黄樺地 セニオ幕間その1

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黄樺地セニオエピローグ:世界の合言葉はチャラ男

 ザ・キングオブトワイライト。
 その終了とともに、世界は、急速に復興した。
 本当に、『急速に』復興した。
 物理的に考えれば、明らかに矛盾していると言っても良い速度で。
 その細部の記憶を、確りと保持しているものはほとんどおらず、しかし、それを検証しようとする者は現れなかった。
 人々の共通認識。

「なんか、おれらが/わたしたちが/ぼくたちが/思ってたより、世界は絶望的な状況じゃなかったらしい」

 関東と関西が包まれた核の炎――そこまで汚染されていなかった。
 手足が腐りながら死んでいく奇病――そこまで大規模な発生じゃなかった。
 人類の三割が死滅した災害――そこまで深刻じゃあなかった。
 人々が絶望し狂乱した悪魔の映画――やっぱり酷かったけども。

 世界はかつての姿を取り戻した。
 昔通りの活気。昔通りの混沌。
 当然そこには、昔通りの悲劇も――存在する。

「う、うう、ううう……」

 繁華街の路地裏で、少女が一人、縮こまって震えていた。
 端々が焦げた、ぼろぼろの制服。
 靴も無く、夢中で走ってきたのだろう、靴下は破れて、ところどころ血が滲んでいる。
 その瞳は、自らの手を、まるで血塗れのナイフのように見つめていた。

「わ、わた、わたし、いや……」

 少女は、今しがた、自らの暮らした家を燃やしてきたところだった。
 比喩ではない。魔人能力《月刊少女りBOMB》。
 ――思春期特有の、ありふれた衝動から発露したパイロキネシスである。
 逃げた時点で、居間は全焼していた。腕に大きな火傷を負った父親が、消火器で奮戦していたのが最後の記憶だ。
 だが、突如の異能の発露と、大事な家族を怪我させてしまった混乱と不安は、少女の中で際限なく膨れ上がっていた。
 彼女の中では、自分はもはや大好きな家族を焼き殺した殺人鬼であり、もう元の生活には一生戻れない犯罪者だった。
 繁華街。道からはネオンの光。
 近くの飲み屋からは、無闇に楽しそうな人々の騒ぐ声が聞こえてくる。
 光が妬ましい。自分の境遇を理解しない奴らがいるだけで、憎しみがこみ上げて来た。

「おっ!wwキミカワウィ~ネ~へっへえwwwwオニィィーーサンとアソバね?ww」

 その時。
 少女の無差別な憎悪の炎に、自ら手を突っ込むような、愚劣で無遠慮な声が掛かった。

「ちょwwwお前見境なさすぎッショ~wwww」
「ヤッベ! パッネ! JKじゃぁ~んwww」

 数人の若者。先頭の男が、路地のゴミ箱の裏に隠れていた少女を目ざとく見つけていた。
 金髪・癖毛・長身。モブっぽいほどほどのイケメン。一挙手一投足全てがチャラい。
 見るからに、今しがたどこぞで飲んできて、二次会の会場を探している……そんな様子の。

「……来ないで……」
「えっ、何ィ~?www聞こえねっすわwww遊びたいって?www」

 普段なら接触することのない相手からの無遠慮なアプローチ。
 恐怖や怯えではなく、追い詰められていた彼女は、もっと過激な感情を覚えてしまう。

「来るなァ!」

 能力発動。虚空から火炎が発生し、眼前のクソモブチャラ男を燃やしつくそうとする。
 それはとりもなおさず少女が抱いた生まれて初めての殺意であり、取り返しのつかない衝動のはずだった。
 だが。

「わおwwwwナニコレチョーウケルわwwww」
「……え……?」

 クソモブチャラ男の眼前で、その炎が四散した。
 否、四散しただけではない。炎はチャラ男の手に掴まれ、まるで線香花火のように、パチパチとその周囲を輝き照らす。
 まるで、彼女の能力を真似たかのように――茶化すかのように。

