偽汽車

登録日:2012/04/16 Mon 22:01:49
更新日:2024/01/21 Sun 23:14:32
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偽汽車(幽霊機関車)は、存在しない幻の蒸気機関車が線路を走るという伝説である。
日本に鉄道が普及し始めた明治時代に各地で語られていた。


■事例

常磐線付近で語られた話を紹介する。

明治時代、葛飾区亀有などで夜遅くに汽車が線路を走っていると、汽笛が聞こえ、同じ線路の前方から別の汽車が走ってくるのが目撃されていた。
その度に機関士は「(゚Д゚;)ワーオ危ない!」と慌てて急ブレーキをかけるが、ぶつかると思ったその瞬間、その汽車は煙のように忽然と消えてしまう……

このような現象が続いたある夜のとある線路上。
その日も1人の機関士が汽車を走らせていた。
ふと前を見ると、正面には件の幽霊機関車が!
しかしこの機関士が大層度胸のある人で、「その幻想をぶち殺す!!」とばかりに、スピードを落とさずそのまま突撃していったのである。
あわや正面衝突と思われたその瞬間、
ア゛ア゛ォウ!」というウィルヘルムの叫び声が聞こえ、その機関車は消え去った。

翌朝その付近を調べると、汽車に轢かれた貉(ムジナ)の死体があった。
それを知った人々は「線路の建設のために住処を壊された貉が、機関車に化けて人間に怨みをぶつけていたのだろう」と噂した。
その後、亀有駅近隣の見性寺には、貉を供養する「貉塚」が立てられたという。


つまり、鉄道敷設という勝手な行動に怒った動物たちの怨みが人間を驚かした、自業自得ともいえる事件だったのである。
しかし、「原因となった機関車に化けて怨みを晴らす」というのがなんとも物悲しく、結局は人間に敗北するという(動物側にとっては)救いのない結末を迎えている。
さしずめ『平成狸合戦ぽんぽこ エピソードゼロ』といったところか。
狢塚は現存しないが、見性寺の境内には「狢塚」と彫られた石碑が今も立っている。


■解説

上で紹介した通り、偽汽車の正体は貉・狸・狐等が化けたもので、人間を驚かしている内に本物の汽車に撥ねられ、死体となって発見されるといったものが多い。
民俗学者の柳田國男は、狸を「下らぬ悪戯をする滑稽な動物」と称し、狸が何かの音を真似て人間を騙すという日本古来の逸話が、偽汽車の伝説につながったと主張した。
その根拠と言えるのが偽汽車の登場時期で、日本初の鉄道開通は明治5年(1872年)だが、偽汽車の噂が出回り始めたのは明治12年(1879年)頃―これは汽車の運転手がイギリス人から日本人に代わったタイミングと一致しているのだ*1
日本には古来より化け狐・化け狸の伝承・民話が存在する。そうした背景と、鉄道という近代的な事物に対する驚きや戸惑いが絶妙に合体した伝説が、偽汽車なのではないだろうか。

前述の柳田と親交のあった文学研究者の佐々木喜善も、著書の『東奥異聞』にて偽汽車(狐が化けたバージョン)を紹介している。
佐々木は伝説の発生地とされる村に赴いて証言を集めようとしたが、現地の人々は「そんなことはあるものですか、知らぬ」と皆否定したという。
面白いのはこの後で、彼らは続けて(偽汽車の伝説を)「別の場所で聞いた」「知り合いから聞いた」などと話したらしいのだ。
そして伝説は消滅するどころか、各地に広まりつつあることも佐々木は指摘している。

「(ころころ変化する)どこかの場所」や「(はっきり特定できない)知り合い」の話として全国に伝わる噂話と言えば……そう、都市伝説である。
鉄道・馬車・洋服といった西洋の文物が一気に流入した明治の文明開化。これにより特定の土地に根差した民間伝承(河童雪女など)は徐々に鳴りを潜め、場所を必ずしも限定しない都市伝説(口裂け女人面犬など)がやがて隆盛となった。
そうした移り変わりを象徴する伝説が偽汽車だったのではないか……という想像もできるかもしれない。





追記・修正は汽車に正面から突撃しつつお願いします。

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最終更新:2024年01月21日 23:14

*1 児童文学作家の松谷みよ子の指摘による