猪狩誠プロローグ

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プロローグ

 孤児院、どんぐりの家から歩いて数十分ほどの場所にある小さな病院。
核が落ちた後、驚くべき速さで再建されたその場所に、猪狩誠は訪れていた。
 猪狩は今まで何度もやってきたのと同じように、慣れた手つきで手続きを済ませ、目的の場所へと向かった。
途中、何人かの患者や看護師から声をかけられる。猪狩はよくここに来るため、殆どの人間は彼のことを知っている。
無論、なぜ彼が足しげくこの病院に通うのか、その理由も。
 やがて猪狩は、ある病室の前で足を止めた。
そこはこの病院でも数少ない個室の病室で、
入院患者の名前を記すネームプレートの劣化具合から、中の患者が数年に渡って入院していることが見て取れた。

「 縁、猪狩だ。今、入っても大丈夫か?」
「うん、大丈夫。入ってきて。」
一体、このやり取りは何度目になるだろうか。あと、何度このやり取りを繰り返すのだろうか。そう思いながら、猪狩は病室に足を踏み入れる。
病室の中には、一人の少女がいた。
きれいに整えられた黒髪と、透き通るような白い肌、かわいらしい顔立ちを持つが、
体は細く、今にも折れてしまいそうな、儚い印象を持った少女だった。
「ありがとう、猪狩君。今日も来てくれて。」
「へっ。縁がそうやって笑う顔が見れるなら、毎日だって来てやるさ。」
風の音でかき消されてしまいそうなか細い声で、微笑みながら少女は言った。
彼女の名は、雪村縁。猪狩と同じように核で両親を失い、どんぐりの家で育て られた孤児だ。

今、彼女は難病に侵されており、闘病のためにこの病院に入院している。
「ふふっ……。うれしいけど、無理しないで。そう言ってもらえるだけで、私は十分だから。」
本当にうれしそうに、縁は言う。それを聞いて、少し困ったように笑った後、猪狩は尋ねた。
「……それで、病気のほうはどうだ?少しは、良くなったか?」
「うん。お医者さんに勧められた新しい薬が、私に合ってたみたいで、前よりだいぶ楽になったんだ。」
「そ、それじゃあ……!」
縁の言葉を聴いて、猪狩は目を輝かせ、思わず身を乗り出しそうになる。しかし、猪狩がその先を言う前に、縁はゆっくりと顔を横に振った。
「……でも、やっぱり薬だけじゃ駄目みたい。治療するには……手術するし かない、って。」

そう言ったとたん、縁の顔が暗くなる。
彼女は知っているのだ。たとえ治す方法が手術しかないとしても、それは不可能だということを。
核が落ち、パンデミックが起こってから、福祉の制度はまともに機能してはいない。手術の費用はほぼ全て、自費負担となる。
そして彼女の手術にかかる費用は、1000万を下らない。彼女にそのような大金を用意することは、不可能であった。
「…そんな暗い顔すんなよ、縁。」
そんな縁を励まそうと、猪狩は必死に言葉を紡ぐ。
「もしも手術するのが怖いなら、俺がずっと傍で励ましてやる。もしも金が心配なんだったら、それも俺が何とかするからさ。」
無論、いくら猪狩でも1000万もの大金を用意することは出来ないだろう。それはあ からさまな強がりだった。
「…ありがとう。優しいね、猪狩君は。」
だが、それでも。彼女はその言葉だけで生きていけるような、そんな気がした。
「なに水臭いこといってんだよ。俺たちは、家族だろ?そのくらい当然さ!」
「ふふっ。それでも…ありがとう。」
……この時、誰が想像できただろう。
この少年の強がりが真実となるどころか……更に大きな形で実現することを。

