クラウ・ソラス

クラウ・ソラス(クレイヴ・ソリッシュ)(未改正 近代アイルランド語: Claidheamh Soluis; 改正綴り:Claíomh Solais; 異綴り:an cloidheamh solais; IPA: [/kɫiːv ˈsɔɫɪʃ/])は、アイルランド語で「光の剣」あるいは「輝く剣」(英訳:"Sword of Light", "Shining Sword")を意味し、口承アイルランド語民話の数多くに登場する宝剣あるいは魔法剣で、手に持つ者に照明を与える道具だったり、巨人などの敵に特殊な効果を発揮する武器など、物語によって異なる描写がされている。また、スコットランド・ゲール語の口承民話にも多くの類例が見られる。

概要


「光の剣(クレイヴ・ソリッシュ)」については、ゲール語圏で伝わっていた民話に伝わる肖像と、大衆文化(ファンタジー関連、カルト系、ゲーム系)のなかで創りあげられてきた「クラウ・ソラス」の偶像とは異なってしまっている。この乖離現象についてはのちほど後述する。本項では民話に登場する剣を主としてとりあげたいが、一般認識としては後者のほうが印象が強いことに配慮して、その区別などにも字数を割いて説明する。

大衆文化の中のクラウ・ソラス

近年の大衆文化のなかでは、「光の剣」は、トゥアハ・デ・ダナーンの四至宝のひとつであるヌアザ(ヌアダ)の剣と同一視されることが多い。ただしアイルランドの古来の文学(中世の写本に残る作品)では、ヌアダの剣はとくに光の剣とはされておらず、これは拡張解釈である。日本のファンタジー系書籍では、いわゆる「クラウ・ソラス」なる剣が、輝く剣(抜刀すると周囲の目を眩ます)、呪文が刻まれる剣、神族の都のひとつフィンジアスからもたらされた不敗の剣、隠れた敵も探し出し、ひとりでに倒す自動追尾機能のある剣などと紹介されているが、これはあらゆるケルト神話・民話・妖精物語に登場する剣の属性を寄せ集めたモンタージュといえる。この詳しい考察は、大衆文化の節で取り上げる。

民話例の概要

「光の剣(クレイヴ・ソリッシュ)」が登場する民話の大多数は冒険譚で、主人公(ヒーロー)には果たさねばならない難業や試練が(典型的には三つ)課せられ、たいがいは何らかの助っ人(helper(s))の力を借りて、みごとこれを遂行する粗筋である。

その助っ人は、ヒーローの妻またはいずれ夫婦となる女性(「モラハ」ほか)であったり、巨人の家政婦(「エリン国王の十三番目の息子」ほか)や不思議な動物たち(後述)、超常的(妖精的)な「赤い男」(「雪とカラスと血と」(?))などのパターンがある。

相手の敵の「巨人」は、原話では「大男」(fermórの直訳)またはグルガハ(?)(gruagach)と呼ばれる鬼やオーガのような存在である(スコットランド民話では上の同源語がもちいられるほか、敵が≒「山姥」 "cailleach" (参照:カリアッハベーラ); 英: "carlin" の例もある)。この巨人は、ある秘密の方法でしか倒せないのが、民話のお約束ごとである。ヒーローないし助っ人が、光の剣や隠れマントなどの器具を用いて、いとも簡単に倒してしまう場合もあるが、剣では目的を達しえないこともしばしばある。巨人は、体のどこかにわずかだけ弱点の場所を持っており、そこ以外はどんなに傷つけても死なずにけろりと治ってしまうからである。また、その急所がじつは「体外にある魂」(external soul)であって、どこかの秘密の場所に隠されていることがある。それが幾つかの種類の動物の体内(や容器)に、入れ子構造式に入っていることも典型的である(スコットランド民話 "The Young King of Esaidh Ruadh"等)。

民話例の多くには花嫁探求(bridal quest)の側面があり、これは民話ではとりわけ珍しいわけではないが、単純な白馬の騎士的物語とは違ったひねりがみられる。それは、ヒーローが賭け事に勝って富と秀麗の妻を得るものの、すぐさま敗北して妻と居暮らす権利を失い、(ゲシュをかけられ)光の剣と、とある「事報(知識)」を入手するまで帰れないというあてどない探求に旅立たねばならない例である(「モラハ」や「ムスケリーの農夫の息子」ほか)。

「モラハ」と「ムスケリーの農夫の息子」の二話は、かなりの点で並行する同源話(cognate tale)であるが、いずれの場合も新妻が特別な助言をしたり、特別な馬を与えたりし、光の剣の入手も、この疾風のごとき馬や、妻の内助の功なくしては、達成できない。他の民話例でも、巨人の娘や、巨人にとらわれの令嬢や家政婦が、貴重な助言をしてくれて、主人公が命拾いしたり、巨人や竜を退治することができるのである。

