生命40億年はるかな旅(NHKスペシャル)

登録日:2016/05/14 Sat 00:08:00
更新日:2023/11/18 Sat 20:00:12
所要時間:約 8 分で読めます




『生命40億年はるかな旅』とは、1994年から1995年にかけてNHKスペシャル枠で放送された、NHKのドキュメンタリーシリーズである。

ジュラシック・パーク(映画)』から続く恐竜ブーム、カンブリア爆発を扱った『ワンダフル・ライフ』のベストセラーなどで、
古生物への注目が高まっていた中で放送されたこのシリーズは大きな反響を呼び、現在でもしばしば語り草になっている。
特に第2集「進化の不思議な大爆発」は、いわゆるカンブリア爆発とバージェス・モンスターが一気にメジャーになったきっかけとも言われている。

中でも、ハイクオリティなCGで再現された古生物や、大島ミチルによる壮大な音楽は大きなインパクトを与えた。
この点はまさに「NHKの本気」である。
また世界各国の著名な研究者のインタビュー映像など、古生物好きには見どころは多い。
メインパーソナリティは宇宙飛行士の毛利衛。

もっとも流石に20年前の番組なので、今から見るとかなりの内容が過去のものになっている。
バージェス・モンスターにしても、あの美麗なCGで再現された姿は次々に訂正されている。


放送リスト


●第1集・海からの創世
先カンブリア時代ので起きた、生命の誕生を扱う。

●第2集・進化の不思議な大爆発
カンブリア爆発を一気に有名にした回。この番組で初めて見た人も多いはず。アノマロカリスのロボットも登場。

●第3集・魚たちの上陸作戦
脊椎動物の上陸がテーマ。

●第4集・花に追われた恐竜
恐竜の絶滅を追った回、なのだが……(後述)

●第5集・大空への挑戦者
鳥類の誕生がテーマ。

●第6集・奇跡のシステム"性"
過去から次第に現代に近づいて行った前回までと打って変わって、生命の進化の中で性が果たした役割を探る。

●第7集・昆虫たちの情報戦略
前回に引き続き、第5集までの流れからは離れて、生命史のもう一つの主人公・昆虫の進化を追う。

●第8集・ヒトがサルと別れた日
人類の誕生にスポットを当てる。

●第9集・ヒトは何処へいくのか
文明誕生後の人と環境との関わりについて追い、人類地球の未来を展望する。

●最終回:地球と共に歩んで
1〜9章の総集編。



新生代がほとんどスルーされてるとか、
オルドビス紀とシルル紀がほぼなかったことになってる(第3集に少しだけ出てくるが)とか、いろいろ気にはなるが気にしてはいけない。
なおペルム紀の大量絶滅もスルーされてるように見えるが、最終回やや詳しく触れられている。


書籍版も刊行されている他、漫画版(全5巻)も小学館から刊行されている。
漫画版は番組の制作現場が舞台で、実在のスタッフや毛利氏が実名で登場するという、先行するNHKスペシャルの漫画版『地球大紀行』と共通した設定になっている。
しかし、第一集の製作現場で特撮班とCG班の対立と第一集のテーマである「共生」が重ね合わされるストーリーとなっていたり、
スタジオの設備だけで漫画版『地球大紀行』世界から引き継いだ,とても90年代レベルとは思えない程発達した全天型合成映像を展開出来たり*1
実在人物でも1巻と4巻であるキャラの容姿・性格設定が別物だったり(4巻の方がリアル寄り)、一部の人物が強烈なギャグキャラにされていたりと、あくまでフィクションである。
ちなみに漫画版の3巻では、漫画版1巻の刊行が作中で扱われ、そのギャグキャラ化されたプロデューサーが「俺はこんなケーハクじゃない」・「こんなに老けてない」と怒っていた(だが言ったそばから取材先でニセ外人を演じる始末)。
また後に発売された漫画版『地球大進化』には本作4巻に登場したスタッフが登場している。


なぜかゲーム版も出ているのだが、クソゲー扱いされている。
ゲーム版はディスク2枚構成で、テーマパークを巡って本番組の映像を楽しみつつ関連のミニゲームをプレイするという仕様。
ただし番組映像は大胆カットで省略済み、ミニゲームはスコアのない作業ゲーか、ただ眺めているだけで、ゲームとは名ばかりなものばかり……。
というかこの番組でゲーム化って……。

































