マーヴルズ(アメコミ)

登録日:2016/08/29 Mon 05:53:09
更新日:2024/02/05 Mon 22:49:06
所要時間:約 9 分で読めます





「このおれが創られた頃の事を思い出すのはかなり難しい…」
メアリ・シェリー
『フランケンシュタイン』より





MARVELS

『マーヴルズ』は94年にMARVEL社より刊行された、カート・ビュシーク:作。アレックス・ロス:画。によるグラフィティノベル、コミック作品。
ゴールデンエイジから現在に至る時代を振り分けたシリーズ4冊が刊行。

創立以来『タイムリー』→『アトラス 』→『マーヴル』と名前を変えつつ米国コミック業界をライバルDCコミックスと共に牽引してきたMARVELコミックスの歴史を、現在まで続く“ヒーローコミックの系譜”に絞り、あるカメラマンによる報道の記録という形式をとって描く。

作画に赴くにあたり、必ず写真を参考にして“現実を意識して描く”というアレックス・ロスの職人的アートと、カート・ビュシークによる豊かで胸糞で暖かな人間描写によるドラマが融合した傑作であり、発売されるや否や大ヒットを記録した。

日本では小学館から98年に邦訳版が一冊に纏められて刊行。
そして、13年に小学館集英社プロダクションから新装版が待望の復刊を果たした。

すぐ隣に“超人達”が居る世界で生きる“普通の人間達”によるドラマがメインであり、ヒーローの活躍の場面はあくまでも刺身のツマなのだが、アレックス・ロスによる極めて写実的なアートにより描かれたギャラクタス事件やスパイダーマンらの活躍の場面は一見の価値あり。

原作コミックから引用した様々な事件の切り取り方には勿論、何気ない人物の名前にもニヤリとさせられるものが散りばめられている。

尚、タイトルの『マーヴルズ』とは、作中で主人公が出版する写真集のタイトルでもある。


【物語】

“超人達”の歴史をカメラを通して見てきた男、フィル・シェルダンの半生を通して第二次世界大戦から現在に至る“別世界の米国史”を追う。

BOOK:1

■主な登場ヒーロー
  • ヒューマントーチ(初代)
  • ネイモア/サブマリナー
  • キャプテン・アメリカ

……1939年。
野心溢れる若きカメラマンのフィルは戦場特派員として活躍する夢を抱きつつ、変人と名高いフィニアス・T・ホートンの研究発表会に来ていた。
ホートンが“創った”と抜かした合成人間……分厚いガラス菅の中の“それ”が空気に触れると共に燃え上がりはじめたのを見て人々は「マネキンでも燃やしたのか」と嘲笑したが、次に燃え上がったままの“それ”が生きて人間の様に動くのを目撃した人々は恐怖に駈られてホートンを口汚く罵り、彼に“息子”を棄てるように迫るのだった。

それから数週間の後、婚約者のドリスと共に夜の街を歩いていたフィルは、圧力により地下に封印された筈の“ヒューマントーチ(人間松明)”が戒めから抜け出し空へと消えるのを目撃する。

続いて出現したのは海からやって来た無敵の肉体を持つ“海底原人(サブマリナー)”……。

フィルは念願の特派員への推薦を得るも、二人の“超人”の出現と彼らの引き起こす事件により混乱するニューヨークに残る事を決意する。

二人の“超人”が如何に人々を助けようとも“普通の人間”達は彼らを“怪物”と見なすことを止めようとなかったが、やがて“米国の英雄”キャプテン・アメリカがナチスや日本軍を撃破していくのにトーチとネイモアも協力しているのを見てフィル達は歓声を挙げる。

しかし、度重なる人類への不信からネイモアは遂に地上への総攻撃を宣言。
海底世界の皇子に先導された大津波がニューヨークを襲う。
ネイモアを止めるべく飛来するトーチ。婚約者のドリスの静止を聞かずに飛び出してきたフィルは“マーヴルズ(超人達)”の戦いを最前線で捉えながら、これが自分の生きる世界なのだと確信を持つのだった。

……それから数ヵ月後、例の事件の負傷により片眼を喪ったものの、生涯の伴侶を得たフィルは念願だった特派員としてヨーロッパの最前線に居た。
愛する妻、ドリスに手紙をしたためていた彼は作戦開始に備えてカメラを携え飛び出していく。

