雨竜院雨弓幕間その2

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dangerousss3

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サムデイズインザレイン

 雨竜院家奥津城――墓石にはそう刻まれていた。明治時代に東京に移って以降の雨竜院家の者達が眠る墓だ。
 雨竜院雨弓と聖槍院九鈴、2人がその前で手を合わせ、沈黙のままに1分程過ぎる。その後、雨弓は持ってきた如雨露で墓石に水をかけ始めた。

「なんで如雨露なんです?」

 その様を見て九鈴が問いかければ

「『雨露の如く』で『如雨露』だぜ? 雨竜院家の墓参りにゃあ風情があっていいだろ」

 と雨弓が返す。

「そんな仕来りが」

「いや、俺が勝手に考えた。親父に知られると怒られるから内緒な」

 水をかけ終わり、笑って言う雨弓に九鈴は呆れつつ同様に少し笑う。雨弓は雨竜院家の長男ながら、自身は降雨能力者では無い。それはこの墓の下に眠る雨弓の恋人・雨雫も同様で、そんな2人を知る九鈴には雨を降らせる真似事をする雨弓の姿が微笑ましく思われたのだ。

「雨雫のお墓参りなんて5年ぶ……あれ? 去年の命日も来てましたっけ?」

「来てたっぽいぜ。この世界のお前は」

 関西滅亡、東京への核の投下、パンデミック、そして本当に人類滅亡の瀬戸際まで追い詰められた世界だったが、トーナメント優勝者の赤羽ハルや九鈴、雨弓を含むその他参加者の奮戦、そして最大の功労者であるチャラ男の王の力により、世界は理不尽な大破局の無い、平和なそれへと改変されたのだ。
 そして、殆どの人々の記憶は世界と共に改変され、世界は元から今の平穏な運命を辿ったと認識されているが、トーナメント参加者など一部の者達には元の記憶も残っており、2つの世界の記憶が混在した状態になっていた。

「時々混乱するし、それになにか怖いですよね。こっちの世界の記憶はあるけどイマイチ実感無いっていうか。取ってつけた感っていうか」

「まあ、実際俺達が生きてた世界の記憶も依然あるわけだしなあ。わかるよ。
 でも良かったじゃねえの。お前の家族も、みんな生きてたんだ。あのチャラ男に感謝だな」

 そう言って雨弓は、視線を九鈴から横の墓石へと向け、寂しげに笑う。

「雨弓さん……」

 雨弓は、嘗て失くした、それも自ら手にかけた雨雫を生き返らせたいという望みを抱いて大会に参加したが結果それは叶わなかった。
 セニオの世界改変によって、過去の理不尽な力に巻き込まれ命を落とした多くの人々も生き返った……正確には死んでいないことになったのだが、しかしこの世界でも、雨雫が辿った運命は変わっていなかった。
 無論、今の世界でも歴史上、理不尽なことが一切起こっていないわけではない。大きな戦争も災害も犯罪も起こっている。理不尽の程度の問題なのか、どこまで遡るかという問題なのか、全てはチャラ男のチャラついたフィーリングによるのか。最後が最もそれらしく思われたが、当人の既に消失した今問い質すことも出来ないし、世界を救った彼に今以上の世界をと望むなどしようとも思わない。

「どっちの世界にしても、もう8年経ってんのになあ。
 どうも俺は、昔自分で思ってたよりずっと女々しいタチらしい」

 自嘲気味にそう呟いて空を見上げる。九鈴は前の世界での自分を思い出して何も言えずにいたが、空を覆う鉛色の雲から雫が一粒、二粒と零れ落ち、やがて雨となって降り注いだ。

「おお、降ってきたな。入るか?」

「ありがとうございます」

 雨弓が差した武傘の下に九鈴も入り、連れ立って墓地を後にする。2人共、8年前の秋、雨雫が死んだ日のことを思い出していた。



 雨弓は九鈴を連れて帰宅し、九鈴も共に夕食の席についた。雨弓の両親は小さな頃から知っている九鈴が遊びに来た、という以上に彼女の来訪を喜んでいて母は前日から下準備をしていたご馳走を並べてくれ、ちょっとした宴の様相を呈していた。
 その後、泊まっていってはどうかと薦められ、母のやんわりとした口調の裏になにか有無を言わせないものを感じた九鈴は困惑しながらも了承する。