「ウェーイwww見れコレ見れコレwwwwサイコーじゃね~?www」
「花火とかいつの間に買ってたんお前www」
「コーエン行こうぜ~www」
「この辺にあるかよそんなんアホwww」
「え……え?」

 唖然とする少女。だが、すぐにその手が掴まれる。
 ぐいと強引に引きずり出される。ネオンの光が、そして、チャラ男の掌に纏われた黄色の光が、闇に包まれていた少女をあっさりと照らした。

「ダイッジョブダッテ! ナニモシナイッテ! OKデマシターっ! 女子確保~ッ!」
「お、ナイスー! ウェーイ!」
「「「ウェーイ!」」」
「え? え? あれ?」

 連行される。手近な飲み屋。

「ウェーイ! オツカレィ!」「二次かゥィ~! ガチデェー!」「JKウェーイ!www」「女子一人と犯罪者一名追加でぇーっすwww」「ヒドスwwwパナスwwww」
「え、あ、私、お金」
「オッケェーウェーイ!」「ウェーイガチデー!」「あ、次の注文注文~ww推してっちょwww」
「あ、えっと、はい」ピコーンピコーンピコーンピコーン
「ちょwwww押しすぎサイコーwwwワロwwww」
「ご、ごめんなさ、分からなくて」
「なにこの子カワイイ~!www誰が連れてきたの~ォ?www」「JKナイスっしょwwwwサイコーwwwwウェーイ!」
「う、うぇーい……?」

 最初こそおどおどしていた少女も、いつしか彼らのノリに合わせてしまっていた。
 やがて、その人員も少しずつ少なくなり、お開きとなる。
 飲み屋で傍迷惑に転がるチャラ男達。それを介抱する、どうやら彼らのまとめ役らしき茶髪のチャラ男に声を掛ける。

「あの、本当に良いんですか、お金……」
「んあ? 良いしょ良いしょ。金払わせたらオレらがヤンバーい」
「そ、それで……わたしを連れて来た人ってどこですか?」
「うっわこいつゲロってやがるwえ?wえーっと、誰だっけ?wwww」
「金髪で、長身の……花火を持ってた……あれ?」

 見渡す。しかし見ると、四人ほど残っているチャラ男たちに、該当する相手が見当たらない。
 既に帰ったのだろうか?
 すると、少女の言葉に考え込んでいた茶髪の青年が、ポンと手を叩いた。

「おいお前らwwwまた“セニオ”が出たぞww」
「うぇー……んあ、なに? セニオ? またかよwいい加減にしろっての」
「セニオ……な、何ですかそれ?」
「都市伝説ーww飲み会やってるとさwwいつの間にか人数が一人増えてるwww」
「な、何ですかその嫌な座敷童……」
「しかもたまーに、アンタみたいに、余所の奴も混ぜてくる……
 チャラ男に混じってチャラ男を増やす神サマ、みてーな……?」
「割り勘代払ってけって話だわー……あー頭痛い……」
「でもアレよ? セニオが出た飲み会に最後まで残ってたメンバーはマブダチになれるって話だぜ?www」

 信じられない話だが、彼らはそれで納得しているらしい。
 まるでチャラ男につままれた気分だった。

「とにかく、ありがとうございます」
「へっへっへwいーっていーってwあwメルアド交換しとくゥ~?w」
「お前マジ犯罪者ァ~」
「分かってるってのwんで、どーすんの?ww駅まで送ってく?ww」
「あ、いえ……」

 少女は、アルコールの臭いに頭がいたくなりながらも、明るく、笑って言う。

「家族のところに帰ります。きっと、みんな無事に――心配してると思うから」

 家を出て来たことを謝って。怒られて。燃やした家が直るまで、みんなで頑張ろう。
 もとの生活に、きっと戻れる。目覚めたこの力も、きっと制御出来るはずだ。
 あまりにも適当な、楽観視。
 でも――だって、そうだろう。
 あんなクソモブチャラ男にすら効かなかった彼女の異能が、そんな大きな被害をもたらせるわけがない。
 それは、神霊レベルとは程遠いまでも、その加護を受けた程度の、軽薄さ。
 少女の肩口で、浅瀬めいた黄色の光が、僅かに光った。

