文責:きょうよ

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第六章 基本的人権の限界

・日本国憲法は、基本的人権を絶対的に保障する考え方をとっているが、それは、人権が無制限だという意味ではない。

一 人権と公共の福祉

・日本国憲法は、各人権に個別的に制限の根拠や程度を規定しないで、「公共の福祉」による制約が存する旨を一般的に定める方式をとっている。

1.二つの考え方

・「公共の福祉」の条項が、各人権に対して具体的にどのような法律的意味をもつのかについて、学説は当初、大別して二つに分かれた。

(一)一次元的外在制約説
・基本的人権はすべて「公共の福祉」によって制約される。
→すなわち、憲法12条・13条の「公共の福祉」は、人権の外にあって、それを制約することのできる一般的な原理である。22条・29条の「公共の福祉」は特別な意味を持たない。

・この説は、美濃部達吉によって代表される当初の通説であったが、公共の福祉を「公益」とか「公共の安寧秩序」というような、抽象的な最高概念として捉えているので、法律による人権制限が容易に肯定されるおそれが少なくなかった。

(二)内在・外在二元的制約説
・「公共の福祉」による製薬が認められる人権は、その旨が名分で定められている経済的自由軒(22条・29条)と国家の積極的施策によって実現される社会権(25条-28条)に限られる。
・権利・自由の行使を事前に抑制することは許されず、それぞれの権利・自由に内在する製薬の限度で、事後に裁判所が公正な手続きによって抑制することだけが許される。

・この説は「註解日本国憲法」によって初めてとかれ、憲法の社会国家原理を踏まえた優れた解釈として注目をひいたが、問題も少なくない。
①自由権と社会権の区別が相対化しつつあるのに、それを画然と分けて、その限界を一方は内在的、た方は外在的と割り切ることが妥当か
②憲法に言う「公共の福祉」の概念を国の政策的考慮に基づく公益という意味に限定しているのは適切か
③13条を倫理的な規定であるとしてしまうと、それを新しい人権を基礎付ける包括的な人権条項と解釈できなくなるのではないか。

2.一元的内在制約説

・これは上の二説の対立状況の下で1955年に学界に登場し、その後の学説・判例に大きな影響を与えた説である。
①公共の福祉とは人権相互の矛盾・衝突を調整するための実質的公平の原理である。
②この意味での公共の福祉は、憲法規定にかかわらずすべての人権に論理的必然的に内在している。
③この原理は、自由権を各人に公平に保証するための製薬を根拠付ける場合には、必要最小限度の規制のみを認め、社会権を実質的に保障するために自由権の規制を根拠付ける場合には、必要な限度の規制を認めるものとしてはたらく。

・この説に対してはいくつかの批判もある。
→人権の具体的限界について判断基準として「必要最小限度」ないしは「必要な限度」という抽象的な原則しか示されず、人権を制約する立法の合憲性を具体的にどのようにあ判定していくのか、必ずしも明らかではないことである。

3.比較衡量論

・この点で注目されるのが比較衡量論と呼ばれる違憲審査の基準である。

・この基準は、すべての人権について「それを制限することによってもたらされる利益とそれを制限しない場合に維持される利益とを比較して、前者の価値が高いと判断される場合には、それによって人権を制約することができる」というもので、個別的比較衡量とも言われる。多くの判例で用いられている。

・この比較衡量論は、一般的に比較の準則がかならずしも明確ではなく、とくに国家権力と国民との利益の衡量が行われる憲法の分野においては、概して、国家権力の利益が優先する可能性が高い。
・したがって重要な二つの人権を調整するために限定して用いるのが妥当であろう。

4.二重の基準論

・このような比較衡量論の問題点を指摘しながら、前述の一元的内在制約説の趣旨を具体的な違憲審査の基準として準則かしようとして主張されたのが、アメリカの判例理論に基づいて体系化された「二重の基準」の理論である。
→精神的自由は経済的自由に比べて優越的地位を占めるとして、経済的自由の規制立法に関して適用される「合理性の基準」は精神的自由の規制立法については妥当せず、より厳格な基準によって審査がなされなければならないとする理論である。

・この二重の基準論は学説において広く支持されているばかりではなく、判例においても取り入れられている。

二 特別な法律関係における人権の限界

・以上は公権力と一般国民との関係における人権の限界の問題であるが、公権力と特殊な関係にあるものについては、特別な人権制限がゆるされると考えられている。

1.特別権力関係の理論とその問題点

・特別権力関係論では以下のような法原則がだとうすると説く。
①公権力は包括的な支配権を有し、個々の場合に法律の根拠なくして特別権力関係に属する私人を包括的に支配できること(法治主義の排除)
②公権力は、特別権力関係に属する私人に対して、一般国民として有する人権を法律の根拠なくして制限することができること(人権の制限)
③特別権力関係の内部における公権力の行為は原則として司法審査に属さないこと(司法審査の排除)

