文責:きょうよ

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(1)水とダイヤモンドの逆説

・欲望の充足を求める人間の一般的性向を経済行動の理論にまで発展させる企てが一応成功を収めるようになったのは、19世紀の半ばを過ぎてからです。

・欲望充足を求める人間の行動から経済理論に進むことを妨げたのは、いわゆる水とダイヤモンドの逆説でした。
→このために、アダムスミスは、経済学で取り扱う価値は使用価値と区別された交換価値であると結論し、リカードは、財が人間にたいしてもつ効用は在我交換価値を持つための前提条件ではあるが、交換価値の尺度にはなりえないと断定しました。

(2)限界効用理論の出現

・W・S・ジェヴォンズが論じたように、この逆説は、財の全量によって達成される全体効用と、追加的部分量によって達成される限界効用を区別することで消失します。

・19世紀の半ばになると、限界概念のこのような有効性に気がついた幾人かの理論家が、効用理論から経済理論を組み立てる課題に挑戦しはじめます。ゴッセン、W・S・ジェヴォンズ、カール・メンガー、レオン・ワルラス、などがその例。

・彼らが提供したのは、現在でいえば需要の背後にある消費者行動の理論ですが、19世紀も末にちかづくと、限界費用・限界生産力を軸にした企業の理論が生まれます。
→その結果、需要関数と供給関数によって市場での均衡を論じる経済理論の体系が成立します。これが、現在、新古典派とよばれている経済理論の原型で、その成立に至る理論史的プロセスは限界革命と呼ばれることがあります。

(3)限界効用論による交換論

・ジェヴォンズは、経済学を「快楽および苦痛の微積分学」と断定しました。
・すべての消費財について限界効用逓減の現象がみられるとすれば、自分の効用を最大化するためには個人がなすべきことは、各財の単位を鳴らしたうえでそれらから得られる限界効用が均等になるように財の消費を行うことです。

・人々はこのような基準をもとにして自分にとって相対的に余っている財と相対的に不足している財を判断し、前者の一部を他人に与えることによって、後者の支配量を増やそうとするでしょう。

(4)価格決定の理論

・問題は、その交換比率、つまり価格がどのようにして決まるかということです。
→この点で限界革命のトリオはそのやり方を異にしています。

・もっとも洗練されているのは、価格を変数とする個人ごとの財需要関数を限界紅葉の均等をはかる個人の行動から導き出して、市場での需給均衡を論じたワルラスです。
→市場での財の需給を均衡させる条件が価格を変数とする方程式として表され、同じく価格を変数うとする各個人の財交換における均衡条件を表す方程式と一緒になって、価格が各個人ごとの交換財数量ととともに決定されます。

(5)一般均衡のヴィジョン

・ワルラスはこのように、個人の主体的近郊と市場での需給均衡を表す連立方程式体系で市場機構が表現できると考えました。
→自分の知らない人たちが自分にとって関心が薄い財にたいしてもつ嗜好の変化も、均衡的な価格体型の変化を通じて、自分の消費行動に影響を及ぼすのです。これが一般均衡と言われる状態である。

・限界効用理論の生産への適用ですが、ジェヴォンズや彼に先行したゴッセンなどは「労働の不効用」という概念を用いてこれを説明しました。

・ワルラスはその生産論においては、各個人を労働、土地、資本のいずれかの生産用役の販売者であるとみなし、先に説明した交換の方程式体系にこれら生産用役の価格とその取引数量を変数として追加しました。

(6)メンガーの主観主義

・ワルラス的な一般均衡理論にたいする潜在的な批判者であったと、現在評価を受けているのはオーストリア学派の祖となったメンガーです。
→彼が重視したのは市場での均衡ではなくその基礎になる個人の経済的合理性の追求活動でした。
→いいかえるならば、メンガーは市場機構の働きを客観的に再構成することよりも、そのなかにいる人間の主観的認識に基づいた経済行動に注目していたのです。

・ワルラス体型のなかには時間的広がりがなく人間の認識活動が発展する余地はありませんが、メンガーは「欲望を可能な限り満足させ、経済状態を改善しようとする人間の努力」が時間的過程のなかで発展していくことを基軸に経済を考えています。

・ワルラスは整備が進み完成された市場組織を下に市場経済を理解しています。それに対してメンガーは、価格形成には常に何らかの幅があり、また商品のあいだにはその売れやすさに相違があるというような市場機構の理解をしています。