(何か勘違いされてる気がするなあ……)

 浴室にて、シャンプーやボディソープの泡をシャワーで洗い落としながら九鈴は心中で呟く。

「私も一緒に浸かっていいかな?」

「うん!」

 全て洗い流し、既に湯に浸かっていた雨弓の妹・畢に声をかければ彼女は元気よく返事をした。むしろ待ってましたと言わんばかりだ。
 雨竜院家の浴室はちょっとした旅館程度に広く、檜造りの湯船も大人2人が十分に足を伸ばせるサイズだった。

「かなちゃんが普段は寮だから誰かとお風呂なんて久しぶり」

「私も、九郎と入らなくなって以来だから、2年ぶりくらいかなあ」

 そんなやり取りをしつつ湯船に入り、腰を下ろそうとすると畢の視線に気付く。つぶらな瞳がじぃっと九鈴の裸体を見上げているのだ。
 流石に女同士とはいえ近距離でまじまじと見られるのは恥ずかしく、上と下をさっと隠して湯の中へ身を沈める。

「ど、どうしたの?」

「んー、やっぱり九鈴ちゃんの身体大人だなあって……」

 九鈴の瞳にはゆらゆらと揺れる水面の下、畢の幼い裸体が映っていた。「前の世界」で一緒に温泉に入った高島平四葉(11)を思い出す。彼女がリアル幼女だったのに対して畢は23歳。背は四葉より高いものの、発育具合は……。

(変わんないなあ……)

 畢が幼女ぶりを気にしていたこと自体への驚きや、四葉のことを思い出すと鎌首をもたげそうになる劣情を抑えつつ、何かしら慰めの言葉を探そうとする。

(畢ちゃんみたいなツルペタが好きな男も……いや、嬉しくないよねこれ。
うーん、あっ! 肌ツヤ凄い! 年下とはいえ20代なのに幼女そのもの! 羨ましい! よし、これだ……)

 九鈴が脳内で考えを巡らせている間、畢の両手がすっと伸びて、彼女の胸に2つある豊満な浮袋へと触れた。

「あっ……畢ちゃん!?」

 畢は自分の小さな手に余る双球をやわやわと揉みほぐした。愛撫と呼ぶにはあまりに稚拙だったが、人に触られるのは数年ぶりなことや劣情を抱きかけた直後であることが手伝い、彼女の中に快楽が芽生えていた。

「雨雫お姉ちゃんはね……小さかったんだ。流石にボクよりはあったけど」

「ん……雨雫?」

 揉まれたことにもだが、今日墓参りに行ったばかりの亡き親友の名を出され、自身の発育を気にしての発言では無かったことと相俟って九鈴は困惑する。

「九鈴ちゃんは……お兄ちゃんとはもう……しちゃったの? エッチ……」

「え!? い、いやしてないけど……」

 乳を揉む手も止めて、真剣な表情で発せられた畢の問に九鈴は更に驚きながら答える。

「そっか……多分ね、お兄ちゃん、したことないと思うんだ」

「え? え?」

 雨弓が童貞だと言われ、九鈴はまたまた驚く。彼のイメージからは程遠い情報に思われたが、畢曰く、雨雫の死の前夜、初めての行為に及ぼうとした2人を自分はブラコンゆえの嫉妬心から邪魔をしてしまった。そして、雨雫が死んで以降の雨弓は女性と関係をもつことを避けている節があり、心配した母が親戚筋から持ってきた見合い話も全て断っているという。

「あの人が……。そうなんだ」

 九鈴は雨弓にそれなりには好意を持っていたが、恋愛や性的な部分に関してはだらしない人物だと勝手に思っており、風俗通いをしているようなイメージがあった。意外な義理堅さを知らされ、自分を恥じると同時に感心の気持ちが湧いてきていた。

