ミカエル

ミカエル(ヘブライ語:מִיכָאֵל [Mîḵā’ēl])は、旧約聖書『ダニエル書』や旧約聖書外典『エノク書』などに名があらわれる熾天使。日本正教会では教会スラヴ語・ロシア語からミハイルと表記される。

名称


ミカエルという名前を直訳すれば「神に似たるものは誰か」(mî疑問詞「誰」 + kə「~のような」 + hā ’ēl「神」)という意味になるが、『タルムード』では「誰が神のようになれようか」という反語と解される。

カトリック教会などでは、ミカエルは大天使ミカエルあるいは聖ミカエルの称号で呼ばれる。日本ハリストス正教会では現代ギリシャ語とロシア語読みから転写し、神使ミハイルとよぶ。また、英語の人名マイケル(Michael)、フランス語ミシェル(Michel)などはこの天使の名に由来する。

イメージ


図像的には、甲冑を纏って天の軍団の先頭を行く、といったイメージが一般化され、場合によっては孔雀の尾羽のような文様の翼を有した姿で描かれることが多い。また、右手と左手にそれぞれ剣と魂の公正さを測る秤を携えた姿で描かれる事も。

聖書の記述


聖書でミカエルがあらわれるのは、ダニエル書10:13-21、12:1、ユダ1:9、ヨハネの黙示録12:7である。

ミカエルは旧約聖書外典である『エノク書』にもあらわれる。『エノク書』は広く読まれたとされる。新約聖書外典である『モーセの黙示録』ではモーセがシナイ山で十戒を受けたとき、十戒を記した石板をモーセに渡したのはミカエルであるとされている。

ユダヤ教


旧約聖書の中でミカエルの名前が出るのは『ダニエル書』第10章および第12章のみであるが、その中では、断食後のダニエルの見た幻の中にペルシアの天使たちと戦うためにつかわされたイスラエルの守り手として現れる。聖書学者たちの中には『ヨシュア記』の中にすでにミカエルの姿の原型があらわれていると考えるものもある。

旧約聖書そのものにはミカエルへの言及がほとんどないにもかかわらず、ラビ伝承によってミカエルはさらに多くの役割を与えられることになった。『ダニエル書』に描かれるイスラエルの守護者というイメージから、ミカエルと堕天使サマエルとの争いという伝承が生まれた。サマエルは時としてサタンと同一視されることもあり、もともと天使であったが天国から追放されて堕天使となったとされる。サマエルが天国から突き落とされたとき、ミカエルの羽を押さえ込んで道づれにしようとしたが、ミカエルは神自身によって救い上げられたという。また、ロトを壊滅するソドムから逃げ出させたのも、イサクがいけにえにされるのをとめたのも、モーセを教え諭して導びいたのも、イスラエルに侵攻するセンナケリブの軍勢を打ち破ったのもミカエルであるとされている。旧約聖書外典『モーセの昇天』に描かれたミカエルとサマエルの死闘は、のちに竜(悪魔の象徴)と争うミカエルというイメージを生み出した。

ラビたちによって天使へのゆきすぎた信心が規制されるようになっても、ミカエルのみは「イスラエルの守り手」として特別な地位を保たれた。ユダヤ教ではミカエルへの祈りが盛んにつくられている。ほかにも天上のエルサレムへユダヤ教徒の魂を迎え入れるのも、終わりのときにラッパを吹き鳴らすのもミカエルであるとされている。中世以降、カバラ思想が発達していくと、イスラエルの守りミカエルは、そのまま「ユダヤ人の守り手」となった。

キリスト教


カトリック教会

大天使ミカエルの大天使とは偽ディオニシウス・アレオパギタが定めた天使の九階級のうち下から二番目に属するものであるが、これは中世初期の頃までは大天使が天使の最高階級と考えられていたためとされる。

また、ジャンヌ・ダルクに神の啓示を与えたのはミカエルだとされている。

その後、ミカエルは人ではないが聖人の一人としてカトリック教徒の間で広く崇敬されるようになった。キリスト教徒たちはミカエルをラファエル、ガブリエルとならぶ三人の大天使の一人であるとみなした。ミカエルは守護者というイメージからしばしば山頂や建物の頂上にその像がおかれた。ルネサンス期に入ると、ミカエルはしばしば燃える剣を手にした姿で描かれるようになった。中世においてミカエルは兵士の守り手、キリスト教軍の保護者であった。現代のカトリックでは、兵士ではなく警官や救急隊員の守護聖人になっており、地域ではドイツおよびウクライナ、フランスの守護聖人とされている。

またミカエルは、地上におけるカトリック教会全体の保護者とされている。

カトリック教会には大天使聖ミカエルへの祈りがある。

カトリック教会における日本の守護聖人もかつてはミカエルであるとされた。これはフランシスコ・ザビエルによって定められたが、のちにフランシスコ・ザビエル自身が日本の守護聖人とされている。

カトリック教会ではミカエルはラファエル、ガブリエルと共に9月29日が祝い日になっており、かつてイギリスの大学ではこの日が始業日であった。カトリック教会ではミカエルにささげられた教会や修道院が492年に作られたカシノ山の聖堂(イタリア)をはじめ多数つくられたが、もっとも有名なものとしてフランスのモン・サン・ミシェルがあげられる。

正教会

教会ではしばしばガウリイル(ガブリエル)とともにイコノスタシスの門に描かれる。

プロテスタント

聖書信仰に立つ福音派では聖書の教理に基づいてミカエルの存在を認識している。

イスラム教


イスラム教ではミカエルはミーカーイールと呼ばれる。彼は四人の大天使(ミーカーイールとジブリール、アズラーイール、イスラーフィール)の一人であるとされ、『クルアーン』の中でもミーカーイールについて言及されている箇所がある。

ただしイスラムでは、ジブリール(ガブリエル)が神と預言者ムハンマドの仲立ちをし啓示をもたらしたとされるため、天使の首位を占めるのはジブリールであり、ミーカーイールは次点であるとされている。

その他


異教由来説

3世紀のラビ・シメオン・ベン・ラキシュは、ミカエルという名前や天使の思想はユダヤ人が新バビロニア王国に捕囚されていた時代にバビロニアの宗教の影響によってその神が取り込まれたものだという説を唱えた。この説は現代の学者たちにも広く受け入れられている。

比較宗教学

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教へと引き継がれ、カトリック教会ではラファエル、ガブリエル、ウリエルと共に四大天使の一人であると考えられてきた。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教においてもっとも偉大な天使の一人である。

西洋儀式魔術

儀式魔術では四大天使に四大元素との象徴的対応関係が設定されており、ミカエルは火の元素、赤色、南、炎などに関連付けられる。

俗説

菓子職人の守護聖人とされる。このためフランスでは、その名をとったサン・ミシェルと呼ばれるケーキが生まれているほか、聖ミカエルの日である9月29日は「洋菓子の日」でもある。
最終更新:2013年05月06日 22:45