……が、この番組は現在古生物オタクの間では、名作というよりも、伝説的なトンデモ番組として語り継がれている。
人によっては、歴代NHKスペシャルの中でも「奇跡の詩人」と並ぶ問題作とまで呼ぶことすらあるほど。*2

当時でも現生鳥の直系の祖先ではないとされていた始祖鳥を「鳥の祖先」として扱ったり、
魚類が海から淡水域に進出したのは腎臓を発達させたためだとされていたり*3、毎回色々とツッコミどころがあったこの番組だが、
中でも第4集「花に追われた恐竜」のハチャメチャっぷりは、今でも古生物オタク・恐竜オタクの間では語り草である。
その内容の荒唐無稽っぷりに、放送終了後から古生物マニアや研究者の間から激しい批判が巻き起こった。


前述のとおり、この回は恐竜絶滅の謎がテーマだった回だが、とりあえずこの回の大まかなストーリーを要約すると……


中生代ジュラ紀、地球上には裸子植物が繁栄しており、それを食物とする雷竜(アパトサウルスやアマルガサウルスなどの竜盤目竜脚形亜目竜脚下目に分類される恐竜の総称。現在は「竜脚類」と呼ばれる事が多い。)が繁栄していた。
しかし白亜紀中期、花を咲かせる植物である被子植物が誕生し、昆虫との共進化によって勢力を拡大し、瞬く間に裸子植物を駆逐する。
このため、巨大な雷竜の恐竜はジュラ紀末に絶滅した。
裸子植物は寒い高緯度地域に追いやられ、裸子植物しか食べられなかったカモノハシ竜(パラサウロロフスやマイアサウラやシャントウンゴサウルスなどのハドロサウルス科に分類される鳥脚亜目恐竜の総称。ハドロサウルス類という記載ではこの分類群を差す事が多い。)も同じく高緯度地域に追いやられた。
こうして恐竜は裸子植物と共に勢力を縮小していったが、角竜(トリケラトプスやスティラコサウルスやカスモサウルスなどの角竜下目に分類される恐竜の総称。)だけは被子植物を食べられたため低緯度地域でも栄えていた。
だが彼らも隕石の衝突によって絶滅し、恐竜の時代は終わった。



主なツッコミどころ

これらは放送終了後に新しく判明したことでは無く、あくまで放送当時でも指摘できた問題点である。中には昭和の内に放送されていたとしても指摘できた問題点もある。


◆白亜紀中期に出現した被子植物が、どうすればジュラ紀末の絶滅を引き起こせるのか!?

これが最も批判を浴びた点。そもそも中学理科の教科書に大概記載されているのだが、ジュラ紀は白亜紀の前だ
日本史で例えれば、歴史番組で豊臣秀吉徳川吉宗によって滅ぼされました」とか解説するようなもの。
この時点でこの番組のシナリオは根本的に成り立たない。

なお、「化石が見つかっているのは白亜紀からでも、ジュラ紀にすでに出現していた可能性もあるのでは?」という擁護も一応は可能である。
が、番組内ではっきりと「被子植物の誕生は白亜紀になってから」と言っているのだから、この言い分を番組自身が潰している。

◆そもそも「ジュラ紀末に雷竜が絶滅、もしくは大きく衰退した」という事実自体が怪しい

ジュラ紀末に雷竜が衰退したのは北米だけであり、他の大陸(アフリカや南米など)では白亜紀に入っても引き続き繁栄していた。
また、北米でも衰退したのはディプロドクス科だけであり、全体でみればは白亜紀に入ってからのほうが属数は増えている。
例を挙げると、当時発見されていたものに絞っても、アストロドンやプレウロコエルス*4などが挙げられる。
さらに白亜紀後期にはアラモサウルスなど雷竜が北米で見つかっている他、アラモサウルスに至っては新生代になっても数十万年*5栄えていた可能性すら指摘されている。
繰り返すが、確かに国内での知名度こそ低かったものの、上記で述べた種はいずれも番組製作前には既に記載されていたため、図鑑で調べれば指摘出来た。