「でもね、そんなお兄ちゃんがまた人を好きになれたなら、1番の友だちの九鈴ちゃんとお兄ちゃんなら、お姉ちゃんも天国で喜んでくれると思うんだ」

「……」

「お姉ちゃんはちっちゃかったけど、ベッドの下情報ではお兄ちゃん、おっきぃのが好きみたい。だから、ね!」

 畢は九鈴の手を、ではなく先程揉んでいた双球をぎゅっと掴む。

「畢ちゃん……」

 雨弓と九鈴が恋愛関係にある前提で話が進んでいることへの困惑はいつの間にか消え去っていた。
 畢の真剣な眼差しを受け止め、九鈴は思う。前の世界での、家族を喪い、弟に手をかけたことから狂気に苛まれていた自分。今の雨弓は狂っているわけではなく、むしろ美点とも言えるのかも知れないが、しかし失くした物に縛られて生きているとも言える。
 私は自分で自分を救えなかった。ならば、おせっかいかも知れないし、自分が言えた立場で無いのかも知れないが、しかし――。

「わかったよ、畢ちゃん! 私、雨弓先輩の童貞をもらう!」

「九鈴ちゃん、頑張って!」

「でも、なんかこのまま雨弓先輩の前に行くには火が点き過ぎな気がするからちょっと発散させて」

「えっ、九鈴ちゃん!? ひゃあっ」

 自分は大人しい性格だと思っている九鈴だが、しかしこの世界でも彼女はヒートアップすると一旦行くところまで行かねば止まらなくなるタイプでもあった。

「畢ちゃんが悪いんだからね。別に胸揉む必要無かったし。
 あ、もう勃ってる、カワイイ」

「や、やめて! ごめんなさい! 謝るからっ」

「別に怒ってるわけじゃ無いし。こっちはツルッツルでカワイイなあ……。
 綺麗なピンク♪ 畢ちゃんもまだなんだ。大丈夫、傷つけないようにしたげるから」

 10分弱風呂場に響いた嬌声が止むと、九鈴は跪いて桶の湯を身体にかけ、尿と愛液を洗い流す。雨雫が昔していたのを真似ただけで作法など正しいのかわからないが、紛れも無い禊の儀式であった。

「ありがとう、行ってくるね畢ちゃん」

「が……がんばって……」



 客間にいた雨弓は、家族のそれとは違う気配が近づいて少しばかり胃が重くなるのを感じる。
 2人の寝室として誂えられた客間には布団が2つ、並べて敷かれていた。今は離してあるが、若い男女が同じ部屋で寝るというだけで「そういう」雰囲気にならざるを得ない。しかも自分は、そういう雰囲気の経験が無い。

「ったく……」

 雨弓が呟いたところでふすまがすっと開き、白い襦袢に身を包んだ九鈴が姿を現す。

「ああ、悪い九鈴。妙な雰囲気に……おい?」

 九鈴は部屋に入るや電灯のヒモを1度引き、部屋は淡いオレンジの光と窓から差し込む月光に照らされた状態となる。

「見られるのが恥ずかしいわけじゃないけど、雰囲気出ますし」

 そう言うと、九鈴は帯を解き始めた。
 シュルリ、と音を立てて解けた帯がハラリと落ちると、九鈴は襦袢の襟に手をかける。

(えっ……え? こいつ、その気に……)

 畢も、彼女から聞いた九鈴も勘違いしているが、雨弓は童貞では無い。
 高校時代、雨弓は三つ編み眼鏡のビッチの後輩に筆下ろしされ、以降雨雫のことが気になりだすまでは彼女のおやつ係の1人として関係を持っていたのだ。とは言え、雨弓が経験したのは彼女のみであり、また雨雫の死後は畢が知る通り女を断っているため、こういったシチュエーションに関して彼の経験値は童貞と相違無い。

(いや、ダメだ。俺は)

 雨弓が拒絶の言葉を発する前に、九鈴の裸体は晒されていた。

 暗がりにぼうと浮かび上がる九鈴の裸。細身で且つ筋肉質ながらもその身体は女性的な曲線を描き、色の無い産毛が月光に照り映えるのが幻想的に映った。
 鍛えあげられた身体において豊かな乳房は普通の女性と変わらず柔らかそうで、三角の丘では黒い叢が性の匂いを発している。

「……!」

 女を断ってもビッチ魔人などの裸は職務上幾度と無く見てきた。しかし、今目の前にした九鈴の裸は、否この空間に流れる空気までもがそれらとは明らかに違う。「夜の和室に男女が2人。SEXでしょう」とでも言っているかのようだ。自身の股間の有り様がそれを証明していた。