彼が捉えようとしているのは最早米軍でも枢軸国でも無い。

フィルがファインダーを向けるのは、突如として人類の歴史に現れ、その常識を一変させた存在。……作戦の為に降下してくる“超人達(マーヴルズ)”の姿であった。

BOOK:2

■主な登場ヒーロー
  • X-MEN*1
  • アベンジャーズ*2
  • ファンタスティック・フォー*3

……時代は四半世紀程下り、1960年代に移る。
フリーの“超人達”専門の凄腕カメラマンとして業界で確かな信用を得ていたフィルは、アベンジャーズやファンタスティック・フォー(FF)の活躍に胸を躍らせつつ、自らの仕事の集大成として、自らが撮り貯めてきた彼ら“超人達”の報道写真集を提案し、その了承を得ることが出来た。
よき家庭人ともなり、妻とまだ幼い二人の娘の待つ家に意気揚々と帰ろうとしていたフィルだったが、その帰路の途中でミュータントであるX-MEN……ヒーローとはとても呼べない薄汚い侵略者が作業員を襲ったことを人々が糾弾する場面に出くわしてしまう。*4
ファインダーを向けていた筈が、いつの間にか自らも憎悪のままに煉瓦を投げつけていたフィルだったが、奴等のリーダーであるサイクロップスが放った言葉に衝撃を受けてしまう。

アイスマンよせ!そんな値打ちも無い奴らだ!」

それから少し後、ファンタスティック・フォーのリードとスーの結婚式が迫り、祝賀ムードに包まれるニューヨークだったが、その陰でザ・シングやスパイダーマンへの悪意のある声にフィルは眉をひそめる。

ある夜、フィルは善良な近所の人々が殺気だっているのを目撃する。
ミュータントが出没したというのだ!

……家族の無事を願い帰宅したフィルは駆け寄ってくる娘達を見て安堵のため息を漏らすが、深刻な顔をしたドリスに案内されて娘達が匿った“存在”を見て驚愕する。

不気味な容貌をしたミュータント……このまま増え続ければ人類を奴隷にするであろう殺人鬼
しかし、彼女はまだ小さな少女だった。
家族の願いを聞き入れ、少女……マギーを家に置くことにしたフィルだが、家族の安全の為にもX-MENに保護して貰う事を思いつき、X-MENの情報を集める中で彼らが国防機密をマグニートーから守った功績も持つ“ヒーロー”であった事実を知る。
X-MENに接触しかけたフィルだが、あの夜の言葉が甦り、何も言えずに立ち去ってしまう。

“そんな値打ちもない奴らだ!”

結婚式当日。
フィルはヒーローや招待客と共にリチャーズとスーの結婚式にカメラマンとして参加していた。

悪党どもの乱入も無く、バーで世紀の祝典の興奮の余韻に浸っていたフィル達だったが、リアルタイムで行われていたミュータント問題の権威チャールズ・エグゼビアとミュータント殲滅を訴えるボリバー・トラスクのTV討論が、トラスクの開発した“ミュータントハンターロボット”センチネルの暴走によるトラスク殺害という混乱により終了したのを目撃した人々は恐慌に陥り、暴徒となって街に雪崩れ込んでしまうのだった。
その様を冷静にカメラで捉え、自らの内にある在りもしない恐怖に怯える人々の姿を焼き付けていくフィル。

皮肉にも、暴徒を鎮圧したのは夜の街の空を巡回するセンチネル部隊の姿。
その陰には、X-MENの目撃報告も寄せられたという。

「あれからまだ半日しか…?」

事態が沈静化すると共に我に帰り家に急ぎ帰ったフィルだったが、そこでは妻が娘達をしっかりと抱き止め慰めていた。

マギーは暴動の最中に姿を消していた。
フィル達に迷惑をかけない為に。

全てを忘れ、仕事に集中しようとするフィルに長女のジェニーが問いかけてくる。

「パパ……マギーは大丈夫かしら?」

何も答えてやれないままにフィルは娘を抱きしめる。

「無事だといいね」
自分にも言い聞かせるように言葉を絞り出すことしか出来ないフィル達の後ろでは、テレビがアイアンマンとチタニウムマンの“世紀の対決”を伝えていた。……まるで、何事も起きなかったとでも言いたいかのように。

BOOK:3

■主な登場ヒーロー
  • ファンタスティック・フォー
  • シルバーサーファー

……かつて人々は“超人達”を熱狂的に受け入れた……筈であった。
しかし、徐々に人々は自分達の不満を知らず知らずにぶつける様になっていた。……“超人達”に。

旧知のビューグル社長、J・ジョナ・ジェイムソンにトニー・スタークの批判記事を書くように迫られぼやいていたフィルだったが、立て続けに民衆の敵と認定されたアベンジャーズへの解散命令、アイアンマンの正体を明かす事を迫るスタークへの告発、大規模な破壊を伴ってしまったFFの戦い、ジェイムソンによる大々的な反スパイダーマンキャンペーンまでが起きてしまう。
水浸しになる街中で終末を叫ぶ男を晴れない心のままに罵ったフィルだったが、今の状況の中で自分が出版しようとしている“英雄達の姿”『マーヴルズ』を読者が受け入れてくれるのかどうかについて深く苦悩するのだった。