ただし、その後も知名度はあまり高くなっていないのか、「古代王者恐竜キング」でも白亜紀の北米に生息していた雷竜の恐竜は登場せず、北米の雷竜は「カマラサウルス」「アパトサウルス*6」「セイスモサウルス*7」「スーパーサウルス」の4種だけとなっていた*8



化石記録を見る限り、ジュラ紀末から白亜紀後期にかけて、恐竜の多様性は増加している。
鳥盤目に限ってみても、堅頭竜(パキケファロサウルスなどの堅頭竜下目に分類される恐竜の総称。石頭竜と呼ばれる事もある。)や鎧竜(アンキロサウルスやエウオプロケファルスやサイカニアなどの曲竜下目に分類される恐竜の総称。)は白亜紀において*9多様性を増したグループである*10
この事からも、被子植物が繁栄するのに反比例して恐竜が衰退した、というシナリオは成り立たない。一応、剣竜(ステゴサウルス、ケントロサウルス、ウエロサウルスなどの剣竜下目に分類される恐竜の総称)は衰退しているが、被子植物の繁栄前には絶滅してした可能性が高いとされている。
ちなみに番組内において鎧竜と堅頭竜(および、上記の白亜紀に生息した雷竜)は一切登場しない。


カモノハシ竜は確実に被子植物を食べていた

カモノハシ竜は口の中に「デンタルバッテリー」と呼ばれる、効率的に植物を咀嚼できる仕組みを持っていた。
そもそも番組では「カモノハシ竜は高緯度地域(アラスカ)でしか生きられなかった」、というふうに説明していたが、実際にはカモノハシ竜の生息地域はアメリカ中西部を中心とした地域*11であり、角竜とも生息域が重なっている。
番組ではカモノハシ竜の化石と一緒に針葉樹の化石が見つかったことを「カモノハシ竜が裸子植物を食べていた証拠」としていたが、この化石には咀嚼された跡がなく、たまたま一緒に見つかっただけだとされている。*12



要するに、この番組で提示された恐竜絶滅のシナリオは根拠となる事実が間違っている上に論理的にも成り立たない、という凄まじいものだったのである。
上の始祖鳥の件などは「古生物をよく知らない視聴者向けにわかりやすくするため、単純化して説明した」と言われればまだ納得できなくもないが、これについてはそんなレベルではない。
前述の日本史で例えるなら、「1537年に生まれた豊臣秀吉は、1684年に生まれた徳川吉宗によって関が原の戦いで滅ぼされ、これが明治維新の原因となりました」というレベルで、江戸しぐさのそれに匹敵するような支離滅裂さであった。
よりわかりにくく、複雑化しているような……

こんな未就学児でもない限り図鑑で調べれば指摘出来てしまう人ばかりの内容に対して、当然ながら研究者らから大きな批判が巻き起こった。
とある研究者は番組制作時に取材を受け、その際に「そんなシナリオは成り立たない」と苦言を呈したというが、番組には全く反映されなかったという。
中でも恐竜・古生物についての著作が多数あるサイエンスライターの故・金子隆一は相当頭に来たらしく、当初から科学雑誌で批判を展開した上に、後年まで何度も著書に取り上げて批判していた。

これが全体的に低クオリティなバラエティ寄りの番組、あるいは凡百のドキュメンタリーなどであれば、ここまで叩かれる騒動にもならなかったろうが、本作はNHKがかなりの労力をかけて作成した力作であり、社会的にも大きな反響を巻き起こしていたため、余計に批判を受けることになった。その労力をサイエンスライターの意見の反映に注げばよかったものを…

批判を受けて、一応書籍版ではいくつか修正されている部分もあるが、大筋のシナリオは全く変わっていないため、むしろよりちぐはぐになっている。


なお金子氏は、ほぼ同時期にNHK教育で放送されていた『恐竜惑星』や『ジーンダイバー』にスタッフとして関わっていたのだが、
これらは金子氏の古生物愛が炸裂しており、今でも大きな支持を受けている。
そのため、ドキュメンタリーよりもアニメのほうが科学的に正確ってどういう事だとも言われた。
ちなみに『たけしの万物創世紀』ではティラノサウルスをテーマにした回が存在するが、番組の後半では金子氏の主張を大幅に取り入れ、「花に追われた恐竜」への反論を展開する内容であった。*13


