黄衣の王

『黄衣の王』(こういのおう、おういのおう、The King in Yellow)は、ロバート・W・チェンバースが著し、1895年に出版された短編集である。ゴシック小説あるいは初期のホラー小説に属する。また同書に登場する架空の戯曲、および謎の超自然的存在も同じ名前で呼ばれる。

同書を読んだH. P. ラヴクラフトは、自身の小説に「黄衣の王」を登場させ、それはやがてクトゥルフ神話の一部と見なされるようになった。

2010年7月、大瀧啓裕による翻訳が創元推理文庫から出版された。ただし、原書の短編集からは「黄衣の王」にまつわる最初の4篇のみを採り、別の長編『魂を屠る者』を合わせて収録している。

構成


チェンバースの『黄衣の王』は以下の10篇の短編から成る。
「名誉修理者」 The Repairer of Reputations
「仮面」 The Mask
「竜の路地にて」 In the Court of the Dragon
「黄の印」 The Yellow Sign
「イスの令嬢」 The Demoiselle d'Ys
「予言者の楽園」 The Prophets' Paradise
「四風の街」 The Street of Four Winds
「初弾の街」 The Street of the First Shell
「草原の聖母の街」 Street of Our Lady of the Fields
「行き止まり」 Rue Barrée

最初の4篇は次の三つの事物により結び付けられている。
「黄衣の王」と題された戯曲の書 
謎の、邪悪な超自然的存在である「黄衣の王」 
不気味な「黄の印」 

続く3篇は怪談風の作品で、主に芸術家やその子孫を中心に描かれている。残りの3篇は怪談ものではなく、チェンバースの後の作風である恋愛小説風の作品が多い。

同書の中でチェンバースは、アンブローズ・ビアスの著作から「カルコサ」、「ハリ」、「ハスター」といった固有名詞を借用している。

クトゥルフ神話


1927年にチェンバースの『黄衣の王』を読んだラヴクラフトは、同書に登場する「黄衣の王」やその他の事物(黄の印、ハリ湖、ハスターなど)を、短編「闇に囁くもの」("The Whisperer in Darkness", 1930) の中で自身の創造物と共に登場させた。超自然的な現象や存在、場所などをただ曖昧に示唆することにより、恐ろしいことを読者に想像させるというチェンバースの手法も踏襲している。こうしてラヴクラフトの著作に取り込まれた「黄衣の王」や他の事物は、やがてクトゥルフ神話の一部と見なされるようになった。

書物

『黄衣の王』は美しくも恐ろしい言葉で埋め尽くされた一種の詩劇であるとされ、ヒアデス星団のカルコサの地を舞台にした、黄衣を着る王の存在が書かれている。

この黄色の装丁の本は、読む者を狂気へと誘うと言われており、特に第二部まで目を通した者には恐ろしい運命が待ち受けていると言われている。

岸辺に沿って雲の波の破れ
ふたつなる太陽が湖の彼方に没し
陰翳が長く尾をひくは
カルコサの地

黜き星ぼしの昇る夜は不思議なるかな
不思議なる月がひとつならず穹天をめぐりたり
されど さらに不思議なるは
失われしカルコサの地

ヒュアデスたちのうたう唱
黄衣の王の襤衣はためくところ
聆かれることもなく消滅るは
おぼめくカルコサの地

わが声は間絶え わが魂の歌
うたわれることもなく消え
涙流されぬままに涸れはてるは
失われしカルコサの地

ハスターの化身

ラヴクラフトは「ハスター」が何を意味するのか明示しなかったが、後にオーガスト・ダーレスがハスターを旧支配者に位置づけ、黄衣の王はハスターの化身のひとつと見なされるようになった。

黄衣の王は、ボロ布のような黄色い衣をまとい、蒼白い仮面を被った人物である。黄色い衣は布ではなく皮膚に類するものである、ともいわれる。古風な金の象眼細工が施された黒い縞瑪瑙の留め金「黄の印」を持つ者の下に現れ、その魂を食らう。「黄の印」を所持する者は自分の意思でそれを捨てることができない。

またJ・トッド・キングリアは、ライナルト・ファン・グラーフが描いた「王国」という絵を通して、その所有者の下に現れた事件を描いている。「王国」には多くの人間の不幸や悲痛、苦しみが描かれており、絵を見た者はその強烈な悲しみにとらわれて失意に打ちひしがれ、最終的に絵の中心に描かれた「黄衣の王」を目にして自殺する。
最終更新:2013年03月07日 21:59