安楽死

登録日:2011/01/31(月) 00:28:48
更新日:2024/04/11 Thu 01:49:08
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安楽死とは、植物状態になる以前の患者の意思により、患者の生命維持装置をはずしたり、
激しい痛みに苦しむ患者に劇薬を投与したりすることによって、患者が死ぬこと。
普通前者を「尊厳死」、後者を狭義の安楽死として区別するが、後者は未だ必ずしも合法とは認められていない(新明解第六版)。




要は不治や末期、苦痛という条件下のもと、医師が積極的あるいは消極的手段によって、患者を死に至らしめること。
辞書も明言しているように、2020年代時点の日本国では、「安楽死」という行為は厳密には「医師の手によって行われる殺人行為」である。もしくは自殺幇助。

積極的安楽死がいわゆる自殺幇助にあたる。患者の自発意思と一定条件のもと、医師が薬物投与によって殺害することが積極的安楽死にあたる。
尊厳死とほぼ同義で使われる。

消極的安楽死は医療行為の中断のことで、意図的に患者の死期を早めることを指す。
また、苦痛を取り除くためにモルヒネなどの薬物を投与し、結果として死期を早めることを間接的安楽死ともいう。




現在も法律で安楽死を認めてはいないが、かつて名古屋安楽死事件というものがあり、
そのときの名古屋高裁ではある要件を満たさない限り違法として扱うとしたため、
いつの時代も黙認というグレーゾーンに位置していると思われる。なお、当時の要件は以下のとおり。

1,死期が切迫していること。
2.耐えがたい肉体的苦痛が存在すること。
3.苦痛の除去、緩和が目的であること。
4.患者が意思表示していること。
5.医師の手によって行われること。
6.倫理的妥当な手段を用いること。

ちなみに、名古屋安楽死事件をかいつまんで説明すると、体を動かす度に激痛を訴えるため実質的に体を動かせない状態で、「殺してくれ」と度々叫ぶ父親を、息子が有機燐殺虫剤を混入させた牛乳で毒殺したというもの。
医師でないものが倫理的に妥当でない手段を用いたことで有罪判決になった。


さきほどの安楽死要件を見ればわかるが、実に穴だらけである。
本人の意思がとれなければ?
倫理的妥当性とは?
すべて最高裁の判断に委ねなければならないのか?


しかし、その33年後に安楽死要件が変更された。変更に至った事件の内容は、多発性骨髄腫を患った男性が入退院を繰り返していたが、あるとき悪化。
家族が医師に対し強く安楽死を求め続けた結果、医師が独断で致死量の塩化カリウムを投与し、殺害したというもの。裁判でこの医師は有罪判決を受けた。

この事件の問題点は、患者自身に病名を告知していなかったことと、ある医師の独断で行われたことによるのだが、
ここでは言及せずにこの裁判で提示された新たな要件をあげる。

まず、消極的安楽死についての要件が、

  • が目前であり、回避不可であること。
  • 患者の明確な意思、それが不可能ならば本人の意思を推定できる程度の家族の意思、あるいは書き置きのようなものがあること。

となっている。

間接的安楽死については、

  • 死期が切迫していること。
  • 耐えがたい肉体的苦痛があること。
  • 医療上の代替手段がないこと。
  • 患者の明確な意思、あるいは推定的意思があること。

としている。

最後に、積極的安楽死では間接的安楽死とほぼ同じだが、「本人の明確な意思があること」のみを条件としている。
意思を表示できるほどの意識がなければ、痛みなんぞあるものか、という考えから積極的安楽死は患者の明確な意思のみになった。

安楽死を権利として認めるべきだという人物(団体)がいることに対して、当然のごとく「生存権を脅かすもの」「死を強制するハラスメント=デスハラスメントを発生させる」として警戒する人物(団体)もまた存在する。
安楽死を認めれば人を死なせる権利を認めることになるので、生命軽視への雪崩現象(およびデスハラ)を生むのではないかと危険視する者が少なからずいるのである。

この点について問題なのは、「死ぬことが権利なのか」ではないだろうか。

安楽死要件にあるとおり、安楽死とはつまり苦痛から逃れるための手段として用いるものであり決して権利としているわけではない。
日本では、自殺しようとしている人の自殺を助ければ、それだけで自殺ほう助として犯罪になる。
自殺ほう助が犯罪でなければ、患者がOKを出している件である限り、医師が罪に問われることもないのである。