この騒動により、20年たった今でも恐竜オタク・古生物オタクの間では、NHKが生物史を扱った番組を制作すると聞くたびに
「またやらかすんじゃないか……」と戦々恐々とする人が少なくない。
そして残念ながら、彼らの懸念はその後もしばしば的中している*14

本作から20年後の2015年に放送されたNHKスペシャル『生命大躍進』では、カンブリア紀のピカイアを「人類の祖先」と紹介していた。
実際には同時代にすでに魚が出現しており、ピカイアはあくまで傍系とされている。
一応ピカイアが人類含めたすべての脊椎動物の先祖とされていた時期もあったのだが、この時点では既に主流の説ではなくなっており、
しかし同時期にNHK教育で放送されたアニメ『ピカイア!』では、この点はちゃんと正しく説明されていた。
ドキュメンタリーよりアニメのほうが正確というのはお約束なのだろうか……

なお「生命大躍進」は(も)他にもツッコミどころが多く、SNSの古生物クラスタは大いに荒れた。
何しろしょっぱなから両生類がいきなり海から上陸する*15というありえないシーンである。
作中のキーアイテムであるオブジェにしても「今時系統樹かよっ!!」とツッコまれた。
(しかも動物と植物にしか分かれておらず、人類が「進化の頂点」にされているという、いつの時代だ?という代物)

相変わらず映像と音楽は素晴らしいのだが……
え、ナビゲーターの新垣結衣がかわいかったからなんでもいい?




追記・修正は花を追い返してからお願いいたします。



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最終更新:2023年11月18日 20:00

*1 例えるならゴーグルなしでVR・AR世界が体感出来る、またはモニター抜きでクロマキー映像を見られるようなものである。

*2 「奇跡の詩人」は重度の脳障害を持った少年が指先でボードを示すことで詩を書く姿を特集した番組だが、母親がボードを操作しているように見えた事から、母親の意図が介在しているのではないか、本当に彼の受けている治療法は有効なのかなど、批判が相次いだ。

*3 実際には腎臓が未発達な魚類でも淡水域に進出している。

*4 現在、両者は同一種とする説もある

*5 他にもティラノサウルスやトリケラトプスなども同じような説が唱えられている。もっとも、この程度であれば誤差という可能性もある為、とても根拠にはならないが。

*6 当時はブロントサウルスと同一種とみなされており、ジャークアーマー恐竜の「ブロント」のカードにも「本当はアパトサウルスって学名らしい」と記載されていた。

*7 当時はディプロドクスと別種とみなされていた。

*8 もちろん有名な恐竜はほぼ全種登場しており、登場しない恐竜の中で有名どころ(もちろん鳥と当時は学名がついていない恐竜は除く)は「へレラサウルス」「アラモサウルス」「ブラキオサウルス」「ファヤンゴサウルス」「ハドロサウルス」「ミクロラプトル」「アルゼンチノサウルス」くらい。

*9 この分類群はジュラ紀の恐竜が記載されていない図鑑も多い。

*10 現在は植物食または雑食と考えられる恐竜はさらに多かったと考えられており、オルニトミムスやテリジノサウルス、オヴィラプトルなど、獣竜でも一部は植物を食べていた種が見つかっている。

*11 アジアでも化石が見つかっており、「サウロロフス」はアジアと北米の両方で見つかっている。

*12 なお、「花に追われた恐竜」以前に出版されたヒサクニヒコ氏の児童向け書籍「恐竜はどうたたかっていたか」において、「胃の部分から見つかったからといって、カモノハシ竜が裸子植物を常食していたとは断定できない」と記述されている。どちらが科学的な態度で制作に臨んだかは言うまでもないだろう。

*13 言うまでもないが製作スタッフには金子隆一氏の名前もクレジットに掲載されている。

*14 『完全解剖 ティラノサウルス〜最強恐竜 進化の謎〜』や『恐竜超世界』など、おおむね高評価を得ている作品も多いが。

*15 普通の両生類は海水に浸かると脱水して死んじゃうので、両生類の祖先は陸水系から進化したというのが定説。一応、海辺に近かったとされる地層から足跡のようなものが見つかっていなくもないが…。