姫将軍 ハレル & 参謀喋刀 アメちゃん+98プロローグ

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dangerousss3

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大会前夜

【1:高級ホテルの一室】

「イヤだイヤだー! いくらハレっちの頼みでも、それだけはダンコとしてゼッタイにヤッ!
セイリテキにムリ! ムリムリムリムリかたつむり!!」

最大トーナメント初戦の前夜、大会運営が選手の控室にと手配した高級ホテルの一室が妙に騒がしい。

「見てよホラこの捻じ曲がった刀身、ああーっキショク悪い!
こんなのとガッタイさせられるアメちゃんのタチバになって考えてよっ!」

騒がしさの源となっていたのは一振りの日本刀であった。
テレビ台の上に抜き身の曲刀と怪しげな丸い壺と共に並べて置かれているそれは、カタカタと振動せんばかりに何やら抗議のようなものを猛烈な勢いで述べている。
「述べている」というのは比喩でもなんでもなく、日本刀が音声として抗議の「声」を発しているのだ。
矢継ぎ早に放たれる古いアニメのヒロインのような甲高い声は、耳に優しくない。

ハレっちと呼ばれた金髪碧眼の憂げな少女は「日本刀が喋る」という異常な事態を、さも慣れているという風で受け流し、その赤い鞘の刀を手にとって短く告げた。

「………アメ、わかって。」

「わかってる、わかってるよ!
ハレっちの言い分は1から10までカンペキにリカイしてるって!
『明日の試合で自分の望みの為に罪の無い者達を斬るのが心苦しい』っていう気持ちはと~ってもキョウカンできるよっ!
ステキ過ぎてアメちゃんカンドーしちゃうネ!
(……ホントは『シアイが終わったら完全回復するんだから別に斬ってもいいじゃん』って思ってるケド…。) 
それでザコ共を殺さないでショウリする為にそのキショい鉄くずをアメちゃんにゴウセイして切れ味を落とすってのも、ナカナカのメイアンだと思うよっ!
(……ホントは『そんな舐めプなんてしないでちゃんと戦えよ』って思ってるケド…。) 
けどねっ、こうやって頭でリカイできててもジッサイやるとなると話は別でね、とにかくイヤなの。そいつとガッタイするのだけはセイリテキにムリなの!
そんなやつとゴウセイされるくらいならいっそゲドロの群れに飛び込んで死んだ方が―――――

「………ごめん。‥時間‥もったいない。」


▼ギュムン!(SE)
▼丸い壺[ごうせい] [2]の中に アメノハバキリ+99を いれた


まだ途中だった抗議を無視する形で、ハレっちことハレルは日本刀ことアメを怪しげな壺の中に納めた。
壺の「[ごうせい] [2]」というラベルがぐにゃりと歪み、「[ごうせい] [1]」という新たな文字列が浮かぶ。

その無情なる所業を受けて、壺の中から一際大きな声が響いてくる。
最早それは抗議というよりか懇願に近い。

「イ゛ヤーーーッ!!! やめてっ!! や゛めでェーーーッ!!!
なんでもするっ! なんでもずるがら゛ぁっ!!
ソイツだけはいれないでェーーーッ!!!」

必死の願いを聞き流し、ハレルは曲刀を手にした。
瞬時にハレルの表情が曇る。

「………アメ、くち‥悪すぎ。
『鉄くず』だとか『捻じ曲がった刀身』だとか‥。
この“ヒト”………“泣いてた”よ……?」

よしよしと、赤子に触れるような柔らかな手つきで曲刀の背を白く細い指が数度往復する。
その間にも絶えず壺の中からは罵声とも悲鳴ともとれるわめき声が響いてきていたのだが、ハレルの耳は騒音としてそれらを処理していた。
そして、


