに転身した。

  • 内海哲也
2019年にFA移籍した炭谷の人的補償で加入した、巨人軍のかつての先発左腕エース。
主に二軍で愛弟子の渡邉をはじめとする若手の生きた教科書として頑張っているが、2020年には谷間の先発で投げて移籍後初勝利をマークした。
2022年は選手兼任コーチに就任したが、同年限りで引退し翌年から二軍投手コーチに就任。23年オフに退団、古巣巨人軍の投手コーチに就任。

  • 熊代聖人
西武の愛すべきバカ。
2011年に入団しルーキーイヤーから内野外野のリザーブとして活躍。
当時から鬼崎とのコンビでローカルではやたらメディア露出するなどムードメーカーの役割も兼ねていたが徐々に出番が減少。
一時期は放出候補となったが辻体制になってから試合前の訓示係というムードメーカー兼ユーティリティ枠で一軍に再び名を連ねるようになった。
それが功を奏したのか2018年オフのVS嵐でシーズン0安打にもかかわらず出演する事態となったが本人曰く芸人野球選手枠において日本ハム杉谷には勝てないとのこと。
2022年に戦力外通告を受け、その翌日には二軍外野守備走塁コーチに就任する事が発表された。

  • 木村文紀

「剛球一直線(投手時)」

現俺達→外野手転向。
身体能力は高いが甘い球を見逃し難しい球に手を出す。
フリースインガーだがバントはうまい。
2018年は外﨑、秋山、金子のレギュラー陣により出場機会が無かったが7月1日の楽天戦でサヨナラホームランを放ち少ないチャンスをものにしている。
2019年は外崎がセカンドに回ったためライトとしてレギュラー入り、9番打者としても二桁の本塁打を記録するなど活躍。しかしその後は出番が減少し、2021年8月に北海道日本ハムファイターズにトレードされた。
2023年で引退し、古巣とはいえ敵地(ベルーナドーム)で引退試合を行うという異例の形で現役生活を終えた後にライオンズに球団職員として復帰。

【余談】

  • 本球団をモチーフとした作品にはいしいひさいちの『がんばれ!!タブチくん!!』(特にアニメ版)、西武ならぬ「西部」を舞台にしたパロディ作品『かっとばせ!キヨハラくん』があり、前者は黄金期直前の1979・80年頃・後者は黄金期の1987年から1993年までが描かれている。
  • 赤塚不二夫の時事ギャグマンガ『ギャグゲリラ』(1972~82)にも数話程西武関連の話が存在し、82年には『タブチくん』・『キヨハラくん』の間を埋める広岡監督期をネタにした作品が描かれた。
  • 2017年から2021年までまんがタイムきららMAXにて本球団をモチーフにした「埼玉ホワイトキャッツ」が登場する『私を球場に連れてって!』が連載された。こちらも黄金期が描かれている(舞台は2017年~2018年)・・・はずだが、連載前年まで低迷期だったことからこちらの世界では弱小球団扱いとなっている。「いつまで弱小球団扱いなんだよ!! 連載始まって割とすぐに設定破綻したわ!」(by作者Twitter)
  • ONE_OUTS』の「埼京彩珠リカオンズ」も本球団をモチーフにしていると思われる。リカオンズは弱小球団なので、モチーフなのは本拠地とカラーくらいだが。
  • 球団歌は松崎しげるの「地平を駈ける獅子を見た」。作詞阿久悠・作曲小林亜星という球団歌らしからぬ豪華な顔ぶれかつポップな楽曲となった。西武黄金時代には西武百貨店・西友*18といった西武系流通グループで優勝セールの際にこの楽曲が流れたため、地元民じゃなくてもこの曲を知っているという人は数多い。




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最終更新:2024年03月29日 23:39

*1 本来夏ごろに来るはずのドラフト関係の書類が自分の下に一切届かなかったと語っている。

*2 最終的に山田が日本ハムにトレードで移籍

*3 一説には、その日好調な投手を矢継ぎ早に出される為に打線が繋がらない事による。かつての近鉄やダイエー等の打撃偏重年度も短期決戦では結果が奮っていない

*4 本人は肩の力を抜けるフォームを模索した結果であり偶然と言っているが、似ていると指摘されてからは現役時代の動画を参考にしたりしている

*5 捕手自体はいたが、控え候補がプロ12年目で1軍出場数が12試合の中田祥多やその年1軍に出たばかりの駒月などお世辞にも実力がある人がいなかった。

*6 日本ハムも杉谷拳士が引退してユーティリティなムードメーカーが不在になった事もさながら、同じく嫁が暴走した稲葉GMが山田を不憫に思い、救いの手を差し伸べたのではないか、という説がある

*7 その後は幼い子供がいる事からして離婚はしないと思われていたが、結局離婚して子供の親権は山田が嫁に譲る事となった。プロ野球選手がシングルファザーというのは過酷だという事から仕方ない…とはいえ、それと時をほぼ同じくして山田の不倫(ちなみに、お相手は元HKTメンバーであり、元ホークス育成選手の妻というダブル不倫)が発覚したのでは、山田が子供の親権を得るのはどのみち厳しかっただろう。

*8 そのため、DHが使えない交流戦を見越して外野起用された時期もあった。

*9 金子にタメ口、山川をデブ呼ばわり等。ただし、その山川とは同期入団ということもあり仲は良いし、前述通りで栗山には大人しくなるが

*10 三軍は2021年で二軍に統合され、同時に田辺も野手特命コーチに配置転換された

*11 他には横浜の山下大輔がDeNAになってからコーチや二軍監督として復帰した事がある程度。なお、彼も現役時代は田辺と同じく遊撃手だった。

*12 なお、同時にしれっと三軍も復活した

*13 この時に球団に入った移籍金は円単位でもドル単位でも当時としては最高金額だったが、ドル単位の方は後にダルビッシュの移籍時に更新された。ただし、その間に円高が進んだので円単位だと今もなお松坂の方が史上最高金額である。

*14 いわゆるコワモテではなく狂気的な怖さ

*15 ただし読売時代にチームメイトだったダン・ミセリが悲惨な成績で退団の後に浅草観光していたことについてはボロクソにこき下ろしていた。要は素行の悪い外国人選手には容赦しない、ということである

*16 後に「しくじり先生」で出演した時には自殺も考えたほどだった、と語っている

*17 引退試合ではなく、試合開始前のセレモニーで引退発表後のメモリアルピッチで1球投げるだけだったのも、「引退試合になると何球投げるか分からないから出来ないから」という程の重傷だったらしい

*18 現在はアメリカの投資ファンドおよび楽天の傘下。一時はアメリカのスーパーウォルマートの子会社で、現在も株を保有する。