また、「女性にまつわる秘密が明かされる」というテーマは、じつは重要性を占めるものらしく、一つの民話例では、「光る剣と、女性にまつわる唯一の物語の原因の知得」(?)という題名にすらなっている。これは、アーサー伝説の『ガウェイン卿とラグネルの結婚』のなかで質問される「婦人たちが一番望むものは何か?」というなぞなぞとも似ているので、比較対照の余地がある。ただし同源異話「ムスケリーの農夫の息子」では、「女性の」の部分が欠落して「唯一の物語の原因の知得」になってしまっている。さらには同源異話「モラハ」に至っては、「アンシュゲイリアフト(?)の死の報せ」に変わってしまっているが、このアンシュゲイリアフト (Anshgayliacht =? アイルランド語: an sgéal líacht (?)) という名が「唯一の話」(an aon scéil) の転訛だということはゆうに察知できる。

今挙げた三篇のなかでは、光の剣の持主は、剣を求める主人公にたいして激しく襲いかかって撃退し、剣を手放すことをとことん拒む。しかし、いったん克服されてしまえば、この人物は憐憫をさそう身の上話を物語り、主人公はこれを討伐はしない。その哀れな「唯一の物語」というのが、悪妻によって魔法の杖で狼に変身させれ、放逐されてしまったという、異形への変身譚である。(これらの物語はまた、狼男現象 (狼狂(英語版))のモチーフ面から、キットレッジ(英語版)編『アーサーとゴルラゴン』、ギヨーム・ド・パレルヌ(英語版)物語や、マリー・ド・フランスの狼男のレーと比較研究される。)

人間が動物に変じられているという要素は、狐が活躍するスコットランド民話("An Sionnach, the Fox")にも見られ(そこでは光の剣は "White Glave of Light. スコットランド・ゲール語: an claidheamh geal soluis)と称される)。また、ある民話では、女主人公を手助けする猫が、のちに人間の王女の姿に舞い戻る ("The Widow and her Daughters") 。

主人公の助っ人が動物なケース(スティス・トンプソン(英語版)の分類 В 300 Helpful animal)では、動物の数が三種類であるパターンがみられる。前述の「光る剣と..」(ZCP 誌第1巻収録話)では、主人公(Murrogh)が、鷹・カワウソ・キツネの手助け無くしてはとても、敵である「硬い頬の戦士」(Hard-cheeked Warrior)が隠しもつ弱点、秘密の卵を回収することはできない。この卵を戦士の黒子に打ちつけることが、唯一この敵を倒す手段であった。この民話にごく類似するのが「機織の息子と白い丘の巨人」であり、そこでは光の剣におきかわり「鋭利の剣」("sword of sharpness")であるが、主人公は、姉たちを不思議の国に尋ねに行き、大きな牡羊・鮭・鷲の変わり姿をもつ義兄たちから、それぞれ羊毛ひとつかみ、ひれのかけら、羽一枚をもらい、これらの品々の不思議な力によって鮭の魚群、羊の大群、鷲の集団を召還し、秘密の卵を得たのち、これを巨人の腕下の黒子に命中させて倒す。(また、単に卵をつぶせば巨人が死ぬ例が、"The Young King of Esaidh Ruadh"である。この卵はアアルネ=トンプソンの民話分類(AT分類)の AT 302 「卵に入っている鬼(オーガ)(悪魔(デヴィル))の心臓。」"The ogre's (devil's) heart in the egg"、トンプソンの分類 E 711.1. に該当する。)

光の剣の属性

ある民話ではフィアハ・オ・ドゥダ(?)(Fiacha O'Duda)が所有する光の剣は、ダイヤモンドをちりばめた柄("diamond-crested hilt")をもち、暗い色合いの鞘から抜身の刃が三インチほどのぞいただけで、窓なしの寝室が、直射日光を受けた部屋のように輝いていたといわれる。("The Story of the Sculloge's son from Muskerry")。他にも地下の岩穴の暗がりを照らす("Tale of Connal")、夜中に井戸の水汲みに来た使用人が光源として使う("Maol a Chliobain")などの民話がある。

「エリン国王の十三番目の息子」 では、光の剣は、複数頭の竜 (アイルランド語: urfeist)の頭を刈り、体を割くまではできるが、怪物はいっとき退散するだけで、再生してもどってくる。結局、怪物を倒したのは口の中に投じた林檎であった。。

スコットランド民話のひとつでは、光の剣は、意地悪でメドゥーサ的な継母が浴びせる、人間を薪の束に変えてしまう視線を反射させるという利用法がされる("Mac Iain Direach")。