◆       ◆

 朝焼けの中、残った四人が店を出る。

「オッカシィ~と思ったんだよなァ~wwwいつの間にかJK混じってるんだもんwww」
「だよなだよなwwwマジテンションおかしかったわwww」
「あ゛~、頭いてえ……」
「あのさー、こんなこと言うのもアレなんだけどさ」
「ん、何やん?」
「“セニオ”って名前、どーにも聞き覚えがある気がするんだよね、俺」
「あ゛ー……実を言うと、俺もだわ。ホラ、前に、ちょっとした災害あったじゃん?」
「いや、確かにアレで一旦俺ら連絡つかなくなったけどさ、基本俺らこの四人っしょ?」
「そりゃ、そうだと思うんだけどなあ」
「……ま、いーじゃんいーじゃぁん? セニオ出てきたってことは俺らのキズナも盤石ってことっしょ?www」
「ヤッベwwwお前天才すぎっしょwwwww」
「マジカッケーwww惚れるwwww」
「だなwww絆、サイコー!」

 拳を握って、空に上げた腕。
 その一瞬だけ、また、五人分の腕と、五人分の声。

チャラ男1、2、3、4、5「「「「「ウェーイ!wwwwwww」」」」」

◆       ◆


 金色のチャラ男粒子が、風となって世界を巡る。
 決して少なくない数いる、彼の存在を忘れていない者たちのもとへ。
 軽薄にして希薄にして浅薄なるチャラ男の存在そのものを、深刻に捉えていたものたちが。


「杯なぞ、久しぶりじゃのお……」
「まあひとまず、万々歳じゃないっスか? 俺達の戦績は……まあ、褒められたもんじゃありやせんが、当座の目的は果たせましたし」
「おどれにも、色々言いたいことはあるが、だが、この場で言うのは野暮ってもンか」
「んじゃま、我らが夜魔口組の、今後を祝して――乾杯」
「乾杯」
「乾杯ウェーイwww」
「「……ん?」」


≪【以前変わりなく、己が物語を続けるもの】≫


「くっそ! まぁた古本屋かよ畜生! うわ、いきなり撃って来やがった! ちょ待っウェイ! ウェーイッ!」
「突破するのだユキオ! そして、その耳障りな発音を慎め!」


「さて、あの映画の収奪ミッションがどうなるメカかね。
 ザ・キングオブトワイライト……予想通り、酷いものだったメカ。
 特異能力者を一所に集めるとロクにならないことが証明されたのは良いことメカね。
 世界を救うついでに、この身体も戻ってくれれば良かったメカが……」


「いくぜェ、九鈴! 悪いが、手加減なしだ!」
「おしてまいります。雨弓先輩……!」
「ハハハハハハ! そうだ! この感じだ! 戦、俺にはそれが必要だ! 
 ……ったく、真剣勝負ってのは良いモノだぜ、ファントムやポータル・ジツの邪魔が入らなきゃ、尚更だ……!」


「《ヒトヒニヒトカミ》! ――最近調子良いな。見ててくれてるか、シロ姉……あ、あの雲、シロ姉の顔に似て……」
『ウェーイ!』
「……気のせいだな。うっすら金色の粒子が混ざった雲がチャラ男の顔に見えた気がしたが気のせいだな」


「……またですか。
 失礼な態度と共に他人の女に手を出し、シャワールームで恋人と行為に及ぼうとし、
 深夜に酔って出歩き、犯罪者がこの中にいるからと真っ先に単独行動をしようとしたチャラ男が殺されている……。
 やはり、彼の者が『被害者』属性なのはこの世界でも変わらずと」

「すっかり希少な生き物じゃなくなったからねえ~。
 ねえ、知ってる~? 目高機関とかで、あの彼のことをうっすら覚えてる人たちの一部が、チャラ男の生態研究を始めようとしたらしいけど、
 サンプルが多すぎて馬鹿らしくなってすぐにやめちゃったんだって~」


