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  • リュウ編
 夜の蛟龍町弐番街。大きな八咫鴉像のある通りは人通りが多い。しかしそこを行く人々は全員、騒音に顔をしかめていた。
像の前では、一人の青年が熱心に路上ライブをしていた。が、あまりの下手さに音楽が雑音化している。人々は彼の前を素通
りする。中にはゴミを投げつける者も。
それでも諦めずに演奏を続ける彼だが、とうとうチンピラに殴られてしまう。
 一人落ち込む青年は、アパートへと帰る。

 青年の名前はリュウ。銭亀町の育ちだが、世界的に有名なミュージシャンになりたいと思い、夢が叶うと噂の蛟龍町に引っ
越してきた。スカウトされたいと毎晩路上ライブをしているが、下手なのでスカウトどころか彼の曲を聴く人は誰もいない。
 ずっと自分には才能があると信じていたが、現実にうちのめされる毎日。親の反対を押し切ってまで飛び出してきたのに、
自分は何をやっているのかと自問自答するリュウ。あれほど名曲だと思っていた自分の曲も部屋の片隅で、ゴミに埋もれている。
音楽は人を救うと考えていたが、それも今では曖昧だ。自分の曲は売れない。
 学生時代、心酔していたロッカーの曲も色褪せて聞こえる。

 次の日、いつも立ち寄る喫茶店で愚痴っていたリュウは、マスターに不思議な話を聞く。
この街には八咫鴉という三本足の鴉の神様がいて、街のみんなをいつも見守っている。誰かが困ったり泣いたりした時、全知全能
の力で助けてくれるらしい。毎晩八咫鴉像の前でライブしているリュウも見守っていてくれているはずだ、だから夢を簡単にあき
らめてはいけないと慰めるマスター。
 マスターの励ましに、今日もライブをやろうと思うリュウ。

 そして夜。いつものように路上ライブを始めるリュウだが、やはり誰も聴く人間はいない。ゴミも投げつけられる。白い髪の少
女が一瞬立ち止まるが、すぐに行ってしまう。少女の冷たい目にリュウは挫ける。雨が降り出し、通りに人がいなくなる。もうやめ
てしまおうと思ったリュウは、最後に人のいなくなった通りで演奏する。それが終わった後、突然頭上から笑い声がする。
「あっはははは!お前本当に下手糞だなぁ!!」
「だ、誰だ!?」
 見上げると、八咫鴉像の上からリュウを笑うフードの青年がいた。
「その才能の無さでよく毎日ライブするよなぁ。明日もやるのかい?」
「いや…今日でお終いだよ」
「何で?」
「聴いてたんだろ?俺の糞みたいな曲なんて誰も聴かないんだ…あれ、聴いてたの!?」
「聴いてた聴いてた。昨日のなんか最悪だったぜ。お前殴られてたろ」
 青年が最近ずっとライブを聴いてたことを知り、動揺するリュウ。青年は八咫鴉と名乗った。リュウは不思議に思うが、八咫鴉に
ギターを貸せと言われる。演奏を始める八咫鴉。
 その演奏は素晴らしかった。聴いているだけでワクワクし、心が動かされるような、自分の好きなロッカーの曲を初めて聴いた時
の興奮を思い出す演奏だった。
 自分の好きなロッカーを八咫鴉も好きと知り、心を開くリュウ。自分が世界的ミュージシャンを目指していること、そのために家
を飛び出したこと、しかし全く誰も聴いてくれないことを話す。それを笑い飛ばす八咫鴉。ミュージシャンを目指しているなら、語
るより演奏しろと。悔しくなったリュウは、今まで作った曲を演奏する。全てに駄目出しをする八咫鴉。
「お前の曲ってあれだな、媚びてるな」
「え」
「上っ面だけ綺麗でさ、意味なんか全然なくて何がやりたいんだかさっぱりだよ」
「俺は俺なりに売れる曲を考えて!」
「だから誰も聴かないんだよ。みんなさ、共感したくて音楽聴いてるの。同じこと考えてる人間がいる、自分は一人ぼっちじゃない
 んだって思いたくて聴いてるんだよ。やる側もさ、同じこと思ってる誰かに伝えたいから歌ってるんじゃないの?お前、金に歌っ
 てるのか。金に耳があんのかよ」
 その言葉にハッとするリュウ。最初は同じことを考えていたはずなのに、いつの間にかスカウトされるために、売れるために曲を
作っていた。それじゃあこれはどうだ、と演奏を始めるリュウ。それは彼が初めて作った曲だった。それを聴いて笑う八咫鴉。

 雨は上がり、通りに人が現れる。一緒にその曲を演奏しようと言う八咫鴉。躊躇するリュウに、どうせ最後なら自由にやった方が
楽しいじゃないかと笑う。
 演奏を始めると、人が一人二人と立ち止まり、いつの間にか大勢の人々が彼らの演奏を聴いていた。ライブは盛り上がり、人々は
一緒になって歌った。演奏が終わると、大きな拍手が起きる。笑い合うリュウと八咫鴉。
 一人二人と人々が帰り、片づけをしていたリュウの元にスーツの男が来る。自分達はレコーダー会社の人間だ。よかったらうちで
一枚出さないかと言う。喜んだリュウが振り返ると、そこには八咫鴉はいなかった。
 あれは、もしかしたらマスターの言っていた神様だったのかもしれないと思うリュウ。彼はスカウトマンに、自分はまだやらなき
ゃいけないことがあると断る。

 自分の作りたい曲は一体何なのか、誰に聴かせたいのか、夢を持ち始めたあの時の気持ちをもう一度考えたいと思うリュウ。
あのロッカーの曲は、色づいて聴こえた。