・なお、現代の新オーストリア学派の経済学者たちは、流通過程における企業者の発見的認識活動を重視しますが、確かにメンガーの経済感を一歩進めるとそのような企業観がうまれるのかもしれません。

(7)限界効用理論と社会的最適

・ゴッセンは自由主義者でしたが、限界効用均等の法則を社会的規模にまで拡張して、各個人の所得一単位あたりの限界効用が均等化することが社会的均衡の最大化の条件だとしています。
→通俗的な議論では、財政の所得再配分機能が富者と貧者の所得一単位あたりの限界効用の大小関係から正当化されることがありますが、それと同じことです。

・ワルラスは、思想的には共同組合派の社会主義者でしたが、こうした性急な議論を慎重に避けました。
→彼によれば、社会がなし得ることは「条件の平等」を確保することで、個人の自由な活動の結果として不平等は是認しなければならないのです。

・限界効用理論を社会全体の福祉と関連させることについては、効用を加減乗除できるような数量とみなすことが可能かという問題と、効用の個人間比較は可能なのかという二つの問題があります。

・ワルラスのポストを継承したパレートは、効用は大小関係を判断できるだけの量に過ぎないとして、効用理論を消費者選択の理論に純化しようとしました。
→こうした立場に立って経済効率を評価することを新厚生経済学と呼ぶことがありますが、それにたいして消費者余剰の概念を留保付きながら社会的領域に適用した、A・マーシャルやA・C・ピグーなどの政策論は旧派の厚生経済学と呼ばれています。

(8)限界生産力理論と「完全分配」

・リカード経済学では、限界地での労働の生産物が利潤を含む生産費用に等しくなります。この収穫逓減論を同一土地上での労働投下の限界分によって増加される生産量の逓減に読み変えるならば、労働の限界生産力論が現れます。
・19世紀と20世紀の転換期に経済学でひとつのトピックであったのは、この限界生産力論が公正な分配の基準を与えるかどうかという問題でした。

・P・H・ウィックスティードは限界原理を生産と分配の理論に適用し、資本・土地・労働についてそれぞれ限界生産力にしたがった配分が行われれば生産物はあまさずに分配しつくされる(完全配分)と主張しました。
→ウィックスティードの問題は特別な生産関数を前提としなくても、企業の長期平均費用曲線がU字型であり、企業が費用最小のところで操業されているとすれば完全分配が成り立つと結論されました。

・限界生産理論ははじめ分配論として議論されましたが、結局、企業の費用理論に整備されて新古典派理論のなかに吸収されたということです。

(9)限界主義は静態の経済学か

・限界革命の時代の経済学は確かに経済の分析技法の洗練をもたらしました。しかし、経済学者の関心は静態的な資源分配の効率性を価格理論に表現することに向けられ、経済の発展とその社会的帰結といった古典派が取り扱った大きな問題をなおざりにしたのではないでしょうか?

・限界革命期の理論家の中で、経済理論の課題は単に分析装置を発展させるだけでは果たせないことをもっともよく知っていたのは、アルフレッド・マーシャルです。
→彼は、経済学の主要な関心は「変化し進歩しないではいられない人間」にあるのであって、「断片的な静学的仮説」はそれに奉仕する「一時的な補助手段」にすぎないと考えていました。

(10)「はさみの両刃」

・ジェヴォンズは「価値はまったく効用に依存している」として、生産費と価値を結びつけるとすれば、「生産費が供給を規定し、供給が効用の最終度(限界効用)を規定し、効用の最終度が価値を規定する」とすべきだと主張しました。
→マーシャルにとっては、このような主張は、市場経済の働きを需要と供給の相互依存的な関連においてみるのではなく、逐次的に位置がほかを規定していくとみる一面的な見解でした。

・マーシャルのみるところでは、古典派はその価値論において長期正常の状態を想定したいたのです。

(11)有機的成長

・マーシャルには、さらに、知識・人口および資本の成長を含む「超長期」の時間的視点があります。
・マーシャルは、労働を市場で価格が決定される商品とみなすことに反対し、より発展的な分配の理論を打ち立てることを念願していました。
→彼は、賃金基金説を検討して、賃金をまかなうのは蓄積された資財のストックではなく、資本と結びついた所得のフローであると結論しました。

・マーシャルは成長を単なる物的な資本の蓄積とは考えず、労働者の地位向上と社会の生産組織の変容を含む有機的な進化の過程と考えたのです。




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最終更新:2013年01月25日 16:54