▼ギュムン!(SE)
▼丸い壺[ごうせい] [1]の中に おいはぎの曲刀を いれた


「ギニャァァァァァッ!!!」

ホテルの一室が絶叫に包まれる。
アメノハバキリとおいはぎの曲刀の合成がはじまったのだ。

片や冒険者ならば誰しもが夢想し憧れる由緒正しき伝説の名刀。
片や初心者向けダンジョンの雑魚敵がドロップする安価で不細工な粗悪刀。
月とスッポン、釣り鐘と提灯、女子高生とおっさん。
そんな立場違いの二つが重なり、絡み合い、今、一つとなる。

「やめてっ!! 触んないでよっ!!
ちょっ……っぁ……っ‥ん……っんん~~~っ……ダメっ…だめぇっ。
やぁっ…んあ、んん! ふぁっ‥そんな…んひぃ! しゅご―――――

―――――ドサリと、蓋をするように壺の上に分厚い本が置かれた。
アメのあられもない声を聞くことに堪えられなくなったハレルが、化粧台の引き出しの中より発見した聖なる書で、淫靡な声を発する魔の壺を封じたのだ。
彼女の両の頬は僅かに紅みを帯びている。

静寂を取り戻した部屋の中、ふぅーっとハレルは自分を落ち着かせるように深く息を吐き、ベッドのはじに腰掛け、そのままギシリと仰向けに倒れこんだ。
微かに芽生えた罪悪感のせいか、それとも友人のあられもない声のせいか、躰の芯がじっとりと熱い。

毎度のこととはいえ、合成は難儀だ。
今回の暴れっぷりはかつおぶしを合成した時以来であろうか。

気持ちを切り替えようと、壁にかけてある明日の勝負着「平服甲冑」に目を向ける。
薄型テレビや加湿器といった近代の物達に囲まれたその晴れ着は、どことなく居心地が悪そうである。

首と視線をニュートラルな状態に戻しぼんやりと見知らぬ天井を見つめていたハレルであったが、やがてゆっくりと瞼を閉じた。
運営が部屋着にと用意してくれた大会オフィシャルジャージの肌触りの心地良さと、昼の鍛錬により蓄積した程よい疲労感が彼女の精神を安定へと導き、やがてそれはまどろみへと達する。
合成が完了するまでの暫しの間、曖昧模糊たる意識の中、今は亡き故郷での出来事が彼女の脳裏に蘇る。

―――――それは、華々しい凱旋となる筈であった。




【3:高級ホテルの一室】


▼テロリ  テロリ  テロリ  テロリ  (SE)


単調な電子音がハレルの意識を回想世界から現実へと呼び戻した。
聞く者が聞けばカラッと揚がったスティック状のじゃがいもを連想するようなその音は、壺が発する合成完了の合図である。

体を起こし、蓋を取り除き、丸い壺の中を確認する。


▼丸い壺[ごうせい] [0]  →みる
▼[アメノハバキリ+99]


そこに曲刀の姿かたちは無く、あるのはアメ一振りのみ。
滞りなく合成は完了したようだ。
壺の中からは灯油とゴムを足したような臭いが漂う。


▼丸い壺[ごうせい] [0]  →投げる
▼パリン!(SE)
▼丸い壺[ごうせい] [0]は われた。


壁に当たった壺は砕け散り、その内より透明な粘液にまみれたアメがあらわれる。
役目を終えた壺の破片達はまるではじめからそこに無かったかのようにその存在を薄くし、高級そうなカーペットの上から溶けるように消えていった。

むんずと、残されたアメを拾い上げ、表面に付着した粘性の液体を拭うべく、ハレルはベッドからシーツを引き抜いた。
そして丹念に鍔の溝から鞘の細工に至るまでやわやわとシーツ越しに撫で、液体を取り除く。
最後にグズグズになっていた飾り紐を一旦解いた後、水気をきってから手際よく結び直し、これにてアメは合成前の小奇麗な外見を取り戻した。

「………さて。」

綺麗になったアメをスラリと鞘から引き抜く。
一見何の変化も無いその刀身に、おいはぎの曲刀がきっちりと合成されたかどうかを確かめるため、ハレルは左手の甲に切れ味鋭い刃を置いた。
そして薄皮数枚を切る程度の力加減でもって、刃を滑らせる。