そんな中、正にフィルがスタークの批判記事を脱稿しようとしていた日の朝にニューヨークの上空に炎が包み込むようなビジョンが出現。
更に、驚く人々を他所にビジョンは岩の大群に変わるのだった。

フィルの脳裏に甦る終末を叫ぶ男の言葉……水と炎と岩の3つの前兆に続いて出現したのは、サーフボードの様な物に乗った銀色の“終末の使者”だった。

すぐにFFが迎撃に向かうが、それでも“終末の使者”は止められない。
そして、巨大なロケットの中から出現した甲冑姿の巨人……。
“地球を喰らう”と宣言したギャラクタスを名乗る巨人にFFが立ち向かうが歯が立たない。

その様子を固唾を呑んで見守る人々と、混乱の中でも情報を集めようとするフィル達報道陣。

何故か“終末の使者”までもがギャラクタスに刃向かうが、それでも好転しない状況の中でフィルは家族の下に帰る決心をする。

終末の日に、ただ狂ったようにはしゃぐ人々、祈り続ける人々、暴徒と化した人々……。
ミュータント狩りの時とは違う、怒りではなく怯えの中で。

家に帰りついたフィルが家族とともに見守るテレビの中で、事件は意外な終わりかたを見せる。

Mr.ファンタスティック……リード・リチャーズの差し出した小さな装置に驚きの表情を見せた巨人は地球から姿を消した。

誰も、何が起きたのかを理解していなかったがフィルは確信していた。
FFが地球を救ったのだ、と。人々はFFに心からの感謝を捧げるのだろう、と。

……しかし、翌朝のビューグルを初めとした新聞各社はギャラクタス事件をFFの狂言と断じる告発記事を一面に掲載。

フィルの抗議は聞き入れられず、人々が全ての責任を“超人達”に押し付けて何事も無かったことにしようとする様を見つめることしか出来ないのだった。

そんな中で飛び込んできた、カウント・ネフェリアに占拠されたワシントンを救うべくX-MENが出動した事件の情報に飛び出していこうとしたフィルの耳に聞こえてきたX-MENを……彼が敬愛する“英雄達”を非難する無責任な声。

「君達はどうなれば気がすむと言うんだ?この世界が本当に滅びればよかったのか?」

「他人のアラ探しに血眼になって感謝の言葉をかける暇もないのか?」

「一度ぐらい……一度ぐらい礼を言ったらどうなんだ!」

呆然とする者。不快を露にする者。……フィルの声は空しく空に消えていった。

BOOK:4

■主な登場ヒーロー
  • スパイダーマン
  • パワーマン
  • アベンジャーズ

……遂にフィルの『マーヴルズ』が発売される。
好調な売れ行きを続けるも、フィルはその陰に潜む人々の本音を思い肩を落とすのだった。
人々の“超人達”への怖れ。
自分達を守ってくれた“英雄達”へ浴びせた愚かな非難。
その対象であるアベンジャーズは別の銀河に赴き、宇宙を救う戦いに挑んでいるという。

複雑な感情を抱いたまま、人々は『マーヴルズ』を小さな心の拠り所にしようとしている。……その事実に、フィルは自分の成功を喜べずにいるのだった。

そんな中で、地球に残っている“超人達”への人々の非難の声は更に高まりを見せていた。
ソ連からやってきた女スパイのブラックウィドウ、デモ学生への暴行容疑を報じられるアイアンマン、立ち退き要求を迫られるFF……。

フィルは、この状況をジェイムソンの指揮の下でビューグルが大々的にネガティブキャンペーンを張るスパイダーマンの殺人容疑を晴らすことで改善しようと試みる。

調査を進める中で、フィルは警察の「スパイダーマンの証言が欲しいだけ。それがないと擁護も批判もできない」という話から殺人容疑が全くの冤罪であること、にも関わらず人々がビューグルの記事に引きずられるようにスパイダーマンに不利な証言をしている事実と、スパイダーマンが殺したとされるジョージ・ステーシー警部の遺児である美しく聡明なグエン・ステーシーとの邂逅の中で、スパイダーマンを“ヒーローである”としてステーシー警部がスパイダーマンに信頼を寄せていた事実を知り、自分の予想が当たっていた事を確信する。