「わたくしたちは、これからどうしましょう?」
「……雨弓さんと、九鈴さんの試合でも観に行きましょうか」
「『九鈴さん』? 三傘、あの方とも仲が良かったのですか?」
「あれ? そういえば、会ったことない……ですね。だけど、何か、とても応援されていた気がして」
「予想。黄樺地セニオ。彼の能力で、何らかの改変が起きた?」
「あるいはその残滓……どうでしょう。関係ない気もいたしますわ」
「結論保留。それで、どうする?」
「……やっぱり、観に行きましょうか。なんとなく」
「そうですわね。なんとなく」
「賛成。なんとなく」


「動くなァ! このバスは俺が乗っ取った! ――あっつ! って、いや熱ゥッ!?」
「やれやれ、世界は平和になったんじゃなかったのか。
 言っておくが俺の紅茶は1600度だ……なあ、熱膨張って知ってるか?」


「黄樺地セニオ……チャラ男とビッチ、一度、正面から戦ってみたかったわ。
 くっそれにしてもここはどこかしら、新たなダンジョン……!
 あっ! あんなところに、黒髪三つ編み瓶底眼鏡の如何にも文学少女然とした女学生が!
 性攻撃なんて全く知らなそうなあの子がここのボスね! 行くわよー!」


≪【真実を見出したもの】≫


「世界には、人にはどうしようもない悲劇がある。それは確かだ。
 ……だが、その一方で、努力すればなんとかなるのに、当事者が悲観的になってしまっているがゆえに生じる悲劇も、多くある」
「疑心暗鬼。過剰な警戒心。むしろ、世界の敵の多くは、そちらのパターンの方かもしれないわね~。あの目高機関の、金ならいくらでも払う人みたいに」
「黄樺地セニオは、悲劇が理解できなかった。途方も無いチャラ男適性。それは、場合によっては世界の敵になりえるほどの歪みだった」
「でェ? あの時に、アイツはアタシらの能力をパクって、その認識を『分散させた』ってのか? あの、黄色のチャラ男粒子がそれだってのか?」
「いや……『配り当てられた』んだ。それを必要とする人々に。『世界』に。
それが彼の歪みの行きついた果て。ゆえに、その名を――《世界への最後配当》。
 まさか、世界の敵が世界を救うなんて、思いもしませんでした。毒も、少量なら薬になる……そういうこと、なのかな」


「複数の世界。過去は分岐する。そして未来は分岐する。それは奴が証明した。
 ――冷泉。お前が望むのならば、俺も、世界を変えてみせよう」


「俺は芸人だった。芸人だったはずなんだが……なんだこの徒労感というか、残念感は……」
「まあまあ。あなたには私がいるじゃないですか。ドーモ、出てくる度に平行世界でなかったことにされることに定評がある、空飛ぶスパゲッティモンスターです」
「誰だ貴様っ!?」


「La Amen。true true(“真実を啜る”を意味する音韻詩)。
 俺はただ届けるだけだ。ラーメンも、メンマも、スープも劣化する。だが真実は劣化しない。すなわち、真実こそが、究極のラーメンなのだ」


≪【新たな世界に適応したもの】≫


「……はい、はい。じゃあいつも通りお願いします、穢璃さん、澄診さん。
 ふう、『紅い幻影』の後始末に、高島平四葉、儒楽第にって、問題起こしまくる奴らのおかげで食うに困らないのはいいけどさ。
 今にして思えば、よく生き残れたもんだ。ウェーイ、ラッキィ~ってか?
 ……変な後遺症残ってないよな、あのウィルス」


「ああ? またその案件かよ! だからウチは調査じゃなくてその後処理がメインだっつってんだろ! 探偵に回しとけ!
 ――ったく、商売繁盛で何よりだぜ! チャラ男サマサマだっつんだよ? なあ!」


