故郷(文学)

登録日 :2012/09/30(日) 22:41:44
更新日 : 2017/01/01 Sun 02:33:50
所要時間 :約 2 分で読めます




私は極寒を冒して、二千余里を隔て二十余年も別れていた故郷に帰ってきた―――


【概要】

魯迅の書いた短編小説。
現在は青空文庫でも読むことが可能。

本家Wiki曰く、この作品が書かれた当時の中国に残存する封建的な身分制度に対する嘆きと共に次世代への希望が込められているらしい。

ちなみにこの作品は 中学3年の国語の教科書5種の内、その全てに採用されている

それだけ今の中学生に読んでもらいたい作品なのであろう。
だがきっと今日もどこかで学校で読まされてまるで意味がわからん状態の中学生がいるに違いない。


【あらすじ】

「わたし」は生活が苦しくなった家族の引っ越しの手伝いをするために20年振りに故郷へと帰ってきた。
そこで「わたし」は少年時代の友人との久々の再会を果たす。
だがそこで「わたし」は自分の思い出とはかけ離れた友人の今の姿に愕然とする。

ちなみにこの一家の家からの立ち退きのあたりは作者魯迅の実体験を元にしているらしい。


【登場人物】

作中の登場人物は書かれた当時の中国人各種を象徴している。

「わたし」(迅ちゃん)

主人公。彼の視点から物語は進む。
職業は公言していないがおそらく知事。
しかし生活は決して裕福とは言えない模様。
自分の思い出に映る故郷と帰省して見た故郷や人々の差異にショックを受ける。

少年時代にはまだ家庭は小作人を雇える位には裕福だった。

閏土(ルントウ)

少年時代に一時的な小作人としてやって来て、「わたし」と出会い仲良くなる少年。
紫の丸顔で厄除けの銀の首輪をつけている「わたし」のあこがれ。

「わたし」の知らない色々なことを知っており、モグラ狩りをするほど元気な少年だったが……


が、大人になって再会してみると、背丈は伸びて紫の丸顔はどんよりと黄ばみ、額には深いシワが刻まれてみすぼらしい身なりの木偶の坊へと変貌する。

かつて「わたし」を「迅ちゃん」と呼んだが「旦那様」に変わり、「わたし」の母親は「大奥様」と呼び、「わたし」にヘコヘコしている。

本人曰く少年時代の振る舞いに関しては「自分が何も分かっていなかった」とのこと。
あと少なくとも5人以上の子持ちである。

彼の変貌の原因は兵隊やら地主やらその他諸々によって苦しい生活を強いられてきた為であり、当時の中国の農民の姿をイメージしている。


楊おばさん

かつては「豆腐屋小町」と呼ばれ、店の売上を左右するほどの美貌の持ち主だった女性。
しかし今ではその美貌は見る影もなく皮肉屋で嫌みたらしいクソババアへと変化する。

彼女の両足を真っ直ぐに伸ばした立ち姿は製図用のコンパスのように見えるらしい。

一家が引っ越し準備をする中、毎日の様に現れ不要な道具類の中から使えそうなものを躊躇いもなく物色していく。

そのすさんだ性格は当時の中国人女性をイメージしている。


宏児
「わたし」の甥っ子。

水生
閏土の5人目の子供。

かつての「わたし」と閏土のようにまだまだ純真で世の中を知らない少年二人。
二人の出会った状況や会話は少年時代の二人を思い起こさせる。

だが「わたし」は今のままの状況ではまた自分と閏土のような互いに隔絶した関係になるのではと考えている。

この二人はある意味この先の未来を暗示しているともいえる。




―――希望とは本来有というものではなく、無というものでもない
これこそ地上の道のように初めから道があるのではないが、歩く人が多くなると初めて道ができる


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