取材の中で慈愛に満ちたグエンの人柄に感銘を受けたフィルは、こんどは文章で人々に“英雄達”の功績を伝えるべきだと決意する。
……グエンがジェイムソンの様な男に尻尾を振ってスパイダーマン叩きに加担する、いけすかないカメラマンのピーター・パーカーの恋人だというのだけは気に入らないのだが。

……しかし、運命は残酷な場面にフィルを遭遇させる。
証拠としてステーシー警部の日記を取りに戻ったグエンだったが、その彼女が待ち構えていたスパイダーマンの宿敵グリーンゴブリンに拐われてしまう。

必死に追跡するフィルの視線の先、やってきたスパイダーマンがグリーンゴブリンに挑む。
劣勢のグリーンゴブリンにより宙に投げ出されるグエン。
必死に糸を伸ばしたスパイダーマンによりグエンは地上に落下する前に捉えられるも……彼女は死んでしまっていた。

失意の中、フィルは“英雄達”にも救えない命がある事を悟り、そしてまた自分にも出来ることはないと悟る。

“英雄達”の為にドキュメンタリーを撮ることを薦める自分の助手であり、その魂を引き継いでくれるであろうマーシア・ハーデスティにフィルは語りかける。

「そのドキュメンタリーは君が撮りたまえ……君ならできる」

「私はもう駄目だよ。多くを見すぎたせいで内側にはいってしまった、まっすぐ見る事ができなくなったんだ」

「マーヴルズと縁を切るよ。今日で引退する」

呆然とするマーシアを後目に、愛する妻ドリスと、たまたま居合わせた新聞配達の少年ダニエル・ケッチを両脇にマーシアへと譲り渡された自分のカメラに笑顔を浮かべるフィル。

……その頭上では、雲間を抜け出した眩しい日の光が彼らを照らしていた。

【主な登場人物】


■フィル・シェルダン
主人公。
“マーヴルズ”を追い続ける腕利きのカメラマン。
トーチとネイモアの戦いの撮影の中で破片を左目に受けて喪っている。

■ドリス
フィルの妻。
結婚以前の職業は看護婦。

■ジェニー
■べシー
フィル夫妻の娘達。

■マギー
フィル一家に保護されたミュータントの少女。
本編中での消息は不明だが、幸い(と言うべきか否か)BOOK2表紙でX-MENによって暴徒から救われる彼女の姿が描かれている。

■マーシア・ハーデスティ
フィルが引退間近に得た助手。
彼女の父親ジャック・ハーデスティも名の知られたジャーナリストであったようだ。

■J・ジョナ・ジェイムソン
フィルとは同世代の野心溢れるジャーナリストで友人。
後に若い頃の宣言通りに大新聞社「デイリー・ビューグル」の社長として辣腕を振るう。
“マーヴルズ”には常に批判的な目を向けており、特にスパイダーマンを毛嫌いしている。*5
「もし奴が本当にヒーローで、“マーヴルズ”が連中の言葉通り高潔な聖人君子だったら… …ワシら普通の人間は何なんだ? ゴミか?」

■ごろつきニッキー
フィルの取材を受けていたブルックリンの若者。
後の「シールド」長官ニック・フューリー。

■べネット・シュウェッド
「エンパイア・ブックス」社長。
フィルの『マーヴルズ』出版を引き受ける。

■バーナード・ブシュキン
「デイリー・グローブ」社長。

■ピーター・パーカー
素人カメラマンとして「デイリー・ビューグル」に出入りしている大学生。
見た目は冴えないが美人の彼女が居るし科学や化学に明るい。
JJJの機嫌を取ってスパイダーマン叩きの材料である写真を提供する、とんでもない若者。
スパイダーマンの正体。

■グエン・ステーシー
スパイダーマンに殺害されたとされるジョージ・ステーシーの娘でピーターの恋人。
彼女の人柄と死はフィルに大きな影響を与える。

■ダニエル・“ダニー”・ケッチ
新聞配達でシェルダン家を訪れた少年。
後の二代目ゴーストライダー。



追記修正は『マーヴルズ』の生きる世界に思いを馳せつつお願い致します。

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最終更新:2024年02月05日 22:49

*1 サイクロップス、マーヴルガール、ビースト、エンジェル、アイスマン

*2 キャプテンアメリカ、アイアンマン、ソー、ジャイアントマン、ホークアイ、スカーレットウィッチ、クイックシルバー

*3 Mr.ファンタスティック、インビジブルガール、ヒューマントーチ(ジョニー・ストーム)、ザ・シング

*4 勿論、実際には作業員を助けていたことは言うまでもない。

*5 余りに過激過ぎるし、人道上許されないこともしている一方、権力に対しても屈せずに報道を貫く鉄の信念の持ち主でもあることは覚えておきたい。