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それから暫くたったある日のこと。その日、猪狩は何でも屋の依頼をこなす為に、もみじ山商店街に来ていた。
もみじ山商店街は古くからの馴染みで、よく猪狩に仕事の話を 持ってきてくれる。
また、孤児院との交流も深く、仕事の話を抜きにしても、猪狩にとって大切な人たちである。
「いやあ、何時も何時もありがとうなまこっちゃん!俺一人じゃあもう腰が辛くてよ。もう年かねえ。」
「なあに、おじさんもまだまだ若いじゃないっすか。元気出してくださいよ!」
今日の依頼は肉屋の仕入れの手伝いだった。本来なら来る筈だった店員の一人が急病で来れなくなったため、急遽助っ人として呼ばれたのだ。
「へへっ。うれしい事言ってくれるねえか。じゃあこれ、今回のお給料。…それと、よかったらこれ持ってってくれい。」
肉屋の大将は給料の入った封筒と、肉の入った小袋を差し出す。
「いやいやいや。ダメですよ!お気持ちはありがたいっすけど、ちゃ んと仕事で、貰うお金も決まってるんですから。」
「まぁまぁ、いいじゃねえか。俺ら商店街とまこっちゃんは、家族みたいなもんだしよ!」
と、誠は封筒だけを受け取ろうとしていたのだが、結局押し切られて両方受け取ってしまう。
「じゃあ…ありがとうございました、おやっさん。また何かあったら、いつでも言ってください。」
「おう、気をつけてな、まこっちゃん!」
その後肉屋での依頼を終えた猪狩は、商店街の外れにある、小さな雑居ビルに足を運んだ。

辺りを見渡し、人がいないのを確認してから中へと入る。
「マサさん、お待たせしました、猪狩誠です。」
「誠。良く来てくれたな。ま、話は中でしようや。」
誠を出迎えたのは背の高い筋骨隆々の大男、マサだ。マ サはこの雑居ビルの持ち主であり、この辺り一帯を拠点とするヤクザ「ヒイラギ組」の構成員でもある。

彼は猪狩が魔人であることを知る数少ない人間の一人であり、今日のように、時折運び屋や代打ちなど、危険ではあるが高額な仕事を持ってきてくれるのだ。
「よし…じゃあ早速、今回の依頼の話をさせてもらおうか。」
マサが今回持ってきた話は、近日開催されるとあるトーナメントに、組の推薦を受けて出場する候補になってほしいというもの。
本命の選手は本家が有力な魔人を見つけてくるだろうが、末端でも魔人を多く推薦できたほうが顔が立つ。
一週間かけて実力以外に根性や知略などを審査し、一人に絞る選抜試験を行う。誠ならその選抜試験に出る資格がある。
「もちろん推薦す るからにはそれなりに頑張ってもらう必要が有るが…お前ならなんとかなるだろう。報酬は、いつもより弾む。この話、受けてくれねえか。」

ちなみにこれが、そのトーナメントの概略だ。そう言ってマサは、一枚のチラシの様な物を取り出した。
それを見た猪狩の視線が、ある一点で止まる。口元が自然と緩まる。
賞金10億円、そして、副賞。これさえあれば、全てが変わる。縁も…孤児院の皆も…全てが。
「……マサさん。その話。俺が勝ってしまってもいいんですよね?」
「お、おう。もしそうなればうちの組も鼻が高いってもんだ。報酬は倍…いや、3倍出すよ」
そこまで言ってくれるとは思っていなかったのだろう。マサは戸惑いながらも答えた。
だが、次に猪狩の口から発せられた言 葉は、更にマサを驚愕させた。

「いえ……。選抜の話ではなく。本戦の話です。」
「……!?」
「本戦で俺が優勝して、賞金を獲得してしまっても…いいんですよね?」
本気で言っているのか? マサはそう言いかけたが、結局、言うことは出来なかった。
猪狩の目が告げていた。自分は本気だと。本気で、そのトーナメントで優勝するつもりだと。
「……どうやら、本気みてえだな。」
猪狩は何も言わず、真っ直ぐにマサを見る。
「もしもそうなりゃあ、上も流石に文句は言えねえだろう。かまわねえ、賞金はお前のもんだ。……それじゃ、受けてくれるって事でいいんだな?」
力強く、猪狩は答えた。
「ええ、もちろんです。任せておいてください。……勝って見せますよ、絶対に。 」

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そして、一週間後。誠は宣言どおり選抜を勝ち抜き、本戦出場を決めていた。
「それじゃあ園長。俺は行ってくる。子供たちのこと、よろしくな。」
時刻は早朝。知れば子供たちが引き止める為に騒ぐだろうと、見送りは園長だけだ。
「ああ、任せておけ。お前は思う存分やってこい。」
「任せたぜ、園長。じゃあな!」
猪狩はそう言い、孤児院を離れ、本戦の会場のを目指して歩き始めた。
猪狩の頭に、縁や孤児院の子供たちの顔が思い浮かぶ。
必ず、勝ってみせる。猪狩は心の中で、そう誓った。








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