またある作品では、「[鞘から]抜きはらうたびにその閃光は世界を三度めぐり、どんなに軽い一撃でも、森羅万象のものも魔性のものとわずに殺してしまう」とも、「命にかぎりある人間(mortal man)なるぬ者が製作した」とも描写されるが、これは現代作者による潤色であろう(MacManus, "The Snow, the Crow, and the Blood")。

参考までに、上の一例の話「雪とカラスと血と」(?)にごく粗筋が近いのが、ダグラス・ハイドが収集した「アイルランド王の息子」(Mac Riġ Eireann; The King of Ireland's Son)という話であるが、そこでは王の息子らが得る「三つの刃の剣」("the sword of the three edges"; cloiḋeaṁ na tri faoḃar)は、「この剣でどこにでも一撃をくわえれば、たとえ鉄が前にはだかっても砂に達する(大地を切る)」というものであった。

大衆文化


クラウ・ソラスの属性と神話の混合

ある情報によれば、アイルランドの画家ジム・フィッツパトリック(英語版)による一連の小説(Book of Conquests (1978), The Silver Arm (1981), Érinsaga (1985))のなかでヌアダの剣が光の剣クレイヴ・ソリッシュとされているとのことである。これら小説の1、2は建部ほか著『虚空の神々』の資料につかわれているという。

実神話との対比

光の剣がトゥアハ・デ・ダナーンの四至宝(The Four Treasures of the Tuatha Dé Danann)のうちのひとつ「ヌアダの剣」だとする根拠は、原典には無いに等しい。また、ヌアダの剣について原典で語られる描写は、以下に略述するとおり、ほんの数行で片付いてしまう程度だが、ファンタジー参考書『虚空の神々』等などでは、「クラウ・ソラス」にさまざまな性能を付加している。以下では、そうした書籍のなかで追加された性能と、それと一致する属性をもったケルト神話の実例を対比させる:

不敗の剣 → ヌアダの剣(フィンジアスからもたらされた、傷を負わされれば逃れられず、鞘から抜きはらわれたとき何人も抗い難し剣)
呪文が刻まれる剣 → オルナ(オガム文字の神オグマがマグ・トゥレドの戦いで得た剣) 
自動追尾 → オランダ語アーサー伝説『ワレウェイン』(ガウェイン卿)の剣。
ルーの槍(アッサルの槍)。民話「モラハ」でも光の剣は自動的に元の持主に戻る。 
輝く剣(抜刀すると周囲の目を眩ます) → (不詳)?

上は参考例で、各種大衆向け書籍の原典を必ずしも的中させてつきとめたものとは限らないが、とりあえず、当たらずとも遠からずとし、ここではそれ以上は詮索せずとする。

自然神論学説

このように、色々な他人の英雄の武器の属性が、別の神の武器のものに習合されてしまう理由はなにか。これはヌアダよりもルーの例のほうが説明がつきやすい。じつはアイルランドの伝承文学に登場するルーは、光の神でもないし、その持つ武器は光の槍でもなんでもない。しかし、ルーの原型とされるのが、ヨーロッパ各地に存在した都市名ルグドゥヌム(リヨンほか)にその名を与えた汎ケルト的な原神ルグであり、その性質が光の神もしくは太陽神である、と論じられている(その体系的な立証を試みたのが、十九世紀のウェールズのケルト学者ジョン・リス(英語版)の研究であった。)。つまり、アイルランド文学に、こうした自然神論的な解釈を加味したものが、ファンタジー系書籍にみられる、「光の神ルー」、「光の槍ブリューナク」という解説であり、ヌアダの剣が「光の剣」とされることについては、もう少し説明が必要だろうが、こうした論考の同一線上にあるものとみられる。

さらには、自然神論で、光の属性を引き継ぐのが、太陽神の転生・権化とも形容される太陽英雄(solar hero, sun hero)という存在である。アイルランド神話ではクー・フリンが太陽英雄の代表格であるが、リス教授の研究書では、それ以外にも様々な人物を太陽英雄(ないし太陽神の転生)とみなしている。そこでファンタジー系書籍について推論すると、広義的なケルト神話におけるあらゆる太陽英雄(アーサー伝説のガウェイン卿もその代表例)がもつ剣の属性を総合させて、「クラウ・ソラス」の偶像を作り上げているものと思われる。

欧米の学会において、武器についても自然神論的な解釈を展開させた著名な例は、オライリー(英語版)であり、その主たる仮説は魔槍ゲイ・ボルグ等が、ブルガ(Bulga)なるケルトの雷神に由来するというものだが、ついでとして、クーフリンの剣(Cruaidín Catutchenn)は、夜には松明のように輝く剣で、それは民話の「光の剣」に名残をとどめる、と附記している。
最終更新:2013年03月07日 21:57