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バククト(SC55年~SC122年)

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バククト(SC55年~SC122年)
所属勢力:アスラン→アブラム→アベヤクーン→在野→バニアウ

兵器最大手であるANTEL社の技術将校。バ財団族長バクニムの甥で
同財団とANTEL社のパイプ役を務めていた。
ライバル企業サイコプラス社打倒を目指した男である。
自社兵器の整備・取り扱い及び本社との連絡係として地球及び
覇王アスランの元へ出向し技術7位として仕えていた。
同軍では族長バクニムの旧知であるアラビエの息子アブラムの派閥に属し
様々な便宜を図った。
覇王アスランの死後は一度本社に戻るがアブラム決起後は
バクニムの要請を受け、ANTEL社から買い取った要塞を手土産に再度アブラムに仕える。

隣国ヤリの覇王アドコルを倒したアブラムは一時はサウズ恒星系の覇を唱えるまでになったが
ナーハン覇王アベヤクーンの強襲を受け突如として滅亡してしまう。
アブラムの滅亡は銀河戦史上最大の謎の一つとされており、後世の歴史家・戦争研究家の間でも
「あり得ない」と断言され、シミュレーションを試みた戦術家によると「アブラムの圧勝」「ロゴ領も平らげる筈」
と首をかしげるほど不自然な滅亡であった。
内部の裏切りなど諸説あるが、バククト要塞が故障したとの説もある。
だが、バクニムやANTEL社がその様な粗悪品をアブラムに提供するとは考えにくく、バククト自身この説を否定している。
前述の戦術家も「ハンデで要塞を撤去してみたが、それでもアブラムの圧勝」と述べている為、信憑性は低い。
バククトはサイコプラス社及びその後ろ盾であるジパングによる陰謀説を唱えている。
サイコプラス社とはホスエンに本社を置くANTEL社のライバル企業で
日本民族、後にテンオウ軍と呼ばれる勢力の後ろ盾を受けた大企業であった。
汎用性に長け大量生産を得意としていたANTEL社に対し、
サイコプラス社は割高だが高性能な機体の生産を得意としていた。
故に戦時下で生産性が重要視されANTEL社に後れを取っていたのである。
そこでサイコプラス社は、ANTEL社の資金源である株主でスポンサーであるアブラム死を望み
彼を亡き者にする事でANTEL社に打撃を与えようとした。と言うものである。
だが、異論も存在する。
確かにアブラムは株主であったが、地球を中心とする他の勢力からも多数の支援がANTEL社にあり
アブラムを亡き者にしたところで資金源を絶つのは不可能であった。
またアブラムを滅ぼしたのが偶々サイコプラス社の支援をうけたアベヤクーンだったと言うだけで
単にそれを理由にしたこじ付けであるとの説もある。

話を戻してアブラム王朝が滅亡したバククトはANTEL社から
「アベヤクーン軍の後ろ盾であるサイコプラス社の内定調査」を命じられアベヤクーン軍に仕官。
バクニムの元へサイコプラス社の情報を送り続けた。
と言うのは建前であり、実際はアブラムの遺児でバクニムの養子となっていたバニアウが
復讐の為にアベヤクーン軍への入隊を希望していた為、その様に取り計らう事であった。
そこでバククトはアベヤクーン家臣団筆頭であったジックマンに多額の賂を渡し
バニアウを「親戚の息子」と言う事とし、便宜を図ってもらうように頼みこんだ。
当然、欲の皮の突っ張ったジックマンはこれを了承。
バニアウは身元調査などの身体検査を無事にパスしアベヤクーン軍への士官が叶った。

その後も暫くはアベヤクーン軍に在籍していたバククトだが
ある日、部下の一人が口を滑らしてしまった事でANTEL社の産業スパイである事が露見。
機密情報漏洩の罪で逮捕されてしまう。
だが、アブラム時代からの同僚であるゼットンとアブラム遺児バニアウの擁護や
叔父バクニムから多額の保釈金が払われた事から、釈放されるも2階級の降格処分と
軍人恩給の権利が剥奪され不名誉除隊となる。
その気になれば控訴も可能だったが、女漁りに励むアベヤクーンに嫌気がさした事もあり
全ての権利を放棄し除隊した。
除隊後は本社に帰還しバニアウやキシに秘密裏に支援を行うなど裏方に徹し
艦隊の手配やバクニム要塞の建造の指揮を行っていた。
バニアウが独立すると再度バクニムの要請を受けバニアウ軍に出仕。
再度、技術7位の称号を受ける

バクニムが死ぬとバ財団本部にバニアウへの支援継続を掛け合うが、努力むなしく打ち切りが決定。
バククトの元にバ財団から帰還命令が出るが、
バクニムに可愛がられていた事から恩義のあったバククトは
「自分はANTEL社の社員であり、社の利益以外はどうでも良い」と帰還要請を拒否
ナーハン覇王クルトニオの背後にサイコプラス社が居る事をしったバククトは
ANTEL本社に掛け合いバニアウへの支援を要請。
財団本部の決定に背きバニアウ軍へ出仕し続けANTELとのパイプ役を務めた事から
バ財団はバククトの追放を決定。バククトも「こっちから願い下げだ」と寧ろ喜んで
追放処分を受け入れた。
一方、ANTEL社はバククトの要請を快く了承し、バニアウに多額の支援を行った。
これによりバニアウは4強の一角と言われるほどの躍進し、
膨大な利益を上げたANTEL社はバククトに感謝し彼を代表取締役副社長として招いた

ライバル企業であるサイコプラス社の後ろ盾を受けたクルトニオとの決戦が迫ったSC121年
軍の定期健診で膵臓を患っている事が発覚。
半年間の闘病の末に職場復帰するが完治出来ていなかったらしく、
再び半年後のSC122年に整備中に倒れ、多臓器不全により世を去った
享年67歳
彼の死後、バニアウはクルトニオとの決戦を制し、サイコプラス社との企業戦争も制した。






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