白い肌がスパリと割り裂かれ、一文字の切り傷ができるはずのその行為を受けて、彼女の纏っていたジャージの袖口がハラリと衣服から繊維にその姿を変え、カーペットへと落下していく。
刃で撫でた手の甲に外傷は見られない。

こくりとハレルは頷き、ここにきてようやく合成の成功を確信した。

おいはぎの曲刀の持つ「印」と呼ばれる特殊効果は「斬撃のダメージが装備品に置換される」というものであった。
先の合成によりアメはこの「印」を得た。
これで明日の試合においてアメを用いどれだけ激烈な斬撃を加えようとも、そのダメージは対戦相手を殺すに至らず、衣服や装備品を破壊し無力化するに留まる。

この印はハレルがこの世界の弱き者に対し自らの強大な力を向けるための免罪符となる。
彼女にとって、例え命を賭けたトーナメントの対戦相手とはいえ、異世界の罪なき住人を一方的に斬り殺すことは「正しい行い」ではない。
「正しい行い」から自らの行いが外れたと自覚した時、清廉潔白な精神を源とする彼女の強さは著しく低下する。
故にこの合成は明日の試合で本来の実力を発揮しつつも、正しい行いから逸れないためのギリギリの妥協点であったのだ。
決して対戦相手の女の子の衣服をひん剥きたいという邪な気持ちからの合成ではないことをご理解頂きたい。

「………お疲れ様。」

洗練された動きで納刀し、自らの我儘のせいで嫌な目にあわせてしまったであろう友人に対して謝罪と感謝の言葉を伝えるハレル。
しかし、返事がない。ただの日本刀のようだ。

「………アメ?」

再び話しかけるも、お喋り好きなはずのその刀は応えず、だんまりを決め込んでいる。
呼吸をするかのように喋り続ける普段の振る舞いからは考えられない。

「………あーめ。」

猫の肉球を弄ぶように、ざらりとした触感を持つ柄の尻をクルリクルリと人差し指の腹でなぞり、時折、カリカリと甘く爪を立てる。
アメの機嫌が悪い時にはこうしてあやせば大抵は直るという経験則に基づいた行動であったのだが、今のアメの機嫌は大抵どころの騒ぎではないらしく、そんなとっておきの技をもってしても反応が無い。

こうなってしまっては直接“語り合う”より他は無い。
ふぅーっと深くため息をつき、ハレルは能力を発動した。




【4:刀語[特] (■■■■■■■:13) (■■■■・■■■:7263)】

暴風雨がハレルを襲う。
右へ左へと吹き付ける雨粒交じりの突風が視界を容赦なく奪い、同時に体の自由をも奪う。
常人であれば立っていることすら困難な気象条件がその空間を支配していた。

ここはアメがその内面に持つ、現実世界の時間軸とは独立した異空間。
ハレルはこうした武器が持つ固有の異空間に自身の精神体を侵入させる能力を持つ。

その能力を用い、言葉を閉ざしたアメと話合いの場を持とうと、ハレルはこの異空間に臨んだのであった。
決戦前夜にして戦場を共にする大切なパートナーとの仲違いは好ましくない。

色濃い拒絶を感じさせる嵐の中を、動じることなくズンズンとハレルは一直線に進む。
間もなく、空間の角とでも表現すべき2枚の壁が直交した場所へと到達したハレルは、そこに人影を見る。
雨風のためその姿ははっきりと視認できないが、体育座りでうずくまるその人物はハレルの良く知る友人に他ならなかった。

「………アメ。」

ハレルはしゃがみ込み、その人物の短い黒髪を包み込むように、わしゃりと頭に手を置いた。

次の瞬間、空間が激しい閃光に包まれ、それとほぼ同時に轟音が鳴り響く。
数発の雷が同じタイミングで異空間に降り注いだのだ。
それはアメの怒りの心情を反映してのことであろうか。

