ミハイル・カラシニコフ

登録日 :2011/04/24(日) 21:15:17
更新日 : 2016/10/05 Wed 13:20:11
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ミハイル・チモフェエヴィチ・カラシニコフ
(1919~2013)
Михаил ТимоФеевич Калашниов
ソビエト連邦 アルタイ州キューラ村


旧ソ連時代から現在に至るまで、旧共産圏を代表する銃器デザイナー。
銃器デザイナーと言えばブラウニングとこの人ってぐらい有名人。

AK-47の開発に始まり、USSR PKやAKMなどソ連軍主力小火器を次々と開発した天才。
既に退役しているが、これまでの功績から特例として「退役中将」ではなく「技術中将」である。
天晴れである。



○開発する前までの経歴
農家に生まれた彼は1938年に19歳で陸軍に徴集され、戦車操縦兵となった。
独ソ戦が始まると赤星勲章を授与されるほどの活躍を見せたが、1941年にブリャンスクで重傷を負い後方へと送られた。
その途上でドイツ軍の追撃に遭い、ドイツ軍の自動火器(StG44やMP40)の威力を目の当たりにする。
本国での療養中に設計した短機関銃がトカレフ拳銃の開発者の目にとまり、1943年に銃工としてトゥーラ造兵廠に迎えられる。
後年「もし戦争がなかったら、農業労働を楽にする機械を作っていただろう。ドイツ人が私を銃器設計者の道に進ませた」と語っている。
人の運命というものは不思議なものである。



○AK-47の開発
初めて設計した短機関銃は正式採用されなかったが、
銃工としての道を歩き始めた彼はアメリカ軍のM1ガーランドの発射機構に範をとって1946年に全自動発射可能な自動小銃を設計した。
後に制式採用されAK-47となる突撃銃の誕生である。

すでにSKSが制式採用されていたが、新たに生産が決定され、1949年から配備が始まり、1950年代以降は広く普及した。
他にも改良型のAKM、西側諸国の口径に合わせた5.45mm×39のAK-74の設計も手掛けている。
AK-47はシンプルな設計で量産に向いており、「どんなに乱暴に扱っても壊れない」「グリスが切れようが、泥水に浸かろうが撃てる」と言われている。
彼の設計した小火器は一般にソ連の兵器らしく簡潔な設計で、並外れた耐久性とシンプルな設計で多くの軍人から信頼を勝ち得た。



○AK-47と彼のその後
上記の功績によりソ連時代には2度も社会主義労働英雄称号を与えられ、ソ連解体後の1998年には聖アンドレイ守護勲章を授与されている。
退役時の階級は技術中将であり、功績によりこの階級は 特例により有効である。
技術工学の博士号を持っており、故郷のアルタイ地方には銅像も建てられている。
ソ連解体後はスポーツライフルの開発をしていたが、AK-74の改良型のAK-200など軍用ライフルの設計にも参加している。まだまだ現役のようだ。


AK-47は数多くの正規品、コピー品が氾濫し、戦場から密猟の場までその姿を見る事が出来る。
どれだけの数が生産されたのかは定かではなく、資料や研究者によって1億弱~5億挺とかなり幅がある。
各々の地域・環境に適応し、独自の進化を遂げてく様はもはや一種の「生物」といえる。

共産国家のソ連では個人資産の概念は無くパテント料は1ルーブルも手にしていない。
が、近年エリツィン元大統領がAKのパテントを徴収すると演説し、徐々に具体化しているようだ。



○現在
2010年現在ロシアのイジェフスクの3LDKのアパートで孫と二人で過ごしているとのこと。
残念なことに長期間の発射テストを行ってきたため現在では聴力に障害が出ているという。悲しすぎる。

2004年にはカラシニコフと言う名のウォッカを販売し、翌年には時計ブランドの「カラシニコフ・ウォッチ」を立ち上げている。元気なお爺さんである。
これらについては「私はいつも著名な自分の銃の名前を良いことをすることで広め、向上させたいと思っている」と語っている。
時計のケースには「テロのない自由な人生を」というメッセージが刻まれている。

2009年11月10日90歳の誕生日を迎え、モスクワクレムリンでメドベージェフ大統領からロシアでは最高位の勲章「ロシア連邦英雄」を授与された。

近年は持病の心臓病により入退院を繰り返していたが、2013年12月23日、ロシア中部イジェフスクの病院で死去。享年94歳。



○余談
  • ビゾン短機関銃の開発者ビクトル・カラシニコフは彼の息子である。
  • 彼を直接取材した床井雅美氏の談によると射撃の腕は「設計の才能と比例しない」とか…
  • ホビージャパンで刊行している漫画「ぴくせる☆まりたん」の編集者がサインを貰いに行ったところ、
    カラシニコフ氏は「子供に銃を持たせちゃいかん!」と編集者を叱り付けたらしい。
  • テロや途上国の紛争地域で用いられることについて、「祖国を守るために開発したもので、予想していなかった。残念なことだ」とコメント。
  • 低緯度紛争に氾濫するコピーAKについて、
    「契約切れにもかかわらず、買い手さえいればどこにでも売る。それがAKの評価を落とす事となる。開発者としては極めて不愉快な事だ」と嫌悪感を隠していない。
  • 劇画ゴルゴ13のとある話で、 似たような人が ゴルゴに射殺されたことがある。
    上記の通り、当時は現実の本人は健在だったのだが、てっきり既に死んだものだと思った人も多いとか少ないとか。




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