そもそも、死ぬことは絶対であり、権利ではない。死は誰にでも平等であるが、訪れる時期が違うものである。
極論すれば、殺人ですら死を訪れる時期を早くしているのに過ぎない。
同様に生存権も、果たして権利なのか疑わしい。生存権とはつまり社会的価値観に基づいた「人間らしさ」を保持するためのものであり、
種の保存という意味で人間が生きることは、権利などという行為、不行為の自由選択などではなくもっと根本的なことであるはずだ。

安楽死はつまるところ道具でなければならない。避けがたい死が目前ではあるが、そこに至るまでに痛みを覚える必要はない……そのための安楽死ではないか。

しかし、安楽死の場合、治療代を払う家族などが「安楽死にかこつけて死なせてください」となってしまう危険性もある。
また病人の場合、意識自体も怪しい。
例え地獄の苦痛に苦しもうと、最後まで生きようとしている人を死なせるのは問題外である。
結果として安楽死が「死にそうな病人を殺す権利」に代わってしまうリスクも決して小さくない。

これらのメリット・デメリットはいずれも悩ましい問題だというしかなく、うまい落としどころが見つからないまま何となく運用で認められているというのが実情である。
もちろん、一歩間違えば医師は殺人罪に問われるため、その運用はものすごくリスキーである。


動物の安楽死

動物の予後不良や殺処分も安楽死として扱われることもある。
後者は特に動物愛護法に従って行われた場合、安楽死とされるため、柔らかい表現として度々使われる。
食用のために殺す場合は屠殺、屠畜と表現することが多い。

こうした予後不良の例としては競馬に用いる競走馬が特に有名だろう。
は4本の脚で体を支えている動物であるが、そのうち1本でも重度の骨折を起こしてしまうと自重を支えられなくなり、起き上がる事が出来なくなってしまう。
こうなると、例え命を繋いだとしても待っているのは地面に接している部分から徐々に体が腐敗していくという想像を絶するほどの苦痛…それを少しでも和らげるため、速やかに薬物注射による処置が行われるのだ。
レース中の事故によりこうした悲運の最期を遂げてしまった馬は少なくない。特に一時代を築いた名馬としてよく話題に上がるサイレンススズカライスシャワーの悲劇は、その最たる例だろう。

また、あまりに高齢な馬の場合、体力の限界を迎えたため立てなくなってしまった場合も安楽死の処置が取られることがある。
最近旅立ったナイスネイチャの件が記憶に新しいユーザーも多いだろう。

人間以外にはライオンが安楽死という文化を有している。
アフリカのサバンナの肉食獣としては最強で、高度な社会性を有する群れで生活するライオンは普段なら人間とはぐれオスライオン以外の敵を気にせずに生活出来る。
だが、出産期のメスは単独、若しくは護衛の1頭を伴って群れの主力から離れて出産する。
産まれたばかりの赤ん坊では群れの幼獣との遊びや母乳争奪戦に対応出来ないと、此れは此れで理由があるが、群れの仲間、特に縄張りのパトロール役として外敵を抑止している父親と離れるこの時期が一番危険なのだ。
それでも、メス1、2頭でも真っ向勝負ならヒョウやチーターに圧勝するし、余程の数の差が無ければハイエナにも勝てるし、アフリカスイギュウも撃退出来る。
しかし、群れから独立したばかりの若いオスゾウが相手だと、父親を先頭にした群れの主戦力の総攻撃なら倒せても、メスライオン1、2頭ではとても勝ち目がない。
大人のライオンならゾウよりも速く動けるので、逃げに徹していれば身を守れるが、よちよち歩きの赤ん坊では母親が上手く隠すしか対策は無い上に、ゾウは鋭い嗅覚と聴覚を兼ね備えている。
ゾウに傷を負わされた我が子が軽傷なら母親は手当てをするが、致命傷を負わされた場合には我が子を安楽死させてその遺体を食べる。
人間視点では残酷に見えるが、致命傷を負った子供や遺体を放置していると、ヒョウやハイエナにその臭いを察知されて無事だった子供まで襲われるリスクが爆上がりするので止むを得ない一面も有るのだ


その他安楽死に関わるあれこれ


  • ナチスではT4作戦という名称で、障害者に「恩寵の死」を与えた。

  • 明治の文豪・森鴎外も『高瀬舟』で安楽死をテーマにした。

  • 漫画ブラック・ジャック』には、安楽死を請け負う医者ドクター・キリコが登場する。ただし勘違いされやすいが、彼はあくまで手の施しようがない、助かる見込みが無いと判断した患者に安楽死の処置をするのであって、患者本人が死を懇願しようと断るケースもある。何でもかんでも殺す「死神」ではなく、スタンスは通常の医者と変わらず「自分も医者の端くれ。命が助かるに越したことはない」ともBJに語っている。



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最終更新:2024年04月11日 01:49