「気安くさわんないでよネ! アメちゃん激おこプンプン丸だよっ!」

顔を上げ、少女は声を荒げる。
激おこプンプン丸とは、怒りの表現の一種であり、怒りをかわいく表現する「おこ」「激おこ」の上級版である。
キッとハレルを睨みつけた円らな瞳には、涙が浮かび、明確な怒りの色が見て取れる。

「………ごめん。」

「ごめんじゃ済まないよごめんじゃ!
アメちゃんあれだけ嫌だって言ったのに…。
それなのにっ……それなのに~~~~ッ!!」

言葉に呼応し、嵐がその強さを増す。
そんな友人の荒れ様を受け、頭に手を置いたままハレルは言う。

「………もう1回だけ言う…『ごめん』。」

「ムッキィイイイ!!! 『ごめん』じゃ済まないって言ってるでしょ!
あれだけ酷いシウチをしておきながら、ハレっちゼンゼン謝る気無いジャン!
もーゼッタイ許さないから!
アメちゃんがどんな目にあったか思い知らせてやるっ!!」

その言葉を合図とし、虚無よりアメとハレルを取り囲むように複数の生物の気配が出現する。
荒れ狂う風と雨の中においても聞こえてくる特徴的で耳障りなその荒い鼻息は、気配の醜い正体を容易に連想させる。
数は25から30といったところであろうか。

「さぁハレっち! 心の底から謝るなら今のうちだよ!
さもないと、このSSにR18タグがつくことになるゾ!!」

ふぅーっと、深いため息をついた後、ハレルはその右腕に力を込めた。

  _人人人人人人人人人人_
  > 突然のアイアンクロー<
   ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄ 

「ギャピィーーーーッ!!?
なにコレなにコレ、コトバで追い詰められたら即時ボウリョク!?
こっわ!! すぐキレるワカモノこっわ!!
センセイそういうのカンシンしないナーッ!!?」

ハレルはすっくと立ち上がり右手一本で頭をホールドしたまま、アメを吊り上げる。
ものの見事に宙に固定されたアメは、必死に両手両足を振って抵抗を試みる。
ポコポコとつま先や拳がハレルに当たるも、鋼のような耐久を備える姫将軍がそれで動じる道理は無い。

「イデデデデデェッ!!! 逆ギレカッコ悪い!!
シュジンコウはそんなことしないッ!!
アメちゃんは‥ボウリョクなんかにゼッタイに屈しないんだからぁっ!!」

ギャーギャーと喚くアメの耳をハレルは自らの口元に近づけ、囁いた。

「………アメ、ほんとは怒ってないでしょ…?」

異空間の暴風雨がピタリと止む。

「フ‥フーン、なんでそう思うわけ?」

「………付き合い‥長いから、なんとなく。」

ニヤリ、とアメの口が歪む。
異空間に柔らかな光が差し、一陣の爽やかな風が吹き抜ける。
白一色だった味気ない空間に若々しい緑の草木が萌え出し、花が咲き乱れ、どこからともなくやってきた小鳥達が求愛の歌を歌い出す。
そして最後に、姫将軍を犯さんと待機していたデブータの群れがフゴーッフゴーッと鼻息を荒げながらその存在を薄くし、大気に混ざるように消えていった。

一連の変化を見届けた後、ハレルは掴んでいた友人をそっと地に下した。
光に照らされたその小柄な少女は梅の刺繍をあしらった紅色の着物を纏っており、短めの黒髪から覗くクリクリとした瞳には子供のような無邪気な光が灯っている。