・日本国憲法では、権力関係論の説く法原則は到底そのままでは通用しえない。

・特別関係論に対する批判はさらに進んで、そもそもこの理論が必要であるかどうかも問題とする。
→すなわち、この理論は公務員関係、在学関係、在監関係など、まったく性質の異なる法律関係にあるものをすべて「公権力に服従している」という形式的なカテゴリーによって同じ性質のものと唱えている。

2.公務員の人権

・公務員の人権については、国家公務員の政治的活動の自由の制限と、公務員・国営騎乗職員の労働基本権の制限がとくに問題となる。

・公務員の人権制限の根拠は、公共の福祉および「全体の奉仕者」という抽象的観念に求められていたが、それでは不十分であるという批判にこたえて、公務員にも一般の勤労者と同様に基本権が保証されるが、その職務の性質上、国民全体の利益の保障という見地から制約を当然の内在的制約として内包するにとどまると説く。
→この趣旨を考慮に入れ、公務員の人権制限の根拠は、憲法が公務員関係の存在と自立性を憲法秩序の構成要素として認めていることに求めるのが妥当である。

3.在監者の人権

・在監者の陣形ん資源を生徒かする根拠も公務員の場合と同じである。
・その制限は、拘禁と戒護および受刑者の矯正強化という在監目的を達成するために必要最小限度にとどまるものでなければならない。「よど号」ハイジャック新聞記事抹消事件

三 私人間における人権の保障と限界

1.社会的権力と人権

・憲法の基本的人権の規定は、公権力との関係で国民の権利・自由を保障するものであると考えられてきた。
・ところが、資本主義の高度化に伴い、大きな力を持った国家類似の私的団体が数多く生まれ、一般国民の人権が脅かされるという事態が生じた。

・人権の価値は実弟法秩序の最高の価値であり、公法・私法を包括した全法秩序の基本的原則であって、すべての法領域に妥当すべきものであるから、憲法の人権規定は私人による人権侵害に対しても何らかの形で適用されなければならない。

2.人権の私人間効力-二つの考え方

・ごく一部の非適用説を除くと、学説は、関節適用(間接効力)説と直接適用(直接効力)説の二つに大別される。

・間接適用説は、規定の趣旨・目的ないし法文から直接的な私法効力をもつ人権規定を除き、そのほかの人権については、法律の概括条項、とくに、公序良俗に反する法律行為は無効であると定める民法90条のような司法の一般条項を、憲法の趣旨に取り込んで解釈・適用することによって、間接的に私人間の行為を規定しようとする見解で、通説・判例の立場である。

・直接適用説は、ある種の人権規定が私人間にも直接効力を有すると説く。

3.直接適用説の問題点

・第一は、人権規定の直接適用を認めると、市民社会の原則である私的自治の原則が広く害され、私人間の行為が大幅に憲法によって規制されるという事態が生ずるおそれがあることである。

・第二は、基本的人権が本来、主として「国家からの自由」という対国家的なものであったということは、現代においても、人権の本質的な指標であることである。

・第三は、自由権・社会権の区別が相対化し、自由権(たとえば知る権利)も社会権的な側面を持つ場合があるので、そういう複合的な性格をもつ権利の直接適用を認めると、かえって自由権が制限されるおそれが生じるということである。

・もっとも、憲法15条4項、18条、28条などのように、ここの人権の趣旨、目的ないし法文からして、ty苦節適用される人権があることに注意する必要がある。
→その意味で、直接適用か関節適用かを二者択一で割り切ってはならない。

4.間接適用の内容

・人権規定を私人間に間接適用する場合に、人権侵害行為をその様態に応じて次の三つに分類して考えることが有益である。
①法律行為にもとづくもの
②事実行為に基づくが、その事実行為自体が法令の概要的な条項・文言を根拠とされているもの
③純然たる事実行為にもとづくもの

・①、②の行為のは、法令の解釈の際に人権規定の趣旨が考慮される。

5.事実行為による人権侵害

・間接適用説では、③の純然たる事実行為による人権侵害に対しては、それを真正面から憲法問題として争うことはできない。
→そこで、憲法論として考える上で参考になるのが、アメリカの判例で採用されている「国家行為」の理論である。この理論は、人権規定が公権力と国民との関係を規律するものであることを前提としつつ
(i)公権力が私人の私的行為に極めて重要な程度にまでかかわり合いになった場合または、
(ii)私人が国の行為に準ずるような高度に公的な機能を行使している場合に 当該私的行為を国家の行為と同視して、憲法を直接適用するという理論である(国家同視説とも)

・このような理論構成によって、事実行為による人権侵害を違憲であると解し、たとえば民法709条の不法行為の違法性の裏付けを強化したり、国家賠償請求その他の行政訴訟を提起する救済手段につなげたりすることも考えられてよい。




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最終更新:2013年01月28日 19:22