「ぐふふふふ……世界が平和になったから悪堕ちもさせ放題だ……うっ! ふう。
 ……おやおや、あんなところに、いかにも悪堕ちさせがいのありそうな、黒髪三つ編み瓶底眼鏡の純朴文学少女学生がいるねえ……次のターゲットはあれにしよう……ぐふふ……」


「オラァ、きびきび動けよ、目高機関の元幹部どもォ……!
 あの家族野郎にリソース認定されちまったテメエらを救ってやったのは誰だと思ってる?
 世界は平和になった? だから何だ?
 平和になったってことは、つまり、戦争が殺されたってことだ。
 所詮この世は地獄。殺し合い、食い合う、それだけだ。
 猪狩も。森田も。全てだ! 全て噛み殺す……!」


「……これは、また儒楽第の工作ね。
 平和になっても、私たちのいる裏の世界にはそこまで影響はなかったか。
 行くわよ、森田、黒田」
「御意に、お嬢様」
「おお、こりゃすげー」
「……その軽薄な態度、どうにかならないの? あの準優勝者じゃないんだから」
『武志は調子に乗っている。給料を下げることを提案する』
「おいおい、久々に喋ったと思ったらそりゃねえだろぉガングニル!」


「みんなに紹介するぜ、新しい孤児院の家族だ! おーい、出てこいよキセ!
 生まれつき金髪ピアスでコミュ力に溢れてて誰とでも軽薄に接することができるキセ! KISEーっ!」


「キングオブトワイライトには、己の一物を満足せてくれる猛者はいなかった……。
 しかし、世界が新生したとなれば新たな猛者もいるはず。
 ……むっ、あそこにいたいけな黒髪三つ編み瓶底眼鏡の純朴文学少女学生がいるな……道を尋ねるか」


≪【救われた世界を俯瞰するもの】≫


「ぐっ、また失敗。……流石に無理があるのかしら?
 『モア・エンタングルメント(重ね合わせ)』。私の武器たるモア、そのものの強化創造。
 『強化複製した武器を融合し、わたしのためのただ一つの武器を作り出す』能力。
 でも、チャラ男に出来たのだから、私に出来ないはずがない。
 私の夢は世界征服。それは、世界が平和になった今でも、以前変わりなく――」


「どいつもこいつも、チャラ男なんかに影響されちゃってなっさけない。これだから大人は。
 ちなみにこれはエキシビションに出られなかったことへの僻みじゃないからな。
 宇宙ステーションに留まっていたオレだけが、この世界で唯一チャラ男粒子の影響を免れた。
 ちなみにこれはエキシビションに出られなかったことへの僻みじゃない」


「ヒヒヒヒヒヒ! おいおいテメエ、俺の扱い小さくねえか?
 他にもキャラごとに全体的に扱いに差がねえか?
 まあ全員分書くのは流石に無理あるもんなあ? 無茶しなきゃよかったのになあ?
 俺にここで言い訳して貰う気か? 甘ぇなァー甘ぇなァー!
 ヒヒヒヒヒヒヒヒ! ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!」
ギャラギャラギャラギャラギャラギャラ


≪【直にその影響を受けたものたち】≫


「あの、お客様。当書店は、そろそろ閉店の時刻でして……」
「ああ。……済まないが、この作品、一巻から最新刊まで、頂けるか?」
「え? ああ、はい大丈夫ですよ。……子供さんにですか?」
「いや、自分用だ。くく、そういう風には見えないか?」
「あ、いえ、失礼しました。この漫画は、大人から子供まで楽しめる作品ですからね」
「ああ……その通りだ。作者の悪い癖を含めても、屈指の名作だと思う。
 私はそれを、とあるチャラ男に教えられた。いや、思い出させて貰った」
「……お客様?」
「いや……失礼。そう……この作品は面白い。世界が平和であることと、同じように」