「あーあ、つまんないのー! ゼッタイバレてないと思ってたのに!
ハレっちにはかなわないネ!」

「………茶番‥。 時間‥もったいない。」

「まぁまぁそう言いなさんなって!
アシタのシアイに向けてキンチョーしてたハレっちをほぐしてあげようっていう、アメちゃんの粋な計らいだったんだからサ!」

そう言って、屈託なくアメは笑った。

「あ、でもでも、ゴウセイが嫌だったのはホントだかんね!
おいはぎのおっちゃんの印をゴウセイしちゃうと、“貫通 Pierce”と“武士道 Bushido”が使えなくなっちゃうじゃない?
アシタから連戦だってのにセンジュツの幅を狭めるのは、舐めプしてるみたいで気持ち良くなかったカナ!」

「………それは……ごめん。」

「んーん、ハレっちの気持ちはリカイしてるって言ったデショ?
そうしないとハレっちが戦えないってんなら、ヒツヨウケイヒだって割り切るよ!
それにさっきゴウセイの壺の中にいる間に、おっちゃんと話し合ってこの印じゃないとできない“飛行 Flying”って新戦術を考えたのサ!
こいつぁ強いゼェ~~ッ!」

アメは自ら着物の裾をたくし上げ、内腿に刻まれた(裸)の印を指差しながら自慢気に語った。
異空間の青い空に鮮やかな虹の橋がかかる。

ゴクリと、ハレルは唾を飲み込んだ。

「………っ…あ‥あのさ、アメ…」

歯切れ悪く、姫将軍らしからぬ様子で、もじもじと何やら言い淀むハレル。

「………さっき『今日はこれで最後』って言っちゃったんだけど…。
ここに来て…そんなの見せられたら…また、私………。」

恥ずかしそうな様子で俯き、顔を赤らめボソボソと言葉を紡ぐハレルを見て何かを察したアメが下卑た笑みを浮かべる。
ハレルがアメの長年の友人であるということは、翻ってアメもハレルの長年の友人であるということだ。
そんな親友同士ならば、お互いが今何を考えているかくらい手に取るようにわかる。

しかし、わかった上でアメはその状況を最大限楽しむのだ。

「どしたのハレっち? 顔赤いけどダイジョーブ!?」

俯いているハレルの顔を上目遣いでのぞき込み、気遣いの言葉を投げかける。
無論その言葉に相手を気遣う気持ちなど1mgも配合されていない。

「………ッ……いじわるは‥よくない。」

湧いて出た姫将軍らしからぬ台詞に、ケタケタとアメは笑う。

「ハレっちてさー、根っからのマジメちゃんなのに、コレに関してだけはホントにだらしないよね!」

「………だらしないなんて言わないで‥自分でも‥わかってるから。
………でも、おねがい‥もう1回だけ………付き合って?」

「どうしてもしたいのー?」

「………うん。」

「アメちゃんちょっと疲れてるんだケド?」

「………ごめん。」

「ガマンできない?」

「………うん。」

「さっきあれだけやったのに?」

「………うん。」

ハレルの顔の赤みがグングンと増していく。
“約束”を破ることに対する罪悪感と、我儘を言っているという羞恥心が彼女を蝕んでいるのであろう。

これ以上焦らすときっと諦めて拗ねる。
経験則よりそう判断したアメは、承知の意を込めて両手を前に突き出した。

「はいよっ!」

待ってましたとばかりに喜び勇んでハレルは首を垂れ、片膝をついた。
その様は、「待て」を解かれた犬そのもの。

そうしてアメの胸の位置まで下がったハレルの首に、着物の少女の両腕が絡みつく。
それを確認してからハレルはアメの膝裏と腰に手を添え立ち上がった。
お姫様のように抱き上げられたアメは、キャッキャとはしゃいでいる。

「さーて、いっちょやりますかー!
さっきは『宇宙ステーション』だったけど、次はキボウあるかい?」

「………『山』。」

「アイアイサー! ジカンは昼をソウテイしとくねーっ!」

異空間が歪み、瞬時に内容が創り変わる。
緑が茂り、川が流れ、滝が落ちる。起伏に富んだ試合場。
野生の動物もちらほらと見られる、自然の宝物庫、『山』が異空間に構築された。

