Fw190

登録日 :2009/06/05 (金) 02:04:45
更新日 : 2016/07/06 Wed 22:09:09
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フォッケウルフ Fw190は、第2次大戦時のドイツ第三帝国の戦闘機である。
なお、製造メーカーの名称は、アルファベット表記上ドイツ語としてはフォッケ 『ヴ』 ルフの方が正しい。


●出来るまで
時は1938年…

「フォッケ君、暇かね?」

フォッケ社 「は、はあ…」

「実はメッサーのBf109の生産が一杯一杯で、予備の戦闘機が欲しいなー、って思っててさー(チラッ)」
「暇な飛行機会社ないかなーと(チラッ)」

フ社 「あの…うちで良けれb」
「そうか!やってくれるか!まあ補助機だしそこそこの性能でいーよ!」

頑丈だったら

※実は当時Bf109のトラブルが多発していた。
これを受け、Bf109の補助機としてフォッケウルフ社は飛行技師タンクと僅か 11人 の愉快な仲間たちで開発を開始。

主任のタンク技師曰く

「メッサーの様なスペランカー体質では駄目だ!戦闘機とは軍馬であってサラブレッドじゃない!」
との考えに基づき設計され、結果

  • 素晴らしい加速性
  • 操縦しやすい
  • 頑丈(※機体構造的に)
  • 整備性も高い
  • 大量生産も簡単


とまで言える機体が完成した。
ただ欠点が1つ。

高速度で旋回をしようとすると、たとえ最高速でも「失速」する のだ

(実際は「失速」ではなく「流域剥離」と呼ばれる現象で、翼の表裏のエアの流れのバランスが崩れる為に揚力が維持出来なくなるもの。「大気(対気)速度が不足」し「必要な揚力を翼が発生しなくなる」失速とはメカニズムもその後の挙動も大きく異なる)

しかしこの特性を使って、所謂「ひねり込み」に近い機動が可能。

旋回前にスロットルoff→旋回→失速→スロットル全開、で

「あ、ありのままを話すぜ!信じられないと思うだろうが今俺はフォッケの後ろに付いたと思った瞬間後ろに付かれて撃墜されたんだ!!!」


と、某大空のサムライばりの 変態機動 を展開した猛者もいたと言う。
なお、黒江保彦少佐の「私の見たFw190」の中では
「旋回性能:Fw190<<<日本機」
「加速性能:Fw190>>>日本機」
とある。
(要約。詳しくはググるべし)

日本に有償供与されたA-5は上昇性能や操縦性から格闘戦万歳な日本のパイロット達にも好評で、この機体の存在が後に五式戦闘機開発の大きな手助けにもなっている。
が、その一方で上記のように彼ら視点では旋回性能に大きく難があり、(日本側の燃料の問題もあるのだろうが)カタログ通りの速度が出なかった(四式戦闘機・疾風の最高速度以下)ことが響いて最終評価は 「これじゃP51には勝てん」「この点(速度)がドイツの敗因だな」 に落ち着いてしまった。

●実戦とその後


当初はBf109の「補助」戦闘機という位置づけだった筈が、 いつの間にか主力戦闘機の一翼を担う事に。

1942年2月の戦艦「シャルンホルスト」「グナイゼナウ」による海峡突破作戦では、英軍のフェアリー ソードフィッシュ雷撃機を寄せ付けず作戦の成功に貢献。

同年8月の英軍によるディエップ上陸作戦では投入された敵新型スピットファイアⅤやタイフーンを圧倒、制空権を一時的に奪回している。
また、実戦投入当初は

英軍パイロット「ドイツ機なんて格闘戦でイチコロさ☆HAHAHA」

フォッケの ひねりこみ!

「Noooooooo…!!!」
チュドーン

と、未知のフォッケに対しそれまでの対Bf109戦法だった格闘戦に持ち込んできた英軍機を、多数返り討ちにしたという。
戦争が進むにつれ、基本形のA型から派生し、性能向上型のD型(後述)や戦闘爆撃機にしたG/F型等、多数のバリエーションが生まれた。

ちなみにこのG/F型。
戦闘爆撃機とはいえ片っ端から敵戦闘機を落としてく ので、護衛に就かされたBf109のパイロット達はアホらしくなったそうな。


Bf109マジ涙目



なお、我らが魔王ハンス・ウルリッヒ・ルーデル閣下もこのFw190のA型及びF型を駆って多々出撃されてたりする。

魔王の化身はJu87だけでは無いのだ。
というか機体性能面で陳腐化していたJu87の実質的な後継機と化しており、ドイツ版ヤーボと呼んでも差し支えない。
ジェットエンジンを採用した急降下爆撃機Hs132が間に合わなかったせいもあるが。

ちなみにこのFw190、液冷エンジン だーいすき な独空軍にしては珍しく、空冷式エンジンである。


フォッケ社 「だって液冷エンジンはメッサー優先、ってアル中が」



しかし本土防空戦の時点で既に空冷エンジン故の高高度性能の低さが露呈。

ターボチャージャーを標準装備した米軍のB-17B-24などの重爆や護衛のムスタングP-47に大苦戦する。
ましてや、A型はナンバリングを重ねるごとに重装備化してしまい、それによる飛行性能の低下が追い打ちとなってしまう。
その為大戦末期にはユンカース社製液冷エンジンを載せた機種も生産された(Fw190D-9)。

この機種はその外観と形式番号から「長鼻のドーラ」と呼ばれた。
派生機種で重装備が行き過ぎたA-8の反省から、武装数は減り高高度性能もそこまで改善されたわけではなかったものの、大幅な性能向上には成功している。
ある戦闘団の仕様機はその任務上行動範囲がほぼ国内防空網限定だったことに加えて、機体下面のシルエットが酷似している敵国機が2機種もいたこともあってか、味方防空網からのフレンドリーファイア対策用配色でその部分が塗装されていた。
で、どんな配色かというと、真っ赤に染め上げて白いストライブを走らせた、という非常に強烈な物であり、ミリタリーらしさあふれる機体上面の配色と全く合っていない。
下手したら自殺行為同然の派手で無茶なこの配色から、件の戦闘団仕様機を 「赤腹ドーラ」 と呼ぶ者もいる


ちなみにこいつはD-9型のマイナーチェンジ型であるD-13型

D-13は少数機に留まったが、性能比較試験を実施した英国空軍(RAF)はタイフーンから発展したテンペストとほぼ互角と評している。

松本零士作品に出てくるフォッケは大体このタイプ。
(「ベルリンの黒騎士」とか)

そして、Ta152へ…


が、時既に遅く、敗戦。


最終的に、終戦までの総生産数は各型合計で2万機を超える優等機となった。

●プラモデル


ミリタリーマニア間の人気が高い機体だけあって、国内外の有名メーカー各社がこぞって出している。
日本のメーカーの製品だけでも今は亡きオオタキ製(金型はアリイを経て現在はマイクロエースが保有)、フジミ製、ハセガワ製、タミヤ製と非常に豊富。
中でもタミヤとハセガワはかなりのバリエーションを出している。
キットの完成度はもちろんタミヤがトップなのだが、実はタミヤ製の1/48はパーツの接合部の問題で主翼の両側の付け根と胴体の間に 目立つ隙間が生じている ため、組み立てる際の対策が不可欠という欠点を抱えている。



追記・修正、頼む!Sieg Heil!!!

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