「九鈴、お前……」

「畢ちゃんから聞きました。雨弓さん、雨雫が死んでからは女性と進んで関わろうとしないって。
私と付き合って欲しいってわけじゃ無いです。一夜限りでいい。
ただ、雨雫のことにケジメをつけてもって思うんです。おせっかいなのはわかってますけど」

 雨雫の名前を出され、真剣な顔で言われて雨弓は一旦黙るが、暫くして口を開き、返答する。

「別に一生雨雫に操を立てるとか、そんなことを思ってるわけじゃねえさ。昼間も言った通り、俺が未練たらしいだけだよ。
お前の言うことが正しいとは思う。そして今俺は正直スゲーヤりたい……。ただ、それでも……」

 膨らんでいた股間が、徐々に萎んでいく。
 薄闇の中、無言で2人は見つめ合っていた。沈黙は数分続いたが、やがて九鈴は観念して床に落ちた帯を拾い、肌蹴ていた前を閉じて再び締める。

「わかりました、雨弓さん。
 それじゃあ……お互い武術家同士。『勝負』で決めましょう」

 九鈴の発した言葉に、雨弓は佐倉光素から言われた「野試合」の件を思い出していた。



「改変後のこの世界でも、魔人同士の真剣勝負は最高のエンターテインメントのはずです。
 ですから、もしも皆さんが個人的に、死人を出したくないけど命がけで戦いたいとお望みであれば、その模様の配信と引き換えに、大会と同条件で試合をセッティングしましょう。その際は今お渡しした連絡先までご一報を」



「私達、大会で思いっきりフラグ立ててたのに結局当たらなかったじゃ無いですか。雨弓さんなんかまともに戦ってたのは一回戦の前半だけだし」

「まあ……そうだな……。試合、してくれるのか?」

 九鈴と戦える、ということに雨弓は昂ぶりを感じていた。様々な感情がないまぜになった先程の性的興奮よりも純粋に。

「私が勝ったら、雨弓さんは私とエッチする。
 雨弓さんが勝てば……どうします?」

「どうもしなくていいさ。俺にはお前と戦えるってだけで人参には十分だ」

 睨み合い、バチバチと火花を散らす2人は、――その後普通にお布団に入って、何事も無く眠った。



 試合当日、雨竜院家――。

「わあ、かっこいいよお兄ちゃん!」

 雨竜院家の傘術家が纏う戦闘服――龍が絡みついた傘の紋章入りのフード付きローブ――に身を包んだ雨弓を見て畢は声を上げる。

「そうか?」

 雨弓は戦いのために特別な服を着るということ自体あまり好きでなかったが、縁浅からぬ聖槍院家の九鈴との戦いなのだからと父や叔父に着せられ、可愛い妹がこうして喜んでいるとまあいいかという気持ちになっていた。

「頑張ってね、お兄ちゃん」

「畢、お前は俺に負けて欲しくないのか?」

 九鈴との関係が野試合に委ねられて以降、家族内では口には出さないものの、雨弓が負けるのが都合がいいのではという雰囲気になっていた。

「うーん、九鈴ちゃんを炊きつけたのはボクだけど、でもお兄ちゃんが戦うなら勝って欲しいってのもあるし。
 お兄ちゃんが勝負を受けたなら、勝っても負けても後悔しないと思うし。
 だから、『どっちも頑張って』かな? ボクは」

 付き合ってるって勘違いしててごめんね、と最後に謝る畢の頭を雨弓は撫でてやり、恐らく自分を1番応援してくれる妹に言葉をかける。

「ありがとう……頑張るよ」

 雨雫を生き返らせようと参加した大会も、思えばどこかに、本当に生き返らせるべきかという迷いがあった。雨雫を過去のものにするのか。雨雫を思い続けるのか。勝負の結果がそのまま答えでは無いが、答えを出す後押しとしては武術家の自分に相応しい気がした。

「決めなきゃ、なあ」

 雨弓は手にしたロケットペンダントを開いて、そこにいる雨雫の笑顔を見つめる。いつもは首にぶらさげているそれを、この日初めて雨弓はポケットにしまいこんで家を出た。
この日もまた、雨が降っていた。

試合に続く








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