「……お世話になった人に、お礼を言いに行きたい?」
「うん。正直、あのあたりの記憶は曖昧なんだけど。ハルくんは覚えてるんだよね。
 だから、向こうがわたしのこと、覚えてなくても、お礼を言いに行きたいの」
「真面目だなあ、ちひろさんは。そんなところもかわいいけど」
「かわ、だから、からかわないでって、もう。……だめ、かな?」
「いや。いいよ、誰か、覚えている人いる?」
「あのね。……わたしのこと、チッヒーって呼んでた人、分かる?」
「やっぱりやめよう。ソイツは駄目だ。色んな意味で」


≪【そして――……】≫


「いやーハレっち! 良かったネ!」

 神刀が快哉を上げる。

「まさかハレっちが向こうであのエロ外道を倒したことで過去が分岐して、アイツが王国が滅ぼさなかった未来になったなんて!
 おいはぎの曲刀にまさか性属性付与の裏効果があるなんて思いもしなかったしネ!
 これもアメちゃんの助言のお陰って感じかな!」
「……うん」
「ツッコンデよ! ……どしたの? 建国記念パーティだよ?
 露出度高いドレスきておめかしもしたんだし、楽しまなくちゃー!
 それともアレ? お父サンがあんなエロ外道に負けてたのがなんとなくイヤンな感じ?
 確かにそれはちょっとアメちゃん思うけど、仕方ないよ! 相性が悪かったんだモン!」
「……うん」
「……思い出してるの?」
「…………………」
「わーっ! ゴメンゴメン! 泣かないで!
 ……仕方ない、っていうと、アレだけどさ。アイツはアイツの考えがあったんだって
 きっとサ」
「うん…………」
「仕方ないなあ……。……ん、なんかあっちの方で騒ぎ起きてない? どしたの?」
「は、申し訳ありません王女様、アメノハバキリ様。部外者が侵入してしまっていて……」
「部外者? 警備員は何してるのサ?」
「それが……ウェーイ、などと、謎の鳴き声を上げながらあちこち飛び回るもので。
 ……あ、今しがた、バルコニーに追い詰めたそうです。これで……」
「え?」
「――ちょっと! それ、どこのバルコニー!? 案内して! 今すぐ!」
「へ、……はい?」


 ――古の伝説。
 ――宴会をしていると、いつの間にか男が一人、増えている。
 ――彼は、見たことも無い軽薄な格好をしていて、言語に絶するほど浅薄な態度で、しかし、その存在感は、ひどく希薄である。

「ヤッバ! ウッマ! マジウッマ! パなくね! ヤバくね!」

 夜空を背景にしたバルコニー。男が一人、下品な声を上げながら飲み食いしている。
 バイキング形式の皿とグラスを柵の上に置き、宮廷の作法など知ったことかという風情、
 その身体は――よく見ると、細部がうっすらと金色にほつれている。

「あ、……」
「ナンデ……!?」

 窓を開け、外気に身を晒す少女と神刀。

「お? おうおうおおうおおうおうーーーう♪ もっしかせんでもチョーマブいじゃぁん!
 チュリッス! カワウィーネェー↑! ドレス、チョーあり! 肩出しチョーエロイ!
 アメちゃんも元気しーてたァー? ウッウェーーーーイ!」

 男が指差し確認するように、人差し指を二人に向ける。
 少女の瞳に涙が溜まる。彼の名を、声をあげようとして、詰まる。
 その様子に、男はチャラい動きを止め、肩を竦める。
 ほんの少しだけ、その笑みが、凡人のそれになった。

「――な、言ったっしょ」

 男は笑った。

「オレ、女の子との約束、破ったことねーって」






 こうして、チャラ男の王にしてセニオ・マジゴッドは世界に解けた。
 ――だが、人々よ、忘れるな。
 ふたたび世にシリアスが満ち、人々からチャラさが失われた時。
 あとなんか適当に飲み会でウェーイしてる時。
 彼は、今度こそ世界をチャラ男で埋め尽くすべく、適当な理屈とアバウトな行動原理とともに、現世に復活するであろう……。


「なんでほのかにラスボス風味なのサっ!?」
「ウェーイwwwwマジ勘弁wwwww」


【黄樺地セニオエピローグ:世界の合言葉はチャラ男 /  了  】








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