「えーっと、『戦闘領域1km四方』…っと。」

続いて、戦闘可能範囲を示す赤い線が山というキャンバスに描かれる。

「せっかくだからセントーフクも着とこっか!」

ハレルの大会オフィシャルジャージが、白と水色を基調とした簡素なドレスに無理矢理鉄板を縫い付けたような機動性重視の戦闘衣装、「平服甲冑」へと様変わりする。

「………ありがとう。」

「ところでナンデ山?」

「………山なら、本気で戦っても壊れない。
建物は……壊れる。」

「そういやそうだ!
さっき宇宙ステーションでバカスカやってた時に床踏み抜いて死にかけたもんネ!
ハレっちはそーいうチカラカゲンがビックリするほど下手っぴだ!」

その言葉の何が気に障ったのか、ハレルはアメの腰に添えていた指を彼女の脇腹へと食い込ませた。

「イデデッ!? ごめんっ、ごめんって!
…ええと、それでジューリョクとタイキの負荷はどうする?
いつも通りジューリョク10倍の低酸素にしとこっか?」

「………明日は試合だから‥なるだけ現実に近い条件でやりたい。」

「ウーン、それじゃあイッポーテキ過ぎてつまなんないかもしれないケド…。
まぁそこは敵の質と量を上げてタイオウしよっか!」

「………任せる。
おいはぎの印の効果さえ試せれば、私は満足。」

「リョーカイ! じゃあさっそく始めますか!」

和服の少女が一振りの日本刀へとその姿を変える。

「まずは肩慣らし、哀れなギセイシャ第1号『N2ジライヤ』君のニュウジョ~ウッ!」

こうして、その日132時間目の戦闘訓練がはじまった。
異世界での他流試合を前にして、姫将軍の自己研鑽欲はいつにも増して激しく燃え上っているようだ。




【5:高級ホテルの一室】

アメを抱きかかえベッドに倒れ込むハレル。
長時間の戦闘訓練で満たされたのか、能力発動前とは別人のように弛緩した表情をしている。

「ハレっち、クンレンは1回8時間、1日120時間までってヤクソクだったじゃん!
キョウ何時間やったか知ってる!?
今のはぶっつづけレンゾク27時間でレキダイ2位!
トータルに至っては158時間でめでたく最長記録更新だよ!?」

「………おめでたいね。」

「イヤイヤイヤ祝ってないからっ!
なんでツゴウよく『めでたく』ってワードだけ拾ってるのサ!
アメちゃんイヤミで言ってるんだケド!?」

そんな風に文句を言うくせに、過酷な訓練に最後まで付き合ってくれた友人を愛おしく想い、その顔に昔のように柔らかな表情を浮かべながら、ハレルはアメの柄尻を人差し指の腹でなぞった。

「ひゃっ……んっ、‥そんなことで誤魔化され‥にゃっ!
……もーっ!!」

カリッ、カリッと甘く爪でひっかく度に返って来る可愛らしい反応に、ハレルは微笑んだ。

「………ねぇ、アメ。」

「なんだよっ!」

「………明日、勝とう。」

唐突に、しかし真剣な声色でハレルは言った。
ハレルの心中を推し量るべく少し考えた後、アメが言葉を紡ぐ。

「トーゼンッ! これだけレンシューして負けるなんてゼッタイありえないネ!
そもそもハレっちだけでもヨユーで勝ち抜けるのに、アメちゃんもキョウリョクするってんだから、タイセンアイテがカワイソーなくらいだよっ!」

能力を使わなくとも、気恥ずかしそうな面持ちの黒髪の少女をハレルは幻視できた。

心許せる親友が共に戦ってくれる。
なんと心強いことであろうか。

ギュッと、一際強く、愛刀を抱き締める。

「頼りにしている。 我が剣、アメノハバキリ。」

「任せといてヨ! 我が主、ハレルア・トップライト!」

峰と唇が交わる。
それは友愛と信頼の証。


▼ハレルは
▼アメノハバキリ+99をかじった。
▼少し おなかがふくれた。








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